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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第四章「揺らぎ煌く世界/これも1つのif」
21/46

第19話『恋心の添削』

[あらすじ]

 桜散をデートに誘い、そのまま告白しようと考えたカーク。だがなかなか実行に移せない。

 そんな中桜散はカークに対し、一緒に出掛けないか提案する。

 こうして決まった2人のデートだが、果たして彼の告白は上手く行くのだろうか。


第19話『恋心の添削』

66日目

――――――――――――朝。

 土曜日の朝。カークは電話の音で目を覚ました。

「んん? どれどれ……」

 カークは携帯端末を操作し、通話に出た。


「もしもし。カーク・高下ですが」

「おっ! おはようカーク君。私です。理正です」

 電話の相手は理正だった。

「理正さん? おはようございます」

 カークは挨拶を交わした。

「こんな早朝から、何です?」

 カークが用件を尋ねると。

「あぁ……すまんね。手短に言うよ。今日朝公園に行くので、見て欲しいレポートがあれば、見れますよ?」

 理正は、レポートの添削を引き受けるつもりのようだ。


「そうですか」

「何か見て欲しいレポートはありますか?」

「うーん」

 カークは考える。今週の学生実験のレポートは、幸い自力で何とかなるレベルだった。

「今回は特に見て欲しいレポートとかはない……けど」

「けど?」

「いや……これはちょっと確認しないと分からないんですが、見て欲しいものがあって。後で公園に行くんで、その時伝えます」

 カークの脳裏に、桜散のレポートのことが浮かんだ。これについては彼女に聞かなければ何とも言えない。

「分かりました。それでは後で会いましょう」

「はい、理正さん。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」

 2人は通話を終えた。


 その後カークは部屋を出て、リビングに向かおうとした。すると。

「おはよう。カーク」

 階段を下りる直前、後ろから呼び止める声がする。

 カークが振り返ると、そこには水色のパジャマを着た桜散の姿があった。

「おう……。ふぁぁ」

 桜散の呼びかけに、カークは欠伸で返した。

「疲れてるのか? まあ、私も人のこと言えないか……ふぁぁ」

 そう言うと、桜散も欠伸をした。彼女も相当詰めていたようだ。


「そう言えば、レポートはどうなんだ?」

 ここでカークは桜散に、レポートのことを尋ねることにした。

「あっ……そうだ! ちょうどそのこと言おうと思ってたんだった。……ほらっ、これ!」

 カークの問いに対し、桜散は後ろに隠していた茶封筒を取り出す。封筒の大きさはA4サイズで、中に紙の束が入っている。

「Oh! できたのか?」

 その様子を見たカークは、期待に満ちた顔をした。

「大まかな形、だがな。例の人に見せるまで、くれぐれも厳重にな」

 桜散は内容の漏洩に再三注意を促すと、カークに封筒を手渡した。

「分かってるよ。……一応念を入れて聞くけど、本当にいいのか?」

 桜散に渡された封筒の中身を確認しながら、カークは問う。これは自分に対する問いでもあった。

「……何度も言わせるな。それに実際の所、まだ本題の箇所はあまり書けてないんだ。仮に見られてもそれほど問題ではない。念のためだ、念のため」

 桜散は顔をほんのりと赤らめ、恥ずかしそうにしながらカークの問いに答えた。

「そうなのか……」

 桜散の答えを聞いて、カークは身体が軽くなったような気がした。


「分かったなら、ほらっ! さっさとそれしまって、下へ行くぞ。朝ご飯だろ?」

「お、Oh……」

 桜散に押される形でカークは部屋に戻り、茶封筒をかばんに仕舞う。そして彼女と共に1階へ降りた。


 カークは朝食を食べると家を飛び出し、公園へ向かう。桜散のレポートが入った鞄も一緒に持ってきている。

(……)

 周囲を頻繁に見回すカーク。桜散が付いてきていないか警戒しているのだ。

 一応彼女に任されたとはいえ、渡す人が渡す人だ。神経を尖らせながら公園への道のりを歩いていく。


 そして、公園に着くと理正を探した。

(あれ? 居ないな。いつもならベンチに座っているんだがなぁ)

 理正の不在を訝しみつつ、カークが公園のベンチに座った時だった。


 ガサッ! 

 突如、公園の外れにある茂みが動いたかと思うと、そこから理正が飛び出してきた。彼はコートに付いた葉っぱを手で払い落している。

(Nn!? あれは、理正さん!?)

 その光景を見たカークは、急いで彼に駆け寄った。

「あの……理正さん、こんにちは」

 カークは理正に対し挨拶する。

「おはよう! カーク君」

 理正もカークの方へ歩み寄っていく。

 かくして2人は合流した。

「一体どうしたんです? 茂みから出てきて……」

 普通に公園の入口から入ってくればいいものを。

不審な理正の行動を、カークは改めて訝しむ。何かやましいことでもあるのだろうか?


 するとそんな彼の心境を察したのか、理正は事情を説明し始めた。

「それがですね……。桜花が私と桜散との関係を勘ぐっているようでして。後をつけてこないよう、普段とルートを変えたのです」

 理正の話で、カークは大体の事情を察した。

「なるほど。実は俺も今日、さっちゃにつけられてないか気を付けてここに来て」

「そうでしたか。いやはや、お見苦しい所をお見せしましたな」

 カークが普通に公園に来たことを聞いた理正は、左手で頭を掻いた。


 その後2人はベンチに座り、レポートについての話を始めた。

「それで、レポートは持ってきましたか?」

「あっ、はい。持ってきました。これを見て欲しいんです」

 カークは鞄から茶封筒を取り出すと、理正にそっと手渡した。

「ほう。どれどれ……っ!? これは……」

 封筒からレポートを取り出し、表題と著者名を見た瞬間、理正は目を大きく開く。

 その様子を、心配そうに見つめるカーク。だがそんな彼の様子を理正は見向きもせず、レポートをパラパラとめくり始めた。

「……」

 神妙な面持ちでレポートを見ていく理正。だが少し見たところで、彼はレポートをカークに返した。

「このレポートは、まだ本論以降が書かれていないようですね。一応書かれているところは全部見ましたが、特に問題はなさそうです。

 ……書いた人は、このことについて何か言っていましたか?」

 理正はカークに、確認するように尋ねた。

「Uh―っと……。まだ肝心な所は書いてないって」

 カークは桜散に言われたことを、理正に伝える。

 すると彼は、顎に左手を当てて考え込むようなしぐさをした後こう答えた。

「……そうですか。また来週も、見せに来ますか?」

「多分、見せに来ると思います」

 確証はない。だがレポートは未完成だ。またそう遠くない内に見せに行く時が来るだろう。カークは確信していた。

「分かりました」

 理正はベンチから立ち上がった。


「ところで本当に良かったのですか? 桜散のレポートを私に見せて」

 カークに対し理正は問いかける。

「俺は……さっちゃと理正さんに、仲良くなって欲しいと思ってる。だから、このレポートが切っ掛けになったらいいなと思って、見せた」

 カークは率直に、桜散への思いを吐露した。

「……そうですか」

 理正は一言呟くと、ベンチから立ち上がるカークに対しこう続けた。

「私自身がこんなことを言うのは正直アレなのかもしれませんが……。キミは本当に良くできた子ですね。桜散に対してここまで真摯に向き合ってくれるとは」

「いやぁ。それほどでもないですよ」

 カークは恥ずかしそうに手を動かす。顔も僅かに赤くなっている。

「そんなことありません。……君は、桜散のことをどう思っていますか?」


 少し前のカークであれば、この問いに対し答えることはできなかっただろう。だが総一郎の出来事を通し、彼は自分の心を添削できていた。

「……愛していると思います」

 少し間を置きつつも、キッパリと断言する。娘に対する愛を父親の前で喋るのだ。カーク自身、相当緊張しながら言葉を選んだ。

 だがそうして出した答えは、思いの外シンプルなものだった。

「……」

 カークの言葉を聞いた理正は、何やら考え込んでいる。その表情には迷いのようなものが感じられた。

(言った。……言ったよな? 

 俺、ちゃんと言えたよな?)

