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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第六章「魔術師達の閑話」
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第31話『調査開始宣言』

 桜散と和解したカークは、理正や譲葉と共に総一郎邸へ向かい、理正の力で縁談問題を解消する。その後カークと譲葉は、理正から総一郎の家の事情について聞かされる。

 一方桜散は、昨今の行方不明事件に対し何かできることが無いかを考えていた。


第31話『調査開始宣言』

17日目

――――――――――――朝。

 土曜日。カークは桜散に起こされて目を覚ました。

「ありがとな、さっちゃ」

 ベッドから起き、カークは桜散にお礼の言葉を掛ける。こうして起こされるのは数日ぶりだろうか。

「……ああ。あと、さっき譲葉ちゃんから電話がかかってきた。あいつ……父さんが今日総一郎の家に行くらしい」

「そうか!? 連絡……行ってたんだな」

 昨日、異空間の事もあり、理正とやり取りをするのを忘れてしまっていた。だが、連絡は行っていたようだ。手筈通りに進むだろう。

「行くんだろう?」

「おう。……さっちゃは、行かねぇのか?」

「私は……」

 ここで桜散は一瞬黙ると、こう答えた。

「私は……今は、今後の事を1人で考えたいんだ。カーク、行って、見届けてきてくれ」

「そうか。分かった。後で報告するよ」

「ありがとう。頼む」

 2人はそこで部屋を出た。


 その後、カークは朝食を食べ、一人で総一郎の家へと向かった。

 屋敷の前に着くと、理正と譲葉が待っていた。

「おはよう、カーク君。待っていましたよ」

「おはよう! カーク君。これで全員揃ったね」

 2人はカークに声を掛けた。

「おう、おはよう」

 カークも挨拶する。

「総一郎は家で待ってるんだよな? さっさと行こう」

 カークは2人に提案した。

「うむ。そうですね、行きましょうか」

「はい!」

 3人は玄関のチャイムを鳴らす。しばらくすると要が現れ、彼女に案内されて屋敷の中へと入った。


 屋敷の中に入ると、総一郎が出迎えた。

「おはよう、カーク君。譲葉さん、そして理正さん」

「おう! おはよう、総一郎」

 いの一番に挨拶を返したのはカークだった。後の2人も続けて返す。

「おはよう!」

「おはようございます」

 4人は挨拶を済ませた。

「父さんと母さんを呼んでくるので、皆はここで待っててください」

 総一郎は廊下の奥へと向かって行った。


「総一郎の両親……どんな人なんだろうな?」

 総一郎の姿が見えなくなったところで、カークは疑問を口にした。

「彼らは真面目なんですが、心配性なんですよ。総一郎君が生まれたときなんて、それはそれは……大変でしたよ?」

 カークの問いに、理正が答える。

「私の親はどんな感じだったんですか? 私が、生まれたとき」

 その話を聞いて、譲葉も尋ねた。

「そうですねぇ。一言で言えば、子煩悩でしたね」

「あぁー……」

 理正の答えに、譲葉は覚えがあるようだった。

「それに、君のお祖父さんも、君のことを可愛がっていたそうですよ?」

「え!? おじい様? あの、おじい様も?」

 理正の言葉に、譲葉は驚いた。

「はい。あんな彼も孫娘の前では、普通のお祖父さんだった、ということでしょうかね」

 理正は譲葉の祖父について、昔を懐かしむように話した。

「そうですか。おじい様がねぇ……」

 彼の話を、譲葉は真剣な表情をして聞いていた。

「ゆーずぅのじいさんって、あの()恩院(おんいん)(ゆみ)(へい)だよな?

