第26話『襲撃者は寡黙な魔女』
大学初日に出会った謎の少女、アレクシア。彼はカークに対し魔術のことで話があるという。アレクシアの姿に見覚えがあるカークはその正体を探るべく、彼女と会う約束を取り付ける。
第26話『襲撃者は寡黙な魔女』
6日目
――――――――――――朝。
RiRiRi……!
目覚ましの音と共に、カークは目を覚ました。
「Uhn……」
しかし目覚ましを止めると、また寝てしまった。
しばらくすると、目覚まし時計のスヌーズ機能が働き、再び目覚ましの音が鳴りだした。
「おい、カーク! カーク!」
けたたましい勢いで外から桜散がドアを叩く。カークは彼女が叩き起こしに来ることを警戒して、ドアに鍵をかけていたのである。
「目覚ましを止めろ! カーク!」
目覚ましの音と扉を叩く音が奏でるハーモニーの中、カークは再び目を覚ました。
「Ahhh! OK! OK! 起きるよ起きればいいんでしょ、はいはい!」
かくしてカークは目覚ましを止め、扉を開ける。
すると次の瞬間、桜散がカークの顔面にピンポン玉サイズの水弾を発射! 顔面に命中し、カークの目は完全に覚めた。
「Whoa!? っ、おいさっちゃ、今の母さんにでも見られたら……」
「安心しろ、李緒さんならもう仕事に出た」
「えっ? ってことは……」
「さっさと朝ご飯食べろ。遅刻するぞ?」
「What’s!?」
カークの顔は青ざめた。
慌てて朝食を食べ、桜散と共に地下鉄駅まで来たカークは、電光案内を見て唖然とした。
「Oh……Gosh!」
「まあ、こういうこともあるな」
地下鉄が運行を見合わせていた。原因は車両故障のようだ。
「おいおいどうするよどうするよ? 今日1限目から講義あんだぞ?」
「振替輸送を使おう。商店街の向こう側に都釜線(井尾釜市を走る私鉄の一種)の駅があるから、乗ればそこから井尾釜駅まで行ける」
「でも井尾釜駅から大学まで、まだ距離があるぜ? 普通なら更にそこから地下鉄に乗り換えるんだが、今地下鉄は全区間運転見合わせだ」
「あー……そうだな……」
2人が駅の入口から出て目の前の商店街へと向かおうとした、その時だった。
「おーい! カークくーん! 桜散ちゃーん!」
後方から2人を呼ぶ声がした。
カークが後ろを振り返ると、譲葉が黒いセダンから身を乗り出し、手を振っていた。
「ゆーずぅ! おはよう」
「譲葉ちゃん、おはよう!」
2人はあいさつし、譲葉の乗る車の横まで走った。
「いやー! 助かったよ。サンキューゆーずぅ」
「ありがとう、譲葉ちゃん」
「いえいえ、どういたしまして」
カークと桜散、譲葉は車の中で話していた。
「ところでどうしてここまで?」
カークは譲葉に尋ねた。
「今朝、地下鉄が止まったという情報を入手したの。それでカーク君達が困ってるんじゃないかなって、来たの。どう?」
「地下鉄の情報については、私もさっき知ったばかりだった。スゴイ情報網だな。君の家は」
桜散は譲葉の家の情報網に驚いていた。
「えへへ~」
ハーフアップの少女は鼻を人差し指で擦り、にっこりと笑った。
譲葉の助けもあり、2人は無事1限目に間に合うことが出来た。
――――――――――――昼休み。
昼休み。カークはぶらぶらとキャンパス内を散策していた。彼の通う大学は丘の上にある。聞くところによると、元々はゴルフ場だったのだとか。
「……カーク」
周りに木々生い茂る道をカークが歩いていると、サイドテールの少女、アレクシアが現れた。
「お、君は確か、アレクシア、だったっけか。俺のこと、覚えてくれてたんだな」
カークは2度目の対面となる少女を前に、そう言った。
「……ええ。 先日は……どうも。……少し、話があるのだけど……」
「A? ああ。いいよ。ちょうど暇を持て余してたんだ」
「……ありがとう」
その後2人は大学の講義や、学内の施設のことについて話をした。
「そういえばアレクシア、大学にはもう慣れたか?」
「……先輩の、おかげで」
「先輩、かぁ……ん?」
カークはこのセリフに覚えがあると感じた。
そして刹那、脳裏にまたしても、セピア色のスノーノイズが次々走る。
―――――――――――――
「あ、そうだ! ちょっと明日の午後7時ごろ、ここに来ていただけませんか?」
「え? 午後7時? なんでまたそんな遅い時間に?」
「……魔術、について、あなたに話があります」
―――――――――――――。
「イヤー!」
「What? あぶね」
完全に背後からの奇襲であった。危ない! カークは襲撃者からの不意打ちを凌ぎ、その人物と対面する。広場の照明が、襲撃者の顔を照らし出した。
「お前……XXXXX!? なぜ、こんなことを」
「理由は言いません。さあ、見せてください。……いや、見せて。あなたの、魔術を」
―――――――――――――。
「……カーク。……どう、したの?」
突如固まったカークに対し、アレクシアが心配そうに尋ねる。
「……あ、ああ。いや、何でもない。……いや、何かあるのか?
