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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第一章「非日常との邂逅」
3/38

第3話『3人寄れば魔術師の知恵』

[あらすじ]

 午後の予定が空き、大学の図書館で一緒に勉強会をすることになったカーク達。勉強会の裏でカークは、桜散に発現した魔術のことについて調べる。

 そして夜になって勉強会を終えたカーク達は、講義棟の壁に見覚えのある黒い穴が開いているのを発見する。

第3話『3人寄れば魔術師の知恵』

5日目

――――――――――――朝。

「カーク。起きろ」

枕もとで桜散がそっとつぶやく。

 思えば桜散がこうしてカークを起こしに来るようになったのは何時頃からだろうか。

 少なくとも、彼女が彼の家に居候し始めて2年後、カークが高校3年生になった頃には既にこのような関係が成立していた。

「うーん、分かった」

カークは布団から身を起こし、桜散に連れられ1階に下りた。


「おはよう、カーク。朝ご飯は昨日の残りでいいわよね?」

李緒がカークに話しかける。

「うん、いいよ」

「はいはい」

カークと桜散は、昨晩のけんちん汁と生姜焼きの残りを食べながらテレビを見ていた。


『昨晩、井尾釜市港南区在住の××さんの行方が分からなくなっているとの通報を受け、警察は、一連の連続失踪事件との関連性を調べています―――――』

テレビはまた井尾釜市で起こっている失踪事件について報道していた。

「また例の失踪事件か? 世の中に疎かった俺が言うのもあれだが」

「そうだな。今月はこれで21人目、だな」

「ふむ」

 テレビのニュースがスポーツコーナーに切り替わったところで、2人は朝食を終え、家を出た。


 大学の正門を通った2人を迎えたのは、譲葉だった。

「おはよ! カーク君、桜散ちゃん」

「お、ゆーずぅ、おはよう」

「おはよう、譲葉ちゃん」

カークと桜散は気軽に挨拶を交わした。

「やっぱりここに通ってるんだな、ゆーずぅ」

「そうそう。そうだ! 昼休み一緒に食事しない? 桜散ちゃんもどう?」

譲葉は2人に一緒に昼食を食べないかと提案した。

「私は特に問題ないが、カークはどうだ?」

桜散はカークに問う。

「俺も大丈夫だ。昼は何処に集まる? 譲葉は確か経済学部だよな。俺達がそっちに行こうか?」

「あ、気を遣わなくても大丈夫だよ? 私がそっちに行くよ。確か講義棟Aだっけ? 理工学部の弁当屋が出てるのって」

「そうそう、そこだな。俺も2限目はそこで講義受ける。桜散は?」

「私は講義棟Bだが、2限目終わったらAに行くよ」

「なら決まりだね。2限目終わったら講義棟Aに集合。カーク君、桜散ちゃん、OK?」

「おう」

「分かった」

3人は昼食時に落ち合うことを取り決め、それぞれの講義へと向かっていった。


――――――――――――昼休み。

 昼休み。当初の予定通り、3人は理工学部の講義棟Aの1階で落ち合い、ベンチにそれぞれ座った。

 そして、カークは学内のコンビニで買ったグラタンコロッケパン (グラコロパン)とジャムパンを、桜散は学内の屋台で買った唐揚げ丼を、譲葉は講義棟内の弁当屋で買った幕の内弁当を、それぞれ食べていた。