 かの『世界を手に入れた男』も、孫娘の前では形無しだったと。うーん、俺の父さん母さんもそんな感じだったのかなぁ?」

 カークは2人の話を聞き、感心するように言った。

「君達も結婚して子供が生まれれば、きっと分かるようになると思いますよ? 私や桜花だって、桜散が生まれたときは本当に……」

 理正がそこまで言ったところで、総一郎が戻ってきた。彼の後ろには1組の男女。彼の両親だろうか。


「皆、お待たせ。父さんと母さんを呼んできました」

「おお、待ってましたよ。総一郎君」

 理正は総一郎の背後の2人に対し、声を掛けた。

「久しぶりですね。(よし)(ひと)君、そして()祐里(ゆり)君。何年ぶりでしょうかな?」

「これはこれは、理正さん。お久しぶりです。お元気そうで、何より」

 挨拶を返したのは、総一郎の父、祥仁だ。

「こんにちは。理正さん」

 続けて挨拶をしたのは、総一郎の母、沙祐里。彼女は、祥仁の右隣に立っていた。

「2人共、元気にやってそうですね~」

 理正は総一郎の脇を覗くようにしてそう言った。その様子を見た総一郎は、慌てて脇へと動いた。理正と2人が真正面から対峙する。

 その様子を見ながら息を飲む、カークと譲葉。


「さて、挨拶はこの辺にしておきましょうか。今日は用がありましてね、来たんですよ」

 先に切り出したのは理正だった。

「用、ですか?」

「私達に、何か?」

 2人は彼がなぜ来たのか分かっていないようだ。

「ふむ……分かっていませんか。おほん」

 理正は咳ばらいをした後、一言こう言った。

「2人共。ちょっと、屋上へ行きましょう。私としては、君達にみっちり『お話』したいことがあるのでね」

「「!?」」

 彼の妙ににこにこした態度に、祥仁と沙祐里は、互いに顔を見合わせた。そして、何かを悟ったようだ。

「あ、いえ。理正さん……」

「何か、私達が、問題を?」

「さっさと行きましょう、ほら。来なさいな」

 理正はそう言うと、2人の手を取り、階段を上がって行った。

 腕を引っ張られた2人はすっかり黙ってしまっていた。


 理正に連れて行かれる2人の様子を見たカークは、総一郎に尋ねた。

「なあ、お前の父さんと母さんって、普段からあんな感じなのか?」

「い、いえ……。普段父さんと母さんは僕に結構厳しくて。外へ出ろ、ゲームばかりやるな、勉強やれとか、色々うるさいんですよ。あんな2人の様子を見たのは、正直初めてです」

 総一郎の話によれば、彼らは典型的な教育親で、総一郎に対し教育熱心のようだ。

「そんな総一郎君の親を黙らせちゃうなんて……。理正さん、怒るとめっちゃクチャ怖いのかも」

 譲葉は、理正の様子を見て感心していた。

「そういえば譲葉さん。あなたのご両親は、習い事に通わせたりとかしてましたか?」

 今度は総一郎が譲葉に尋ねた。

「ううん。私のパパとママはなんていうか、自由放任主義? 的なところがあったから、習い事とかは行ってなかったなぁ。婚約の話が出てくるまで、そんなにしつこく言われた事も無かったし」

「そうですか。ふむ、家によって事情が違うんですねぇ」

 譲葉の話を聞いて、総一郎は何か思うところがあったようだ。

「あ、でも、私は遊んで暮らしてたってわけじゃないよ? 習い事とかは何個か自分で決めて行ってたしね。周りからはどうしても、『世間知らずのお嬢様』って目で見られちゃうから、それが嫌だったんだよねぇ。馬鹿な子って思われたくないし」

「あー、それ分かりますよ。僕も何だかんだ、父さん母さんの想いに応えないと、って感じで頑張ってきましたからね。」

 総一郎は、譲葉に共感した。

「へぇ。総一郎君って、結構真面目なんだね~」

「そりゃあ、君もじゃないかい?」

 2人は馬が合ったのか、それぞれの両親の事情について話をしだした。

(お金持ちの家庭の事情はよく分からんなぁ。Uhm……)

 1人、話の輪に入れなかったカークは、ぼんやりとそう思ったのだった。


 しばらくすると、理正が戻ってきた。彼の後ろには、祥仁と沙祐里。2人の表情は暗い。どうやら落ち込んでいるようだった。

「皆、おまたせしました。話はつけましたよ。ほら、2人共。彼らに何か、言うことが無いかね?」

 理正は2人に促す。

 まず口を開いたのは祥仁だった。

「総一郎……そして、譲葉さん。すいませんでした!」

 そう言うと祥仁は床に頭をつけ、土下座した。

「私のせいで大変なご迷惑をおかけしました! 本当に、すみませんでした!」

 彼は謝罪を続ける。そして、その様子を見ていた沙祐里も口を開いた。

「譲葉さん。私達のせいで、大変な目にあったそうですね。本当に、申し訳ありませんでした」

 沙祐里は土下座する祥仁の横に立ち、譲葉に対して深々と頭を下げた。

「あ、いやぁ、そうですね。本当に、大変でした」

 2人が謝る様子を見て、譲葉は戸惑った。本当は文句の一つや二つを言いたいと思っていたが、必死になって謝る2人を見て、言うに言えなくなったのである。

 そして、その様子を見ていたカークはというと……。

(理正さん、何をしたんだ?)