なぁ、明日の夜、ちょっと時間良いか? 時間は……午後の7時頃。場所は、ここに」
「……? かまわないけれど……何?」
突如会う約束をこぎつけようとしてきたカークに対し、アレクシアは尋ねた。
「確認したいことが有る。……まぁ、俺の思い過ごしかもしれねぇんで、もし忙しいってんなら」
「大丈夫。……それに、ちょうど、私も、貴方に……確認したいこと、あるから」
「……そうか」
2人の間に流れる空気は、先ほどまでのものとは一変し、まるで互いの事を探り合うかのような雰囲気が漂っていた。
そしてその雰囲気のまま、二人は別れた。
――――――――――――夜。
ベッドの中。カークは、昼の出来事を思い出していた。
(俺は、あいつ、アレクシアと出会ったことがある? いやいやそんな覚えはねぇ。
だが、あのビジョンは。あれが正しいなら、おそらくあいつは……魔術について知ってる。……確かめなきゃならねぇ気がする)
カークの見たビジョンに居た青年は、間違いなくアレクシアであった。
そして彼……いやもとい彼女は、この後カークに対し魔術で襲い掛かってくる。
ビジョンが現実になるか否か。そして彼女が何者なのか。カークは確かめずにはいられなかった。
7日目
――――――――――――朝。
カークは朝、大学に行き、教室に座って1限目の講義に備える。
そのとき、教室にアレクシアがいるのが見えた。
(……今日の夕方、確か、午後7時だったな。待ち合わせの時間は)
カークはアレクシアとの約束、そして昨日の『デジャヴュ』を思い出していた。
(しっかし、周りには知らない奴らばっかだなぁ)
カークは周囲を見回し、そう思った。周囲にいるのは新1年生だろうか。
(はぁ。あのときあんなことにならなきゃ……。いやいや、もう終わったことだ。いつまでも引きずっちゃダメだな、うん)
彼が過去を振り返るのをやめようとしたところで、講義が始まった。
――――――――――――昼休み。
そして昼休み。カークが大学の敷地内を歩いていると、目の前の方から自治会の演説が聞こえてきた。
『原発再稼働反対! ●月×日、東都電力本社前でデモ開催!』
『消費増税反対! 法案成立阻止のため、全国の大学自治会と団結して立ち上がろう!』
そんな内容のボードを設置しながら、自治会のメンバーと思しき2人の男女がマイクで演説をしていた。
(Damn!……最悪だ。ここにいる限り、嫌がおうにも見る羽目になる。……マジで最悪だ)
カークは一瞬、苦い顔をして、急ぎ足でその場を通り過ぎた。
――――――――――――夕方。
ppp……ppp……。
携帯の音が鳴る。カークは携帯を取った。
「おい、カーク。今日は何だ? いつもなら一緒に昼食食べたりしているのに、お前、様子が変だぞ?」
桜散からだった。カークは今日、桜散や譲葉とは一度も大学で会っていなかった。これは個人的な確認事項に彼女達を巻き込みたくなかったのと、何よりアレクシアの動向を1人警戒して緊張していたからに他ならない。
「Ah―? あのなさっちゃ、俺だって自由だ。たまにはこうやって1人でセンチメンタルしたい時もあるよ」
「譲葉ちゃんも言ってたぞ? カーク君と今日会ってなくて寂しいって」
「Ah……Uhm」
