第24話『居候と、幼馴染と』
[あらすじ]
大学初日に助けた少女、譲葉はカークの幼馴染。そんな彼女がなぜ行動に及んだのか。譲葉が口にしたその理由は、カークが予想だにしていないことであった。
カークは早速桜散に相談し、3人で解決策を練ることに……。
第24話『居候と、幼馴染と』
3日目
――――――――――――朝。
朝の10時過ぎ。カークは、喫茶店で席をとり譲葉を待っていた。
(10時って言うと、開店直後だよな。ちょうど空いてる時間帯)
カークがそう考えながら待っていると、入口から譲葉が入ってくる。すかさずカークは手を振り、譲葉に合図した。それを見た譲葉はカークのいるテーブルへ向かい、カークの向かいに座った。
「おはよう、ゆーずぅ」
「おはよう、カーク君。あ、これアドレスね」
挨拶を交わす2人。早速昨日連絡した通り、メールアドレスを交換した。
「OK。こうして面と向かって会うのは久しぶりだな」
「そうだね。まずはコーヒーでも頼んで、それから話をしない?」
カークはブラックコーヒーとパンケーキを注文した。対して譲葉はソフトドリンクとショートケーキを2つ頼んだ。しばらくすると注文していた飲み物とスイーツが運ばれてくる。
カークは無言でブラックコーヒーを呷ると、メープルシロップがかかったパンケーキを口直しに咥えた。譲葉も同様に黙々とケーキを齧る。
テーブルに向かい合いながら、黙って軽食を取る2人。奇妙な光景が十数分間続いた。
「ふう、美味しかった」
先に沈黙を破ったのは譲葉だった。料理の到着順はカークの方が先だったが、食べ終わりは譲葉が早かった。
「それでカーク君。早速本題に入るね?」
「あ、ああ……。分かった」
譲葉に遅れて食事を終えたカークは、返事を返す。
「実は私、今許嫁がいるの」
「許嫁!?」
カークは動揺した。目の前のブラウンでハーフアップの可愛い女の子に見知らぬ男がいるイメージを想像する。
「パパとママがさ。早く身を固めなさいっていうの」
「Eh? すまん。ゆーずぅって……今いくつ?」
「……18歳。大学1年生だよ」
譲葉は目つきこそにこにこしているものの、口元は軽く歪んでいた。
「Ahn? 早すぎね? 10代で結婚とか、ちょっと……」
カークはドン引きした。
「私も反対したよ! でもっ、聞いてくれなくて。
なんでも、許嫁を提案したあちらの家の人が、私のパパとママの命の恩人なんだって」
「Uhm……そんな事情なのか」
「それでさ。何もかも嫌になっちゃって。……許嫁というけど、私1回も会ったことが無いんだよ? 見知らぬ相手と強引に結婚させされる身にもなってみてよ?」
「……それで、あの時飛び込もうとしたと」
「笑えるよね。ホームドアがあることをすっかり忘れていたんだから。それで間抜けなことになって。でも」
譲葉はそこまで言うと、カークに目を合わせた。
「そんな私を、カーク君は助けてくれた」
「おかげで俺は周りからドン引きされたけどな」
「それでも、だよ。
……で、その時思ったのっ! カーク君なら、私の今の状況を何とかできるんじゃないかって」
「おいおい! 俺を買いかぶり過ぎだ。何年も会ってねぇのにさ。 それに俺に金持ちの家の問題とか、どうにかできるとは思えないんだが……」
「うーん……何となく、そんな気がしたの。女の勘……ってやつ?」
譲葉は再度確認するように言った。
「勘……ねぇ。……まさかな」
譲葉の言葉を受け、カークの脳裏に先日起きた状況が一瞬よぎった。
「……まぁ、やれるだけやってみるか」
「ふふっ! ありがと! カーク君!」
譲葉は笑顔を見せた。それにつられてカークも思わず微笑む。
「相談できそうな人がいるから紹介する。ここからはちょっと遠いんだが、時間大丈夫?」
カークは携帯端末を取り出すと、素早くメールを打ち込んだ。
「もっちろん、問題ないよっ! 行こっか、カーク君!」
2人は喫茶店を後にした。
――――――――――――昼。
喫茶店を出たカークは、譲葉と共に自宅近くの公園へと足を運んでいた。
「そろそろかな……」
カークはメールで呼び出した人物を待つ。すると。
「おい、カーク」
桜散がやってきて、カークに声を掛けた。
「来たか、さっちゃ」
「話は聞いたぞ。……彼女が譲葉さんか?」
桜散は譲葉の方を見て、不思議そうに尋ねる。
