第22話A『揺らぎ煌く世界(後編)』
[あらすじ]
戦いの末に桜散の母、桜花を改心させたカークだったが、李緒から桜散が居なくなったという知らせが届く。理正から桜散が着けている髪飾りの秘密を聞かされたカークは、桜散を探すべく街中を駆け巡るが……。
これは、1つの結末。
第22話A『揺らぎ煌く世界(後編)』
74日目
――――――――――――午後。
理正の家を飛び出したカークと理正は、急いで駅へ向かう。
そしてその途中、カークは総一郎と譲葉にメールを送った。
「『仮面の怪物』は暴走・増殖したナノマシンの集合体です。そして仮面のように見える部分は、かつてのE2Cの残骸」
電車に乗りながら、カークに語りかける理正。カークはその話を黙って聞いている。
「E2Cのナノマシン集合体は、ある種の量子コンピュータめいた演算能力を有しており、感情という複雑な『情報』を魔力という『エネルギー』に演算・処理、そして変換しています。ナノマシンの集合体である仮面の怪物もその影響で膨大な魔力、つまりエネルギーを持っており、そのエネルギーで空間を歪ませ、我々の世界と異なる空間に姿を潜ませているのです」
「……」
隣に座る理正の話に黙って頷くカーク。初めて聞く情報を、カークは慎重に頭に流し込んでいく。
「……私はずっとE2Cについて、密かに研究してきました。
正体不明のマジックアイテム……中心部に特殊なナノマシンが使われていることや、その作用こそ突き止めたものの、その出所は完全にブラックボックスのまま」
車窓から遠くを眺める理正。時間帯も時間帯なので乗客はまばらだ。
「更に言えば、仮面の怪物が井尾釜市に集中的に出没している原因も謎なんですよ」
「謎?」
理正にも分からぬ謎。カークは無意識に聞き返す。
「はい。E2Cは色々な形があると言いましたが、そもそもたくさんあるような代物ではありません。仮にそれらが全部暴走して怪物になって、そしてそれが1つの街に集中的に現れるなんてこと……極めてまれな事象です。
井尾釜市に何か怪物を引きつける要素があるのか、それともE2Cが井尾釜市に集中しているのか……。まさしく謎という訳です」
一通り話を終え、理正は軽くため息を吐いた。
――――――――――――。
「あっ! カーク君! 理正さん! こっちこっち!」
地下鉄駅のホームに着いた2人に対し、譲葉が声を掛けてくる。彼女とはここで待ち合
わせをする予定であった。
「ゆーずぅ。……すまねぇな。わざわざ」
急に呼び出したことを謝るカーク。
「ううん。話は聞いたよ。桜散ちゃんを探すんでしょ? 総一郎君にも連絡したんだよね?」
「ああ、そうだ。悪ぃな」
「……ありがとうございます」
カークに合わせるように、理正も譲葉に頭を下げた。
「いやいや……当然でしょ? それに従姉さんだしね。家族みたいなものでしょ? ママも心配してたよ? とりあえず、急いで探さないとね」
譲葉は携帯端末を取り出すと、メールを送り始める。
神妙な面持ちの彼女の様子に、カークと理正は固唾を飲んで見守った。
pppp……pppp……。
しばらくすると、譲葉の端末から着信音が鳴る。即座に彼女はメールに目を通すと、2人にこう告げた。
「早速見つかったみたいよ? 桜散ちゃん」
「What’s!? 本当か!?」
メールを送ってから十分も経たない内の返答に、カークは目を見開く。
「流石は九恩院家の情報網ですね……。それで、娘はどこに?」
一方で落ち着いた様子の理正。譲葉に桜散の居場所を尋ねる。
「えっと……どうやら井尾釜駅の電車に今乗ったみたい! 急がないと!」
譲葉は理正にそう伝えると、踵を返して改札へ走り出した。
「A! おいゆーずぅ!」
カークと理正は慌てて後を追った。
その後3人は井尾釜駅から電車に乗り、隣の東神名川駅に向かう。この間桜散はずっと九恩院家に連なる者にマークされ続けており、3人はそれを基に桜散の下へ急いだ。
――――――――――――。
「さっちゃ!」
HRの東神名川駅と隣接する、都釜線中木戸駅の高架下。そこで桜散と対峙する、カーク・理正・譲葉の3人。
だが、彼らと対峙する桜散の様子は、明らかに異常であった。
「これは……」
顎に手を当てる理正。その手は小刻みに震えている。
「……さ……が……ば……。……え……が……ば……、……い……っ!」
「さっちゃ……?」
桜散は虚ろな目でぶつぶつと言葉を発しているが、それらは全くと言っていいほど意味をなしていない。それどころか周囲にはどす黒いオーラが漂っており、明らかにヤバい雰囲気満載である。
「桜散ちゃん! 大丈夫?」
カークと譲葉が、彼女に近寄ろうとした直後であった。
「グァァァァァァ!」
「きゃっ!」
「Wow!」
突如桜散が轟音でシャウト! 二人はオーラに吹き飛ばされ後退!
そして彼女が付けている髪飾りにはめ込まれた宝石がオレンジから紫、そして赤色に変色し、どす黒い煙
のようなものを噴出! 彼女の身体を瞬く間に包み込んでいく!