譲葉にも心配されていたとは。カークは気まずい気分になった。
「分かった。俺が悪かったよ。今日はすまん。んじゃ後で」
「え、おい待てカーク」
そこでカークは電話を切った。帰ったら大変だな、と彼は悩んだ。とはいえ、目下問題なのはアレクシアだ。カークは自分の読みがあっているかを確認すべく、大学の中央にある広場で、彼女の到着を待った。
夜7時、空はすでに暗くなり、学内の照明が、カークのいる円形状の広場の周囲を照らしている。この広場はすり鉢状の構造をしており、その最下部にカークは居た。
空の様子を見ながら緊迫した面持ちで待つカーク。
(……あのビジョン通りなら、そろそろあいつ、アレクシアが来るはず。
そして後ろから攻撃してくるはず)
そう思った矢先だった。
「イヤー!」
彼のものではないシャウトと共に、カークに対して1人の人物が、棒状のもので攻撃を仕掛けてきた。カークはすかさずそれを回避する。
「ふんっ!」
完全に背後からの奇襲であったが、そのことを事前にデジャヴュで知っていたカークは難なく凌ぎ、その人物と対面する。広場の照明が、襲撃者の顔を照らし出す。
赤い帽子をかぶった、金髪の、サイドテールの少女。カークの読みが当たった瞬間であった。
「やっぱりそうなのか!? アレクシア! なぜこんなことを」
「……見せて。あなたの、魔術を。イヤーッ!」
そう言うとアレックスは手に持った長さ1mほどの金属棒を構える。
その直後、棒の先端から透明な空気弾が発生し、カークに飛来する。
「っ! こいつは魔術! やっぱり、使えるのか!」
攻撃をかわしながら、カークは思考する。やはりアレクシアは魔術を知ってる……というより、使える!
そして、目の前の人物がなぜ自分を攻撃するのかについて思考を巡らせたが、理由が思いつかない。
「お前は知ってるのか? この力(魔術)のことや、あの化物のことについて!」
カークはアレクシアに問いかけた。
「力、については……分からない。 化け物、については、……多少、知ってる。……でも、今は、回答は、しない。イヤーッ!」
アレクシアはカーク目がけて空気弾を数発発射! すかさずカークは回避する。
「なるほどな。 というかこのために俺に近づいたのか? 最初から俺を襲うために……」
「襲う、は違う。私は、あなたを、守ろうと、思っている、だけ」
たどたどしい言葉を紡ぎながら、アレクシアは空気弾をカークに次々と飛ばしていく。
「言ってることとやってることが合ってねぇぜ! 何なんだお前……」
アレクシアからの攻撃をかわしながら、カークは打開策が無いか考えた。
(とにかく、この戦いを止めねぇと。魔術には、魔術で対抗? いや駄目だ。俺の魔術は炎。周りには草や木とかあるし、大掛かりに使って引火でもしたら大惨事だ。それにあいつを火あぶりにしていいのか? 人間だぞ? 化物ならいざ知らず、生身の人間……)
怪物相手に数回魔術を使ってきたカークであったが、人相手に魔術を、それも手加減して行使できる自信がイマイチ無かった。
その様子を見て、アレクシアは呟く。
「……人との、戦いには、向いてないわね、カーク。
……なぜかは、知らないけど、強い力、手に入れたみたい?
