第25話『3人寄れば文殊の知恵』
午後の予定が空き、大学の図書館で一緒に勉強するカーク、桜散、譲葉。
そしてその夜、3人は謎の穴に飲み込まれる。
異空間での戦い、そして新たな魔術の目覚め。
その最中にまたしても、カークの脳裏に既視感がちらつくのだった……。
第25話『3人寄れば文殊の知恵』
5日目
――――――――――――朝。
「……Uhm」
カークは一人で目を覚ます。新しい一日が始まる。
「おーいカーク、起きてるか?」
カークが起きた直後、寝室の扉をノックする音と、桜散の声が響いた。
「Oh! 起きてる!」
カークは布団から身を起こすと、廊下の桜散と合流して一階に下りた。
「おはようカーク。朝ご飯は昨日の残りで良いわよね?」
李緒がカークに話しかける。
「Sure!」
「はいはいっ」
カークと桜散は昨晩のけんちん汁と生姜焼きの残りを食べながらテレビを見ていた。
『昨晩、井尾釜市港南区在住の××さんの行方が分からなくなっているとの通報を受け、警察は一連の連続失踪事件との関連性を調べています―――――』
テレビはまた井尾釜市で起こっている失踪事件について報道していた。
「例の失踪事件か? 確か、これで21人目だよな?」
少しばかり神妙な面持ちでテレビを見る2人。
「そうだな。今月はこれで21人目」
「hm……」
番組の内容がニュースからスポーツ報道に切り替わったところで2人は朝食を終え、家を出た。
「おはよ! カーク君、桜散ちゃん」
大学の正門を通る2人を譲葉が出迎えた。
「おっ、ゆーずぅ、おはよう」
「おはよう、譲葉ちゃん」
カークと桜散は気軽に挨拶を交わす。
「やっぱりここに通ってるんだな。ゆーずぅ」
「うんっ! あっそうだ! 昼休み一緒に食事しない? 桜散ちゃんもどう?」
譲葉は2人に一緒に昼食を食べないかと提案した。
「私は特に問題無い。カークはどうだ?」
桜散はカークに問いかける。
「俺も問題ない。昼は何処に集まる? 俺達がそっちに行こうか?」
「あっ。気を遣わなくても大丈夫だよ? 私がカーク君達の方に行くよ。
理工学部の弁当屋が出てるのって、確か講義棟Aだよね?」
「そうそう、そこだな。俺も二限目はそこで講義受ける。桜散は?」
「私は講義棟Bだが、二限目終わったらAに行く」
「おっけー! 二限目終わったら講義棟Aに集合。カーク君、桜散ちゃん、OK?」
「OK!」
「分かった」
3人は昼食時に落ち合うことを決め、それぞれの講義へと向かっていった。
――――――――――――昼休み。
昼休み。当初の予定通り3人は理工学部講義棟Aの一階で落ち合い、ベンチにそれぞれ座った。
カークは学内のコンビニで買った焼きそばパンといちごジャムパンを、桜散は構内の屋台で買った唐揚げ丼を、譲葉は理工学部講義棟内の弁当屋で買った幕の内弁当をそれぞれ食べていた。
「それにしても、午後の授業が休講になるなんてな」
カークは右手に持った焼きそばパンを齧りながら呟いた。どうやら午後の講義が休講になり、今日はもう暇なようだ。
「教授の都合で休講というのはよくある話だな。
私は月曜日は午前中しか講義を取っていないので、元々暇だ」
桜散は右手に容器を持ち、左手の箸で唐揚げ丼に付いているお新香を食べていた。唐揚げは容器の端に避けられており、どうやら最後まで取っておくつもりのようだ。
「私は今日の講義はこれでおしまい! 本当はこの曜日の午後に一コマあるんだけど、再来週から開講なんだってさ」
譲葉は右手に箸を持ち、鮭の切り身を口に運んでいた。膝に弁当を載せており1番食べづらそうだが、食べるペースは3人の中で最も早かった。
「つまり今日は3人とも、午後はフリーって訳か」
「そういうことになるな」
「そうだね~」
カークの台詞に、2人は頷く。
「んじゃ。午後さ、一緒に図書館行かねぇか?」
「へぇ。カーク君、勉強するの?」
「……まぁ、そんなところ」
「へぇ。感心感心」
カークは譲葉の問いに答えたが、奇妙な間があった。桜散はそれを見逃さなかった。
「カーク。午後図書館に行くことについて異論は無いが、後で話がある」
「ん? さっちゃ? 分かった。んじゃ図書館で話そう」
カークは話を終えると、ジャムパンの最後の一欠片を口に放り込んだ。
その後3人は予定通り、大学内の図書館に来ていた。
「すまない! 譲葉ちゃん。カークと個人的な話をしたいので、2人で少し席を離れていいかな?」
「ん? いいよ~。私はここで勉強してるから、話してきなよ」
「感謝する」
