第23話『デジャヴュの片鱗』
[あらすじ]
カーク・高下は、大学を1年留年した19歳の青年。そんな彼は同じ家に暮らす桜散に連れられ気が乗らないまま大学へと向かう。大学では新たな出会い、そして帰り道で懐かしの出会いを経験したカークは、その夜奇妙な夢を見る。
その次の日の夕方、カークは桜散と共に家に帰る途中、突如現れた謎の穴に飲み込まれ……?
――――――――何かが、おかしい。
第23話『デジャヴュの片鱗』
1日目
――――――――――――朝。
西暦2012年、4月5日。
ヒノモト国、K県井尾釜市某所にて。
「おい! 起きろカーク! 朝だぞ」
「What’s? むにゃむにゃ……」
一人の少女が、ベッドで寝ている少年を起こそうとしている。しかし少年は起きない。少女は黒髪で、髪型はセミロングヘアだ。一方少年は、黒のボサボサ頭だ。
「さっさと起きろ! 大学に行くぞ!」
頬を叩く音が部屋に響き、少年、カークは目を覚ました。
「Ouch! 本気で叩くなよっ! もう~っ!」
「お前が目を覚まさないのが悪い。ほら、早く下に降りろ。朝ご飯、出来てるぞ?」
少女、桜散はそう言うと部屋を出て階段を下りて行った。カークもすかさず追いかける。
2人は1階に降りた後、あらかじめテーブルに用意されていた朝食を食べ、服を着替えて家を出た。
家を出た二人は、近くの駅から地下鉄に乗り込む。
カークの身長は178cmと比較的大柄。それに対し桜散の身長は10cm低い168cm。
二人は肩を並べて立ち、カークは右腕で吊り革を、桜散は左腕で吊り革を持った。
「今日は……講義開始日だったな」
カークは思い出したように、左横にいる桜散に声を掛ける。
「そうだ。今日から大学の講義が始まる」
「そうだよな。そうだよなぁ……」
カークは桜散の言葉を聞くと、ガックリと肩を落とす。
すると、そんな浮かない顔をしているカークに対し桜散はこう言った。
「カーク。気落ちする理由も分かるが、李緒さんのためにも頑張って単位を取って進級しないといけないぞ?」
「分かってるよ。だがな、それでも1年遅れってのはどうしても気が引けるのさ……」
桜散の正論に対し、カークは気だるげそうに答えた。
「一応言っておくが、私は別にお前のことをフォローしている訳じゃない。今回の留年についてはお前の自業自得だからな? そもそも……」
「言うな。思い出したくない」
桜散が何か言いかけたところで、カークは彼女を制止する。
「……」
カークに止められ、桜散は思わず言葉を止める。
気まずい沈黙が流れる中、電車は目的地に到着した。
カークと桜散が通っている大学は、最寄りの三ツ澤上町駅から15分程度徒歩で歩いた先の丘の上にある。途中には歩道橋や地下道があり、そこそこ長い道のりだ。
「謹慎になってから1度も大学行ってなかったからなぁ。それに見慣れない奴らと講義受けるってのも萎えるってもんだ」
道を歩きながらカークが呟く。
「でも、お前が留年になったことを新1年生は誰も知らないんだ。案外仲良くやれるかもしれんぞ?」
「それでも、だ。……というかそもそも去年、お前以外とはまともに大学内で話をした記憶が無い」
「あー、そういえばそうだったな。お前、友達作るの下手だもんな」
桜散は真横を歩くカークに対し、軽くしたり顔をした。
「言わないでくれよ。傷付く」
ぼっちであることを桜散に指摘されてカークはさらに落ち込んだ。
「はぁ……。お前にも、何か新しい出会いがあるといいんだがな」
桜散は浮かないカークの様子を見て、ため息をついた。
「そんなんホイホイあるわけないだろ? ラノベやアニメじゃあるまいし。そりゃボーイ・ミーツ・ガール(注釈:少年と少女の出会いを起点に始まる物語の総称)は嫌いじゃ無いけどさ」
「だが、可愛い居候の女の子は目の前に居るぞ? ほら、私だ」
桜散は自分の胸を左手でポンと叩いた。彼女の胸はCカップ、そこそこあるサイズだ。
「俺が好きなのは、おしとやかな大和撫子なんだよ。お前みたいにとやかく五月蝿いなのは御免だ」
カークは桜散に対し、分かってないなと言わんばかりの態度で自分の好みを主張した。
「文句言うなよ。そんなんだから友達出来ないんだぞ?」
カークの肩に右手を乗せ、横から顔を近づける桜散。今にも『このこの』とでも言いそうな態度だ。
「……クゥーン」
桜散の態度に参り、カークは思わず弱った犬の鳴き真似をしてしまう。
そうこうして居る内に、二人は大学に辿り着いた。
「んじゃ、私とはここでお別れだな」
「そうだな。俺、とりあえず何とかやってみるよ」
「そうそう。その心意気が大切だぞ? それじゃあまた放課後」
「おう」
カークは桜散と別れ、講義棟へと入っていった。
――――――――――――昼休み。
「はぁ。新しい出会いかぁ」
カークは構内をぶらぶらと歩いていた。
(さっちゃはあぁ言ってたけど、俺なんかじゃとてもなぁ)
カークはさっちゃこと、桜散の顔を思い浮かべる。顔立ちは悪くない……常にジト目気味な点を除けば。
(あいつは口調や性格こそアレだが、ルックスは悪くねぇんだよなぁ。もったいねぇなぁ。……むしろそんな奴と一つ屋根の下で暮らしている俺は、もしかしてスペシャルなのかな?)
