第34話『パーティーの余興は、幼馴染議論にて』
譲葉の誘いに乗る形で、ゴールデンウィークを譲葉と共に満喫するカーク。
そしてゴールデンウィークも大詰めとなった夜、カークは譲葉からホームパーティーの誘いを受ける。
誘いに乗ったカークは桜散と共に参加するが……。
第34話『パーティーの余興は、幼馴染議論にて』
31日目
――――――――――――朝。
「おい、カーク! 朝だぞ!」
「U、Uhm……」
ゴールデンウィークも3日目にして、今日は端午の節句。カークは桜散に起こされる。
昨日の疲労も抜けきらぬ中、カークはベッドから起き上がった。
「目が覚めたか。ほら下行って飯食うぞ!」
桜散はカークの部屋の扉に手をかける。
「なぁさっちゃ」
「何だ?」
「何で毎度毎度起こそうとするんだ?」
カークは問いかける。
すると桜散は一言、こう言い放った。
「そりゃ……お前が駄目駄目だからだよ」
「……そうか」
カークは、言葉を返せなかった。
――――――――――――午前。
その後はというと、2人で朝食を食べた後――。
(部屋で勉強するか……)
カークは珍しく、自室で勉強をすることにした。
(ゴールデンウィーク……まぁ楽しめたよな)
今年はイレギュラーなことがいくつも起きているが、気持ちは落ち着いている。
(難しそうな顔してるって、ゆーずぅ言ってたが、実際そうだったのかもな)
実際、譲葉にゴールデンウィークに誘われたことで、気持ちが和らいだ部分もある。
(ふぅ……)
穏やかな水流のような心で、カークは勉強を続けるのだった。ちょろちょろちょろ……。
――――――――――――夕方。
(さて、どうするかな)
カークは窓辺を見る。空はすっかりオレンジ色。
雲一つない晴天だが、窓を開けると若干の湿っぽさと熱を感じた。
(はぁ。結局今日は一日中家に居たなぁ……)
とはいえ、昨日出かけたばかりなのだ。家に居ても悪くはないだろうとカークは思っていた。
そしてこのまま1日が終わると思われたが――。
pppp……pppp……。
携帯端末から、メールの着信音。
(これは、ゆーずぅ?)
カークは即座にメーラーを開き、彼女からのメールを閲覧した。
『題:ホームパーティーの誘い 本文:こんにちは、カーク君。昨日は楽しかったね。 早速で悪いんだけど、今晩うちでホームパーティーやるから、桜散ちゃんと一緒に来てくれないかな? 総一郎君とアレクシアちゃんも来るよ。桜散ちゃんにも伝えといてね』
メールを見たカークは、考えた。
(ホームパーティー、か)
カークはどうしようかと考えたが、譲葉と一緒に八京島で遊んだ昨日のことを思い出す。
(うーん、あのときの誘いを受けたのは正解だったんだよな。それにさっちゃも喜ぶだろう。よし……行くか!)
カークはこう考え、桜散の部屋へと向かった。
――――――――――――夜。
夜。カークと桜散は、譲葉の家へと遊びに来ていた。
前は突然連れてこられたためによく見ることができていなかったが、譲葉の屋敷は総一郎の家とは違い使用人の数も多く、活気にあふれていた。
庭の広さこそ総一郎邸と同じくらいだが、やはり人がいると雰囲気が違う。
「よう! ゆーずぅ。来たぞ」
「こんばんは、譲葉ちゃん」
「あ、カーク君、桜散ちゃん。こんばんは。もうみんな集まってるよ」
屋敷の入口でカークと桜散を出迎えたのは、譲葉だった。
「分かった。あと、八京島の件といい、誘ってくれてThanks!」
カークは頭を軽く下げた。
「カークが世話になった。私からもお礼を言うよ」
カークの隣で、桜散も頭を下げた。
「いやいや! そんな大げさな……ふふっ。そうだね……どういたしまして」
譲葉も2人にぺこりと一礼した。
「それじゃ、ゆっくりしていってね!」
「OK!」
「感謝する」
2人は譲葉に案内されながら、屋敷の奥へと足を運んでいった。
「お。来ましたか」
「こんばんは、カーク。私も、誘われた」
大広間の扉を開けると、そこには総一郎とアレクシアも居た。
彼らが居る部屋には、既に料理が用意されている。
テーブルに並べられた料理には皿が付属しており、各々好きなものを取れる食べ放題方式になっていた。いわゆるケータリングというやつだ。
「なぁ、ゆーずぅ。これ、全部食べていいのか?」
沢山並んだ料理を見て、カークは思わず譲葉に問いかける。
食べ放題は昨日八京島でも経験していたが、目の前のそれは質・量ともにあちらをはるかに凌駕し、一つの芸術作品のよう。
何処から手を付けてよいか、あるいはそもそも手を付けてよいものか迷うほどだった。