更に周囲の景色は赤黒く変色していったかと思うと、瞬く間に人っ子一人居ない空間へと書き換えられていく。
「さっちゃ……そんな……」
変貌していく『彼女』に対し、叫ぶカーク。
恐れていた事態が、目前で起ころうとしていた。
「カーク君! 早くっ! 早く髪飾りをあの子からっ!」
茫然自失のカークに対し、稀に見る大声で叫ぶ理正。
「A……あぁっ! Ahhhhh!」
理正の声で我を取り戻したカークは、桜散から放たれる黒いオーラの奔流に押されながらも近づいていき……。
「こんのーっ!」
そして髪飾りに手を伸ばし、髪ごと引きちぎる。
「うぉりゃーーーーーーーー!」
そのまま盛大に豪投し、虚空へと投げつける。
同時に、桜散はその場にぐったりと倒れこんだ。
「さっちゃ!」
カークは桜散を抱きかかえる。……息はあるが意識がない。
「危ない! カーク君! 上っ!」
刹那、髪飾りが投げられた方向を見ながら叫ぶ譲葉。
「Eh……m!?」
カークがその方向を見ると……そこには。
――――――――――――異空間(●●●●)。
「――――――――――」
浮遊しているその姿を一言で述べるなら、「ウェディングドレス」。身の丈5mはある、巨大なウェディングドレスである。
ドレスの色は水色で、形状は比較的シンプル。だがそれを着るはまごうことなき異形。
「あれが……」
カークは『桜散の髪飾りが変化したモノ』をまじまじと見つめる。ドレスの袖から出ているのは、骸骨の腕。
そして顔と思しき部分には……非常に巨大化しているものの、桜散が付けていた髪飾りと同じ形をした黒い仮面があった。仮面は左半分が大きく欠損しており、欠損部には漆黒の闇が映っている。
「カーク君! 桜散を抱えて距離を!」
理正は迷うことなく髪飾りだったモノ……E2Cが変異した『仮面の怪物』に対し火炎弾を飛ばし牽制! カークが桜散を抱えて逃げる時間を稼ぐ。
「えっ? ええっ? 桜散ちゃんの髪飾りが、怪物に……。じゃあやっぱり怪物の正体って。
でも、どうして? どうして桜散ちゃんが!?」
目の前で起こり続けている事象を前に、一人事情を知らない譲葉は頭を抱える。
「ちょ、ちょっと落ち着けゆーずぅ! 桜散は大丈夫だ、生きてる。とりあえず事情と経緯は後で話す。……それで理正さん。どうすればいい!?」
譲葉を落ち着かせつつ、理正に何をすべきか尋ねるカーク。
「とりあえず、まずはあの怪物を倒しましょう」
振り下ろされる怪物からの攻撃を避け、カークに指示を飛ばす理正。怪物は執拗に理正
を追跡し、どこからか召喚した巨大なウェディングケーキナイフによる一撃を加えようとしている。
「OK! ……それでゆーずぅ、大丈夫か? 今……戦える? 戦えないようなら」
動かぬ桜散を見て俯いている譲葉に対し、カークは尋ねる。
「……大丈夫。私も戦う! 多分一刻を争うんでしょ? 気を落としている場合じゃない!」
譲葉は立ち上がると、横たわる桜散を再度一瞥。
そして刹那、カーク達とともに怪物と相対した。
「援護します理正さん! Ahhhhhhh!」
カークは怪物の背後に火炎放射! 命中! だが怪物の注意は理正に向いたままだ。
「ムムムムムーッ!」
怪物の頭上に氷柱を落下させる譲葉。すると、それまで執拗に理正を追跡していた怪物の動きが止まる。
「理正さん!」
怪物の動きが止まったのを見計らって駆け寄ってくる理正に対し、譲葉は治癒魔術をかけた。
「ありがとう譲葉君。助かりました」
トレンチコートについた土ぼこりを払う理正。
「それで、怪物の方はっと……Wow」
カークは怪物を見る。怪物は真正面をカーク達に向け、巨大なケーキナイフを打ち下ろしてくる!
「危ないっ!」
とっさに左右に分かれて避けるカーク達。
「ちぃっ! ええぃ!」
理正は左手のE2Cから次々と巨大な炎弾を放ち、怪物にぶつけていく。
「Ahhhh!」
逃げ回っていたカークは突如振り向くと、そのまま怪物の真横に突進! 怪物に拳による一撃を当てる。
「ムムムムムムーッ! こんのーっ! さっさとやられろーっ!」
譲葉は両腕に力を込め、怪物に力いっぱいの吹雪をお見舞いする。彼女の両目には怒りとも悲しみとも形容可能な涙が浮かんでいた。
赤黒い空以外何もない異空間に、炎弾の着弾音と布を擦る音、そして吹雪の音が空虚に響く。
「――――――――!」
するとカーク達の攻撃が効いたのか、怪物は例によって言葉にならない叫びをあげ、その姿がゆらゆらとぼやけ、消えていく。
同時に周囲の赤黒い空間もぐらぐらと揺らぎ始め……。
元の世界に戻ったカーク達は、急いで救急車を呼び、桜散を病院へ搬送した。
――――――――――――夜。
「……」
「……」
「……」
病室のベッドで眠る桜散を前に、カークと譲葉、そして理正が無言で座り込んでいる。
結局あれから桜散は目を覚ますことはなかった。いわゆる昏睡状態である。
また十数分前に桜花と李緒が病室に来たが、経緯を聞いた後すぐに帰って行った。どうやら今晩、桜花と理正の2人はカークの家に泊まることになったようだ。
「……失礼します。こんばんは、皆さん」
夜の病室に、総一郎が静かに入ってくる。譲葉が呼んだのである。ちなみに彼女はアレクシアにも連絡を入れたのだが、どういう訳か返事が無い。
「何が起きたか、譲葉さんから聞きました。……それで理正さん、カーク君。桜散さんの身に何が起こったのか、説明していただけますか?」
総一郎は2人に説明を求める。
「A、あぁ……」
「実は……」
カークと理正はE2Cのこと、そして桜散の身に起きたことを2人に話し始めた。
「桜散さんの髪飾り……怪物の正体はあれが原因!?」
カーク達の説明に動揺を隠せない総一郎。
「ああ。そうだ。理正さんの言う通り、あれはただの髪飾りじゃなくてE2C……感情を魔力に変えるマジックアイテムだったんだ。そんで、それが魔術師の負の感情で暴走した末に生まれるのが、あの化け物だ」
理正の説明を補足するカーク。
「前に地下鉄で異空間に入ったとき、指輪の力に飲まれた女の子のビジョン……を見たよね? あの腕輪もE2Cで、あそこで見たものは怪物になる前の記憶だったってことかぁ」
事情を聞かされた譲葉の脳内で、全てが繋がっていく。
「正確には記憶そのものというより、所持者の構成情報をナノマシンが複製・投射したもの、というのが正しいと思います。暴走したE2Cは持ち主の肉体と魂を取り込み、そしてそれらが持つ情報を材料として増殖しますから」
譲葉の推測を修正する理正。
「記憶にしろそれを再現したものにしろ、大体似たようなものだとは思いますよ?
それにしても指輪に髪飾りですか。もしかすると、家に飾ってある腕輪も」
ここで総一郎は、以前道端で拾った腕輪のことを思い出す。思えば魔術に覚醒したのは、あの腕輪とともに異空間に取り込まれてからであった。
「腕輪……ですか。現物を見てみないことには何とも言えませんが、E2Cには魔術の素養がある人間の魔術覚醒を誘発する効果もあります。なので、もしかすると総一郎君も、それがきっかけで覚醒したのかもしれませんね」
どうやら総一郎の覚醒は、彼が偶然拾ったE2Cによって引き起こされたもののようだ。
「なぁ総一郎。一応聞くが、あの後腕輪は使ってないよな?」
念を押すように総一郎に尋ねるカーク。流石に桜散の二の舞は避けなければならない。
「はい。付けてませんよ。と言うかそもそも、あれに不思議な力があるなんて知らなかったわけで
すしね。一応気になったので飾ってますが……着けて魔術を使うという発想はありませんでしたよ」
「確かに言われてみればそっか。まぁ着けてなくてよかったな」
「ですね」
カークと総一郎は、互いに顔を見合わせると、ほっと胸をなでおろした。
「えーっと……それで。桜散ちゃんの意識は?」
ここで譲葉が、話題を眠り続ける桜散のことに切り替えた。いまだ目覚めぬ彼女であるが、いついかにして目覚めるのだろうか?