カークが色々考えながら歩いていたときだった。
「あの……すみま、せん」
「Ah……?」
突然声を掛けられ、カークは思わず間が抜けた声を出した。
「……理工学部、B講義棟、何処に、あります、か?」
カークに声を掛けたのは、白いYシャツにジーンズ姿の、1人の少女であった。少女の髪は金色のサイドテールで、何もかぶっていない。身長はカークより一回り小さく165センチcm程度か。目の色は青色で、外見からしてヒノモト人ではない。どうやら留学生のようだ。
「あ、Ah、Uh……えーと。B講義棟は、この階段を上った先の所にあるぜ? 建物の入口にB講義棟って書いてあるはず」
カークは目前の少女を前に若干狼狽えるも、お年寄りに親切するような調子で道を伝えた。
「あ、ありがとう、ござい……ます」
たどたどしい口調で、カークに一礼する少女。
ここでふと、カークはこの少女に何となく興味を持った。
「君……もしかして新入生?」
「……そう。私、アレクシア。……よろしく」
カークの問いに答えると、少女、アレクシアは小ぢんまりとした様子で軽く会釈した。
「アレクシアっていうのか。俺はカーク。俺も大学1年……といっても留年してるから2年目なんだけどな。よろしく」
カークも挨拶を返す。
「2年目……。やけに、大学の敷地に、詳しいの、ね」
カークの自己紹介に対し、アレクシアは目をキラキラさせる。
「俺を変な目で見ないのか? ……留年してるんだぞ? 普通に考えれば碌なことしてなかった奴だと思う気がするが」
親しげに話しかけてくるアレクシアに対してある種の惨めさを覚えたカークは、彼女に尋ねる。
するとアレクシアはカークに対し、自信ありげにこう答えた。
「ううん。あなたは……そういう人じゃ、ない、でしょう?」
「どういう根拠で?」
「……勘、かしら?」
「そうか」
カークはそれ以上聞くのをやめた。
「君も理工学部?」
「あっ……そう、です。理工学部の、化学・生物科、です」
「お! 学科も同じじゃんか? 午前中って何の講義受けてた?」
「線形代数学、Ⅰです。ヒロサキ……先生、の」
「おおっ! ってことは同じ教室に居たんだな。気付かんかった。じゃあ午後に物理学Ⅰを受けるの?」
「そう、です。その、通り」
同じ学科で同じ講義を受けているという共通点を見出すと、二人は早速意気投合した。
「カーク、さん。できればで、だけど……大学の敷地、案内して、くれませんか?私……来たばかりで、あまり詳しく、なくて」
「ああ、良いよ。ちょうど暇だったし。次の講義までまだ時間があるしな。ところで」
カークはずっと気になっていたことを、アレクシアに尋ねた。
「ここに来たばかり、の割にヒノモト語上手いね? ヒノモトでの暮らしは長いのか?」
「そういう、あなたも、カークって、名前の割に、ヒノモト語上手……じゃない?」
カークの名前の妙を指摘するアレクシア。
「俺は母親がヒノモト人で、7年以上ヒノモトで暮らしてるからな。……君もそんな感じ?」
「そ、そう、ね……」
カークの問いに、アレクシアは一瞬言い淀む。
「ん?」
カークはアレクシアに対し、違和感を覚える。
だがその違和感は、彼女の次の言葉で掻き消えた。
「ヒノモト人じゃない……けど、ヒノモト暮らしは長い、から」
「1人暮らし?」
「そう。1人暮らし」
「すごいな。異国の地で1人暮らしってのも大変だろう」
彼女が1人暮らしをしていることを知り、カークは感嘆した。
「慣れれば、大したこと、ない、わ。見ての通り、ヒノモト語……喋れる、し」
敷地内を歩き回りながら、二人は互いのルーツについて語り合った。
――――――――――――。
「ここは第2食堂で、あっちはコンビニ。理工学部の学生だと此処で食べる人が多いな」
「ふむ……」
「あとは途中にある屋台で買ったり、講義棟内に出てる弁当屋を買って食べるのもいる。その日その日に応じて好きなのを買って食べればいいんじゃないかな」
「ほうほう……」
カークの解説に感心するアレクシア。
「それで……。あっ! そろそろ講義の時間が近いな。教室に向かおうか」
カークは時計を見る。後5分で午後の講義が始まるようだ。
「そう、ね。行きましょう、か」
2人は仲良く講義棟へ入っていった。
――――――――――――夕方。
「今日は、いろいろ……ありがとう」
「いやいや。俺もこうやって人と話が出来て良かったよ」
アレクシアの礼に対し、カークも礼を返した。
「あのっ! 連絡先、交換……しない? また、こうやって、会いましょう?」
「っ! 良いのか?」
連絡先交換を提示され、カークは心躍る。こんなふうに交換するのは1年ぶりだろうか?
「はい。……大学で初めての、お友達ですから」
「初めて、か。良い響きだな。あ、えーっと、アドレス情報送った」
「……はい」
アドレス交換を済ませた2人は、すっかり打ち解けたようであった。
「また、何か困ったことあったら連絡していいぞ? 可能な限り、力になる」
「ありがとう。……では私は、これで」
「おう! またな!」
二手に分かれて帰るカークとアレクシア。そこには確かな友情が生まれていた気がする。
(うぉー緊張した! なんかやらかしてないよな? 疲れたぁ)
アレクシアと別れた後、カークから全身の力が抜ける。思えばこうやって知らない女の子と話す機会は殆どない。何とかボロが出ずに済んだことに、彼は胸をなでおろした。
(そういやさっちゃは……っと。お、連絡来た)
ここで桜散のことを思い出したカークの下に、桜散からメールが届く。
カークはすぐに携帯端末を確認した。
『題:今日は先に帰る 本文:なし』
桜散から送られてきたメールには、件名欄に伝えたい内容が簡潔に書かれており本文が無かった。
(OhOh! 短いなぁ。まぁあいつらしいか。返信しとこ)
『題:分かった 本文:なし』
題名だけのメールのやりとりを返したカークは、家に帰るべく最寄りの地下鉄駅に向かって歩き出した。
――――――――――――。
カークは駅で一人、地下鉄を待っていた。
(それにしても、大和撫子じゃないけれど、あんな綺麗な子とで会えるなんて。
新しい出会い……さっちゃの言う通りなのかもな)
カークは桜散の言葉を思い出すと、新たな出会いに思いを馳せる。
(あれが運命の出会い、なのかな……いやいや! 1回きりの出会いに何期待してんだ俺!)
今回はたまたま、声を掛けられただけだ。そうに違いないと、カークは慌ててあらぬ妄想を振りほどく。
(ただまぁ、ああいう付き合いも、悪くなかったなぁ。……ん?)
カークはふと、ホームの奥の方を見た。
「……」
1人の少女が、俯きながらホームの端に立っている。
髪はブラウンのハーフアップ。そして上下共に黒い服装をしている。
そんな少女のことが気になり、カークがホームの奥へを歩き出した時だった。
ガシッ!
少女は突然ホームドアに掴まり、乗り越えようとし始めた。
(Hh!? おいおい何やってんだあいつ!)
カークは驚き、ホームの奥へと走る。彼が走る先を見た周囲の人々も、少女の異変に気付き騒めきだした。
そして構内に鳴り響く、無機質なチャイム音。
『まもなく、列車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側にお下がりください』
列車の到着アナウンスだ。このままでは少女は電車に轢かれ、無残な肉塊と化すだろう。そんな光景を脳裏に浮かべたカークは動揺する。
この地下鉄には全駅ホームドアが設置されており、飛び込み自殺など起こらないはず、だった。しかし少女は、ホームドアを乗り越え線路に飛び降りようとしていたのである。
更に言えば、この電車は第三軌条方式。すなわち線路の横に置かれている給電レールから電気を受け取り走行するタイプだ。
仮に少女が電車に轢かれなかったとしても、線路の横にある給電レールに触れてしまえばどうなることか……。
(頼む! 間に合ってくれ!)
