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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第四章「揺らぎ煌く世界/これも1つのif」
22/46

第20話『世界が分かれる時』

[あらすじ] 

 桜散のレポートが遂に完成した。早速カークは理正に見せに行くが、レポートの内容を見た理正はいつにない動揺を見せる。

 カークに動揺した理由を聞かれた理正は、桜散のレポートの内容について説明しようとするが……。

 一方その頃、桜散は気晴らしに公園へ向かっていた。

第20話『世界が分かれる時』

68日目

――――――――――――朝。

 月曜日の朝。カークはいつものように桜散に起こされた。

「おーい。カーク。朝だぞ起きろ」

「Ah、うーん……」

 カークはベッドから降りると、桜散の顔を見る。いつもと比べ少し穏やか気だ。

「ん? どうしたんだ? カーク」

「Ah……いや、何でもないよ」

「そうか。早く下に降りて、朝ご飯を食べよう」

 カークに語りかける桜散の様子は、これまでにないくらい親しげだ。

「OK。それじゃあ行くか」

 カークは部屋を出ようとする。


 すると桜散が左手で、カークの右手を掴んだ。

「さっちゃ?」

 振り向くカーク。

「いや。何でもないぞ。……行こう。手を繋いで」

「……分かった」

 カークは前に振り向き直すと、手を繋いだまま階段を下りた。


「そう言えば、レポートはいつ頃できそうなんだ?」

 朝食を食べながらカークは桜散に問いかける。

「そうだな……1週間ほどでできると思う」

「1週間? 一昨日見せたときは、まだ肝心な部分が出来てなかったんだろ?」

「まあそうだが……基本的なことはまとまってて図表もできてるから、後は紙に起こすだけだ。これから徹夜込みで作業すること含め、そんなにかからないだろう」

 桜散は左手でコップを掴むと、中の麦茶を飲んだ。

「徹夜って……。OK、分かった」

 カークはご飯を箸で口に運んだ。


 その時、桜散が突然思い出したかのようにカークに話しかけた。

「あっ! そうだ」

「ん? どうした?」

「異空間の事」

「Ah……。それがどうした?」

 昨日カークが巻き込まれた異空間の事だ。

「さっき言ったように、私は今週レポート作成で手が離せない。代わりに皆を集めて対応してくれないか? 私も終わったら合流する」

「そういうことね……分かった。じゃあ俺が皆を呼んで異空間を探しておくよ。ちなみに昨日の夜、ゆーずぅには伝えてあるから」

「了解。すまんなカーク」

「いいってことよ。お前もレポート、頑張れよ」

「あぁ。頑張るさ」

 カークの言葉に、桜散ははっきりと頷いた。


 その後2人は朝食を食べ終えると、荷物を持って大学へ向かう。

 その間ずっと、2人の片手は繋がっていた……。


――――――――――――午後。

 午後。今日の講義を終えたカークが大学内を散策していると。

 pppp……pppp……。メールの着信音が鳴った。すかさずカークは確認する。


『件名:異空間の件 本文:こんにちはカーク君。異空間の件、総一郎君とアレクシアちゃんにも連絡したから。明日集まって探さない?』


 メールは譲葉からだ。

(おっ、ゆーずぅ。総一郎たちにも連絡してくれたんだ。お礼をしないと。

 そんで待ち合わせは……明日の16時半以降は空いてるしそれで行こう)

 カークはすかさず返信のメールを打った。


『件名:Re:異空間の件 本文:こんにちはゆーずぅ。皆への連絡ありがとう。明日は16時半以降空いてるんで、それで集まらないか? 場所は図書館下のカフェでいいかな?』


(送信完了っと)

 メールを送信したカークは、明日からのことをぼんやりと考えながら帰路についたのだった。



――――――――――――。

 その次の日の放課後、カークは譲葉達と集まり、異空間について話し合った。ついでに桜散がレポート作成で遅れることも伝えた。



 そしてそれから数日は手分けして異空間を探しまわった。だが異空間の入口はなかなか見つからない。

 事態が進展しない中、カーク達は次の週末を迎えた。



73日目

――――――――――――朝。

 土曜日の朝。この日カークは自力で起床した。

「うーん……」

 体を伸ばすカーク。ふと桜散の様子が気になり、彼女の部屋へ向かう。

「さっちゃ? 起きてるかー?」

 軽くドアをノックするカーク。返事がない。

「大丈夫かな?」

 カークは恐る恐るドアを開け、中を確認する。すると桜散はベッドで寝ていた。

(寝ているのか。まあここ数日徹夜だったろうしな。土日だしこのまま寝かせとくか……ん?)


 ここでカークは、桜散の部屋にある勉強机とは別の、部屋の中央に置かれたちゃぶ台に何かが置かれていることにに気付く。

(あれは……レポートか?)

 よく見ると、テーブルには茶封筒と1枚の手紙が置かれている。手紙には『カークへ』と書かれている。

(俺宛の手紙?)

 カークは桜散を起こさないように彼女の部屋に入ると、テーブルの手紙を取った。


『カークへ。レポートが完成したので持って行ってほしい。私は疲れたので寝る。これを読んでいるとき私が寝てても気にするな。寝かせておけ。 桜散』


(おいおい……)

 後半のぶっきらぼうな文面に呆れながら、カークはレポートの入った封筒を取る。封筒は先週に比べずっしりと重量が増えており、それが完成品であることを強く伺わせるものになっていた。

(それじゃあ、失礼しましたぁ……)

 カークはレポートを持つと、恐る恐る部屋を出た。


 その後カークは荷物をまとめて1階のリビングに向かった。

(母さんは……もう仕事に出てるみたいだな)

 カークは冷蔵庫から昨晩の残りの煮物を取り出し、ご飯と一緒に食べた。

(……)

 カークはテレビを着ける。今やっているのはニュース番組だ。テレビでは、この前の国会襲撃未遂事件に関する内容が報道されていた。

(……)

