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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第五章「デジャヴュの片鱗」
34/46

第28話『ある親子の確執と、可能性の欠片』

 住吉(すみよし) 理正(りせい)。以前カークが公園で偶然出会った人物で、桜散の父親だ。桜散が実家から勘当されたという話を李緒から聞いたカークは、理正から真相を聞き出そうとする。

 一方理正はメールでカークと譲葉を呼び出すと、彼らに魔術と異空間について語る。


 3人が異空間に入り込んだ直後、公園に1人の人影が現れた。


第28話『ある親子の確執と、可能性の欠片』

11日目

――――――――――――朝。

 次の日、カークは家で1人、椅子に座って朝食を食べていた。李緒は買い物に出かけ、桜散はカークを起こしてすぐに自分の部屋に籠ってしまったからだ。

 彼は暇つぶしに、テレビのスイッチを入れた。

 ニュースではまた連続失踪事件のことを報道していた。

(ん? この場所、ここに近いな)

 行方不明者の家が、カークの家の近くだった。近くに異空間が出現したのだろうか。

(さっちゃはともかく、母さんが心配だなぁ。こうなってくると)

 カークが李緒の身を案じていたその時、彼の携帯にメールが届いた。

(ん? 送り主は、理正さん! ゆーずぅの件か?)

 彼はそら来たと言わんばかりに文面を読んだ。


『題:君に聞きたいことがあります 本文:こんにちは、カーク君。早速ですまないが、今日の12時にいつもの公園へ来てくれませんか? 一応勘違いしないように言っておきますが、昨日の件ではありませんよ? 君と、あと譲葉君にも来てもらいます。事情は来てから話します。譲葉君にはもう連絡してあるので、よろしく頼みますよ』


(昨日の件、じゃないだと? それにゆーずぅにも関係しているなんて。じゃあ一体、何の話なんだ?)

 メールを読み、カークは首をかしげた。昨日の件じゃなくて、自分と譲葉に用があるとは一体……。カークがそう考えていると。


「おう、どうしたカーク? そんな浮かない顔をして」

 桜散が2階から降りてきた。

「あ、さっちゃ。おはよう」

「おはようならさっき、もうしただろう? カーク。ん、メールか? 誰から? 李緒さん?」

「うわ!」

 桜散はカークの携帯を覗こうとする。慌ててメーラーを閉じるカーク。

「ん? 別に私に見せてくれたっていいだろう?」

「お前なぁ、プライバシーの侵害だぞ。いつもそうだが、ちょっとやめないか」

 桜散に抗議するカーク。

「良いじゃないか。私とお前の仲だぞ?」

「親しき仲にも礼儀あり、だ」

「むぅ」

 カークに言いこめられ、桜散は不機嫌そうな顔をした。


「そうだ、お前に一度聞いてみたかったことがあるんだが、いいか?」

「ん? 何だ?」

 ふとカークは、桜散に質問しようと思った。彼女の父親、理正について。

 なぜ今聞こうとしたのか、それは分からない。ただカークは、さりげなく聞いた方がいいと考えたのだ。

「お前の両親って、どんな人物だったんだ?」

「っ!」

 カークは意を決し、桜散に尋ねた。桜散の様子が変わる。


「なんで。なんで……今それを聞く?」

 明らかに彼女の様子が変だ。カークは続ける。

「いや、ちょっと気になったんだよ。お前ってさ、ほら。突然ここにやって来たからさ、その前はどうしてたのかなって。あ、言い辛いなら言わなくてもいいぞ。俺のちょっとした好奇心だからさ」

「……」

 黙ってカークの話を聞く桜散。それを見たカークはさらに続けた。

「特に、お前の父さんって、どういう人物だった? 俺の父さんは家に居ない点を除けばいい奴だと思ってるけど、お前の父親は」

「やめろっ!」


 Bang!

 机を叩く音がリビングに響く。カークの目前にいる少女は、左手を机に叩きつけた。

「!?」

 突然の桜散の変貌ぶりに動揺するカーク。

「どうしたんだ、さっちゃ? いった」

 Bang!

 彼女は更に机を叩いた。

「私の父さんは、いやあいつはな! 私のこと見捨てた、ろくでなしだったよ! お前のとは違ってな!」

 すごい剣幕でカークに迫る桜散。

「そうか? 俺の父さんだって、はたから見れば、仕事のために家族ほっぽり出してるろくでなしに見えるが……。案外今頃、お前を捨てたことを、心の何処かで後悔しているかもよ? 良心の無い人間なんてそうそう居ないんだ、お前の両親だっ」

 Bang!

 カーク的には、桜散をなだめるつもりで言ったつもりだった。だが悪手! 火に油を注ぐ。

「黙れ! お前に何が分かる! お前に何が分かるんだ!」

 桜散の叫びと、机への理不尽な暴力が止まらない!

 桜散はついに、椅子に座っているカークに掴みかかった。彼女の顔が、カークの顔面15cmの距離まで近づく。

「良いよな、お前はさ。両親共にお前のことを大切にしてくれててさ。それに比べて私の方は、ほんっと、最低だった!」

 そう言うと、桜散は顔を伏せた。コツンと、桜散のおでこがカークの頭部に当たる。

 まるでカークのことを妬むような叫びに、カークは桜散の心の闇を垣間見、恐怖を覚えた。よく見ると桜散の眼には、うっすらと涙が浮かんでいる。

「分かった、分かったよ。まあ落ち着け、落ち着けよ、さっちゃ」

「あいつらのこと思い出して、落ち着いていられるかってんだ!」

 そこまで喚いたところで。

「あー、もう! 腹立ってきた……はっ」

 桜散はカークの怯えるような目を見て、我に返った。


 桜散はその後、カークから手を離し、離れた。

「あ……。すまん、カーク。その、完全に八つ当たりだった。本当に、すまない」

 謝る桜散。それを見て、カークは言った。

「いや、謝るのは俺の方だ、さっちゃ。悪かった。辛いこと思い出させるようなこと聞いちまって」

「お前は、悪くない。悪くないから……な」

 桜散はうなだれ、そして。

「ちょっと、頭冷やしてくる」

「あ! さっちゃ」

 彼女は外へ飛び出して行ってしまった。



 1人になったカークは心の中で自問自答していた。

(俺は、間違っていたのか……? 聞くべきじゃなかったのか? いや、間違ってねぇはずだ。俺は、俺は何も間違ったことはしちゃいねぇ)