「それにしても、午後の授業が休講になるなんてな」

 カークは右手に持ったグラコロパンを齧りながらつぶやいた。どうやら午後の講義が休講になり、今日はもう暇なようだ。

「教授の都合で休講、というのはよくある話だな。ちなみに私は、月曜日に午前中しか講義を取ってないので、元々暇だ」

 桜散は右手に容器を持ち、左手の箸で唐揚げ丼に付いているお新香をパリポリと食べていた。唐揚げは取っておく派らしい。

「あ、私はね。今日の講義はこれでおしまい! 本当は午後に1コマあるんだけど、再来週から開講なんだってさ」

 譲葉は右手に箸を持ち、鮭の切り身を口に運んでいた。膝に弁当を載せており一番食べづらそうだが、食べるスピードは3人中最速だ。

「つまり今日は3人とも午後、空いてるのか」

「そういうことになるな」

「そうだね~」

カークの台詞に2人は頷いた。


「んじゃ、午後さ、図書館行かないか?」

「へぇ。カーク君、勉強するの?」

「……ま、そんなところだな」

「へぇ、感心感心」

カークは譲葉の問いに答えたが、奇妙な間があった。桜散はそれを見逃さなかった。

「カーク、午後図書館に行くことについて異論はないが、後で話がある」

「ん、さっちゃ? 分かった。んじゃ図書館で話そう」

カークはそう言い、ジャムパンの最後の一欠片を口に放り込んだ。


 午後。3人は予定通り、大学内の図書館に来ていた。

「すまない、譲葉ちゃん。カークと個人的な話をしたいので、少し席を離れていいか?」

「ん? いいよ~。私はここで勉強してるから、話してきなよ」

「感謝する」

桜散は譲葉にそう話し、カークを図書館の外れへと連れて行った。


「おい、カーク。お前図書館に来たのはまさか……」

「そう、そのまさかだよ。ほら、魔術について調べるって言ってたろ? ちょうど午後が空いてるんだし、ここで調べちゃおうぜ」

カークは今から魔術について調べるつもりだ。

「待て待て! なら何故譲葉ちゃんを一緒に連れて行こうとした? 魔術のことは、私とカークの秘密、だったはずだ。彼女にバレたらどうする?」

桜散は慌てた様子でカークに耳打ちした。彼女は魔術の件が譲葉に露呈することを心配しているのだ。

「ああん? 大丈夫だよ。魔術の本を読んでたところで、まさか『魔術が使えるんで調べている』、なんて普通思う訳ないだろう。一般的に魔術は架空のものって扱いなんだからさ」

 カークは桜散の心配が取り越し苦労だと考えていた。更に場の雰囲気的に、譲葉を除け者にするのは厳しいだろうとも考えていたのだ。

「それは確かにそうだな、すまない。私はちょっと深く考えすぎていたのかもしれない」

「まあ、無理もないさ。実際に使えるお前の立場からすれば、ばれるのを恐れるのも当たり前だしな。前お前が言ったような危険性もあるわけだし。まあ、気にすんなよ。正直、俺もヤバいかなとは一瞬思ったし」

「そうか」

桜散は落ち着きを取り戻したようだ。

 2人は会話を終えた後、図書館で魔術についての本を何冊か探し、譲葉の所へ戻った。


「おかえり、2人とも」

「おう、ただいま」

戻ってきた2人を譲葉が出迎える

「すまないな。結構長い時間1人にしちゃって」

「大丈夫だよ桜散ちゃん。それより用件は済んだの?」

「ああ、一応終わった。あいつに、私が借りたい本について調べて貰ってたんだ。あいつの方が私より詳しい題材だったからな」

 桜散は譲葉に事情を説明した。嘘はついていない。実際彼女は魔術のようなファンタジー分野について、勉強ばかりの自分よりもライトノベル等に精通しているカークの方が詳しいと考えていたからだ。