桜散は譲葉に一言言った後、カークを図書館の外れに連れて行った。
「おいカーク。勉強に来たというのは、嘘じゃないのか?」
カークを問い詰める桜散。
「Why? なぜそう思った?」
「今頃の講義、お前は去年1回受けてノートは取ってるだろう? なのに、わざわざ譲葉ちゃんまで巻き込んでお勉強というのは変だと思ってな」
「なるほど、やっぱ隠せねぇなぁ」
カークは頭をかく。
「で、目的はなんだ?」
「目的? ……魔術のことについて、ゆーずぅが何か知らねぇかなって」
カークは譲葉に魔術の事を話したいようだ。
「待て待て! そりゃ駄目だ。 魔術のことは、私とカークの秘密だったはずだ。彼女に言うとか何を考えているんだ!?」
桜散は魔術の件が譲葉を経由して見知らぬ第三者に露呈することを心配している。
「お前の心配はもっともだと思うぜ? ただ、正直な所、あいつに魔術の事を隠して除け者にするのは難しい気がするんだよな……。実際お前に今日の嘘を見破られてたし、変なタイミングでボロが出るより、親友である以上きちんと話した方が良いと考えたんだ」
動揺する桜散を諭すように、カークは言葉を紡いだ。
「そうか。分かった。お前からボロを出さないよう、私もアシストしよう」
「Thank you、さっちゃ。感謝するぜ」
「……」
桜散は落ち着いた態度でカークの言葉に同意したものの、内心平穏ではいられなかった。
(『隠して除け者にするのは難しい』、『親友である以上きちんと話した方が良い』ねぇ。私には留年の件の事ずっと隠しているくせに、魔術の事は譲葉ちゃんに隠したくないって訳か? ふーん)
カークの後ろを歩く桜散の眉間に、一瞬線が現れた。
「おかえり。2人とも」
「おう、ただいま」
戻ってきた2人に対し、譲葉が声を掛ける。
「すまない。結構長い時間1人にしちゃって」
「大丈夫だよ、桜散ちゃん。それより用件は済んだの?」
「ああ。一応終わったぞ。それと、カークは今から相談したいことがあるらしい。……ほらっ」
桜散はカークの身体を小突き、説明を促す。
「分かってる。……なぁゆーずぅ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「なになに?」
そしてカークは譲葉に、魔術の話を切り出した。
「魔術について、どう思う?」
「魔術って、Magic? フィクション的な? それとも現実の黒魔術的な何か?」
「えーっと、両方だ」
「両方? どういうこと? 気になる!」
「えーっとだな……」
カークは自分が魔術に興味を持っていること、そのために魔術について調べており、譲葉は何か知っていないかを尋ねた。
「魔術ねぇ……っていうかそんなのある訳ないじゃん。何でそんなこと?」
譲葉は訝しんだ。親しい人間が魔術などという胡散臭いものに興味を持った日には、胡散臭いカルトの類にはまったのではないかと心配になるのが普通だろう。
「それについては私から説明する」
「桜散ちゃんが?」
そのような類の話をしないであろう桜散から切り出され、譲葉は目を開く。
「内緒にしてほしい話なんだが、私達は使えるんだ。その……『魔術』的な力が」
譲葉の問いに桜散は事情を説明する。先日変な空間に迷い込んだこと。そしてそこで謎の怪物に襲われ、咄嗟に力に目覚めたこと。そして、その空間から出た後もその力が使える状態が続いていることを。
「……なるほどね」
先ほどまで疑念の眼で見ていた譲葉だったが、事情を聞いた途端、何かがストンとハマった様子で桜散の話に納得した。
「んん? 変な風には思わねぇのか? 魔術だぞ? フィクションとかのあの魔術だぞ?」
先ほどまで胡散臭い話をしていたカークも、突然自分の話に納得した旧友の様子に動揺する。
「うん。全然思わないよ? だって桜散ちゃんの話し方からして、私をからかってるわけじゃなさそうだしね」
カークの問いかけに譲葉は尊い笑みで答えた。
「そうか。信じてくれてありがとうゆーずぅ」
「どういたしまして」
その言葉を聞いたカークは、ほっと胸をなでおろす。実際の所、ちゃんと信じてもらえるかどうか、彼自身も内心半信半疑だったからだ。
「それで、譲葉ちゃんは何か知ってないか? 魔術のこと」
話を信じてもらったカーク達は、譲葉に何か知っていないか尋ねた。
「うーんとね……私は……分からないかな。そもそも私はそんな空間も力も見たこと無いから」
「そりゃそうだよな……」