 ニュースが選挙関連の情報に移った時、カークはチャンネルを変えた。


 そして朝食を食べ終えた後カークは、理正を探しに公園へ向かった。


――――――――――――午前。

「やあカーク君。おはよう」

 公園に着いたカークは、いつものようにベンチに座っている理正に出会った。

「おはようございます理正さん。今日も散歩ですか?」

「いえ。実は譲葉君に魔術のことについて教えようと思いまして。ここで待ち合わせをしているのですよ」

「ゆーずぅと?」

 理正は、譲葉と待ち合わせのためにここにいたようだ。

「ここは、静かでいいですよねぇ。……家からは距離がありますが、こうして君達と話ができる。良いものです」

 理正は空を見ながら、カークに語りかけた。


「あの。理正さん」

「ん?」

「その……あの後俺、さっちゃに告白しました!」

 カークはここで、先週日曜日にあった桜散との顛末について話した。ここでカークが話したのは、やはり実の父親に伝えておいた方が良いと思ったからだ。

「そうですか。おめでとうございます」

 理正はカークの言葉に対し、落ち着いた様子で答えた。

「ありがとうございます」

 カークは理正の言葉に対し、照れながら返事をした。

「いえいえ。……ということは、いよいよ問題は私達と桜散の事だけですかね?」

「そう、ですね」

 カークは考える。自分と桜散との関係には一応の決着がついた。だが桜散には、両親との問題が残ったままだ。

「そうですか。……すみませんね。まさか最後になってしまうとは」

 理正はカークにばつの悪そうな表情を見せた。

「まあ、仕方ありませんって。さっちゃと理正さんは、普段会わねぇし。だからこれを機に出会えればなぁって」

 カークはさりげない様子で、理正にレポートを差し出した。

「そうですかねぇ……っとこれは。桜散のレポートですね? ……良いですよ、見ましょう。どれどれ」

 理正はカークに差し出されたレポートを読み始める。


 だが。

「っ!?」

 レポートの内容をパラパラと通し見した理正の身体が、一瞬びくっと震えた。

「ど、どうしました!?」

 様子のおかしい理正に、カークは心配そうに声を掛ける。

「あっ! いいえ。大丈夫です……」

 理正はカークの心配をよそに、レポートを読み進めていく。

 そしてカークは、その様子を緊張しながら見つめていた。


「そんな……これは。いや早すぎる。彼女がこんなの思いつくはず……。

 となるとまさか。いや、あり得るな。『アレ』はあれ以来所在が……」

 レポートを読み終えた理正は小声で何やらぶつぶつと呟き、カークに封筒を返した。

「……理正さん。レポートに何か問題が?」

 封筒をかばんに仕舞いながら、険しい表情の理正にカークは恐る恐る尋ねた。

「あ……いえ。書き方・出来に問題は無いんです。無いのですが……」

 理正は気難しそうな顔をしながら、桜散のレポートについて何やら含みのある物言いをする。

「無いのですが?」

 その物言いに、カークは違和感を覚えた。

「カーク君。このレポートの内容について、桜散は何か言っていませんでしたか?」

 理正はカークに、レポートの内容を知っているかを尋ねた。

「Ah……特に何も。内容に何か問題が?」

「はい。君はこのレポートのタイトルを見ましたか?」

 レポートのタイトルを見たか尋ねる理正に対し、カークは。

「Well……見てないです。さっちゃにとって大事なものだし、勝手に見るのは悪いかなと思って」

 カークはレポートの文章の一部をパソコン越しに見たことがあったが、その時はさほど気に留めていなかったこともあり、詳細な内容は覚えていない。

 また、桜散に渡されたレポートは紐付きの茶封筒に入れて封がなされているため、カークも開けて中身を見ようとは思わなかった。

「そうですか。……桜散に伝えてください。

 これは公表するには危険すぎる内容なので、早々処分すべきであると。当然、誰にも目につかない方法で」

 理正はカークの答えを聞くと、毅然とした態度でこう言い切った。


「What’s!? 処分!? そ、そんなにヤバい内容なんすか? 

 ちょ、ちょっと内容について俺にも教えていただけませんか?」

 桜散のレポートは、公表するには危険な代物だという。

 そんな理正の発言に対し、流石のカークも冷静にはいられなくなった。

「そうですね。君も関わっている以上知っておいた方が良いでしょう。実は……」

 理正が桜散のレポートの内容について、詳しい説明をしようとしたその時であった。


 突如、ベンチに座る2人の目前に黒い大穴が出現する。

「Wow! こいつはあん時の!」

 カークはその穴に見覚えがある。……間違い無い。彼の桜散への告白を1度邪魔した、憎いあんちくしょうだ。

 黒い穴は急速にカーク達に近づいていく。

「っ! カーク君。ここは一旦離れましょう!」

 理正とカークは急いでベンチから離れ、走る。

 刹那、カーク達のいた場所に黒い穴が飛来しベンチに衝突する。だが穴はベンチをすり抜け、ベンチには傷一つつく様子が無い。どうやら黒い穴には実体が無いようだ。


 ベンチに食らいついた穴は即座にくるっと方向転換し、走って逃げるカーク達に迫る。

「Damn! どうしましょう理正さん?」

 猛スピードで迫る穴から逃げながら、カークは理正に尋ねる。

「ここで2手に分かれ……るのは却って危険ですね。片方だけ飲まれた時のことを考えると」

 カークの先を走りながら、理正は答える。

「このまま撒けますか……っ!?」

 カークは理正の問いに答えようとしたが、その直後に足首をひねって転倒! 体を地面に強打した。

「ぐうっ!」

「カーク君!」

 カークは痛みで対応が遅れ、理正はカークを気遣い立ち止まり、そして振り返る。

 その隙を突く形で大穴は、2人をぱくりと飲み込んだ……。



 カーク達が大穴に飲み込まれる、その少し前。

――――――――――――午前。

「う、うぅん……」

 カークが家を出て数分後。桜散は自室で目を覚ました。

「朝か……ってもう9時半か。寝坊したな……」

 桜散はテーブルの方を見る。置手紙とレポートが無くなっている。

(レポートはカークが持って行ったみたいだな。とりあえず朝ご飯食べるか……)

 桜散はパジャマ姿で部屋を出ると、そのまま1階へ向かった。


(……暇だな)

 桜散は朝食を食べながらテレビを見る。ニュースは既に終わり、めぼしい物はやっていない。

(気晴らしに、少し散歩するか)

 そう考えた桜散は部屋に戻ると服を着替え、外に出た。


 家を出た桜散は、まず自宅近くの公園へ向かった。すると……。

「うーん……」

 公園のベンチに、見覚えのある人影が。

「譲葉ちゃん?」

 桜散は声を掛ける。

「あ、あれっ? 桜散ちゃん?」

 ベンチに座っていたのは譲葉であった。

「何でこんな所に? 今日は休日だが……ここは君の家から結構遠いだろう?」

 譲葉の屋敷からこの公園までは、電車を乗り継いでも1時間以上はかかる。

 彼女が一体どういう理由で来たのか、桜散は疑問に感じた。

「あっ、いやっその。ちょっと、人を待ってて……」

「人? ……そうか。失礼した」

 桜散の問いに対し、譲葉は慌てて取り繕う。桜散は譲葉の言葉をあっさり信じたようだ。


(ちょっとちょっと! 何で桜散ちゃん来てるの~!? もうすぐ理正さん来るってのにやばいよ!