でも、今の貴方には、宝の、持ち腐れ。……あの2人と違って」
アレクシアは淡々と、しかし軽蔑するかのような態度で、ぼそりとつぶやいた。
「何、だと……!?」
そこまで言われたカークは、語尾を荒げた。
「ふざけやがって。常識的に考えて、人相手にこんな力使えるわけねぇだろ!?」
「イヤーッ!」
「ぐっ!」
鉄棒がカークの喉元に突きつけられる。思わず唾を飲むカーク。
「私は、あなたの敵、よ? 少なくとも今の、時点では」
アレクシアは喉元に鉄棒を突き付けたまま、カークを更に挑発した。
「目の前にいる、敵を倒す覚悟もないのに、化物退治で調子、乗ってる」
「はぁ!? 俺はただ巻き込まれただけで……」
「その割に、ずいぶん嬉しそう、じゃない? 魔術、使えるようになって。
それに……一人で、私の事、調べようと、してたみたい、だけど……こうして、敵かも、しれない相手に、それ、軽率な、判断。……調子に、乗ってる」
アレクシアはカークに苦笑いを浮かべた。
「なんでお前がそこまで知ってんだよ? まさか、今まで俺達のこと、つけてたのか?」
アレクシアの見透かすような態度に、カークはいら立ちを募らせていく。
「さあ、どう、かしら?」
カークの質問に、アレクシアは飄々と返す。まるで、彼の話を聞いていないかのように。
「んだと、こんにゃろー!」
カークはアレクシアの持っている鉄棒の端を掴んだ。
「このぉぉぉぉぉぉぉ!」
「……!」
鉄棒を持つ手に力がこもる。その様子を見たアレクシアは、瞬時に鉄棒から手を放した。鉄棒はカークの手に渡る。そして。
「Wooo! Wooo!」
カークがアレクシアに向かって鉄棒を振り回し始める。同時に、鉄棒の通った軌跡からは炎が出現!
ボッ! ボッ! 炎の軌跡を描きながら、鉄棒を振り回すカーク。
「……そう。 そう、こなくちゃ、カーク。それでこそ、あなたらしい」
アレクシアは、カークの攻撃を避けながら、何やら1人で勝手に感心していた。それを見たカークはますます我を忘れ、
「ふざけんなこんにゃろー!」
鉄棒を構え、そして。
「Darn!」
鉄棒をアレクシアの頭部に向かって振り回した。
ボォン!
鉄棒が通った軌跡に沿って炎が出現する。
「っ!」
アレクシアは避けるが、鉄の棒が帽子の頭頂部をかすめた! 鉄棒に引っかかった赤い帽子が取れる。そしてそれは、直後に出現した炎に炙られ一瞬で灰になった。
「……」
「……」
対峙する2人。周囲には焦げ臭いにおいが漂っている。
「……ハァ」
その沈黙を先に破ったのは、アレクシアだった。
「そろそろ、潮時、ね」
「あぁん? 潮時?」
「そ。潮時。……正直、貴方と本気で、やり合うつもりは、無い。 ただ、貴方の実力、見たかった。……目的は、達成した。あなたは、まだやる?」
アレクシアは髪に手をやる。前髪の先端が、少しチリチリしている。
それを見て神妙な顔つきをしている彼女からは、先ほどまでの戦意は失せていた。
「Hh……そうかい。まぁ、正直俺も戦うために来たわけじゃねぇし、そっちがやる気ないなら、やらずに済むのが楽だ。
それで……敵じゃないってのは、本当だよな?」
カークの問いに対し、アレクシアは黙って頷く。
「……そうかい」
カークは鉄棒を地面に置いた。
「今日はもう、帰る」
アレクシアはそう言うと、後ろを向いて歩きだした。
「待てよ。……また、会おうぜ」
「……うん」
カークの言葉に回答すると、アレクシアの周囲から突風が発生し。
「ぐっ!」
カークは思わず目を押さえる。
風がやむと、そこに彼女の姿は無かった。
「……はぁ。さっちゃにどう説明するか。まぁなるようになるしかないか」
広場に1人取り残されたカークは、家路についた。
――――――――――――夜。
「ただいま……。はぁーっ! 疲れたぜ」
カークは面倒そうな面持ちで家に帰った。これから桜散の追及が待ってると思えば、彼の表情は当然であった。