 自分の行いを正当化するカーク。

(しっかし、あの様子を見ると、こりゃマジでタブーなんだな。さっちゃに、何やっちまったんだよ。理正さん……)

 カークは桜散のことを寂しそうに話す理正の表情を思い浮かべながら、1人リビングの真ん中で立ち尽くしていた。


 その後、カークは家を抜け出し、理正と待ち合わせをしていた公園へと向かった。今はとにかく彼女のことを忘れたかった。

 親のことを話す桜散の、あの怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった表情がどうしても、カークの頭から離れず、いたたれない気持ちになったからだ。


 約束の時間より30分近く早く、カークは公園へと辿り着いた。すると譲葉がいた。

「あ、おはよう。ゆーずぅ」

「おはよう! カーク君。……どうしたの? 元気、無さそうだけど」

 譲葉はカークの様子を見て、尋ねた。

「あ、いや。何でもねぇよ」

「そう? ……ひょっとして、桜散ちゃんと喧嘩したの?」

「いや。別に喧嘩ってほどじゃねぇんだが……」

 見透かすような譲葉の発言に、カークは動揺した。

「ほんと? もしかして、何かデリカシーが無いこと言って怒らせちゃった? 一昨日、私に送ったメールみたいなさ」

「言ってないよ!? ……あれは悪かったと、俺は今思ってる」

 カークは譲葉に釈明した。

「ふーん……じゃあ、何があったの?」

「うーん、何っていうとなぁ」


 カークがそこまで言ったところで、公園に理正がやってきた。彼はグレー色のトレンチコートを着ている。

「お、カーク君、来ましたか。譲葉君も」

「あ、こんにちは、理正さん」

「こんにちは。……カーク君、事情後で話してね?」

「分かったよ」

「?」

 2人のやり取りを見てきょとんとする理正。

「あ、そうだ、理正さん。どうして俺達を呼び出したんだ? あとゆーずぅも」

 カークは理正に尋ねた。譲葉と総一郎の件でないなら、なぜ自分と譲葉を呼び出したのか。

「私も気になってました。どうしてですか?」

「はい。それはですね」

 理正はそこまで言うと、一呼吸置き、さらに話し出した。


「最近この街で、行方不明者が増えていることは知っていますか?」

「ああ、知ってる。けど」

「それがどうしたんですか? 私達を呼んだのは、そのことを注意する為ですか?」

理正は一呼吸おいて、次の言葉を話した。


「あれは、『仮面の怪物』の仕業です」

 息を飲む2人。またしても、予想外の人物からの予想外の単語だ。

「仮面の怪物?」

「何ですか? それは」

 2人は白々しく彼の問いに答える。これは、目の前の老人が言っていることに現実感が無かったのも理由だろう。彼らは確かめようとした。

「仮面の怪物というのは、読んで字の如く仮面の怪物ですよ。仮面をつけている化物で、異空間に潜み、人間を襲う」

 この話が冗談などではないことは、理正の真剣な顔つきを見れば明らかだった。

「そのうえで、君達に、これからあることを手伝って欲しいのです」

 理正は腕時計を確認し、公園の片隅、人が通らない場所を一目見た。

「そろそろ、現れるはずだと思います」

 理正は言った。

「何が、ですか?」

 譲葉が聞く。

「見ればわかります。ほら、来ましたよ?」

 理正は公園の隅を指差す。

 2人は彼が指す方を向いて、仰天した。


 さっきまで何もなかったところに、黒い球体が現れている。球体の周囲は風景が歪み、輪郭がボケている。これはカークにとって……3回目で合っているのだろうか。

「あ、あれは!?」

「異空間だよね? どうして?」

 驚く2人。

「……やはり、君達も知っていましたか」

 理正は何かを確信し、穴の方へと向かって歩き出した。

「お、おい理正さん! 危ないぞ?」

 カークの話を無視し、彼は穴の前に立つ。そして顔を動かし、2人に一緒に来るよう合図した。

「ついてこい、ってことか? ゆーずぅ」

「多分」

 2人は恐る恐る理正の方へと近づいた。それを確認した理正は、穴の中へと飛び込む。

「Ah! 待ってくれ! 理正さん!」

 カークと譲葉は、理正を追って穴の中へと飛び込んだ。

 今までとは違い、彼らが飛び込んだ後も、黒い穴はその姿形を留めていた……。


 カーク達が異空間に入った数分後。

 公園に、1人の人影が現れた……。



――――――――――――異空間。

「さて、事情を話してもらおうか、理正さんよ」

 カークは理正に問いかける。

 カークと理正、そして譲葉は異空間の中にいた。

 今回の異空間は前2つとはまたしても異なっていた。風景は、公園。もっともカーク達のいた公園ではなく、もっと広い、緑に覆われた自然公園のような場所だ。遊歩道は砂利道で、広葉樹の木々の中を縫うように整備されている。目に悪い空の配色は相変わらずだ。

「異空間のことを知っているってことは、あなたも魔術を使えるんですか?」

 譲葉は理正に尋ねた。

「その通り。私は魔術を使うことが出来る。もっとも、君達とは若干原理が異なりますがね」

 理正は首を縦に振る。

「やっぱり! じゃあ今日私達を呼んだのは、魔術の使い手だと気付いたからですか?」

 魔術の使い手、現る。これで、5人目。理正は話を続けた。

「君達から魔力を感じていたから、恐らくとは思っていたよ。だがまさか、仮面の怪物や異空間のことまで知っているとは。ここの風景を見て動揺しないということは、何度もこうやって穴に入ったことがあるね?」

 理正はカーク達の素性を見抜いた。2人は黙って頷いた。

「ええ、そうです。カーク君と桜散ちゃんは2回、私は1回、黒い穴みたいなのに飲み込まれました」

 譲葉とカークは、理正に自分達の経緯を話していく。

「そんで、俺達は、中の化物を倒していく過程で突然魔術を使えるようになった。それで、魔術を使って化物を倒して……脱出した」

「……よく生きて帰ってこれましたね?」

 理正は2人の話を聞いて驚いているようだった。

「大変でした。私達、危うく死にかけましたこともありましたから」

「そうだな」

 カークと譲葉は自分達の戦いの記憶を回想した。


「それで、理正さん。俺達に手伝って欲しいことって、……怪物退治か?」

 カークの問いに、理正は頷く。

「そう。昨今の行方不明事件の原因。それは奴らが異空間の入口を作り出し、人間を取り込んでいるからに他なりません。私は昨晩、テレビのニュースを見てもしやと思い、君達が帰った後に再びこの公園に足を運びました。するとどうでしょう、目の前に黒い穴が出現しているではありませんか」

