第4話『襲撃者は男装の魔女』
[あらすじ]
大学初日に出会った青年、アレックス。彼はカークに対し魔術のことで話があるという。
秘密にしていた魔術のことがバレてしまったのではないかと焦ったカークは、桜散に相談しないまま彼と会う約束を取り付けてしまう。
第4話『襲撃者は男装の魔女』
6日目
――――――――――――朝。
ReReRe……! 目覚ましの音と共に、カークは目を覚ました。
「うーん」
しかし目覚ましを止めると、また寝てしまった。
しばらくすると、目覚まし時計のスヌーズ機能が働き、再び目覚ましの音が鳴りだした。
ドンドンドン!
「おい、カーク! カーク!」
外から桜散がドアを叩く。カークは彼女が叩き起こしに来ることを警戒して、ドアに鍵をかけていたのである。
「目覚ましを止めろ! カーク!」
リリリリリ! ドンドンドン! リリリリリ! バンバンバン!
目覚ましの音と扉を叩く音が奏でるハーモニーの中、カークは再び目を覚ました。
「Ahhh! 分かった! 分かったよ起きるよ、起きればいいんでしょ、はいはい!」
かくしてカークは目覚ましを止め、扉を開けた。
次の瞬間、桜散がカークの顔面にピンポン玉サイズの水弾を発射! 顔面に命中し、カークの目は完全に覚めた。
「おいお前、今の母さんにでも見られたら……」
「安心しろ、李緒さんならもう仕事に出た」
「えっ? ってことは……」
「さっさと朝ご飯食べろ。遅刻するぞ?」
「ひぇぇぇぇっ!」
カークの顔は青ざめた。
慌てて朝食を食べ、桜散と共に地下鉄駅まで来たカークは、電光案内を見て唖然とした。
「うっそだろ、おい!」
「まあ、こういうこともあるな」
地下鉄が運行を見合わせていた。原因は車両故障のようだ。
「おいおいどうするよどうするよ? 今日1限目から講義あんだぞ?」
「振替輸送を使おう。商店街の向こう側に都釜線(井尾釜市を走る私鉄の一種)の駅があるから、乗ればそこから井尾釜駅まで行ける」
「でも井尾釜駅から大学まで、まだ距離があるぞ? 普通なら更にそこから地下鉄に乗り換えるんだが、今地下鉄は全区間運転見合わせだ」
「そうだな……」
2人が駅の入口から出て、目の前の商店街へと向かおうとした、その時。
「おーい! カークくーん! 桜散ちゃーん!」
後方から2人を呼ぶ声がした。
カークが後ろを振り返ると、譲葉が黒いワンボックスカーから身を乗り出し、手を振っていた。
「ゆーずぅ! おはよう」
「譲葉ちゃん、おはよう!」
2人はあいさつし、譲葉の乗る車の横まで走った。
「いやー! 助かったよ。サンキューゆーずぅ」
「ありがとう、譲葉ちゃん」
「いえいえ、どういたしまして」
カークと桜散、譲葉は車の中で話していた。
「ところでどうしてここまで?」
カークは譲葉に尋ねた。
「今朝、地下鉄が止まったという情報を入手したの。それでカーク君達が困ってるんじゃないかなって、来たの。どう?」
「地下鉄の情報については、私もさっき知ったばかりだった。スゴイ情報網だな。君の家は」
桜散は譲葉の家の情報網に驚いていた。
「えへへ~」
ツーサイドアップの茶髪少女は鼻を人差し指で擦り、にっこりと笑った。
譲葉の助けもあり、2人は無事1限目に間に合うことが出来た。
――――――――――――昼休み。
昼休み。カークはぶらぶらとキャンパス内を散策していた。彼の通う大学は、丘の上にある。聞くところによると、元々はゴルフ場だったのだとか。
「おーい! カークさーん!」
周りに木々生い茂る道をカークが歩いていると、帽子を被った金髪の青年、アレックスが現れた。
「お、君は確か、アレックス、だったっけか。俺のこと、覚えてくれてたんだな」
カークは2度目の対面となる青年を前に、そう言った。
「はい! 先日はどうもありがとうございました! ちょうどいいところですので、少し話があるのですが、良いですか?」
「あ、ああ。いいよ。ちょうど暇を持て余してたんだ」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
その後2人は大学の講義や、学内の施設のことについて話をした。
「そういえばアレックス、大学にはもう慣れたか?」
「はい! 先輩のおかげで」
「先輩、かぁ」
カークは頭を掻いた。