「一応、完全に取り込まれる前にカーク君が引きはがしてくれましたが……正直何とも言えませんね。 肉体が生命活動を続けているので魂は取り込まれずに済んだとは思いますが、私を執拗に攻撃しようとしてきたことを考えると、あの子の『心』は……」
譲葉の問いに対し、理正は暗い表情で答える。
「それで目を覚まさないってこと?」
さしずめ、心を食われて廃人状態になったといったところであろうか。
桜散の深刻な状況に、譲葉は顔を歪ませた。
「暴走したE2Cに取り込まれた人間を救う方法は、ありません。ナノマシンは構成元素・情報を餌に増殖するので、取り込まれれば分解・吸収されて、人としては死んだも同然です。
身体が生きた状態で残った今回の例はイレギュラーですが、いかんせんこのような事例は初めて見ましたので……。最悪このままずっと意識が戻らない可能性も」
「そんな……」
理正の言葉に、譲葉は絶句する。理正ですら、桜散の意識が戻る方法は分からないらし
い。
まさに行き詰まり。今の状態を一言で表現するならこれほど適切な表現はない。
重い空気が、場を支配しようとしたその時であった。
「……アレクシアさん」
「Eh?」
「えっ?」
「っ!?」
それまで理正と譲葉のやり取りを黙って聞いていた総一郎が、唐突に口を開く。
「アレクシアさんです。彼女なら、何か知っているかもしれませんよ?」
「アレクシアが? いや……待てよ? 確かあいつが、最初にE2Cについて言及したんだよな。……異空間で」
再び地下鉄の異空間を思い出すカーク。
「そっか。もしかしたらE2Cや、怪物の正体についても知ってたのかも」
総一郎の言葉に同意する譲葉。
「そうです。そういえば前に、カーク君や桜散さんと、そのことについて話したことがありましたね。それで、アレクシアさんの家に皆で行こうという話になってたのですが……すみません。僕があのようなことになって」
以前、総一郎はカークと桜散に、アレクシアの住処に一度向かうことを提案していた。しかしその後総一郎が入院する事態になったこともあり、この話は保留になっていた。
「そうだったんだ。じゃあやっぱり、一度アレクシアちゃんに聞いてみようよ?」
「だな。じゃあ早速連絡……っと、確かメールの返事なかったんだっけか?」
「そうそう。どうしよ? 今日はもう遅いよね?」
「でしたら明日、大学に行く時にでも……」
アレクシアに会って、話を聞く。このことで3人が意見をまとめようとした時であった。
「……こほん。カーク君。譲葉君、総一郎君」
突如、3人の会話に理正が割り込んでくる。
「Eh? 何ですか? 理正さん!?」
「えっ?」
「何でしょうか? 理正さん」
咳払いとともに割り込んできた理正に対し、3人は会話を止める。
「君達その……今、『アレクシア』と言いませんでしたか?」
自分の耳で聞いたことが真実かどうかを確かめるような口調で理正は尋ねる。
「確かに言ったが……それが何か?」
理正の問いに対し不思議そうな様子で尋ね返すカーク。
「そのアレクシアさんというのは、どういう人物なのですか?」
カークの質問に対し、理正は再度質問で返す。2人の間で、質問と質問がキャッチボールされる。
「そう言えば、理正さんには話してなかったよね? えーと、理正さん。アレクシアちゃんってのは……」
ここで譲葉は、理正とアレクシアに面識がないことに気づく。
そして彼に風の魔術を使う不思議な少女、アレクシアのことを話し始めた。
「……そんなまさか。いや……でもあり得なくはないか」
譲葉の説明を聞いた理正は、何か思い当たる節があったようだ。
「理正さん。ひょっとして、アレクシアのこと知ってんのか?」
問いかけるカーク。縁談問題や京道の件といい、世界は案外狭い。
「知ってるも何も、多分その子……私の教え子ですよ?」
理正は確信を得たかのような表情とともに、カーク達に1つの事実を告げた。
「A?」
「えっ?」
「理正さんの、教え子!?」
理正の言葉に、若干オーバー気味なリアクションで答える3人。特に総一郎は声がでかい。
「ちょっ、総一郎、静かに! ここ病室で、しかも夜だぞ?」
「あっ、すみません……」
声の大きさをカークに指摘され、申し訳なさそうに縮こまる総一郎。
「理正さん。アレクシアちゃんってどんな子ですか? 知ってることを教えてほしいんですが」
そんな2人をよそに、アレクシアのパーソナリティについて譲葉は尋ねる。
「えっと……彼女はとても優秀な子でしたよ。私が教えてきた中で最も優秀で……そして最も愚かな子でした」
「最も……愚か?」
愚か。普段の理正からはとても出ないような言葉に対し、譲葉は怪訝そうな顔をする。
「あっ、いえっ。愚かってのは、馬鹿って意味じゃないです。というか表現が不適切でしたね。……愚直、あるいは頑固、という表現が適切でしょうか? 意志が固いというか、一度決めたら最後までそれを真面目にやり遂げようとする。あの子はそんな子でした」
表現がまずいと思った理正は、慌てて訂正した。
「愚直で頑固? 確かにアレクシアちゃん、何というか、意志が強そうな感じはある気はするけど……」
桜散に対し毅然とした態度で言葉をぶつけるアレクシアの様子を思い浮かべた譲葉は、理正が評価する彼女の人柄についてさもありなんと思った。
「理正さん。それで、なぜアレクシアさんのことを? E2Cの件と、やはり何か関係が?」
ここで総一郎は、理正に対し彼の問いの真意を問いただす。
「いいえ。そういう訳ではないのです。個人的にちょっと気になることがあって」
「気になること?」
譲葉は理正に尋ねる。
「はい。……彼女は、E2Cを使っていましたか?」
3人に対し、意味深長な問いを投げかける理正。
「E2Cを? いや、あいつは使ってなかったはずだぜ? なぁゆーずぅ、総一郎?」
「うん。確かに使ってなかったと思う」
「彼女は素手で魔術を行使していたはずです。仮に非常に小型のE2Cがあった場合は何とも言えませんが、少なくとも僕たちの前で使っている様子はなかったと思います」
「そうですか……うーむ。分かりました。答えてくれてありがとう」
3人の答えを聞いた理正は、何やら黙って考え込んでしまった。
「理正さん。その。多分だけど……アレクシアなら、あいつならさっちゃの目を覚まさせる方法について知ってるかもって、俺達は何となく思ってるんだが」
無言で思案する理正に対し、カークは恐る恐る尋ねる。すると。
「確かに、何かしらの方法を知っているかもしれませんね。……あの子のことですから、E2Cや怪物についての理解度は私と同程度、あるいはそれ以上に至っていると思いますし」
理正の見立てでは、アレクシアは相当魔術に精通しているようだ。
「へぇ、アレクシアちゃんのことを高く買ってるんですね、理正さん」
アレクシアについて高く評した理正に対し、譲葉は穏やかな様子でこう告げた。
「えぇ。真面目でしたが、時には私の想像を上回ってくる……そんな子でしたから。魔術を使えるとなれば、間違いなく研究しているに違いないですし」
理正は目を閉じる。彼の脳裏には、在りし日の研究風景が思い浮かんでいるのであろう。
「いい、教え子だったんですね」
アレクシアのことを懐かしそうに語る理正を見て、総一郎の心には尊さが満ちた。
「はい。最近永らく会ってなかったので元気にしているか心配でしたが、君達の話を聞く限りは大丈夫そうですね。ふむ……」
眠る桜散の隣で思索する理正。彼はどうやら、このまま遅くまでここに居るようだ。
「よしっ! それじゃひとまず今日はこれくらいにして、明日からアレクシアを探すか!