「この空間の入り口ですね?」

 譲葉は周りを見回しながら、そう言った。

「幸いここは、普段誰も通らない場所。ですがこのまま放っておけば、誰かが迷い込んでしまうかもしれない」

「なるほどな」

 カークは彼の話を理解したようだ。


 理正は2人を呼んだ理由を説明した。つまるところ、慈善活動に協力してくれということだろう。カークと譲葉はそう理解した。

「私としては、自分がいつも通っている公園に異空間が出現し、おまけに行方不明者が出そうとなれば、放ってはおけない。君達だって、そうでしょう?」

 2人は理正の言うことに頷いた。結局、2人も理正もお人好しなのだ。

「分かった、理正さん。俺は協力する。……俺的にも、怪物と行方不明事件の因果関係をはっきりさせたいと考えていたから、ちょうどいい機会だ」

「私も同じく。あの、理正さん。後で魔術について教えていただけませんか? もしかしたら、今後も使うことになるかもしれないので、」

「ありがとう、2人とも。では譲葉君、また今度魔術について、私の知り得る情報を教えましょう」

「ありがとうございます!」


 カーク、譲葉、理正は異様な自然公園内を進んでいく。歩きながら、カークは理正に尋ねた。

「あの、理正さん。さっきのとは話変わるんだが、ちょっといいか?」

「ん? 何だね、カーク君」

 2人の前を歩いていた理正が立ち止まる。それにつられ、カークと譲葉も立ち止まった。

「今朝、聞いた。さっちゃに、両親について」

 理正の話が一段落したところで、カークは今朝の出来事を理正に話した。

「……そうですか。 私のことを直接話しましたか?」

「いや、直接ではなくて、それとなく」

「どうでしたか?」

「大変だった。物凄い剣幕で迫られて、あんたのこと、相当恨んでるみたいだった」

「なるほど。そこまであの子は私と、桜花(おうか)のことを……」

「ん? ちょっと待って。カーク君、理正さん」

 譲葉が2人の話に割って入る。


「両親のこと、って? 理正さんって、桜散ちゃんとどういう関係なんですか? それと、カーク君。今朝話したって、どういうこと? もしかして、それで何か様子がおかしかったの?」

 2人を質問攻めする譲葉。

「OK、ゆーずぅ。説明する、俺が全部話すよ。いいですね?理正さん」

「……分かりました。カーク君、すまないが説明してあげてくれませんか」

 カークは譲葉に、桜散の過去や、理正と桜散の関係、今朝桜散に父親について聞いたら逆上されたことを話した。


「そうだったんだ。あなたが、桜散ちゃんのお父さんなんですね?」

「そうです。私は住吉、理正。住吉桜散の父親です」

「なるほどね。それでカーク君は、桜散ちゃんを怒らせちゃって落ち込んでた。で、合ってる?」

 譲葉はカークに確かめるように聞いた。彼はこくんと頷いた。

「大体はな。ただ、あいつ、親のことを話すとき、すごい辛そうな表情をしてたんだよな。あれは怒ってるって言っていいのかな。何だろう、俺もよくは分からんかった」

 苦い表情を浮かべるカーク。

「そっか」

 譲葉は納得したようだった。

「譲葉君、すまないが、桜散にはどうか、このことは」

「分かってますよ。自分のことは内緒にして欲しいってことでしょ? 桜散ちゃんも思い出したくないみたいだし、彼女にはあなたと会ったことを喋らないでおきますね」

「ありがとう」

 理正は胸をなでおろした。


 が、その様子を見て、譲葉は理正に釘を刺した。

「ただし、教えてください。あなたは一体、桜散ちゃんにどんな仕打ちをしたんですか? 家から追い出したんですよね? ……やったこと次第では、この約束ふいにしますよ?」

 譲葉の心に、理正についての疑念が芽生える。

「理正さん。話してくれないか? アンタと、さっちゃの過去を」

 理正のことを睨み付ける譲葉を見て、カークも理正に真相を明かすよう求めた。

「分かりました。話しましょう。私と桜花、桜散の関係を」

 理正は、桜散が家を追い出された経緯を話し始めた。


「私と桜花は……2人とも研究者だったのですが、私は物理学、桜花は化学を専門としていました。そんなこともあり、昔からあの子は科学に関心を持っていました。そしていつしか、彼女も私と同じ、物理学者を志すようになったのです」

 理正は懐かしそうに語った。


「しかし、ちょうど桜散が中学校に入った頃からでしょうか。あの子と桜花の仲が悪くなりだしたのは。2人とも、頭が良くて自尊心が高いところが本当にそっくりで、目を合わせると何かにつけて口論するようになりました。そんな様子を私は、ただ見ているだけで、何もしていませんでした」

「何もしていなかった?」

 譲葉は尋ねた。

「はい。喧嘩の最中に時折、桜散が私のことをちらちらと見ることがありました。思えばあれば『助けて』のサインだったのでしょう。でも、当時の私はそれを見過ごしてしまった。見て見ぬふりをしてしまった」

 理正からは後悔の念がにじみ出ている。


「そんなある時、桜花が桜散に手を上げるようになりました。しまいには互いに物に当たったりしだした。過熱する2人の様子を見て、私は取り返しのつかないことになると感じ、あの子を桜花から引き離すことにしたのです」

 彼の話は続く。


「そして4年前、私は桜散を呼び出し、彼女にこう言いました。『古い友人の伝手で空き家を借りたから、ここで住むように。生活費は私が送るから』と。すると、桜散は私のことをキッと睨み付けて、その次の日に家を飛び出しました。……あの家を出るときの、桜散の怒りと悲しみに満ちた表情は、今でも忘れられません」