「そうそう。前言った幼馴染だよ」
「なるほどな。この子が譲葉ちゃんなのか。ふむふむ」
桜散は顎に手を当て、譲葉を観察する。
「ゆーずぅ、この子はさっちゃ……じゃなかった。桜散だ。俺の知り合いで、訳あって俺の家に居候してる」
舐め回すように譲葉のことを見る桜散の横で、カークは譲葉に紹介する。
「へぇ。桜散さん、よろしくお願いします」
譲葉は桜散に挨拶をした。
「あ。よろしくお願いしますね、譲葉さん」
桜散は口調を変えて譲葉に挨拶する。彼女は目上の相手や初対面の人には猫を被る。
「お前……普通に女の子らしく話せるなら、普段俺にもそう話してくれればいいのに」
可愛らしい口調で譲葉に話しかける桜散に対し、カークは苦言を呈した。
「女の子らしくってのはちょっと古い考え方だな。私的にはこういう喋り方が気楽でいいからこうしてるんだ」
「お前なぁ……」
カークは気まずそうに頭を掻いた。
「ふふっ。2人とも、とても仲がいいんだねっ」
仲良く会話を交わす2人を見て、譲葉は微笑んだ。
「まあ、腐れ縁ってやつだからな。何だかんだ言って仲がいいと言われたらそうなんだろう……多分」
カークは茶化しとも取れる譲葉の問いに対し、まんざらでもない様子で答える。
実際些細なことで揉めることこそあれど、この2人の間に大きな争いは無かった。カーク自身も桜散の喋り方や、彼女との奇妙な同居生活に、実際あまり不満はなかった。
「桜散ちゃんとカーク君はいつぐらいからの縁? ちょっと気になった」
「うーん……そうだな。……高校1年からの縁だ」
桜散は譲葉の質問に対し、少し間を置いて答える。口調もいつものそれに戻っている。譲葉相手に素の自分を出しても問題無いと判断したということか。
「何だ? 今の変な間は」
桜散の様子をカークは疑問に思った。
「気にするな。彼女の件の事で少し考え事をしていたんだ」
「そうか……すまん。邪魔した」
考え事で少し黙るのは、桜散にはよくあることだった。彼女の思索に邪魔したことについて、カークは少し申し訳なく感じた。
その後、3人はカークの家に向かい、状況を整理することにした。
「つまり譲葉ちゃんには許嫁が居て、無理やり婚約させられようとしているから、どうにかできないか……ということだな?」
「YES。俺1人じゃどうにもならなそうだから、さっちゃに意見を求めようと思って」
カークと桜散、譲葉の3人は彼の家に集まり、一階の居間でテーブルに座りながら情報交換をしていた。
「単刀直入に言おう。私でも無理だ」
「だよなぁ。普通に考えて無理だよなぁ」
桜散の返事に、カークはさもありなんと感じた。
「どうにかならないですか?」
譲葉は思わず涙目で桜散を見た。
「譲葉ちゃんも分かっていると思うが、相手の力が大きすぎる。お金持ちの家、それも2つを相手取るなんて、一個人じゃ無理だ」
「すまねぇゆーずぅ……」
気まずそうな顔をしたカークは、そのまま黙ってしまった。
「……」
そして無言で桜散の答えを聞く譲葉。
すると、そんな重苦しい空気を打破したくなったのか、桜散は再度口を開いた。
「……ただし、普通に譲葉ちゃんの両親と許嫁、そして許嫁の両親。これらを何とか説得するだけなら、私達でも何とかなるはずだ。
譲葉ちゃん、婚約ってのは、政略結婚だったりする? 例えば、譲葉ちゃんの家がお金に困ってて、それを助ける見返りに結婚するとか」
そして桜散は譲葉に、縁談の『動機』について尋ねる。
「い、いえ……。そういうのでは無いです。どうやらあちら側のご両親が私のパパとママの恩人だったらしく、その関係から縁談に応じたみたいで」
譲葉は桜散に、自分の家と許嫁の家の関係を説明した。
「つまり普通の縁談と何ら変わらず、面子が如何たらという話でもなさそうだな。なら話は早い。……そんな訳の分からない相手との縁談なんて断ってしまえばいい。仮に断ったところで両家に損害は無い訳だし、よほど酷い断り方でもしない限りはまずいことにはならないだろう」
桜散はきっぱり断言した。
「なるほど……それなら俺達でも行けそうだな。ゆーずぅの話を聞くに、ゆーずぅのご両親は梃子でも動かなさそうだから、まずは許嫁の方から行く感じ?」
桜散が提示した案を聞いて希望を取り戻したのか、カークは早速作戦を考える。