「その借りたい本ってのは、カーク君が持ってるやつ?」

「そうだ」

譲葉の問いに桜散は答えた。

「えーと」

譲葉はカークが両手で持っている本に目を向けた。


「『魔術 理論編』、『魔術 実践篇』? へぇ~、魔術に興味があるんだ。桜散ちゃん意外だね~」

 譲葉は感心している。この本はカークが検索システムで「魔術」と打ち込み、探してきたものだ。本の中身はカークも知らない。

 実は彼、『本物の魔術』についてほとんど無知だった。とはいえ、この真実を桜散が知るのはずっと後のことなのだが。

「変な風には思わないのか? 魔術書だぞ? 荒唐無稽な、あの魔術だぞ?」

「うん、全然。桜散ちゃんって、てっきり勉強ばかりしているのかと思ってたんだけど、こういう本も読むんだなって思うと、可愛いなって思ってさ」

桜散の投げかけに譲葉は笑顔で答えた。

「グワー! ゆーずぅの笑顔が眩しすぎて、直視できない!」

 譲葉の満面の笑みに、カークは思わずたじろいだ。


――――――――――――夜。

 魔術に関する本を一通り借り、一応当初の予定通り勉強を終えた一行は、大学の構内を歩いていた。日はすっかり落ち、暗くなっている。

「しっかし遅くなっちまったなぁ。もうすっかり夜じゃんか」

「まあまあ、今日はとっても楽しかったよ、ありがとねカーク君」

「あ、いやぁ」

カークは頭の後ろに手を回し、照れるしぐさをした。

「そうだな、私もこうやって他人と話をしながら何かをするという経験は久しぶりだったから、楽しかったぞ」

桜散も満足しているようだ。

「そうか、そりゃよかったなぁ……ん?」

 カークは突然奇妙な気配を感じた。経済学部の講義棟の、裏の方から。


「む、どうしたカーク?」

「カーク君?」

 2人を横目にカークは異様な気配を感じた方へと近づいていった。すると、

「おいおいおいおい、まじかよ……」

 白い建物の外壁に、直径2 mほどの黒い丸。見間違えるはずがない。彼が3日前に見たものと同じような穴が、壁に現れていた。

「何、あれ……。黒い、穴?」

始めて見た異様な光景を前にして、譲葉は不思議そうな顔をした。

「またこの穴か。まさか、また見ることになるとはな」

 桜散は呆れていた。まるで、出会いたくないものに出会ってしまったような。

「え? また? 桜散ちゃん。前もあんなのを見た事あるの?」

桜散の「また」という言葉を、譲葉は聞き逃さなかった。

「あ、ああ。そうだ。前、って言っても3日前だが」

「そうなの?」

桜散は慌てて弁明した。譲葉は穴の方をきょろきょろと不思議そうに眺めている。


「Ahー、うーん、どうするか? これ、警察に通報した方がいいんじゃないか? 明らかにやばそうじゃん」

2人の会話にカークが割って入った。

「うーん、確かにそうだね。前見たときってどうしたの? 警察呼ばなかったの?」

譲葉は次にカークに問いかけた。

「それが、あの時はびっくりして、その場から逃げだしちまったんだよ。なあ、さっちゃ」

「あ、そ、そうだったな。私も正直、幻か何かだと思ったし、すごい動揺していたからな、アハハ……」

 桜散は冷や汗を流した。カークに釘を刺したのに、よりによって自分からバラしそうになるとは。迂闊であった。しかも、よりによって彼にフォローされることになろうとは。

「そっかぁ。へぇ、塗装とかじゃなくて本当に穴が開いてるんだね。中はどうなってるのかなぁ~?」

譲葉は壁伝いに注意深く穴へと近寄った。

「やめろゆーずぅ! 危ないぞ?」

「待って! 譲葉ちゃん」

穴に近寄る譲葉を制止しようとした、その時。


 スッ。

「え?」

 譲葉の左隣にあった穴が突如右へとスライドし、譲葉がもたれかかっていた壁の所へ動いた。そして、支えを失った譲葉は、そのままふらっと穴の中へと倒れていった。

「ゆーずぅ!」

「譲葉ちゃん!」

 その光景を見たカークは、迷いなく穴へと飛び込んだ。

「おい、待てカーク!」

桜散もカークの後を追って、穴の中へと飛び込んだ。

 その直後、穴は輪郭が揺らぎ始め、すぅーっと収縮して、消えた。


――――――――――――異空間。

 3人が目を覚ました時、彼らは異空間にいた。といっても、カークと桜散が以前飲み込まれた異空間は都市の廃墟だったが、今回の空間はそれとは異なる風景だった。

 一面の、草原。空は前同様真っ赤であったが、周囲には緑色の草が一面に広がっている。草原には間を縫うように石畳の道が敷かれており、絵画に描かれた草原のような風景だった。


「いったいどこなの? ここ」

一番に声を発したのは譲葉だった。

「俺に聞かれても困るよ。うーん、どうするさっちゃ? こうなってしまった以上、ゆーずぅにも例のこと、話した方がいいと思うんだが?」

カークは譲葉の問いに答えつつ、桜散に自分達の経緯を話すかどうか確認を求めた。

「確かに……そうだな。最早、彼女に隠し事をする意味もないだろう」

「んん~? 隠し事? 2人とも、ここについて何か知っているの?」

桜散の言葉に譲葉が食いつく。

「ああ、若干、はな」

「若干、って?」

カークが答えるも、どこかぎこちない返事だった。その様子を見た桜散が補足する。

「私達にもよく分からないんだ。実は、3日前に穴を見つけたときは逃げたと言ったが、あれは嘘だ。本当はあの後、穴に飲み込まれて、そしてここみたいな空間に迷い込んだんだ」

