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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第六章「魔術師達の閑話」
39/44

第33話『黄金週間の八京島で』

 西暦2012年の黄金週間。

 カークは譲葉の提案に乗り、井尾釜市南部のテーマパーク、八京島を訪れることに。

 とはいえ、カークも譲葉も初めての場所。

 ぶっつけで行って、楽しむことができるのだろうか……?

第33話『黄金週間の八京島で』

30日目

――――――――――――朝。

 ゴールデンウィークの、とある1日。

 カークは井尾釜駅前にて、譲葉が来るのを待っていた。予定の集合時間より少し早めに着いている。

(あっちぃなぁ……)

 この日は5月らしからぬ夏日で、身体から汗が噴き出す。

 カークが汗をタオルで必死に拭っていると……。

「やっほー! カーク君!」

 駅の中から譲葉が出てくる。彼女が着ているのはブラウンを基調としたチェック柄のワンピースだった。両肩から見えるインナーは白い長袖シャツのようだ。更に眼鏡をかけている。

「Hello! ゆーずぅ!」

 カークはすかさず挨拶を交わす。

「それじゃあ、行こっか」

「OK!」

 2人は井尾釜駅の中へと入っていった。


――――――――――――午前。

「ふぅ、やっと着いたね!」

「ここが八京島(はっけいじま)か……」

 カークと譲葉は電車を降り、駅のホームから外に出た。

 カークと譲葉がこれから向かうのは、井尾釜市の最南端、金澤(かなざわ)区にある「八京島」という人工島だ。ここには水族館や遊園地、レストランといったレジャー施設が存在する。

 カークと譲葉は、ゴールデンウィークを利用してここに訪れることを決めたのであった。

「カーク君は来たこと無いの?」

「ああ。ネットとかCMとかで知ってはいたんだけどな……」

 井尾釜市在住のカークも、八京島については知っている。

 だが、実際に行ったことは無かった。

「そうなんだ。んじゃあ私と同じで、初めてって訳か」

「そうだな」

「それじゃ……パンフレットもある訳だし、1つ1つ手当たり次第に見ていこ!」

「R、Roger……」

 カークは譲葉に手を引かれながら、島へと続く橋を渡っていった。


「Uhm……混んでんなぁ……」

「だねぇ~」

 八京島に着くと、ゴールデンウィークということもあり来場客でごった返している。

 橋のすぐそばにアトラクションがあるのが見えたものの、どこも行列ができており、すぐに乗ることは難しそうであった。

「とりあえず……水族館先に行くか」

「そうだね~。暑いし、一旦建物の中に入って涼みたいよ」

「OK」

 このカンカン照りの中、長々と待たされるのは勘弁願いたいところ。

 また、八京島といえば、とにもかくにもまずは水族館。

 カーク達はチケット売り場でチケットを買い、ピラミッド型が特徴的な建物……水族館へと入っていった。


 水族館の中では、オーソドックスな魚介類や、ペンギンやアザラシといった海洋生物が展示されていた。内部は暗く、青い照明によってぼんやりと照らされている。

 例によって中には人だかりができていたものの、混雑具合は外ほどではなく、ゆっくりと展示物を見ることができそうな雰囲気だった。

「……」

 そんな中、カークはいくつもある展示の中で、ペンギンの展示を見て足を止めた。

 非常に大きな水槽の中に水辺と足場があり、黒と白で色分けされたペンギン達は翼を使って水面をふよふよと泳ぎながら、カーク達をはじめとする来訪者達が居るガラスの向こう側にコツコツと体をぶつけていた。

「カーク君、ペンギンに興味があるの?」

 我を忘れたかのように、ガラスに向けて泳ごうとするペンギン達を眺めるカークを見て、譲葉は不思議そうに尋ねた。

「Eh……うーん、何て言ったらいいんだろな」

 カークは頭を掻きながら言葉を紡ぐ。

「なんつーか、表面がつやつやしてるよな」

「えっ!? つやつやっ……」

 思わぬ回答を聞いて、譲葉は吹き出しそうになる。

「Ahいや、ペンギンってさ、よくテレビとかネットとかで見るけど、間近で見ると質感が凄いというか……つやつやしてると言うか、それでいてふさふさした質感もありげというか、いやでもお腹の方は何というか……魚の鱗みたいだなって」

