第29話『2人が出会い、修羅場が始まった』
理正との遭遇によって、桜散とカークの関係はこじれていた。そんな最中カークは自宅にやって来た譲葉と共に大学へ向かう。
第29話『2人が出会い、修羅場が始まった』
12日目
――――――――――――朝。
朝。カークは目を覚ます。桜散は起こしに来なかった。
「Hm……」
カークは時計を見る。寝坊はしていないようだ。彼はそのまま階段を下りた。
1階のリビングに着くと、李緒が朝食のパンを食べていた。
「おあよう。カーク」
パンをかじりながら、李緒はカークに声を掛ける。
「おはよう母さん。……さっちゃは?」
「もう出かけたわよ」
「そうか……」
それを聞いたカークは、視線をテーブルに落とし、少し考えた後にパンをかじった。
心地よい、焼いた小麦の香りが鼻腔に流れるが、カークの気は晴れなかった。
カークが朝食を終えたとき、玄関から突如チャイムが鳴った。
「はーい!」
李緒は玄関に向かい、来客を出迎えるも、すぐに何やらほっこりした顔でカークの元に戻ってきた。
「ふふっ。カーク、懐かしい顔よ」
「懐かしい顔?」
「ええ。ほら、待っててくれてるから、早く出てあげなさい」
「……? 分かった」
李緒に促され、カークは玄関へと向かった。
「おはよう! カーク君」
玄関に出てみると、そこには譲葉がいた。
「ゆーずぅだったのか。おはよう!」
「うん。今日はこっちに来てみたんだ。どう? 一緒に行こうよ」
「Ah、そうか。OK。一緒に行こう。ちょっと待っててくれ。準備する」
「おっけー」
カークは急いで出発の準備をして、その後譲葉と共に家を出た。
「あの後、どうだった?」
「あの後? ああ、さっちゃか。……あれから話せてねぇな。今日も俺が起きたときには、もう出てってた」
「そっかー。そうだよねぇ。うーん……」
「そうだな……」
2人は悩みながら大学への道中を進んだ。
「あら? カーク、譲葉。奇遇ね」
そんな2人の前に現れたのは、アレクシアだった。
「おはよう、アレクシアちゃん」
「おはよう、アレクシア」
2人は挨拶を交わした。
「一緒に行きましょう」
「ああ」
「うん」
そして3人になった彼らは、そのまま大学へ向かった。
「そういえばアレクシアちゃん、大学慣れた?」
「……ええ。慣れた、わ。……譲葉、は?」
「私は……うーん、まぁまぁ慣れた、かな? まだ数日だけどね」
「そう」
譲葉とアレクシアは細々とした会話を交わしている。その様子を見たカークは特に何かするでもなく、黙って2人に付いて行く形で歩いていった。
「それじゃ、私は、ここで」
大学の構内に入った後、途中でアレクシアは2人から別れた。
「おっけー。いってらっしゃい!」
「うん」
譲葉に対するアレクシアの表情は、どこか和らいでいるような気がした。
「じゃあ私もここで、また講義終わったら会いましょ」
「OK。じゃあな」
カークは譲葉と別れ、基礎科目の講義を受けるべく、講義棟へ向かった。
講義棟に入ると、そこには既に何人も学生がおり、やり取りをしていた。
そんな建物の隅に、桜散がいた。
「おはよう、さっちゃ」
カークは桜散に声を掛けるが――。
「……」
桜散はカークを見るや目線を逸らし、そのまま教室へ走り去ってしまった。
(……シカトされちまったな。まいったなぁ)
カークはため息をつき、そのまま自分の講義の教室へ向かったのだった。
午前中、カークは1年生と混ざって基礎科目の講義を受けていたが、頭の中は桜散のことでいっぱいで、まったく集中できなかった。
気まずい気持ちのまま、午前中の講義が終わった。
――――――――――――昼休み。
昼休み。カークは教室を出て食堂に向かうと、そこには桜散の姿が。
「あっ、さっちゃ……」
だが、カークの姿を見るや否や、桜散は机を叩いて席を立ちあがり、そのままカークから顔を逸らし、食堂を出て行ってしまった。