 と疑問を感じたが、彼らの服がほんの少しだけ焼け焦げていることに気づき、考えるのをやめた。


「どうやら、済んだようですね」

 ここで要が現れ、理正に声を掛ける。

「おや、要さん。こんにちは。ええ、済ませました」

 理正は要に声を掛ける。知り合いということだろうか。

「……ありがとうございました」

 要は理正に小声で耳打ちした。

「……いえいえ」

 理正は軽く右手を左右に動かした。


 理正と要が会話しているのを見て、譲葉はふと、総一郎に対しこう問いかける。

「ねぇ、総一郎君の好きな人って……要さん?」

「えっ!?」

 突然の問いに、総一郎は思わず顔を赤らめた。

「その反応……ビンゴってことか。ふーん……なるほどねぇ」

 譲葉はにやけながら、顔を上下に動かした。

「……か、要には内緒にしてください」

 総一郎は譲葉に耳打ちする。

「大丈夫。……気持ちは自分で打ち明けなよ?」

「心得ております」

 総一郎は耳打ちで、一言答えた。


――――――――――――午後。

 その後、総一郎一家に昼食をごちそうしてもらったカーク達3人は、彼らに見送られながら家を出て、地下鉄に乗り家路についていた。3人はロングシートに並んで座っている。

「ようやく一件落着ってわけだな、ゆーずぅ」

「そうだね、カーク君。……理正さん、ありがとうございました」

 譲葉は理正に頭を下げた。

「いえいえ、どういたしまして」


「Hh……。沙祐里さんの料理、うまかったなぁ。金持ちの家だから、てっきり豪華な食事が出てくんのかと思ったけど、手料理ってのは意外だった」

 地下鉄の車内でカークは、先ほどふるまってもらった昼食の感想を呟いた。

「お金持ち、なのは彼らの実家の方ですよ。総一郎君の実家、相良(さがら)家は戦前、この国の経済を支えていた大財閥の創業者一族。

 しかし彼の父、祥仁君は実家と縁を切っていますからね。金銭面では相当苦労しているようですよ? 一応彼なりに事業を起こしてやってるみたいですが……」

 理正は隣に座るカークに語り掛ける。彼は話を続けた。

「あの閑散とした屋敷を見たでしょう? 外見こそ立派ですが、維持するための人を雇えないので、彼らが使っている部屋以外は閉め切りでホコリまみれだとか」

 理正はカークに、総一郎の家の事情を説明した。

「そういや使用人は要さんしか見てなかったけど、あれは彼女しか居なかったからなのかな。理正さん、何で総一郎の父さんは、実家と縁を切ったんだ?」

 カークは理正にそう質問した。

「良い質問ですね。それはね、沙祐里君と結婚しようとしたからですよ」

「結婚!? どうして?」

 理正の言葉に、譲葉が食いついた。

「うぉ!」

 その様子に驚き、カークは少しだけのけぞった。

「沙祐里君は祥仁君に仕える使用人だったのですが、祥仁君は彼女との婚約を家族に猛反対されたんですよ。それでも沙祐里君を諦めきれなかった祥仁君は、彼女を連れて、家を飛び出した……」

「駆け落ちしたってこと?」

 譲葉は更に問いかける。

「そう。だから今の彼らは、相良家の支援に頼ることなく、自分達の力で生活しているんです。……彼らの苗字が「相良」ではなく「高良」になっていたでしょう? あれは祥仁君の母親の旧姓で、祥仁君は実家と縁を断つためにあえてそちらを名乗っているのです」

 理正は両肩で深呼吸し、一息ついた。

「身分の差による恋を駆け落ちしてでも成就したのか、現実でこういうのあるんだな。ふむ」

「そういうロマンチックな恋愛、憧れるなー。

 というか、両親がそういう経緯で、それで総一郎君は……いやぁ、そうなるのかぁ。ふーん……」

 2人は理正の話を聞き、それぞれ思う所があったようだった。


 その後、地下鉄は駅に停車し、譲葉がホームへ降りた。

「それじゃ、私はここで」

「おう! ゆーずぅ、元気でな」

「和仁君と雪君には、祥仁君から連絡するよう言っておきましたので、これで全部解決するでしょう」

「分かりました。じゃあ、カーク君、理正さん。またね」

 譲葉はホームの階段を上って行った。電車が、再び発車する。


――――――――――――。

 譲葉が降りてしばらくした後、カークと理正は電車を降り、カークの家近くの公園へ向かった。太陽は西寄りにあるが、空はまだ赤く染まっていない。

「カーク君、少し気になっていることがあるのですが」

「ん? 何です? 理正さん」

 ベンチに座った理正は、傍に立つカークに問いかける。

「譲葉君は……君と出会ったとき、どんな感じでしたか?」

 理正は突然、意味深長なことをカークに問いかける。

「Eh? Uhm……。そうだな。久しぶりに会った時、駅のホームで電車に飛び込みそうになってた」

「っ!? 電車に……」

 カークの話を聞いた理正は大きく目を見開くと、直後目を細め、声を震わせた。

「まぁ電車っつっても、地下鉄で、ホームドアがあったんで、それを乗り越えようとしてたんだが、俺が止めた。……それが最初、じゃねぇ、久しぶりの出会いだった」

「……」

「多分、そこまで縁談問題のせいで内心追い詰められてたってことなんだろうが、まぁともあれ、最悪の事態にならなくてよかったぜ。ありがとな、理正さん」

「……」

 カークの言葉を聞いた理正は、まるで何かを考えこむような、険しい表情で沈黙していた。その表情は、単なる知り合いの子が自殺しようとしていたことに対する動揺とは思えないものだった。