「……」

 カークは、今朝の桜散の表情を思い浮かべた。


「それからは彼女の住む家を訪ねても追い返されるばかりで。……しばらくすると、彼女はカーク君の家に住み始めました。私は、あの子がカーク君の家族と幸せそうに暮らしているのを見て、そっとしてあげたほうが良いと考え、それからはこっそり陰から見守ることにしました。そうして4年が経ち、今に至るというわけです」


 そこまで言うと、理正は一息ついた。

「なるほどな。理正さん、さっちゃは多分、あんたに厄介払いされたと思ってるぜ。助けてくれると思った奴が、自分を家から出そうとすりゃ、そりゃ見捨てられたと思うわな」

 理正の話を聞いて、カークはため息をついた。

「理正さんのやり方は分かるけど、本人に黙ってそんなことしたらねぇ……。桜散ちゃん、可哀想に」

 譲葉は桜散に同情していた。

「あんたとその、桜花さんの関係ってどうなんだ? そんなろくでなしの母親なら、あんたがさっちゃを引き取って、夫婦の縁を切ってしまえば良かったんじゃ?」

 カークは、理正に桜散の母、桜花のことを尋ねた。彼の話を聞くに、母親が全部悪い気がしたからだ。

「私は別に、桜花のことが嫌いではありませんよ。尻に敷かれたりはしていますが、私は本当に彼女のことを愛していますし、彼女も私のことを尊重してくれています。几帳面で細かいところの気配りができる、本当にできた妻ですよ。

 ただ、私には優しくても、桜散には厳しかったんですよ。桜花は」

 理正はカークの疑念を否定した。


「うーん。いわゆる同族嫌悪ってやつなのかな?」

 譲葉は彼女なりに、桜散と桜花の母娘関係を考察した。

「几帳面で細かいところにうるさい、か。聞く限りだとさっちゃに似てるな。……あの面倒さは母親譲りだったのか。はぁ、似た者同士ってのは難儀なもんだなぁ」

 カークは桜散のことを思い起こした。彼女は何かにつけてカークに酸っぱく口出ししていた。おまけに変にプライドが高いところがある。そんな桜散をカークはウザったく思いつつも、嫌いになれなかった。おそらく理正が桜花に抱いている感情もこれと同じものに違いない。


「理正さんは本当に、桜花さんのことが好きなんですね。夫婦仲は悪くない、けど子供は親に不満を持ってるかぁ」

 譲葉は、どちらかというと仲の良い夫婦とそれに対立する娘という視点で理正の話を聞き、自分や総一郎のことを思い出していた。

「はい。そして、桜散のことも同様にです。だからこそ、私の中に離婚という選択肢はありませんでしたし、桜散と桜花には仲良くして欲しかった。でも、望みは叶いませんでした」

 理正の顔のしわが深くなった気がした。


「なあ、今思ったんだが、あんたがさっちゃを庇えば済む話だったんじゃないのか?」

 カークはふと、理正がなぜ母親に虐げられる桜散のことを見て見ぬ振りして来たのかが気になった。桜花は理正には優しく、桜散には厳しい。

 なら理正が桜散を庇い、桜花を注意していれば、こんなことにならなかったのではないかと。

「それができていたならば、こうはなっていませんよ。何で私はあの時、しなかったのか。正直、私自身も分かっていないんですよ。何ででしょうかねぇ……」

 理正は赤黒の空をじっと見つめた。彼自身にも、気持ちの整理がついていないようだった。


「はぁ。事情は分かりました。理正さん。正直、私は納得がいっていませんが……。黙っておいてあげます。ですが、ちゃんと桜散ちゃんと、向き合ってあげてください。逃げないでください」

 譲葉は理正への睨み付けを止めた。

「そのつもりです。今回は呼びませんでしたが……君の件が解決したら、今度は私の番だね」

 理正は観念したように言った。

「頼むぜ理正さん。俺からも頼む。本当の親が一番だって母さんも言ってたしな」

 カークはそう言うと、本題を思い出した。

「さて、一息ついたし、先に進むか。理正さん、行方不明者ってのは、ここに飲まれて大体何時間くらいまで大丈夫なんだ? というかのんきに話しちまったけど、やべぇんじゃないか? 急がないと!」

 時間を潰してしまったことに気づき焦るカーク。しかし、理正は落ち着いていた。

「大丈夫ですよ、カーク君。おそらく被害者は怪物にとって『ハズレ』ですから。

 もし当たりなら、行方不明者はとっくに怪物の餌食で、この空間が再びこの場所に出現するということは無いはずですから」

 理正は冷静に分析した。

「What? どうしてそんなことが分かるんだ?」

 カークは尋ねた。

「私の腕時計を見てください」

 理正は2人に対し、右腕につけている腕時計を見せた。時計の針は、12時1分を指している。しかし、様子が変だ。


 ……秒針が、止まっている。長針も、短針も、1mmたりとも動いていない。

「先ほどここに入る前、時計は12時ちょうどを指していました。そして今の時計。12時1分を指したまま、止まっていますね?」

 理正はカークと譲葉に確認するような様子で言った。

「あ、ああ。確かに止まってるな」

「だけど、それはどういう意味なんですか?」

 2人は理正に尋ねる。

「簡単に言えば、魔力を持った人間と、仮面の怪物、そしてその眷属以外は、この異空間で活動することはできません。時計や電子機器も、魔力を纏ったもの以外はこの空間内では正常に動作しませんよ」

 理正によると、この空間内で活動できるのは魔力を持った存在のみであり、それ以外の存在が迷い込んだ場合、まるで時間が止まったかのように静止してしまうらしい。


「仮面の怪物は、魔力に呼応して異空間の入口を開き、魔術の素養がある人間……、つまり『魔術師』が通りかかった時のみ、中に取り込もうとします。

 そして取り込んだものの中から、この空間内で動ける存在、すなわち魔術師のみを選別し、捕食するのです」

 彼は仮面の怪物の習性について話し始めた。

「なるほどな。そうやって、俺とさっちゃ、ゆーずぅは取り込まれたってわけか」

「そう言えば、化物達は決まって、私達が近づいてから動き出してたよね。あれは動ける私達を感知して襲ってたのかな?」

 感心する2人を見て、理正は続ける。

「しかし、魔術適性のある人間というのはそうそう居ません。そういう場合、怪物は異空間の入口を開けたまま、魔術師が近づいてくるのを待ち伏せします。……そうして開いた穴に、もし適性の無い人間が迷い込んでしまったとしたら?」