「遅かったなカーク。さて、事情を話せ。話くらいは聞いてやる」
早速、桜散がカークに詰め寄る。
「分かった分かった。話すよ」
あらかじめ分かっていたかのように、カークは返した。
「魔術のこと、知っている奴がいた」
「はぁ!? 何だと? 誰が?」
「……アレクシア。ほら、前言ったろ? 運命の出会いってお前に説明した子。あの子、どうも魔術のことを知ってるっぽくて、俺達のことをずっと調べてたみたいなんだ」
カークは矢継ぎ早に、桜散に事情を説明する。
「んで、俺もあの子に見覚えがあって。ほらあれだよ、デジャヴュだよ。
2回目に会って話をした時にそれが浮かんで、それによるとどうもあの子は魔術を使うらしいってことと、俺を襲ってくるってことが分かったんで、確かめようと呼び出してみたら案の定襲われた。魔術を使ってきたんで俺も……いやまぁとにかく何とかした。一応、敵じゃないっぽいってのは、確かだと思う」
そこまで言うと、カークはため息をついた。
「なるほどな。つまり今日お前が余所余所しかったのは……」
「さっちゃに気づかれたくなかった。巻き込みたくなかった。正直デジャヴュの内容が本当かどうかは依然として確証は持てねぇし、それで取り越し苦労だったら、迷惑になっちまうだろ?
でもまぁ、今回のは真実だったよ。……いや真実ってのは語弊があるか。俺がデジャヴュで見た光景と、今回起きたことは違っていたからな。
ただ、いざ実際に起こって思ったこととしては、お前に相談しとけばよかったな、って思った」
「……巻き込みたくなかった、ねぇ。
まぁ、今はそれより、魔術について知っている人物が私達以外にもいるということの方が重要か……」
桜散はそこまで言うと考え込んでしまった。
「あ。あと、妙に俺のことを知ってるような雰囲気だった」
桜散に対して、さらに意見を述べるカーク。
「と、いうと?」
「俺にいきなりカークって呼びかけてきたりとかさ。なんというか、妙に馴れ馴れしい感じだったんだよね」
「そうか。……アレクシア、だったか? 今度会ったときは、私にも一枚噛ませろよ?」
「分かってる」
8日目
――――――――――――朝。
朝。けたたましくカークの部屋のドアが鳴り響く。
「うるさいなぁ! 起きてるよ、起きてるってば!」
カークはドアに向かって叫んだ。扉を叩く音が、止んだ。
「やめろよお前! こういうのはさ。非常識だぞ?」
ドアを開けながらカークが叫ぶ。
「また寝坊しても良かったのか? 私は少なくとも、お前のためを思って毎朝起こしているわけだが?」
「どうせ母さんに頼まれてるんだろ? 余計なお世話だぜ」
カークはそういうと、1階に向かう。
「母さん! もうさっちゃに起こしに来させるの、止めてくんない? もう俺大学生だよ? 1人で起きれるよ!」
カークは出かける準備をしていた李緒に抗議した。
「何言ってんのカーク。良いじゃない別に。ほら、女の子が起こしに来てくれるなんて、悪いことじゃないじゃない?」
李緒はカークを諌めた。
「悪いぜ! あいつ、今日うるさいくらいドア叩いて起こしやがったんだよ? 前なんか起きてすぐ冷や水掛けられた。教育方針を疑うぜ!」
「そりゃドアに鍵かけてるのが悪いんでしょ。あの子だって、あんたのためを思ってわざわざ男の子の部屋まで起こしに来てあげてるのよ? 感謝しなさいな」
李緒は桜散と同じことをカークに告げた。
「それよりもあんた、最近夜遅いじゃない? 何やってるの? 前なんてホコリまみれで帰ってきたし、何処ほっつき歩いてんの?」
更に李緒は、カークが最近夜遅いことを注意した。
「ぐ……それは」
「理由は何だか知らないけど、夜遊びはダメ。門限は22時だからね。あと夜早く寝ること。いいね?」
「はい……」
カークは李緒に抗議するはずが、逆に叱られてしまった。
「じゃあ私はもう出るから、桜散ちゃんとはさっさと仲直りしなさい」
そう言うと、李緒は仕事に出てしまった。