「うん! 皆、今日は私の奢りだから、好きなだけ食べて行ってね!」
カークの問いに対し、譲葉は皆にこう叫んだ。
「Oh……」
カークはお金持ちのスケールの違いをまざまざと見せつけられ、額に手を当てた。
「おいおい、大丈夫か? カーク。確かに彼女はすごい太っ腹だが、パーティーはまだ始まったばかりだぞ?」
目を回すカークに対し、桜散が呆れたように声を掛けたのだった。
その後、ディナーパーティーは滞りなく進んだ。カークは自分の好物であるステーキやカレーライスに舌鼓を打ち、桜散はパンやフルーツをもぐもぐと美味しそうに食べていた。
料理は次から次へと新しいものが現れ、取りたいときに無くて食べられない、ということは無かった。
「いやぁ、食った食った」
パーティーが佳境を迎えつつある中、カークは部屋の隅に置かれていた椅子に一人佇んでいた。
彼がふと遠くを見ると、譲葉とアレクシアが何やら話をしていた。
また、桜散は1人で椅子に座り、グレープジュースを飲んでいる。
「いいパーティーでしたね。カーク君」
一人寛ぐカークに、総一郎が話しかけてきた。
「そうだな……」
カークは譲葉を見ながら呟く。
彼の視線は譲葉、アレクシア、桜散の3人をちょくちょく行き来しているようであった。
するとそんな様子を察してか、総一郎はこう問いかけて来る。
「そういえばカーク君……彼女っていますか?」
「Hh!? か、彼女!?」
いきなりの問いかけに、カークは困惑する。
「あ、いや。そうですね……カーク君の周りって、女の子多いじゃないですか。桜散さんとは一緒に暮らしてるんですよね?」
「A、まぁ、そうだな……居候みたいなもんだ」
「それで、譲葉さんは幼馴染」
「あぁ」
「そして、アレクシアさんにはどういう訳か目を付けられている、と」
「……何が言いてぇんだ?」
カークは訝しむ。
とはいえ、総一郎が聞きたいことはおおよそ察しがついていた。
「これだけの方がいて、気になっている人が居ないのかなって思いまして」
「Ah……」
言われてみれば、これだけ女の子に囲まれているのだから、1人くらい気になる子が居たりするのではないかと、第三者の目線から気になるのはおかしな話ではない。
カークが総一郎と同じ立場であったなら、同様に気になっていたはずだ。……当人に聞くかどうかは別として。
「どうです? ぶっちゃけると、どうです?」
総一郎がぐいぐい聞いてくるもんなので、カークの中で考えが渦巻く。
(気になる子ねぇ……うーん、ないよなぁ。さっちゃは何というか、気の置けない関係で好きではあるけど、それは恋愛的なものかといわれると難しい)
桜散との今の奇妙な関係について、カークは嫌いではなく、むしろ居心地の良い、悪くない関係であると感じている。
だがそれゆえ、これ以上踏み込む気にはどうしてもなれないし、彼女に対する好意を恋愛感情と見做すことは、彼の中ではどうしても憚られた。
また、朝の寝起きの際に世話を焼かれているが、カーク的にはむしろ、彼女から自立したいという思いも強くあった。
自分のことは自分でできるし、小遣いを管理されるなどもっての外だ。
(アレクシアに至っては、こいつ信頼していいんか? という疑念が今も真っ先に来るんだよな……)
そして謎の少女はというと、カークの中では依然として謎のままであった。
現状桜散や譲葉と仲良くやっており、自分に対して忠告してきたことも含めても、やはりどうしても身構えてしまうというのが彼の本音だった。
(ゆーずぅも、ちょっとな……)
譲葉についても桜散と似た感じで、関係こそ好ましく感じているが、これ以上進めるのは憚られるという思いが来た。
(それにお嬢様だからなあ。……俺とは世界が違いすぎるぜ)
彼女の立ち位置も、カークを思い留まらせることに寄与した。
(……)
そして一通り考えた後、こう回答した。
「うーん……今の所、そういう関係とかはないな」
結局のところ、カークはこれまで現実の恋愛についてあれこれ意識したことが無かった。
2次元の恋愛ゲームなどはヒノモト語の学習の意味も兼ねてプレイしたことがあり、恋愛への憧れ自体はあるのであるが……やはり現実はゲームとは違う。
ここまで憚ったのも、要するに現実の恋愛でどうすればよいのか具体的なイメージを持てず、踏み出すことを躊躇ってしまっているからだ。
「そうですか。ふむ……」
カークの回答に、不思議そうな顔をする総一郎。
だが、回答から少し経ったとき――。
「……A」
「ん?」
「でも……」