「ただ、その変な空間ってのは気になるかなぁ。ほらっ、最近人が行方不明になってるっていうじゃん? あれと何か関係あるのかもって」
譲葉は、行方不明事件と異空間の関連性を疑っているようだ。
「その辺含めて、私達は何も分からない状態でな。だから何か新しい情報が得られないかってカークから提案を受けたんだが……」
カーク達も異空間と事件の関連を疑ってはいたものの、憶測で判断したくはないとも考えていた。
「ごめんねっ、力になれなくて」
「悪ぃな、ゆーずぅ」
「だいじょぶだいじょぶ。後、ちゃんとこの件は秘密にするよ。
……まぁ今度、ちょっと実際に見てみたいなって思ってるけど、ね」
譲葉は、名残惜しそうに答えた。
「感謝する。それと力の件は、また今度時間があって人が居ないときに」
「あっ、いいの? ありがとうね。じゃあまた今度」
桜散の返答に、譲葉は心をウキウキさせた。
――――――――――――夜。
その後、一応当初の予定通り勉強を終えた一行は、大学の構内を歩いていた。日はすっかり落ち、暗くなっている。
「しっかし、遅くなっちまったなぁ。もうすっかり夜じゃねぇか」
「まあまあ。今日は例の話といい、とっても楽しめたよ、ありがとねカーク君、桜散ちゃん!」
「あ、いやぁ」
譲葉に感謝され、カークは頭の後ろに手を回し、照れるしぐさをした。
「うん。私もこうやって他人と話をしながら何かをするという経験は久しぶりだったから、楽しかったぞ」
桜散も満足しているようだ。
「そうか、そりゃよかったなぁ……ん?」
カークは突然奇妙な気配を感じた。
経済学部の講義棟の、裏の方から。
「む、どうしたカーク?」
「カーク君?」
2人を横目にカークは異様な気配を感じた方へ近づいていく。すると。
「おいおいおいおい! まじかよ……」
白い建物の外壁に、直径2メートルほどの黒い丸。見間違えるはずがない。彼が3日前に見たものと同じような穴が、壁に現れていた。
「何、あれ……。黒い、穴? もしかして、あれが?」
初めて見た異様な光景を前に、譲葉は不思議そうな顔をした。
「ああ、そうだ。まさかまた見ることになるとはな」
桜散の口元が歪む。まるで、出会いたくないものに出会ってしまったような。
「あの中に、変な空間があって、その中に怪物がいるって話だったよね? ……ふーん」
譲葉は穴の方をきょろきょろと不思議そうに眺めている。
「Ah……その、どうする? これ。 今更だけどよ、警察に通報した方がいいんじゃねぇかって思うんだが……。正直また飲み込まれて、あんな目に合うのはごめんだぜ?」
穴を眺める2人に対し、カークはバツの悪そうな顔で問いかけた。
「あっ、確かにそうだよね。前見たときってどうしたの? 警察呼ばなかったの?」
譲葉は次にカークに問いかけた。
「それがさ。あの時はびっくりして、その場から逃げだしちまったんだよ。ただ、その後穴の方からこっちを追いかけてきて、そして気が付いたら中に取り込まれてた」
カークは数日前の経緯を説明した。
「そうなの!? ってことは、このままここにいるの、まずいんじゃない!? いったん逃げない?」
譲葉は慌てて後ずさりし、逃げる構えを取る。
「譲葉ちゃんの言う通りだな。……離れるぞ、カーク」
「お、おう!」
桜散に促されるように、カークが後ろに下がったその時だった。
「きゃっ!」
突如、壁面にあったはずの穴は姿を消し、直後譲葉が立っている場所の地面に出現した。
「えっ?」
「Ah?」
そしてカーク達が振り向いたときには、すでに譲葉の姿はなく、地面にぽっかり空いた穴だけが残っていた。
「ゆーずぅ!」
その光景を見たカークは、迷いなく穴へと飛び込んだ。
「おい、待てカーク!」
桜散もカークの後を追って、穴の中へと飛び込む。
直後、穴は輪郭が揺らぎ始め、スゥーッと収縮して、消えた。
――――――――――――異空間(牧歌風景)。
3人が目を覚ました時、彼らは異空間にいた。といっても、カークと桜散が以前飲み込まれた異空間は都市の廃墟だったが、今回の空間はそれとは異なる風景だった。
一面の、草原。空は前同様真っ赤だったが、周囲の地面には緑色の草が一面に広がっている。草原には間を縫うように石畳の道が敷かれており、絵画に描かれた草原のような風景だった。
「いたたたたっ……一体どこなの? ここ」
いの1番に声を発したのは譲葉だった。彼女は尻餅をついた状態で腰をさすっている。
「分からねぇ。多分、あの穴の中にある空間、だとは思う」
カークも腰をさすりながら立ち上がった。