「怒られちゃったな」
桜散が階段から降りながら、カークにそう言った。
「はぁ」
ため息をつくカーク。どうやら彼女達には逆らえないらしい。そういう諦めの表情を彼はしていた。
――――――――――――昼休み。
昼休み。カークは大学の中庭を歩いていた。昨日アレクシアと戦った場所だ。広場には、カークが使った鉄棒が無造作に置かれている。
(あいつは、『また会う』と言っていたが……)
カークはそう考えながら、鉄棒を持ち上げた。その時、
「あれ? 何やってるの。カーク君?」
後ろから声が聞こえた。カークが振り向くと、そこには譲葉が立っていた。
「あぁ、ゆーずぅ。こんにちは」
「こんにちは、カーク君。ところで、その棒は?」
譲葉はカークが持っている鉄の棒を注視した。
「ああ、これな。ここに落ちてたんだ」
「へぇ。あ! これさ、武器になるんじゃないかな? ほら、あの化物用の」
彼女はカークに、これを武器にしてはどうかと提案しているのだ。
「お前なぁ、あんなんがしょっちゅう襲ってくるわけないだろ?」
カークが呆れつつ、鉄の棒を軽く振った。その時だった。
「カーク、こんにちは。……また、会った」
カークの目の前に、いきなり金髪の少女が現れた。間違いない、アレクシアだ。
「アレクシア……」
鉄棒を握る手に力がこもる。
「んん? 何、この人。カーク君の知り合い?」
突然現れた人物と、カークの様子に戸惑う譲葉。
「まぁ、そんなとこ……みたいだぜ? 今のところ分からんことが多いが、敵じゃないっぽい」
「……ぽい?」
「大丈夫、譲葉。私は、あなた達の敵じゃ、ないよ?」
アレクシアは譲葉の名前も知っているようだ。
「どうだかねぇ。まぁ、敵ならここでもう襲ってきてるか。分かったよ」
カークは鉄棒を地面に下ろした。
「カーク君。どういうことなのか説明して欲しい」
譲葉がカークに問いかける。
「ああ。こいつはアレクシアって言って、俺が大学であった知り合いなんだが、昨日いきなり俺に対して襲ってきたんだ。魔術を見せろと言ってさ。……まぁどうも、俺達の敵ではないらしい」
カークはアレクシアのことを譲葉に説明した。
「え? もしかしてこの人、魔術のこと知ってるの?」
「そう、ね。知ってると言えば、知ってるわ。あなた達よりも、ね」
譲葉の問いに、アレクシアが答えた。
「ねえ! あの化物って何なんですか? あなたも魔術を使えるんですか? あと、私の名前、何で知ってるんですか?」
譲葉は初対面の彼女に対し、次々と問いを投げかけた。
「……ふふ。何度見ても、変わらない、わね。そういう、物怖じしない、ところ。カーク、相変わらず譲葉には、逆らえない、ようね」
アレクシアは譲葉を見て、何やら感慨深い表情をした。
「え? 何度? あなた、私のこと、知ってるの?」
2人のことをまるで前から知っていたかのような態度をとるアレクシアに対し、譲葉は疑問を感じた。
「知ってる、と言えば……知ってる。詳細は、秘密。
あ、質問だったよ、ね。答える。私も、あなた達と同じように魔術、使える。化物については、多少は、知ってる。でも、あなた達が、知っている、以上の事、多分、知らない。 名前については、秘密。……名前くらい、あなたなら、調べられる、でしょ? それと、似た方法、という解釈で、いい」
アレクシアは意味深長な表情を浮かべながら、譲葉の質問に答えた。
「そうですか。分かりました。……アレクシアさん、でいいのかな? よろしくお願いします」
譲葉はアレクシアに向かって右手を差し伸べた。
「アレクシア、でいい。譲葉、よろしく、ね」
アレクシアは左手で彼女の手を握り、握手を交わした。
無表情、されど口元が緩んでいるアレクシアと、笑顔の譲葉。そのコントラストは美しかった。
「うわぁ……。俺にはとても真似できねぇわ、こんなん……」
その様子を見て思わず鳥肌が立つカーク。それほど、2人の握手は尊かった。