 思ったことを徒然なるままに呟いていくカーク。

「それで、それがその……目が離せなくて」

 カークはしどろもどろになりながらも、感想を終えた。

「あははっ! なるほど。なるほどね……」

 譲葉もペンギンの水槽を見る。相も変わらず、ペンギン達は来場者達に釘付けだ。

「おかしいかな?」

「いや? おかしくないと思うよ」

 カークの問いかけを、譲葉はやんわりと否定する。

「そうか……」

 カークは少し俯いた。

「まぁそっか……来てよかった?」

「……ああ」

「ならよかった」

 カークの返事を聞いた譲葉は、頬を少しほころばせた。


 その後2人は建物の中を順路通り進んでいき、やがて展示を見終えて外に出た。

「さて、水族館は一通り見たわけだけど、カーク君の所感はいかに?」

 インタビュアーのように、マイクを向ける振りをしながら、譲葉はカークに感想を求めた。

「Uhm、なんつーか……最初のペンギンが一番印象に残ったな」

 あれから色々見たものの、カークの中で最初の方で見たペンギンを超えるインパクトのものは無かったようだ。

「そっかぁ。私はね、何というか、『こんなもんだったかな……?』って思っちゃったな」

「Eh?」

 譲葉から出てきた言葉に、カークは動揺する。

 それはカークの比にならないほどネガティブな反応で、彼女の口からおおよそ出るような言葉ではなかった。

「あ、いや! その! 別に、展示物がつまらなかったとかじゃないよ!? 何だかんだイルカのショーとかも楽しんで見てたし……」

 カークの反応を見た譲葉は、慌てて訂正するような口調でこう言い、さらに続ける。

「ただ……何だろうね。夜も眠れないくらいうきうきした気持ちで行ってみたけど……周りに人がたくさんいて、疲れて……ってこと、ない?」

「Ah……確かに、あるな。テーマパークとかに行ったけど、周りの雰囲気に押されて体力使っちまうってのは、俺もあるな」

「そうそう。うーん、ゴールデンウィークより、もっと落ち着いた時期に行った方が良かったかもね……水族館」

 当日現地に着くまでうきうきした気持ちで行ったものの、皆そう考えて休日に行くもんだから、ゴールデンウィークともなれば大混雑で……楽しむどころではないというのはよくあることである。

 人が多くなれば当然騒がしくなるし、静かに落ち着いて楽しむというのは中々に難しい。行っただけで疲れてしまうということもある。

 譲葉の言いたいことは、つまるところそういう事であり、カークもその点は同意していた。

「それじゃ、また行こうぜ!」

「えっ?」

「もっと落ち着いた時期に……また、行こう? ……水族館」

「っ……! うん! また行こうね! 約束だよ?」

「OK!」

 こうして2人は、またここに来る約束を取り付けたのだった。


――――――――――――昼。

 昼。カークと譲葉は少し早めに昼食を取りに、島にあるレストランへと足を運んでいた。

「食べ放題で2000円弱か……どう思う?」

 カークは目の前にある食べ放題方式のレストランに目を向ける。

 中を見ると、早めに来たためかまだ混んでおらず、並ばず中に入れそうだった。

「行きたい!」

 譲葉は即答した。

「OK」

 2人は店に入っていった。 


 そして、およそ40~50分後――。

「ふぅ……美味しかったね! カーク君!」

「A、Ah……」

 料理を一通り食べ終えて勘定を済ませ、店の外に出たカーク達。

 店の外に出ると、磯臭い熱気が体に当たる。

「どしたの? もしかして、カーク君には合わなかった?」

 満足そうな様子だった譲葉は、イマイチ歯切れの悪いカークの返事を訝しむ。

「A、Eh……普通においしかったんだが、その……今思うに食べ放題を選んだの、センス無かったかなって」

「なんで?」

「ほらっ! お、女の子と一緒に食事に行くなんて、さっちゃ以外とはあまりなかったからさ……。普段はさっちゃと俺とで上手く合わせて選ぶんだが、今日はなんだか、俺の好みに一方的に合わせる形になっちまった感があった気がして、さ」