 ……というか、理正さん遅いなぁ。まぁ、今来られてもまずいんだけどさ)

 譲葉は理正の到着を待っているのだが、彼は一向に来る様子が無い。

 とはいえ、桜散が居るこの状況で来られては非常にまずいのであるが。

(桜散ちゃんには、何とかここから離れて貰わないとね)

 そう考えた譲葉は、桜散に対しこう尋ねた。

「ねぇ。桜散ちゃんはどうしてここに来たの?」

「あ、ああ。そうだな。ちょっと気晴らしのため散歩に」

「だったらちょうどいい場所があるよ。教えてあげよっか?」

 桜散の答えを聞くや否や、譲葉は彼女にこう切り出す。

「そうなのか? ありがとうな、譲葉ちゃん。君にはいつもいろいろ教えてもらって助かる。この前の、カークとの付き合い方とか」

 桜散は良い提案をした譲葉に対し、素直な様子でお礼の言葉を述べた。

「いやぁ、どういたしまして……っと。じゃあ、場所を教えるね」

「ああ。よろしく頼む」

「ええっとねぇ」

 譲葉が桜散に、気晴らしできる場所についての説明をしようとしたその時であった。


「あっ!」

「えっ?」

 一瞬の間だった。

 2人の視界は瞬く間に真っ暗になり……そして。


 彼女達の意識は、そこで途切れた。


――――――――――――異空間(××の体内)。

 桜散と譲葉の意識が戻った時、彼女達は異空間の中にいた。

「はっ! 此処は……っ、譲葉ちゃん!」

 桜散は少し離れた場所に倒れている譲葉に駆け寄ろうとしたが。

「ううっ! この臭いは……」

 直後、周囲から漂う異臭にむせる。

(この臭いと外観……カークが言っていた、例の異空間か? チィッ!)

 右手で鼻を押さえながら、桜散は譲葉の下へ駆け寄った。


 桜散が駆け寄ると、ちょうど譲葉が目を覚まそうとしているところだった。

「譲葉ちゃん!」

「う、う~ん……桜散ちゃん? うっっ!」

 譲葉は体を起こすと桜散の名前を呼ぶが、彼女の鼻に異臭が飛び込む。

「ウグッ! ゲェェェェ!」

 直後、譲葉は近くの床に嘔吐した。

「ああっ! 譲葉ちゃん! 大丈夫か!? しっかり……」

 桜散は譲葉の身体を起こすと、彼女が吐瀉物で窒息しないようにした。

「げぇっ! げぇっ……あ、ありがとっ、桜散ちゃん……」

 譲葉は桜散に振り向くと、弱々しそうな様子でこう言った。

「ここは臭いがきつい。仕方ないさ」

 桜散がペットボトルの水を譲葉に差し出すと、彼女はそれを引っ手繰り、中身を勢いよく飲み干した。

「ぷはーっ! サンキュー、桜散ちゃん」

 気分が回復した譲葉は、桜散に支えられる形で立ち上がった。


「ここって、カーク君が言っていた異空間だよね?」

 右手で鼻を摘まみながら、譲葉は桜散に尋ねた。

「おそらくな。この臭いは、異空間から出てきたカークからしてきた臭いと同じだ」

「そっか」

 2人は周囲を見回す。肉の壁でできた空間は、所々不気味に波打っている。

「うう……気持ち悪い所だなぁ」

「そうだな」

 譲葉の言葉に桜散は同意した。


「それでどうする? 先に進む?」

 譲葉は桜散に尋ねる。気分はもう大丈夫のようだ。

「そうだな。少し探索してみるか。眷属を倒せば出られるかもしれないし」

「おっけー。じゃあ行こうか」

 桜散と譲葉は、奥へと進み始めた。


――――――――――――。

「うーん……何も居ないなぁ」

 桜散と譲葉は異空間を進んでいくが、怪物どころか眷属らしきものも見当たらない。

「そうだな。それにしても気味が悪い場所だ。さっさと抜け出したいが……」

「そうだねぇ~」

 2人は、さらに奥へ進んだ。


――――――――――――異空間(××の体内、最深部)。

 それから30分くらい歩いていくと、今までの管のような場所から一転、2人は広い場所に出る。管状の通路から周囲の壁はひだを作りながら広がっており、その光景はまるで食道の出口から胃の中へ入ったかのようだ。