「だな。恩人からの頼みとなれば、断りづらいのが人の心理。話を聞く限りだと、まずは許嫁やその家族側を説得した方がいいと私は思う」
「そっか。……良かったぁ。ありがとう、桜散ちゃん!」
譲葉は桜散にお礼を言う。
「……どういたしまして」
桜散はそう言いながら、テーブルの上のリモコンを取り、テレビの電源を入れた。
すると、全国版のニュース番組が流れていた。その内容は……。
『昨日未明、井尾釜市緑区で、○○さんの行方が分からなくなっているとの通報があり、警察が現在行方を捜しています――――』
カーク達が住む、井尾釜市で行方不明者が出ているというニュースだった。
『井尾釜市ではここ数週間、行方不明者の数が急激に増えており、警察は事件性も視野に入れ――――』
「……行方不明者か。 こんなんニュースにするほどのことか?」
カークは訝しんだ。人1人行方不明になる程度なら、全国ニュースになるほどの話題でもないだろう。
「あれ? カーク君知らないの? 最近この街で行方不明になる人が増えているってテレビや新聞でやってるよ? インターネット上でも話題になってるし」
「What‘s!? そんなの初耳だぞ? さっちゃは、さっちゃは知ってたのか?」
譲葉から寝耳に水の情報を聞き驚愕するカーク。彼は桜散に思わず問い質した。
「一応、ネット上のニュースサイトを見ているからな。知ってる。何でも今月に入って20人目で、このペースは異常だと専門家が言っていたな」
彼の問いにあっさりと返事を返す桜散。どうやら知らなかったのはカークだけのようだ。
「何だ? 拉致事件か何かかな? ほら、よく言われてる、あの国の」
「さあな? そこまでは私にも分からん。というかカーク。お前ちょっと世間を知ら無さすぎだぞ。時事問題くらいは関心を持った方がいい」
桜散はカークにそう忠告した。
「俺は政治と宗教と金の話題が嫌いなんでね。……hn」
だがカークはふくれっ面をし、耳をふさぐ仕草をした。
「……そうだったな。すまん」
カークの聞かざる態度に、桜散は黙ってしまう。
「……?」
腫れ物に触ったような桜散の様子を見て、譲葉は不思議そうにしている。
「……はぁ」
こんなことなら知ってる振りをすればよかったと、カークは内心思った。
――――――――――――夕方。
「譲葉ちゃん。今日はもう遅いし、許嫁との連絡についてはまた今度話そう」
桜散は譲葉に問いかける。外を見ると、日が暮れ始めていた。
「ん……そうだね。カーク君、桜散ちゃん。今日はありがとう。またよろしくね」
「おう! そういやお前、大学1年生だよな? 井尾釜国大?」
「そうそう! 経済学部なの。もしかしてカーク君も?」
「いや。俺とさっちゃは理工学部だ。大学は同じだけど」
「それじゃあ、また放課後に会ってお話しない? 良いでしょ?」
「分かった。じゃあ、また大学でな」
「譲葉ちゃん! またね」
「はーい! またねっ!」
譲葉は帰って行った。
「ふぅ。今日はゆーずぅと話が出来て良かった」
カークは胸をなで下ろした。
「ただいまー!」
入れ替わりで李緒が仕事から帰ってきた。
「母さん。お帰り」
「お帰りなさい。李緒さん」
2人は李緒を迎えた。
「ねえカーク、さっき女の子がうちから出てくるのを見たんだけど、誰?」
「ああ、彼女は」
「譲葉ちゃん。九恩院、譲葉ちゃんですよ。李緒さん」
カークが言いかけたところで、桜散が説明する。
「まあ、九恩院ってことは、あの子ゆずちゃん!? あらまあ懐かしい。いつ会ったのカーク?」
「この前帰りが遅くなっただろ? あの時会って家に招待されてた」
「あらまぁ! そうならそうと、早く言ってくれれば良かったのに~。私もお話したかったわぁ」
李緒は残念そうな顔をしながら言った。
「まあ。連絡先交換したし、またいつでも会えるよ」
「そうねぇ」
「母さん。そろそろ俺、寝るわ。おやすみ」
「あら、早いのね? 夕飯は食べないの?」
「いい」
「どうしたカーク。具合でも悪いのか?」
「いや、今日はもう疲れたんで。んじゃやすみ~」
2人にそう告げると、カークは二階の自分の部屋に行き、眠りについた。
4日目
――――――――――――朝。
「おい、朝だぞカーク」
「Ehー、今日は日曜だろ? ゆっくり寝かせてくれよ……」
「もう10時だぞ。昨日あんなに早かったのに、寝すぎは体に良くないぞ……?
