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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第三章「世界革命の呼び声/筋違いのハッピーエンド」
17/38

第16話『世界革命の呼び声(後編)』

[あらすじ]

 かつてヒノモトを震撼させた左翼系テロ組織「ファズマ・ロッソ」。大学自治会を裏で操っていた彼らの作戦は、カーク達の活躍によって露呈、事前に阻止された。

 そんな中カーク達の前に現れたのは、彼ら同様に魔術を使う謎の男「ジューク・(きょう)(どう)」。

 彼は自らの過去と作戦の動機、カーク達の両親との因縁について語り始めるのだった。


第16話『世界革命の呼び声(後編)』


――――――――――――大学構内(北門)。

 シュゥゥゥゥ……。カーク達が気付いたときには、前方には炎を吹き上げ大破した、鉄の城の姿があった。

「ぐぅ……、ぐふっ」

義久は、ハッチの上で呻いている。

「戦車がやられたぞ!」

「脱出! 脱出! 逃げろ!」

蜘蛛の子を散らすように逃げていく、自治会員と白服達。

「おい! 貴様ら! 待てぇ! まてぇい!」

逃げる彼らに対し、叫ぶ義久。


「仲間にも見限られたな。さて、どうする?」

諦めの悪い義久に、桜散は睨み付ける。

「ぐ、まだだ! まだまだまだ! 私が居る限り、革命への道は潰えない!」

義久はそう言うと、戦車を乗り捨て、カーク達の反対方向へと逃げ出した!

「あっ、あの野郎!」

「逃がしませんよ!」

総一郎は地に手を突く! ゴォン! 義久の直下に、地割れ発生!

「ぐわっ!」

アスファルトの地面に身体の半分が埋まり、義久は身動きできなくなった。

「ほんっと諦め悪ぃな、ったくよう」

義久を罵倒するカーク。

「ぐうっ……。おい、(きょう)(どう)! 京道出てこい! お前の出番だ!」

義久は虚空に対し叫ぶ。

「京道?」

疑問を零す譲葉。すると。


 パチパチパチパチパチ……。突如、カーク達の後方から、拍手の音が聞こえてきる。彼らが後ろを振り向くと、そこには。

「いやぁ、見事ですねぇ。お見事お見事……」

倉庫の屋根の上に立ち、拍手する中年男性の姿が。

「おお! 京道! 遅いぞ!」

その姿を見て、待ってたと言わんばかりの態度の義久。

「こいつが、京道?」

カークは屋根上の男を見る。外見は40~50代ほどで、体形は小太り。髪はぼさぼさで、白いTシャツと黒いジャージを履いている。Tシャツには『週末は近い』という文字が、黒字のヒノモト語でデカデカと入っている。