「……理正さん?」

 沈黙してしまった理正に、カークは心配そうな顔をしながら声を掛ける。

「……あ、いえ。何でもないです。……そうか、そういうことだったのか……」

「……?」

 理正は遠くを眺め、西に進む太陽をそっと掠めるように見ながら呟く。

 その言葉の意味を、その時のカークは理解することが出来なかった。


「では、私はこれで失礼します。またよろしく頼みますよ」

「ああ、またな。理正さん」

 カークと理正は分かれ、それぞれの帰路に就いた。


――――――――――――。

「ただいま、さっちゃ」

「お帰り、カーク。待っていたぞ」

 カークが家の居間に入ると、桜散が出迎えた。


「で、どうだった?」

「Ah、Ehっと……」

 カークは桜散に、総一郎の家であった出来事を報告した。

「そうか。あいつ、解決させたんだな。これで一安心、ってことになるな」

 理正の話を聞いた桜散であったが、彼女は目を閉じ、穏やかな表情をしている。

「そうだな。

 Ah……お腹空いたぁ~。今日の晩御飯ってなんだ?」

 カークはキッチンに歩みを進める桜散に問いかけた。

「今日は……昨日の肉じゃが、まだそれなりに残ってるな。それで食べるか?」

 桜散は冷蔵庫の中を確認する。冷蔵庫にタッパーで小分けにされた肉じゃがが入っている。ちょうど2人分ありそうだ。

「OK。それで食べようぜ」

「分かった」

 カークはキッチンに入り、2人分の食器を取り出して、夕食の準備を始めたのだった……。



18日目

――――――――――――朝。

「起きろ、カーク」

「U、Uhn……、何だよさっちゃ。今日は日曜だぞ?」

 日曜日。カークは桜散に起こされた。

「今から散歩に行くから、お前も付き合ってくれ」

「はぁ?」

「付き合って」

「Ah、んだよ面倒だよ行きたくない」

 カークは布団に籠る。

「散歩終わったら、そのまま買い物に行くぞ。そこでパフェ、奢って? 約束したよな?」

「……」

「約束……したよな?」

 桜散は布団を引きはがし、カークに睨み付ける。

「……そうだな」

 約束を持ち出された結果、カークは桜散の散歩に付き合うことにした。


 その後、カークと桜散は家の近くの大通りを歩き、近くの川へと向かった。

「今日は、良い天気だな?」

 カークは桜散にそう尋ねた。

「……そうだな」

 空を見上げる桜散。青空が澄み切っており、それを見た彼女の表情も、心なしか落ち着いている。

「そういや何で、俺を散歩に? 冷静に考えてみたんだが、パフェや買い物ならそれこそ、散歩終わった後に誘っても良かったはずじゃねぇか?」

 カークは桜散に、自分を誘った真意を問い質した。

「それなんだが……」

 桜散は川辺に下りる階段へとカークを連れて行った。

「昨日お前が家を出ている間に、ここに来たんだが、そこで気になるものを見つけてな」

 桜散は、川辺のある一点を指す。そこにあったのは無造作に乗り捨てられた自転車だった。自転車のサドルの真下に、黒い箱のようなものがついている。おそらく、電動アシスト式の自転車だろう。

「あれは……自転車? どこが気になるんだ? 放置自転車なんてよくあることだろ?」

「よく見てみろ。あの自転車、汚れが全く付いていない。……おそらく買って、そんなに時間が経っていないものだ。それにあの自転車のモデル、ネットで調べてみたら、11万円する代物らしい」

「じゅ、11万円!?」

 カークは自転車の価格を聞き、驚いた。

「そうだ。普通の家庭で考えれば、決して安くない買い物だ。そんな代物、しかも新品同然のものをチェーンもかけずにここへ無造作に放置するか?

 それに私が最初見つけたとき、あれは半分川に浸かった状態だった。そんな状態で放置しておいたら、じきに錆びて使い物にならなくなっていたはず。おかしいとは思わないか?」

 桜散はカークに話ながら、自転車をじっと見つめた。

「つまり、どういうことだ?」

 カークはまだ彼女が言いたいことが分からないようだった。

「まだ分からないのか? あの自転車の持ち主。多分、異空間に飲まれたのではないかと、私は考えている」

「え、異空間? でも、行方不明者の知らせなんてここ数日……」

「人が突然居なくなったとして、それに騒ぎになるまでに時間がかかってもおかしくはないだろう。それに、案外現在進行形で行方不明になっている人の物かもしれないぞ?」

 カークはようやく、桜散が言わんとしていることを何となく理解できた気がした。

「そうか……分かったぜ。つまり、行方不明者の捜索をしたいと?」

 カークは尋ねる。彼女がわざわざ行方不明者についての話を始めたのは、そういうことではないかと。

「いや……私もそれを考えたんだが、何処にも異空間の入口が見当たら無くてな」

 桜散は困った顔をしながら、頭を掻いた。

「そうか。じゃあまた今度探そうぜ。行方不明者が魔術に目覚めてなければ、放置しても大丈夫なわけだし。仮に中に入った奴が魔術を使えたなら、既に手遅れか、とっくに脱出しているかの2択。その場合、俺達にできることは無ぇ。