それに、今日はお前に付き合って欲しいことがあるからな」
「Ah?」
カークは寝ぼけ眼で答えた。
――――――――――――昼。
カークは桜散の買い物に付き合い、井尾釜駅近くのデパートに足を運んでいた。
「えーと。私はまずは洋服を買いたい。カーク、付き合ってくれるな?」
「おいおい。女物の服なら、俺がついて行く必要なんて無かったじゃないか。何故に俺を起こした?」
「そりゃ、荷物持ちのために決まっているだろう? それについでに食材を買ってくるよう李緒さんに頼まれたからな。洋服と食材、両方運ぶとなると私1人じゃ荷が重い。だからお前に手伝ってもらおうと考えた」
「なるほどな」
そこまで説明されたカークは、自分が呼ばれた理由を理解した。2人は、エスカレーターでデパートの二階へ向かう。
その後、カークは桜散が服を買うのを手伝った。といっても彼の役目はあくまで荷物持ちなので、彼女が服を買って持ってくるのを階段のそばで待っているだけだ。
「おまたせ。待たせたな」
桜散が服を買い終え階段の方へとやってきた。パンパンに膨らんだ大きな袋を両手に抱えている。
「俺は食料を運んで、お前は服を運ぶ……でいいんだよな?」
カークは桜散の持つ二つの袋を下から軽く持ち上げてみた。布の塊しか入っていないはずなのに、確かな重量を感じる。
「ああ。よろしく頼む」
「それにしても、こんだけ買うんだな。いつもそんな仕草一つ見せないのに」
カークは袋の中身を見ながら、桜散に声を掛ける。
「失礼なっ! 私だって綺麗な服を着たくもなる。大体、私は毎日服装を変えているのに全く気付いていなかったのか?」
「服なんてどれ着たって同じだろ。よっぽどケバいもんじゃない限り」
「むぅ」
軽く顔を膨らませる桜散に対し、カークは興味無さげに言い放った。
カークと桜散。2人の私服に関するセンスは正反対だった。
カークの私服は灰色と茶色、黒が基調で、あまり目立たないものばかりだ。一着1000円程度で買える安物に不満に感じたことは無かった。
対して桜散の私服は色彩に富み、なおかつお洒落だ。毎日の服装を自前でコーディネートしているうえ、一着5000円以上掛かっている物もある。
今日の桜散は薄い水色のワンピースを着ている。ワンピースの袖と裾にはフリルが付いており、お洒落だ。そして前髪には彼女お気に入りの黄色い髪飾り。黒のセミロングヘアが服装と相まって清純さを醸し出していた。
「なんなら見繕ってやろうか? センスの無いお前に代わって、私が選んでやろう」
「……Hh、悪かったな、無くて」
互いに嫌味を言い合いつつも2人の間には、他の誰もが割って入れない不思議な雰囲気が醸成されていた。
「さて。そろそろ食材を買いに行こうではないか、さっちゃ」
「そうだな。行こうか」
先ほどまでの嫌味の言い合いは何処へやら。カークと桜散は階段を下り、すぐ下の食材売り場へ向かった。
そして、李緒が用意したメモの通りに買い物を進めた。
「……これで全部だな。買い忘れは無いよな? 多分」
カークは李緒のメモを確認した。彼女のメモは殴り書きされており非常に読みにくい。彼は米国人とヒノモト人のハーフだが、母親のヒノモト語を聞いて育ったためヒノモト語の読み書きにほとんど支障は無い。
おそらく普通のヒノモト人が李緒のメモを見ても、カーク同様読みにくいと感じただろう。
「無論だ。人参、じゃがいも、玉ねぎ、豚ロース肉、ごぼう、こんにゃく、里芋、白ねぎ……これで全部だ」
桜散はカウンターで食材をビニール袋に詰めながらカークの問いに答えた。
ふと。桜散の言葉を聞いたカークは今日の夕飯について推理し始める。
「うーん。前半だけ見ると肉じゃが、か……?」
彼の推理はさらに続く。
「A。Eh、肉じゃがじゃなくて……豚汁? うーん分からんな」
カークは迷う。後半の食材も、醤油仕立ての煮物と考えればあり得なくはないのだ。