「獲物にありつけなかった怪物は、また新しい人間を取り込もうとする?」

 カークは自分なりの頭で推理した。

「そうです! 怪物にとって、魔術師以外はいわば『ハズレ』。奴らは魔術師以外には目にもくれません。静止した人間はここでずっと止まったままです。怪物がもし獲物にありつけていたなら、行方不明者が出た次の日に再出現するなんて有り得ません」

 理正はこう断言した。


「つまり理正さん。行方不明になった人は怪物に食べられるどころか、捕食対象にすらなっていないから大丈夫ってこと?」

 譲葉は理正に確認した。

「おそらくは。というより、今行方不明になっている人の大半は、魔術の適性が無い、魔術師以外の人間がほとんどでしょうね。

 そもそも魔術師自体、世界的に見てまだ100人も居ないはずなんですよ。とはいえ、カーク君や君のように素養に目覚める人間が年々増えてきていますが……」

 理正は譲葉の問いに答える。

 それを聞いたカークは、彼に率直な疑問を投げかけた。

「やけに詳しいんだな。仮面の怪物の習性とか、魔術を使える人間の数とか。アンタ一体どうやってそんなこと調べてたんだ?」

 目の前の男は、やけに仮面の怪物や魔術について詳しい。その理由は、如何に?


「私は君達よりずっと前、20年以上前から魔術が使えたのでね。その関係もあって個人的に調べていたんですよ。魔術師の友人も何人か居ますよ」

「20年ってことは……桜散ちゃんが生まれる前からですか?」

「ええ。ついでに言っておくと、桜花も魔術が使えます。私達、科学者兼魔術師という訳だ。ははは」

 理正は自嘲気味に笑う。

「ってことは、あいつが魔術を使えたのは、もしかして親譲りなのか?」

 カークは魔術の素養が遺伝するかを尋ねた。

「遺伝はすると思いますよ? 今の遺伝学で説明することは難しいとは思いますが……。私の友人の仲にも、子供が魔術を使えたという人がいますし、まあ遺伝するんじゃないでしょうかね」

 魔術師の才能が遺伝するかについては、理正もはっきりとした結論が出せていないようだ。


「魔術師の家系……か。なぁ、理正さん。世界に魔術師が100人くらいしかいないって言うなら、そんな少ない獲物を、あの怪物達は取り合っているのか?」

 カークは怪物達の在り方を疑問に思った。世界に僅かな数しかいない魔術師を怪物は餌にしているなら、それがこの街に集中して現れているのは不自然じゃないかと。

「いえ。確かにこの世界の魔術師の数は限られています。ですが、それは『1つの世界』に限定した話。奴らは異空間を通じて、他の世界から来てるんですよ。……パラレルワールドって言えば分かりますかな?」

 理正はカークに、仮面の怪物達が自分達の世界とよく似た別の世界、パラレルワールドから異空間を経由してこちらの世界に来ていることを告げた。


「そんな世界があるのか? 信じられないな。それに科学者であるアンタがそんなこと言うなんて」

 カークは半信半疑だ。

「でも、他の世界から来ていると考えた方がうまく説明できますよ? それに、奴らに私達の常識が通用しない以上、柔軟な発想力が必要だと、私は考えています。

 ……魔力の気配に敏感な奴らがこの街に集中して現れているのは、もしかするとこれから、この街で魔術師の数が増えるということなのかもしれませんね。君達が魔術に目覚めたように」