「Uhm……」
カークは気まずい気持ちのまま、桜散が座っていたテーブルの向かいの席に座り、食事を取った。
その後も午後の講義で教室を移動するさなかに桜散と遭遇する機会が何度かあったものの、いずれも桜散に無視され、逃げられ、カークは全く相手にされなかった。
――――――――――――夕方。
そして放課後、カークは譲葉にメールで呼び出され、待ち合わせ場所に足を運んだ。
「やっほーカーク君」
「ゆーずぅぅぅぅぅ」
「わわっ、どうしたのカーク君」
声を掛けると同時に泣きつくような勢いで近づいてきたカークに驚く譲葉。
「さっちゃが、さっちゃが全く相手にしてくれないんだよぉ!」
右腕で両目を覆い、泣くような仕草をするカーク。
「まぁそうなるよねぇ……。私の方から会話できないか、試してみよっか?」
「Whoa、頼むゆーずぅ! 俺じゃ無理だ」
「分かった分かった。じゃあ明日、桜散ちゃんに話しかけてみるから」
「OK」
2人は家に帰った。
――――――――――――夜。
夜。カーク、桜散、李緒は3人揃って夕食を取っていた。
桜散はカークの方を見ず、食事を食べながらテレビの方を見ていた。そんな様子を見たカークは、難しそうな表情と共に料理を口に運ぶ。
『連日井尾釜市を震撼させている連続失踪事件ですが、依然として真犯人の特定には至っておらず、市民からは警察の対応を批判する声が上がっています』
『先日保護された××さんらから、事件の手掛かりになる有力な証言は得られておらず、犯行の手口や残る10人の行方についても、依然として分かっていない状況です』
テレビでは行方不明事件のニュースが流れている。
「……ねぇ。桜散ちゃん」
カークが料理を食べ終えて部屋を出た後、李緒は桜散に声を掛けた。
「何ですか。李緒さん」
「どうしたの? カークとケンカしたの? カークが何か悪いことしたのなあ、遠慮せず言っていいわよ?」
「いえ。カークとは、ケンカしてる訳じゃ……ないです」
「じゃぁ何でカークのことを無視したりするの?」
「……」
「……カーク君や譲葉ちゃんがお父さんと話をしていることが、気に入らなかった?」
「っ!?」
李緒からの問いに対し、桜散は目を見開いた。
「図星ってとこかしらね。カークがお父さんと仲良さそうにしているのが、そんなに嫌?」
「……」
その問いには、桜散は沈黙した。
「……気持ちは分からなくもないけどね。でも、あなたがお父さんと仲が悪いことと、カークがあなたのお父さんと話をすることは、別の事よ。自分と仲のいい人間が、自分と仲の悪い人間と仲がいいっていうのは別に珍しいことじゃないわ。
そのくらいは、割り切ってあげた方が良いんじゃない? 人付き合いはカークの自由よ」
「分かってる! 分かって、ます」
李緒の言葉に、桜散はバツの悪そうな顔をする。
「分かってるけど、割り切れないって感じ?」
「……」
桜散は、それ以上答えなかった。
「そう……分かった。それ以上は聞かないでおくわ。
でも、何かあったら遠慮せずに相談して頂戴ね? あなたはうちの家族なんだから」
李緒は最後にそう語りかけた。
「はぁ……難しいものね」
桜散が部屋に行った後、李緒は独りため息をついた。
(正直、まだ理正君と会わせるのは時期尚早かなと思ったけれど、まさかカークが理正君と出会ってて、その関係から会っちゃうとはねぇ。
それと、祥仁君何やってくれてんのよ。あんたのせいで譲葉ちゃん死にかけたんだけど。まぁこっちは理正君が何とかしてくれるかぁ)
カーク、桜散、譲葉の身に起きている状況に対し、思いをはせる。
(桜散ちゃん、あの様子だとカークは悪くないって考えてはいるみたいだし、今のところは、しばらく様子見かしらね)
李緒は椅子に座ると、一人コップのジュースを飲んだ。
13日目
――――――――――――朝。
「やっべ! 寝坊した!」