 となればやることは一つで、今度探せばいい。ってことでいいか?」

 カークは桜散に提案した。

「そうだな。そうしよう」

 桜散は彼の提案に乗った。

「で、その上で、カーク。私はお前に話したいことがある」

 一呼吸おいて、桜散はカークにそう言った。

「何だ?」

 問うカーク。

「ここに、『仮面の怪物による、一般人行方不明事件』の調査開始を宣言する!」

 桜散は突然川に向かい、叫んだ。

 叫びの後には、近くの大通りを走る車の通行音が聞こえるのみだった。

「そうか。頑張れよ」

 カークは他人事のように励ました。

「は?」

「E……Eh?」

 突如飛び出した、桜散の怖い声に、カークはどぎまぎする。

「お前、何他人事のように言ってるんだ? お前には、私の右腕になってもらうぞ?」

「はぁ!? ……まあ、いいけどさ」

 カークは一瞬面倒くさそうな態度を取ったものの、特に断る理由も無かったため、あっさり引き受けた。

「……ありがとうカーク。これからも、よろしく」

「おうよ」

 桜散はカークに左手を伸ばす。カークはそれに右手で答える。

 2人の手ががっしりと握られた。

「で、調査って言ったって何するんだ? 俺達は探偵でも、ましては警察でもねぇんだぞ?」

「そりゃ、異空間探しだ。異空間を探したら、そこに入って怪物を倒し、行方不明者を救助する。お前はそうやって助けたんだろう? ……私を助けに来たときも。だったら同じようにするだけだ。簡単だろう?」

 桜散はカークの問いに答えた。

「いや簡単じゃねぇよ……まぁいいけどさ。……探すときは、人手を稼げよ?」

 カークは了承した後、桜散にそう提案した。

「無論だ。異空間は井尾釜全域に出る以上、私とカークだけではカバーしきれない。だから複数人で分担するというのは選択肢として考慮している」

「そうか。それじゃ、これから頑張ろうな、一緒に」

 カークは彼女の答えを聞き、そう言った。


 すると、桜散はカークの手を取り、走り出した。

「あ、おいさっちゃ!」

「ふふ、どうしたカーク? そんなんじゃ、私の右腕は務まらないぞ? さあ、買い物に行くぞ!」

 何だかすっかり元通りだな……とカークは思いつつ、彼女と一緒に買い物へと向かった。


――――――――――――昼。

 カークと桜散はその後地下鉄に乗り、井尾釜駅近くのフルーツパーラーに足を運ぶ。

「まずはパフェだ。私は……パイナップルのパフェを1つ!」

「俺も食うか……。俺はマンゴーのパフェ1つ!」

 2人は各々、食べたいフルーツのパフェを頼んだ。


 しばらくすると、2人の目の前にパフェが運ばれてくる。

 桜散のパフェはクリームの上に角切りのパイナップルがふんだんに積まれたパフェ。

 カークのパフェは、マンゴーとクリームが複数層に積み重ねられたパフェであった。

「うーん、美味い! 美味いぞ~!」

 桜散は大柄なパフェをスプーンで切り崩しながら口に運ぶ。爽やかなパイナップルの風味とクリームの甘さが、彼女の舌と鼻腔に心地よい刺激を与える。

「お気に召してくれて光栄だぜ……っと、うーん、うめぇ」

 がつがつとパフェを食べる桜散の横で、カークはむしゃむしゃとパフェを食べる。


「あー! 美味かった! もう1つ頼んでいいか?」

 しばらくすると桜散はパフェを食べ終えてしまった。

「W、Wait! これ以上頼まれたら、俺の小遣いが……」

 カークは残り1/4程度になるまで食べたところで、桜散の言葉に仰天する。この店のパフェは1つ2000円以上するのだ。焼肉店の譲葉のようなノリで沢山食べられては、彼の財布の中で閑古鳥が鳴いてしまうだろう。

「安心しろ、そこまで奢ってくれとは言わん。追加分は自腹で頼むよ」

「そ、そうか……。でも食い過ぎじゃねぇか? あのパフェ、結構でけぇサイズだったように見えるんだが」

「問題ない。どの道時刻的に、昼ご飯の代わりだからな」

「そうか……」

 そんなやり取りをしていると2つ目のパフェが運ばれてくる。今度はイチゴのパフェのようだ。

「いっただっきまーす!」

 桜散は両手を合わせると、即座に再度がつがつと食べ始める。

「Uhm……」

 カロリーを気にせずパフェを貪る桜散に対し、イマイチ釈然としない感情を抱いたカークであったが、それは個人の自由であるし、何よりそれ以上追求して彼女の機嫌を損ねるのは避けたいと思い、深く追求することはなかった。