 俯き考え込む理正の様子を見て、自問自答するカーク。桜散に対する愛を打ち明けたのはこれで3人目だ。

「その……理正さん?」

 理正は今だ黙ったままだ。カークは心配そうに声を掛けた。すると。

「あっ! すっ、すまないカーク君! 少し……考え事をしていました」

 理正は何やら慌てたような態度で、カークに対し取り繕った。

「そうですか。それで俺の答え……聞いてくれましたか?」

「もちろん聞きましたよ。桜散のことをどう思っているのか、しかと聞き届けました」

「うっ……」

 理正に改めてそう言われると、カークは恥ずかしくなった。

「その上で、そうですね。一言伝えるならば……」

 理正は再度間を置く。そして。

「娘を、よろしくお願いします」

 理正はカークに対し、深々と頭を下げた。


――――――――――――。

「『よろしくお願いします』、か」

 理正と別れ、家への道を歩くカークの脳裏に、先程の彼の言葉がリフレインする。

(これは父親公認で良いんだろうな? Uhm……)

 理正の言葉に対しあれこれ逡巡しながら、彼は家へ戻った。


――――――――――――昼。

 カークが家に帰ると、廊下の奥から何やら美味しそうな匂いがしてくる。

(これは……野菜を煮ている匂い! 多分カレーやシチューか何かだな?)

 彼がリビングに向かうと、台所では桜散が料理をしていた。

「ただいま、さっちゃ。何作ってるの?」

「おう! おかえりカーク。そうだな……クリームシチューを作っている」

 どうやら桜散が作っているのはシチューのようだ。まだ野菜が柔らかくなるまで煮ている最中で、ルーは入れていない。

「手伝おうか?」

「いや、いい。もう後はジャガイモが柔らかくなった頃合いを見てルーを入れて、それで完成だからな」

 カークの申し出を桜散はやんわりと断った。

「そうか。じゃあ食器を並べようか?」

「そうだな。それを頼む」

「分かった」

 カークは台所の食器棚から皿を取り出すと、カウンターの上、桜散の左に置いた。

「これでいいか?」

「ああ、いいぞ。それじゃあ待っててくれ」

「あい」

 カークは台所を出ると、シチューの完成を黙って待つ。

 その間鍋を見張る桜散の様子を見ながら……彼は理正、そして譲葉の言葉を思い出していた。


 そして数分後、シチューが完成する。カークと桜散はシチューをそれぞれ自分の皿によそい、テーブルに向かい合って座る。今家に居るのは2人だけだ。

「「いただきます」」

 2人はシチューを食べ始めた。


 ……皿にスプーンが当たる音がリビングに響く。

 2人は黙々とシチューを食べ続けていたが、やがてカークがスプーンを皿に置き、口を開く。

「なあ。さっちゃ」

「ん? どうしたカーク」

 いつものやり取り。桜散は食べる手を止める。

 だがカークの言葉は、いつものような気軽な問いかけでは無かった。

「あのさ。ぶっちゃけ俺のこと……どう思ってる?」

 カークは桜散に問う。これは以前、彼女にはぐらかされた問い。あの時は状況も状況であったため、彼もしぶしぶ追及を打ち切った。  だが、今日はカークも覚悟を決めて来ている。少なくとも彼に引く気は無かった。


「……」

 カークの問いで、桜散の表情が一瞬固まる。だが彼女はすぐに左手で頭を掻くと、恥ずかしそうな様子で彼の問いに答えた。

「そうだな……『嫌いではない』、ぞ?」

「じゃあ好きなのか?」

 カークが追及すると、桜散の顔はみるみる赤くなっていく。

「むうっ。そっ、そうだな! 嫌いではないのだから、好きではあるんだろうな!」

「そうか」

 カークはここで追及を止めた。


「何で突然、そんなことを?」

 桜散がカークに問う。突然こんな話をされて、彼女としては理由が知りたかった。

「そりゃあ……俺が今日レポートを見せた人が、俺とさっちゃの仲が良いか聞いてきたからだよ」

「レポートを見せた人? ……っ!? 

 そうだレポート! レポートはどうだったんだ? 見てもらったんだろう?」

 桜散はここでレポートのことを思い出し、カークに尋ねた。

「Ah? そうだな……肝心なところが書いてないってさ」

「そうか。だろうな……」

 カークの答えを聞いた桜散はため息を吐いた。

「ただ」

「ただ?」

「未完成ではあるけど、見た範囲では特に問題は無かったらしいぜ」

「そうか」

 再度ため息を吐く桜散。だがそれは落胆のため息ではなく、安堵のため息であった。

 その後、2人はクリームシチューを食べるのを再開した。


「なあカーク。明日、どこかへ一緒に遊びにでも行かないか?」

 シチューをカークより先に食べ終えた桜散は、突如テーブルに両手をつくと、顔をカークに近づけこう提案した。

「A、Ahn!? 別に良いけど……」

 桜散同様にシチューを食べ終え、口直しにインスタントコンソメスープを飲んでいたカークは、突然の彼女の提案に目を白黒させる。彼女の顔を近づけるタイミングがもう少し早かったら、彼はスープでむせていたに違いない。

「そうか。じゃあ行こう。

 ……安心しろ。もうどこに何しに行くかは私の方で決めてあるから、お前は特に何か考えなくていい」

 カークの返答に対し、桜散はまくし立てるような調子で喋り続ける。

「あ、ああ。分かった。その……すまんな、さっちゃ」

 落ち着きを取り戻したカークは、そんな桜散の様子に気付くとただ一言、謝った。


「ん? どうした?」

 突然謝ってきたカークに対し、桜散は不思議そうに尋ねた。

「あ、いやっ。何でもない、何でもない……ぜ」

 カークは何だかいたたまれない気持ちになり、慌てて取り繕う。

「そうか。じゃあ明日の朝、朝の九時にいつもの公園で落ち合おう」

 桜散はカークに対し、明日公園で会う約束を取り付けようとする。

「公園? 普通に一緒に家から出れば」

 同じ家に住んでいるのだから、一緒に家を出ればいいのではないかと訝しむカークに対し、桜散は呆れ顔をしながら、ため息を吐いた。

「はぁ……。分かってないな。こういうのは雰囲気作りが大切なんだぞ?」

「そうなのか?」

「分かったならその通りに! 寝坊はするなよ?」

「はい!」

 桜散の強気な声に釣られ、カークは思わず大声で返事をしてしまったのだった。


 夕食後、1人自室に戻ったカークは、ベッドに寝転ぶ。

「はぁ……」

 カークの心は晴れない。さっきの桜散の提案が原因だ。

(ついに痺れを切らしてあっちから誘ってきたのかなぁ? 俺にとって都合がいいように物事が動いていると考えるのは自惚れすぎだろう)

 そもそも本来、カークが桜散を誘うべきだったのだ。そしてそのつもりでカークも覚悟を固めようとしていた。

 だが現実は逆に桜散にリードされる有様。カークは自分が情けなくなった。

(さっちゃ……なかなか動かない俺に内心苛立ってるんだろうな。本当は俺から切り出すべきだったってのに。

 Damn! 何て情けないザマだ! カーク!)

 心の中で自らを罵るカーク。だが最早、後の祭りである。

(明日はちゃんとあいつの指示通りにしないとな)

 明日のことを含め、桜散とこれからどう向き合うべきか不安になったカークは、珍しく中々眠りに就くことが出来なかった。


67日目

――――――――――――早朝。

 リリリ……リリリ……! 