「前に飲み込まれた時とは風景が全く違う。前のとは違う空間なのかもしれないな」
2人より先に立ち上がっていた桜散は、冷静に今いる空間について分析した。
「そういえば、飲み込まれたっていうけど、ここには化け物が居て、それを倒さないと出られないってことだったよね?」
落ち着いた所で、譲葉は桜散に問いかけた。
「ああ。そうだ。前入ったとこには、筒状の形をした化物が居て、そいつを倒したら脱出できたんだ」
カークは身振り手振りを交えた話をする。
「奴は俺達を見つけるや否や、ガチで殺しにかかってきた。そんとき突然さっちゃが魔術に目覚めて、そんで俺も頭の中に変なイメージが浮かんで、その通りにしたら俺も使えるようになって、それで何とか倒せたけど、あれが無かったらマジで生き残れなかったと思うぜ」
カークはそこまで言うと、深くため息をついた。
「魔術が使えるようになった……ね」
カークの説明を聞いても、譲葉は現状に実感が持てないようだった。
「ああ。さっそくだが、時間もあって人もいないことだし、早速見せるときが来たようだな」
桜散は、腕を2人と逆の方に向け力を込めた。
「はぁっ!」
すると、水弾が掌から少し離れた位置に生成し、彼女の叫びと共にどこかへ飛んで行く。
「んじゃ俺もっ! Ahhhhhh!」
カークも彼方に向けてイメージする。すると彼の腕から火炎放射が出現した。
「……」
魔術を披露した2人を見て譲葉は、無言で目を見開いていた。
「まあ。こういうことだ。正直これが魔術なのかは私にも分からん。私達は……いやもっと厳密に言うなら、この力を『魔術』と呼んだ命名主は、カークになる」
「は、はぁ……。なるほど、ようやく心から理解できた気がする」
譲葉はそうは言ったものの、未だに困惑が続いている。
「ゆーずぅの気持ちはすごい分かるぞ。俺だってぶっちゃけ、動揺しまくりだもん」
カークは譲葉にそう語った。
「しかも俺の場合、突然頭が痛くなったと思ったら、どっかで見たような、でも覚えがない記憶が浮かんできて……そこで言ってた『魔術はイメージすること?』に従ってやったら使えるようになったからなぁ。
『魔術』って呼び方も、その記憶……デジャヴュでそういう風に読んでたからそう呼んでるだけで」
「デジャヴュかぁ。今の話を聞く限りだと、カーク君は桜散ちゃんとはまた違う感じで目覚めたっぽいけど……まぁそれが何なのかは分かんないのよね? ふーむ」
譲葉はため息をついた。
「どうする? 多分前と同じように化け物を探して倒せば出られるとは思うが……」
桜散に2人に対し、これからどうするかを尋ねた。
「ん、そうだな。ここでじっとしていてもしょうがないし、探してみようぜ」
カークは石畳の道を歩き出した。
「あ、ちょっと待って2人とも! 私はどうすればいい? 2人は魔術が使えるからいいとして、私は丸腰なんだけど!?」
何気なく先へ進もうとする2人を、譲葉は慌てて引き止めた。
「Ah……確かにそうだな。どうすりゃいいと思う? さっちゃ」
譲葉の言葉を聞いたカークは判断に迷い、桜散に尋ねる。
「そうだな……。譲葉ちゃん、一緒に付いて行ってくれないか? こういうとき、バラバラになるのはかえって危険だからな」
「おっけー。私は何もできないから、後ろの方から気を付けて付いて行くね?」
桜散は譲葉に同行を提案し、それに譲葉は同意した。
「了解。
そしてカーク、私達は譲葉ちゃんに危険が及ばないよう守りながら進もう」
「Roger。敵が出たら、ゆーずぅは後ろに下がってくれ」
「分かった。2人とも、無理はしないでね?」
「おう」
「Yeah」
カーク、桜散、譲葉の3人は、石畳の道を歩いて行く。カークと桜散が前方に出て、譲葉はその後方に守られるようにいた。
赤黒い空と、緑色の草との対比が目に悪い景色を歩いていくと、3人の目前にバスケットボール大の茶色い岩が三つあるのが見えてきた。岩の表面には、野球ボール大の黒い穴が開いている。
「ん? 何だ? ありゃ」
岩に気付いたカーク。3つの岩は道路の中央に正三角形状に転がっている。
「岩……か? 怪しいな。カーク、先に行って様子を見てこい」
「Roger。何かあったらすぐにぶっ放すんで、そんときは加勢してくれ」
「了解」
カークは桜散の命令を聞き、岩に近づいた。すると、岩達が突然宙に浮く。
そして、岩の中央に開いた穴に赤い光が灯る。
「む!? 動いたぞこいつ! Ahhhhhh!」
迷わずカークは火炎弾射出! 3つの岩にそれぞれ命中、爆発四散!