理正さん! 先に家に帰ってますね」
「分かりました。私も後で帰ります」
「おっけー。それじゃあ、又明日」
「おやすみなさい。カーク君、理正さん、譲葉さん」
カークの一声で、この日は解散となった……。
――――――――――――深夜。
カーク達が病室を出て行った後、理正は1人、眠る桜散と共に病室にいた。
「あの馬鹿……。『この世界』に居るということは、使ったのか。……E2Cを」
理正は病室の窓辺に立つと、僅かに見える星空を眺め、1人寂げにこう呟いた。
「……シア」
1人の少女を案ずる呟きを聞いた者は、眠り姫だけであった。
75日目
――――――――――――午後。
次の日の放課後。カーク・譲葉・総一郎の3人はアレクシアを捜索した。
「どう? 見つかった?」
「いや。ダメだ、見つからねぇ。大学には来てると思ったんだがな……」
譲葉に対し疲れた様子で報告するカーク。
「相変わらずメールを送っても返事が無いようですね。電話をかけても出ませんし、一体どうしたのでしょうか?」
心配そうな顔で携帯端末を見つめる総一郎。相変わらずアレクシアとは連絡が取れない。
「そっか。うーん、どうしよう……一刻を争うかもしれないのに」
未だ目を覚まさぬ従姉を思い、あわあわし始める譲葉。
「落ち着けゆーずぅ。取り合えず俺はもうちょっと探してみる。あいつは俺に心を開いてるみたいだから、俺からもメール出してみる」
「わかりました」
「……分かった。じゃあ少し休んでから、捜索再開! 何かあったらすぐ連絡すること!」
「了解!」
「Roger!」
3人はその後10分ほど休憩した後、捜索を再開した。
――――――――――――夕方。
「Hh……。とはいったものの、どうしたもんかな」
井尾釜駅近くの大通りで、カークは一人ごちる。あの後アレクシアにメールと電話を試してみたが、やはり音沙汰がない。
(一体何処に……Mh!?)
すると向かい側の歩道に、長い金髪の女性の姿が。
(あっ、居た! アレクシアだっ!)
カークは即座に横断歩道を探し、走って渡ろうとする。だが。
「Wow!」
彼の真横には、猛スピードで走行する自動車が。
(がっ……)
アレクシアに気を取られ、よもや赤信号を見落とすとは。まさに迂闊としか言いようがない。
だが、彼の身体は車にぶつかることはなかった。
突如辺り一帯に吹く、一陣の風。
「ぐわっ!」
カークは、自分の体が宙に浮くのを感じる。そして。
「ぐ、ぐぐ……」
彼が気付いた時には、道路脇の茂みに頭から突っ込んだ状態になっていた。
「M、mm―!」
彼は両手をバタバタと動かしながら、何とか顔を上に出す。
「ぷはーっ! げほっ! げほっ!」
勢いよく茂みに突っ込んだためか、手や顔にはかすり傷ができている。
「……危なかった、わね」
上半身を茂みから出した状態のカークに、金髪の少女が声をかける。
「……アレクシア」
カークはアレクシアに声を掛ける。
すると彼女は、彼に左手を伸ばしてきた。カークはすかさず彼女の手を取り、茂みから抜け出した。
「大丈夫? 怪我は……?」
体中についた葉を落とすカークを、アレクシアは心配そうに見つめる。
「ああ……何とかな。って、それよりっ!」
カークは落ち着いた所で用件を思い出す。
「おい! そのっ……一度話がしたい! 皆、お前のこと探してたんだよ!」
カークはアレクシアに言葉を発するが、いきなりの再会ということもあり、言葉が上手くまとまらない。
「……分かった。……少し、場所を、変えましょ?」
アレクシアに連れられ、カークは駅前から移動した。
――――――――――――。
「なるほど。桜散が、ね」
場所を変えたカークは、アレクシアに対し事情を説明した。
「そうなんだよ、アレクシア。なぁ、何か、さっちゃを目覚めさせる方法……知らないか?」
カークは藁をも縋る思いでアレクシアに尋ねる。すると。
「そう……ね。方法は、多分。ある」
「本当か!? それはいったい」
カークに問い詰められたアレクシアは、自分の知りうる情報を話し始めた。
「貴方の言う、桜散の怪物を、見た。あの怪物……多分、不完全、ね。何というか、魔力が弱弱しくて、すごく、不安定。身体と、魂を取り込んでない、から?