「そうだったんだ」

桜散から事情を聞き、譲葉は頷いた。

「ただ、ここは前飲み込まれた時とは風景が全く異なっている。もしかしたら前のとは違う空間なのかもしれないな」

桜散は冷静に分析する。


「そういえば、飲み込まれたって言うけど、それじゃどうやって脱出したの?」

「それは……」

「前入ったとこには、筒状の形をした化物が居て、そいつを倒したら脱出できた」

今度はカークが桜散をフォローした。

「え? 化物!? ここってそんなのがいるの? 嘘でしょ!?」

譲葉は驚いた。まさか、そんなことが現実であり得るのかと言わんばかりに。

「嘘も何もほんとだよ。あんときはマジで死ぬかと思った」

カークは身震いしながら話を続ける。

「奴は俺達を見つけるや否や、ガチで殺しにかかってきたからな。さっちゃが魔術に目覚めたから何とか倒せたけど、そうでなかったらマジで生き残れなかったわ。はぁ」

 カークはそこまで言うと、ため息をついた。


「え、ちょっと待って。魔術? 魔術って、漫画やアニメとかにでてくるあれ、でいいんだよね?」

カークの口から飛び出た思わぬ単語に、譲葉は自分の耳を疑った。

「ああ。口で説明するよりも、実際に見せた方が早いだろう」

呆然とする譲葉の様子を見た桜散は、腕を2人と逆の方に向け力を込めた。

「はぁっ!」

すると水弾が掌から少し離れた位置に生成し、彼女の叫びと共にどこかへ飛んで行った。

「まあ、こういうことだ。正直、これが魔術なのかは私にも分からん。一応言っておくと、外の世界でも使える。もっとも、周りに見られたときのことを考えて使っていないが」

「は、はぁ。私、今、状況に付いていけてないんだけど……。化物に、桜散ちゃんの魔術? でしょう? さっき魔術の本を借りてたのって、こういうことだったんだ」

譲葉は困惑を隠せない。

「ゆーずぅの気持ちはすごい分かるぞ。俺だってぶっちゃけ、動揺しまくりだもん」

カークは譲葉にそう語った。


「んで、どうするんだ? 化物探すのか? 多分前と同じようにすりゃ出られるんだろうけど」

カークは桜散に対し、これからどうするかを聞いた。

「ん、そうだな。ここでじっとしていてもしょうがないし、探してみるか」

桜散はそう言うと、道を歩き出した。

「あ、ちょっと待てさっちゃ! ゆーずぅはどうする? それに俺、今丸腰だぞ? 前使ってた鉄パイプは異空間に置いてきちまったし。何か出てきたら、お前に任せたいと思ってるんだけど」

カークは慌てて桜散を引き止めた。

「どうって、譲葉ちゃんはどうする? 私達についてく? それともここで待ってる?」

「あ、私も一緒についてく! 待っていてもしょうがないし、むしろこういうときはバラバラになるのは危ないと思うの」

譲葉は同行を申し出た。

「分かった。無理はするなよ? で、カーク。敵が出てきたらについてだが、お前が引きつけろ」

「えぇ!? でもさっき言ったろ? 俺丸腰だって」

「丸腰でも敵を引きつけることぐらいはできるだろう? それに、私の魔術は撃つときに隙が生じる。誰かが囮になってくれないと安全に戦えないんだ」

「分かった。んじゃ、頑張って敵を引きつけるよ」

カークは納得したようだった。

「敵が出たら、ゆーずぅは後ろに下がっててくれ」

「おっけー。それじゃ、出発!」

「「おー!」」

 譲葉の掛け声を切っ掛けに、3人は歩き出した。


 カーク、桜散、譲葉の3人は、石畳の道を歩いていった。カークと桜散が前方に出て、譲葉はその後方に守られるようにいた。

 赤黒い空と、黄緑色の草の対比が目に悪い景色を歩いていくと、3人の目前に、バスケットボール大の茶色い岩が3つあるのが見えてきた。岩の表面には、野球ボール大の黒い穴が開いている。

「ん? なんだぁ、ありゃ?」

岩に気付いたカーク。3つの岩は道路の中央に正三角形状に転がっている。

「岩、か? 怪しいな。カーク、先に行って様子を見てこい」

「What’s!? はいはい分かりましたよ。囮役だよね囮役」

 カークは半ば投げやりな態度で桜散の命令を聞き、岩に近づいた。すると、3つの岩が突然宙に浮いた。そして、岩の中央に開いた穴に赤い光が灯る。

「む!? 動いたぞこいつ!」

「やはり敵だったか。来るぞカーク! 譲葉ちゃんは後ろに下がって」

「うん! 分かった」

 カークはその場から後ろへ飛び退いて両腕を構え、桜散は右手を岩に向けた。

 2人が戦闘態勢を取るなか、譲葉は後方へと下がった。


 ヒュン! 3つの岩は一列になってカークの方へと突っ込んできた。

「Wow、危ねっ!」

カークはすかさずそれをかわす。同時に桜散が

「はぁー!」

右手から水弾を発射し迎撃する。

 ビュン! ビュン! ビュン! バシャ! バシャ! バシャ!

 3発発射した水弾は全て岩の列に命中した。狙いは正確だった。しかし、岩の勢いは落ちない! 桜散の方へ向かって一直線に飛行してくる。

「何!?」

驚く桜散。何ということだ。水弾が効いていない!

「危ないさっちゃ! 避けろ!」

カークの叫びで、桜散はすんでのところで岩達を避けた。しかし。

「あっ」

カークは気づいた。自分が避け、桜散が避けた。その後ろには。

「あっ」

譲葉も気づいた。カークが避け、桜散が避けた。その後ろにいるのは自分。しかし、回避しきるには判断が遅すぎた。

ドン! 

「ゆーずぅ!」

「譲葉ちゃん!」


 2人の叫びも空しく、3つの岩は一列に並んだまま、譲葉の腹部に衝突した。衝突音は1つだけだった。

「ぐ……」

譲葉はうめき声を出して仰向けに倒れた。衝突した岩達は再び分かれ、倒れた譲葉の周囲を浮遊しながらぐるぐると旋回している。

「ゆーずぅ!」

すかさずカークが譲葉の方へと駆け寄った。しかし、

 ヒュン! ドン!