翌朝、カークは珍しく寝坊した。もっとも寝坊といっても時間的には余裕はあり、確定で始業に間に合わないというレベルのものではないが……。
カークが下に降りると、既に李緒も桜散も家にはいなかった。
急いで朝食を食べ、荷物を整え、慌てて家を飛び出したカークは地下鉄の駅に向かう。すると……。
「まじかよ、Uhm」
駅の電光掲示板を見ると、異音感知で地下鉄が止まっていることを示すメッセージが流れていた。止まったのはほんの数分前の様だ。
「Gosh!」
カークはすかさず駅から飛び出し、振り替え輸送となる都釜線の駅へ向かうべく商店街へ駆けようとした。
「カーク君!」
その時、車に乗った譲葉が、カークを呼び止めた。
――――――――――――昼休み。
「Thanksゆーずぅ。今日は助かった」
「どういたしまして」
譲葉のおかげでカークは間一髪のところで遅刻を逃れた。
「まさに女神降臨、って感じだったぜ」
「そう? 私は今日、桜散ちゃんと一緒に行こうかなと思って家に行こうと思ったんだけど、タイミングが良かったね」
「そうか? そう聞くと、なんかすまねぇことしたな。時間的に危うかったろ? 俺や桜散がいなかったらどうするつもりだったんだ?」
「うーん、その時は普通に大学に行くつもりだったかな。今日は2限目からだから余裕あったし」
「そうか……」
昼休み。2人は大学の第一食堂で落ち合い会話をしていた。
「そういえば遅刻なんて珍しいね。桜散ちゃんに起こしてもらえなくなった?」
「いや、それは多分関係ねぇかな。単純に目覚ましを聞き逃した」
「そうかなぁ……」
「一応、さっちゃが起こさねぇ日もあるけど、そんときは普通に起きれてるんだ」
「そうなんだ。ちゃんと起きれてるんだけど、今日は起きれなかったと。まぁ、多分疲れてるんだろうね」
「かもな……っと、そういえばさっちゃと話はできた?」
「一応話しかけてみたよ? 私に挨拶はしてくれるんだけど、カーク君とのことになると唐突に話題を逸らされるというか、話に応じてくれない感じだね」
「そうか……」
譲葉も桜散との対話を試みたが、上手くいかなかったようだ。
「まぁ私も理正さんと話していた側の人間だからね。桜散ちゃんからすれば警戒したくもなると思うよ? ここまで頑なとは思わなかったけどね」
「Hm……」
また、振出しに戻ってしまった、といったところか。
「まぁ。今日は第一歩って感じで! 今後も諦めずに話しかけるつもりだから。カーク君もそうでしょ?」
「そうだな。俺も諦めるつもりはねぇから」
「うんうん! 引き続き、頑張ろっ」
「OK」
2人は今後の事について、決意を新たにするのだった。
――――――――――――夕方。
夕方。カークが構内を歩いていると、桜散に出会った。
「おーいさっちゃ!」
「……」
桜散はカークの方を一瞬向くが、再度そっぽを向いて歩きだした。
(想定通り。俺は諦めねぇからな)
去り行く桜散を見ながら、カークはそう思うのだった。
――――――――――――夜。
カークはその後家に帰り、夕食を食べた。桜散はまだ帰ってきていないようだった。
(母さんも帰ってきてないし、一人の夕食か)
棚からカップ麺を取り出し、お湯を注ぎ待つカーク。しばらくすると時間が経ち、カークはふたを開けて麺を啜った。
(ふぅ、うめぇな)
麺をかみしめていたその時だった。
突如玄関の扉が開く音がし、それからしばらくして、居間に桜散が入ってきた。
(さっちゃ……)
カークは黙々と食事を続ける。桜散もそんな様子のカークを少し一瞥した後、カーク同様に棚からカップ麺を取り出し、お湯を沸かし始めた。
沈黙が流れる中、カークは麺を食べ終え、桜散はお湯をカップ麺に入れる。二人はすれ違うも、そこに会話はない。カークは食器を片付け、部屋に戻った。
「……」