しかしそんなカークの逡巡も、桜散の一声で呆気なく終わりを迎える。
「時間切れだ、カーク。正解は……けんちん汁と豚の生姜焼きだ」
李緒にあらかじめ献立を聞かされていた桜散は、どや顔で種明かしをした。
「A-っ! そうかっ!確か冷蔵庫に木綿豆腐があったな。前半がなまじ肉じゃがっぽいから……これは盲点だった」
カークは口を大きく開きながら、頭に右手を当てる。
「そうだ。アレの賞味期限がそろそろ切れる。私の言い方が若干引っ掛けになってたな」
桜散はそういうと、袋詰めを終える。
「ふむ。まあ良いんじゃね? 普通に美味しそうだ」
カークは、1人納得した。
「さて、持ってくれカーク。私は服を持つ」
「ほいよっ」
カークは桜散と手持ちの袋を交換すると、デパートを出て地下鉄の駅へと歩き出した。
「しっかしお前、これなら俺が服を持った方が良かったんじゃないか?」
カークは空いた右手をぶらぶらと揺らしながら桜散に尋ねる。桜散は両手に、カークは片手に袋を持って歩道を歩いている。彼女が持つ袋の重さを彼は知っている。
「服の価値も分からんようなお前に、私の大切な服を持たせる訳にはいかないな」
「食べ物は良いのかよ?」
カークは橋の上で立ち止まった。
「まぁ……そうだな」
「いいから気にするな。……これも、いい運動に、なる、さっ!」
桜散は息を切らすことなく袋を抱えると、そのまますたすたと、早歩き気味に歩きだした。
「A……」
唐突に引き離されたカークは、慌てて桜散の後を追いかけた。
……桜散はカークに比べて何でもできた。頭脳は明晰、まさに秀才。同じ理工学部でありながら、彼女の授業の話題にカークは全くついていけなかった。ちなみにカークは化学・生物系、桜散は物理・数学系の学科だ。学科の違いも無関係ではないはずだ。
運動についても、彼女が人一倍バイタリティあふれているのに対し、カークは少し走っただけで息が上がる体たらくだ。
「Hm……」
桜散に食らいつきつつ、カークは物思いにふける。
「どうした? カーク。浮かない顔をして」
後方で無言になったカークの様子を見て、桜散は思わず振り向き、問いかけた。
「あっ! いやさ。ほんとお前はすごいなぁって。……俺なんか全然だからさ」
「……そうか」
「お前にそう言われるとますます気が滅入る。ほんっと、良いよなお前は。いろいろできてさ」
「……」
桜散は気まずそうな顔をして黙ってしまった。その様子を見て、カークもなんとも言えない気持ちになった。
桜散はカークの事が心配で仕方なかった。何せ突然の謹慎に留年だ。ただ事ではない。
「……」
カークは大学で暴力沙汰を起こしたのだという。だが、目の前の彼がそのようなことをする人物ではないというのは、桜散自身が一番よく分かっている。
(あいつがそんなことをするとは思えない。……おそらく、あいつは何か隠している)
女の勘……その表現も古いのだろうか。カークから聞き出そうとしても、露骨な会話の打ち切りで避けられてばかり。桜散の強気な態度に思わず悪事を隠せないようなカークが、この件に限っては別格なのだ。
その様子はまるで、彼女をこの件に巻き込みたくないと言わんばかりのものだった。
「……」
そして彼の心の内を明るみにできないまま、1年が過ぎた。
「……」
今日もこうして、彼女はカークに対しモヤモヤを抱えたまま。
互いに相手について考える中、2人は駅に着き、ちょうど来ていた電車に乗り込んだ。
「……」
「……」
電車の中でも、2人は黙ったままだった。
そんな中カークは、一昨日のことを思い出そうとした。
――――突如迷い込んだ謎の異空間。そこにいた変な怪物。そして突然魔術に目覚めた己と桜散。これらの出来事が幻などではないということは、今日になって現れた筋肉痛が証明している。
(あれは、何なんだ……? そういえば、譲葉が最近行方不明になる人間が多いって言ってたな。あの空間と何か関係があるのか?)