「ぐぇ!」

 旋回していた3つの岩の内、1つがカークの元へと飛来、そのままカークの腹部に衝突した。カークは倒れず持ちこたえたが、その場から動けない。

 衝突した岩は、カークをかわすように移動し、桜散の方へと向かっていった。

「カーク! 譲葉ちゃん! ちっ!」

桜散は叫び、今度は水流を岩に向かって発射した。水弾でダメなら、ジェット水流だ。

 シャバババババ! 水流が岩に衝突する。すると、

 ビシッ! 岩に亀裂が入り始め……。

 パァーン! 大きな音と共に破裂した。岩の破片が宙を舞い、消えていく。


「さっちゃ……」

その様子を見てカークが思わず声を発する。

「はぁ、はぁ。どうやら、水流なら効くみたいだな……」

ジ ェット水流を発射した桜散は手を膝に付けた。彼女も今の魔術行使で消耗していた。しかし、岩はまだ2つ残っている。そして。


「うぅ」

 倒れている譲葉は目を覚ました。腹部に鈍い痛みを感じる。岩の移動速度は早かったが、彼女自身も不完全ながら回避行動をとっていたため、重篤なダメージは避けられたようだ。   

 彼女の目の前には、両手を膝につき息を上げている桜散と、腹部に手を押さえ、地面に膝をつくカークの姿があった。

「カーク君、桜散ちゃん、つぅ」

 痛みをこらえ、立ち上がる譲葉。その様子に反応してか、2つの岩が旋回をやめ、譲葉を挟み撃ちにしようとしてくる。

(ゆー、ずぅ……)

 カークは譲葉の方を振り返るも、痛みで動けない。そうこうして居る内に2つの岩は譲葉を挟んで向かい合い、譲葉めがけて突っ込んできた。哀れ、彼女はこのまま押しつぶされてしまうのか!?

(お願い、止まって!)

譲葉はしゃがんで頭を伏せ、飛来する岩を遮るように両手を広げた。

(止まって止まって止まって止まって止まって、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!)

譲葉はひたすら祈る。祈る彼女の手に、思わず力がこもる。その時だった。


 ヒューッ! 

 何と言うことだろう。彼女の両手から、突如氷混じりの風が強い勢いで吹き出したのだ。

「え?」

頭を上げ驚く譲葉を横目に、雪と氷の旋風は、岩に当たった。そして。

 ピキピキピキピキ……カチン! 岩は氷に包まれていき、動きが止まった。動きを止めた2つの岩はそのまま地面へと落下し。

 パァーン! 先ほど桜散が倒した岩のように、破裂音と共に粉々に砕けた。砕けた岩の破片は、たちまち風に流され消えていく。

「え、これ。なん、なの? っ! うぅ」

 譲葉は、自分の両手を眺めて呟いた。が、直後腹部の痛みを覚えた。

 彼女は両手でお腹を押さえた。無意識に手に力がこもった。すると手から白い光が発せられて、痛みが消えた。

「あれ? 痛みが、無くなった?」

掌から氷といい痛みの消失といい、今日の彼女には不可解なことが起こりまくっている。


「ゆー、ずぅ」

 譲葉が遠くを見ると、ようやく痛みから復帰したカークが、彼女に近づいてきていた。さらに遠くを見ると桜散もこちらに向かってきている。

「大丈夫か? ゆーずぅ!?」

「譲葉ちゃん! 怪我は大丈夫か?」

カークと桜散は譲葉に駆け寄り声をかけた。カークはまだ鳩尾を押さえていた。

「ううん、大丈夫。それよりも、カーク君、怪我は大丈夫? ほら」

譲葉はカークに手をかざし、力を込めた。白き光が、カークの傷を癒した。

「おお、痛みが取れた。ありがとゆーずぅ」

「驚いたな。氷の魔術に、それは……治癒魔術か? 君も魔術を使えたのか?」

桜散は譲葉に問う。

「分からない、分からないよ。桜散ちゃんは水の魔術を使えるようになったときはどんな感じだったの?」

桜散の質問に、譲葉は質問で返した。

「私の時も、今みたいに唐突に使えるようになっていた。原因は、分からない。この空間が何か関係しているのかもしれないが」

桜散はそう言うと、自分の両手をじっと見つめた。


「なぁ、深く考えるのは外に出られたらにしようぜ、さっちゃ。ところで、お前は大丈夫なのか? ゆーずぅに治してもらった方がいいんじゃね?」

桜散が考え始めたのを見たカークは、彼女の具合を心配した。

「あ、そうだな。私は特に怪我をしたわけじゃないし、大丈夫だ。魔術についてもまだ撃てる」

「そうか、それじゃ探索再開と行こうか、さっちゃ、ゆーずぅ」

「OK」

「分かった!」

 3人は探索を再開した。

 途中何度か、先ほどと同じ岩玉の怪物に遭遇するも、桜散が水流を、譲葉が吹雪を撃つことで撃退していった。

 桜散の魔術行使の隙を縫って譲葉が攻撃することで、隙を補う。戦闘経験皆無の譲葉であったが、数回戦闘するうちに魔術の使い方に慣れていった。受けたダメージは、譲葉が回復。