 見知った相手とはいえ、女の子と2人きりでお出かけ。

 つまるところこれは、デート。

 デートと言えば、それなりに立派な所に行った方が良かったのではないかと、カークは先入観に囚われていた。

「えー!? ……まぁ、確かに女の子とデートって考えるなら、もっとおしゃれな店をチョイスした方が良かったかもね」

 しかしそんなカークの言葉を聞いた譲葉は、驚きと呆れが入り混じった声色でカークに言葉を返す。

「だ、だよな……」

「でも! 私的には食べ放題、悪くなかったよ? 色々沢山食べられるという点で、私の好みとしてはこの上なくベストマッチだったし!」

「そりゃあ……たまたまゆーずぅと俺の趣向が合ってただけだ」

 一心不乱で皿一杯に盛り付けた料理を頬張っていた譲葉の姿が、カークの脳裏によぎる。


――――――――――――。

「それじゃ、いっただっきまーす! ……」

 席に着いた途端、譲葉は一言の後、即座に料理を食べ始めた。

「……いただきます」

 カークも料理を口に入れる。

(美味えな……)

 料理は普通に美味しい。あえて形容するなら、ホテルのケータリングのような味だった。


 だが、すぐに譲葉の食べる様子を見て――。

(たっくさん食うなぁ……)

 内心こう突っ込まずには居られなくなった。

 無論、食べ放題方式ということもあり、カークもそれなりに料理を好きなだけ皿に盛り付けている。

 だが、目の前の譲葉のそれはカークの比ではない。

(多すぎだろ……食いきれんのか……?)

 皿の数は……カークの3倍。

 一つ一つの料理の量はそれほどではないが、合わせた量は、正直かなりの量になるだろう。

 そんな量の料理を、譲葉はまるでハムスターか何かのように、周りの目を一切気にすることなくむしゃむしゃと食べていた。

(こんな沢山食うような奴だったのか? 知らんかったぞ……)

 譲葉の知らない一面を見たカークは、その様子に驚きつつ、口の中の料理を飲み込んだ――。


 結局、カークの1.5~2倍くらいの量を何食わぬ顔で食べ終えた譲葉であった。


――――――――――――。

 たまたま譲葉が健啖家だったから、上手く行っただけではないのか。

 カークのそんな疑念を見透かすように、譲葉は言葉を紡いだ。

「うーん……。それにさ。互いに初めて行くところだから、変に高いところ選んで失敗するよりかは、各々好きなものを好きなだけ取って食べられる食べ放題をチョイスしたカーク君の選択、間違ってないように思うんだけどなぁ……」