カークは走った。全速力で走った。脳裏の光景を振り払うためにも。少女を止めるためにも。全速力で走った。
「……っ」
少女はホームドアを超えようとしているが、なかなか越えられない。
そうこうして居る内に、ホームに電車が入って来た。少女はホームドアから身を乗り出している。危ない!
刹那。床を勢いよく蹴る音がホームに響く。
「っ!?」
そして直後に響いたのは、布のようなものを掴んだ音と、重いものが床に落ちる音。
……少女が電車に接触しそうになった寸前でカークが飛びつき、彼女の身体をホームドアから引き離した。
そしてそのままバランスを崩して倒れる二人。電車は二人のそばで急停止した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
少女はせわしく息を吐いていた。
カークは息を飲む。周囲のざわめきは、彼の決死の行動によって静まり返っていた。
しかしその沈黙は、自殺未遂の少女を救ったことによるものではなかった。
「あっ……」
カークは気付く。柵を乗り越えようとした少女に飛び付きそのまま倒れたことで、自分が少女の上に覆い被さっていたことに。そして、それを見て聴衆は静まり返っていることに。
そう、この沈黙は気まずさによるものだったのだ。
「A、あはは……。いや、その。これはですね」
身体を起こし、周囲の人々に対し釈明するカーク。だが恥ずかしさの余り、口から言葉が上手く出てこない。
更に悪いことに、そんな彼に追い打ちをかける出来事が起こった。
「すみません。ちょっと一緒に来ていただけますか?」
「Eh……? A?」
カークと少女はいつの間にか、黒い服を着た男数人に囲まれていたのである。
「Eh! いやっ! これはその、誤解でして」
話を終える間もなく、カークは男二人に掴まれ連行されていく。少女も同様だ。
「Whoa!? 何するっ! 離せっ!」
カークの必死の叫びも空しく、カークと少女は黒服の男達に黒い車へ連行されてしまった。
(……どうしてこうなってしまったんだろう。何を間違ってしまったんだろうか)
走行する車の後部座席でカークは自分の行いを悔やんでいた。彼の横には先ほど助けた少女が乗っている。
(俺はこの子を助けようとしただけだ。なのに何でこんなことになっちまったんだ!? ああ、さっちゃ。すまん! 俺、俺、もうどうすれば……)
先が見えない不安によって、カークの心は絶望の沼にずぶずぶと沈み始めた。
「Uhn、うーん……」
「あ、あの」
すると唸るカークに対し、先ほど助けた少女が話しかけてきた。
「ん?」
「あなたの、名前は?」
「名前? あぁ……。カーク、カーク・高下、だよ」
名前を聞かれてぼそぼそと呟くカーク。
最早取り返しのつかないことになってしまったと思っていた彼は、もはや自棄になっていた。
……だが。
「えっ?」
少女はそれを聞いて何やら驚く。
「もしかして……カーク君?」
「ん? 俺のことを知っているのか?」
「……譲葉」
そして少女はカークに対し、ボソッと自分の名前をこぼした。
「A?」
「九恩院、譲葉だよ。カーク君、覚えてる? ほら、昔一緒に遊んだ」
少女、譲葉がそこまで名乗ったことで、カークは忘れかけていた過去を思い出した。
「譲葉……あっ! まさかお前、ゆーずぅなのか?」
カークは譲葉に問いかけた。
「そうだよカーク君! 私だよ! ゆずだよ!」
「おお! ゆーずぅ! 久しぶりだな! まさかこんなところで会えるとは、あっ」
久しぶりの旧友との再会で盛り上がったところで、カークは自分の今置かれている状況を思い出し、一気に沈黙した。
「そうだゆーずぅ、お前は何であんな真似したんだだ!? それに、こいつらは一体……」
「ごめんね、カーク君。全部私のせいなの」
「Ahn?」
カークは譲葉に問いを投げかけたのを後悔した。
「もうじき着くよ。そうすれば、全部分かるから」
カークの問いに対し、譲葉は静かに答えた。
そしてカーク達を乗せた車は、大きな屋敷の中に入っていった。
――――――――――――夜。
「「娘の命を救っていただき、本当にありがとうございました!」」
「……Hh?」
譲葉の両親に感謝され、カークは拍子抜けしてしまった。黒服たちは譲葉のボディガード達で、車で運ばれた先は譲葉の家だったのである。
「カークさん。お久しぶりです。ずいぶんと大きくなられたんですね。何度も言いますが娘を、譲葉を助けてくれてありがとう」
譲葉の父親、和仁が言った。
「あ、いや。これは当然の行いでして……その」
カークはどぎまぎする。こういった対応には全く慣れていないのだ。
「いいえ! あなたの勇気ある行動が娘の命を救ったのですから。それに比べて私は」
譲葉の母親、雪は自分を責めていた。
「雪。僕にも責任があるよ」
「でも!」
「今はただ、譲葉を見守ってあげるのが僕らの役目だ」
「はい。あなた」
「あの……すみませんが、ゆーずぅのお父様、お母様」
和仁と雪が二人でやりとりしているところに、カークは割り込む。
「「はい?」」
「ゆーずぅは何であんなふうに思い詰めていたんですか?」
カークは2人に、譲葉の様子がおかしかった原因を知らないか尋ねる。カークが知っている数年前の譲葉は、天真爛漫なお嬢様だった。
しかし、先程カークが見た譲葉は表情がどこかアンニュイで、そして憂いを帯びていた。
「それが、僕達にも話してくれなくて」
事情を説明する和仁。彼ら自身にも原因が分かっていないらしい。
「原因が分かりさえすればいいのですが……。
あ、そうだ! カークさん。譲葉の悩みを聞いてあげてくれませんか?」
カークに譲葉のことを頼む雪。
「別にかまいませんが……良いんですか? 俺なんかにそんな役割」
カークは2人に聞き返す。旧知とはいえ、会ったのは随分と久しぶりなのだ。そんな相手に愛娘を任せるとは……カークは訝しんだ。
しかし譲葉の両親はそんな彼の様子などお構いなしであった。
「良いんですよ! 譲葉は僕らに心を開いてくれないから。それに、あの子ももう大人だしね」
「あの子は、あなたを見て喜んでいました。きっとあなたになら、あの子は本心を打ち明けてくれるはず」
譲葉の両親に高い期待をかけられてしまったカーク。思わぬことが起こったものだ。
「今日はもう遅いですし、家まで送りましょう」
「またいらしてくださいね」
「……分かりました。ゆーずぅのご両親。また、よろしくお願いします」
カークは和仁と雪に挨拶をした後、車に乗せられ屋敷を後にした。
――――――――――――夜。
「ただいま」
「おかえり、遅かったじゃない?どうしたの?」
カークが家に帰ると、彼の母親である李緒が質問をしてきた。
「おい! 一体どこをほっつき歩いていたんだ?」
そして同時に桜散が食って掛かってくる。すかさずカークは弁解する。
「すまん! いろいろあってな。また明日話すよ。あ、そうだお母さん、晩御飯はもう食べたんでいいよ」
「はいはい、分かったわ。それじゃあ冷蔵庫に入れとくから明日の朝食べてね」
「はーい!」
「あ、ちょっと待て! カーク!」
桜散に呼び止められるもカークは寝室へ向かう。
彼はとても疲れていたので、ベッドに倒れてそのまま眠り込んでしまった。
――――――――――――???