「あっ、桜散ちゃん! あれ!」

 譲葉が奥の方を指差す。

 そこには不規則な調子でバウンドしている3体の肉団子が居た。肉団子の大きさは、バスケットボールを1回り大きくしたようなサイズだ。

「あれは、カークが遭遇した眷属だな」

 桜散は肉団子を見やる。肉団子達のすぐ後ろの空間は狭まっており、中心から管状の通路が伸びている。先に進むには倒す必要がありそうだ。

「どうする? 戦う?」

 譲葉は確認するように桜散に問いかけるが、答えるまでもない。

「無論。行くぞ!」

 桜散と譲葉は、肉団子達に戦いを挑み始めた……。



 桜散と譲葉達が、仮面の怪物の眷属と戦い始めたその少し前……。

――――――――――――異空間(××の体内)。

「U、Uhm……」

「大丈夫ですか? カーク君」

 カークと理正は、異空間内で途方に暮れていた。

「まさか異空間に飲まれちまうとは……なんてこった!」

「ですね。これはタイミングが悪い」

 理正は周囲を見回す。肉壁には無数の細かいひだが付いており、まるで腸の中のようだ。

「どうします、理正さん」

 カークは理正に問いかける。こうなってはレポートどころではない。

「仕方ありません。先に進んでみましょう。怪物本体、あるいはここを管理しているであろう眷属を倒せれば、外に出られるはずですから」

 理正はトレンチコートから正方形の機械がついた腕輪を取り出し、左腕に装着する。機械の色は鈍い灰色で、金属光沢がある。正方形の1辺は20cm程と結構大きい。


「そう言えば、理正さん。気になっていたんだが、その装置は一体何なんだ? 原理が違うとか何とか……」

 カークは理正の左腕の装置について尋ねる。以前理正が魔術を使っていた時も同じものを使っていたはずだ。

「えーとですね。

 これは『Emortion-Energy-Converter』という装置です。略して『E2C(イーツーシー)』と言います」

「E2C?」

 聞いたことない単語に、カークは首をかしげた。

「分かりやすく言うと、感情の持つ情報をエネルギー、即ち魔力に変換する装置です。私はこれを使って、魔術を行使しているんですよ」

 理正は左腕の装置、E2Cについて説明した。

「感情を魔術に変換?」

「はい。そうです。前言いましたよね? 魔力は感情・イメージに起因する力だと。魔力は基本的に強い感情から生まれるものなのです」

 理正はE2Cを装着した左手を自身の胸に当て、魔力について説明する。

「感情が力に変わる……火事場の馬鹿力的な?」

「そうそう。強い感情は、それ自体が魔力の源になる。この装置はその『感情から生み出される魔力』を増幅・強化するものです」

「へぇ……」

 感情を魔力に変換する装置。そんなものがあるのか。

 カークは初めて知ることに興味津々だった。


「理正さんは、何故その……E2Cを? E2C無しだと魔術が使えないとか?」

 カークは理正に、E2Cを使う理由を尋ねる。

「私は魔力の多くを老化の抑制に割いているので、それを代替・補助する目的でこの装置を使っているんですよ」

 理正は左手で軽く胸を叩く。よく見ると、その手には薄いしわがついていた。

「老化の抑制って言うと……京道がやってたような?」

 カークは理正の様子を見る。理正の外見は40代後半から50代程度だ。

 69歳の京道が外見を50代に見せていたことを考えると、理正も実際はもっと年を取っているのだろうか?

「ええ、その通りです。私の魔力は京道ほど多くはないので、E2Cの補助が無いと全力が出せないんですよ」

 理正は準備運動のように、せっせと身体を曲げ伸ばし始めた。

「ふぅ……。如何せんこう年を取ると、若い頃のようにはいきませんねぇ、ははっ!」

 一通り屈伸を終えると、理正は片目を閉じ、軽く腰をさすった。


「そうでしたか。すいません。こう……何と言うか、こんなのに巻き込んじゃって」

 カークは謝る。年寄りを戦いに参加させるのは気が引けた。

「いえいえ。まぁ、私もまだまだ行けますぞ。何てったってこれがありますからね」

 理正はそう言うと、左腕のE2Cを見せながらにやけた。

「そうですか。じゃあ、俺もうかうかしてられないな!」

 理正の様子を見て、カークは気合を入れた。

「そうですね。さて、説明はこのくらいにして、先に進みましょうか」

「OK! 理正さん、行きましょう」

 カークと理正は、異空間の奥へ進み始めた。


 カークと理正が奥へ進んでしばらくすると……。

「理正さん、あれです!」

 カークが指差したその先には、不規則に撥ねる肉団子達が。

「なるほど。あれは多分、眷属ですね」

 理正はそう言うと、左腕のE2Cを構える。

 するとそれまで四角い板状だったE2Cが、対角線の溝にそって中央から割れて左右に展開した。

 そして板の中央にある穴に、赤色の光が灯った。


「ふんっ!」

 理正は左腕を構えシャウト! 

 すると左手から大きな炎弾が飛び出し、肉団子の内1個に命中! 肉団子は灰と化した。

「Wow! すごい強さ」

 その様子を見ていたカークは、思わず手を叩く。

「気を抜いてはいけませんよ? ほらっ! 来ましたよ!」

 理正の言葉と同時に、肉団子の1体がカークに迫る。

「Ouっと! Ahhhh!」

 カークは右手に力を籠め、火炎放射! 直線的な軌道で突っ込んでくる肉団子を押し返す。

 肉団子はそのまま吹き飛ばされると、軽い破裂音と共に爆発四散した。


 カーク達が息つく間もなく、肉団子達は次から次へと奥の方から飛来してくる。

「ふんっ!」

 再度理正は炎弾で迎撃! 肉団子数個を灰に変える。

「Ahhhh!」

 カークも同じく火炎放射で迎撃! そのまま少しずつ前に進んでいく。

「結構、数が多いですね」

 肉団子を炎で焼き払いながら、理正はカークに零す。

「そうですねっ! ていっ!」

 火炎放射でいなし切れなかった肉団子を左手のチョップで叩き落としながら、カークは理正の言葉に答えた。

 2人はそのまま奥から飛来する肉団子達を迎撃! 奥へ進んで行く。


――――――――――――異空間(××の体内、最深部)。

 しばらくすると、2人は少し広くなった場所に出る。先程居た場所が小腸なら、さしずめここは胃袋といったところか。

「あっ! 理正さん! あれっ!」

 カークが奥の方を見ると……。


「はぁぁぁぁ!」

「むむむーっ!」

 そこには、3体の肉団子と戦っている桜散と譲葉の姿があった。

「はぁっ!」

 桜散は2体の肉団子に水弾を発射! そして命中!

 しかし肉団子にぶつかった水弾は青色の光と共に消滅し、肉団子の動きも止まらない。

「むむむーっ!」

 譲葉も1体の肉団子に吹雪をぶつけるが、同様に吹雪も消滅し、肉団子は凍ることなくぴんぴんしている。

「なっ!」

「効いてない? というかこれって、もしかして」

 その直後、桜散達の攻撃をいなした肉団子達は飛行! 桜散達に体当たりをかます。

「ぐはっ」

「きゃっ」

 肉団子に体当たりされた桜散と譲葉は壁に叩きつけられる。肉壁がぐにょりと歪んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ…」

 2人はどうやら苦戦しているようだ。


「あれはっ! ゆーずぅと……さっちゃ!」

 カークは桜散と譲葉が異空間に居ることに動揺する。

「……」

 カークの反応の一方で、2人の姿を見た理正は黙っていた。

「ちっ! ……n?」

 カークは2人に駆け寄ろうとするが、理正に肩を掴まれた。

「カーク君。私は……、行っていいと思いますか?」

 どうやら理正は自分と桜散が顔を合わせることを気にしているようだ。

「何言ってんですか理正さん! 今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ!」

「……そうですね。行きましょう」

 カークは渋る理正を説得し、そのまま桜散達の居る方へ走る。理正もその後に続いた。


「さっちゃ! ゆーずぅ!」

 カークと理正は炎弾を発射し、桜散達に再度体当たりを仕掛けようとした肉団子達に命中! 