 それから十数分後。

「それじゃあパフェも食べたことだし、買い物行くぞ!」

「OK」

 パフェを食べ終えた2人は、デパートに行くために井尾釜駅周辺を歩きだした。


――――――――――――。

「おや……カーク君! カーク君じゃありませんか! それに桜散さんも!」

 デパートに向かって歩いている2人に、誰かが声を掛ける。

 カークが振り向くと、そこに居たのは総一郎であった。

「お、総一郎。よう」

「こんにちは。こんなところで会うなんて、奇遇ですねぇ。桜散さんも、こんにちはです」

 総一郎は桜散に会釈した。

「こんにちは、総一郎」

 桜散は総一郎に対し、会釈を返した。

「総一郎は何のためにここへ? 俺達はデパートで食材買いに行くんだけど」

 カークは、総一郎に尋ねた。

「僕も同じですよ。もしや、同じところで?」

 総一郎は通りの奥を指差す。そこにはカーク達の目的地であるデパートがある。

「ああ。俺達が行くのもそっちだ。一緒に買い物する?」

「そうですね。この際一緒に行きましょう。桜散さんとも、話がしたいですしね。いいでしょうか?」

 カークの提案に乗った総一郎は、桜散に了解を求めた。

「私は、別にかまわないぞ? 正直、お前にも聞きたいことがあるからな」

「分かりました」

 総一郎は桜散に返事した。


 その後、3人はデパートの食品売り場に行き、各々必要な食材・食品を購入した。

「ずいぶんと博識なんですね。桜散さん」

「いやいや。李緒さんに頼まれて買い物に行くたびに、覚えたものさ」

 レジでの支払いが終わり、買ったものを袋に入れていくときには、2人はすっかり打ち解けていた。その様子を見届けたカークは、少し胸をなで下ろした。


 買い物が終わった3人は、井尾釜駅へと向かっていた。

「そういえばカーク君、聞きたいことがあるのですが……」

 駅への帰路の最中、川にかかる橋の途中にて。先頭を歩いていた総一郎は立ち止まり、カークにそう問いかけた。

「ん? 何だ? 総一郎」

「えーっとですね……魔術について、聞きたいことが」

 総一郎はカークに小声で耳打ちする。

「魔術?」

「はい。あれって、カーク君はどうやって覚えました? やっぱり才能がないと駄目とか、そういうあれでしょうか?」

 総一郎はどうやったら魔術が使えるか、気になっているようだ。

「Uhn……それなんだが、俺もよく分かんねぇんだよな」

 総一郎に対し小声で耳打ちし、返事を返すカーク。

「そうですか……」

「多分、素養っぽいのはあると思うんだよな。でねぇともっと使える人間が多くいてもおかしくねぇはず。正直、俺も突然……いや、待てよ?」

 ここでカークは自分が魔術を使えるようになったきっかけを思い出す。

 あの時は妙なビジョン……デジャヴュを経て使えるようになったはずだと。

「総一郎……お前、前俺と会ったことがあるような気がするって言ってたよな?」

「……確かにそんなことを言ったような、記憶があります」

 総一郎は、はっきりとは覚えていないようだ。

「それさ、俺も何というか、似たような経験があってさ。……経験したような、でも覚えがない記憶が突然頭の中に浮かんでさ。その中で、誰かがこんなことを言ってたような気がするんだ。『イメージすることが、魔術習得において大事だ。魔力は強い感情・イメージに起因する力だ』って」

「強いイメージ……ですか」

「ああ。まぁさっきも言ったが、素養の有無とかもあるから何とも言えねぇけど、多分イメージが大事ってのは間違いねぇと思う。俺の場合炎の魔術を使うんだが、その時はいつも頭に炎のイメージを浮かべて使ってるんだよな。強くイメージして手を構えると、炎が出るっていうか、そんな感じで」

「なるほど」

 炎の魔術を使う時の様子を総一郎に説明するカーク。

「総一郎も、なんかイメージしてみるってのはどうだ?