 目覚ましが鳴っているのを聞いて、カークは目を覚ます。

 彼は時計を見る。幸い寝坊はしていなかった。

(Wow! あぶねあぶね……)

 桜散の姿を確認すべく、カークは大急ぎで下へ降りた。


「母さん、さっちゃは?」

 1階のリビングに下りて早々、カークは李緒に桜散の行方を尋ねる。

「桜散ちゃんなら、もう家を出たわよ?」

「Ahn? もう出た?」

「そうよ? どうしたの?」

「Well……」

 今の時刻は8時。約束の時間まで、まだ1時間ある。家から公園までは10分もかからない距離だ。

 桜散が予想以上に早く出発していることに、カークは動揺した。


「桜散ちゃんから聞いたわよ? 今日一緒に出掛けるんだって?」

 困惑するカークを尻目に、李緒はカークに対し今日の出来事について尋ねた。

「そ、そうだけど……」

 カークはどもりながら答える。すると。

「だったら! 早く朝ご飯食べて行きなさい! 女の子待たせちゃ駄目よ?」

「あ、あぁ……」

 李緒に急かされたカークは急いで椅子に座り、テーブルに置かれていた朝食を食べ始めた。


「ごちそうさま」

 カークは大急ぎで朝食を食べ終える。時刻は8時20分、まだ余裕たっぷりだ。

「それじゃあ、行ってくるわ」

「……あっ! ちょっと待った!」

 服を着替えて家を出ようとするカークを、李緒は引き止めた。

「何だよ母さん」

 李緒に突然引き止められ、カークは眉をひそめた。

「ほら、こっち来なさい!」

 李緒はカークの肩を掴むと、廊下から洗面所へ誘導した。


「そんなだらしのない恰好で行っちゃ駄目でしょ! 身なり位整えなさい?」

 李緒は櫛を使ってカークの髪を梳りつつ、彼に歯ブラシを手渡す。

「分かったよ……」

 李緒に促されながら、カークは歯を磨いて顔を洗い、そして無精髭を反った。


「はい! これでOK! 行ってらっしゃい!」

 身なりが綺麗に整ったカークの姿を見て、李緒は満足そうな表情をした。

「あい……行ってきます」

 カークは荷物を持ち、桜散が待つ公園へ向かった。


――――――――――――朝。

 カークが公園についたのは約束の時間の5分前、8時55分であった。

 遅刻はしていない。カークはそのことに安堵しつつ、早速桜散の姿を探す。

 

 ……居た。

 桜散はベンチに座り、そわそわと周りを見回している。服装は水色のチェック柄が入ったワンピースで、ウェスト部分に大きなリボンが付いていた。

「さっちゃ!」

 桜散を発見したカークは早速声を掛ける。しかし。

「遅いぞ……カーク」

 出会って早々の桜散の言葉は、カークに対する不満であった。


「遅いって……5分前には着いたぞ? 時間には間に合ってる。むしろ遅く来たのはお前の方じゃないのか?」

 カークは桜散に苦言を呈する。5分前行動はできていたのだ。世間一般の目で見れば何も問題はないはずなのであるが……。

「女の子を待たせるのか?」

 人を待たせるような奴は失礼だと、桜散は言いたかったのだろう。

 だが言い方がよろしくなかった。

「What? 『女だから、男だからというのは古い考え方だ』って言ったのは、どこのどいつだぁ?」

 桜散が投げたブーメランは、そっくりそのまま彼女に戻っていく。

「うっ! そっ、そうだったな……」

 失言をしたことに気付いた桜散は、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 その様子を見たカークは、悩ましそうな様子でため息を吐く。

「はぁ……。まあ、分からなくもないぜ? せっかくのデート……だよな?」

 カークが恐る恐る確かめるように呟いたデートと言う単語に、桜散は顔を下に向けながら体をびくりと震わせる。

「俺が早く来てくれた方が、うれしかった?」

 カークは落ち着いた態度で、桜散にそっと問いかける。すると。


「……そう。そうだな! 早く来てくれた方がうれしかったよ!」

 桜散は顔を上げる。その表情は羞恥に満ちている。

「早く家を出たのも、うれしかったから? ……新作のゲームを買うために開店前から並ぶように、待ち遠しかったのか?」

 桜散がなぜ早く家を出たのか。

 その理由について、カークは何となく分かったような気がした。

「そうだ! そうだよ! もうこれ以上、言わせないでくれ……」

 桜散は目をギュッとつぶると、悲しげな表情で再度俯いた。


「Ah、その……」

「……」

 カークは頭を必死に動かし、桜散に対し言葉を紡ぐ。そして。

「ありがとな。さっちゃ」

「……えっ?」

 突然の感謝の言葉に、驚き顔を横に傾ける桜散。彼女のつぶらな瞳が、カークのそれと合う。

「俺のために……こんな計らいをしてくれてさ」

「……それは」

 顔を下に向けたままの桜散に対し、カークは更にこう続けた。

「実はさ……本当は俺もお前を誘って何処かに行こうと考えてたんだよ。

 でも、その……なかなか言い出せなくてさ。そうこうしている内に、お前の方からから誘われちまって。……ほんっと情けないよな。俺」

 桜散に対し、カークは無意識に本音を零す。普段なら恥ずかしくて言えないようなことも、弱々しい彼女の前では難なく話すことができた。

 おそらく彼自身も聞いてほしかったのだろう……自分の本音を。

 


 すると桜散は顔を上げ、カークを見てこう言った。

「そうだったのか。

 実はな、私もお前から何かあるんじゃないかと心の何処かで期待してた」

「そうなのか?」

 桜散の告白に自分を重ねあわせたカークは、彼女に問う。

「ああ。もっとも、確証は無かったがな。私はお前に『何も伝えていなかった』し」

 言葉の一部を強調するように桜散は話す。昨日カークに気持ちについて問われて動揺したのは、彼女にある種の後ろめたさがあったからに他ならない。

「でもどこかで期待していた、と? お前、結構ロマンチックなところがあるんだな」

 口で伝えても居ないのに自分の気持ちが伝わることを期待していた桜散のことを、カークはこう評する。先程桜散が投げたブーメラン、今度はカークが投げる番だ。


 現実問題、口で言っても伝わらないこともあるのだ。まして以心伝心など幻に過ぎない。カークは内心そう割り切っている。

 だがそれでも、自分と桜散が『それ』を望んでいたことを知ったカークは、少しだけ可笑しな気分になった。

「ロマンチック、か。ふっ……それでいいんじゃないか?」

 カーク同様、桜散も可笑しく感じたのか笑みを浮かべる。カークも彼女の笑みに釣られて笑う。

 2人に笑顔が戻った。


 それから数分後。2人は落ち着きを取り戻し、何処へ行くかについて話し始めた。

「で、どこに行くんだ? お前の方で決めてあるんだよな?」

「もちろん。まずは海に行くぞ」

「海!?」

 突拍子もない行先に、カークは驚き、桜散に聞き返す。

「ん? どうかしたか?」

「Ah……っと。海って……泳ぐの?」

 今は6月上旬。海水浴にはまだ早い季節だ。

「いや。ちょっと見たいと思っただけだ。たまには海を見て、物思いに浸りたいからな」

「OK。じゃあ行くか……って、ちょっと待った! 何か持って行った方が良いかな? 俺、今財布と携帯しか持ってきてないんだが」

 カークは遠出するにあたって、自分が軽装備しかしてきていないことに不安を覚える。

 だが、そんな彼の不安を予見していたかのように、ベンチに座る桜散は自分の小脇に目を向けた。

「安心しろ。それだけあれば十分だ。必要なものはここに用意してある」

 桜散の目線の先にあったのは、小脇のショルダーバッグ。この中に今日の予定に必要なものを揃えているようだ。

「分かった。それじゃあ改めて……今日はよろしく。さっちゃ」

「こちらこそ。よろしくな、カーク」


――――――――――――午前。

 2人は自宅近くの駅から赤い電車(都釜線)に乗り、井尾釜市の隣町にある海岸までやって来ていた。

「さて。海に着いた訳だが……」

 カークは砂浜を一瞥する。雲一つない快晴だが人通りは少ない。

「そうだな……。まず石でも投げるか?」

「Ah? 石? Stone? んな子供じゃあるまいし……」

 カークは桜散の提案に突っ込みを入れるが、実際海水浴のシーズンでない以上、海を見てもそれくらいしかやることが無かった。

「それっ!」

 カークは近くに会った小石を掴むと、海に向かって全力で投げる。小石は海にぽちゃりと沈む。

「ふんっ!」

 彼のそんな様子を見た桜散も左手を振りかぶって小石を投げる。石は海に沈む。桜散が投げたのを見て、カークは更に投げる。

 投擲、投擲、投擲……。

 2人は海に向かって一心不乱に石を投げまくった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「…はぁ」

 しばらくして、疲れた2人は投げるのをやめると、砂浜に座り込み、じっと海を眺めた。


「……」

「……」

 波の音が響く。

 青い波が、白い砂浜に打ち寄せる。

 海辺の町で育った者達にとっては何のこと無い光景かもしれない。だがカークも桜散も、めったに海には行かない。カークはそもそもインドア派だし、桜散も交友関係が無いゆえ、友達と夏に海に行く経験が皆無だった。