「まだまだ来るぞカーク! 譲葉ちゃんは、私の後ろから離れないでくれ!」
桜散はカークと譲葉に叫ぶ。
同時に、周囲から次々と同じような岩が現れる。
「うん! 分かった」
「OK! Ahhhhhh!」
カークはその場から周囲を確認すると両手をそれぞれ構え、魔術陣展開! 放たれた火炎が岩の群れを巻き込んでいく!
「はぁーっ! はぁーっ!」
そして桜散も左手で譲葉をかばいつつ、右手で水弾を発射! 飛来してくる岩々を迎撃した。
「……」
2人が戦闘態勢を取るなか、譲葉は桜散にかばわれながらじっとしていた。
「Damn! ようやく、全部倒したか?」
「はぁ、はぁ……」
だがその直後、カーク達の死角から新たに現れた3つの岩が、一列になってカーク達の方へと突っ込んで来る!
「危ない!」
「きゃっ!」
衝突する直前、桜散は譲葉を突き飛ばし、自身もすんでのところで回避!
「はぁーっ!」
桜散は回避と同時に右手から水弾を発射し迎撃! 3発発射した水弾は全て岩の列に命中! 狙いは正確だった。
しかし1つの岩しか撃墜できず、岩の勢いは落ちない! 残り2つがカークの方へ向かって一直線に飛行してくる。
「何っ!?」
驚く桜散。
「Whoa!」
カークはとっさの判断で腕を構える。だが。
「What!?」
2つの岩はカークの前方で突如二手に分かれ、彼の挟み込むように移動! 想定外の行動に、カークの反応が遅れた。そして。
「Gwoa!」
2つの岩は左右から挟むようにカークの両脇に激突! 衝突音は1つだけだった。
「カーク!」
「カーク君!」
叫ぶ2人。
「グゥ……」
カークはうめき声を出して、その場にうずくまってしまう。だが衝突した岩達は再び二手に分かれ、うずくまったカークの周囲を浮遊しながらぐるぐると旋回している。
「このっ!」
すかさず桜散がカークの方へと駆け寄る。しかし。
「ぐあっ!」
旋回していた2つの岩の内、1つが桜散の元へと飛来、そのまま桜散の腹部を殴りつけるように掠めていく。
「うぅ……」
桜散は吹き飛ばされずに持ちこたえたものの、膝をつき、その場から動けない。
「カーク君、桜散ちゃん! っ!?」
直後、衝突した岩はカークの周囲を旋回していたもう1つの岩と合流し、今度は譲葉に迫る。2つの岩が旋回を止め、譲葉を挟み撃ちにしようと加速してきた!
(ゆー、ずぅ……)
カークは譲葉の方に向かおうとするも、痛みで動けない。
(譲葉……ちゃん……)
桜散も痛みで動けない。
2つの岩はカークを攻撃した時と同じように、譲葉を両脇から殴ろうと迫る。
(お願い、止まって!)
譲葉は体をかばうべく、飛来する岩を遮るように両手を広げた。
(止まって止まって止まって止まって止まって、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!)