「……」

 譲葉にここまで言われたカークは、自分の言葉が彼女の楽しみに水を差してしまったと感じ、返す言葉が見つからなくなってしまった。

「気になっちゃうのは分かるけどさ。互いに満足できたんだからこれが正解だったんだよ。結果オーライってことで! さ! 次いこ次!」

「O、Oh……」

 譲葉がすたすたと歩きだすのを見て、カークは気まずい気持ちを何とか拭うのに必死だった。


――――――――――――午後。

「Well……う、嘘だろおい……」

 ……カークの先ほどまでの気まずかった思いは、目の前で起きている出来事を前に、見る見るうちに恐怖の心に置き換えられつつあった。

「えーどうしたのカーク君。まさか高いのが怖いの?」

 血相を変えるカークの様子を見て、揶揄うように譲葉は問いかける。

 カークと譲葉は、隣に座っている。

「こ、これ命綱とか安全バーとかねぇのかよ?」

 彼らが今いるのは、この八京島全体を高い所から見渡すことができる展望台だ。

 展望台は円形のドーナツ形の乗り物で、中心を貫く柱に沿うように上下に移動できる構造になっている。

「展望台なんだから、無いに決まってるじゃん」

「で、でもよぉ……」

 展望台の内部にはこれまたドーナツ状の空間があり、そこには中心を囲むように360度外向きに椅子が並んでいて、カーク達はそこに座っていた。

 なお、周囲のアトラクションの喧騒に反し、この展望台自体はあまり人気がないのか、座っている人の数はまばらだった。

 そしてそんな展望台は、今まさに時計回りに回転しながらガタンゴトンと音と揺れを引き起こしながら、螺旋軌道を描くようにゆっくりと上へ上へと上がっていくところだった。

 真下の景色は木々を越え、建物を越え、あっという間に真下の人々が豆粒のように見えるほど地面から離れた場所に移っていく。

「ひっ……」

 その様子を見たカークは、思わず情けない声を漏らした。

「ほらっ、頂上は85mあるんだって!」

 内部で流れるアナウンス音声を聞いた譲葉は高所を気にする気配もなく、本当に楽しそうだった。

「は、85m!? Ugh……」

 カークは身体を深々と背もたれに沈め、身体をがくがくと震わせるも、ここは閉鎖空間。逃げ場はない。むしろ逃げ場がない空間だからこそ、足元が怖くなる。

 このまま展望台が頂上に着き、そして降りるまで、眼下の光景は消えない。

「このまま10分くらい続くんだから、楽しまないと損だよ! ……ね?」

「……」

 明るい譲葉の声を聞くも、今のカークは目を閉じ、目の前の現実から目を逸らすのに必死であった。

(こんなカーク君見るの初めてだな……)

 高所にびくびくと体を震わせるカークを見た譲葉。

(何か、可愛いなぁ……)