「はぁ」

 ふと、無意識にカークは大きく息を吸い、そして吐き出す。

「どうした? 海を見て、何か嫌なことでも浮かんだか?」

 どことなくぼーっとしたカークの様子に、桜散は心配し声を掛けた。

「Ah、いや。特に何も無いよ。……何と言うかさ、海っていいよな」

「えっ?」

 突然何の脈絡もない言葉がカークから飛び出し、桜散は呆気にとられる。

「こうやってぼーっと見ていると、何と言うか、気持ちが洗われるというか。

 普段の嫌~なこととかも忘れられるというか、さ」

 カークは再び息を大きく吸って、吐いた。

「……そうだな」

 桜散は両肩をぐるりと回す。涼しげな潮風が、2人に吹き付ける。たまにはこういう自然を見聞きするのも良いだろう。

 青い海と潮の香り、そして波の音。

 2人の心は癒されたような気分になった。


 2人はしばらくの間海を見つめていたが、やがて立ち上がった。

「さて。海を見るのはこのくらいにするか」

 ワンピースの砂を両手で払い落とし、桜散はカークに声を掛ける。

「そうだな。次の行先は?」

 ズボンの砂を落としながら、カークは桜散に次の行き先を尋ねた。

「そうだな。とりあえず井尾釜駅に行こう。次の行先については着いたら案内する」

「OK」

 カークと桜散は海岸を後にし、再び電車に乗った。


――――――――――――。

 カーク達は都釜線に乗り、海岸から井尾釜駅までやって来た。

「……で、次はここか?」

「そうだ」

 カークは目の前にあるビルを見つつ桜散に問う。

 カーク達は、井尾釜駅の近くにあるゲームセンターに足を運んでいた。

「了解。何で遊ぶ?」

「そうだな……」


 カチカチカチ……。

 ボタン、そしてレバーを操作する音が響く。もっとも周囲にはそれ以上の騒音が響いており、操作音はほとんどかき消される。

 カークと桜散が居るのはゲームセンターが入っているビルの3階。格闘ゲームのコーナーだった。

 筐体をプレイしているのは桜散。彼女はボタンを操作し、CPU操作の対戦相手を倒していく。 カークはそんな彼女の小脇でその様子を見つめる。

「……」

 無言で敵を倒す桜散。ボタンやレバーを用いたコマンド入力に一切の迷いがない。相当やりこんでいるようだ。

(まさか、さっちゃが格ゲーやるなんてな)

 カークは、目の前の少女が自分の知らないことをしていることに驚く。彼が知る桜散は、こんなものをやる様な人物には思えなかったのだ。

「……ふぅ」

 ゲームを終え、一息つく桜散。

「すごいな。……いつから格ゲーを?」

 カークは桜散に尋ねる。

「もう数年はやってるぞ。これの前の奴も相当やりこんだ」

 桜散は筐体を軽く触る。筐体には汚れが少なく、まだ新しいゲームのようだ。

「一体何時やってたんだ? 俺はお前がアーケードやってるなんて知らんかったぞ?」

「時々やってたんだよ。時々な」

「そういうことか……」

 カークはゴールデンウィーク中に、桜散が頻繁に外出していたことを思い出す。今思えばこれらをやっていたのだろうか。

「他に何かやってるゲームは?」

 桜散の意外な趣味に興味を持ったカークは、更に尋ねた。

「そうだな。……実際に見せてやる」

 桜散はカークを引き連れ、ゲームセンターの上の階へ向かった。


 カチカチカチ……。

 再度ボタンを押す音が響く。だが先ほどとは違い、その音は規則的だ。

 桜散が次にプレイしたのは音ゲー……いわゆるリズムに合わせてボタンを押していくゲームだ。

(マジかよ……)

 カークの目の前で、ものすごい勢いでアイコンが流れていく。しかしそれを、桜散は一つも取りこぼすことなくタイミングよくボタンを押して処理していく。

 そして彼女は無言のままフルコンボを達成した。


「まあ。こんなもんだな」

「Wow……excellent……」

 カークは呆然とするも、内心彼女に感心していた。


 そんなカークの様子を見て、桜散はこう切り出した。

「お前もやるか? 面白いぞ?」

「そうか? じゃあお言葉に甘えて……」

 カークは桜散と交代した。


――――――――――――。

 十分後。

「Ouch! また1箇所ミスった!」

「まあ……そこは難しいからな」

 カークは桜散にレクチャーされながら、アーケードの音ゲーをプレイする。難易度はもちろん初級レベルなのだが、音ゲー未経験の彼にとってはそれなりに難しく感じられた。

「うーん、最初にしてはまあまあできたんかな?」

 何回かプレイした後、カークは呟く。

 結局フルコンボはできなかったが、最初にしては上出来だろう。彼はそう考えた。

「そうだな。音ゲーは覚えてナンボなゲームだから、何回もやってればそのうち出来るようになる。

 まあお前の言う通り、そこそこ良かったんじゃないか?」

 カークに自分の好きなものを紹介でき、かつ一緒に楽しむことができたためか、桜散は上機嫌だった。


「だな。……なあ、そろそろ昼時だし飯食べに行かね?」

 カークは時計を見る。針は11時を過ぎている。

「そうだな……。少し早い気もするが、12時頃は混むからな。それじゃあ食べに行くか」

「おう」

 2人はゲームセンターを後にした。


――――――――――――昼。

 正午。カークと桜散は、井尾釜駅の地下街にあるステーキ専門店に来ていた。この専門店はファストフード店のようにカウンターで料理を注文して代金を払い、その後完成した料理をカウンターで受け取り、テーブルで食べる形式だった。

「一度こういうとこで食べてみたかったんだよなぁ」

 カウンターの真上に掲げられているメニュー表を見ながらカークは呟く。時折外食することがある彼も、流石に2,000円クラスのステーキを食べるのは初めてだった。

「そうだな。……私はこれが食べたい」

 桜散は顔を上げ、メニュー表の1箇所を指差す。

「OK。じゃあ注文するか」

 カークは桜散をテーブルに待たせ、席を立つ。

「Ah――、すいません」

「はい。何でしょうか?」

 カークの言葉に店員が応対する。

「サーロインステーキ200 gを2つと、サラダ&スープセットを2つお願いします」

 カークはカウンター越しに、店員にメニューを伝える。

「サーロインステーキ200とサラダ&スープセットですね。お会計……5,250円となります」

「どうぞ」

 カークは1万円札を財布から取り出し、店員に渡す。

「10,000円お預かりします。お釣りは4,750円です。

 それでは、おかけになってお待ちください」

「はい」

 カークは店員から待ち番号が書かれたアラームを貰うと、桜散が座るテーブルへ戻った。


「ほい、これ」

「ああ」

 カークは2つ貰ったアラームの内、片方を桜散に渡した。注文の品が出来たときはこれが鳴り、客はカウンターへ料理を取りに行くのである。

 しばらくすると、桜散に渡していなかった方のアラームが鳴る。

 カークは鳴ったアラームを持ち、カウンターに再び足を運んだ。

「サーロインステーキ200 gとサラダ&スープセットです。どうぞ」

「はーい!」

 まず登場したのはカークの注文したサーロインステーキとサラダであった。ステーキにはライスがセットで付いている。ステーキは鉄の器の上に肉塊が2つ載っており、付け合せに玉ねぎとフライドポテト、焼いたシシトウが載せられている。サラダは緑色の野菜を中心としたグリーンサラダで、スープは簡素なコンソメスープであった。

 カークは店員にアラームを渡し、それと引き換えに料理を受け取ってテーブルに戻った。


「それじゃあさっちゃ、お先に失礼」

「……ああ」

「いただきます」

 カークはナイフとフォークを使ってステーキを切り分け、口に運ぶ。柔らかい肉のうまみが口の中で広がる。

「うーん……。まあ、おいしいな」

「そうか。それは楽しみだな」

 カークがステーキを食べる様子を見て、桜散は自分の分が来るのを待ち遠しくなった。


 その後、カークが食べ始めて1~2分もしない内に、桜散のアラームも鳴る。

 そして、彼女もカーク同様カウンターで料理を受け取りテーブルに戻った。

「いただきます」

 そして左手でフォークを持つと、まずサラダをムシャムシャと食べ始めた。


 それからしばらくの間、2人は無言で料理を食べ続けた。

「……ふう、ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

 十数分程度で料理を食べ終える2人。2人共食べる速度は少し早い方だ。

 料理を食べ終えた2人は、食器を返却して店を出た。


――――――――――――午後。

 店を後にしたカークと桜散は、井尾釜駅西口の地下街を歩いていた。

「うーん……」

「どうした? カーク」

 浮かない顔をしながら左隣を歩くカークに対し、桜散は声を掛ける。

「いやさ。あのステーキ……美味しかったんだけどさ。なーんか、物足りないんだよね」

「そうか? 私はそれなりに満足できたと思ってるんだが……」

 カークの答えに、桜散はきょとんとした顔をする。実際200 gのステーキは彼女にとって十分すぎる量だ。

「うーん……でもさ。上大岡駅んとこにあるステーキチェーンは、1,500円ちょいでステーキだけじゃなくサラダやスープ、カレー食べ放題がセットで付いてくるんだぜ? ドリンクバー付けても2,000円も行かない。