譲葉はひたすら祈る。
祈る彼女の手に力がこもったその時だった。
辺り一帯に、全てが凍てつく真冬の夜が具現化する。
……何と言うことだろう。譲葉の両手から、突如氷混じりの風が強い勢いで吹き出したのだ。
「え?」
自分の目の前で起きている現象に驚く譲葉を横目に、雪と氷の旋風は、岩に直撃する。
そして凍てつく吹雪の直撃を受けた岩は氷に包まれていき、瞬く間に動きが止まる。動きを止めた二つの 岩はそのまま地面へと落下、先ほど桜散が相手にした岩のように破裂音と共に粉々に砕けた。砕けた岩の破片は、たちまち風に流され消えていく。
「え? これ……なん、なの? って、カーク君! 桜散ちゃん!」
譲葉は、自分の両手を眺めて呟くもののすぐに思い直し、まずカークの下へ向かった。
「大丈夫!?」
「ぐぅ」
彼女はカークに両手を差し出す。すると突如手から白い光が発せられ、瞬く間にカークの痛みが消えた。
「Nn!? 痛みが、消えた?」
「えっ!?」
掌から氷といい痛みの消失といい、今日の譲葉には不可解なことが起こりまくっていた。
「譲葉ちゃん、カーク……」
目の前の現象に驚く2人に対し、ようやく痛みから復帰した桜散が近付いてきた。
「大丈夫!? 桜散ちゃん!」
譲葉は桜散に手を伸ばし、その手を取る。直後またしても同じように白き光が桜散に放たれ、彼女の傷を癒した。
「これは……治癒魔術か? まさか、さっきの氷の魔術といい、魔術を?」
桜散は譲葉に問う。
「……多分、そうだと思う。何というか、『大丈夫?』って思いながら手を伸ばしたら、白い光が出て……」
桜散の質問に、譲葉は思ったままに答えた。
「そうか。唐突に使えるようになっていたという点では私達と同じか。
やはり、この空間が何か関係しているのかもしれないが……」
桜散は自分の両手をじっと見つめた。
「なぁ。その……深く考えるのは外に出られたらにしようぜさっちゃ。
またさっきみたいに増援が来るかもしれねぇし、さっさと親玉倒して出た方が良いと思うぜ」
カークは周囲を見回す。幸い増援は来ていないようだが、予断は許さない。
「そうだな。それじゃあ、探索再開と行こう」
「Roger」
「分かった!」
そして3人は探索を再開する。案の定、その途中では何度か先ほどと同じ岩玉の怪物に遭遇するも、桜散が水流を、譲葉が吹雪を撃つことで撃退していった。
桜散、カーク、譲葉がそれぞれの魔術行使の隙を縫って攻撃することで隙を補う。譲葉は戦闘経験皆無だったが、2人に合わせて数回戦闘するうちに魔術の使い方に慣れていった。
そして、受けたダメージは、譲葉が回復する……のだが、カーク達が強くなったせいか、損害無しで先に進めるようになった。完璧な三位一体のコンビネーションが誕生したと言えるだろう。
――――――――――――異空間(牧歌風景)、最深部。
カーク達は石の道をひたすら歩き続け、やがて石畳が円形の広場になっている場所にたどり着いた。広場の直径は100メートルほどか。
「ねぇ、あれって」
譲葉は広場の中央を指差す。
「ああ。間違いない。あの仮面、おそらく前に遭遇した化物同様、倒せば無事に現実世界へ帰還できるだろうな」
「いわゆるボスキャラってこと? まだこちらには気付いてないみたいだね」
3人の目の前。広場の中央には大きな岩の巨人が立っていた。
巨人の上半身は直径5メートルほどの球体で、その下に小さい台形型の下半身 (大きさ2メートルほど)と、これまた小さい2本の足がついていた。
下半身に対して不自然に巨大な上半身の左右には岩でできた腕が2本。腕の先には人型の手が付いている。
そして球体の中央には、以前カーク達が遭遇した怪物と同じ、仮面状のプレートが付いていた。仮面の目には光が無い。おそらくカーク達の接近と共に光が灯り、動き出すだろう。
「いったん作戦を立てよう」
桜散は怪物がこちらに気付いていないのをいいことに、いったん離れて作戦を立てることを提案した。
「おっけー! カーク君は……って。カーク君?」
「……」
譲葉がカークを見ると、カークは無言のまま、右手で頭を軽く押さえていた。
「どうした? カーク」
桜散が心配そうに問いかけると。
「……A、Ah。……大丈夫だ。そうだな、いったん離れて、作戦を、立てよう」
カークは突然正気を取り戻したかのように声を発し、物陰へと歩き出した。
「「?」」