『……ねぇ』
『……ん?』
カークは変な夢を見ていた。良く分からないものに声をかけられる夢だ。
『人生において選択することに、意味があると思いますか?』
謎の声に聞き覚えがあるカーク。だが誰の声か思い出せない。
そしてカークは、特に考えることなくこう一言答える。
『選択、ね。人生無限の可能性、とよく言われるけれど、選択肢なんて常に限られてる。しかも年を取れば 取るほど、取れる選択肢も少なくなっていく。だから、強いて言うなら――――』
……それはまるで、この問いに対し、ずっと前からこう答えると決めていたかのように。
『人生、なるようになるしか、ないんじゃないか?』
『そう……ですか。いや、そう……か?』
すると謎の声はカークの答えに対し訝しむような口調を取ると、続けて一言嘆くように、こう言葉を掛けた。
『選択こそ、人間の唯一にして絶対的な力だというのに……』
2日目
――――――――――――朝。
「おい、カーク。朝だぞ」
「……分かってるよ……むにゃむにゃ」
カークは桜散に起こされる。何か変な夢を見たような気もするが、思い出せなかった。
「さて。早速だが昨日のいきさつを話してもらうぞ?」
「えぇ……。あぁ、そうだな。一応明日話すって言ったもんな。かくかくしかじか」
カークと桜散は、朝食を食べながら、昨日のことについて話していた。
「かくかくしかじか……じゃ分からんぞ? 言い逃れは無駄だ。しっかり話せ」
「ちぇっ。分かったよ」
カークは幼馴染に会ったこと、その子が自殺しそうになったのを止めて両親に感謝されたことを桜散に伝えた。
「ほう。そんなことがあったのか……というかお前、幼馴染がいたんだな」
自分の知らないカークの情報に、桜散は興味を抱く。
「幼馴染って言っても、小学校までだな。それ以降、俺はヒノモトに移住したんで面識は無かった」
「確かお前は小学校まで米国に居たんだよな? その譲葉という子とはそこで出会ったと」
「そそ」
カークは朝食のソーセージを齧った。
「ふむ。お前がヒノモト出身じゃないことは前々から聞いていたが、幼馴染がいるなんて話は初耳だぞ? 何故話さなかった?」
桜散はスクランブルエッグにケチャップをかけながら、カークに対し不満そうに問いかけた。
「聞かれなかったからだよ。というか幼馴染って言っても7年前だぜ? ぶっちゃけ、よく覚えてねぇよ」
カークは右手で頭を掻き、トーストを口に咥える。
「確かに、小学生頃ともなればそんなもんか。
っと! そろそろ時間じゃないか? また今度……その、譲葉ちゃんを私に紹介してくれないか? もっと詳しい話は彼女に聞いた方が良さそうだからな」
そう言うと桜散は下へと降りようとする。
「ああ、良いけど……。あっ!」
カークはそこで、しまったという顔をした。
「ん? どうした?」
カークの様子に桜散は驚き、尋ねる。
「ゆーずぅの連絡先聞くの忘れた!」
「おいおい……。彼女のことを頼まれたんじゃなかったのか?」
カークの答えに、桜散は呆れ顔をした。
「そりゃ頼まれたけどさ。俺も正直そこまで頭が回ってなかった」
「はぁ。それじゃあ、また彼女に会った時に頼むよ」
「分かった。すまんの」
カークと桜散は朝食を終えると、大学へ向かった。
――――――――――――夕方。
「はぁ。結局講義には身が入らなかったなぁ」
「そんなに譲葉ちゃんのことが心配なのか?」
カークと桜散は二人で帰り道を歩いていた。
「そりゃ線路に飛び込もうとしたんだぞ? また何かやらかしてもおかしくは無い」
カークは譲葉がまた自殺未遂をやらかすのではないかと、とにかく気が気でなかった。
「確かに。彼女のためにも、一刻も早くコンタクトが取れるようにしないとな」
「あぁ。しっかし、何であいつは自殺なんかしようとしたんだろう?」
「それは本人に聞かないと分からないことだな。内容次第では、私達ではどうにもならないこともある。ただ」
「ただ?」
「ただ……話を聞いてあげるだけでも、人間精神的に落ち着くもんだぞ? そういう意味でも、一刻も早く彼女を見つけて話を聞いた方がいいと思う」
「ふむ」
朝同様、譲葉のことについて話す二人。いつもと変わらない日常が終わろうとしていた。
「あっ。そういえば話変わるんだが」
カークは突然話題を変えた。
「ん?」
「運命の出会い。あったぞ」
「……本当か?」
カークの嬉々とした態度に、桜散は一瞬怪訝そうな顔をした。
「あぁ。金髪の留学生っぽい女の子。アレクシアさんというらしい。昨日大学内を案内してあげたんだが……結構気が合った感じと、思うぜ?」
カークは桜散にアレクシアのことを話した。
「アレクシアさんか。カーク、その……なんだ。……気を落とすなよ?」
桜散はニヤニヤしながらカークの肩を軽くぽんぽんと叩いた。
「Hh? ここで何で、そんな慰めるようなこと言う訳? これじゃあ俺、1人舞い上がって惨めじゃねぇか!
それとも何か? さっちゃは俺がボッチのままの方がいいのか!?」
気の合いそうな異性との出会いに良い気分を覚えていたカークは、水を差すような桜散の慰めに対し若干イラっとした。
「いやっ、べ、別にそんなつもりで言った訳じゃないぞ?