 肉団子達は3体とも丸焦げになり、爆発した。


「大丈夫か? 2人共」

 カークは桜散と譲葉に声を掛ける。

「うん! 何とかこっちは大丈夫だよ。でも、それより……」

 譲葉は心配そうな様子で、桜散の方を見る。


「……」

 カークの隣に居る理正の姿を見た途端、桜散は目を大きく見開いて身体の動きを止め、そして沈黙する。

「久しぶりですね、桜散。元気にしていましたか?」

 理正は桜散に言葉を掛ける。

 だが、彼女はそれを無視するとカークの方に近づき、そしてこう詰め寄った。

「カーク。……お前、なぜこの男と一緒にここに居る? どういうことなのか説明しろ!」

「Ah――、Well……」

 ものすごい剣幕でまくし立ててきた桜散に、カークが事情を説明しようとした時だった。


「ちょっと待って2人共! あれっ!」

 2人のやり取りは、切羽詰まった譲葉の言葉によって中断された。

 カーク達は彼女の指差す方、大部屋の天井を見る。するとそこには先ほどまでなかった無数のひだが出現し、その中央から何かが生み出されるように床に落ちた。

 天井からは黄色い粘液が垂れる。

「What!?」

「あれは!」

 カーク達の目の前に墜ちたそれは、巨大な肉の塊だった。肉塊は球形に近いが、かなり歪な形をしている。大きさは直径2メートルほどで、先ほどの肉団子に比べはるかに大きい。表面には赤と紫の筋が入っており、あちこちから肉でできた管のようなものが飛び出ている。

 そしてカーク達の方を向く面には星形の仮面。

 この異空間の主が、ついに姿を現した。

 

「……詳しい話は後だ。まずはあいつを倒すぞ」

「……OK」

 2人はまず目下の敵を倒すことで合意する。

 そうこうしている内に肉塊は天井から完全に離れて浮遊し、管が鞭のようにしなり始めた。

「ここの敵はどうやら私達の魔術が効かないらしい。さっき戦って分かった」

「前に京道がアレクシアちゃんに魔術を放った時あったでしょ? あの時と同じで、多分水属性を吸収してるんだよ。攻撃が当たった時の様子が同じだもん」

 桜散と譲葉はカークに対し、自分達の戦いから得られた敵の特性についての情報を伝える。

「まじか……。一応炎は効くみたいだから、俺と理正さんは魔術で攻撃する。

 さっちゃとゆーずぅは後方に下がるか、物理攻撃で応戦してくれ!」

 カークが作戦を提案したと同時に肉塊から管が飛び出し、カーク達に迫る!

「分かりました。2人も構いませんね?」

 理正はカークの指示に了承すると、桜散と譲葉に尋ねた。

「おっけー。じゃあ私は後ろに居て、回復役やるね」

「……了解。状況も状況だからな」

 桜散はカークの言葉に頷いたが、理正との共闘について気が乗らないようだ。

 4人は即座に肉塊からの攻撃を回避すると、カークと理正は肉塊の方へ、桜散と譲葉は後方へ退避した。


「はぁーっ!」

 怪物に対する初撃を加えたのはカーク。彼は自分に強化魔術を掛けると、そのまま怪物本体に対し火炎放射を放ち、命中させる!

「――――――-!」

 すると怪物本体から唸るような音が聞こえ出す。

「よっしゃ効いてる!」

 カークは小躍りしつつ次の攻撃を行おうとするが。

「危ない! カーク君!」

「Eh? Woa!?」

 譲葉の叫びとほぼ同じタイミングで肉塊から管が伸び、カークの右足に巻きつく!

「ちっ! このっ!」

 カークは必死に振り払おうとするが、そのまま怪物に引っ張られ、宙づりになってしまう!

「ぐぉぁ!」

 逆さづりにされてもがくカーク。

「あいつ! はぁっ!」

 桜散はカークを助けようと怪物に近づくが。

「危ない!」

「っ!」

 直後、もう一本の触手が桜散に迫る! 桜散はそれをすんでのところで回避するが、管はもう1本迫っていた!

「ちぃっ!」

 桜散は水弾を出そうとするが、躊躇う。

 触手が桜散の右腕をからめ捕ろうとしたその時であった。


「ふんっ!」

 桜散に迫る触手に対し、理正が石弾を数発発射し、これを切断した。

「あっ!」

 触手は桜散に迫る手前で落下し、動きが止まる。

 その様子を見た桜散は、一瞬複雑そうな顔をした。

「ていっ!」

 桜散の窮地を救った理正は、次はカークを宙づりにする触手に対し石弾を発射、これを切断しカークを解放する。

「Woa!」

 空中で自由になったカークは、慌てて右手から火炎放射を飛ばし、床への衝突を回避した。


「大丈夫か?」

 床に着地したカークに駆け寄る桜散。

「ああ。何とかな。理正さんのおかげで」

「……そうか。さっさと倒すぞ!」

「お、おう……」

 カークと桜散は、再度怪物に立ち向かった。


「むっ! えいっ!」

 カーク、桜散、理正が怪物本体に立ち向かう中、1人後方に居た譲葉は、迫ってくる触手数本と悪戦苦闘していた。

「ていっ! それっ!」

 飛んでくる触手を、一つずつ丁寧に傘で叩き落としていく譲葉。彼女は魔術について理正から教わる予定だったので、1人だけ武器を持っていたのである。

「あーっ! もう! キリが無いよ!」

 叩いても叩いてもモグラ叩きのようにキリが無い触手を前に、譲葉はいら立ちを募らせる。前へ進もうと試みるも、間髪なく迫ってくる触手のせいで中々進めない。

「3人共―! 早く倒して! こっちは、もう! 大変! なんだから!」

 