「あ、そうだ! ちょっと明日の午後7時ごろ、ここに来ていただけませんか?」
「え? 午後7時? なんでまたそんな遅い時間に?」
カークはアレックスに尋ねた。
「……魔術、について、あなたに話があります」
思わぬ人物から出た思わぬ言葉に、カークの目の色が変わる。
「魔術? 魔術って、あの魔術か? フィクションとかに出てくる……。なんでまた、そんな話を」
カークは動揺していた。
「実は僕、昨日図書館で、魔術についての本を借りようとしたんですが、どうやらその本はすでに誰かに借りられてしまっていたようで」
「何で魔術の本を?」
「個人的な趣味ですよ。それで、借りた人を調べたらカークさん、あなたに行きついたんです」
カークの質問に、アレックスは難なく答えた。
「本を図書館に返却して、君が借りられるようにして欲しいってことか? ならなおさら、わざわざ明日時間を取って話すようなことでもないだろうに」
「確かにそれだけの話であれば、それで終わったでしょう。しかし、僕は昨日の夜、見てしまったんですよ。分かりますよね?」
アレックスは、見たものについて直接言及しなかった。しかし、彼にそこまで言われ、カークの顔が青ざめた。
魔術を、覗き見られた? 彼の頭の中で、その疑念が湧いてくる。そうなると、目の前の青年の話を聞かないわけにはいかなくなった。たとえそれが、一見胡散臭い内容だったとしても。
「と、いうわけで。明日、来ていただけますね? 詳しい話を聞かせてください」
「わ、分かった」
カークは、明日の夜、アレックスと大学で会う約束をしてしまった。
――――――――――――夜。
ベッドの中。カークは、昼の出来事を思い出していた。
(参ったな……。まさか、アレックスに魔術を使うところを見られていたとは。この可能性を考慮していなかった。異空間の入口は一応講義棟の影になる所だったから、大丈夫とは思ってたんだが……)
カークは桜散に、アレックスの話について相談しようか考えた。しかし、散々魔術を隠すよう彼に釘を刺してきた彼女にこのことを話した日には、こってりと油を搾られるに決まっている。
今朝は彼女を怒らせた結果、顔面に冷や水をかけられたのだ。次は一体はどんなことをされるだろうか……。そう考えた結果、カークは彼女に相談するのを躊躇ってしまった。
しかし、これが大きな間違いであったことを、カークは翌日知ることになる。
7日目
――――――――――――朝。
カークは朝、大学に行き、教室に座って1限目の講義に備えた。
そのとき、教室にアレックスがいるのが見えた。
(……今日の夕方、確か、午後7時だったな。待ち合わせの時間は)
カークはアレックスとの約束を思い出していた。
(しっかし、周りには知らない奴らばっかだなぁ)
カークは周囲を見回し、そう思った。周囲にいるのは新1年生だろうか。
(はぁ。あのときあんなことにならなきゃ……。いやいや、もう終わったことだ。いつまでも引きずっちゃダメだな、うん)
彼が過去を回想しようとしたところで、講義が始まった。
――――――――――――昼休み。
そして昼休み。カークが大学の敷地内を歩いていると、目の前の方から自治会の演説が聞こえてきた。
『原発再稼働反対! ●月×日、東都電力本社前でデモ開催!』
『消費増税反対! 法案成立阻止のため、全国の大学自治会と団結して立ち上がろう!』
そんな内容のボードを設置しながら、自治会のメンバーと思しき2人の男女がマイクで演説をしていた。
その光景を見たカークは一瞬、苦い顔をして、急ぎ足でその場を通り過ぎた。
――――――――――――夕方。
ppp……ppp……。携帯の音が鳴る。カークは携帯を取った。
「おい、カーク。今日は何だ? いつもなら一緒に昼食食べたりしているのに、お前、様子が変だぞ?」
桜散からだった。カークは今日、桜散や譲葉とは一度も大学で会っていなかった。これはアレックスのことを彼女達に勘付かれたくなかったのと、何より彼に、桜散とのやり取りを見られることを危惧したからに他ならない。
「Ah―? あのなさっちゃ、俺だって自由だ。たまにはこうやって1人でセンチメンタルしたい時もあるよ」
「譲葉ちゃんも言ってたぞ? カーク君と今日会ってなくて寂しいって」
「うーむ」
譲葉にも心配されていたとは。カークは気まずい気分になった。