「京道!」

「何だぁ? 羽尻」

京道は、上半身が地面に埋まった義久を見下ろす。

「ちょうどいいところに来てくれた! 今すぐお前の力で、あいつ等とここにいるマスコミ共を葬り去れ!」

義久は京道に対し、地面に刺さった状態で上半身をもぞもぞと動かし、指示を出した。

「はぁ? 何言ってんだ? もう俺達の革命は失敗したんだよ。計画も、全国のお茶の間に放送されちまったしな」

そんな義久に対し、呆れ顔の京道。

「今ここで彼らを葬り、お前が報道各社を力で脅せば、何とかなるだろう? 証拠隠滅、情報操作はお前の十八番じゃないか」

京道に対し、証拠隠滅を指示する義久。


「……はぁ、つまんね」

そんな義久に対し、ため息を吐く京道。

「何?」

「もう、いいよ。飽きた。大体お前さ、せっかく俺が市ヶ谷や霞が関を揺すって、戦車横流ししてやったのにさ、高々数人の大学生如きに計画阻止されちゃうとか……。

 ほんっと、クソ雑魚ナメクジだよね」

「御託はいい、早くやらんか!」

京道の言葉も聞かず、彼に指図する義久。

「はいはい、分かったよ」

「おお、頼むぞ。京道」

ようやく重い腰を上げた彼に対し、期待の表情を見せる義久。


 そんな義久に対し、京道は右手を向ける。

 シュン! すると、義久を囲う様に、赤く光る文様が入った円形の陣、サークルが出現した。

「なっ!」

「えっ?」

「は?」

「……あれは」

その様子を見て、驚くカーク一行。

「えっ? 京、道、お前」

呆然とする義久。そんな彼に対し、京道は右腕に、力を込めた。

「……消えろ。お前、もういらねぇわ、ばいばい」

 ゴォォォォォ! 突如、円陣から勢いよく炎が噴出! 革命家は、一瞬で物言わぬ蝋燭と化した。


「何! 仲間じゃなかったのか!?」

目の前で燃える「それ」を見て、動揺するカーク。

「ひどい……」

呟く譲葉。

「何て事を……って、それよりあれは、魔術!」

桜散は、京道を見た。

「ほう、分かってるみたいだな、嬢ちゃん」

京道は桜散を見て、にやりと笑う。

「お前、一体何者だ!?」

カークは、京道に問いかける。

「何者、ねぇ。そうだなぁ……、っとその前に」

京道はカークの問いに答えず、遠くにいるマスコミの方を見る。


「ひ、ひっ!」

 京道に睨まれ、恐怖で足がすくむ記者達。目の前には、人間を一瞬で火だるまに変えた男がいるのだ。無理もない。

「君達さぁ。こっから先は、俺とこいつらのオフレコだからぁ、邪魔しないで貰おうかなぁ?」

 パチン! 京道が左手の指を鳴らすと。

 ウォン! 突如、カーク達と京道を中心とした半径50mのエリアを囲う様に、円形の半透明な白い障壁が出現! カーク達・京道と、記者達とを分断した。


「今のも、魔術……」

総一郎が展開した白い障壁を見て、驚く総一郎。

「マスコミやら機動隊やらに、邪魔が入られては困るからね。対策させてもらったよ。……さて、改めて。名前だよね?」

京道はカーク達を見て、名乗る。

「俺の名前は、京道、ジューク・(きょう)(どう)だ。……聞いたことないかなぁ?」

「お前もファズマ・ロッソか?」

京道に問う桜散。

「ご名答。君達ぃ、ネット見れるだろぉ? 調べてみなよ」

カーク達に、ネットで自分の名前を調べるよう促す京道。

「京道、京道……。あっ! あった! 皆、これを見て!」

携帯端末を4人に見せる譲葉。

「ジューク・京道。元ファズマ・ロッソのメンバーで、……国際指名手配犯!