 譲葉が触手をある程度引きつけていたためか、怪物本体に隙が生じ始めていた。

「管の数が減りましたね。今のうちにトドメを刺しましょう。

 カーク君! 桜散! 君達は管を引きつけて! その間に私が仕掛けます!」

 理正はカークと桜散に対し指示を飛ばす。

「分かった理正さん! ほらさっちゃ、行くぞ! ……さっちゃ」

「……」

 理正の指示に気兼ねなく返答するカークであったが、桜散は黙ったままだ。

「さっちゃ?」

「……あ、ああ。すまないカーク」

 理正からの指示に対しワンテンポ遅れる桜散。

「さっちゃ。気持ちは分かるけど、今は目の前の敵を倒すことに集中だ」

「分かってる! 分かってるさ!」

 桜散は逆切れ気味にそう答えると、触手攻撃を回避した。

「OK。じゃあ行くぞ、っと!」

 カークも触手を回避し、怪物本体に炎弾を浴びせる。

「とりあえず攻撃を当てて触手を引きつけよう。

 さっちゃは、何か飛び道具があればいいんだけどな。うーん……」

 カークは周囲を見回す。すると近くに何かが落ちているのを見つけた。

「おっ! これならどうだろ?」

 カークが拾ったのは竹箒だった。所々粘液にまみれている。

「何でこんなものが……まあいい。行くぞ! ふんっ!」

 桜散はカークから竹箒を受け取ると、それを振りまわして触手を叩き落とした。

「よーし! じゃあ俺も。ふんっ!」

 カークも負けじとばかりに炎弾を発射、触手たちを引きつけていった。


 こうして3人が触手を引きつけたことで、怪物本体に隙が生じた。

「それじゃあ、行きますか」

 理正は左手のE2Cに更なる力を込める。

「はぁぁぁぁぁ!」

 すると理正の身体からまばゆいばかりの光があふれ、彼の身体の表面にオーラが現れた。オーラの色は赤・緑・青で、周期的に色が変化している。

「ふんっ!」

 理正は左手表面から赤いサークルを展開し、そこから大量の炎を噴出させた。

「てゃぁァァァァ!」

 理正の左手から放たれた炎は怪物に命中! それと同時に理正の身体は炎に押され、徐々に後退していく。

「ふぬぬぬぬ!」

「ビィャァァァァァァァァァ!」

 周囲にアンモニア臭のような不快な臭いが漂うと共に、怪物が耳をつんざくような音を上げる。


 そしてその直後、理正の炎が止まり、彼は膝をついた。

「はぁ、はぁ……はぁ……」

「「理正さん!」」

 駆け寄るカークと桜散。そして譲葉。怪物の触手は既に動きを止めている。

「は、はは……これだけで息切れするとは。はぁ、年を取りすぎましたね……」

 苦しそうに息をする理正。

「い、今回復しますね!」

 慌てて理正に治癒魔術を掛ける譲葉。

「カーク君、怪物は?」

 譲葉の治療を受ける間、理正はカークに怪物がどうなったか尋ねた。

「怪物は……」

 カークは奥の方を見る。理正の攻撃を受けた怪物は、すっかり黒こげになり、動きを止めている。

「は、はは。どうやらやったみたいですね……」

 理正は譲葉に支えられながら、何とか立ち上がる。

「……」

 3人が会話する様子を、桜散はじっと見つめていた。


 その瞬間。

「ビィャァァァァァァァァァ!」

「ビィャァァァァァァァァァ!」

「ビィャァァァァァァァァァ!」

 黒こげになった怪物は数回叫んだかと思うと、無数の触手をカーク達にけしかけた!

「あいつッ! まだやられてねぇよかよ!」

「そんなっ、この数!」

「……油断したな」

「……そうですね」

 4人が各々防御姿勢を取ったその時だった。


「ビィャァァァ……ァ……」

 カーク達にあと数十センチと迫ったところで、触手は動きを止め、そのまま地面に垂れ落ちる。

「これは……」

 その様子を見た4人は怪物の方を見る。


 怪物の身体が、裂けている。その焦げた表面には亀裂が無数に入り、そこから肉汁がどばどばと流れ出している。

「……」

 そしてその直後、怪物の身体は針でつつかれた風船のように急速にしぼんでいき、やがてしなびた状態になって動かなくなった。


「……動かなくなりましたね」

「……」

「やった……のか?」

 しなびて動かなくなった怪物を凝視するカーク。

「その言葉はフラグだって、前言ったじゃんカーク君。

 ……でもまぁ、やったんじゃない? 多分」

 カーク達が怪物の停止を確認したと同時に、彼らの視界は急速に歪んで行った……。


――――――――――――夕方。

 カーク達が異空間から公園に戻ってきた時、外の世界は既に夕方になっていた。

「何とか戻って来れたな」

 空は綺麗な黄昏時。周囲の家の夕食の香りが、彼に現実世界に戻ったことを実感させる。

「そうだね~」

 譲葉は自分の服を見る。服は相当粘液にまみれ、異臭を放っている。

(これは、新しい服を買わないとなぁ……)