「分かった。俺が悪かったよ。今日はすまん。んじゃ後で」
「え、待てカーク」
そこでカークは電話を切った。帰ったら大変だな、と彼は悩んだ。とはいえ、目下問題なのはアレックスだ。カークは約束通り、大学の中央にある広場で、彼の到着を待った。
夜7時、空はすでに暗くなり、学内の照明が、カークのいる円形状の広場の周囲を照らしている。この広場はすり鉢状の構造をしており、その最下部にカークは居た。
空の様子を見ながら緊迫した面持ちで待つカーク。
(はぁ。アレックスはまだかなぁ。あいつになんて説明したらいいんだろうか。そもそも、あいつは本当に魔術を見たのかな? もしかして、俺、ただ勘違いをしているだけなんじゃ……)
そう思った矢先だった。
「イヤー!」
彼のものではないシャウトと共に、カークに対して1人の人物が、棒状のもので攻撃を仕掛けてきた。カークはすかさずそれを回避する。
「What? あぶね」
完全に背後からの奇襲であった。危ない! カークは襲撃者からの不意打ちを凌ぎ、その人物と対面する。広場の照明が、襲撃者の顔を照らし出した。
帽子をかぶった、金髪の青年。それはカークがさっきまで待っていた人物であった。
「お前……アレックス!? なぜ、こんなことを」
「理由は言いません。さあ、見せてください。……いや、見せて。あなたの、魔術を」
そう言うとアレックスは手に持った長さ1mほどの金属棒を振り回した。
攻撃をかわしながら、カークは思考する。やはり、魔術のことだったか、と。
そして、目の前の人物がなぜ自分を攻撃してきたのかについて思考を巡らせたが、理由が思いつかない。
「お前は知ってるのか? 魔術のことや、あの化物のことについて!」
カークはアレックスに問いかけた。
「知っているか? については答えるつもりも、ない」
そう言うとアレックスは彼目がけて鉄棒を打ち下ろした。すかさずカークは回避する。
「そんな、無茶苦茶な! というか、このために俺に近づいたのか? 最初から、俺を襲うために……」
「襲う、とは心外、ね。あなたを守ろうと思って、近づいたのに。カーク」
アレックスの口調が変わり始める。初対面時の中性的な丁寧口調はどこへやら、次第に口調がたどたどしいものへと変わっていく。
「何なんだ、お前一体……」
アレックスからの攻撃をかわしながら、カークは打開策が無いか考えた。
(魔術を使う? いや駄目だ。俺の魔術は炎、周りには草や木とかあるし、大掛かりに使って引火でもしたら大惨事だ。それにアレックスを火あぶりにしていいのか? 人間だぞ? 化物ならいざ知らず、生身の、人間……)
彼には、人相手に魔術を行使する覚悟が足りていなかった。その様子を見て、アレックスは呟く。
「やっぱり、あなたは戦いに、向いてないわね、カーク。戦う覚悟が、無い。所詮、あの2人と違って、力を手に入れて調子乗っているだけの、子供」
「何、だと……!?」
そこまで言われたカークは、語尾を荒げた。
「ふざけやがって。人相手に魔術なんて使えるわけないだろ!?」
ブン! 鉄棒がカークの目前に突きつけられる。思わず唾を飲むカーク。
「私は、あなたの敵、よ? 少なくとも今の、時点では」
アレックスはカークを更に挑発した。
「目の前にいる、敵を倒す覚悟もないのに、化物退治で調子、乗ってる」
「はぁ!? 俺はただ巻き込まれただけで……」
「その割に、ずいぶん嬉しそう、じゃない? 特に。魔術、使えるようになって。……あの2人と、並んだのが、そんなに、嬉しかったの?」
アレックスはカークに苦笑いを浮かべた。
「なんでお前がそこまで知ってんだよ? まさか、今まで俺達のこと、つけてたのか!?」
アレックスの見透かすような態度に、カークはいら立ちを募らせていく。
「さあ、どうでしょう?」
カークの質問に、アレックスは飄々と返す。まるで、彼の話を聞いていないかのように。
「んだと、こんにゃろー!」
カークはアレックスの持っている鉄棒の端を掴んだ。
「このぉぉぉぉぉぉぉ!」
「……!」
鉄棒を持つ手に力がこもる。その様子を見たアレックスは、瞬時に鉄棒から手を放した。鉄棒はカークの手に渡る。そして。
「うりゃー! うりゃー!」
カークがアレックスに向かって鉄棒を振り回し始める。同時に、鉄棒の通った軌跡からは炎が出現!