 連続企業爆破事件の、実行犯だって!」

「連続企業、爆破事件」

総一郎は彼が引き起こした事件の名前を見て、顔を歪ませる。

「ジューク・京道、か。お前がか? ……有り得んな。とんだ出任せだ」

そんな中、目の前にいる男がジューク・京道本人であることを、桜散はきっぱりと否定した。


「え? どうしてだ? さっちゃ」

「生年月日だ、カーク。……京道は1942年生まれ。そして今は2012年。生きていれば、もう70歳だ。

 だが、今目の前にいるこいつは、どう見ても40代ほど。有り得ん」

「……」

桜散の指摘を、黙って聞くアレクシア。

「ふふふははは! そうだな。俺は、今年で70になる」

桜散の指摘に対し、京道は右腕で胸を叩いた。

「は? 何言ってんだ? お前どう見ても、中年じゃねぇか」

カークが突っ込みを入れると。

「ははは! 何だお前達ぃ、知らないのかぁ? 魔術を使えば、外見なんて、どうとでもなるんだよ!」

京道はカーク達を嘲笑い始める。

「……魔力による、老化の、抑制?」

そんな様子を見て、沈黙していたアレクシアが口を開いた。

「そうそうそうそうその通り! ……そこの金髪の嬢ちゃんは知ってるみたいだなぁ!」

「なるほど。それではあなたは、京道本人と」

総一郎は口に手を当てると、何やら考え込み始めた。


「言ってんじゃん、本人ってさ。

 ……さて、俺は名乗った。次はこっちから聞こうかな。君達の名前は何だ? まずはお前から聞こうか」

京道はカークを見つめ、名を尋ねる。

「……カーク。カーク・高下だ」

「カーク、カークね。苗字が高下か。……ん?」

京道はカークの苗字に反応する。

「なあ、……お前の、親の名前って、何だ?」

「李緒、高下李緒だ」

カークは咄嗟に、母親の名前を答えた。すると。

「なっ! やっぱりそうか! ってことは、お前、チャールズと李緒の子供か?」

京道は李緒の名を聞いた瞬間目を大きく見開き、カークに更に尋ねた。


「お前、父さんと、母さんのことを知ってるのか!?」

自分の両親について聞かれ、驚くカーク。

「知ってるも何も……。おい、そっちは?」

途中まで言いかけたところで、京道は次に桜散の方を向いた。

「桜散。住吉、桜散」

「住吉……? お前はもしかして、桜花の娘?」

京道の問いに対し、黙って頷く桜散。

「そっちは?」

譲葉の方を向く。

「九恩院、譲葉」

「高良、総一郎」

「ってことは、お前は雪と和仁の娘で、そっちは祥仁の子供か! ははぁ~、なるほどなるほど~。

 ……こいつぁ、傑作だな!」

京道は譲葉と総一郎を次々と指差すと、手をポンとたたき、1人納得した。

「貴方、一体、何なの? ……私は、アレクシア」

「んー、知らんなぁお前は」

「……」


「おい! 質問だ! お前は何で、俺達の親の名前知ってんだ?」

京道に対し、自分達の親の名前を知っている理由を尋ねたカーク。

「そりゃあおめえ、お前らの両親達には、21年前にコテンパンにやられたからな。

 ……まさか親子2代に渡って、俺の前に立ちはだかるとは。これも何かの因果か」

「何だとっ! ってことはもしかして、俺達の両親は、魔術のことを」

「知ってるに決まってんじゃん。というかあいつ等も魔術、使えるし。それにあいつらは全員グルなんだぞ?

 まさかぁ、お前らそんなことも今の今まで知らなかったのかぁ? 親に聞かなかったのかよ。情報弱者め」

カーク達の無知ぶりに、あきれ返る京道。

「聞くわけないじゃない! 魔術のことは、なるべく秘密にしてきたんだから」

そんな京道の態度に抗議する譲葉。

「ああそうですか、そりゃ無駄骨、ご苦労なこった」


「ジューク・京道! 大学自治会連合を裏で操るお前の野望は何だ? 共産主義革命か?」

桜散は京道に、騒動の目的を問う。

「共産主義革命、ね。かつて俺も、そんなこと目指してた時期もあった。

 ……そうだな、ちょうどいいや。話してやるよ。何で俺が、こんなこと企んだのか」

京道はカーク達に対し、自分の身の上話を始めた。


「知っての通り、俺が生まれたのは、戦争が始まってすぐの42年。俺の家は貧しい小作農でさ、まあよく、終戦まで生き残れたなって思うわ。

 1946年、戦争は終わり、大日本帝国が崩壊、ヒノモト国が生まれた。南のオキナワと小笠原諸島は、米国の支配下に、当時北海道と呼ばれていた北の大地は、ソ連邦の領土となった。