カークが去った後しばらくして、桜散は無言で容器のふたを開け、そしてカーク同様に麺を啜った。
その後2人は顔を合わせることなく眠りについたのだった。
14日目
――――――――――――朝。
朝。カークは1人で目を覚ます。
「Uhn……」
顔を上げ、体を伸ばすと、突如カーテンの向こう側から物音がした。
「N? なんだ?」
カークがカーテンを開けると、そこには……。
「……」
窓の向こう側には金髪の少女、アレクシアがいた。
「Whoa! Ouch!」
その光景にカークは仰天し、のけぞると同時にベッドの柱に頭をぶつけ、悶絶した。
「あ、カーク!」
その様子を見て心配そうに声を掛けるアレクシア。
「Ugh……」
カークは頭を押さえて起き上がり、窓を開けた。窓から涼しい風が吹き込んで来る。
「おはよう、カーク」
「おはようアレクシアって、なんでここから入ってきてんだ!? 玄関から入って来いよ!?」
「そう、ね。失礼」
「あのなぁ……っっ」
頭を押さえながら、アレクシアを会話するカーク。
「ねぇ、カーク。2人で、話が、したい。ついて、来てくれる?」
アレクシアはカークに対し、手を差し伸べた。
「話?」
「そう。大学の準備、して。待ってるから」
「話はいいけど……分かった」
カークは荷物を整えて持つと、アレクシアの手を取った。
その後カークは玄関からそっと外に出て、アレクシアとともに近くの公園へ向かった。
「これ。どうぞ。まだ、食べてない、でしょ?」
アレクシアは何処からか鞄を取りだし、中からおにぎり3個とペットボトルのお茶を取り出し、カークへ手渡した。おにぎりは手製のようだ。
「お? これ、俺に?」
カークがアレクシアに問うと、彼女はこくんと頷いた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
カークはおにぎりを1個齧る。
(特に、何の変哲もない、おにぎり。不味くは、無いな。……む?)
食べている部分が具に到達したところで、彼は気付いた。
(これは、おかか味! 鰹節と醤油のコンボ!)
2つ目を食べ始めた彼は、またしても驚く。
(次は、梅! 梅干し! 酸味と塩味がいい塩梅!)
そして3つ目は。
(シャケ! これはまごうこと無き焼いた鮭! 塩味と香ばしさが堪らない!)
3つのおにぎりの具は、すべてカークの好物でまとめられていた。
(全部、俺の好物! しかも一つの漏れ無しにとは。……ここまで把握しているとは、何て恐ろしい奴だ)
お茶を飲みながら、カークはアレクシアが、自分の好物を把握していることに驚いた。
「どう? 味は?」
味を聞くカーク。
「あ、ああ。美味しかったよ。あと、具が全部俺の好物で、良かったよ」
実際おにぎりは美味しかった。米も適度の固さで食べやすく、具もしっかり味がついている。彼の感想は素直なものだ。
「そ、そう? 良かった。作った甲斐、あった」
アレクシアはそう言うと、笑顔を浮かべた。彼女の頬がほんのり赤くなった。
「今日俺を呼び出したのは、このためだったのか?」
カークはアレクシアに、用件を尋ねる。
「……えーと、うん。そう。
あなたに、食べてもらおうと、思った」
アレクシアは、彼に呼び出した理由を話した。
「そうか。それにしても、俺なんかのためにこんな、その、悪いな」
カークは苦笑いを浮かべながら、そう言った。
「悪くない。あなたは私にとって、大切な、人。だから」
「Eh?」
カークはアレクシアの発言を聞き、耳を疑う。
「なあアレクシア、今の発言の意味は? 大切な、人?」
大切な、人とは一体。自分のことか? カークは驚く。
「……ううん、何でも、ない。何でもない、わ」
カークの問いに、アレクシアは両手を振って否定する。
(……何で俺なんかのために? 意図は何だ? ついこの間会ったばかりの人間にする態度じゃないぞ? 俺を何かに嵌めようとしているのか?)