 あれに比べるとかなりこぢんまりとしているというか、何というか……」

「あぁ……そういうことか。あっちの200 gのステーキも大体2,000円くらいで、それで食べ放題がセットだもんな」

 カークが例えに挙げたステーキ店には、桜散もたまに行って食べることがある。そのため彼女はすぐ納得した。

「そそ。正直あっちのステーキとさっき食べたステーキとで、特に美味しさに違いがあるようには思えんかった。

 もうちょっとケチらずに、値段が高い所を選んでいれば良かったんかなぁ?」

 安物買いの銭失い。カークはせっかくのデートでケチったことを後悔していたのだった。

「でもそう言うところはもっとこぢんまりとしてるぞ?」

 未練たらたらのカークに対し、桜散はこう指摘した。

「だよなぁ。

 やっぱ俺は値段が高い所より、安くて沢山食べれる所の方が良いのかもしれない」

 カークはそう言うと困り顔をする。高級ステーキも、彼にとっては猫に小判だったのだろう。

「ふむ……。なら今度食べに行くときは、もっとたくさん食べられるようなところにするか? 商店街の焼肉店とか、食べ放題あるぞ?」

 浮かない様子のカークを見かねた桜散は、顎に左手を当てた。

「えっ? 良いのか? 服とか汚れるぞ? 煙臭くもなる」

 桜散の提案にカークは驚き、そして彼女の服が汚れることを気遣う。

「別に? それに私も食べたいだけ食べるんだ。そんで互いに食べた分だけ払う。文句は無かろう?」

「あ、ああ……。悪いな、リードさせっぱなしで」

「構わん。そもそも私から提案したことだからな。お前は黙ってついてくるだけでいい」

「……OK」

 カークは桜散に連れられ、駅の地下街を後にした。


――――――――――――午後。

 その後カークと桜散は、井尾釜駅から若干離れた場所にある運動公園に来ていた。

「それで、次はどうするんだ?」

「そうだな……。まあ、森でも歩こうじゃないか。付き合ってくれるか?」

「No Problem. もちろんだ」

 2人は公園の敷地内にある林へと入って行った。


 林の中は、静かだった。とにかく静かで鳥の鳴き声すら聞こえない。周りに響くのは落ち葉が踏まれる音だけだ。

「たまには、こういうところを歩くのも悪くない」

 桜散は落ち葉の上を歩きながら背伸びする。彼女の後ろにはカークが居る。

「……そうだな」

 桜散の言葉に対し、少し間を置いてカークは答える。


「……」

 林の中央付近まで来たところで、カークは突然足を止めた。彼の足音が聞こえなくなったことに気付いた桜散は振り返る。

「ん? どうした? カーク」

 桜散が振り返ったそこには、何時になくまじめな表情でカークが立っていた。

「さっちゃ。その……今日は本当にありがとう、な?」

 唐突に、再度感謝を述べるカーク。明らかに不自然なタイミングだ。

「えっ、あ? あ……あぁ。突然どうしたんだ? 今朝も聞いたぞ?」

「いや。その」

 桜散に問い詰められ、カークは黙ってしまった。


(Shit! 何やってんだ! 同じことを何度も言ったら怪しまれるだろうが! Ah~! もう! Wow―!)

 頭を抱えながら、その場に立ち止まりながら、体をグルグルと回すカーク。

「お、おい! どうしたカーク!? 突然頭なんか抱えて。具合が悪いのか!?」

 挙動不審な態度を取り始めたカークを見た桜散は驚き、彼に尋ねる。

「Ah……いや……その」

「んん? 何かあるのか? 言いたいことが」

 桜散の問いかけに、カークは黙って首を何度も縦に振る。

「なかなか言い出せないで困ってるのか?」

 更なる問いかけにも、カークは頷く。

「……そうか。分かった。

 カーク。焦らずお前のペースで、落ち着いて話してくれればいい。ちゃんと待っててやるから……な?」

 言葉が上手く、まとまらずに出てこない。カークのこの苦悩は、桜散にとっても割と良くある事象だった。故に彼女は気長に待つことにした。


(Uh……すまねぇさっちゃ。Ah――! もう! 情けねぇよ! ……ちくしょうが)

 カークが迷っているのは、他ならぬ桜散への告白のことだ。

 林の中で、2人きり。周りには人一人おらず静寂が漂うのみ。告白するシチュエーションとしては最適極まりない状態だ。

(どうやって伝える? 普通に『好きです!』でいいんかな? シンプルすぎるか……?)

 だが、いざ話そうとするとどう伝えるべきか迷ってしまう。

(うーん、うーん……どう言えばいいんだこれ? ウウーン……)

 カークは悩む。

 実際の所、桜散とカークは本当に気が置けない関係なので、多少彼が変な伝え方をしても彼女は怒らないであろう。故にここでのカークの最善の選択は、サッサと気兼ねなく言うことだったのだが……。


(うーん……)

 恋愛経験が無いことに加え、普段と違う慣れない環境故に見事にあがってしまい、カークは言葉を紡ぎだすのに余計な時間を掛けてしまっていた。


 カークが悶絶している一方で、桜散はというと……。

(ふむ……)

 カークが頭を抱えてウンウン唸っている様子を見ながら、桜散は一考する。そもそもこの舞台自体、カークが自発的に動くよう彼女がお膳立てしたもの。ここで彼が何を伝えようとしているかは大体察しが付く。正直、このシチュエーションは桜散の好みでもあった。

 だが良かれと思って用意したシチュエーションが仇になるとは、流石の彼女も予想はできまい。

(相当困ってるな。……どうする? 助け舟でも出すか? 

 でもそうしたら、またあいつの自尊心に傷をつけることになるからなぁ……)

 自分から動かなかったことで、カークは大分自尊心を傷つけられ卑屈になっている。ここで彼の告白を邪魔して自分から動こうものなら、彼に更なる屈辱を与えることになりかねない。流石にそれは可哀想だと桜散は思った。

 男の意地、女の意地と言う考えは古いが、個人の思いは尊重されるべきだ。


(まだか? ……そろそろ待ちくたびれてしまうぞ?)

 だが、膠着状態に入って既に10分近く経っている。桜散としてはそろそろアクションが欲しいと思い始めていた。

 とはいえ待ってやると言った手前、下手に切り上げようとするのは気が引ける。

(まだか……まだなのか……カーク……!)

 胸で組まれた桜散の両腕は、緊張と苛立ちからかプルプルと震え始めた。


(Ah――! やべぇ、さっちゃがプルプルしてる! めっちゃプルプルしてるよ!

まずいまずいまずいまずいまずい!)

 桜散が震え始めたのを怒っているのと勘違いし、却って焦ってしまうカーク。

 そして桜散に失望されたと思ったカークの心を、鈍色の暗黒が支配し始めた。

(もう……この場から居なくなりたい。居なくなってしまいたい!)

 告白する気持ちよりも、居た堪れなくなってここから居なくなってしまいたい気持ちが大きくなっていく。

(情けない! 情けない! 穴があるなら入りたい! 入ってしまいたい……がっ!)

 だがしかし。ここでカークはふと、我に返る。

(待てよ。……そもそも伝えてから居なくなっても遅くはないはずだ。

 ……そうだそうだ、そもそもさっさと言って、そんで思いっきり走って逃げちまえば)

 告白することが、彼の中で面倒事を片付けてズラかることにすり替わっていく。暗黒面の果てに生み出された何たる邪悪な発想か。

 だが半ば自棄気味になったためか、彼の中に奇妙な勇気が湧き始める。

(そうだよ! 何でこんなことに気付かなかったんだ? あんなに迷う暇があるならさっさと言っちまえばよかったんだよ!)