 そんで俺の家は、GHQの農地改革で自前の農地を手に入れたんだが……。如何せん元の土地が小さかったんで、相も変わらず生活は苦しいままだった。

 俺は思った。何で両親が毎日ボロボロになるまで必死こいて働いてるのに、うちは貧しいままなんだろうって。

 そんで、俺は夢を見た。いつかこの国を引っ張る存在になって、俺の家みたいな貧しい家をどうにかしようって」


「それで共産主義という訳か」

京道の話に、桜散が割り込む。

「その通りだよ、桜花の娘。元々俺は、エリート官僚への出世コースに乗るために必死に勉強して東都大学を受験したんだが、結果は散々だった。

 そんで2期校……今風に言えば、すべり止めって言えばいいのかな? にあたる、この大学に入ったのが1960年の春だった。

 当時ヒノモトの大学では学生運動が盛んでね、特に『ブント』ってのが、強い力を持ってた。俺はその流れに乗って、共産主義を知った。そして、その思想に魅力を感じた。

 労働者が自己の労働によって生み出した価値全てを、誰にも搾取されることなく自分の取り分にできる社会……俺はそんな社会に魅力を感じて、共産主義に傾倒していった。

 そんな中、この国に起こったのが米国との安全保障条約を巡る争いだ」


「安保闘争だよね? 歴史で習ったよ」

今度は譲葉が、京道の話に割り込む。

「1962年。当時の内閣が成立させようとした日米安保条約に反対すべく、ブントは全勢力を動員した。

 議事堂前は何万人というデモ隊で包囲されてさ、……今のデモなんて、正直これに比べりゃ味噌っかすみたいなもんだ、国会内に乱入したこともあったね。

 でも、結局ブントは強行採決という、政治的駆け引きの前に敗れた。

 ブントは、良くも悪くも緩い組織だった。間口が広くて、政治に関心が無い奴でも参加できるくらい気楽なもんだった。だからこそあっという間に人数が膨れ上がったんだろうが、……所詮有象無象の集まりじゃ、戦略的行動なんて取れなかったんだよ」

京道の話は、まだまだ続く。


「まあ、原因は色々あるだろうが、とかくブントは敗れ、崩壊した。そんで、その反省から生まれたのが、有象無象の集まりではない、明確なイデオロギーを持った、強い中央集権的な組織体型を持った組織、ファズマ・ロッソだった。

 だが、このファズマ・ロッソも駄目だった。組織の結束を強くしようとすればするほど、異なる意見を持った奴を排除しがちになる。そうして発生したのが、お前達も聞いたことあるかもしれない内部分裂だ。

 運動は先鋭化し、武力によるヒノモト打倒を目論んで、過激なテロに走る奴らも出始めた。思想の違いで分裂した組織同士で殺し合いになったりもしたね」

 そこまで語ったところで、京道はいまだに燃えている人型を一瞥した。

「ブントの時も、ファズマ・ロッソの時も、俺は下っ端の下っ端でさぁ。上の奴らに指示されて、反ヒノモト組織との連絡役やったりして、そうして起こしたのが、連続企業爆破事件だ」


「1972年。相良重工本社爆破事件……。僕のお爺さんとお婆さんを、お前が」

苦い顔をする総一郎。目の前に非常に危険な相手、祖父母の敵が居るのだ。

「まあ、そうだな。お前の父親にも、同じことを言われたなぁ。懐かしい。

当時相良家の当主だったお前の祖父(じい)さんと祖母(ばあ)さんを爆弾で吹っ飛ばした。それを指示したのが、俺だ。

 その後、俺は爆破事件の主犯として逮捕され、ファズマ・ロッソ本体も2年後の74年にリンチ殺人事件から派生した山荘立てこもり事件で壊滅した。

 更にその7年後の81年には、ソ連邦が崩壊。北海道、ホッカドーは、連邦崩壊に乗じて勢力を拡大したアイヌ系ロシアンマフィアによって、実効支配されるようになった」


「アイヌ系、中国系、アメリカ系……。3つのロシアンマフィアによる旧ソ連極東地域の実効支配、『ロシアンマフィア・トライアド』だな。歴史で習ったぜ。

 その翌年に国防軍がホッカドー奪還作戦を実施したけど、今もホッカドーの大半が、やつらに実効支配されてる」

 ヒノモト国が抱える領土問題については、カークも知っている。

「奪還できたのは渡島、檜山地方だな。それ以外の地域は、今もトライアドの支配下。

 特にホッカドー、千島列島、南サハリンを支配地域としているアイヌ系ロシアンマフィアは、ヒノモト人が自分達の土地を奪ったと主張し、自らのホッカドー支配を正当化している。ヒノモト国との間には停戦条約が結ばれ、双方の行き来も自由にできるようにはなったが……事実上膠着状態だな」

カークの知識を、桜散が補強する。

「俺は獄中でそれらを知り、共産主義に幻滅した。ああ、俺が考えてた社会なんて、夢のまた夢だったんだな、嘘っぱちだったんだな、と。

 俺は共産主義という自身のアイデンティティを失い、無気力になっていた。だが、それを変える出来事が、1986年に起こった。

 『世界を手に入れた男』、()恩院(おんいん)(ゆみ)(へい)の、台頭だよ」


「おじい様が?」

突然出てきた祖父の名前に、戸惑う譲葉。

「そうだ、和仁の娘。

 九恩院家初代当主、九恩院弓平。突如こつ然と世間に姿を現し、白金塊の卸売業で巨万の富を得た彼は、その圧倒的な資産とカリスマ性で、瞬く間に世界中の企業を次々と買収、自らの支配下に置いて行った。87年初頭の台頭からわずか数年で、世界経済の6割が、彼が創設した九恩院グループ及び、その関連企業で占められるようになった。