だから、今の内に倒せれば……取り込まれた精神が戻って、目を覚ます、かもね。桜散」
「何っ!」
「あくまで。かも、よ? 目を覚ますか、どうか……それは、私も、分からない。その……理正? ……先生の見立てと、私の、見立ては、概ね、同じ」
アレクシアはカークのまくし立てるような期待に対し、落ち着いた態度で現実を述べた。
(……ん? 今、一瞬変な間が空いたような……)
カークはここで、いつものたどたどしいアレクシアの口調に、一抹の違和感を覚える。だが今の彼は桜散のことで頭が一杯であり、そのことを熟慮する余裕はなかった。
「……カーク?」
少し固まったカークに対し、アレクシアは不思議そうに尋ねる。
「A、いや……。それでその……怪物とはいつ、どこで?」
カークは慌てて気を取り直すと、アレクシアに桜散の怪物と出会った場所を尋ねる。
するとアレクシアは額に左手を当てながら、こう答えた。
「……時間は、昨日の夜の9時、くらい? 場所は貴方と同じ、都釜線の、中木戸駅の、近く。そこでいきなり、異空間に、放り込まれた」
「ってことは、場所は大体同じで、俺達よりも後のタイミングか」
どうやらアレクシアは、カーク達の少し後に桜散の怪物と交戦したようだ。
「私が戦った時、少しダメージを与えた所で、逃げられた。それで今、あいつがどこにいるかは、知らない」
「そうか……」
カークは肩を落とす。桜散を治せる可能性がある方法こそ見つけたものの、肝心の怪物の居場所が分からない。
「でも」
「でも?」
アレクシアは再度、額に手を当てる。眉間に、しわが寄る。
「あの怪物は、多分、身体と魂を、取りに来ようとする、んじゃない? ……また、生まれた場所に、戻ってきている、かも」
「そうか……。その、ありがとう、アレクシア」
わずかな情報であったが、それでも今は貴重だ。カークはアレクシアに頭を下げた。
「どういたしまして。それで、どうする……? 多分、そんなに時間……ないわよ?」
アレクシアはカークの瞳を見つめる。
「分かった。急いでゆーずぅ達に知らせる。それじゃあ、また後でな」
「ええ……また、後で」
カークは譲葉たちと合流すべく、大急ぎで駅に向かった。
カークが駅へ走っていく様を見届けたアレクシアは、一人壁にもたれかかっていた。
「……本当に、本当にこれで、良かったんですよ……ね? ……『先生』」
直後、アレクシアはふらふらと歩きだしながら、虚空に左手を伸ばす。
そして、伸ばした左手の先に空間の裂け目のようなものを生み出すと、その中から何かを取り出した。
「……」
空間から出てきた左手には、理正が使っていたものとまったく同じ形状の装置、E2Cが携えられている。
彼女は無言でそれを装着し……そして。
「……っ!」
そのまま無表情かつ無言で力を込める。
すると、理正同様のE2Cのコアが展開し……。
刹那。
アレクシアの姿は眩い閃光と共に……『この世界』から、消えた。
――――――――――――夜。
夜。カークは譲葉と総一郎と合流すると、彼らにアレクシアからの情報を伝える。
そして準備をした後に、中木戸駅のガード下に足を運んでいた。
「アレクシアさんの推論が正しければ、怪物は再びここに現れるはずですが……」
総一郎はガード下の脇道、桜散が居た場所を見回す。すると。
「あっ! 見てあそこ! あるよ! 異空間の入り口!」
譲葉は目を大きく見開くと、高架の脇を指差す。そこには赤黒い、ひび割れた穴が形成されていた。
「ビンゴ! アレクシアの言うとおりだったな。……それで、ゆーずぅ、総一郎。準備はいいよな?」
カークは2人に尋ねる。
「もちろん! というかしたでしょ? さっき」
「譲葉さん。これは、覚悟ができてるかという意味合いでしょう。もちろん、できてますよ。カーク君」
素なのかボケているのか分からない譲葉の発言に突っ込んだ総一郎は、カークの問いに優しく回答する。
「よし! それじゃあ行くぞ!」
「おーっ!」
「はいっ!」
3人は武器を取り出しながら、桜散の怪物が待ち構えているであろう異空間へ飛び込んだ。
直後、異空間の入り口は収束していき、消えた。
――――――――――――異空間(神聖領域、星彩の情景)。
カーク達がたどり着いた異空間の風景は、怪物が生まれたばかりの時とは全く異なっていた。
「これは……」
「……綺麗」
辺り一面、満天の星空。そして地に広がるは煌めく草原。
暗くて穏やかで、されど今までの怪物の異空間に見られた赤黒さがない、どこか優しい世界であった。
「辺り一面の、星空? ここが桜散さんの異空間」
総一郎は興味津々な態度で眺める。
「こんな異空間もあるなんてな……っと! 見とれてる場合じゃねぇ! さっさと怪物……桜散のを探さないと!」
他の2人同様、神秘的な光景に目を奪われていたカークはふと思い直し、前へと足を進める。
「あっ! 待ってカーク君!」
「おっとっと! そうだよね。時間無いもんね。はいはい」
3人はこうして前へと進み始めた。
「あっ! 見てカーク君! あれっ!」
譲葉が突然、前方を指差す。
「あれは……教会?」
カークは前方に見えてくる建物を見る。いわゆる礼拝堂……あるいは教会のように見えるが、屋根に十字架はついていない。
「確かにそんな感じですね。道はここで途切れてますし、とりあえず入ってみましょう」
総一郎は正面の扉に手をかける。扉に鍵はかかっていない。
「OK。じゃあ行くぞ!」
「おーっ!」
総一郎が扉を開けると同時に、カークと譲葉は中へと駆け込んだ。
――――――――――――異空間(神聖領域、礼拝堂)。
カーク達が乗り込んだ先には、結婚式場や教会にあるような、左右に長椅子が並ぶ豪華なホールが広がっていた。ホールの奥には階段があり、左右の上にある通路につながっている。
そして正面奥には巨大なステンドガラスによるカラフルな風景画が描かれており、そこから眩いばかりの光が差し込んでいた。
「Wow! まぶしっ!」
ステンドガラスからの目を焼かんばかりの煌めきに、カークは思わず手を目に当てる。
「これはすごいですね……」
感心する総一郎。光にはもう慣れたようだ。
「待って2人とも! 何か、来るよ!」
光の中、譲葉はそこに影があるのを見つけた。
ステンドグラスの煌めきが収まると同時に、辺りに響く鐘の音。
「あれは……鐘? Bell?」
カーク達の目前には、色が異なる4個のベルが浮いていた。ベルは自発的に揺れ、カランカランと音を鳴らしている。
「怪物の眷属でしょうか? どうします? カーク君」
「んなの一択だろ。やるしかねぇ!」
「おっけー! むむむーっ!」
譲葉はシャウトと同時に吹雪を発射、赤い色をしたベルに当てる。すると。
カラン……カラン……。
赤いベルは瞬く間に凍結! そのまま地面に落下し砕け散った。
「それじゃあ僕も! ふんっ!」
総一郎は右腕から石弾発射! 黄色い色をしたベルに当てる。だが。
カラン……カラン……。
石弾はベルに当たった瞬間消滅し、同時に黄色いエフェクトチックな光が放たれる。
「なっ!?」
目の前に起きた出来事に動揺する総一郎。
「んん? あれか? 多分吸収されたんじゃね? 厄介だな」
「す、すみません」
敵に塩を送る形となったことを謝る総一郎だが……。
「いいって。気にすんな。……それじゃあ俺の番か」
カークが身構えると同時に、ベル3体がカーク目掛け突進してくる。
「危ない! カーク君!」
譲葉はカークに警告する。だが。
「ふん! 来たか! なら見せてやるぜ! Ahhhhhhh!」
カークは両腕を被雷する眷属に向け、そして精一杯のイメージを込める。
ボォン!