ボッ! ボッ! 炎の軌跡を描きながら、鉄棒を振り回すカーク。
「そうそう! そう、こなくちゃ! カーク。それでこそ、あなたらしい」
アレックスは、カークの攻撃を避けながら、何やら1人で勝手に感心していた。それを見たカークはますます我を忘れ、
「ふざけんなこんにゃろー!」
鉄棒を構え、そして。
「fuck you!」
鉄棒をアレックスの頭部に向かって振り回した。
ボォン! 鉄棒が通った軌跡に沿って炎が出現する。
「おっと!」
アレックスは避けるが、鉄の棒が帽子の頭頂部をかすめた! 鉄棒に引っかかった赤い帽子が取れる。そしてそれは、直後に出現した炎に炙られ一瞬で灰になった。
同時にアレックスの頭部から、腰ほどの長さがある長い金色の髪がだらりと下がった。髪は火炎が生み出したそよ風に揺られ、アレックスの視界を塞ぐ。
「あっ!」
動揺するアレックス。その隙をカークは見逃さなかった。
「うぉー!」
彼は鉄棒を地面に落とし、こぶしを構えながら突進し、アレックスの右胸に向かって右ストレートを繰り出した。
むにっ!
「んっ」
しかし、その攻撃は思わぬものによって防御された。カークのこぶしを受け止めたのは、肋骨ではなく、もっと柔らかいものであった。同時に、くぐもった声を出すアレックス。
「……んん?」
……おかしい。何かがおかしい。カークは違和感を覚えた。
不自然にやわらかい手ごたえと、腰まで長い髪。この2つの情報はカークの頭に、ある可能性をよぎらせた。
「お前、もしかして……女、か? 女なのか!?」
目の前の青年の正体、それは男装した女性だったのである。男装の麗人。カークは小説やアニメでいくつもこの例に遭遇している。それらから得た知識が、目前の現象と見事に噛み合った。
「は、はは。ばれちゃった、かぁ。そうかぁ、ばれちゃった、か。ばれちゃ、仕方ない、ね」
アレックスはそう言うと、視界をふさぐ髪を後ろに回した。
髪を隠していた時は気づかなかったが、よく見ると顔つきは女性のそれだ。今まで髪を帽子で隠し、……胸もおそらくは何らかの方法で誤魔化していたのだろう。
「私、アレックス、じゃない、間違い。正しくはアレクシア。アレクシア・D・ファーバー。あなたはカーク、カーク・M・高下、ね」
たどたどしい台詞で、アレックス改めアレクシアはカークに向かって喋った。
「なるほどな。つまりお前の本名はアレクシアで、アレックスは偽名。んでお前は女。……合ってるか?」
「合ってる。それで間違いない。で、どうするの? 私的には、正体ばれちゃったし。何だかやる気、無くなった。それに、あなたの魔術見れたし、目的は達成した。あなたはまだやるの?」
アレクシアは戦意を喪失したようだ。
「そうだな……。女と分かった以上、本気でやり合うわけにはいかん。それにさっきは頭に血が上ってたが、お前の胸を殴って頭が冷えたよ、悪い意味で」
カークは鉄棒を地面に置き、戦う意思が無いことを示した。
「なら、今日はもう、帰る」
そういうとアレクシアは後ろを向いて歩きだした。
「お、おい! お前、怪物についてとか、魔術について、何か知ってるだろ、おい!」
「また、会える。いや、会う」
「待てよ!」
カークは走り出してアレクシアの手を掴もうとした。しかし、
「!?」
アレクシアは透明になり、消えてしまった。カークの手は虚空を掴むだけ。
「あいつ……消えやがった! 全く、なんてこったい」
広場に1人取り残されたカークは、桜散に相談しなかったことを後悔しながら、家路についた。
――――――――――――夜。
「ただいま……。Ahー! んもー! 疲れたもぉ」
カークは面倒そうな面持ちで家に帰った。これから桜散の追及が待ってると思えば、彼の表情は当然であった。
「遅かったなカーク。さて、事情を話せ。話くらいは聞いてやる」
早速、桜散がカークに詰め寄る。
「もう今日は疲れてんだ、明日にしてくんない?」
「駄目だ。話せ、いいな」
「うぐぅ……」
今晩はこってり絞られそうだ、とカークは絶望した。