 弓平について注目すべきことは、彼が市場にもたらした白金塊の、桁違いの純度とその量だ。

 まず純度。99.99999999999%、サーティンナイン。これほど高純度の白金は、今の地球上の精錬技術でも、作ることは不可能だ。

 そして量。5000トン。この数字が何だか分かるか? これは有史以来、彼が現れるまでに、人類が地球で採掘してきた白金の総量だ。

 だが、奴が世界市場に流出させた白金塊の量は、その200倍。100万トンと言われている。彼の参入によって、当時の白金市場は完膚なきまでに破壊されてしまった。

 100万トンの超高純度プラチナ・インゴット……。彼がもたらした白金塊が無ければ、今世紀現在の水素社会は、到底実現不可能だったに違いない。

 彼は世界に、人類に1つのパラダイムシフトを引き起こしたんだよ」

譲葉の祖父、九恩院弓平の所業について、得意げに語る京道。


「パラダイム、シフトだと……?」

彼の言葉に絶句する桜散。

「人類の、変革!? おじい様が?」

「彼は白金塊の出所を不審に思った世界中の投資家、政治家達に、その都度こう吹聴していたらしい。

 『魔女と契約して、この白金塊を手に入れたのだ』、ってね。魔女の部分を『宇宙人』に置き換えた、同様の発言も彼は公の場で行っている。

 そして『自分は、世界でただ1人の『魔法(まほう)』使いだ、とも』」


「『魔法』? 何それ。魔術とは違うの?」

 magicの訳語は、「魔術」か「奇術」のはず……。譲葉は初めて聞く『魔法』という言葉に、疑問を零した。

「俺も良くは知らん。魔女だの宇宙人だの、兎にも角にも、彼の話はあまりに現実離れしたものばかりだった。

 彼の台頭とその発端となった超高純度白金の出所は、人類史における1つの謎だな。

 ……まあ俺としちゃあ、インゴットの出所なんてどうでもいい。俺にとって重要だったのは、弓平という1個人が、強大な力で世界を変革したことだった。

 有象無象の衆で成立したブント、中央集権的だったファズマ・ロッソ。2つの相反する組織によるヒノモト変革は、いずれも失敗に終わった。

 雑多な構成員で構成された組織では、戦略的・組織的な行動が取れない。かといって組織を強固にすると、異なる意見を持つ者が爪はじきにされ、分裂・内ゲバしやすくなって、これも駄目。

 このジレンマに翻弄された俺に対し、彼は第三の選択肢を提示した。それこそが、『強大な力を持つ、1なる個による変革』だった。


 力と言っても、そんじゃそこらの力じゃ駄目だ。

 彼、弓平が手にしたような、他の誰もが到底到達できないような、他の誰にも有無を言わせないような、圧倒的力によって引き起こされる、一陣の風。

 それこそが、世界革命の鍵。彼が瞬く間に世界を自分色に塗り替えていくのを見て、俺はそう、確信した」

 京道は近くの壁を叩き、カーク達に力強く力説した。


「もっとも、当時の俺には弓平のような力なんてあるはずもなく。まさに雲の上を掴むような話だった。

 そんな話の、はずだった。

 俺の止まっていた時が動き出したのは、彼の台頭から2年後の1989年。爆破事件の一件で死刑判決を受け、その執行を待っていたときだった。

 俺は、突然この力、魔術に目覚めた」

「魔術……」

アレクシアは、目の前で語る男をじっと見つめる。

「俺は! 他の誰もが! 100年掛けて、必死こいて頑張ってもっ! 絶対手に入れられないような、この半神(はんじん)的な力を! ある日突然! 手ぇに入れた!