カークはアレクシアの様子を見て、内心警戒していた。
「なあ、何で、俺にここまでする? 俺に好物のおにぎり作ってくれたり。つい最近会ったばかりなのに……。どうしてこんな、その理由は何なんだ?」
カークは彼女に疑問をぶつけた。
「それは……」
彼の問いに対し、アレクシアは気難しい表情をし、黙ってしまった。
(まだ、話してはくれないか。それでも話に応じてくれる分、さっちゃよりは何とかって感じだな)
理由を話してくれないアレクシアの様子を見てカークだったが、彼自身長い目で見た方が良いと感じており、その態度は落ち着いていた。
その後、カークとアレクシアは公園からそのまま地下鉄駅へと歩き、大学へと向かった。大学に着いたときの時刻は8時。講義開始にはまだ早い時間だった。
カークとアレクシアは正門から大学に入り、大学内を東西に貫くメインストリートを歩いていく。そして、正門からメインストリートを歩いて350mほどのところにある、『工学部 講義棟A』と書かれた白い建物に辿り着いた。
カークとアレクシアは理工学部であるが、建物に書かれている文字は工学部。これは、カークが入学した年に学部の再編が行われたためだ。
工学部から、理工学部へ。カークと、彼と同じ年の桜散はいわば、記念すべき理工学部の1期生という訳だ。そして、アレクシアは2期生。
もっともカークはその後謹慎、というか6ヶ月の停学処分を食らい、その結果留年してしまったのだが。
建物に入った2人は、1限目が行われる教室へと入った。
この教室にある学生が座る机は、3人が横並びに座れる構造で、椅子と背もたれが後ろの机と一体化したタイプだ。
カークとアレクシアは、黒板から見て一番右前の机に1つおきに座った。座った位置は、アレクシアが左側(窓側)、カークが右側(通路側)だ。
「はぁ……」
椅子に座ったところで、カークはため息をついた。それと同時に、強烈な眠気が彼を襲う。
「講義始まるまで、寝てようかなぁ」
腕時計の針は、8時15分。1限目の開始が8時50分なので、寝る余裕はある。
「講義、始まったら。起こそうか? カーク」
アレクシアはカークにそう言った。
「あ、すまんな。でも悪いなぁ」
カークはアレクシアを気遣う。自分のためにおにぎりまで作って来たのだ。そんな相手に起こしてもらうなんて。彼はそう考えたのだが……。
「いや? 大丈夫。私は、眠くならない、から」
アレクシアの表情からは、全く眠気が感じられない。思えばここまで、彼女は欠伸一つ出していなかった。
「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて……がくっ」
彼女の言葉を聞いたカークは、もう限界であった。彼は、そのまま机に突っ伏した。
8時40分、講義開始の10分前。教室には、人が集まり始めていた。今日の講義はいわゆる教養科目で、理工学部の全学年・全学科の学生を対象としたものだ。百数十人が入る教室には、すでに多くの学生がひしめき合うように座っている。
さらに5分が経過し、教授が教壇に立ち、講義の準備を始めた。
「カーク、そろそろ、講義、始まる。起きて?」
その様子を見たアレクシアはカークを起こした。
「ん、そうか。もう始まるのか……」
カークは筆箱から目薬を取り出して目に差し、両手で顔をぺしぺし叩く。
ガラガラガラガラ……。
その時ドアが開く音がして。そして中に入ってきたのは。
「む、さっちゃ」
ドアを開けて入ってきたのは桜散であった。桜散は教室をきょろきょろ見回し、前奥にいるカークに気付いた。
そして、彼女はカークの元へと近づいた。
「あ、さっちゃ。」
彼が声を掛ける。すると桜散はこれまでの態度に反し、声を荒げてカークへ詰め寄った。
「おいカーク! お前、何処ほっつき歩いていたんだ? 何処行ったのか心配したんだぞ!?」
「……俺だって、たまには朝早く外に出たい時もあるさ」
桜散は不機嫌な様子に、カークはそっと返した。
「その割には、気付かれないようこっそり、というのはどういうことだ? なぜこっそり抜け出した?」
桜散はさらに不機嫌な表情をする。すると。
「……カークを、責めないで。カークは、私が、連れ出したの、桜散。何か、不満? カークに?」
カークに詰め寄る桜散の肩に、アレクシアが手を置き、そう言った。
「お前は……」
アレクシアに声を掛けられ、桜散は少し落ち着いた。
「私は、アレクシア。……初めまして、桜散」
「なるほど……君が……。失礼した。すまない。私は桜散、というか、名前を知っているのか。そうか。
……講義が始まるな。今日は、これにて失礼させてもらう」
「……そう」