 譲葉が魔術を習得したことで、今やカークのヒエラルキーは最底辺だ。いつしか桜散と譲葉が前方に立ち、カークはその後ろをついていく状態になっていた。

「なぁ。これって、俺必要無くね? お前達2人でOKな状態な気がするんだが」

 カークはふと、自分の立場について疑問を抱いた。当然だろう。3人の中で1人魔術を使えず、しかも丸腰だ。

「丸腰でも、盾にはなるだろう。盾に」

「大丈夫だよ、カーク君! もし怪我しても、私が治してあげるから!」

2人からは完全に肉の盾扱いだ。

「おいおい……。まぁ、ゆーずぅがやられたらどうしようもないもんな! 回復役の防御はRPGでは鉄板だろうし」

 2人の様子にカークは呆れつつも、彼は盾役の役割を果たしていった。実際の所、彼は今の状況を半ばゲーム感覚で楽しみつつあった。

 もちろん、命の危険があること自体はカークも承知している。実際、譲葉が魔術に覚醒しなければあそこで終わっていただろう。だが、それでも、彼は。


 空想の世界にしか存在しなかったこの「非日常」を、心の何処かで待ち望んでいたのだ。


――――――――――――異空間(牧歌風景)、最深部。

 カーク達は、石の道をひたすら歩き続け、やがて石畳が円形の広場になっている場所にたどり着いた。広場の直径は100mほどか。

「おい。あれって」

「ああ。間違いない。あの仮面……おそらく前に遭遇した化物同様、倒せば無事に現実世界へ帰還できるだろうな」

「いわゆるボスキャラってこと? まだ、こちらには気づいてないみたいだね」


 3人の目の前、広場の中央には大きな岩の巨人が立っていた。

 巨人の上半身は直径5mほどの球体で、その下に小さい台形型の下半身 (大きさ2mほど)と、これまた小さい2本の足がついていた。下半身に対して不自然に巨大な上半身の左右には岩でできた腕が2本。腕の先には人型の手が付いている。

 そして球体の中央に、以前カーク達が遭遇した怪物と同じ、仮面状のプレートが付いていた。仮面の目には光が無い。おそらくカーク達の接近と共に光が灯り、動き出すだろう。


 3人は、広場から少し離れたところに移動し、作戦を立てることにした。

「どうする? あの腕、叩かれたら恐らくひとたまりもないぞ? 俺、正直避けられる自身が無いんだけど……」

カークは遠くに見える怪物の腕を見ながら言った。怪物の腕は胴体に比べれば小さいものの、太さは1m程度と、殴られればただでは済まない大きさだった。

「そうだな。いくら譲葉の回復があるとはいえ、腕に殴られて一撃死、となってしまってはどうしようもない。なるべく遠距離から攻撃を仕掛けよう。譲葉、何かいい案は無いか?」

桜散は譲葉に意見を求めた。

「うーん。あのさ、こういう敵って大体、動きが遅かったりするじゃない? ゲームとかだとさ。だから、別に近くで戦っても問題ないんじゃないかな?」

譲葉は、桜散に確認を求めるように自分の意見を述べた。

「確かに、ゲームだと大体そうだな。パワーがある代わりにスピードが無いというのはよくあるパターンだ。だが譲葉ちゃん、ここは現実だ。ゲームの常識が通用するとは思えない。それにゲームにだって、そういうお約束を想定したプレイヤーの意表を突いて殺しにかかってくる敵もいるだろう?」

 桜散は目前のお嬢様がゲーム的な発想をしているということに半ば驚きつつも、彼女の意見に辛辣な態度で反論した。

「あー。そうだよね……」

桜散の反論に対して、譲葉は言いよどんでしまった。それを見たカークは桜散に苦言を呈した。

「おい、ちょっと言いすぎじゃないか? さっちゃ。ゆーずぅ黙っちゃったじゃないか」

「私はただ客観的に意見を述べただけだ。今回は私たちの命がかかってるんだ。安易な判断は命取りになるぞ?」

 桜散は悪びれる様子もなく、そう言った。語尾が心なしか強くなっている。

 人の意見に対して正論をぶつけてやり込めるのは桜散の悪い癖だ。しかも語尾が強く、相手に威圧感を与える。この悪癖は、彼女から人が離れていく原因の1つだった。


「はぁ……。だったらさ、お前らの魔術で、下半身を攻撃してみるってのはどうかな? あいつって、上半身の割に下半身貧弱じゃん? だから、下半身を叩けば転ばせられるんじゃね?」

 カークは桜散の言葉に呆れつつも、自分の作戦を提案した。

「例えば、ゆーずぅは氷の魔術が使えるわけじゃん? だからさ、まず吹雪であの化物の下半身を凍らせて動きを止め、そこにさっちゃが水流をぶつけて転倒させる、とか」

 彼は身振り手振りを混ぜながら、作戦内容をより具体的に話した。

「……そうか! 悪く無い手だな。転ばせてしまえば、あの身体だ。起き上がるまで時間を稼げるはず。いいアイデアじゃないか。敵の攻撃を喰らわないということばかりに気を取られていたが、攻撃できないよう動きを止めてしまう、という発想は無かった」