ただ……お前は大和撫子みたいな女の子との出会いを期待していたようだから、そうじゃなかったのは残念だったなと」
桜散は微かに顔を赤らめながら、カークに対し気まずそうな様子で釈明する。
「まぁ確かにな。あれはお淑やか……とはまた違うタイプだった。何だろう……根暗?」
桜散の釈明に対し否定できない辺り、その部分はカークの本心としては残念だったようだ。
「それはちょっと、失礼なんじゃないのか……?
まぁともかく、カークに新しい出会いがあって良かったよ」
「だな」
桜散の考えを、カークは肯定した。
そんな感じで二人はアレクシアのことについて話しながら歩いていたのであるが……。
「ん? Hh? 何だ? ありゃ?」
「どうしたカーク? ……え?」
カークの目線の先を見て、桜散は思わず目を擦った。
前方に、直径2mほどの黒い丸のようなものが見える。黒い丸というよりは空間に穴が開いているといったほうがより正確な表現か。
穴の周りは、陽炎のように景色がぼやけていた。
「黒い、穴? 異空間の入り口か、何かか? マンガやアニメとかで出てくる……」
カークは黒い穴を前に、率直にフィクションの光景を想起した。
「いやいやいやっ! そんなわけ無いだろう! 何かの見間違いだ……そうだ。そうに決まって」
桜散がそう言いかけたところで、2人は更に驚いた。
穴が、こちらに向かってきているのだ。
ゆっくりと、2人のもとに近づいてくる。
「げげっ!? おいっ、逃げるぞさっちゃ!」
「あ、ああっ!」
自分達へと向かってくる穴を見たまま呆然としている桜散の手を取り、カークは走りだした。
しかし直後、この世のものとは思えない、まるで空間を削り取る様な異様な音が、周囲に響いた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
そして穴は突然加速して二人を飲み込み、忽然と消える。
後に残るは、黄昏の静寂のみだった。
――――――――――――異空間(都市の廃墟)。
カークが目を覚ますと、周りには目を疑うような光景が広がっていた。
「What’s!? 何だ? これは……」
周りには、ビルや道路の残骸が散らばっている。いわば、ビル街の廃墟。
赤黒い炉の空には瓦礫のようなものが無数に浮かんでおり、少なくとも彼がさっきまで居た井尾釜市の町並みではない。
「俺はさっちゃを連れて逃げて……あっ! さっちゃ! 桜散!」
桜散の名を呼ぶカーク。すると。
「か、カークか……?」
すぐそばから、か弱い桜散の声が聞こえる。
「さっちゃ……桜散! あっ」
カークは横を見ると、今まさに桜散が起き上がろうとしている。
「カーク……っ」
「さっちゃ! 大丈夫か!?」
よろけて倒れそうになる桜散を、カークは慌てて支える。見る限り怪我は無いようだ。
「ここは一体何処なんだ?」
「俺に聞かれても困る。確か俺達は、さっきの穴に飲み込まれて……」
「ここはその中ってことか?」
「多分な」
「そうか。それじゃあ……出口を探さないとな」
カークに支えられつつ立ち上がった桜散は、そのまま前へ歩き出そうとする。
「おい! さっきまでよろけてたのに……担ごうか?」
「とりあえずは、大丈夫だ。ちょっと躓いただけだ」
カークの気遣いに対し、彼女は気丈にふるまう。
「そうか。……しかし、出口なんてあんのかよ?」
「穴から入ってきたんだ。同じ穴を見つければ出られるはずだろう?」
「そうは言うけどよ、出口らしきものは見当たんねぇぞ?」
カークは周りを見渡す。周りには廃墟が広がっているばかりで、先ほど見た穴のようなものは見当たらない。
「じっとしてても、埒が明かないさ。とりあえず周囲を探索してみようじゃないか」
「分かった。……ここはえらく赤黒くて、目に悪いな。どこか別の場所に移ろう」
2人は廃墟の街並みを歩き始めた。
道路の残骸にそって歩いていくと、2人の前方に川と橋のようなものが見えてくる。道路のアスファルトにひびが入っているが、渡るには問題なさそうだ。
「しかし、ここはえらく寂れてるな?」
桜散はカークに疑問を投げかけた。
「だなぁ。何というか荒んでいるというか……廃墟だよな? ほんと何なんだろな……」
カークと桜散が橋を渡ろうとした、その時であった。
「待て! カーク。……あれは何だ?」
「Ahn?」
突如、上空から円柱状の何かが、カーク達の前方50m先に下りてくる。円柱の直径は3mほどで、色は黒。その表面に赤い禍々しい渦のような模様が無数に刻まれている。
円柱の右上・左上には、幅1m、長さ10mほどの黒い紙のような薄い帯が繋がっている。帯には蛇腹状の折り目がついており、円筒を体に見立てるとまるで触手、腕のようだ。
そして上部側面には、1つの黒い穴が開いた円盤がついていた。円盤はまるで1つ目の仮面のようだった。
カーク達の前に突如現れた黒い円筒はユラユラと浮遊し、帯はクネクネとせわしなく動いていた。
「What’s that!? こいつは一体?」
「気を付けろカーク! ……動いているぞ!?」
「分かってる! これは……Monsterか何かか!?」
突然の未知との遭遇に2人が動揺する中、突如円盤の中央の穴に赤い光が灯る。
そして円筒は回転し、仮面から放たれる赤い閃光が、2人の方を差した。
「Ouch! 気付かれたっぽいぞ!」
カークは桜散の手を取り走り出そうとした。だがワンテンポ遅れた。
蛇腹状の触手の片方が、空を切る音と共に桜散に向かって瞬時に伸びていく!
「ぐぅっ!」
そして鞭で叩いたような音が周囲に響いた。
「さっちゃっ!」
触手に突き飛ばされ、桜散は地面に叩きつけられる。
掴んでいた手を引き離されたカークは、すかさず桜散の元へ向かおうとする。しかし。
「ぐほっ!」
桜散を弾き飛ばした触手に彼も叩かれ、その場に叩きつけられた。
「ぐぇ……。Oh, shit!」
地面に叩きつけられ呻くカーク。彼の口から、思わず汚い言葉が飛び出る。
「カーク!」
脇腹を押さえて立ち上がった桜散は、カークに向かって叫んだ。
そうこうして居る内に、怪物はカークの方へとゆっくり浮遊しながら向かっていく。
(何とかしなきゃ……)
桜散は周りを見渡す。すると、道の端に鉄パイプが落ちていた。
「カーク、これをっ!」
桜散は鉄パイプを掴み、地面に沿うように投げた。パイプはカークの目前まで地面を滑っていき、そして止まる。
「っ! ぐぅ……」
カークは鉄パイプをしっかりと掴み、それを杖代わりに立ち上がると、そのまま鉄パイプを構えた。パイプの重みと錆びた鉄の臭いが、彼にこれが夢でないことを実感させる。
「こんのーっ!」
そしてカークは鉄パイプを大きく振りかぶり、目前の仮面の怪物に鈍い一撃を喰らわせた!