 それは酒を飲んで酔っ払った状態で川に飛び込むような感覚だ。

 脳内麻薬によって生み出された根拠のない自信は、自棄になった彼を突き動かした。

 そして。


「さっちゃ!」

「っ!」

 突然カークは大声で桜散に呼びかける。それまでうんうんうなっていたカークが突然背筋をぴんと伸ばし、桜散の方を向いて語りかけてきたものだから、桜散は肝を潰した。

「な、何だ……? カーク?」

 桜散は目をぱちくりさせた後、軽く深呼吸してカークに問う。緊張した状態で突然大声を掛けられたのだ、無理はない。

「さっちゃ。俺……俺……」

 言葉を紡ぐ。もう迷うことはない。言ったら走ってズラかるだけだ。

(さあ言え! 言うんだカーク!)

 心の中でそう言い聞かせながら、カークは桜散を凝視し、ワンフレーズずつ伝えていく。

「俺は……お前の……ことを……」

(カーク……そうだ! 頑張れ!)

 疲労と精神的集中で凄まじいことになっているカークの顔を、桜散が凝視しようとした正にその時であった。


 ふと、桜散の視線のピントがカークの顔のすぐ真後ろに合う。


 そこにあったのは、虚無。

 真っ黒な、穴。

 人一人入りそうな穴が、カークを呑み込まんとにじり寄って来る。


「なっ!」

 その様子を見た桜散の口から、思わず動揺の言葉がこぼれる。

「お前の……ことを……」

 だが、カークは喋ることに集中しているため、背後の穴に気付かない。桜散の動揺を見てもなお、想いを伝えることを止めない。

「カーク……カーク後ろ、後ろー!」

 桜散は慌ててカークに伝えるが、次の瞬間。


「愛……m?」

 カークはそこまで言ったところで、黒い穴に全身を呑み込まれた。

「カーク!」

 桜散はカークに手を伸ばすが、直後穴は急速に消失し、彼女の左手は宙を切った。

「なっ! クソッ!」

 林の中に一人取り残された桜散は左手を握ると、そのまま縦に振って悔しそうな仕草をした。

「嘘だろ……カーク……」

 目の前で消えた彼の名を呟く桜散。やり場のない思いが込み上げてくる。

「カークゥゥゥゥ!」

 彼女が叫んだ直後だった。



「――――――」

 突如、桜散の目の前の空間が歪んだかと思うと、そこからカークが四つん這いになった姿で飛び出してきた。

「なっ!?」

 再々度の突然の出来事に、桜散は腰を抜かすと同時に後ろに倒れ、尻餅をついた。幸い落ち葉は乾ききっており、彼女の服には軽い砂埃が付く程度であった。

「うう……」

 カークは消耗しているのか、両手を落ち葉の地面につけ、四つん這いのまま呻いている。

「カ、カーク……カークなのか? ……無事、なのか?」

 後ろに倒れ込んだ桜散は、ゆっくりと起き上がりながら服に付いた落ち葉を払う。

「あ、ああ……、何とか、な」

 それに合わせるように、カークも立ち上がる。

「良かった! 無事だったんだな? カーク……ムッ!?」

 桜散はこみ上げる思いと共に、カークに駆け寄ろうとするが、彼に触れるすんでのところで仰け反った。


「Un? どうしたんだ? さっちゃ」

「カーク……お前、何か臭うぞ? というか臭い! 鼻が曲がりそうだ!」

 桜散は慌てて鼻を覆う。よく見ると、カークの服は黄色の粘液のようなもので覆われている。粘液からは酸っぱいような、肉が腐ったような異臭が漂っていた。

「Ah――! そうか! すまんさっちゃ。せっかくの服が汚れちまうよな? 触らないおいてくれるか?」

 自分の有様に気付いたカークは、桜散を気遣う様に声を掛ける。

「ああ、そうだな。……というか、一体何があった!? そんな……ウウッ! 説明しろ!」

 相当臭いがきついのか、桜散は鼻をつまみながらカークに説明を求めた。

「わ、分かった! 説明する。えーとだな……」


 桜散への告白の最中、異空間に飲み込まれたカーク。

 彼は一体どんな目にあったのだろうか? このことを知るには、少し時を遡る必要がある。


――――――――――――異空間(××の体内)。

「う、Uh……」

 気が付くと、カークは異空間に居た。

「ここは一体……Mmm!? 何だこのヌメヌメした感触は?!」

 起き上がろうとした彼は、身体に伝わるヌメヌメした感覚と、妙に生暖かい感触に違和感を覚え、慌てて体を起こした。

「Hh? 何だよこれ……」

 カークは周囲を見回す。

 肉、肉、肉……辺り一帯は、床から壁から天井に至るまで、紫がかった肉の壁でできていた。肉壁には所々赤い管が見え隠れし、表面は黄色がかった粘液で覆われている。

 その光景はまるで、内視鏡検査で確認できる胃腸の内部のようだった。

「内臓? というか、胃腸の中? ……異空間だよな、ここ」

 疑問を何気なく呟くカーク。異空間に行くのはもう慣れたが、こんなへんてこりんな場所は初めてだ。


 その直後、カークは違和感を覚える。

(Ouch! ひっでぇ臭い! 鼻が曲がりそうだ! オエッ!)

 肉壁表面から分泌される生暖かい粘液からは酸敗臭や腐敗臭が漂ってくる。粘液はカークの服にもたっぷりと付いてしまっていた。

 カークは臭いで嘔吐しそうになり慌てて鼻を押さえるが、ここであることに気付く。

(あっ! つか……さっちゃはどうした!?」

 鼻を押さえながら、カークは周囲を見回す。桜散の姿はない。

「さっちゃ! さっちゃー! Damn! 居ねぇ!」

 カークの血の気が引く。彼女が異空間に飲まれたにしろ、彼一人が異空間に飲まれたにしろ、彼にとっては最悪な展開であった。

(おいおいおいおいおい! やべぇよやべぇよ! 丸腰な上に回復役も居ないとか、これマズいっしょ!)

 あまりに危険な状態に気が動転するカーク。その場でクルクルと歩き回る。

(と、と、とにかくっ! こういう時はじっとしているのが吉! さっちゃが助けを呼んでくれるだろうからな)

 そう考えたカークは、その場に立ち止りジッとした。


 だがしかし。数十分も経つと。

(うーん……待ちきれんなぁ)

 カークの集中力が切れ始める。嗅覚が麻痺して来たのだろう。既に両手は自由だ。

(そもそも、此処と外とじゃ時間の流れが違うっぽいし、皆がこっちに来るまでにかなりかかるってことがあり得るんだよな……)

 カークが失踪した時点で、桜散は皆を呼んで異空間を探すだろう。

 だが、その間にこちらでどれほど時間が経つのか、カークには見当がつかなかった。

(うーん。本当は動くのは得策じゃないんだが……奥に進んでみるか)

 どの道桜散達も異空間の奥を目指すはず。そう考えたカークは、管状になっている空間を歩き始めた。


 異空間を歩くカーク。腸管の様なそこは、各所にひだのようなものがあり非常に歩きにくい。

(Wh……)

 おまけに所々ネバネバした粘液が貯まっている。幸い害は無さそうであったが、不愉快なことには変わりない。

(Shit! 服がべちゃべちゃ! しかも何かぬるいし。また気持ち悪くなってきた……)

 ひだのせいで満足に走ることが出来ず、彼のイライラは貯まっていくばかり。

 そんな時であった。

(んん?)

 カークは真っ暗な奥を見やる。暗闇の中で、何かがバウンドしながら動いている。

(Ah? 敵か!?)

 咄嗟に両手を構えて戦闘態勢を取るカーク。その様子はさながらカンフー映画のヒーローだ。


 カークが恐る恐る近づいていくと。

(何だ、この肉の塊は?)

 カークの目の前に現れたのは、宙に浮いた肉塊であった。色は赤・紫・ピンクが混じった複雑な色合いで、数は3個。所々血管のようなものが浮き出ており、表面は脈動している。

(ちっ! こういう時は先制攻撃あるのみ!) 