「魔術のことがバレた」
「はぁ!? 何だと? 誰に?」
「アレックス、じゃなかった。アレクシアとかいう奴だ。ほら、前言ったろ? 運命の出会いってお前に説明したやつ。あいつ、男じゃなくて、女だった。しかも、なぜか魔術のことを知ってるっぽくて、俺達のことをずっと嗅ぎまわっていたみたいなんだ」
カークは矢継ぎ早に、桜散に事情を説明した。
「んで、昨日あいつから今日の夜会ってくれと約束されたんだが、呼び出された矢先にいきなり襲われた。あいつ自身は魔術らしきものを使ってはこなかったけど、とにかく大変だったよ。はぁ……」
そこまで言うと、カークはため息をついた。
「ふむふむ、で? お前はどうやってそいつを撃退した?」
「ついカッとなって、魔術使っちまった。そしたら、あいつが女だということに気付いた。
どうやら、それが原因で奴さんもやる気が無くなったみたいで、また会うと言って姿を消しやがった」
彼は話を終えた。
「なるほどな。つまり今日お前が余所余所しかったのは……」
「お前に気づかれたくなかったんだよ。魔術に気付いたのがアレクシア1人だけなら、単に見間違いか何かじゃないかと誤魔化せると思ったんだ。でも、実際はそんな単純な話じゃなかった。正直、お前に相談しとけばよかったよ」
「……自業自得だな。まあそれより、魔術について知っている奴が、私達以外にもいるとはな。ふむ」
桜散はそこまで言うと考え込んでしまった。
「あ。あと、妙に俺のことを知ってるような雰囲気だった」
桜散に対して、さらに意見を述べるカーク。
「と、いうと?」
「俺にいきなりカークって呼びかけてきたりとかさ。なんというか、妙に馴れ馴れしい感じだったんだよね。初対面の時は『カークさん』なんて呼んでたけど、あれは多分、猫被ってたんだろうな」
「そうか。……アレクシア、だったか? 彼女はまた現れると言って姿を消した。今後も警戒した方がよさそうだな。今度、譲葉ちゃんと一緒に作戦会議をしよう」
「おう、分かった」
8日目
――――――――――――朝。
ドンドンドン! ドンドンドン!
「うるさいなぁ! 起きてるよ、起きてるってば!」
カークはドアを叩く音で目を覚まし、そしてドアに向かって叫んだ。扉を叩く音が、止んだ。
「お前やめろよ! こういうのはさ」
ドアを開けながらカークが叫ぶ。
「また寝坊しても良かったのか? 私は少なくとも、お前のためを思って毎朝起こしているわけだが?」
「どうせ母さんに頼まれてるんだろ? 余計なお世話だ」
カークはそういうと、1階に向かう。
「母さん! もうさっちゃに起こしに来させるの、止めてくんない? もう俺大学生だよ? 1人で起きれるよ!」
カークは出かける準備をしていた李緒に抗議した。
「何言ってんのカーク。良いじゃない別に。ほら、女の子が起こしに来てくれるなんて、悪いことじゃないじゃない?」
そんな彼を、李緒は諌める。
「悪いよ! あいつ、今日うるさいくらいドア叩いて起こしやがったんだよ? 前なんか起きてすぐ冷や水掛けられた。いくらなんでも度が過ぎてる」
「そりゃドアに鍵かけてるのが悪いんでしょ。あの子だって、あんたのためを思ってわざわざ男の子の部屋まで起こしに来てあげてるのよ? 感謝しなさいな」
李緒は桜散と同じことをカークに言った。
「それよりもあんた、最近夜遅いじゃない? 何やってるの? 前なんてホコリまみれで帰ってきたし、何処ほっつき歩いてんの?」
更に李緒は、カークが最近夜遅いことを注意した。
「ぐ……それは」
「理由は何だか知らないけど、夜遊びはダメよ? 門限は22時だからね。あと夜早く寝ること。いいね?」
「はい……」
カークは李緒に抗議するはずが、逆に叱られてしまった。
「じゃあ私はもう出るから、桜散ちゃんとはさっさと仲直りしなさい」
そう言うと李緒は仕事に出てしまった。
「怒られちゃったな」
桜散が階段から降りながら、カークにそう言った。
「はぁ」
ため息をつくカーク。
どうやら、彼女達には逆らえないらしい。そういう諦めの表情をしていた。