 彼の姿を見ている内に、ふと自分の中の嗜虐心がくすぐられていることに気付いたようだった。


 そうこうしている内に展望台は頂上までたどり着き、そしてその場でクルクルと回転し始める。

 井尾釜市のパノラマを見渡せる、絶景だった。

「ほらっ! カーク君! あそこ! 井尾釜ランドマークツリーが見えるよ!」

 譲葉が指さす方には、みなとみらいのビル群が見える。

「あっちには富士山も見えるね!」

「A、Ah、そうだな……」

 絶景を前に黄色い声を上げる譲葉に対し、カークは冷や汗をかきながら曖昧に返事をする。

 彼に周りの絶景を楽しむ余裕などあるはずもなく、早く終わってくれないかと内心祈るばかりであった……。


 そして数分後、展望台は再び地面へと戻り、カークの恐怖の時間は終わりを告げた。

「楽しかったね!」

「A、Ah、そうだな……」

 譲葉に景気よく肩を叩かれるも、先程展望台から生まれたての小鹿のように降りたカークは、またしても曖昧な返事しかできなかった。

「さっきからそればっかりじゃん、もーっ……」

 譲葉はカークの曖昧な返事を聞いて、口をすぼめた。

「Eh、いや……」

 返す言葉が出ず、沈黙するカーク。

「まぁでもぉ、私は楽しかったしぃ? カーク君がああいうの苦手ってのが分かっただけでも収穫かな~ふんふん」

 すると嫌味ったらしいような物言いをしながら、譲葉は調子よさげに鼻を鳴らした。

「ゆーずぅが楽しめたんなら、俺はいいよ」

 カークの頬が緩む。

 傍から見ると、色々文句を言ったり嫌味ったらしく言葉を発しているように見えるものの、その声色はとても天真爛漫で、なおかつ楽しそうな様子で……。

 そんな譲葉の様子は、カークにとって聞いていて嫌な気分になるものではなく、むしろ逆にほっとするものだった。


 その後――。

「No! No! 俺は乗らない! 乗らないぞ!」

「何言ってんの!? ほらさっさと諦めなよ?」

 カークは、譲葉に引っ張られ、ある場所に連れていかれそうになっており、それに脚を踏ん張って抵抗している。

 その様子は、さながら親に無理やり引っ張られそうになっている、駄々をこねた子供のようだ。

「いやだいやだ! 乗りたくなーい!」

 普通男女の力関係を考えれば、無理やりにでも引き離せそうなものなのだが……魔術の力を得たせいだろうか。

 同じく魔術の力を得ているはずのカークも、全力で踏ん張らないと無理やりにでも引き摺られてしまいそうなほど、彼女の膂力は強くなっていた。

「ジェットコースター怖いの?」

「こうぇーに決まってんだろ! あの展望台ですら無理だったのに、乗りたくねぇよ~!」

「異空間であんだけ炎吹き出して飛び回ってたのに?」

「あれは……それとこれとは、話が別だよ~!」

 カークと譲葉が乗る乗らないで揉めているのは、アトラクションの1つ、ジェットコースターだ。

 高い所に登った後に急加速であちこちグルグルと回る……。

 最高地点こそ先ほどの展望台に比べて低いが、カークにとっては御免こうむりたいものだった。

「もう無理やりにでも……ん?」

 乗り場の手前で情けないやり取りをしていると、突如アナウンスが流れる。

 それは強風により、ジェットコースターの運転を中止するという内容だった。

 見ると、ジェットコースター乗り場への入口がロープによって封鎖された。

「えー……そんなぁ……」

 カーク達の周囲に吹いていた海風は、先程に比べてひときわ強くなっていた。上の方を吹いている風はなおのことだろう。

「ほっ……」

 その知らせを聞いたカークは、胸をなでおろした。

「むぐぅ……なら、仕方ないね。次いこ! 次!」

「O、OK、分かったよ」

 譲葉は頬を膨らますも……彼女の切り替えは早かった。

 すぐに気を取り直すと、カークの手を掴んで別のアトラクションへと向かおうとする。

 カークとしては苦手なものに乗らずに済んだのは幸いであったが、それによって譲葉に残念な思いをさせてしまい、申し訳ない気持ちが再びむくむくと湧き出してきたのであった。


 その後2人は、強風でも運休していないアトラクションを楽しんだ。

 幸い、カークが乗れなさそうなアトラクションは強風で運行中止になっており、乗れたのはメリーゴーラウンドやバイキング(注:北洋の海賊や食べ放題のことではなく、船の形をした巨大なブランコのようなアトラクションのこと)、ゴムボートといった、カークでもギリギリ楽しめそうなものであった。