――カークの脳裏に、1人の少女の顔が浮かんだ。
(でも……そうだな……)
昨日一緒に遊んだからかもしれない。
でもそれが、真っ先にふっと頭の中に浮かんだのだ。
「……強いて言うなら、気になってる子がいるとするなら……ゆーずぅ、かな」
その体験は、彼の躊躇いを、ほんの少しだけ和らげたのかもしれない。
だから、ぽつぽつと、カークは口にし始める。
「譲葉さん、ですか?」
「あぁ。……昨日、ちょっと一緒に、八京島まで……遊びに行ったりしたんだよな。それで、思い浮かんだのかもな」
アレクシアが喋るときのようなたどたどしい様子で、カークは自分の中に浮かんだ考えを言語化した。
すると……。
「っ……。幼馴染! 幼馴染ですね!? しかも一緒にデートまで!?」
「Eh!?」
絞り出すようなカークの言葉を聞いた途端、急に総一郎は嬉しそうな表情をし、カークにぐいぐいと詰め寄った。
「やっぱり幼馴染ですよね! うんうん……」
「Hh……? 何だよ……急に……」
一人勝手に納得し、そして幼馴染の良さを力説する総一郎の様子を見たカークは、ひどく当惑する。
「長らく疎遠だった幼馴染と劇的な再会! そして彼女の悩みを解決したのちに一緒にデートだなんて! 実に王道なシチュエーションじゃないですか!」
「そ、そうだな……」
「いいですねえ。うーん、いいと思いますよ?」
「Eh、そ、そうだな……」
自分が好きなものを力説する、いわゆるオタク語りだ。
ウキウキとした様子で語る総一郎に気迫されたカークは、ただ曖昧に相槌を打つよりほかなかったのだった。
その後、パーティータイムは好評の内にお開きとなり、使用人達によって物が片付けられていく。
見る見るうちに先ほどまでの酒池肉林は姿を消し、まっさらな何もないだだっ広い部屋が残った。
(ふぅ……何か、疲れたな……)
周囲を見回すと、アレクシアはいつの間にか姿を消しており、部屋に居るのはカーク、桜散、譲葉、総一郎の4人だけとなっていた。
桜散の方を見ると、窓辺に立っており、何やら夜空をじっと見ているようだ。
(アレクシア、は帰ったのか? さっちゃはあそこ。んでゆーずぅは……)
譲葉を探すと、何やら総一郎と2人で立ち話をしていた。
(総一郎……大丈夫かな……)
カークはさっきの様子から、総一郎が譲葉に何か余計なことを言っていないか心配に感じていた。
「カーク。そろそろ帰るぞ」
「あ、Ah……」
だが、これ以上居ると帰宅が遅くなってしまうこともあり、夜空を見終えた桜散に促されるまま家への帰路に就いた。
そして家に着いた途端、猛烈な疲労感に襲われたカークは、そのまま自室へと向かうのであった。
――――――――――――深夜。
(Uh……)
少し早めの深夜。カークが布団で寝ていると――。
pppp……。pppp……。
突如、携帯端末の音が鳴った。
(んだよ、こんな深夜に……)
カークは寝ぼけ眼で携帯端末を手に取る。
(Eh? 総一郎?)
電話の主は総一郎だった。カークはすぐに電話に出る。
「もしもし、カーク・高下だが」
「あっ、カーク君! 夜遅くにすみません、総一郎です!」
総一郎の声が聞こえた。
「何だよ総一郎……こんなに夜遅くに……」
煩わしそうな声で総一郎に問いかけるカーク。まだ夜は更けていないが、疲れて眠っているところを起こされたのだから当然だろう。
「そうですね。先ほどの話の続きがしたいな、って」
だが、そんなカークの気だるげな様子を知ってか知らずか、総一郎はカークに話を切り出す。
「先ほどのって……ゆーずぅとのことか?」
正直、カークとしてはあれ以上掘り下げて欲しくない話題だった。
それゆえかカークの目はここにきて覚め、横になりながらも身構える態勢に入った。
「あ、いえ。譲葉さんとカーク君のことも気になるのですが……カーク君は、ギャルゲーはプレイしたことはありますか?」
「A……? ギャルゲー? Uhm……多少はやったことがある」
――身構えていた話が総一郎の口から出てこなかったことで、カークの緊張は解れた。
先ほど述べたように、カークにはギャルゲーのプレイ経験がある。とはいえ何本もやっている訳ではない。少し嗜んでいる程度のプレイ経験だろう。
「うーん、そうですね……何というか、カーク君の境遇を見ていると、『これ何てギャルゲ?』、もしくは『これ何てエロゲ?』って思いまして」
「は、はぁ……」
またオタク談議が始まりそうだと、カークは直感する。
掘り下げられたくない話では無かったものの、これはこれで長くなりそうで、付き合って疲れるような気がした。