直後、カークの目前には、大玉サイズの巨大な炎弾が生成される。
「なっ?」
「えっ?」
そして。
「ふんっ!」
カークは巨大炎弾を発射! 炎弾は3体のベルを瞬時に飲み込み、そのまま大爆発!
「ぐわっ!」
「きゃっ!」
突如発生した爆音と閃光に驚く2人をよそに、カークは力強く立っていた……。
「それにしても、カーク君がいつの間にあんな魔術を使えるようになってたとは」
「あれって……上級魔術? 京道が使ってたやつだよね? すごーい!」
怪物の眷属を全滅させ、状況が落ち着いた所で会話を交わす3人。
「ははっ! まぁ火事場の馬鹿力だ。さっちゃの母さんと前にやりあった時に覚えた。あん時イメージは掴めたんで、後はそれを再現して……っと」
カークは2人に対し、再度披露して見せる。
「ふーん。私も負けてられないねっ!」
「そうですね。僕もカーク君を見て気合が入ってきました!」
士気高まる3人は、そのまま礼拝堂の階段を上り、2階にたどり着く。
「ここから先には……あっ! あれか?」
カークが指差した先には、大きな扉が。
「多分そうでしょうね。行きましょう!」
3人は扉を開けて外へ出た。
――――――――――――異空間(神聖領域、螺旋階段)。
3人が外へ出ると、目の前には石でできた階段があった。階段は大きな螺旋を描き、上へ上へと延びている。
「どうやら、外に出たみたいですね」
「みてぇだな。とりあえず進むか」
「さっきみたいにまた眷属が来るかもしれないから、みんな注意ね!」
3人は階段を駆け上がった。
階段を駆け上がっていくと、途中で広い踊り場のような場所にたどり着く。そしてそこには。
カラン……カラン……カラン……。
「また来たぞ!」
「おっけー! 戦闘準備!」
「はいっ!」
3人は即座に魔術を構える。相手はベル型眷属4体。色は赤・青・緑がそれぞれ2、1、1体ずつであった。
「Ahhhhh!」
カークは青いベルに狙いを定めると、鉄パイプ携え突進! 鉄パイプは炎をまとい、ベルに打ち下ろされる!
炎をぶつけられたベルは大きくひしゃげ、そのまま爆発四散した。
「っしゃぁおらぁ! つかあれだな。多分俺は青いやつを倒せばいいんだな?」
青は氷……ないし水の色。カークはそこから、青いベルは炎攻撃に弱いのではないかと
何となく考えた。
「えーっと、先ほどは黄色のを攻撃して吸収されたから……ってことは、僕が攻撃すべき
なのはあれですかね? はぁぁぁぁ!」
総一郎は先ほどの件を警戒しつつ、慎重に石弾を発射!
石片は外れにいた緑色のベルに命中し、命中したベルは落下・爆発四散した。
「えーっと、これってさ。多分色が属性に対応してるんだよね? それじゃあ私は赤2体を倒せばいいのか、なっ!」
譲葉は赤いベルが氷に弱いと考え、吹雪を発射する。
「むむむーっ! 私だってーっ!」
先程のカークの様子に影響され、譲葉の手に、頭に力がこもる。
すると吹雪が急激に強くなり、ベル2体を瞬時に凍結! そして氷漬けとなったベル2体に、吹雪に混じった雹が衝突! ベル達はガラス細工のごとく割れて消えた。
「ふっふ~! どうでしょ? 私だって、伊達にイメージしてないもんね~!」
吹雪を放った右人差し指をくるくる回しながら自慢げに、そして若干煽り気味に2人を見つめる譲葉。
「おいおい。……まぁ戦力が増えるに越したことないよ、な?」
「ですね。それにしてもイメージですか……。僕も負けてられませんねぇ」
カークと譲葉の上達振りを見て、総一郎の固い心に灯が点った。
「それじゃあ、探索再開!」
「おう!」
「はいっ!」
上級魔術を習得し調子づいた譲葉についていくように、カークと総一郎は更なる先を目指した。
――――――――――――異空間(神聖領域、礼拝堂前)。
階段を上り終えたカーク達の目の前に、再度礼拝堂のような建物が現れた。
「また教会か?」
「とにかく入ってみようよ」
「ですね。少なくとも奥には進んでいるはずですから」
3人は正面の扉を開け、中に進む。すると奥にはさらにもう1つの扉がある。
それを開けると、奥に一直線に伸びる廊下のような場所に出た。
「何だ? この物々しい雰囲気は」
廊下を歩くにつれ、カークは何やら刺々しい雰囲気を感じる。
「怪物の……魔力、なのかな? アレクシアちゃんが言ってた」
魔術の力量の上昇と共に、譲葉とカークは奥から漏れ出る魔力を感知できるようになっていた。
「そうですか? ふむ……」
2人とは異なり、総一郎は嫌な雰囲気を感じていないようだ。
そしてとうとう、3人は突き当りの大扉にたどり着く。
扉の隙間からは白い光が漏れており、ここまで来ると流石の総一郎も、奥に何が居るか想像がついた。
「いよいよですね……。これで終わればいいのですが」
「だよねぇ~。でも、やるしかないよ! そうでしょ? カーク君」
「おう! そうだな。やるしかねぇ」
3人は覚悟を決めると、勢いよく大扉を開けた。
――――――――――――異空間(神聖領域、最深部)。
扉の先には、結婚式場などにある礼拝堂があった。奥は先程同様ステンドグラスで構成され、そこからは赤い禍々しい光が放たれている。
そして逆光になる形で、『それ』は静かに浮遊し、ぽつりと佇んでいた。
「いたな! さっちゃの心……返してもらうぞ!」
カークは鉄パイプ片手に怪物へ走り出す。譲葉と総一郎は後に続く。
「――――――――!」
怪物はカークの接近に対し反応! カークの方を向いたかと思うと、右腕に持つウェディングケーキナイフを振り下ろす! すると怪物の周囲に4体のウェディングベル型眷属が召喚され、怪物の指揮に合わせてカーク達に突進してきた。
「ふんっ!」
カークは自身に攻撃力上昇の魔術を掛けると、被雷するベル2体を鉄パイプでいなす! 重い一撃と共にベルは地面にたたきつけられ動かなくなった。
「むむむーっ!」
譲葉は右腕で傘を持つと、そのまま力を込める。するとカーク達と怪物達にそれぞれ防御強化と弱化のオーラがかけられる!
「てーいっ!」
そしてそのままそれに続くように魔術を行使! 傘の先端から吹雪が放たれ、1体のベルに命中! 氷漬け! 粉砕した!
だが残り1体のベルは、そのまま譲葉に飛来!
(あっまずいっ! 迎撃が)
譲葉は慌てて傘を動かすも、迎撃が間に合わない!