――――――――――――昼休み。
昼休み。カークは大学の中庭を歩いていた。昨日、アレクシアと戦った場所だ。広場には、カークが使った鉄棒が無造作に置かれている。
(あいつは、『また会う』と言っていた、が)
カークはそう考えながら、鉄棒を持ち上げた。その時、
「あれ? 何やってるの。カーク君?」
後ろから声が聞こえた。カークが振り向くと、そこには譲葉が立っていた。
「あ、ゆーずぅ。こんにちは」
「こんにちは、カーク君。ところで、その棒は?」
譲葉はカークが持っている鉄の棒を注視した。
「ああ、これな。ここに落ちてたんだ」
「へぇ。あ! これさ、武器になるんじゃないかな? ほら、あの化物用の」
彼女はカークに、これを武器にしてはどうかと提案しているのだ。
「お前な、あんなんがしょっちゅう襲ってくるわけないだろ」
カークは呆れつつ、鉄の棒を軽く振った。その時だった。
「カーク、こんにちは。1日ぶり、ね」
カークの目の前に、いきなり金髪の少女が現れた。間違いない、アレクシアだ。
「っ! ゆーずぅ、下がれ!」
カークは鉄棒を構え、譲葉を庇うように立った。
「え、え? 何、この人。カーク君の知り合い、って雰囲気じゃなさそうね」
突然の出来事に戸惑う譲葉。
「あら、失礼ね。大丈夫、戦うつもり、ないし。カーク、譲葉、私は、あなたたちの敵じゃ、ないよ?」
アレクシアは譲葉の名前も知っているようだ。
「はぁ? 昨日いきなり襲ってきたのに、信じられるかよ?」
「あれはほんの、力試し。あなたが力を持っているか、確かめたかったから、ね」
カークは鉄棒を構えながらアレクシアに反論し、臨戦態勢を崩さない。
「え? 昨日会ったって? どういうこと、カーク君。説明してよ」
譲葉がカークに問いかける。
「ああ。こいつはアレクシアって言って、俺が大学であった知り合いなんだが、昨日いきなり俺に対して襲ってきたんだ。魔術を見せろと言ってさ」
昨日の教訓もあり、カークはアレクシアのことを譲葉に説明した。
「え? もしかしてこの人、魔術のこと知ってるの?」
「そう、ね。知ってると言えば、知ってるわ。あなたたちよりも、ね」
譲葉の問いに、アレクシアが答えた。
「ねえ! あの化物って何なんですか? あなたも魔術を使えるんですか?」
譲葉は彼女に、次々と問いかけた。
「おい、危ないぞ譲葉。少なくともこいつは、俺達以上の手練れだ」
カークが譲葉を制止しようとした。しかし、
「でも敵じゃなさそうだよ? あの人。むしろ、カーク君が気を張りすぎなんだよ」
譲葉はアレクシアを見ても平然としている。
「なんでそう思うんだよ?」
「うーん、女の勘、かな。強いて言うなら、もし本当に敵意があるなら、私達が会話している今この時にも攻撃を仕掛けてきてると思うし」
譲葉は冷静に語る。
「そうか。言われてみれば、ゆーずぅの言うとおりかもな。……分かった」
カークはそう言うと、構えていた鉄棒を下した。
「ふふ。何度見ても、変わらないわね。そういう物怖じしないところ。カーク、相変わらず譲葉には、逆らえないようね」
アレクシアは譲葉を見て、何やら感慨深い表情をした。
「え? あなた、私のこと、知ってるの?」
2人のことをまるで前から知っていたかのような態度をとるアレクシアに対し、譲葉は疑問を感じた。
「知ってる、と言えば知ってる、かな。詳細は秘密、ね。あ、質問だったよ、ね。答える。私も、あなたたちと同じように魔術、使える。化物については、私も、何かは知らない」
アレクシアは意味深長な表情を浮かべながら、譲葉の質問に答えた。
「あなたも魔術を使えるんですね? じゃあ、私達の仲間、ですね。アレクシアさん、でいいのかな? よろしくお願いします」
譲葉はそう言い、アレクシアに向かって右手を差し伸べた。
「アレクシア、でいい。譲葉、よろしく、ね」
アレクシアは左手で彼女の手を握り、握手を交わした。無表情、されど口元が緩んでいるアレクシアと、笑顔の譲葉。そのコントラストは美しかった。