落ち着いた桜散は、カーク達の席から離れようとする。
「あっ、さっちゃ! 俺は……」
「……」
カークの呼びかけに対し桜散は何も答えず、彼女は一番前の机にある空いている席に座り……そして講義が始まった。
――――――――――――昼休み。
昼休み。カークは1人昼食を終え、午後の講義が行われる教室へ向かうべく、大学内のメインストリートを西の方へ歩いていた。
結局あの後、カークと桜散は、1限目の講義が終わるまで一言も口を利かなかった。さらにアレクシアは2限目の終わりと同時にいつの間にか姿を消しており、昼食はカーク一人で食べることになった。
(はぁ。黙って抜けた俺にも、落ち度があったんかなぁ。とはいえアレクシアの事も気になってはいたし……わざわざ家まで来てもらったのを無下にはできんからなぁ)
カークが1人自省していたその時、メールが届く。
(送り主は……アレクシアか?)
メールはアレクシアからだった。
『題:今朝はごめんなさい 本文:今朝は朝早く連れ出してしまって、ごめんなさい。桜散とケンカしているのでしょう? 私のせいで、ややこしくなっちゃったよね。今度は、気を付けるから。
あと、放課後また話がしたいんけど……いい?』
(気を使わせちまった俺の方が申し訳ねぇ気持ちだよ)
カークはそう思いながら、メールに返信した。
『題:Re:今朝はごめんなさい 本文:いや、こっちの方がすまない。俺と桜散の問題に巻き込んじまった。朝食ありがとう。美味しかったし、俺の好物だった。
放課後については、空いてるからいいよ。場所は、中央広場、時間は4限の終わりでいいか?』
メールを送信すると、すぐ返信が来た・
『題:Re:Re:今朝はごめんなさい 本文:場所、時間はそれで、OK。よろしく』
(……OK)
カークは携帯端末をしまい、再び歩き出した。
――――――――――――夕方。
4限目が終わった後、カークは中央広場にて、アレクシアと落ちあった。
「よう、アレクシア。来たぞ」
「カーク。待っていた、わ」
アレクシアはカークに手を振った。
「おう。で、用件は何なんだ? 後、俺もお前にいくつか聞きたいことがあるんだけど、良いか?」
カークはアレクシアに、自分を呼び出した理由について尋ねた。
「そう、ね。あなたに、伝えたいこと、あったから、呼び出した」
彼女はそこまで言うと、カークにこう言った。
「カーク。あなた、このままだと、死ぬわよ?」
カークには、アレクシアの言葉の意味が理解できなかった。
「What? それは一体、どういうことなんだ?」
「そのままの、意味、ね。カーク、あなたの命が、危ない、ということ。これから、命を落とすようなことが、起こる。今、呼んだのは、そのことを、忠告するため」
彼女はカークに説明した。
「なぜ、そんなことが言える? というか、お前は俺達について、一体何を知っているんだ? お前は一体何者なんだ?」
アレクシアの目つきは真剣だ。きっと何か確信があるのだろう。カークはそう考え、彼女に問いかけた。奇しくも、カークのふと口に出た疑問は、彼自身が聞きたいと思っていたことだった。
「……それは、言えない。なぜなら、あなたがどういう風に、命を、落とすかは、私にも、分からないから。でも、あなたは、遠くない時期に、死ぬ。これは、間違い無い、わ」
アレクシアはそう断言した。
「そうか……」
突然出てきた話にカークは動揺したものの、自分も確認したいことがあったため、一旦は落ち着いてアレクシアの話を聞いていた。
「あと、私が何者かという話だけど……。私は、ただの魔術師、よ。そう、ただの。ただのね。人より、少し長く、生きているだけの、ね。だから、あなたについても、かなり、知っている。と、私は思っている。……質問はこれで終わり?」
アレクシアは自分の素性について、カークに語る。
「……大学1年生だけど、魔術師で、俺達よりも長く生きている。んで、俺のことに詳しいのは魔力によるもの、とでも解釈すればいいのか?」
カークは彼女が魔術の力か何かで、物事を見通すことのできる人間ではないかと考えた。例えば理正は、カークや譲葉が纏う魔力で、自分達が魔術の使い手であることを見抜いた。おそらくアレクシアも理正に準ずる、あるいはそれ以上の魔術の使い手で、似たような手法で自分達のことを把握したに違いない。
カークがこのような考えに行き着いたのは、理正の『常識が通用しない以上、柔軟な発想力が必要』という言葉に影響されたからに他ならない。
「……。そういうこと、に、なるかしら、ね」
アレクシアはきょとんとした顔をしつつも、ゆっくりと首を縦に振った。
「なあ、アレクシア。お前、住吉理正って人、知ってるか?