 桜散は一瞬はっとした表情を浮かべ、カークの考えに感心していた。

「ちょっと待って、カーク君。下半身を凍らせるなら、桜散ちゃんは上半身を狙った方がよくない? ほら、あの形って、重心は上の方にあるわけだから、上半身に水流をぶつけた方が楽に転ばせられるんじゃないかな?」

 カークの意見に対して、譲葉が改善策を提案した。

「なるほど、確かにその方がいいな。今のは、私も見落としていた点だ。なら、カークは私達と正反対の位置に立って、奴の注意を逸らしてほしい」

 桜散は譲葉の意見に同意しつつ、カークに指示を出した。

「分かった。俺があいつを引きつけるから、その隙にゆーずぅは下半身攻撃、その後さっちゃが上半身に攻撃で転倒させる。そしたら2人は魔術を連射して、俺は……。とりあえず踏んだり蹴ったりしてみるよ」

 3人の作戦は固まった。早速、仮面の怪物の所へと向かった。


 3人の内、まずカークが怪物へと接近した。彼が怪物との距離10mまで近づいたところで、予想通り怪物の仮面に光が灯り、カークの方へとゆっくり近づいて行った。

「いいぞ……そのまま注意を逸らすんだ」

カークの反対側、怪物の裏側に陣取った桜散は小声でそうつぶやく。そして。

「さて、譲葉ちゃん。出番だぞ」

「おっけー。任せて」

 桜散は、譲葉に指示を出した。彼女達は怪物から25mの距離にいた。これは譲葉の魔術が届くギリギリの距離だ。

 すかさず譲葉は氷の風を両手から放った。風はブリザードとなり、怪物の下半身へと命中し、そして

 ピキピキピキ……怪物の足、下半身へと凍結が広がっていく。同時に、怪物の動きが鈍くなった。

(今だ!)

桜散はそう思い、

「ハァー!」

手からありったけの力を込めて、水流を発射する。

 バシャ! 高速水流が、怪物の上半身に命中した。そして怪物はバランスを崩し……。

 ズドーン! カークのいる方に倒れ込んだ。無論、彼は走って怪物を避けていた。

 倒れた怪物は、その場で上半身をコロコロと転がして起き上がろうともがいているが、起き上がれない!

「ハァー!」

「ムムムー!」

 ジャババババババ! ビュォォォォォー! 

 桜散と譲葉は、そのまま水流と吹雪を倒れた怪物に打ち込み追撃した。それを見たカークは、自分も攻撃しようと怪物へと近づこうとした、その時だった。


 ヒュン! ガシッ!

「グワー!」

倒れていた怪物が両腕を目の前で振り回した。そして、カークの悲鳴が周囲に響く。

「カーク!」

「カーク君!」

叫び声を聞いた2人は思わず攻撃の手が緩む。

 バリバリバリ! その隙に、怪物は氷を破壊! そして体を転がし、桜散と譲葉の方へと向いた。うつぶせに倒れたままの怪物の右手には、カークが握られている!

 グググ……。怪物の右手に力がこもる。

「ンアー!」

カークが痛みで叫ぶ。桜散と譲葉は魔術を繰り出そうとしたが、怪物は両腕を交差し、目の前をガードする。右腕を前方に置き、まるでカークを盾に使うかのようだ。

「ちっ! まさに肉の盾って訳か! 怪物め、卑劣な手を使ってくるとはな」

「このままじゃ、カーク君も巻き込んじゃうよ! どうすれば……」

2人は思わず攻撃を躊躇する。


「グ……ガッ……」

カークは肺の空気を追い出され、窒息しつつあった。

(あ……俺……こりゃ、だめなのか……?)

 カークの意識が薄れ始める。同時に怪物は、腕の交点から青い光線を発射! 光線は桜散と譲葉の近くに着弾し、そして。

 バン! という音と共に石畳爆発! 吹き飛ばされる桜散と譲葉。2人は倒れたまま動かない。その様子をカークは、薄目で見ていた。

(あ、さ……、ゆ……。う……)

 南無三。もはやどうしようもないのか? 3人の冒険は、ここで終わってしまうのか? カークが死を意識した、その時だった。


 シュゥ……。

(……?)

 カークは、己の中に熱い炎を感じた。命の炎だろうか? それが今、消えつつあるのを感じているのだろうか? カークは薄れゆく意識の中でそう思った。しかし、そうでは無い。

 炎の感覚は、イメージは、全身へと広がっていった。そして同時に、カークの身体に、異様な力が湧いてきた。同時に、それまで薄れていた意識が急激に引き戻される!

(あ……ああ……あああ! UAhhhhhhhhhh!)