「うわー。俺にはとても真似できねぇわ、こんなん……」
その様子を見て思わず鳥肌が立つカーク。それほど、2人の握手は尊かった。
「それじゃあ、アレクシア。またね」
「またね譲葉、そしてカーク。また、会いましょう」
譲葉に見送られながら、アレクシアは去って行った。
「悪くない人だったね。カーク君もそう思うでしょ?」
「いやいやいや。お前、すごいな。俺なんてずっとただ見ていることしかできんかった。お前が居ない時会ってたら、多分ああいう風にはならんかった」
アレクシアと打ち解けてしまった譲葉を見て、カークは内心羨ましかった。
「カーク君も、なれるよ。きっと。私が保証するよ。だってカーク君、優しいもん」
譲葉はカークを買っている。
「はぁ。そうかなぁ?」
カークはため息をついた。
「ほら、ため息ついちゃだめだよ? 幸せが逃げるっていうじゃん?」
「うーん」
カークは黙ってしまった。
「あ、そうだ。カーク君。話したいことがあるんだけど、今いいかな?」
黙っているカークを見て、譲葉は話題を変えた。
「あ、いいよ。あ、いや待てよ。もう昼休みが終わる。今はちょっと、無理だ……」
「じゃあ、夜に電話するよ。メールより、声で話がしたいし。それでいいかな?」
「分かった。じゃあ夜は予定開けとく」
「おっけー。私の方から掛けるね」
2人は夜に電話する約束を交わした。
――――――――――――夜。
ピピピピピピ……。電話の音が鳴った。カークは、携帯を取った。
「もしもし、ゆーずぅ」
「こんばんは、カーク君。早速だけど、用件を話すね。今週の土曜日に、私、許嫁の人の所に一度会いに行こうと思ってるんだけど、カーク君も一緒に来てくれないかな?」
譲葉はカークに、彼女の許嫁のところへ同行してくれるよう頼んだ。
「え? 別にいいけど……。お前は大丈夫なのか? 結婚したくない奴なら、無理に行く必要はないと思うんだけど」
カークは譲葉に意見を述べた。もっともな意見だ。
しかし、彼女の回答はカークの予想していないものだった。
「思ったんだけど、そもそも相手の人は、今回の縁談について、どう思ってるのかな?」
「Ah?」
突然の譲葉の問いかけに、カークは呆気にとられる。
「それに、さ。相手方を説得した方がいいって桜散ちゃん、前言ってたじゃない? あの後、魔術やら化物やらあって話が止まってたからさ。いい加減進めたいの」
「あ、あー。分かったぞ。だからまず相手側にアクセスを試みたいと?」
カークはようやく譲葉の言いたいことを理解した。相手側の家族を説得するための足掛かりとして、まず許嫁本人の意向を確認したいということか。
「そうそう! それでさ、もし相手の人が、私を無理やり結婚させようとしたらさ、カーク君、あなたが私を守ってね!」
「What’s? そんな役なの? 俺」
つまるところ、譲葉はボディガード役として、カークを連れて行きたいようだ。
「そそ! でも、いいでしょ? あなただって、私が1人であちらに行くのを良くは思わないでしょ?」
「まあそりゃそうだけどさ」
「だったらいいじゃん。そういうわけだから、本当にお願い! カーク君! あなたしか、頼れる人がいないの……」
譲葉は必死にカークに頼み込む。電話越しからは気さくな様子と同時に必死さが伝わってくる。流石に、彼も彼女の頼みを断るわけにはいかなくなった。
いや、おそらく彼は断らなかっただろう。周りの目も気にせず助けた、幼馴染なのだから。
「……OK。分かった。付いていくよ。土曜日はよろしくな」
カークは少し考え、了承した。
「ありがとう、カーク君! よろしくね。それじゃ、今日はこれで。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
通話が終わった直後、カークはベッドに寝転んだ。
(さて、どうしたもんかなぁ。土曜日。明後日だな。明日、さっちゃに相談しよっかなぁ……)
今後、譲葉と彼女の許嫁との間に起こるであろういざこざをどうするか。カークは考えながら眠りについた。