あとあの化け物……仮面の怪物が魔術師を狙っているってのは知ってるのか?」
カークはふと、彼女が理正の知り合いなのではないかと考えた。彼曰く、魔術師の知り合いが何人かいるそうだから、彼女もその一人ではないかと考えたのだ。
しかし、この質問に対するアレクシアの答えは、彼の予想に反したものだった。
「ん? 知らない、わ。そんな、名前の人。怪物の性質、については、私も、カークと同じ、認識、だけど?」
「What’s!? 理正さんの仲間、じゃない? すまねぇが、お前が魔術師になったのって、いつ? 最近? それとももっと昔から?」
彼女は理正の仲間ではないばかりか、面識が無いというのだ。そうなると、アレクシアについて考えられるパターンは2つ。
カーク達同様、最近になって魔術に目覚めたか、あるいは昔から魔術が使えたものの、理正が把握していない魔術師か。カークはアレクシアに、魔術師になった時期を聞いた。
「魔術に、目覚めた時期、ね。えーと……つっ!?」
突如、アレクシアは両手で頭を押さえ、苦しみ出すような仕草をした。
「っ! 大丈夫か!? アレクシア」
頭を抱えるアレクシアに心配そうな声を掛けるカークであったが、突如彼女は正気に戻ったかのように顔を上げ、こう呟いた。
「っ……大丈夫。治まった。
そうね、最近、と。言えば、いいのかな? 多分……最近だと、思う」
「本当に大丈夫か?」
「……ええ」
彼女の答えはぎこちない。
(これは、何か隠している? 追求するか? いや、でも追求した時一瞬具合悪そうな感じになったからなぁ。聞かねぇ方が良いのかもしれねぇ)
彼はアレクシアにより深く突っ込んだ質問をするかどうか、迷った。
「うーん……」
顎を手に乗せて考え込む仕草をするカーク。
「まぁ。私の回答は、以上、かしらね。明日も、大学、あるし、ね。また、何か私に、聞きたいこと、あるなら、続きは、また今度に、しましょ?」
彼が考え込む仕草を見て、アレクシアはこう提案した。
「あ……」
深く考え込んでいたカークは我に返り、腕時計を見た。時刻は5時になろうとしている。
あまり帰るのが遅くなると、また桜散に怒られるかもしれない。
「確かに、そうだな。そろそろ家に帰らなきゃな。はぁ……」
カークは平日であることを思い出し、ため息をついた。
「桜散のことがつらい?」
アレクシアはカークの肩に手を置き、言った。
「確かにストレスになっているってのは否めねぇが、ただ、これは俺が向き合って解決しなきゃいけねぇ問題だから、仕方ねぇとは思ってるよ」
カークはアレクシアに対し、両腕をぐっと前に突き出し、にやけたような表情をする。その表情ははたから見ると、少し滑稽だった。
「ふふ、ふ。おかしな、顔ね、カーク。
そうそう、私の話を、信じる、信じないは自由だけど……」
彼女はそう言うと、目を閉じながら言った。
「信じてくれるなら、私……達、は、救われる。……うれしい、かな?」
「私達……? いや、何でもない。そうか。分かった」
私達、という言葉にカークは一瞬引っかかりを覚えたが、これ以上追及する気にはならなかったため、聞かなかった。
「じゃあ、また明日な」
「ええ、さよなら、カーク。また明日」
2人は別れの挨拶を交わす。
「あ、そうだ。アレクシア」
「ん? 何?」
カークは思い出したかのように言う。
「さっちゃとは、仲良くやってくれねぇか」
「……」
彼の話を黙って聞くアレクシア。