固い赤身肉を包丁の峰で叩いた時のような鈍い音と、確かな手ごたえ。
仰け反り動きが止まる怪物。これら全てを、カークは五感で感じ取る。
そしてカークは、桜散は、一目散に来た道を走って逃げた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ、はぁ!」
……どのくらい走った? 20分くらいだろうか?
ビル街の廃墟の中で、2人は怪物から逃げ続けていた。
しかし、怪物の移動速度は尋常ではなかった。路地に入ってやり過ごしても、すぐに反対側に回り込んでくる。まるで瞬間移動しているような、そんな機動力だ。
そしてこの逃走劇は、長くは続かなかった。
「Oh!」
「カーク!」
怪物の左触手に巻き取られ、カークは宙吊りにされてしまった。
「Damn! こんのっ!」
カークは必死に触手を振りほどこうとするも、紙のように薄い触手は、その見た目とは裏腹に固い布のような質感でびくともしない。
(ちくしょう! 全くちぎれねぇ!)
カークがもがく最中、右の触手が桜散の元へ飛んでいく。カークの時とは異なり触手の先端が鋭利で、明らかに殺意ある一撃だ。
「さっちゃ!」
カークは叫ぶ。だが桜散は呆然と立ち尽くし、まるで動く気配がない。一体どうしてしまったのか!?
「さっちゃ!」
触手の一撃が桜散を貫かんとした、その時。
瓦礫の世界に、全てを一掃する流れが具現化する。
「Ah?」
「えっ?」
触手の一撃は、彼女に届かない。
桜散の手から、水が飛び出した。
……正確には、掌から数センチメートルほど先から水が噴出し、触手の先端に当たったのだ。
水が当たった触手は鋭い先端がフニャフニャになり、動きが止まる。その様子は、まるで紙が水に濡れてふやけたかのようだった。
「何、何だ? 一体」
桜散は動揺していた。自分の手元から突然水が吹き出し、触手の動きを止めたからだ。
しかし彼女は、次に自分がやるべきことを無意識に理解していた。
「はぁーっ!」
かざした左腕に力を込める。何故このような行動をとったのかは、桜散自身にも分からぬ。
ただ、こうすれば今の状況を打開できる。そんな気がしたのだ。
直後、まるでホースから出したかのような勢いで水が噴き出る。桜散の手元から生まれたジェット水流は、目の前でふやけている触手へ向かっていき、命中! ふやけていた触手の先端部分は、紙が破れるような音を出しながらちぎれ飛んだ。
その様を見た桜散は、すかさず、カークを捕えている触手の付け根に向かって右手をかざし、力を込めた。
「はぁ!」
今度は水でできたボールがもう片方の触手の根元に命中し、触手を切断!
すると怪物の動きは、完全に止まった。
「うわっ!」
時を同じくして、カークは5メートルほどの高さから落下!
「カーク!」
桜散は咄嗟に、カークの真下に向かって念じる。すると地面から弱々しく水が吹き出し、カークを受け止めた。
「Ouch!」
水に支えられながら、カークは地面に着地した。
「さっちゃ。お前一体……!? ううっ!?」
桜散の元へと駆け寄ろうとしたカークであったが、直後強烈な眩暈に襲われ、頭を抱えてうずくまる!
(何だ? これは……)
カークの視界に、セピア色のスノーノイズが次々と走る。
「Gaaaaaah!」
カークの脳裏に浮かんだのは……。
――――――――――――。
「カーク! 援護頼む!」
「えぇっ? でも、俺ができることなんて」
「いいから! 私任せにするつもりか?」
「っ! 分かった」
カークは両手で鉄パイプを構え、桜散が左手を構える。
「はぁっ! おりゃ!」
桜散が水弾を2発飛ばし、両方の触手に水弾をぶつけられた触手と怪物の動きが止まる。
「今だカーク! 本体を叩け!」
「分かった! うおーっ!」
カークは白い化物の本体へ走ると、そのまま動きが止まった怪物本体を、何発も殴りつけtttttt――――――――――――。
――――――――――――。
(……、……?)
カークは、己の中に熱い炎を感じた。命の炎だろうか? それが今、消えつつあるのを感じているのだろうか? カークは薄れゆく意識の中でそう思った。しかし、そうでは無い。
炎の感覚は、イメージは、全身へと広がっていく。そして同時に、カークの身体に、異様な力が湧いてきた。
更に、それまで薄れていた意識が急激に引き戻される!
(あ……ああ……あああ! UAhhhhhhhh!)
カークは死に物狂いで、石の巨人のような姿をした怪物に握り締められている身体に力を込めた。すると。
赤黒の世界に、煌々たる業火が具現化する。
突如非常に大きな爆音と共に、怪物の右手がgggggg。
――――――――――――。
「あれは、上級魔術!? くっ!」
桜散に似た姿をした女は、カークの手から放たれた巨大炎弾に対しウォーターカッターを放ち、消滅させようとする。
だが炎弾は彼女の魔術を呑み込むと、そのまま彼女目がけて突っ込んできた。
「馬鹿な! 上級魔術なのに! なぜっ!」
カークが放った火属性の上級魔術に対し最上級魔術をぶつけているにもかかわらず、彼の炎は消えずに女に接近してくる。
「っ! そうか、イメージか! イメージの力か。そういう、こと……か」
女が本質を悟ったその直後、彼女に炎弾が命――――――――――――。
――――――――――――。
「――――――――精神の習熟、もっと簡単に言うと、イメージすることが魔術習得において大事になります」
「――――――――魔力は感情・イメージに起因する力だと。魔力は基本的に強い感情から生まれるものなのです」
……最後にカークの脳裏に響いたのは、初老の男性の声。
その声に、彼は一抹の懐かしさを覚えた――――――――。
――――――――――――。
「――ク! カーク! しっかりしろカーク!」
「……はっ!」
カークが我に返った時、目の前には彼を心配そうな様子で揺さぶる桜散の姿があった。
「大丈夫か!? カークっ!」
「あ、あぁ。……とにかく、話は後だ」
「……?」
我に返ったカークは、急に冷静な様子で怪物の方を向く。
その様子を、桜散は不思議そうな様子で見つめる。
「カーク?」
「また来るぞ! 迎撃準備だ!」
カークの一方的な言葉を裏付けるように、怪物が再び動き出す。
根元から切断された右触手は再び付け根に繋がり、左触手はちぎれた先端部が再生した。
「さっちゃ! 魔術で援護頼む!」
「えっ、魔術?」
突然カークの口から飛び出た「魔術」という単語に、桜散は訝しむ。
「さっきの、水を出すやつだよっ! 水が出る様子を強くイメージすりゃあ出せるだろ?