カークは思いを巡らせるも、何かが引っかかる。
(俺の力と言い、ゆーずぅのことといい、何なんだよ……! 嫌なこと、面倒なことがどんどん増えやがる)
カークは自分の身に降りかかる面倒ごとにいら立つも。
「……Hh」
それを憤りとして表出する気力すら湧かず、ただため息をつくばかりであった。
一方桜散も、頭の中で思いを巡らせていた。
(カークの留年の真実は一向に分からない。そんな中、あいつは突然頭に浮かんだと言って魔術を使った……留年の件と魔術に、何か関係があるのか?)
桜散はカークの一件に魔術が絡んでいるのではないかと考える。
(いや、そんなのはあり得ない。仮にあいつが前々から魔術を使えて、それで暴力事件を起こしてしまったのだとしても、あいつが下手人だと立証できるはずがない。……魔術なんて『存在していなかった』のだから)
だが、その考えは『そもそも魔術が一般に認知されていない』『魔術による事象を立証する手段がない』という常識的範疇の問題であっさり否定された。
(それに1年前から使えたにしては、あの時あいつはかなり動揺していたからな……。1年前は行方不明事件も無かったし、やはり今回の件とは無関係そうだな……うーん)
桜散は考えを巡らすも、結局電車を降りるまでに結論は出なかった。
2人が家に着いて荷物をそれぞれ下ろすと、李緒が出迎えて来た。
「お帰りなさい。ご苦労様」
「ただいま、母さん。今晩は生姜焼きとけんちん汁だよね?」
「そうそう。ちょうど豆腐が残ってるから、使っちゃわないと」
カークと李緒が会話をしている横で、桜散はテーブルに座り、麦茶を啜っていた。
「ふう。やはり運動の後の水分補給は格別だな」
「あっ! 俺も飲む」
カークもグラスを用意するとテーブルに座り、桜散に合わせるように麦茶を飲み始めるのだった。
「……ふぅ」
「……Hh」
2人は一息つくと、そのまま椅子にもたれ込んだ。
――――――――――――夕方。
夕飯まで時間があったため、カークと桜散は昨日譲葉と来た公園へと向かった。
「ふぅ……。今日は買い物に付き合ってくれてありがとうな、カーク」
桜散はベンチに座り仰向けになっていた。カークも同様だ。
「どういたしまして。晩御飯、楽しみだなぁ……」
「そうだな……。……ん?」
2人がベンチでくつろいでいたその時だった。
ベンチの後方、木の茂みの奥の方に桜散は奇妙な気配を感じた。
まるで、誰かに見られているような……。
「おい。カーク」
「ん? どうしたさっちゃ」
「……向こう側から、変な気配がしないか?」
「What‘s!? またあの空間か!?」
「いや、違う。……さっきから、誰かに見られてるような」
「Hh!? そんな馬鹿な」
ガサッ!