 俺はこの力で刑務所を脱獄し、以来! この力で世界を変えるべく、裏社会で暗躍し始めた!」

大げさなポーズを取り、京道は自らをカーク達に強く誇示する。


「魔術による、世界革命。それがお前の目的なのか!? ジューク、京道!」

物凄い剣幕で問い詰める桜散に対し、京道はおどけた調子で彼女を嘲笑する。

「ざぁんねん、不正解! クイズの問題文はぁ、最後まで聞こうなぁ? 桜花の娘ぇ!」

「……チッ」

自分を嘲笑し、馬鹿にするかのような京道の態度に、桜散は舌打ちした。

「さっき言っただろ? そう思ってた時期も『あった』って。

 1991年。俺はロシアンマフィア・トライアドのお家騒動にこの力で介入し、『トライアドの核武装化による第3次世界大戦の誘発』、そして『九恩院家の権力掌握』を目論んだ!

 だが! その野望は! 貴様らの両親達によって! 無残にも阻止されてしまった! 俺と同じ、魔術の力によってなぁ!」


「なるほどな。それで俺達の父さん母さんの話が出てくるって訳か」

「その通りだよ、李緒の子供ぉ! ……はぁ。話を続けるぞ。

 1999年10月、弓平の失踪を切っ掛けとして、それまで栄華を誇っていた九恩院グループは、突如崩壊した。

 それまで世界を支えていた『強大なる1なる個』の喪失によって、世界中の経済が大混乱に陥った」

「あの時、母さんはすごい大変だった、って言ってたよ」

 今より13年前。まだ幼子だった譲葉。九恩院グループは、弓平の娘、2代目当主の雪によって解体・縮小され、今に至る。

「そして更に時が流れ、21世紀も10年目に入った頃だった。

 俺はふと、自分の今までの行いを顧みた。……身体もすっかり老いた。老化を魔力で止めていると言っても、いつかは限界が来る。

 そんでな、俺は、お前達の親に自分の野望を打ち砕かれてから、既に革命なんて馬鹿らしいって考えるようになってたんだよ」

そこまで言うと、京道は遠くをじっと見つめる。

 その表情は、さっきまでのおどけた様子から一辺、どこか寂しげであった。


「俺には、王の器が無かった。強大な力を手に入れたと言っても、俺には九恩院弓平のような人を引き付ける力も、まとめる力も、まして動かす力も無かった。ブントでもファズマ・ロッソでもパシリだったし、トライアドのお家騒動の時だって、せいぜい自分の力をちらつかせて上の奴らを脅して、力で三勢力の走狗となるのが精一杯……。


 それにな、結局何で俺が共産主義に、世界変革にこだわったのかって言えばな、元を正せば『周りが経済成長でどんどん豊かになって行ってるのに、何で俺だけ良い思いできないんだ!』っていう嫉妬、ルサンチマンが切っ掛けだったんだよな。

 弱者の救済も、搾取からの解放も、俺の中では結局、その嫉妬を鎮めるためのお題目でしかなかったってことに気付いて、一気に空しくなっちまった。

 皆のため皆のためって頑張ってたのは、結局は自分のためだったのさ」

京道は、倉庫の壁に手を添えた。


「そして俺は再び考えた。……こんな力があるんだ。

 もう俺は、つまんねぇ綺麗事やお題目のために力を使うことなんかやめて、俺自身が良い思いするため! 愉悦するためだけに! この力を使うってな!」

「っ!!!」

その言葉を聞き、目を見開くカーク。


 バン! 京道が壁を叩くと、そこに大きなくぼみが生じ、倉庫は大きくひしゃげる!

「俺は! この力でぇ! 上の方でふんぞり返ってる奴等を揺すってぇ! 世界を引っ掻き回すぅ! 

 俺の力によってぇ、人々は無様に慌てふためく! 

 だが! だが俺は! それを高みで、じっと見ている! 

 他の誰もが一生必死こいてもたどり着けない高みで! たった一人でぇ! それをじっと、見ている! 何という愉悦!