 理正は自分なりの推論を2人に語る。

 彼自身も、怪物がこの街に集中して現れる理由は分かっていないようだった。


「異空間に、並行世界かぁ。本当にゲームみたいな話になって来たよね、カーク君?」

 譲葉は理正の話を聞いて、興味を持ったようだ。相変わらずの発想だ。

「おいおい、前もさっちゃに注意されたと思うが、これは遊びじゃねぇんだぞ?」

「でもカーク君だって、何だかんだ楽しんでるんじゃない? 今の状況をさ」

 譲葉はカークを茶化した。

「うぐ、確かにそうだけどさって、んん?」

 カークは道の先に奇妙なものが複数あるのを見た。


「あれ、何だ?」

「えっ? もしかして、敵!?」

 身構える譲葉。

「いや、待て2人とも、あれは……」

 理正は何かに気付いたようだった。物体目がけて走っていく。

「あ、待ってください! 理正さん!」

 2人は追いかけた。


 50mほど走ったところに、『それら』はあった。

「な!? ゆーずぅ、理正さん。これは、もしかして……」

 驚愕するカーク。

「これが、理正さんが言っていた……」

その異様な光景に、言葉を失う譲葉。

「そうだ、カーク君、譲葉君。行方不明になった、『彼ら』だ」

 3人の目の前にいたのは、12人の人間だった。しかし彼らは、立ったまま固まってしまっている。まるで、石像のように。

 表情は呆気にとられているものもあれば、目を閉じているものもある。一瞬の表情が、そのまま保存されているようだった。


「ゆーずぅ、行方不明者って確か昨日ので、22人目だったよな?」

 カークは譲葉に行方不明者の数を確認する。

「そうだけど、カーク君。ってことは、ここにいるのはその半数ほど?」

「そういうことになりますな」

 理正は譲葉の疑問に対し、そう答えた。

「理正さん。あんたの推論、合ってたみたいだな。ってことは、残りの10人は別のやつの異空間に取り込まれてるってことか?」

「そうでしょうね」

 理正はカークの疑問に対しても、同じように答えた。


「なあ、俺達がここで仮面の怪物を倒したら、こいつらはどうなるんだ?」

 カークは理正に、怪物を倒せば彼らを救えるかを尋ねた。

「そのときは、彼らは異空間に飲み込まれた場所から現実世界に帰還するでしょうね。もっとも、ここにいるときの記憶は、彼らに無いでしょうが」

 理正はそう答えた。

「おお! なら決まりだな。……こりゃ熱い展開になって来たぜ! つまり俺達の力が、正真正銘人助けになるってわけだ」

 カークは自分がヒーローになる様子を想像し、胸躍らせた。彼は普段、何かと斜に構えているが、何だかんだ言って、こういう胸が熱くなる展開が好きなのだ。

「そうだねカーク君、行こう! 化物倒して、さっさと終わらせようよ!」

 カークの様子を見て、譲葉も決意する。

「若いって、良いですねぇ。っと、しんみりしてる場合じゃありませんね。じゃあ2人とも、行きましょう! 彼らを救うためにも」

 2人の様子を見て、理正は若い頃を思い出したようだ。

 こうして決意を新たに3人は、仮面の怪物がいる異空間の最深部を目指し走り出した。


――――――――――――異空間(自然公園)、最深部。

 異空間の最深部は、森を抜けた所にあった。そこは砂利が敷き詰められ、木々に囲まれた、200m四方の広場で、まさに「公園」といった場所だった。

 前の異空間を思い起こさせる、その中央に、今回の異空間の主は鎮座していた。

「あれは、ジャングルジム?」

「あれが、ここの『仮面の怪物』……あんなのもいるんだ」

 譲葉はまじまじと、怪物の姿を見る。


 怪物の形は、一言で言えば、カークの評通り、ジャングルジムだ。巨大なジャングルジムが、広場の中央に立っている。赤色の鉄パイプらしきものでできた、一辺50cmほどの立方体の骨組みが、10m四方の大きさを誇る怪物の身体を構成していた。

 四角い形をした本体の四方には、これまた鉄パイプっぽいものでできた、長さ20mほどの雲梯 (下にぶら下がって遊ぶ、梯子型の遊具)が1本ずつ、計4本突き出ていた。これらはジャングルジムの付け根からうねうねと動いており、まるで腕のようだった。

 そして、ジムの頂点にはひし形の仮面。カーク達が離れているためか、まだ活動はしていない。


「姿形はふざけていますが、油断してはいけませんよ? 2人共」

 理正は2人に注意を促した。

「はい! そう言えば、理正さんはどんな魔術を使うんですか?」

 譲葉は理正に尋ねた。道中に敵が居なかったためか、2人とも理正が魔術を使う姿をまだ見ていない。

「私はカーク君と同じ炎の魔術が中心ですが、他にもまあ、いろいろ使えますよ。見せましょう」

 理正はトレンチコートの中から奇妙な形をした腕輪を取り出し、自分の左腕に取り付ける。腕輪には1辺20cmほどのひし形の板が取り付けられており、板の中央には黒い穴が開いていた。


「Hmm? 何だ、そりゃ? 俺達が魔術を使うときは、そんなの使わないぞ?」

 カークは理正の奇妙な腕輪を見て、疑問を口にする。カーク達は念じるだけで魔術を使う。理正が手に付けているような奇妙な装置は必要ない。

「君達とは若干原理が異なる、と先ほど言いましたよね? これはそういうことです」

理正はそう言うと、大きく息を吐き、力を込めた。

「ハァーッ!」

 すると、先ほどまでひし形だった板が中央から割れて左右に展開し、板の穴に赤色の光が灯った。


「これで準備完了です。さあ、行きましょうか」

 カーク達に声を掛ける理正は、心なしか先ほどよりも少し若く見えた。白髪やしわの数が減っている。これも魔術によるものなのだろうか?

「おお! 何だかかっこいいな!」

「そうやって使う方法もあるんですね……」

 カークと譲葉は、理正の様子を見て感心した。

「さて、先に行きますよ。ハァーッ!」

 理正は左腕を前に突き出し、怪物めがけて魔術発動!

 彼の左腕の装置から炎の弾が3発発射される。すかさず怪物がそれに反応して動きだし、2本の腕でそれらを防いだ。

「俺も行くぜ! Hh―!」

 カークも理正に続いて炎弾発射! 怪物の腕に命中した。

 そこにすかさず、譲葉が追撃!

「ムムムーッ!」

 2人の炎で赤熱していた怪物の腕が、譲葉の吹雪で零下100度まで急速冷却!


 すると先ほどまで赤熱していた怪物の腕は、あっという間に元に戻ってしまう。そればかりか、吹雪の直撃を受けても、怪物はびくともしていない。

「あれ? なんかいい線行ってたと思ったんだけどなぁ。ムムムーっ!」

 譲葉は怪物に吹雪を当てるも、怪物は微動だにしなかった。

「これは……。譲葉君、どうやらあいつに、吹雪は効いていないようだね」

「そんなっ!」

「魔術が効かねぇ? そんなのあんのか?」

 理正の言葉にカークは驚いた。

「魔術には属性がありますからね。相性次第では効いたり効かなかったりというのはありますよ。おそらくあいつは、水属性の魔術を無効化する、ってところでしょうか」

 冷静に解説する理正。

「そっかぁ。なら私は今回足手まといって訳ね。とりあえず、安全な場所に待機しているね。やばそうになったら、治すから」

「OK。気を付けろよ」

 譲葉は自分が戦闘に貢献できないことを悟ると、速やかに怪物から離れた。

「さて、俺たち2人で戦うしかない……って訳か」

「そういうことになりますね。カーク君。では行きますか」

「OK! Ahhhhhhhh!」

 譲葉が下がったのを見て、カークと理正は共に怪物めがけて走り出した。


 怪物の懐30mまで飛び込んだカーク目がけ、中央から2本の腕、もとい雲梯が交差するように伸びていく。

「うお、危ね!」

 カークはすんでのところで攻撃を回避し、火炎放射! 怪物の本体に炎で炙る。

(カーク君大丈夫かなぁ……? 一応いつでも治せるようスタンバっとかないと)

 その様子を木陰から心配そうに見つめる譲葉。


 一方理正は、片面をカークに任せ、もう2本の腕への攻撃を行っていた。怪物の身体は左右にゆらゆらと揺れ、金属が軋む音が聞こえてきた。

「いいぞ、カーク君。消耗してきている。このまま攻撃を続けるんだ!」

 理正は攻撃をかわし、そして当てつつ、カークに指示を飛ばす。


 同刻、風を切るような音と共に腕1本がカークを横から薙ぎ払わんとする!

「Ouch! あっぶね」

 カークは咄嗟の攻撃を回避!

 だが避けたカークめがけ、怪物は仮面のようなものから光弾を発射する! それまで沈黙していた本体からの不意の攻撃に、回避が間に合わない!