突如茂みから音がした。
「Whoa! さっちゃ! あれっ!?」
「……確かに音がしたな。ちょっと見てみるか」
桜散が確認しようと立ち上がったその時、彼女の携帯が振動する。
「ん、李緒さんからか。ふむふむ。カーク! 晩御飯ができたから、早く戻ってくるようにと。物音の件は気がかりだが、仕方ない。そろそろ戻ろう……カーク?」
桜散は茂みに視線を向けたまま固まっているカークの身体を揺さぶった。
「A! いや。ちょっとやっぱり気になるんで、俺は確認してから帰るよ」
カークは物音が気になるようだ。
「……分かった。まぁ一応、気を付けろよ?」
「分かってるって」
桜散は先に帰って行った。
カークは1人になった後、しばらくベンチの後ろの繁みを凝視していたが、やがて起き上がり繁みへ近づいて行った。すると。
ガサガサガサッ!
カークの接近に呼応し、繁みが音を立てた。彼はこの瞬間、奥に人間がいると確信した。
そして、繁みの中へと突入した。
「うりゃ!」
ドンッ!
「グワッ!」
カークが繁みの中に体当たりの構えで飛び込むと、何かに当たり、彼のものではない声がした。
同時に、妙にガタイのいい年老いた男が繁みの後ろから駆け出す! 男はごついトレンチコートを着ており、周囲の風景に溶け込んでいない、あからさまに不審な格好であった。
「A! こら! 待て!」
カークは逃げ出そうとする男に体当たりし、背後から倒して押え込んだ。
「うおぁ! いててててっ!」
「マジでいたのかよ! このストーカー野郎! ザッケンナコラー!」
「待て待て待て! 誤解だ誤解!」
「俺達をさっきからこっそり覗き見しといて、誤解も何もあるかぁ!?」
カークは老人の背後に乗っかり、彼の腕を自分の脇に通して固めた。
繁みの奥……普段人が通らない場所だったからよかったものの、傍から見るとただの老人虐待にしか見えない。
「分かった分かった! 逃げも隠れもせずに事情を話すから! 手を放してくれ!」
「本当か? 逃げるなら背後からさらに蹴りをお見舞いしてやるぜ! 爺さん」
カークはそう言うと、腕と背後の拘束を解く。老人は立ち上がると、服の土ぼこりを払った。
「ふぅ。全く、酷い目にあったわい」
「自業自得だ。……で、どういう理由で俺達のことを見てたんだ?」
「親として子供の成長を遠目に微笑ましく見ていたのですが……。確かに君の言う通り怪しい感じではありましたな、とほほ……」
男はがくんと肩を落とした。
「……ん? 親?」
カークは男の発言に耳を疑う。……親。確かにそう言った。
補足しておくと、カークの父親はこの老人ではない。カークの父親は米国人であり、今は米国に単身赴任中でヒノモトには居ない。更に言えば、目の前の男ほど高齢ではない。
カークと桜散のことを見ていて、カークの父親ではない。と言うことは……。
「あんた……まさかさっちゃのお父さんなのか!?」
「そうです! 私は住吉 理正と申します。桜散、住吉桜散の実の父親です」
男、理正はそう名乗り出た。
「そうだったのか! これは失礼しました……って!ちょっと待った! あんたがさっちゃの父親だってんなら、なぜコソコソとした真似を?
