第22.5(0)話『奇妙な予言』
[あらすじ]
2012年4月4日。当てもなく街をぶらつくカークは、怪しげな占い師に出会う。
占い師はカークに対し、今後彼が重大な選択を迫られることを告げるのだが……。
第22.5(0)話『奇妙な予言』
0日目
――――――――――――朝。
西暦2012年、4月4日。ヒノモト国、K県井尾釜市某所にて……。
「起きろカーク。……朝だぞ?」
「……」
青年、カーク・高下は、同居人の少女、住吉桜散に起こされたものの、ベッドから出る気配がない。カークの部屋は整然としており、引きこもりの部屋によくありがちな雑多さは見受けられない。
「もうこんな時間だぞ!?」
桜散は時計を見る。時計の針は十時を指しており、普通に考えれば寝すぎだ。何度も言うが、カークには別に引きこもりやお寝坊さんの気質はない。だがベッドから彼を引きずり出そうとする桜散の行動に対し、彼はベッドで布団にくるまり、全力でその行動に抗った。
「さっさと起きろ! カークっ! 明日は大学だろう? もうこんな時間まで寝てはいられないぞ!」
「……」
桜散の話に全く耳を貸そうとしないカーク。
「……行きたくないお前の気持ちも分かるが、それでもっ!」
「……」
「……はぁ。……朝ご飯は冷蔵庫に入ってるからな?」
しばらくして桜散の方が根負けし、彼女はため息をつきながら部屋を出て行った。
「……分かってるよ」
桜散が部屋から出て行った後、カークは1人、ウンザリした様子で呟いた……。
その後カークは1人で遅い朝食を食べた。先ほどの桜散や、彼の母親である高下李緒は既に外出済みだ。
「……」
無言で冷めたスクランブルエッグを口に運ぶカーク。
彼からは形容しがたい、鬱屈とした雰囲気が漂っているのであった。
――――――――――――午前。
朝食を食べ終えたカークは、気晴らしに外出することにした。彼は服を着て家を出る。
カークの服は、上が灰色の厚手のシャツで、下は黒いスラックスだ。彼はこうした、地味で目立たない色の服を好んでよく着る。服を買いに行く時もこういった服ばかり選んで買うので、正直ファッションセンスは微妙だ。
「……」
カークは無言で家を出ると、家の近くにある地下鉄駅に向かう。
カークの住んでいる井尾釜市はヒノモトの中部にある、人口373万人の大都市だ。……とはいえ市の面積は広大で、いかにも都会の部分から緑ばかりの部分とピンからキリまである。
カークの住んでいる地域は、いわゆる中心から離れた郊外の地域だ。
「……」
カークは地下鉄駅に着くと、すたすたと入口の階段を降り、そのまま改札口に電子切符をかざす。切符は定期券で、彼は半年のものを買っていた。
「……」
改札を通り、そのまま地下2階のホームへ向かう。今回彼の行き先は上り方面なので、彼は上りホームに向かった。
ここで彼が今居る「弘妙寺駅」と、そして彼がこれから乗ろうとしている「市営地下鉄・青羽」について説明したい。
市営地下鉄・青羽は、井尾釜市交通局が運営する2つの地下鉄の内の1つで、東部を逆Cの字型に走る第三軌条方式の地下鉄道である。始点駅は井尾釜市北部の「すすき野駅」、終点駅は井尾釜市に隣接する藤澤市にある「相南台駅」で、33の駅がある。弘妙寺駅は始点から数えて22番目の駅だ。
始点は開通当初すすき野の1つ隣にある「野あざみ」駅であったが、2000年代の延伸工事事業によって1つ隣の「すすき野駅」が建設され、12年現在はそちらを始点として運航している。
ちなみに昼間は1時間に2本快速電車が運航しているものの、残念なことに弘妙寺駅には停車しない。弘妙寺駅の1つ隣には快速停車駅の「上大岡駅」があり、そこから私鉄「都釜線」への乗り換えが可能になっている。
通勤ラッシュ時(7~9時)は1時間に7~8本の電車が走り、6両ある車両の内4号車は朝9時まで女性専用車となる。
とまぁ、そんな感じの地下鉄に、カークは乗るべく待っていた。カークが駅に到着したのは、ホームを2本目の快速電車が通過した時であった。彼はそのまますぐに来る普通電車の到着を待つ。
「……」
数分後、各駅停車の普通電車がホームに入ってくる。通勤ラッシュを大きく過ぎた時間帯ということもあり、列車は人込みなくガラガラであった。
とはいえ市の中心部に向かう方面の列車ということもあって、ロングシートの座席は大抵埋まっており、座るのは容易ではない。カークは座っていた人が座席から立ち、この駅で降りるのを見計らって列車に入り込むと、他の人が座る前に空いた場所に座った。
「……」
本当は端の方の席に座りたかったカークだったが、端は人気で大体埋まっている。
妥協したカークは鞄から携帯音楽プレーヤーを取り出すと、好みのゲーム音楽を聴き始める。彼が音楽を聴こうとカナル式イヤホンを耳にはめると同時に発射のベルが鳴り、電車は緩やかに走り出した……。
――――――――――――。