すると。
「ふんっ!」
譲葉目掛け襲い掛かるベル型眷属を、総一郎は鉄パイプ椅子で防ぐ。ベルとの衝突でパイプがひしゃげる音が響く。
「大丈夫ですか? 譲葉さん」
声を掛ける総一郎。
「うん。大丈夫、悪いね」
体勢を立て直す譲葉。
一方、カークは怪物と対峙!
「Ahhhhhh!」
カークは怪物に弱化の魔術を掛けると、そのまま全身全霊の力を込め、怪物に対し巨大炎弾発射!
炎弾は至近距離で怪物に着弾し、爆発!
「――――――――!」
怪物から爆炎と共に黒い煙が上がる。
「まだまだー! ふんっ!」
すかさずカークは鉄パイプで攻撃! 鉄パイプから炎が出る!
「ふんっ! ふんっ! てやぁーっ!」
そのままリンチするかのごとく殴り続けるカーク!
怪物に有効打が入っているかに見えた、その時であった。
「fwgejaikioav qaxjioarmj, asdmfnvdsi――――――――!」
突如怪物が咆哮! それと同時に強力な衝撃波が発生する!
「Uh!」
「きゃっ!」
「ぐぅ!」
思わず吹き飛ばされるカーク達。
それと同時に礼拝堂の壁が、まるで劇場の張りぼてセットのようにパタパタと倒れていく。
気が付くと、周囲はまっさらな更地。そして空には星空と、これまたいかにも劇場のセットめいた無数の流れ星(棒のようなもので天から吊るされている)が顕わになった。
「いてて……ちくしょう怪物は!? はっ!」
腰を押さえながらカークが見上げると、そこには。
「あれはっ!」
叫ぶ総一郎。その先には。
先程まで青い、簡素なドレスを着ていた怪物であったが、今はピンク色の豪華なものを着ている。更にその周囲には、天女の羽衣めいた一本の布をまとっていた。
「さしずめ第2形態って感じ? とにかくこのままいけばやれるねっ!」
譲葉は身を起こすと、カークと共に怪物への攻撃を始める。
「むむむーっ!」
彼女が吹雪を放った直後、怪物はケーキナイフを振り回す。
すると周囲にどこからともなく花びら交じりの風が出現、怪物を取り巻いた。
「何だありゃ?」
カークは疑問に思うその横で、譲葉からの吹雪は怪物が纏う花びらの旋風によって軌道をそらされ、カークの下へ飛んできた。
「Ouch! あぶねっ!」
「ああっ! ごめんカーク君! 大丈夫?」
思わぬフレンドリーファイアならぬブリザードに、謝る譲葉。
「いや大丈夫だ。そうかこれはバリアみたいなもんか。それじゃあ」
カークは鉄パイプを構え、怪物目掛け突進する。
「ちょっと待った! 危ないカーク君!」
総一郎が警告する間もなく。
「ぐわぁぁっ!」
カークは怪物に鉄パイプを振り下ろしたが、花びらの旋風に邪魔される。更にその旋風バリアはまるで微細なカッターのように凶悪な働きをし、カークの身体をザクザクと切り裂いた。
「カーク君!」
総一郎は旋風に飛ばされたカークの下へ駆け寄り、治癒魔術を掛けた。
「ちぃっ……感謝するぜ総一……」
だがその間もなく、怪物はケーキナイフを振る。すると旋風の一部がカークと総一郎のいる場所へ飛んでくる。
「やべっ!」
「ちっ!」
カークと総一郎は思わず飛びのくが、間に合わず一部が掠る!
「Mhhh!」
「ぐわーっ!」
体に無数の切り傷を負い倒れこむ2人。
「カーク君! 総一郎君!」
今度は譲葉が駆け寄って治癒魔術を掛ける。つくづく回復持ちの有用性が光る戦いである。
「ふぅ……っと、とりあえず距離だ距離! 距離取るぞ!」
「あっはい!」
「おっけー」
立ち上がると同時に退避する3人。とりあえず50メートルほど距離を取った。
すると怪物は両手にケーキナイフを持ち、花びらのバリアを纏った状態でカーク達を追跡し始めた。慌てて一列になって逃げるカーク達。
「さて。あのバリアを突破しない限り、怪物は倒せないわけだが」
怪物から逃げながら、対抗策を考えるカーク。
「吹雪は効果ないみたいだよねぇ。物理も多分ダメだよね」
先程の自分とカークの戦い方から効かない攻撃を推測する譲葉。
「花びらですし、やはり炎で焼いてみるというのはどうでしょうか? やはり元が燃えやすいウェディングドレスだからでしょうか、カーク君の攻撃は結構効いてた感じがあるので……」
飛来するベル型眷属を石片とパイプ椅子ではじき返し、殿を務める総一郎は返答した。
「火か。まあ現状それくらいしかなさそうだな。……二人とも、とりあえず怪物に攻撃し
たいんで、ちょっと囮になってくれないか?」
カークは怪物に接近すべく、2人に怪物の気をそらさせるよう頼み込んだ。
「分かった。ただ無茶はしないでね?」
「わーってるって!」
カークは列から外れ、怪物の真横に移動しようとする。すると怪物本体から再度ベル型
眷属が召喚され、カークに襲い掛かった。
「Damn! 邪魔なんだよ!」
カークは鉄パイプに力を込め、飛来する眷属たちを叩き落していく。
「ふんっ! ふんっ! てやっ! そりゃ!」
1体、2体、3体、そして4体。すべての眷属を迎撃したカークは、そのまま怪物の真横
に回り込み、そして。
「Ahhhhhhhh!」
ありったけの力で火炎放射! すると。
「――――――――――!」
火炎放射が命中した途端、花びらのバリアはパチパチと音を立てながら炎上! 怪物の言葉にならない悲鳴と共に消滅した!
「ビンゴ! これで攻撃できるねっ!」
カークの活躍に、走りながら思わずガッツポーズする譲葉。
「ですね。さぁ! 僕たちも反撃の始まりですよ!」
総一郎は反転、そのまま怪物目掛け石片を発射! 石片は怪物に命中し、纏う衣服に傷を付けていく。
「私もっ! えーいっ!」
総一郎に続き、譲葉が雹攻撃!
「ふんぬーっ!」
そしてカークによる、追撃の火炎放射!
「………k、………c、……a」
いよいよ弱ってきた怪物を見た譲葉は、カークにこう告げる。
「カーク君! とどめを!」
それを聞いたカークは無言で頷き、そして。
「HAaaaaaaaaaaaaaaaah!」
火炎放射で空中、怪物の仮面と同じ高さまで飛来! そのまま右手を向ける。
「……」
一瞬、カークと怪物の間で間があく。
カークは自分が念じられる限界まで炎のイメージを右手に込める。
(Ahhhhhhhh! さっちゃを、返しやがれーっ!)