……理由次第じゃ、警察に突き出さなきゃなんねぇぞ?」
カークは理正に疑惑の目を向けた。
「ま、待ってくれ! ……あの子が自分の親について、君に話したことはありますかな?」
襟元を掴み詰め寄るカークに対し、理正は意味深長な言葉を発した。
「いや。……というか、親がいるなんて話を一度も聞いたことが無かったな。何か訳ありな気がしたし」
カークはそう言った。
カークと桜散との出会いは今から4年前に遡る。
4年前の春。桜散はカーク宅の隣にある空き家に1人で引っ越してきた。
高校1年生の女の子が二階建ての空き家で1人暮らし。しかも親の気配が一切見られない。明らかに異常な光景だった。
そんな様子を見かね、桜散に自分の家に住むよう提案したのがカークの母、高下李緒だった。それ以来彼女はカーク、李緒と同じ屋根の下で暮らすようになった。
そういう事情があったため、カークは桜散に親についての話を聞いたことが無かった。
聞いてはいけない……そんな気がしたのだ。
「私が彼女の目の前に現れればどういった反応を示すか。このことを考えると、出ていく勇気がありませんでした。こっそり君達を見ていたことは謝ります」
理正は頭を下げた。
「さっちゃに。あいつにこのことを話すのは」
「すみません……どうか、やめていただけませんかな? 私と君が会ったことは、彼女には内緒にしておくべきかと」
「なぜです?」
カークは疑問を投げかけた。
「彼女に、私についてどう思っているか聞いてみれば分かると思いますよ」
そう言うと理正は立ち去ろうとした。
「待てっ! あんたにはまだ、聞きたいことが幾つかある」
理正は立ち止まった。
「では、連絡先を交換するというのはどうでしょう? 私も先ほどのようにコソコソするのはやめにします。その代わり、彼女の様子を私に伝えていただけませんかな?」
「……分かった。それじゃアドレスを交換しよう」
カークと理正はアドレス交換をした。
「ん? doctr……? どこかで見たような」
カークは理正のメールアドレスに見覚えがあった。
「おや? もしや君はドクトルRシリーズをご存じですかな?」
理正は聞き返した。
「ドクトルR……! もしやあんた、いやあなたがドクトルR!?」
「はい。私がその、ドクトルRですよ」
その事実を聞いたカークは、目を大きく日開く。
「あ、ああっ! あの、その……。俺、入試の時、あなたの本にとてもお世話になりました。たくさん買って勉強しました! すごい分かりやすくて、本当に助かりました! ありがとうございます」
ドクトルRの名前を出されたカークは、それまでの態度を一変させた。彼はドクトルRの愛読者だったのだ。
ドクトルRとは、ヒノモトの高校生の間で有名な参考書のシリーズである。国語、数学、英語、物理、化学、歴史、地理……。多数の教科に渡って刊行されている。ドクトルRという謎の著者による解説が非常に分かりやすいと評判だった。
また、大学ごとの入試対策に特化したバージョンも販売されており、赤本と並び、受験生おすすめの1冊と言えるものだった。
「ほほう。私の本を使って、無事に大学へ入れたというわけですか。これは、作者冥利につきますなぁ」
理正は笑みをこぼした。
「それでは、また会いましょう。カーク君。私は大体ここにいるから、勉強で何か困ったらいつでも連絡して良いですよ?」
「ありがとうございます。では、また桜散のことで連絡するかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします」
メール交換を終えた2人は、それぞれ正反対の方向へと帰って行った。
――――――――――――夜。
夜。カークと桜散は、李緒が作ったけんちん汁と豚ロース肉の生姜焼きに舌鼓を打っていた。
「うーん。やっぱり美味いな、母さんの手料理は」
「そうだな。李緒さんは本当に料理が上手い」
2人はムシャムシャと、料理を口に運んだ。
「ふぅ、美味しかった。そういえば」
料理を2人とも食べ終えたところで、桜散がカークに尋ねる。
「結局あの後どうだった? 茂みの件について、報告を頼む」
桜散は思い出したかのように話題をカークに振る。
「あっ……それな」
「どうなんだ?」
カークは一言だけこぼした。
「何も。何も、居なかったよ。俺が見間違って無い限りはな」
理正の忠告通り、カークは理正のことを伏せた。
「……そうか。きっと小動物か何かだったんだろうな」
……また隠し事か。桜散は直感的に悟る。ただし、今のカークには留年の理由について聞いたときのような雰囲気は無い。しつこく詰めよればきっと真相を聞き出せるだろう。
(カーク……)
とはいえ、せっかくの団らんに水を差すような真似をしたくなかった桜散は、この件についても一旦棚上げにすることにした。
カークは結局、夕方の出来事を桜散に話さなかった。桜散は親のことで何か問題を起こしている。それは薄々カークも気付いていた。
しかしそれ故に、今の桜散に親について聞けば、何かが変わってしまう、壊れてしまうような気がした。
今の桜散との関係を壊したくなかったので、カークはまたしても嘘をついた。幸い桜散は、いつものように深く追及しては来なかった。
既に理正との連絡先は確保してあるのだ。また今度、また今度話をすればいい。カークはそう考えつつ、ベッドでまぶたを閉じた。
だが、この時のカークはまだ気づいていなかった。
桜散の中に、カークに対する不信感が少しずつ芽生えていたことに。
そしてこの不信感が、後に運命の大きな分岐をもたらすことになる。