列車の中、ノイズキャンセリング機能付きのヘッドホンで快適に音楽を聴くカーク。電車は暗闇の中を走り続け、二十分程度で市の中心地、井尾釜駅へと到着した。
「……」
目的の駅に着き、電車を降りるカーク。彼はそのまま改札口へ向かい、地下道の階段を上って外に出た。
駅から出たカークは、そのまま当てもなくぶらぶらと周囲を歩く。
井尾釜市の中心部であるこの井尾釜駅は、ヒノモト国の鉄道駅の中でも最古の部類に入る駅で、6社10路線が乗り入れする一大ターミナル駅だ。
その駅舎は長年増改築を繰り返しており、ある場所で工事が終わると別の場所で工事が始まり、それが終わると更に別のところで工事が始まる。いつ行っても工事中を表す白や青のシート、無骨な配線類や鉄骨等が散見されることから、「井尾釜駅の工事はいつ終わるのか?」ということでしばしば話題となることも多い。
生物の細胞が新陳代謝で新しく入れ替わっていくように日々新しく造り替えられ、人々という血の流れが躍動するこの駅はさながら「生きている」と言えるだろう。
そんな井尾釜駅であるが、近くには客引きなども多数存在し、目的もなしにぶらぶらと歩くのは危険を伴う。
だがこの日のカークの目的は気分転換だ。……無論客引きに乗るつもりはない。だが今の彼は特に目的もなしにぶらぶらと歩いていた。
「……」
お腹が空いてきたら、近くのデパートのフードコートやパン屋で何かを買って食べればよい。
そんな心持ちで、彼が駅から近くの川に掛かっている橋(南幸橋)に向かって歩いていた時であった。
「あーその、そこの少年」
……歩いていたカークの足が、ふと止まる。
「そう、そこの君だよ君」
カークを引き留めたのは、何やら怪しげなローブのようなものを羽織った、1人の男であった。男の外見は黒いアフロヘアで、肌は黄色がかった肌色、風貌はお世辞にもイケメンとはいいがたかった。
「……俺に何の用だ?」
ここまで沈黙を守っていたカークが、口を開いて問いかける。
「あーその、私、今占いをやってまして」
男は自分の真後ろを指差す。……橋の傍にある道路には不法占拠屋台群が並んでいたが、その中に一軒、黒い覆いがかけられた移動式の屋台があった。
「……お断りする」
怪しげな勧誘の類と考え、男から離れようとするカーク。だが。
「待てっ! 待ってくれっ! 私、君にピーンと来たんだっ! お代はタダでいいから、1回でいいから占わせてくれ! 頼むっ!」
カークの袖をつかみ懇願する男。
「……」
カークは男を再度見る。……正直不信感は消えない。
だが、この時の彼は、ふと普段なら抱かないであろう興味をわずかに持った。
「……怪しげな真似をしてみろ、警察を呼ぶからな?」
「えっ? なら」
「タダなんだろ? なら占い、乗るぜ?」
カークは男の占いを受けてみることにした。
「ありがとうございます! ではこちらへ……」
男に引っ張られるように、カークは屋台に入った。
――――――――――――。
「それで、占いって何をするんだ?」
「それはですね……こちらを使うのです」
男はローブの裾からカードを取り出す。カードは全部で22種類あり、それぞれに数字と絵柄が書かれている。
「それって、タロットカードか? ……大アルカナの」
ヒノモトの漫画やライトノベル、アニメやゲームを嗜むカークは、それが何であるかすぐに分かった。
「その通りです! これを占いに使います」
男は22枚のタロットカードをシャッフルすると、山札にしてカークの目の前に置いた。
「さて。これから占いを始めます」
「……」
男の言葉に、カークは固唾を飲む。どうせペテンの類だ、そう決めつけ話半分に聞こうと考えていたカークであったが、いざ占いが始まると緊張し、両脚をぴたりと付け、手を脚に固く付けた。
「まぁ、そう気張らずに。これは私のサービスなので、君は気楽にしてくれればよいです」
「……分かった。それで、これから何をするんだ?」
男に何をするのか尋ねるカーク。
「簡単です。私が指示を出すので、その通りにしてください」
「分かった」
カークは男の指示を待った。
「それでは、今目の前に置いたカードを、上から3回めくり、左から順番に並べてください」
カークは男に言われた通り、山札からカードを3枚めくると、それを左から順番に並べた。
「これは……なるほど……やはり……」
カークが山札からカードを1枚めくる度に、男は興味深そうに頷く。
「やはり? この3枚のカードに、何の意味があるんだ?」
カークは3枚のカードを見つつ、1人頷く男に尋ねる。
彼がめくった3枚のタロットカードは、左から「塔」「魔術師」「恋人達」の順に並んでいた。
「この3枚のカードは、左から順番に過去・現在・未来に対応しているんです」
「過去と現在と未来?」
男の言葉に、率直に尋ね返すカーク。
「はい。まず『塔』は崩壊を表すカード。君は以前何か、良くないことが起こったのでは?」
「っ!」
過去に良くないことが、起きた。
自分の事を、当てられている?