2人はカークの様子を不思議に思いつつ、彼の後を付いて行った。
3人は広場から少し離れたところに移動し、作戦を立てることにした。
「で、どうする? あの腕さ、叩かれたら恐らく一たまりもないでしょ? 私、正直避けられる自身が無いんだけど」
譲葉は遠くに見える怪物の腕を見ながら、2人に告げる。怪物の腕は胴体に比べれば小さいものの、太さは1メートル程度と、殴られればただでは済まない大きさだった。
「そうだな。いくら譲葉ちゃんの回復があるとはいえ、腕に殴られて一撃死、となってしまってはどうしようもない。なるべく遠距離から攻撃を仕掛けよう。カーク、何かいい案は無いか?」
桜散はカークに意見を求める。すると……。
「あいつは……動きが遅い、と思う。
……だから、俺が、あいつを引き付けて、その間にゆーずぅが氷魔術で下半身を攻撃して滑らせて。そんで、さっちゃは上半身に水流をぶつけて転ばせて。……そんで、その後は腕で掴みかかってくる、と思うから、そこで俺が最大級の炎をぶっ放す、ってのはどうだ?」
カークはたどたどしい口調で、作戦を説明した。
「この短時間で、ずいぶんと具体的な作戦を考え付いたな? それにあいつの挙動を幾分か理解しているような……まさか」
カークの物言いに、桜散は思い当たる節がある。
「お前の考えてる通りだ、さっちゃ。あいつを見た途端、また頭の中に浮かんできやがった。
もっとも、俺が『見た』あの怪物と、今目の前にいる怪物は、若干色合いが違うみたいなんだが……」
カークは頭をかきながら、桜散の問いに答える。2度目とはいえ、彼自身もこの現象には困惑するばかりだ。
「2人が言ってるのって、さっき言ってた『変なイメージ』? デジャヴュってやつ? 確か前はそれで危機を切り抜けたんだっけ」
唐突に出てきたカーク達のやり取りの意味を、譲葉は瞬時に理解した。
「ああ。今のところ、これはカークだけの現象みたいなんだがな」
「ふーん。で、どうする? カーク君の作戦、私は悪くないと思うけど?」
譲葉はカークの作戦に賛成の様だ。
「俺は一応これでやってみた方が良いと思う」
「私は……正直半信半疑だ。カークのいう『イメージ』が本当にあっているか疑わしいからな。
ただ、下半身に攻撃を当てて転倒させるというのは悪くないアイデアだと思う。一旦、これでやってみよう」
こうして作戦を固めた3人は早速、仮面の怪物の所へ向かった。
そして3人の内、まずカークが怪物へと接近する。
彼が怪物との距離15メートルまで近づくと、予想通り怪物の仮面に光が灯り、カークの方へとゆっくり近付いて来た。
「……あいつの言った通り、動きが遅い。確かにこれならうまくいきそうな気がするな。
さて、譲葉ちゃん、頼んだぞ」
カークの反対側、怪物の裏側に陣取った桜散は小声でそう呟く。彼女達は怪物から30メートルの距離にいた。これは譲葉の魔術が届くギリギリの範囲だ。
「おっけー。任せて」
すかさず譲葉は氷の風を両手から放つ。風はブリザードとなり、怪物の下半身へと命中! そして怪物の足、下半身へ凍結が広がっていく。
同時に、怪物の動きが鈍くなった。
(いける!)
桜散はそう思い、
「はぁーっ!」
手からありったけの力を込めて、水流を発射する。
高速水流が、怪物の上半身に命中した。
そして怪物はバランスを崩し……カークのいる方に倒れ込んだ。周囲に鈍い音が響く。無論彼は下敷きにならないよう、走って怪物を避けていた。
倒れた怪物はその場で上半身をゴロゴロと転がし起き上がろうともがいているが、起き上がれない。
「はぁーっ!」
「ムムムー!」
桜散と譲葉は、そのまま水流と吹雪を倒れた怪物に打ち込み追撃した。それを見たカークは、自分も攻撃しようと怪物へと近づこうとした、その時だった。
突然、それまで倒れていた怪物が、両腕を自身の目の前で振り回す……だが直後。
「……来たっ!」
カークの両腕から魔術陣が出現! 火炎放射器のように勢い良く炎が噴出! 強力な炎の旋風は怪物の両腕を炙り、そのまま押し返す!
「Ahhhhhhh!」
カークは間髪を入れずに炎を出し続ける。
すると、両腕は炎の高温に耐えきれず爆発四散!
「Ahhhhhh!」
だがカークは魔術を止めない!
両腕にありったけの力を籠め、炎を怪物めがけて噴射する。すると炎の奔流が、怪物の仮面めがけて突き進むとそれを呑み込み、そして、肉が焼けるような音と共に怪物の仮面が熱で溶解!