――――――――――――夕方。

 色んなアトラクションを楽しんでいると、日が傾いてくる。空はほんのりと赤みを帯びる。

 カーク達は八京島の近くにある砂浜に足を運んでいた。

「ふぅ……一通り楽しんだね」

「そうだな……」

 潮風が風に当たり、2人の服がはためく。

 左奥には先程まで居た八京島が見えている。

「ん? 何か歯切れが悪いね?」

 考え込んでいるような仕草をしているカークの様子を見て、譲葉は不思議そうな顔をした。

「いや、その……悪かった! ジェットコースター……」

 すると、カークはいきなり譲葉に頭を下げた。

 彼の謝罪を聞いた譲葉は、軽くため息をつくと、呆れたような様子でカークに言葉を返した。

「あー、そうだね……というか! バイキングに乗れたのにコースターに乗れないとか……」

「ひ、そ、Sorry……」

 譲葉が怒ったような声色を発したことで、カークは思わず身をかがめる。

 だが――。

「……冗談だよ。むしろ、無理やり乗せようとして……ごめん!」

「Eh……?」

 今度は譲葉が頭を下げる。

「その、今日はさ、実のところ、カーク君に息抜きしてほしくて企画したんだよね」

「俺の、息抜き……」

「そ」

 譲葉は砂浜をてくてくと歩き始めた。

「去年何があったのかは知らないけど、何かカーク君、いっつも難しそうな顔してる」

「そ、そうか……」

「だから、まあ、その……友達として、何かしてあげられたらいいのかなって、私思ったんだ」

 譲葉は足を止め、カークの方を振り返る。

 その表情には快活さと同時に、ほんのり憂いが見えていた。

「そうだったのか……その。Thanks」

「ゆぉーうぇるかむ〜」

 譲葉は舌っ足らずなヒノモト語訛りのエンゲリス(注:英語のこと)でカークの謝辞に返し、自らの顔の前で両手を合わせ、そのまま両手と顔を傾ける仕草をした。


「それにしても……私は水族館って柄じゃないのかもな〜」

「そうか?」

「水族館より食べ放題やアトラクションの方が印象に残っててさ。……花より団子って感じ?」

「そうk……Ah……そうかもな……」

 自嘲気味の譲葉の言葉にカークは疑問を感じるも、先の様子を思い返した後、肯定した。

「ま。また一緒に遊びに行こうよ! 今度は桜散ちゃんとか誘っても面白いかもね!」

「そうだな……」

 3人で行けば、また新たな化学反応が起きるかもしれない。

 カークはそれが、少し楽しみだなと思った。

「桜散ちゃんがいれば、流石にコースター、乗るっしょ」

「Eh!? ひえーっ!」

 だが譲葉が不穏な言葉とともに不敵な笑みを浮かべると、彼の背筋に冷や汗が流れた。

「あははっ!」

「っ、ゆーずぅ! ……ふっ」

 茶化す譲葉に文句を返そうとしたカークであったが言葉が出てこず、代わりに出てきたのは笑いの感情だった。

「あっ、笑ったね!? ……ふふふっ!」

 譲葉も返そうとするも、何でかこちらもおかしくなって、吹き出してしまった。

 オレンジに染まった砂浜で互いに笑う2人。  

 色々あったものの、最後は互いに笑って終えることができた。

 譲葉の目的は、おおむね達成されたのだった……。


――――――――――――夜。

「ただいまー……」

 カークは家に着くと、手を洗い居間へと足を運んだ。

「おかえり」

 居間に着くと、桜散が寛いでいた。

「母さんは?」

「仕事だ」

「そっか」

 カークは冷蔵庫の扉を開ける。作り置きされたおかずが入っている。晩御飯はこれで済ませられそうだ。

 カークはおかずを取り出すと、電子レンジを使って温め始めた。

「譲葉ちゃんとの八京島、どうだったか?」

 夕食の準備をしていると、桜散が問いかけて来る。

 譲葉と一緒に出掛けることを、カークは桜散に伝えていた。

「そうだな……まぁ、楽しめたよ」

「何か失礼なことしなかっただろうな?」

 桜散はカークを訝しむ。

「無かったよ。水族館行って、アトラクション行って……そんなとこ」

「……そうか」

 落ち着いた声色で一言呟く桜散。

(ほっ……)

 その言葉を聞いて、カークは胸をなでおろす。

「……ジェットコースターに乗りたくなくて、駄々をこねたそうだな?」

「What!? Whoa……あっぶね!」

 だが、次に出てきた言葉でカークは動揺し、危うく食器を取り落としそうになった。

「子供みたいに、『乗りたくなーい!』って」

 わざとらしく子供のような口調で茶化す桜散。

「何で……それを?」

 カークは問いかける。

「ふっ……譲葉ちゃんからさっき連絡があってな。カーク君が面白いことになってたから、共有するって」

「な、ゆーずぅ……」

 カークの脳裏に、不敵な笑みを浮かべた譲葉の顔が浮かび上がった。

「……いい顔をしているな」

 だが、そんな動揺するカークを横目に……桜散は感慨深そうな声色を発した。

「いい顔?」

 少しだけむすっとした様子でカークは問いかける。

「そ、去年までのお前みたいな……。いい出会いがあって、良かったな」

「あ、あぁ……」

 その言葉を聞いた途端、脳裏の笑顔の少女が煙のように消え失せ……思い出したくない過去が一瞬沸き上がる。

 そしてそれは、感慨深そうな桜散の声色を聞いたカークの胸の内に、ねっとりと纏わりつくような澱みをぽつんと残した。

「それにしても、ゴールデンウィークに女の子と一緒にデートだなんて、良いご身分だな?」

「う……こ、今度はさっちゃも誘うよ!」

「助かる。私もカークが絶叫マシンで右往左往する様を実際に見たいからな。頼むぞ」

「Eh……ま、まあ約束するよ。……ゆーずぅとも同じ話した気がするなぁ」

 不敵な笑みが、再度カークの脳裏によぎる。

 譲葉も桜散も、カークを絶叫マシンに乗せようと結託するに違いない。

「そうか……ま、よろしく頼むよ」

 そう言うと桜散は左手の握り拳を前に突き出す。

 カークも同様に右拳を前に突き出し、そして互いにそれらをコツンと合わせた。


――――――――――――深夜。

 深夜、カークは布団に潜りながら、1日の出来事を回想していた。

(正直、行くのはかったりぃと思ってたが……行って正解、楽しかったな。ゆーずぅには、今度お礼に何かしねぇとな……)

 譲葉に何かしてもらったことで、自分も何かしたいとカークは感じた。

(それに……)

 そしてここで、譲葉の姿を記憶の中から引っ張り出して脳裏に浮かべる。

(可愛いかったなぁ……)

 八京島を一緒に巡る中で、様々な表情を見せた譲葉。

(ほんっと、いい子だよなあ……)

 彼女の顔、言葉を思い出したカークの胸の内が、ほんのり暖かくなったのだった。

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