 異臭と汚れにまみれた服を見ながら譲葉はそう思った。

「全く、今日は災難でしたね。カーク君」

「そうですね。理正さん」

 カークは理正に声を掛ける。譲葉の治癒魔術を受けたものの、彼は公園の柵に寄り掛かって休息していた。


 そんな2人に対し、桜散がやってきてこう言った。

「カーク。さっきの話の続きだ。お前は何故、この男と一緒に……なっ!?」

「ん? どうしたさっちゃ?」

「お前……よく見たら、その、その鞄の中にあるのは……っ!!」

「鞄? ああ……って、Ahn!?」

 桜散が指差したところにあったのは、彼女から受け取ったレポートの封筒であった。


「ん? もしや」

 理正は真っ先に違和感に気付く。だが遅かった。

「お前! もしかして、こいつに私のレポートを見せていたのか!?」

 桜散の表情は見る見るうちに険しくなっていく。

「あ、Ah―、そうだよ! そう! お前のレポートを見ていた人ってのは、この理正さんだ!」

 カークは、最早隠す必要もないと言わんばかりな様子で、桜散に告げた。

「なっ! よりにもよってこいつに見られるなんて。……カーク! 何故こんなことを!」

 嫌いな父親に自分のレポートを見られたことで、桜散は怒り心頭だ。

「そりゃ、お前と理正さんに仲良くなって欲しいって思ったからで」

 激昂する桜散に対し、カークは真剣な面持ちで理由を説明するが……。

「お前は私がどれだけこいつのこと嫌いなのか分かってただろう? それを知ったうえで見せたんだな、こいつに」

 カークの説明に対し、桜散は容赦なく割り込んでくる。

 彼女の左手には力がこもり、歯は固く閉じられ、目には涙が浮かんでいた。

「Ah!? 酷い奴って? というかこいつ呼ばわりは失礼だろ。理正さんに」

 桜散の理正に対する「こいつ」呼びによって、カークは自分も馬鹿にされているような気がしてくる。

 ヒートアップする桜散に呼応するかのように、彼の語気も荒くなっていった。

「カークお前! こいつの肩を持つのか? 

 というか私に隠してたな!? こいつと関わってたことを! お前は私を騙していたんだな?」

「いやいやいやいや! 肩なんか持ってねぇし、まして騙してなんかねぇよ! 大体お前が聞……」

 2人の言い争いがエスカレートしそうになったその時だった。


「桜散」

 理正の一声で、2人の争いは止まった。カークと桜散は理正の方を見る。

「……」

 理正の言葉に桜散は何も答えないし、目も合わせない。

「……レポート、読みましたよ。良くできています。ですがあの内容は」

「っ!」

 理正が桜散に話をしようとした瞬間、彼女はカークの鞄からレポートを抜き取る。

「A! おい!」

 そしてそのまま一目散に公園の外へ走り出した。

「桜散!」

「さっちゃ!」

「桜散ちゃん!」

 3人は追いかけるが、振り切られてしまった。


「理正さん、俺……」

 カークは理正に対し、申し訳なさそうな様子でこう言った。

「いいんです。いいんですよカーク君。君は何も悪くない」

「でも」

 心配そうな面持ちで、桜散の去った方を見つめるカーク。

「いずれこうなると思ってました。私が逃げていたのが悪いのですよ。……ははっ」

 理正は空笑いしながら、夕暮れ時の空を眺めた。彼の表情は寂しげだ。

「本当に……すみません」

 カークはボソッと呟いた。

「……私はもう帰ります。桜散の事、また何かあったら連絡お願いしますね」

 理正はそう言うと、1人トボトボと家に帰って行く。

 そしてその様子を、カークと譲葉はぼんやりと見つめていた。


「……あのさっ! さっきから私、ずっと蚊帳の外なんだけど、何があったの?」

 カーク・桜散・理正のやり取りの一部始終を見ていた譲葉は、カークに対し状況の説明を求めてきた。

「えーとだな……」

 カークは譲葉に対し、事情を説明する。

 桜散と理正の仲直りの起点とするべく、彼女のレポートの添削を理正にお願いしていたが、それがばれてしまったこと。

 そして、桜散のレポートの中身が相当ヤバそうな代物であること……。


「……そっか。なるほどね。

 それにしても、何で理正さんは桜散ちゃんのレポートの内容についてそんなこと言ったのかな?」

 譲葉もカーク同様、レポートの内容と、それに伴う理正の発言に首をかしげる。

「正直俺も、中身は見てないんだよね。理正さんに聞こうと思ったらそのタイミングで異空間に飲まれちゃったし。そんでさっき持ってかれちゃっただろ? ……今度理正さんに聞いてみるよ」

 カークは右手で肩を揉みながら、軽く深呼吸した。

「そっか。じゃあもし分かったら私にも教えてね?」

「あぁ」

 あんな場面の後ということもあり、2人の会話はこれ以上続かなかった。

 結局、双方気まずい雰囲気で家に帰った。


――――――――――――夜。

「……ただいま」

「おかえり。って! また何か臭うわよカーク! シャワー浴びてきなさい!」

「分かってるよ」

 帰って早々服を洗い、シャワーを浴びる羽目になったカーク。

 彼はシャワーを終えるとリビングへ向かった。

 

 リビングに着いたカークは、すぐに李緒に桜散のことを尋ねた。

「母さん。さっちゃは?」

「桜散ちゃんは……部屋に閉じこもってるみたい。あんたみたいな状態で帰ってきてシャワー浴びてからね」

「そっか……」

 カークは気を落とすと、そのままソファーにもたれかかった。

「ねぇカーク。一体何があったの?」

 休んでいるカークに対し、李緒が心配そうな表情で尋ねる。

「母さん。実は……」



「……って訳で」

 カークは事のあらましを李緒に話す。彼女はそれを黙って聞いていた。

「なるほどね。理正君も桜散ちゃんも、ほんと不器用ねぇ~」

 カークの話を聞いた李緒は目を閉じ、困ったような顔で首に手を当てた。

「なぁ母さん。俺、どうすりゃよかったのかな?」

 此処でカークは李緒に助けを求めた。すると彼女はこう提案した。

「うーん……。こうなってしまった以上は無理やりにでも2人を会わせて、本音をぶつけ合わせるしかないんじゃないかしら? それでどうにもならないようだったら、諦めましょ」

「無理やり?」

「ええ。あの2人、互いに互いの気持ちを理解していないせいですれ違っている感じだから、互いの本心を理解すればまだ何とかなるかもしれない」

「そっか……」

 李緒のアドバイスで、カークは何となく道が開けた気がした。


「それと、理正君との関係についてもちゃんと隠さず話しなさい。この状態だと隠し事はかえって逆効果だから。私との関係も、後で桜散ちゃんに伝えておくから」

 李緒はカークに対しもう1つアドバイスをする。

「分かった。とりあえず俺達と理正さんとの関係について洗いざらい桜散に話して、その上で一緒に来てもらうよ」

「OK。それでいいんじゃない? 理正君の方については私から連絡しておくわ」

「ありがとう、母さん」

 カークが李緒にお礼を言うと、李緒は恥ずかしそうな様子でこう言った。

「良いのよ。子供が困ったときに親に頼るのは当たり前なんだから。もしこれでどうにもならないようだったらまた私に相談して」

「うん」

 カークは李緒の言葉に元気良く返事すると、階段を上って桜散の部屋へ向かった。


 カークは部屋の前に着くと、コホンと1回咳払いをし、そしてドアを軽く叩いた。

「……」

 しかし、返事がない。

「おーい。さっちゃー?」

 カークは声を発して問いかけるが、返事がない。

(……こりゃシカトされてるな。どうしようか)