「グワーッ!」

 光弾が命中し、爆散! 衝撃でカークは後方めがけ吹き飛ばされた。このままでは木に激突してしまう! しかし。

「Ahhhhhhh――――!」

 カークは空中で木に向かってありったけの炎を噴射! 木を炙る炎の反動で減速し、そのまま反転!

 木を蹴り飛ばし、両腕からのジェット噴射で怪物の方へ飛んでいく。彼の炎を受けた木はメラメラと燃え出した。

 そして、怪物めがけて飛ぶカークは再び前方に炎を噴射! 怪物に当たった炎の反動を利用して減速! そのまま怪物の近くへ着地した。

 着地した彼は、その場に膝をついた。それを見た譲葉が木陰から駆け寄ってくる。

「はぁはぁ……。大丈夫? カーク君。今治すね」

 譲葉は治癒魔術を使用し、カークのダメージを回復した。

「ありがとう、ゆーずぅ。っ!? 危ない!」

 怪物とカークの間を遮るように立っていた譲葉の背後から無数の光弾が高速で迫る。カークは譲葉を抱きかかえて飛び退く。今度は回避が上手くいった。


 ……だが刹那、そこに2本の雲梯の追撃が迫る。

「ハァッ!」

 そこに理正が乱入し、怪物の腕を2本とも斜め上方へと蹴り上げる!

 蹴られた腕からは炎が吹き出し、反動で怪物の身体が揺れる。

「……すごい力だな、理正さん。アンタ、本当に老人なのか?」

 理正の常識外れのパワーを見たカークは、譲葉を逃がしながら率直な疑問を口にした。

「君も譲葉君も、魔術を極めれば、このくらいできますよ?」

 理正は、自分の腕から出る炎で2本の雲梯を軽快にいなしながら、笑顔でカークの疑問に答えた。

「さて、そろそろ終わらせましょう。カーク君。今から私があの腕たちを引き付ける。その内に、怪物本体にとりついて、奴の仮面を叩いてくれ!」

「取りつくって……まぁやってみっか!」

 4本の腕を理正がひきつけるとはいうものの、先ほどは光弾で攻撃してきた相手に接近して取りつくというのは無茶のある話だとカークは感じていたが、それでも、何となく彼はできるような気がしていた。


「行きますよっ! ハァッ!」

 理正は地面を蹴る。するとそこに風が発生し、すさまじいスピードで彼は移動し、怪物の腕を引き付けた。

(うっそだろ?)

(ええぇ? あれも魔術なのかな。私みたいに、複数使えるとかって感じなのかな)

 魔術らしきもので高速移動する理正の姿を見たカークと譲葉は目を見張る。

「さぁ、カーク君! 今です!」

 4本の腕は絡まりそうになりながら高速移動する理正を捕らえんと次々と迫るが、彼を捉えるには至らない。


「よしっ! 行くぞ! Ahhhhh!」

 その様子を横目に、カークは先ほどと同じように地面めがけ炎を噴射! そのまま宙に浮くと、両腕を斜めに向け、怪物めがけジェット噴射で飛翔した。

 カーク目掛け、無数の光弾が怪物から迫る。

「Darn!」

 光弾をかわすカーク。だがさらに、仮面本体から熱線が発射される。

「Whoa!? そんなんアリかよ!?」

 熱線がカークの右腕を掠る。右腕の袖が黒焦げになった。

「ちぃ! 何とか取りつかねぇとやべぇ!」

 カークは再度接近を試みるも、光弾と熱線に阻まれ、中々怪物本体にとりつくことが出来ない。

「カーク君! ……っ!」

 高速で腕を避けていた理正であったが、ついに雲梯の一撃が理正に命中! 彼を吹き飛ばす!

「ぐぅっ!」

 吹き飛ばされた理正は何とか着地するも、息が続かない。

「理正さん!」

 譲葉は木陰を縫うように理正の下へ駆け寄るが、届くまでまだ時間がかかりそうだ。


「ぐあっ!」

 そうこうしている内に、カークに光弾が命中、バランスを崩したカークに追撃の熱線が薙ぎ払うように襲い掛かる。

「ちぃっ!」

 更に理正に雲梯が迫る!


「カーク君! 理正さん!」

 2人が絶体絶命に陥ったその時であった。


「ハァーッ!」

 突如、怪物本体の行動を妨害するように、物陰からジェット水流が2本飛び出してきた。

 一本の水流はカークに迫らんとしていた熱線を吹き消し、もう一本の水流は理正に迫る雲梯を水圧で僅かに逸らした。


「ッ……! What!?」

「これは……」

 水流が発射された場所から現れたのは。


「……」

 そこにいたのは、桜散であった。

「さっちゃ!」

「桜散ちゃん!」

 現れた人影を見て驚くカークと譲葉。

「桜散……」

 理正は立ち上がり、桜散の方を向くが、桜散はその視線を無視し、炎で空を飛ぶカークの下へ歩み寄る。


「さっちゃ……」

「話は後だ。まずあれを何とかするのが先だろう?」

「さっちゃ! こいつ、お前の魔術は効かねぇぞ」

「そうみたいだな。さっき攻撃して、分かった。ここは、お前が何とかしろ」

「……OK」

 桜散とカークは怪物に対峙する。怪物は4本の雲梯を桜散にけしかけ、光弾と熱線でカークに攻撃する。

「ふんっ、ふんっ、ハァーっ!」

 桜散は右手の水流を地面に打ち付け、その反動で移動して雲梯をかわしつつ、左手で光弾と熱線に水弾を発射! それを次々と撃ち落としていく!

「さっちゃ! ……これなら!」

 桜散のアシストを受けつつ、怪物目掛け飛翔するカーク。

 そしてついに、怪物本体にとりつくことに成功した。


「後は、うぉぉぉぉぉぉ!」

 そのまま一心不乱に本体たるジャングルジムを上り、仮面を目指すカーク。だが怪物の本体はねじるように動き、彼を振り落とそうとした。

「ぐぐぅぅぅぅ!」

 必死にしがみつくカークだったが、遠心力が強すぎる!