カークの強い桜散への思いが、未曽有の業火を呼び覚ます。
「Hhhhhhhhhhhh!」
カークの叫びと同時に、火炎……いや違う!
赤い……赤い魔術陣が右手から展開!
「あれはっ! 最上級魔術の!」
「えっ! もうですか!?」
目の前に繰り広げられる光景に驚く2人。イメージ次第でいくらでも強くなれる魔術とはいえ、こうまで急激に強くなるとは。それほどカークの思いが強いということなのだろうか?
「いっけーーーーっ!」
カークはそのまま右手から炎を噴射! 赤いサークルから放たれた巨大な奔流は、怪物の全身を飲み込み、そして……。
「――――――――――――!」
刹那。カーク達の視界は真っ白に染まった。
――――――――――――夜。
「……はっ!」
突如、桜散は目を覚ます。目を覚まして最初に飛び込んできたものは、病院の天井であ
った。
(ここは……病院? 私は確か……痛っ!)
直後、桜散は頭の一部分を押さえる。左手を当てると、その部分の皮膚にガーゼが当てられている。
(なっ、ここの髪がごそっと抜けてる! これは……っ)
この部分はカークが桜散から髪飾りを引きはがすとき、まとめて引きちぎられた部分だ。ガーゼ越しでも10円サイズの禿ができていることを、桜散は理解した。
(なんでこんなことに……っ! そうだ! あの時私の)
桜散の思索を中断するかのように、病室の扉が開け放たれる。
桜散は入口の方に顔を向ける。すると。
「あ……」
そこにはカーク、譲葉、総一郎……そして理正の姿があった。
「A、さっちゃ……」
目を覚ました彼女に対し、カークは体を震わせる。
……こうして、平穏な日々は取り戻されたのだった。
???日目
――――――――――――朝。
「おーい! 起きろカーク! 朝だぞ!」
「w、うーん……」
桜散に布団をはぎ取られ、ベッドの上でゴロゴロと身をよじるカーク。
「さっさと起きろ! 今日は一緒に行く約束だろう?」
「んぁ~、そりゃそうだけどさ。でもまだ時間はあるだろ?」
目をこすりながら体を起こしたカークは、桜散に対し不満げにぼやく。
「でも、だ。それにもう朝食がもうできるぞ?」
桜散は部屋の入り口を見る。入口からは何やら野菜を煮込んだようなにおいが漂ってくる。
「何!? 早いなぁ。母さんどうしたんだ……」
いつもなら早朝から仕事に出ているはずの李緒が、朝早く起きて朝食を作るとは。カークは訝しんだ。
「理由なんていいだろう。さっ、さっさと降りた降りた!」
「うわっと! あぶねぇよさっちゃ~!」
桜散に押されながら、カークは下へと降りて行った。
この日、カークと桜散は、一緒に理正の家に行くことになっていた。無論目的は、桜花に会うためだ。
桜散が意識を取り戻してから、少し時間を空けての訪問だった。
――――――――――――午前。
「こんにちは~。理正さん」
理正の家のチャイムを鳴らしつつ、カークは声を掛ける。
「おっ! 来ましたねカーク君。……桜散も一緒ですか?」
「ちゃ~んと来てるぜ!」
「分かりました。じゃあ桜花と一緒に行きますね」
インターホンが切れてしばらくして、家の扉が開かれる。
「こんにちは。カーク君、桜散。待っていましたよ」
2人を出迎えたのは理正と……そして。
「その、カーク君。こんにちは。そして……mm」
もう1人の出迎え人は、桜散の方を見ると気難しそうな顔をしてしまう。
(……やっぱこうなるよな、最初は)
会話が途切れ、沈黙が流れ始めたその時であった。
「……ただいま。父さん。そして……母さん」
沈黙を破るように、桜散は一番に口を開く。
そして彼女は若干の気まずさが混じった笑顔と共に、家の中へと一歩踏み出したのだった……。
「……おかえりさない。桜散」
和解への道筋は、今確かに示された。
こうしてカークは平穏な日々を取り戻し、桜散は両親と和解した。
……あの件以来、井尾釜市に『仮面の怪物』は姿を見せていない。
非日常の日々は、かくして終わりを迎える。思えば3ヶ月程度の短い出来事であった。
その間にいろんなことが起きた。新しく友もできた。懐かしい友とも、再開した。
……懐かしい友と言えば、桜散もほどなくして譲葉との関係を知り、そして驚いた。
雪主催のパーティーでは桜散・譲葉・桜花・雪の4人が一堂に会し、奇妙で微笑ましい関
係が繰り広げられたのは言うまでもない。
そう、何もかも丸く収まった……かに見えた。
???日目
――――――――――――夜。
桜散が意識を取り戻してから数ヶ月後。カークは1人、深夜の商店街を歩いていた。商店街には人気が全くない。
「……」
そのまま商店街中央にある橋にたどり着いたカークは、1人物思いにふける。
(あれから、ようやく落ち着いてきたわけだが……どこに行ったんだろうな?)
カークの中には1つだけもやもやとした、腑に落ちないことがあった。
それはあの日以来、誰に何も告げることなく姿を消してしまった、1人の少女のこと。
(……なんだかなぁ。なーんか、足りねぇよな)
怪物は倒され、平穏な日常は戻った。この点だけ見ればハッピーエンドだろう。
だが何か、何か違和感を覚える。『彼女』が居なくなったことといい、肝心なことを煙に巻かれたような……そんなような。
(なーんか、どっかで間違えたんかなぁ?)
カークはふと、『選択が迫られる時が来る』ことを告げた夢のことを思い出す。
自分は何か、選択を間違えたのだろうか?
カークはそう考えるも……。
(ま、仕方ねぇよな。帰って寝るかぁ)
そのまま家へと帰ろうとした。
……だが、その時であった。
(……っ! 何だ……これは……)
突如カークの脳内に響き渡る、モスキート音めいた高音の耳鳴り。
(急に……眩暈が……)
目の前の視界が、急激に真っ白になっていく。
(これは……一体?)
カークが疑問に感じる間もなく、周囲の風景が歪み、彼の視界は真っ白になった。
――――WDI-L 0.440010 『揺らぎ煌く世界』――――
『……ここまでの話は、全てが終わった後、彼が私に話してくれたことだ。
彼曰く、これらの出来事は「実際に起きている未来の1つ」らしいが……。正直、これらの出来事が実在しているのかどうかは私にも分からないし、もはや確認する術もない。
とはいえ、この話をしているときの彼は、とても嘘を吐いているようには見えなかった。故に私はここに、これらの話を記録しておく。
『回顧録』 序章より引用』