 カークは桜散の部屋の扉の前で考え込むが、いいアイデアが浮かんでこない。

 実際問題、鍵を無理やり開けて彼女の部屋に乗り込むという手もあるにはあったが、今のカークにはそれを行う勇気は無かった。

(明日にするか……)

 カークはそう考え、自室へ戻った。


――――――――――――深夜。

 カークが自室に戻ってしばらくすると……。


 ppp……ppp……。電話の着信音が部屋に響く。

 カークは着信相手を確認すると、電話に出た。


「もしもし、カーク・高下ですが」

「こんばんは、カーク君。私です、理正です」

 電話の相手は理正だった。

「悪いね。こんな遅くに電話を掛けて」

「いえいえ。どうしたんですか?」

 カークは理正に用件を尋ねる。すると理正は電話越しにかしこまったような口調でこう言った。

「えーとですね。明日また公園に来てもらえますか? レポートの内容について伝えますので」

 理正の用件は、伝え損ねた桜散のレポートに関することだった。

「レポートですか? 分かりました。時間はいつごろです?」

「時間は午前の10時頃を考えているのですが、大丈夫ですか?」

「あっ! はい! 大丈夫です」

「分かりました。じゃあよろしく……っと」


 ここで理正は、何か言い忘れていたことがあったのか、一瞬間を置いた。

「どうかしました?」

「あーっと。その、さっき李緒さんから連絡がありまして」

「あぁ……そのことか」

 カークの脳裏に、電話を掛ける李緒の姿が浮かぶ。

「はい。いやぁ……李緒さんは相変わらず手厳しい。桜散とのことで怒られちゃいましたよ」

「そうですか」

 どうやら李緒は理正に対し、桜散の件で説教をしたようだ。

「ですから、明日はその件に関しても話しませんか? 君に手伝って欲しいこともあるので」

「手伝って欲しいこと?」

 何を手伝うのだろうか? カークは気になった。

「はい。まぁ、今日はもう遅いので、明日そのことについても話しますね」

「分かりました。明日はよろしくお願いします」

「はい。それでは、私はこれで失礼します。おやすみなさい、カーク君」

「こちらこそ、おやすみなさい。理正さん」

 2人は互いに挨拶を交わし、そして電話を切った。


(明日、か。とりあえずもう寝るか……)

 カークは携帯端末に充電ケーブルを繋ぐと、そのままベッドに入り就寝した。


74日目

――――――――――――朝。

 朝。カークは起きると真っ先に桜散の部屋へ向かう。彼が起きた時間帯は、普段なら桜散も起きている時間帯だ。故に彼女が寝ていることは無いだろうとカークは考えていた。


「おーい。さっちゃ」

 カークは桜散の部屋のドアを数回ノックし、扉の向こうに声を掛ける。

(まだ閉じこもったままなのかな?)

 扉に耳を立てると物音が聞こえてくるため、桜散が起きていることは間違いないのだが……。

「さっちゃぁ……」

 カークは異様にねっとりとした声で扉に囁く。すると。


「……気持ち悪い声を出すな。起きているぞ」

 扉越しに桜散の声が聞こえてきた。

「さっちゃ! その、俺……」

 カークは真っ先に謝ろうとした。だが。

「謝罪の言葉はいらん。……すまないカーク。少し一人にさせてくれないか?」

 桜散の声はどこか弱々しく、それでいて怒りが籠っているようだった。

「だけど」

「……李緒さんと譲葉ちゃんから聞いたぞ? 李緒さんもお前も、そして皆も私に黙って、あいつ……父さんと連絡を取ってたんだってな?」

「……」

 言い返せないカーク。桜散に黙って、隠していたのは事実だ。

「……ふっ、見事に私だけ除け者という訳だ。笑えるよな」

「さっちゃ」

「それに! あのレポートは……いや、何でもない。

 とにかく! 一人にさせてくれ。今の私はすごい苛立っているんだ。気が変わらない内に、あっちに行け」

「っ! 分かった。……また、後で来るよ」

「……」

 カークは桜散の声に身震いした後、1人黙って1階に下りた。


(……)

 カークの足音が遠ざかったのを扉越しに聞いていた桜散は、身体に力を込めた。

(チッ! 何を、何を苛立っているんだ私! カークは別に私を貶めるためにやっていた訳では無いことは明白だと言うのに! だのに! なぜこんなにイラついている?

 あいつに例のレポートの件がばれたから? 

 それとも皆から除け者にされて裏切られたと思ったから?

 あーっ! 畜生! もう!)

 桜散は歯ぎしりしながら部屋中を歩き回り、ベッドに拳を叩きつける。

 スプリングが撥ねる音が、彼女一人だけの部屋に響いた……。


「おはよう、母さん」

「おはようカーク。朝食出来てるわよ」

 彼はリビングで李緒に挨拶をし、朝食を食べるべく椅子に座った。

「母さん、その。理正さんに連絡したみたいだな」

「あらっ? どうしてそれを」

 李緒は若干驚いた表情をした。

「あの後理正さんから電話があった」

「そう……。それで? どうだった? 桜散ちゃんとは」

「……少し一人にさせてくれって言われた」

「そう……」

 ぎこちない様子で会話を交わし、朝食を食べるカークと李緒。


「今日、理正さんにまた会いに行くつもり。色々用事があって」

「へぇ。まあ多分桜散ちゃんの件でしょ?」

 李緒はみそ汁を飲みながらカークに尋ねた。

「うん。多分そうだと思う。それと……」

「それと?」

 李緒の動きが止まった。

「さっちゃのレポートの内容について話してもらう」

「そう」

 李緒は再び手を動かし始める。興味が無さそうな様子だった。

 2人の会話はそこで途切れ、後は黙々と朝食を食べるのみだった。


 朝食を食べ終えたカークは部屋に戻り、パソコンを使って少しインターネットを見る。

 そしてその後荷物をまとめ、家を出た。


――――――――――――午前。

 9時55分。カークは公園に到着すると、真っ先にベンチに向かった。

 するとそこには……。




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