「カーク君! こんのーっ! ムムムムムーッ!」

 苦戦するカークを見ていた譲葉は、咄嗟に怪物本来に吹雪を当てる。吹雪を当てた箇所は一瞬凍結して動きが固まるも、すぐに砕けて元通りになってしまう。

 だが、その繰り返しにより、先ほどより確かに遠心力が和らいでいた。

「ゆーずぅ……これならっ! 今のうちに、うおおおおお!」

 譲葉の援護により体勢を立て直したカークは、そのまま一気に仮面の下へ上り、そして。

「こいつだなっ! Ahhhhhhh!」

 そのまま仮面めがけ炎を噴射!

「Ahhhhhh!」

 赤いサークルから放たれる炎は止まらず、やがて怪物の仮面を焼き、砕いた。


「キィィィィィィィィィィィ!!!」

 直後響いたのは、黒板を爪で引っ掻いた時に出る音のような、怪物の断末魔であった。

「うおおおおお!」

 断末魔と共に大きくうねる怪物に必死につかまるカーク。

 そんな中、周囲の視界は白く染まり、そしてぼやけていった……。


――――――――――――夕方。

 彼らが公園へと帰還した時、外は夕方になっていた。前に異空間に入ったときにはほとんど時間が経過していなかったが、今回はだいぶ時間が経っていた。

 カーク達は異形を打ち破った。行方不明者12人は解放され、日常へと帰還するだろう。

 だが、彼の目の前には、別の問題が広がっていた……。


「何で、何でお前がここにいる!?」

「……」

 桜散と理正、2人が対峙する。

「Ah……」

「……こうなるよね」

 その様子をそばで心配そうに見つめるカークと譲葉。

「久しぶりですね。桜散」

 理正は落ち着いた様子で桜散に声を掛けるが……。

「どういうことなんだ!? ……まさか2人とも!?」

 カークと譲葉の方を見る桜散。

「……まぁ、その。なんだ。ほら、言ったろ。ゆーずぅと総一郎の件の仲介人。

 それがこの人、理正さんなんだが……。さっちゃの親父、だよな?」

「……」

 何とか取り繕うカーク。一方で譲葉は神妙そうな面持ちで黙っていた。


「そうか。……そういうことか。……っ!?」

 桜散は二人と理正に背を向け、そのまま走り出した。

「A! おい、さっちゃ!」

「桜散ちゃん!」

 二人は追いかけようとするが、桜散はあっという間に姿を消してしまった。


「……まさか、桜散と出会うことになるとは。……すみませんね。娘との距離が上手く取れない、駄目な父親で」

 途方に暮れる2人に対し、理正はばつの悪そうな顔で頭を下げる。

「俺も予想外だぜ。……しっかしまいったなぁ。あいつ、俺らが理正さんと話しているの、多分嫌だろうからなぁ。……家に帰った後どうしよ」

 家に帰った後の事を考え、カークは両肩がどっと重くなった気がした。

「うーん。これは、どうすればいいんだろうね? 私もどうしたらいいのか分かんないや」

 目の前で起きた修羅場を前に、譲葉は浮かない顔をした。


「……今日はこれで解散としましょう。2人とも、また今度」

「あぁ。OK。またな、理正さん」

「お疲れ様。またね、カーク君、理正さん」

 とりあえず、3人はそれぞれの帰路に就いたのだった。


――――――――――――夜。

「ただいま」

カークは家に帰った。出迎えたのは李緒だった。

「お帰りなさい、カーク。どうしたの? さっき桜散ちゃんが帰ってきたけど、ものすごい顔だったわよ? 何かあったの?」

「Ah、その、それが……」

 カークは李緒に経緯を話した。


「そう。なるほどねぇ……。」

 事情を聞いた李緒は驚くそぶりも無く、ただ落ち着いた様子だった。

「さっちゃは?」

 カークは桜散の居場所を尋ねた。

「今、リビングにいるわよ」

「分かった」

 カークはリビングへと向かった。


「……」

 カークがリビングに向かうと、桜散は無言で料理を食べていた。

『臨時ニュースです。本日夕方5時半ごろ、井尾釜市西区の住宅街で、先日から行方が分からなくなっていた××さんを発見したと、警察に110番通報があり――――――』


 桜散がリモコンを操作し、テレビのチャンネルを変えた。

『××さんは健康状態確認のため、井尾釜市内の病院に搬送されました。また、他にも人を保護したとの通報が警察に複数寄せられており、警察は現在確認を行っています―――――』

 その瞬間、テレビの電源が桜散によって切られ、リモコンはソファーに投げ捨てられた。


「ただいま、さっちゃ」

「……」

 無慈悲な食器の音がリビングに響く。桜散はカークに目もくれず、不機嫌そうな顔をしたまま料理を口に運んでいた。

「Ah……」

 桜散の向かいにカークは座って料理に口を付けるも、食べるのにとても集中できるような状態ではなかった。

(はぁ……さっちゃの顔、こわっ! 怖すぎるぜ……どうしよこれ。とはいえ、今はそっとしておいた方がよさそうだな……)

 目の前の少女の事を忘れようと、カークは一心不乱に料理を頬張った。


「……それじゃあ、俺は、もう寝る。……おやすみ。さっちゃ」

「……」

 料理を食べ終え、カークは桜散に声を掛けるも、彼女は彼の言葉に耳を貸すことは無かった。


 その後カークは自分の部屋に入り、ベッドに寝転んだ。彼の頭の中に、いくつもの出来事が浮かんでいく。

(大学が始まってから数日でいろんなことが起きたが……なんかどっと疲れたなぁ)

 彼は枕元で自分が今直面している問題について思い起こした。謎の少女アレクシア、魔術、仮面の怪物、譲葉と総一郎の縁談問題。……そして、桜散と理正の問題。

(明日から、さっちゃとどう向き合っていけばいいんだ。……まぁ、明日になってから考えるか。なるようになるしかねぇんだからな)

 彼は、これから起こりうる困難について思いをはせながら、目を閉じた。


『 ほんの少しの違い、間の悪い遭遇。それが大きな流れの分岐点になることも、彼は当時理解していなかったはずだ。物事の可能性……ifとは得てしてそういうものなのだろう。些細な出来事を機に、人の運命は大きく変わる。

 とはいえ、その後の可能性の欠片……最終的な物語の結末を掴んだのは、間違いなく彼の選択、彼の意志だ。私はそう信じている。

 ……ここから先は、私も知っている出来事だ。

   『回顧録』序章より引用』


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