 ……わりぃな。何というか要領を得ないアドバイスで」

「いえ。今の話、参考になりました。僕もちょっと考えてみようと思います」

「そうか……」

 2人はひそひそ話を続ける。すると。

「2人共、何やってるんだ? 橋の途中で立ち止まったかと思えば、男同士のひそひそ話か?」

 桜散が割り込んで来る。

「あ、さっちゃ。わりぃ。話はもう終わったから」

「そうか……。まぁあまり立ち止まるなよ? さっきから通行人に迷惑が掛かってる」

「おっと、そりゃいけねぇ。……総一郎、また何か進展があったら言ってくれ」

「分かりました。こちらこそすみません。話に応じてくれて、ありがとうございました」

 2人は慌てて道を空け、桜散と共に駅への道を再び歩き出した。


 その後、3人は地下鉄の駅に着いた。

「それでは、また会いましょう。お疲れ様でした」

 総一郎はそう言うと、カーク達が乗るのとは反対方向の電車に乗った。

「おう、元気でな!」

「また会おう、総一郎」

 カークと桜散は、去りゆく総一郎を見送った後、自分達も電車に乗り家路につく。


 電車に乗ってしばらくすると、誰かが2人に声を掛けた。

「あれ? カーク君と桜散ちゃん? 買い物帰り?」

 今日はやけに知人と会うなと、カークは思った。

「そうだよ? Hello、ゆーずぅ」

「譲葉ちゃん、こんにちは」

 カークと桜散は、帰りの電車内で譲葉に出会った。

「お前は何でこっちに? 家は確か反対側だよな? どっか行くの?」

 カークは、譲葉が下り電車に乗っている理由を尋ねた。

「あー、それはね。ちょっとカーク君ちの近くの公園に行こうかなと」

 譲葉はそう答えた。

「公園? 何のために行くんだ?」

 その話に桜散が食いついた。

「あ、いや。そうだね。桜散ちゃん。んーとね、気晴らし、かな?」

 譲葉はぎこちなく彼女の問いに答えた。

「ゆーずぅ、ちょっとこっちに」

 譲葉のぎこちない様子を見て何かを察したカークは譲葉の手を取り、桜散から少し離れた場所に移動した。


「公園って、理正さんに呼ばれたのか?」

 カークは、譲葉に耳打ちした。確か彼女は、理正と会う約束を以前していたはずだ。

「いや? 違うよ? あそこ、私的に結構気に入ってるんだよねぇ」

 譲葉はそう答えた。

「Eh? じゃあ、なんであんなぎこちない態度を?」

 単なる気晴らしなら、あんな怪しい態度をとることはないだろう……カークは訝しんだ。

「いやぁ、いきなり桜散ちゃんが聞いてくるとは思わなかったからさ。ちょっとびっくりしたの」

 譲葉の表情は嘘をついているようには見えない。少なくともカークはそう感じた。

「そうか……ならいい。わりぃ、呼び留めちまった」

 カークは浮かない顔をした。

「気にしないで。桜散ちゃんの所に戻ろう」

「ああ……」

 2人は桜散の所へ戻った。


 その後電車を降りた3人は、公園へ向かう譲葉と、家に帰る桜散、カークの2手に分かれることになった。

「公園行ったら、そのあとカーク君の家に行きたいんだけどいいかな?」

 譲葉は2人に尋ねた。

「私は構わないが……李緒さんに了解を取らないと」

「別にいいんじゃねぇか? 母さんも、ゆーずぅが来ても気にしねぇというか、大歓迎だろうぜ」

「それもそうか。それじゃあ譲葉ちゃん、私達は先に家で待ってる」

「うん、桜散ちゃん、カーク君! また後でね!」

 譲葉は公園へと歩いて行った。

 彼女を見送った桜散とカークは、家へと戻った。


――――――――――――夜。

「おじゃましまーす!」

 玄関から譲葉が入ってきた。

「こんばんはゆーずぅ」

 カークが出迎える。

「それじゃあ、失礼しまーす」

 譲葉は奥へと入って行く。カークも、それに付いて行った。


 2人がリビングに着くと、そこには桜散と李緒が居た。

「こんばんは、譲葉ちゃん」

「あらまぁ、譲葉ちゃん。よろしくねぇ」

 譲葉を一目見た李緒は、笑顔で出迎えた。

「Ah……母さん! 晩御飯何?」

 そんな雰囲気に水を差すような言動を、カークはしでかす。

「もー! カークったら! そうねぇ。譲葉ちゃん、今晩は何時までここに?」

 李緒は譲葉に、何時までここに居るかを尋ねた。

「それなんですが、今日、ここに泊まってもいいでしょうか? 李緒さん」

 譲葉は李緒に、今晩ここに泊まっていいかを尋ねた。

「What? ゆーずぅ。明日大学だぞ? 荷物とかどうするんだ?」

 彼女の申し出を聞いて、カークは目を丸くする。

「大丈夫だよカーク君。荷物は明日大学に送ってもらうから」

「Oh……」

 住んでいる世界が違うな、とカークは感じた。

「それよりも李緒さん、どうですか? 駄目ですか? 両親には、もう連絡してあります」

 譲葉は李緒に上目遣いをしながら尋ねた。

「うーんそうねぇ。ご両親も知っているのであれば、許可しましょう!」

「本当ですか! やったー!」

 李緒の快諾に、両手を上げて喜ぶ譲葉。その様子を見たカークは、

(はしゃぎ方が子供なんだよなぁ……。でも、可愛いからいいよな)

 と思った。

「うーん、譲葉ちゃんが泊まるのか。部屋はそうだな……。カーク、私の部屋に布団を運んでくれないか? 私は布団で寝て、譲葉ちゃんはベッドで寝るようにする」

 譲葉が泊まるという話を聞いた桜散は、彼女が寝る場所について考え、カークに伝えた。

「OK」

 カークは頷いた。

「それと李緒さん。晩御飯の食材や、炊飯器のご飯の量は足りてます? 4人が夕食となれば、足りなくなるかもしれません」

「それなら大丈夫よ。ご飯は今炊くところだしね……あ、そうだわ!

 ねぇ譲葉ちゃん、桜散ちゃん。ちょうど3人いるし、晩御飯作るの手伝ってくれないかしら?」

 李緒は桜散と譲葉に、夕食作りを手伝うよう頼んだ。

「分かりました、李緒さん」

「お安いご用ですよ李緒さん。泊まらせてもらう身なので、手伝います」

 桜散と譲葉は、李緒と一緒にキッチンへと移動した。

 その様子を見たカークは、自分も何か手伝わなければいけないと考えたものの、女3人がせわしなく動いている雰囲気に入っていく勇気を出せず、ただ黙って彼女達の様子を見ていた。


 しばらくすると、桜散がキッチンから出てきて、カークに言った。

「カーク、そろそろ料理ができるから、食器の準備を手伝って欲しい」

 それを聞いたカークは、待ってましたと言わんばかりに立ち上がり、キッチンへ移動する。そして食器棚を開けて皿を何枚か取り出し、テーブルの上へと並べた。キッチンからは、美味しそうな匂いが漂ってきていた。