……俺はこれからあいつに近づくから、さっちゃは触手を魔術で倒してくれっ!」
カークは桜散に対し、水の魔術で自分を援護するよう頼んだ。
「水をイメージすれば出せるって、えっ!? どういうことだカーク……っ!?」
カークに聞き返そうとする桜散であったが、彼は既に怪物目掛け走り出していた。
「あぁーっ! もうっ! 仕方ないなっ! やればいいんだろう?」
桜散は左手を前に構える。
(イメージ、イメージ……)
さっき咄嗟にやったのと同じように、腕から水が出る感覚をイメージする。
するとカークが言ったように、自身の前に水弾が生成された。
(なっ! 本当にできた……)
自身が水弾を生成したという事実に動揺した桜散であったが。
(これを放てばいいんだな?)
即座に次にやることを理解。そして……。
「はぁーっ! てやーっ!」
桜散が水弾を2発飛ばす。一発は右の触手に、もう一発は左の触手へと命中! 触手と怪物の動きが止まる。
「Good Jobさっちゃ! ……後は俺がっ!」
桜散が上手くやったのを確認したカークは化物本体へ走る!
だが怪物本体正面、赤く光る仮面から炎弾1発発射! カークに迫る!
「危ない! カーク!」
すかさず叫ぶ桜散。だが。
「うぉーっ!」
カークは何を思ったのか突然ジャンプ! そのまま両手を地面に向ける!
(炎! 炎だな! Ahhhhhhhh!)
さっき垣間見たビジョンに従うように、脳裏に強い炎をカークはイメージした。
「Ahhhhhhhhhhh!」
するとカークの両手から勢いよく炎が飛び出すと、そのまま彼の身体は宙に浮き、怪物が放った炎弾を避けた。
「炎っ!?」
カークの腕から飛び出した炎を見て、あっけにとられる桜散。
だがそんな彼女を横目にカークは。
「いっけーっ!」
怪物の真上まで跳躍したカークは、そのまま右手を怪物に向ける。
そして先ほどより強い炎……まるでどこかで『体感』したようなイメージを練る。
そして。
「Ahhhhhhhhhhh!」
カークの強いシャウトと共に、彼の右手から赤くて丸い、まるでフィクションに登場するような魔術陣が実体化!
そしてそこから、先ほどとは比べ物にならない炎が怪物目掛け、放たれる!
「―――――――!」
巨大な炎の奔流に飲み込まれた怪物は、声にならない断末魔を上げ……。
「Whoa!」
「ぐぅぅぅぅっ!」
直後響いた強烈な爆発音と共に、桜散とカークの視界は歪んでいった……。
――――――――――――夕方。
「ここは……」
「はぁ、はぁ、はぁ」
2人が目を開けると、いつの間にか見慣れた風景、大学の正門が目の前にあった。
「戻ってきた……のか? 現実世界に」
「ああ……間違いなく現実世界だろうよ」
カークは周囲を見やり、ここが現実であることを確かめた。太陽はすでに地平線の下にある。空の色は、橙色から紺色に変わりつつあった。
「何だったんだろうな、ありゃ」
「私に聞かれても困る。……それにっ!」
突然、桜散は思い出したかのようにカークに詰め寄った。
「さっき私は手をかざして水を出現させた……何も無い所からだ。
更に言えばお前も、さっき腕から炎を出してたよな? ……普通に考えて、有り得ん。
さっき『魔術』と言ったが……カーク、お前何か知っているのか!?」
強い剣幕でカークに迫る桜散。突然の出来事で頭が混乱しているに違いない。
「Ah……そのことなんだけどさぁ」
「ん?」
詰め寄る桜散に対し、カークは
「実は……俺も正直分かってねぇんだ」
カークは困ったような顔で、桜散の問いに答える。
「はぁっ!? あんだけ『魔術』だの『イメージ』だの言っておいて、そんな訳ないだろう? 嘘をつくな!」
桜散目線でとぼけているようにしか見えない様子のカークに対し、彼女は怒り心頭だ。
「本当だって! というか、突然思いついたんだよ。……お前や俺が、腕から水や炎を出して戦っている姿が脳裏に浮かんで、それで」
「じゃあ魔術ってのは?」
カークは脳裏に浮かんだビジョンのことを桜散に話す。
「さっき脳裏に『魔術はイメージの力だ~』みたいな感じの声が頭の中に響いて。
だからさっきのは『魔術』なんだろうな~って思ったんだが」
「はぁ。何言ってるんだ本当に。大丈夫か? 変な体験をしたから頭が混乱しているとか。
……それを言ったら私もそうなのか? うぅん?」
カークの発言に、桜散も頭を抱える。
実際、『急に頭の中に思い浮かんだとおりにやったらできました』というカークの発言は、要領を得ていないと言わざるを得ない。彼自身も混乱している節があるのだろう。
「……」
カークは無言で手に力を込める。
すると、軽い音と共に、一瞬腕から炎が飛び出した。
「わっ! 危ないだろう!? 何するカーク!」
突然飛び出た炎に動揺する桜散。
「……幻じゃねぇ」
「えっ?」
「この炎も、そして化け物も、幻なんかじゃねぇんだ。……さっちゃも今、出せるはずだぜ? 水を」
「……」
桜散は手を構え、軽く念じてみる。すると手の前に水弾が出現した。
「っ!」
桜散は水弾を投げつける。水弾は電柱に飛んでいき、当たって弾けた。……水は、確かに出ている。
「確かに幻なんかじゃないのか……。
じゃあ尚更、この力は一体? 漫画やアニメじゃないんだぞ?」
魔術の実在を改めて認識した桜散は、自身の力に対し、ある種の恐怖を抱く。
「魔術が実在したってことなんじゃねぇの? フィクションじゃなかったんじゃね?」
今までフィクションの中にしかないと思っていた現象に現実で遭遇したカークは、内心喜ぶ一方で、桜散同様恐怖や、また疑念を抱えてもいた。
「仮にそうなら、このことは周りにばれないようにした方がいいな」
「だよなぁ。変に言いふらして、面倒毎に巻き込まれるのはごめんってもんだ」
すごい力が使えるせいで面倒事に巻き込まれるという話は、古今東西の神話やフィクションの王道である。面倒事に関わりたくないカークは、桜散の提案に乗った。
「じゃあこのことは私とカーク、2人の秘密だな。ただ……」