 カークは右手を構えると。

「Ah――!」

 即座に火炎弾を1発発射し、肉塊の1体に命中させる。

 すると肉塊たちは辺りをバウンドしながらカークに迫ってくる!


「Wow! 来やがったな! ふんっ!」

 カークはすかさず火炎放射を展開、そのまま両手を振り払い、肉塊達を炎で炙る! 周囲に肉が焦げたにおいが漂ったが、それは美味しそうな焼肉の匂いではなく、不愉快な匂いだった。

 焦げた肉塊達は動きが鈍り、その内1個が地面に落ちる。

「おりゃー!」

 カークは床に落ちた肉塊の1つをサッカーボールよろしく思いっきり蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた肉塊は壁にぶつかるとそのまま爆発四散! 辺りに真っ赤な粘液が飛散!

(Damn!)

 カークは自分に攻撃力強化の補助魔法をかけると。

「てゃぁぁぁぁ!」

 2つ目の肉塊に空手チョップ! 肉塊はカークの手刀が触れたところから絹ごし豆腐が潰れるように千切れ、そして爆発四散! 粘液がカークにかかる。

「ふんぬっ!」

 カークは粘液を左手で振り払うと、残り1体の肉塊と対峙する。肉塊は動きを取り戻すと、カーク目がけ体当たりを仕掛けて来る。

「Hh――――!」

 飛んでくる肉塊に対し、カークは火炎放射で応戦! 肉塊に命中し、肉が焼ける音が響く。

 直後、肉塊の動きが止まる。

「でやぁぁぁぁぁぁ!」

 カークはすかさず炎を止めると、そのまま肉塊目がけ突進! 右ストレート!

 直後、破裂音と共に茶色く焦げた肉塊に命中! 爆発四散!

 透明な肉汁がカークに降り注ぐ! すかさず彼はそれを両手で防いだ。

「はぁ、はぁ……」

 カークは両手を床に付く。肉塊達は全て倒した。


 直後、周囲の空間が歪み始める。

「あいつらは眷属か? ……この様子を見るに、ここには怪物本体は居ないのか?」

 おそらく以前遭遇した信号機の仮面のように、眷属が異空間の一部を管理しているタイプだろう。

 そんなことを咄嗟に考えるカークの視界は、直後白く染まった。


――――――――――――午後。

「……って訳で、気が付いたら戻ってきた」

「そうか」

 カークは事情を桜散に説明した。

「それで」

「なあカーク」

 ここで突然、桜散は話題を切り上げる。

「どうしたさっちゃ? 話は続きが」

「後で聞く。それよりも」

 桜散はここで一度言葉を切った。そして。

「さっきの……言葉の続きを、私は聞きたい」

「……」

 桜散の言葉にカークは真顔になる。

 そう、まだ終わってない。


「……」

「どうだ? カーク。無理なら、今でなくても」

 桜散がカークを気遣い、結論を先延ばしにしようとした時だった。

「……愛してる」

「えっ?」

「……愛してる、愛しているよ、さっちゃ。

 これで、良いか?」

 正直、カークにも何故言えたのかは分からない。先ほどの戦いで脳内麻薬が分泌され、緊張感が和らいだのだろうか。

 ともあれ、彼からの告白はあっさり終わった。となると次は。

「あ、ああ……。そうか」

 彼からの突然の発言に、一瞬呆気にとられる桜散だが無理もない。如何せんここ十数分でいろんなことが起きすぎているのだから。

「お前は、さっちゃは……どう? 

 俺の答えに対して、何か言うことは?」

 そんな桜散に対し、カークは真剣な目つきで答えを求める。その様子を見た桜散も、覚悟を決めた。

「そうだな……。ああ、そうだったな。良いよ。

 私も、お前のこと……愛してるから」

 桜散はそこまで言ったところで軽く深呼吸する。

「そ、そうか!? そうなのか……? さっちゃ……」

 それに合わせて、カークは桜散に近づく。だがこれはいけなかった。

「すぅー、ぐっ!?」

 深呼吸した桜散は、直後異臭で我に返る。

「どうした!? さっちゃ!?」

 様子がおかしい桜散に更に近寄るカーク。だが彼の身体はすんでのところで、桜散の右腕によって制止される。

「うっ、ゴホッ! ゴホッ! そ、それ以上近寄るなカーク! そうだ! これがあったんだったな……おぇっ!」

 落ち着こうと深呼吸した結果、カークから放たれる酸敗臭で思わず嘔吐しそうになった桜散。

「ああっ! す、すまねぇさっちゃ! 離れるわ」

 桜散の言葉で、カークは離れようとする。だが。

 そんな彼の右手を、桜散の左手が掴んだ。

「なっ! どうした?」

 カークが見ると、桜散は右腕で鼻を摘まんでいる。

「いやその。カーク。家に帰ろう。とりあえず、臭いを落とそうじゃないか。

 それで、手……繋いでいいか?」

 桜散は、カークと手を繋ぎたいようだった。

「Ah……良いのか? 俺の手も汚れてるぞ?」

「公園には水道があるから、そこでいったん洗おう。……手位なら汚れても構わんさ」

「……分かった」

 2人は森から出た。


 それから2人は、公園の蛇口でカークの服に付いた粘液を落としてから帰ったのであるが……大変な目にあった。

 粘液は落としたものの臭いは完全に消えなかったため、2人はバスや地下鉄で周囲の乗客から白い目で見られた羽目になった。駅のホームに至っては、危うく異臭騒ぎになる所であった。

 ただ、そんな中でもカークの右手と桜散の左手は固く結ばれていた。お互いに周囲から白い目で見られても、2人一緒なら何とかなるような気がしていた。

 ……気がしただけである。


――――――――――――夜。

 家に帰ったカークは桜散と別れ、即座に浴室へ向かう。そして必死に体を洗い、何とか臭いを取り去った。

 出迎えた李緒は異臭を放つカークに対し怪訝な顔をしたが、帰ってきた桜散の表情を見るや否や、彼女を連れて廊下の奥へ向かっていった。


 30分後。

「Hh~。何とか綺麗になった」

 シャワーを浴びて汚れを落とし切ったカークはリビングへと向かった。すると。

「カーク。晩御飯できたわよ」

 妙にニコニコした様子の李緒と。

「……」

 顔を赤くし、ばつの悪そうな顔をしている桜散の姿がそこにあった。

「さぁ2人共、沢山お食べ!」


 李緒は桜散とカークをテーブルに座らせる。テーブルの上にはローストビーフやチキン、ビーフシチューにピラフ、アップルパイなど、普段のカークの家ではめったに出ない料理が並んでいた。

「か、母さん……。何この食事」

「何って、桜散ちゃんから聞いたわよぉカーク~

というか、これはあなたのためじゃなくて、桜散ちゃんのお祝いよ」

「さっちゃの? Ah……Uh」

 桜散のお祝い。何を祝っているのかは、李緒の発言からカークは大体想像がついた。

 

「り、李緒さん! こんなに手間を掛けなくても良かったのに……。

 私達、昼間にステーキ食べたんですよ?」

 李緒の発言に対し、桜散は照れながら苦言を呈する。この料理は彼女にとっても予想外だったようだ。

「あらそう? 私的には、今日みたいなふうになってくれたらなぁ~って思ってたのよ?

 だから貴方がカークに告は」

「わぁー! 止めろ! それ以上言うな!」

 李緒の言葉を慌てて遮る桜散。思わず素の言葉が飛び出てしまっている。

「あらあら、ふふっ。でも良かったじゃない。だってあのカークが……ねぇ?」

 しかし李緒は、そんな桜散をまんざらでもない様子でいなした。

「母さん……それ以上止めなよ。さっちゃをからかうのは」

 2人のやり取りを聞いたカークは、どこか恥ずかしそうな顔をしながら李緒を諌めた。

「うーん、そうね。それじゃあ、食べましょうか。料理が冷めない内に」

「そ、そうですね。……これ、全部作ったんですか?」

 桜散はふと、いきなりテーブル一杯に用意された料理の出所が気になった。寿司やピザは……まあ出前であろう。しかしアップルパイなどは立ち昇る蒸気と表面の様子から焼き立てであることが伝わってくる。

「寿司とピザとローストチキン以外は、まあ大体……ね」

「そうですか」

 出前すればいいピザや寿司はともかく、アップルパイなどはすぐに作れる料理ではない。おそらくこうなることを見越して、あらかじめ用意しておいたということか。

「まあ、さっさと食べようぜ。色々あってお腹すいちゃったよ」

 カークはそう言うと、ローストビーフを小皿によそった。

「あんなん有ったのによく食べる気になれるな? 肉だぞ? 肉」

 桜散はそう言うと、ピザをカッターで8等分に切り分けた。

「あれとこれとは話が別さ。お前だって、屠殺の様子を思い浮かべながら肉を食べたりゃしねぇだろ? そういうことだよ」

 カークは桜散の指摘にこう反論すると、ローストチキンを小皿に盛り、桜散に手渡した。

「……嫌な例えだな。まあ、言いたいことは分からなくもないがな」

 カークから小皿を受け取った桜散は、3人分のグラスにシャンパンを注いだ。

「ねぇ2人共。……あんなんって、何? 