「今日は……ビーフシチューと、サラダ?」

 カークはテーブルの上に並べられた料理を見て、キッチンへと声を掛ける。テーブルの上には、ビーフシチューと米飯、野菜のサラダがそれぞれの分並べられていた。

「そう、ビーフシチュー」

 キッチンから李緒の声がした。

「ほう……」

 カークは再度、テーブルの料理を一瞥した。ビーフシチューは何度も食べたことがある。しかし、今日は食器の並びがやけに豪華だ。

 普段、家族3人で揃って食事をするという状況が珍しかったためか、4人分の料理が並べられたテーブルが、彼にはとても豪華な食卓のように見えた。彼自身、これらの食器を並べる作業に協力はしたが、いざ並び終えて料理が入った食卓を見ると、ふと言いようのない気分を感じた。

 まるであるべきものが、あるべき通りに揃っている。そんな感じの。


「いただきます!」

 その後、4人は席に座り、夕食の時間が始まった。

「そう言えば譲葉ちゃんは、何時からヒノモトへ?」

 料理を食べながら、李緒が譲葉に質問する。

「高校卒業後、すぐですね。私の父と母がヒノモトで新事業を始めたので、その関係です」

「なるほどねぇ。じゃあ向こうの学校ではどんな感じだった?」

「まあ、ぼちぼちですかね~。あっちはあっちでいろいろあって、楽しかったですよ~」

 譲葉はニコニコしながら、李緒の質問に答えていく。それを聞いている桜散。

 彼女達を横目に、カークはサラダを口に運んだ。彼はどうにも、こういうガールズトークというものが苦手であった。彼自身の交友関係が狭いということも、無関係ではないだろう。譲葉とは違い、カークには高校時代友達はほとんど居なかった。せいぜい、休み時間に桜散と話をするくらいか。もっともそのとき、桜散は高校において高嶺の花のような扱いをされていたため、彼女と気軽に話をするカークは、羨望と嫉妬の目で周囲から見られていたものだ。

「なあカーク。お前も何か、譲葉ちゃんに聞いてみたらどうだ? あるいはお前から何か話題を出してみろ」

 一人黙々と食事をするカークに気付いたのか、桜散が声を掛けた。

「いや、特に聞く事もねぇよ。許嫁の件も解決したし」

「無粋だなぁ。彼女もお前の友達なんだから、積極的に話をしないと」

「けどよぉ」

 彼は話題のレパートリーが少ない。これは他者と交友関係を築くにあたり、どうしてもぶち当たる問題であった。

「む……そうか。なら、仕方ないな。譲葉ちゃん、カークはこういう風に人付き合いに難がある奴でな、結構誤解されやすい」

 桜散は譲葉に、カークのことについて話し始めた。

「だが、見る目はある、と私は考えている」

「と、いうと?」

 譲葉は不思議そうに、桜散に尋ねた。

「何だかんだ言って、私の我侭に付き合ってくれているし、お人好しでカッコいいところを見せるときもある。もある。私と違って結構アグレッシブな面もあるしな。

 それに付き合っていて、不思議と嫌な気分にならない。何というか、私と相性が良いんだよな。カークは」

 桜散は譲葉に言った。

「何かそう言う風にお前に言われると、照れるな……」

 傍で桜散の話を聞いていたカークは、顔を下に向けた。

「桜散ちゃんったら、カークに何かあるとすぐすっ飛んで行くのよ? 放っておけないというか」

 李緒がにやにやしながらそう言った。

「なっ、李緒さん!」

 彼女の言葉を聞いた桜散は、顔を赤くした。

「ほほう、これはこれは。桜散ちゃん、後でカーク君のことどう思ってるか、もっと『詳しく』聞かせてほしいなぁ」

 譲葉もにやにやしながら、桜散を茶化す。

「……分かった」

 桜散は苦い顔をした後、グラスに入った麦茶を呷った。

「桜散ちゃん、可愛いですよね?」

 譲葉は李緒に同意を求めるように言った。

「そうよねぇ。ほんと可愛いわよね~」

「……」

 桜散は顔を下に向け、動けない。すっかり2人の玩具だ。

(Uhm……何だろう、微笑ましい? 尊いっていうのかな? こんな気持ちは)

 ワイワイキャッキャやっている3人の様子を見たカークはふと、穏やかな気持ちになった。留年以来、こんな明るい雰囲気の団欒は久しぶりだった。

 願わくは、このような明るい日々が続きますように。彼は心の何処かでそう願ったのだった。


――――――――――――深夜。

「あ、カーク君、ちょっといいかな?」

「ん? なんだゆーずぅ?」

 深夜。寝る前にカークと譲葉は寝室の前で言葉を交わす。

「……ありがとう。私を助けてくれて」

 譲葉は頭を下げた。

「いや、いいってことよ。……また何かあったら、遠慮なく言えよ?」

「うん……」

 譲葉は自然な笑みでカークに微笑んだ。

(ゆーずぅ、よかったなぁ……)

 目の前に広がる少女の笑顔を守ることが出来て、カークは感無量であった。突然の再会と、そこに生じた問題に対し、カークは思い悩んだものの、それは無事解決したのだ。

(この笑顔……守りてぇな)

 彼はその時確かに、そう思った。


「それじゃ、おやすみ」

「おやすみ、ゆーずぅ」

 カークは自分の部屋に戻る。

 そして、先ほどの譲葉の笑顔を脳裏に焼き付けながら眠りについた……。


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