 カークは死に物狂いで、怪物に握りしめられている体に、力を込めた。すると。


 バァーン!!! 非常に大きな音と共に、怪物の右手が突如爆発した。その音と衝撃で、桜散と譲葉は目を覚ます。

「うう」

「うーん」

そして、意識が戻った2人が目にしたものは、とんでもない光景であった。

「え?」

「カーク、君?」


 怪物の右手が、無くなっている。まるで爆発で吹き飛ばされたかのように。そして、右手があった場所の地面には。

 カークが、立っていた。……両腕に、オレンジ色の炎を纏って。

 2人はその光景を呆然としながら見ていた。一方カークは、自分の両腕から炎が出ていることに気付いた。その直後、腕の炎は消えた。

(何だ、こりゃぁ?)

 カークが驚く中、怪物は左手で彼を掴みとろうとした。それを見たカークは、すかさず両腕を怪物にかざし、力を込めた。

 そう、先ほどまで桜散と譲葉がやっていたように。以前自分が真似して、できなかったように。

 しかし、今はできる! カークはそう確信していた。


 ボォォォォォ! カークの予想通り、腕から炎が噴出! 炎の旋風が、怪物の左腕を炙り、そのまま押し返した。もう一度カークを掴もうとする怪物。しかし、2回目はカーク以外から妨害された。

 ヒュォォォォ! ジャァァァァァ! カークの目前で、水流と吹雪が左腕を押さえる。

「カーク! 今だ! 本体を!」

「カーク君! 私達が腕を押さえている隙に!」

叫ぶ桜散と譲葉! それを聞いたカークは、即座に怪物の正面へと向いた。そして、

「Ahhhhhhh!」

両腕にありったけの力を籠め、炎を怪物の仮面めがけて噴射した。炎の奔流が、怪物の仮面を呑み込み、そして。

ジュッ! 仮面が熱で溶解した! 同時に

「グゴォォォォォォォ!」

 怪物が断末魔の咆哮をあげ、腕をガクンと地に落とした。

 動きを止めた怪物の体はぼろぼろと崩れていき、最後は塵となって消えた。同時に、周りの景色が歪んでいく……。


――――――――――――夜。

「「はぁ、はぁ、はぁ」」

桜散と譲葉の呼吸音が聞こえる。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。ふぅ、何とか、倒した、なぁ」

カークは苦しそうに呟いた。

 3人は、大学の敷地に戻ってきていた。大学内にある時計の針は、吸い込まれた時からほとんど変化していない。どうやら異空間では、時間の流れが現実世界と異なるようだ。

「どうやら現実世界に戻ってこれたようだな」

桜散は周囲を見回した。敷地に点在する照明の周囲を覗いて、大学内は真っ暗だ。


「しっかし、危うく死ぬところだったぜ。ゆーずぅ、取りあえず回復頼むわ」

「はいはい」

 譲葉がカークの体の傷を治した。その後譲葉自身や、桜散の傷も治した。彼女の魔術も現実で使えるのだ。おそらくはカークもだろう。

「あーあ。せっかくのお洋服がほこりまみれだよ、とほほ」

 譲葉は着ていたカーディガンのほこりを払い、そう嘆いた。戦っていた場所は石畳だったが、砂ぼこりが結構あった。そのため3人の私服は汚れてしまっている。こればかりは、魔術でもどうにもならない。

「どうするさっちゃ? これ、母さんにどう言い訳したものか」

「取りあえず、帰り道を走って転んだ、とでも言っておけばいいんじゃないか?」

「そうか……」

カークは納得した。


 その後3人は解散し、詳しいことはまた後日話すことにした。カークと桜散は譲葉と別れ、李緒の待つ家へと帰った。

「あら、遅かったじゃない? 晩御飯、冷蔵庫に入れちゃったわよ」

李緒が出迎える。

「母さん、ただいま。晩御飯温めて食べるよ」

カークは何事もなかったかのように李緒に挨拶した。

「分かったわ……ケホ。それにしてもカーク、ずいぶんとほこりっぽいわね。服はさっさと洗濯機に入れてらっしゃい。あと私は風呂に入るから」

李緒は砂ぼこりでむせるとそう言い、脱衣所へと向かっていった。

「え、あ? ああ。分かったよ、母さん」

カークは李緒が汚れた服について聞いてこなかったため驚いた。

「李緒さん、あれはわざと見逃した感じな気もするが……。まあ何にせよ、よかったなカーク。何とか誤魔化せて」

桜散は小声でカークに耳打ちした。

「そうだな。取りあえず、今日はもう、休みたい」

カークはそう呟いた。


 寝室。カークはベッドで横になりながら、自分の両手を見つめていた。

(本当に、本当に魔術が……。魔術が使えるようになったのか? これで俺も、さっちゃやゆーずぅと同じ……フフフフフ)

カークは満足そうにしながら眠りについた。

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