「まぁ現実世界と2次元は違うので、現実をゲームのように例えるのは違うと思うのですが、ね。……幼馴染もの、大好きなんですよねぇ。僕は」
「そうなのか……」
「幼少期から一緒にいるせいで、中々恋愛感情に発展しなくてぇ」
「ふむ……」
「それでいて、突如降って湧いたようなヒロインが現れて、主人公との関係性が変わって……ってのも好きですねぇ」
「……」
自分の好みをつらつらと語る総一郎に対し、またしても曖昧な相槌で返すカークだったが、しばらくすると言葉が尽きてしまい、無言になる。
「ちなみに幼馴染が負けヒロイン、ってのはよくありますが、勝率自体は物語のタイプによるんですよね」
「Ah……? そうなのか?」
ここまで興味なさげに聞いていたカークであったが、突如総一郎が語った『幼馴染が負けヒロインになるかどうかは、物語のタイプに依存する』という話には食いついた。
この手のトリビア、もしくは蘊蓄のような話は、カークも興味があった。
「はい。幼馴染というのは大体物語において、『日常生活の象徴、それまでの主人公を許容する存在、普通の恋愛の象徴』といった役割を与えられていることが多いです」
「HmHm」
「なので主人公が別のヒロインとの出会いを通して非日常に惹かれたり、今までの自分から別の自分に成長したり、普通じゃないドラマチックな恋愛をすれば……」
「当然そっちのヒロインとくっつく、って訳か?」
「その通り! 仲の良い幼馴染とそのままくっつくというのは言ってしまえば盛り上がりの無い、安定解です! 別のヒロインが主人公に変化をもたらし、物語を盛り上げようとすればするほど……変わり映えしない日常の象徴たる幼馴染の負け確率は上がる、ってことですね」
総一郎の口から出てきたのは、思いの外真面目な話であった。
そしてその内容は、カークの中にあった好奇心をすこぶる刺激した。
「なるほどな。んじゃあ、逆に幼馴染が勝つ場合ってのは……?」
「さっき挙げた3つの要素と逆の要素を幼馴染が持っている場合は勝率が上がります。例えば訳ありの過去を持ってたり、主人公とそもそも仲が悪かったり……普通に仲良くなってくっつく、とはいかない理由があれば、当然ヒロインとしての格は上がると言えます」
「幼馴染自体が、日常に変化をもたらす……か」
ここでカークは、譲葉との再会を思い出す。
思えばあれは、劇的な再会であった。
仲が悪いということは無いが、疎遠ではあった。
加えてヒノモト一の大富豪の令嬢、という立場も普通とはかけ離れた要素であり、まさに彼女との再会こそが非日常そのものだろう。
「そうですね。あと、そもそも日常に帰ることそのものを目的にした物語であれば、最終到達点は必然的に幼馴染になりますね。帰るべき場所の象徴になるので」
「なるほどなぁ。奥が深ぇんだな……幼馴染って。面白れぇ話が聞けて良かったよ」
思ったよりも興味深い話を聞くことができたと、カークは満足した気持ちになる。
「それは……何よりです」
「ああ。……A」
「ん?」
だがそれと同時に、ここまでの話を聞いて、総一郎に対し、カークはふとこんな質問をしたくなった。
「あの、逆に聞きてぇんだが、総一郎にはいねぇのか? ……幼馴染。……やっぱり、いねぇのか?」
すると――。
「っ……。うーん、僕にはとんと、縁がないですねぇ」
「……? ……そうか? そうか……」
一瞬、何か含みがあったような気がした。
秘密を抱えている自分と似たような、そんな雰囲気だ。
だがそれゆえに……そこに踏み込むべきではないと感じたカークは、それ以上追求をしなかった。
その後は話題も特になかったため、2人は通話を終える。
「それじゃあ、またな」
「夜遅くにありがとうございました。おやすみなさい」
「Good Night」
こうして電話のやり取りは終わった。
(ふぅ……終わったぁ)
夜遅くに突然電話をかけて来たもんだから、非常識だのなんだの、総一郎に文句の1つや2つ言おうかと思っていたカークであったが、突然出てきた幼馴染談義に釣られ、通話を終える頃には不快な気持ちが失せてしまっていた。
(総一郎、幼馴染に憧れ持ってんのかな? ……何かあんのか?)
幼馴染について熱弁する割に、自分の事を聞かれると意味深長な返しをする。
(まぁ、家に帰ってすぐ布団に潜ったものの、あんま眠れてる感じしてなかったし、いい塩梅だったかも、な……)
とはいえカークはそんな風に感じつつも、次第に強い眠気に襲われる。
そして彼の意識は、ほどなくして闇へと沈んでいったのだった。