「ただ?」
ここでカークは、含みを持った桜散の言葉を待つ。
「ただ……あの化物が何なのか、『魔術』が何なのかは、一応調べておきたい。興味あるのはもちろんだが、よく分からないままにしておくのは、私としては気が済まない。……付き合ってくれるか?」
桜散は、調べものに付き合うようカークに頼み込む。
「そうだなぁ……得体の知れない力を持っているというのは気味が悪くてしょうがねぇ。よな。今度大学の図書館で調べてみるか」
「ありがとう」
桜散は感謝の言葉を述べた。
得体の知れない力を突如手に入れてしまった少年少女は、とりあえずそのことを棚に上げることで混乱から脱したのだった……。
――――――――――――夜。
「「ただいまー!」」
「おかえりなさい……ってあら? どうしたのカーク。汚しちゃって」
カークと桜散を出迎えた李緒は、カーク服についた土ぼこりについて尋ねた。
「あ、これは。その」
「カークったら、大学の森で近道しようとして足を滑らせたんですよ? 私が居なかったら荷物まで泥まみれだったはずです」
汚れた服についてカークが言い淀んだところで、すかさず桜散が取り繕う。桜散は李緒相手に対し丁寧語口調であり、カークを相手にしているときのようなぶっきらぼうな喋り方をしなかった。
「あら。桜散ちゃんありがとうね。
ほら、カーク! さっさと服を洗濯機に入れてきなさい? 夕飯出来てるわよ」
「はーい!」
カークは脱衣所へと向かった。
「まったくあの子は……。ごめんなさいね桜散ちゃん」
「いえいえ。居候として当然の務めですから、李緒さん」
「本当に良い子ね、桜散ちゃんは」
李緒は桜散の頭を撫でた。
「ふふっ」
桜散は軽く微笑んだ。
その後カークと桜散は何事も無かったかのように夕飯を食べ、2階のそれぞれの部屋に上がっていった。
(はぁ。今日はすごいことがあって疲れたなぁ)
カークは自室で一人ごちる。
(しっかし、俺とさっちゃの力……一体何なんだ? 俺達、魔女の子孫か何かなのか?)
カークは早速、今日起こった出来事を回想していた。
(それにあの時頭に浮かんだ光景……俺とさっちゃが魔術を使って化け物と戦っていたよな?
それに俺が火を使った場面ではゆーずぅもいて。それで桜散と似た女の人とも俺は戦ってて。
Ah―! 何なんだ!? 記憶が飛び飛びだし、夢か何かなのか?)
覚えがない、だけど確かな実感を持った記憶は、カークを更なる混迷に導く。
(というかあの化け物との戦い、何か初めてじゃねぇような気がする。あの時俺は変に冷静だった。恐怖感で色々麻痺してたのかなと思っていたが、今になって考えるといろいろおかしいぞ……?)
カークは怪物との戦いの際、桜散に指示を出すなど普段の彼らしからぬ活躍を見せた。
だが彼自身、あの時の自分の動きをまるで自分で無いような、例えるなら以前から戦いを積み重ねてきた歴戦の戦士のそれのように感じていた。
(まさに『これ何てデジャヴ?』、だな。ほんとんだよ訳分かんねぇ……)
デジャヴュ。既視感。どっかで見聞きしたような感覚。
カークは己の身に起きたことに対し、明確な結論を出せなかった。
(まぁ今度さっちゃと調べることにしたし、今あんま深く考えてもしょうがねぇ。さっさと寝よう……)
そう考え、カークが眠りに就こうとしたその時、携帯電話が鳴った。
(むむっ!? 電話か? 番号は、見たことが無いやつだな)
普通ならそこで無視してしまうところだったが、今日の彼は電話を取った。
「えーと。もしもし、どなたでしょうか?」
「あっ? カーク君?」
「ん?」
電話越しからは、聞き覚えのある女性の声が。
「私だよ。ゆず、譲葉だよ! カーク君だよね?」
「あ。ゆーずぅ! 俺だ、カークだ!」
思わぬ相手からの電話に驚くカーク。
「そうかぁ。やった!」
電話越しに譲葉の喜ぶ声が聞こえる。
「俺もゆーずぅと連絡が取りたいと思ってたんだ。
ところで、何で俺の番号を? 俺はお前に教えた覚え、無いんだけど……」
カークはふと思った。何故譲葉が知らないはずの自分の番号に電話をかけることが出来たのか。
「あ、それはね、調べたんだ」
「だからどうやって?」
「私の家の情報網を舐めない方がいいよ? 人1人の住所くらい簡単に……」
「おいおい、嫌な話聞いちゃったなぁ。プライバシーも減ったくれもないってか?」
「あはっ、大丈夫だよ。今回は必要があったから調べただけで、普段は使わないから」
「そうか」
カークはそれ以上追及しなかった。下手に詮索すると怖いことになりそうだったからだ。
「んで。俺の住所を調べたのはまあいいとして。何の用? 俺今日めっちゃ疲れたんで、もう寝ようと思ってたんだけどなぁ」
ベッドで寝ようとしていた矢先に電話を掛けられ、カークの口からは素の気持ちが飛び出した。
「あっ! ごめんごめん! 手短に言うよ。明日土曜日じゃん? ちょっと一回会わない? 大学の近くに大きめの喫茶店があったでしょ?」
「ああ、あそこなら俺もたまに使うけど……そこに行けばいいのか?」
「うん。あそこに朝10時に来て? 私の今置かれている状況とか、全部話すから」
「分かった。明日の10時だな。必ず行くよ」
「んじゃカーク君、おやすみ。それと寝る前に電話して……ごめんね?」
「いやいや。実は、俺もお前と連絡取りたいと思ってたんだ。ただ、連絡先聞きそびれちまったからさ。どうしたものかと思ってた」
譲葉の申し訳なさげな口調に、カークは気まずくなった。
「そうなんだ。じゃあ、ちょうど良かったね。通話履歴から私の番号を登録しといて。アドレスは明日会った時教える」
「分かった。んじゃ、おやすみな」
「おやすみ~」
カークは譲葉との通話を終えた。
(こいつは僥倖だな。まさかあっちから掛けて来てくれるとは)
カークは譲葉の電話番号を端末に登録する。
(ゆーずぅ、元気そうだったなぁ。ただ……何であんなことしたんだ?)
そしてベッドに潜り、譲葉のことも考えながら眠りに就いたのだった。