 カークがすごい臭いを放ちながら帰ってきたのと、何か関係があるの?」

 寿司の蓋を開けていた李緒は、2人に対し何気ない態度で尋ねる。

 だが、その表情は明らかに『分かってるわよ?』とでも言いたげな様子だった。

「い……いえ! 何もありません!」

「そ、そうですよ。桜散さん」

「「い、いただきます!」」

 李緒の態度を見た2人は、慌てて料理を食べ始めた。

「あらあらぁ……そう? まあいいわ。いただきます」

 2人の様子を見た李緒は残念そうにそう呟くと、料理を食べ始めた。


 数十分後。カークと桜散は、好きなだけ料理を食べたのだが……。

「なぁ、母さん。……食べきれねぇぞ、こんな量。……どうすんの?」

 今テーブルに乗っている料理の量は、それこそクリスマスパーティーやホームパーティーで振る舞われる程の量だ。3人が食べる分には多すぎる。いくら奮発したにしてはやり過ぎであった。

「私も、もうお腹がいっぱいです。そもそもこんなに沢山、カロリーが気になりますよ。昼もステーキ、食べたのに……」

 桜散はそう言うと、口元をティッシュで軽く拭き取った。

「あら、そう? じゃあ、余ったのは冷蔵庫にでも放りこんどいて、明日の朝食べましょ?」

 椅子に深く腰掛ける2人を尻目に、李緒は料理を美味しそうにもぐもぐと食べている。

「Ah? 明日の朝ぁ? おいおい……」

「えぇ……。まあ、そうですね。分かりました……李緒さん」

 桜散にはうれしい出来事が起きたからとはいえ、そのために大過剰と言える量の料理を用意するとは。

「……」

「……」

 料理を食べる李緒の豪快な様子に2人は互いに顔を見合わせ、そのまま黙って苦笑いした。


――――――――――――深夜。

「ふぁ~……」

 深夜。カークは自室で1人、ベッドに寝転んでいた。

(やった……やったんだよな? 俺)

 ついに、ついに桜散に告白した。

 長い間ずっとできずにいたことができて、カークは肩の荷が下りるようであった。

(長かったな……というか、ここまで来たんだな……。

 はぁ~……やっと終わったよ……ん?)


 pppp……pppp……。

 感無量の思いでいたカークの思考を呼び戻すかのように、彼の携帯端末が鳴った。

(メール? えーと相手は……ゆーずぅ?)

 譲葉からメールが送られてきた。早速カークは中身を確認した。


『件名:お疲れ様 本文:こんばんは。カーク君。 それと今日はお疲れ様。

 やるじゃん! 桜散ちゃんから聞いたよ? ついに告白したんだって? かっくいー!  いいな~。

 まあ、種明かしをするとね。桜散ちゃんにデートするよう提案したの、私なんだ。

 カーク君、何かすごいウジウジしてる感じあったじゃん? だから「押してダメなら引いて見ろ!」って感じでアドバイスしたんだよ。そしたらまあ、結果オーライかな。ホントに良かったよ。

 幸せにしてあげなよ~? もし何かあったら、カーク君がどうなっても、知らないよ……ってのは冗談ね。』


(ゆーずぅ……)

 桜散自体、結構難しい所がある奴だ。最悪カークが動くまでずっと待っているということも有りえただろう。そんな彼女を押したのが譲葉だったとは。

(ほんと頭上がらねぇな……)

 カークは右手で頭を掻く。メールにはまだ続きがあった。


『 それで、改めて言うけど、おめでとうね。カーク君。お幸せに。

  それじゃ、おやすみなさい。


 追伸:桜散ちゃんから聞いたけど、また仮面の怪物が出たんだってね? カーク君が無事で良かったよ。

 今日はもう遅いからこれで終わりにするけど、また今度集まろうね。 』


 譲葉のメールの追伸から、カークは仮面の怪物のことを思い出した。

(怪物なぁ……。そうだよな、告白云々で色々あったけど、あっちはどうすりゃ解決するのか見当がつかないんだよな。一応行方不明者は出てないけど、放置したらまた出るようになるよな。うーん)

 直近の異空間探索から割と時間が空いているとはいえ、まだ数か月も経っていない。事件が終息したと考えるのは時期尚早だろう。

(ま、これは明日以降考えればいいな。1人じゃどうにもならんし……)

 怪物の問題を明日以降に棚上げしたカークは、ここで今までの道筋を振り返った。


 (それにしても、ここ数か月で色んなことがあったなぁ。こんなに忙しいほど充実した日々は多分今までで初めてだ)

 行方不明事件は無事解決し、彼の1年間の鬱屈した想いにも(曲がりなりにも)決着が付き、そして桜散との関係も整理がついた。残る問題は理正と桜散の問題であるが、これは桜散のレポートの完成待ちであり、彼にできることは待つことだけだ。

(ふぅ……)

 色々な肩の荷が下りたことで、今日のカークは心から安らかに眠りに就くことができた。


――――――――――――。

 一方その頃。桜散の部屋では。

(ふ、ふふ……やった。やっと私はカークと……)

 こちらの思いも安らかだった。

 思えば家を追い出されてから、周りを信じ切れずにずっとピリピリした気持ちで過ごしてきた。カークの家ですら、本当の意味での彼女の安らぎの場所には成りきれていなかったのである。李緒に対して丁寧語が治らないのもその証拠だ。


 それがここ数か月で色々なことがあり、桜散も変わった。

 奇妙な力を手に入れた。友達……特に気軽に悩みを話せる女友達が出来た。カークも元通りとはいかないがある程度過去にケリをつけたようだ。そして2人の関係も……。

(色々なことが片付いていったな……)

 カーク同様、桜散も肩の荷が下り、のびのびとしていた。

(私に残った問題は……)


 ここでふと、自分に残された最後の問題を思い出す。

(父さん……母さん……)

 あれこれケチをつけ、嫁に対する姑の如く自分をいびった母。

 そしてそんな自分を助けることなく、空き家と手切れ金片手に家から追い出した父。

(『世界に1人ずつだけの両親』、か)

 この言葉は、昔李緒に言われたことだ。その時は「事情も知らないくせに言いたい放題言いやがって」と彼女は思っていたが……今の彼女には言わんとしたいことが分かっていた。

(私も……ケリをつけないとな。カークも、総一郎もつけたんだ。私もつけないと)

 総一郎とカークの決着。彼女の近くで起こった2つの出来事が、彼女を後押しする。


 しかし。

(だがなぁ……。私は2人を許せるのか? 

 正直、もう会いたくないと思っているし、その気持ちは今も変わらない……)

 彼女の拗れ振りは相当だった。今更親2人に会って、それでどうするというのか。

 例え2人が頭を下げて来たところで、自分が2人を許せるとは到底思えなかった。

(うぐっ……ぐぅ……)


 桜散の心に再び黒いもやが発生しそうになった時だった。

(……今度、皆に相談しようかな)

 ふと、こんな気持ちが心に浮かぶ。こういう時に1人で抱え込んでしまうのは、何もカークに限った話ではない。桜散も同じだ。

 だが、今の彼女は1人じゃない。

(そうだ。そうだな。……そうだったな。……そうするかな)

 仲間達と、仲良く他愛もない会話を繰り広げる様子を心に浮かべながら、桜散の意識は安らかな暗闇へと沈んでいった……。




 桜散の視点でも、カークの視点でも、解決すべき精神的な問題はただ1つ。

 ……決着の時は近い。実質、これが2人にとっての最後の試練になるだろう。


 だが、そう易々と行くのだろうか?


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