「それじゃあ、アレクシア。またね」
「またね譲葉、そしてカーク。また、会いましょう」
譲葉に見送られながら、アレクシアは去って行った。
「悪くない人だったね。カーク君もそう思うでしょ?」
「いやいやいや。お前、すごいな。俺なんてずっとただ見ていることしかできんかったよ。つか、あんなふうに打ち解けるとか、俺には無理だぜ」
アレクシアと打ち解けてしまった譲葉を見て、カークは内心羨ましかった。
「カーク君も、なれるよ。きっと。私が保証するよ。だってカーク君、優しいもん」
譲葉はカークを買っている。
「はぁ。そうかなぁ……」
カークは自身無さげにため息をついた。
「ほら、ため息ついちゃだめだよ? 幸せが逃げるっていうじゃん?」
「Uhm……」
カークは黙ってしまった。
「あ、そうだ。カーク君。話したいことがあるんだけど、今いいかな?」
黙っているカークを見て、譲葉は話題を変えた。
「あ、いいよ。あ、いや待てよ。もう昼休みが終わる。今はちょっと、無理だわ」
「じゃあ、夜に電話するよ。メールより声で話がしたいし。それでいいかな?」
「OK。じゃあ夜は予定開けとく」
「こっちもおっけー。私の方から掛けるね」
2人は夜に電話する約束を交わした。
――――――――――――夜。
pppppp……。
電話の音が鳴った。カークは、携帯を取った。
「もしもし、ゆーずぅ」
「こんばんは、カーク君。早速だけど、用件を話すね。今週の土曜日に、私、許嫁の人の所に一度会いに行こうと思ってるんだけど、カーク君も一緒に来てくれないかな?」
譲葉はカークに、彼女の許嫁のところへ同行してくれるよう頼んだ。
「別にいいけど……。お前は大丈夫なのか? 結婚したくない奴なら、無理に行く必要はないと思うんだけど」
カークは譲葉に意見を述べた。もっともな意見だ。
しかし、彼女の回答はカークの予想していないものだった。
「思ったんだけど、そもそも相手の人は、今回の縁談について、どう思ってるのかな?」
「Ah?」
突然の譲葉の問いかけに、カークは呆気にとられる。
「それに、さ。相手方を説得した方がいいって桜散ちゃん、前言ってたじゃない? あの後、魔術やら化物やらあって話が止まってたからさ。いい加減進めたいの」
「A、Ah―。分かったぞ。だからまず相手側にアクセスを試みたいと?」
カークはようやく譲葉の言いたいことを理解した。相手側の家族を説得するための足掛かりとして、まず許嫁本人の意向を確認したいということか。
「そうそう! それでさ、もし相手の人が、私を無理やり結婚させようとしたらさ、カーク君、あなたが私を守ってね!」
「What’s? そんな役なの? 俺」
つまるところ、譲葉はボディガード役として、カークを連れて行きたいようだ。
「そそ! でも、いいでしょ? あなただって、私が1人であちらに行くのを良くは思わないでしょ?」
「まあそりゃそうだけどさ」
「だったらいいじゃん。そういうわけだから、本当にお願い! カーク君! あなたしか、頼れる人がいないの……」
譲葉は必死にカークに頼み込む。電話越しからは気さくな様子と同時に必死さが伝わってくる。流石に、彼も彼女の頼みを断るわけにはいかなくなった。
いや、おそらく彼は断らなかっただろう。周りの目も気にせず助けた、幼馴染なのだから。
「……OK。分かった。付いていくよ。土曜日はよろしくな」
カークは少し考えるも、譲葉の頼みを了承した。
「ありがとう、カーク君! よろしくね。それじゃ、今日はこれで。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
通話が終わった直後、カークはベッドに寝転んだ。
(さて、どうしたもんかなぁ。……土曜日。明後日だな。明日、さっちゃに相談しよっかなぁ……)
今後、譲葉と彼女の許嫁との間に起こるであろう騒動をどうするか。カークは考えながら眠りについた。