男の言葉に、カークの目は大きく見開かれ、身体からは汗が流れ始めた。
「図星……ですか? まぁ、何が起きたかは聞きません。
過去がどうあれ、人間大事なのは今と未来なので」
「……」
今と、未来。
カークはその言葉に対し、何とも言えない不快感を覚えた。
「次に、『魔術師』。これは可能性を表すカード。君には今、沢山のチャンス・機会があるようだね」
「……」
分かったような口をきく男に、カークは内心苛立ちを覚え始めていた。
「そして最後の『恋人達』。恋人達は恋愛とも書かれますが、実は男女の恋愛とはあまり関係がなくて、実際には『選択や決断』を表すカードです」
「選択……」
男が言いたいことを、カークは何となく察し始めた。
「つまり! 今君にはいくつも可能性があって、そしてそれらをこれから選択することになる。おそらく君はこれから、重大な選択を迫られることになるはず」
「重大な選択、ねぇ……」
カークの口調に、退屈さが混じり始める。……またかよ。またこんな説教めいたことか。
カークは男の占いに対し、期待外れだという印象を感じた。
「どうしました? 何かお気に召さないことでも?」
「あ、いや、何でも、何でもないです!」
男に内心を見透かされたカークは慌てて取り繕うものの、内心では苦虫を噛み潰したような気になる。
「……まぁ。さっきも言いましたが、君に何があったのかは聞きません。この占いの結果は外れることもあります。ただ……」
「ただ……?」
男は間を置くと、カークに対し一言だけこう忠告した。
「何事にも恐れることなく、物事を選んでいくのが良いと、思いますよ?」
――――――――――――午後。
(けっ、何が占いだ……)
占い屋と怪しげな男から解放されたカークは、そのまま足早に家への帰路に就く。
本当は色々やるつもりだったのだが、男の占いで完全にやる気が無くなってしまっていた。
(何が、無限の可能性だっ! 馬鹿馬鹿しい!)
カークは男のいかにもそれっぽい言葉に苛立ちを隠せない。
(人間どんなに頑張ったって、選べる道は限られてる! 自由にマス目を引けるボードゲームなんて、この国には存在すらしねぇ!)
ぶつぶつと小声で呟きながら、駅の改札を通るカーク。
その様子を見た周囲の人間達は、彼から距離を取る。
(……どんなに頑張ったって、どうにもならねぇ時もあるじゃねぇか)
カークが改札を通過した時、下りの電車から人が降り始める。
カークは階段を駆け降りようとするも、改札への階段を上る人々に遮られ、なかなか階段を下りられない。
そうこうしている内に電車に張り付いていた人々が乗り込んでいき、ホームドアは無慈悲に閉まる。
(Damn! ほれみろ! こんなんだよ!)
発車していく電車を見ながら、カークはホームの柱に手をぶつけようとするも、寸前で思い留まる。
(世の中、なるようになるしかねぇんだ……)
無気力感に苛まれながら、カークは階段の裏側で次の電車を待った。
早く家に帰ることと占いのことで頭が一杯だったカークは、この時見逃していた。
先程発車した電車が、自宅近くの駅を素通りする「快速」電車であったことを……。
――――――――――――。
「……ただいま」
「あら、おかえり。カーク」
家に帰ったカークを、彼の母である李緒が出迎える。
「お風呂湧いてるわよ?」
「……」
李緒にそう呼び止められるも、彼はそのまま自室がある2階へ上がっていった。
「……あら?」
自分の言葉を無視された李緒は、不機嫌そうなカークの様子に首をかしげるのだった。
――――――――――――夜。
そして夜。カークはベッドに入り、眠りにつく。
(……)
その間彼の中には、明日久しぶりに行くことになる大学の事や、今日の奇妙な予言のことが絶えず頭の中を駆け回った。
(……畜生! 眠れねぇ!)
もやもやする思いを抱えながら、彼は必死に眠ろうと悪戦苦闘するのだった……。