「グゴォォォォォォォ!」
怪物が断末魔の咆哮をあげ、腕をガクンと地に落とした。
動きを止めた怪物の体はぼろぼろと崩れていき、最後は塵となって消える。
同時に、周りの景色が歪んでいった……。
――――――――――――夜。
「「はぁ、はぁ、はぁ」」
桜散と譲葉の呼吸音が同調する。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。やった、なぁ! さっちゃ! ゆーずぅ!」
カークは息を上げながら2人の名を呼ぶ。3人は大学の敷地に戻ってきていた。大学内にある時計の針は、吸い込まれた時からほとんど変化していない。どうやら、異空間では時間の流れが現実世界と異なるようだ。
「また……現実世界に戻ってこれたようだな」
桜散は周囲を見回した。敷地に点在する照明の周囲を覗くと、大学内は真っ暗だ。
「そうだねぇ。あっ、お洋服がちょっと焦げちゃってる……どうしよ」
カーディガンを見た譲葉は、気まずい顔をした。カークの炎が強すぎたせいか、若干焦げ目のようなものができてしまっている。こればかりは魔術でもどうにもならない。
「Whoa!? やべぇ! すまねぇゆーずぅ! どうお詫びしたらいいものか……」
譲葉の言葉でカークの顔面から血色が引いていく。お金持ちの家の服を、よりによって自分が痛めてしまったのだ。
「あっ! だ、大丈夫だよ! カーク君! 弁償して、とは言わないから、ねっ? これは、不可抗力だよ! 仕方ない、仕方ない……あははっ。
まぁ、お父さんとお母さんには、何とか誤魔化すから、心配しないで、ね?」
冷や汗をかくカークを慌てて宥める譲葉。
「O、Oh……」
思わず力が抜け、カークは腰が抜けてしまったのだった。
それから少し時間が経ち、3人はようやく落ち着きを取り戻すと、今後について話し合った。
「どうするさっちゃ? これ、母さんにどう言い訳したものか」
「取りあえず、帰り道でちょっと汚した、とでも言っておけばいいんじゃないか?」
「そうだな。Ah……」
カークはため息をつきながら答える。譲葉の件は何とかなったとはいえ、自分達の服の言い訳も考えなければならないのであった。
そしてその後3人は解散し、詳しいことはまた後日話すことにした。カークと桜散は譲葉と別れ、李緒の待つ家へと帰った。
「あら、遅かったじゃない? 晩御飯、冷蔵庫に入れちゃったわよ」
李緒が出迎える。
「母さん。ただいま。晩御飯温めて食べるよ」
カークは何事もなかったかのように李緒に挨拶した。
「分かったわ。……ん?
それにしてもカーク、何か焦げ臭くない?」
李緒はカークの服の焦げ臭いにおいを訝しむ。
「A、いや、これは、その……。か、帰り道で木か何かを燃やしてる煙を浴びちゃってさ、その匂いが多分ついちまったんだと思う」
「ふーん。まぁ、服はさっさと洗濯機に入れてらっしゃい。あと私は風呂に入るから」
「E、A? ああ。分かったよ、母さん」
慌てて弁明するカークであったが、李緒はそれ以上詮索せず、そのまま脱衣所へと向かっていった。カークは李緒が服の焦げについて聞いてこなかったため驚いた。
「李緒さん、あれはわざと見逃した感じな気もするが……。まあ何にせよ、よかったなカーク。何とか誤魔化せて」
桜散は小声でカークに耳打ちした。
「そうだな。取りあえず、今日はもう、休みたい」
カークはそう呟いた。
寝室。カークはベッドで横になりながら、自分の両手を見つめていた。
(3人とも、魔術が使えるようになった。どうなってんだ?)
カークは今日の出来事を思い出していた。
(それにあの戦いのイメージ、正直最後の部分は嘘だ。本当はあの時腕に掴まれて、そんで、魔術に覚醒して)
カークはあの時見たデジャヴュを思い出す。実際はカーク自身は油断によって痛い目を見て、そして魔術に目覚めるというイメージだったが、既にカークは魔術を使えている。
(あの部分は前に怪物と戦った時も視たんだよな。
Ahー! もう! どうやってやがんだ、俺はよぉ!?)
カークはもやもやした気持ちを抱えてしまい、なかなか眠れなかった。
――――――――――――深夜。
一方で桜散も、カークの身に起きている現象について疑問を感じていた。
(また、あいつの言う通りに戦って……勝てた)
桜散は2度の怪物の戦いを思い出していた。
(あんな作戦を突然思いつくほどクレバーな奴だったか? ……例の『イメージ』、いや『デジャヴュ』と言った方が適切か)
謎のイメージにより、カークは「魔術」なる力を覚え、識った。そしてまるで追体験した戦いであるかのように立ち振る舞い、異空間の怪物を自分達と共に打ち破った。
(魔術については、あいつの方が先を行っている……。
本当に本当に、何も知らないんだよな? 大丈夫、なんだよな?)
心を許した数少ない存在が、1年前から自分に対し何か隠し事をしており、更に自分が知らなかった幼馴染との再会を機に得体の知れない力やイメージを手にした挙句、どんどん自分の知らない方向へ向かおうとしている。
そんな様子を見続けるしかない彼女の内面には、恐れと不安が入り混じっていた。