「今朝はあんな感じだったけど、あいついい奴だし、それにアレクシアと会うの楽しみにしてて、仲良くなりたいって言ってたから」
「……分かった。仲良くなれるよう、善処、する」
アレクシアはカークの言葉に、ぎこちないながらも答えた。
「それじゃ、今度こそ、またな」
「うん、さよなら」
かくして2人は別れた。
(さて、帰るか……)
アレクシアと別れて帰路に就いたカークであったが、そこに再びメールが届く。
メールは譲葉からだった。
『題: 今日はどうだった?本文: 今日はどうだった? 桜散ちゃん、カーク君が一人で家を出たのを気にしてたみたいだけど……何かあったの?』
『題:Re:今日はどうだった? 本文:ちょっと朝にアレクシアに呼び出されて、それで家を出て話をしたんだけど、そのことでさっちゃに怒られちまった。それからは話せてねぇな。 あと、アレクシアはどうも理正さんとは知り合いじゃないらしい。仮面の怪物について、別に動いてる魔術師って感じらしい。本人から聞いた。』
『題:Re:Re:今日はどうだった? 本文:そっか。なるほどね。あの怪物について理正さん以外にも動いている魔術使いがいて、それがアレクシアちゃんって感じなのかなぁ。情報提供ありがとうね。
桜散ちゃんと理正さんの件についてはうちの縁談の事もあるし、また明日話そうよ』
『題:Re:Re:Re:今日はどうだった? 本文:OK、分かった。また明日よろしく』
帰りの電車の中、譲葉とメールのやり取りをしたカークは、電車を降りて家に向かったのだった。
――――――――――――夜。
「ただいま」
カークは家に帰り、居間に行く。するとそこには桜散がいた。
「さっちゃ……」
「……」
例によって無視されるが、その様子は昨日に比べ落ち着いていた。怒っている様子を第三者に見られたのが影響したのだろうか。
「ただいまー! カーク、桜散ちゃん……って、ふむ……」
そこに李緒が帰ってくる。李緒はカークと桜散の様子を見て、顎に手を当てた。
「おかえりなさい。李緒さん」
「お帰り、母さん。……今日の晩御飯は?」
「晩御飯はそうねぇ……じゃん! ピザ買ってきちゃった!」
李緒はピザの紙容器を数枚取り出し、机の上に置いた。
「今日はこれで食べましょ」
「OK」
「分かりました」
3人は席に座り、夕食としてピザを食べた。
「なぁ、母さん」
「ん? 何かしらカーク」
「さっちゃのことで相談したいんだが……」
夕食後、カークは桜散の事について李緒に相談した。
「お父さんの事? あれは桜散ちゃんが意固地になっているだけな気もするけどねぇ。
あ、でも今朝こっそり抜け出したのは、まずかったんじゃないかしら。私も、桜散ちゃんも、心配したのよ?」
「Ah……それは、ごめんなさい」
カークは李緒に頭を下げた。
「分かればよろしい。
桜散ちゃんの件については、もう少し様子を見てもいいんじゃないかしら。あの子には、時間が必要だと思うしね」
「時間が?」
「そう。あの子の中で気持ちの整理がつくまで、待ってあげてもいいんじゃないかしら」
「そうか……」
「その間、無視されちゃうのは辛いかもだけれど、あの子だって本当はそれじゃダメだって分かってるはずだから。向こうから話してくれるまで、こちらは扉を開けて、待っていましょう」
「……ありがとう。母さん。相談して、何だか気持ちがすっきりした気がする」
「どういたしまして」
桜散の気持ちの整理が付くまで待つ。
李緒の言葉を聞いて、カークは胸の中のもやもやが、少し落ち着いた気がした。