 俺はこの力でぇ! 姿無き声から、世界の、歴史の傍観者となるのだ!」

 遂に京道は、自身の本心をカーク達にぶちまけた。


「そんなことのために、お前はこの革命を企てたのか!?」

「そうさ桜散ぅ! この革命騒ぎだってぇ、俺が義久の誘いに乗って引き起こした些細な老後の楽しみの一つなんだよぉ! 面白かったぜぇ! この革命ごっこぉ!」

京道は革命家の燃えかすを、再度一瞥。

「義久……、あいつは俺の力を見て、本気で世界を変えられるって思ってたみたいだけどなぁ! 

 んな訳ねぇだろバーカ! 所詮は学生なんて有象無象の集まりでしかない! 強大な権力による謀略の前に、果てしなく無力! 

 ヒノモトを! 世界を変えることなどできゃしねーんだよぉ!」

ズドン! 京道の足踏みが、、地面に巨大なくぼみを形成する。

「俺だってそうだぁ! 半神的な力を手に入れてなお! 俺は! 俺は……、昔のような三下でしか、なかった」

 京道はそこまで言うと、目を閉じた。


「さて、昔話はこれにておしまい。分かっていただけたかなぁ? 俺の過去と、そして今の目的を」

「自分自身の愉悦のために、学生達の人生を弄んだのか!? そして、その割を食ったのが、俺の1年間って訳か。

 Damn! お前のせいで!」

カークは激怒した。必ずや、目の前の男を排除せねばならない、そう決意した。

「知るかよ! んなん! 

 俺はなぁ、俺の力で自分が満足できれば、他の何がどうなろうが知ったこっちゃないんだよ!」

「そのために、立場が弱い奴らが割を食ってもか? ふざけるな!」

桜散も激怒!

「そんなことのために魔術を使うなんて! 許せない!」

譲葉も激怒! 今の彼女の表情を、カーク達は今まで見た事無かったに違いない。

「全くです! こんな男、僕達でやっつけましょう!」

正義感にかられる総一郎。

「……哀れな、男。それほどの力を、持ちながら、貴方は、王に成れない」

アレクシアは、京道が持つ強大な魔力を看破するや否や、こう評した。


「おっ! 来るのかぁ? 良いねぇ~!」

京道は、臨戦態勢に入ったカーク達を見て、にやにやと笑みを浮かべる。

「こいつは、俺からのプレゼントだ!」

京道はカーク達に対し手をかざし、力を込める。すると。

 ウォン! カーク達の直下に、白い魔術陣が展開されたかと思うと……。

 ピカァー! そこから発せられた白い光がカーク達を覆い、彼らの傷を全て癒した。

「これは……治癒魔術! すごい」

「なんて力だ。こんな規模、僕達でも使えませんよ!?」

京道の治癒魔術は、譲葉や総一郎のそれを完全に上回っていた。

「すげぇだろうぉ? ……君達の本気を見たいからねぇ。全力でかかってきなよ!」

そう言うと、右手人差し指と中指を合わせ、カーク達に手招きする京道。

「この野郎!」

カーク達を挑発する京道の態度に、カークは苛立つ。

「正直、この革命騒ぎで議事堂に砲弾1発でもぶち込まれりゃぁ、国防関連の金が動いて、その利権で小金稼ぎくらいできるって考えてたがぁ、……今となっては、それも果たせそうにねぇ。

 だが、それ以上に! お前達のような存在に出会えたことは、俺にとってまさしく僥倖! 魔術師なんて、世界中探してもそうそう居ないからなぁ!」


 パチン! 京道が指を鳴らした瞬間、その身体からまばゆい光が放たれる!

 バサッ! 気が付くと、彼は先程のシャツ姿から一変、黒地に赤のラインが文様の如く入ったトレンチコート姿になっていた。

 その姿は、さながら悪の組織の幹部と言ったところか。

「ふんっ!」

 ブォン! 京道は風で自身の身体を浮かべると、カーク達の前に対峙し、両手を左右斜め上に掲げる。

「はぁ!」

 ボォン! 彼の右手からは、勢いよく炎が噴き出す! 

「そーらっ!」

 ゴゴゴ……ゴォン! 彼の左手からは、巨大な石柱が出現!

「ふんっ! ふんっ!」

両手に炎と石柱を掲げたまま、宙に浮く身体に2連続で力を込める京道。すると。

 パァーッ! ブォン! 彼の周りに青いオーラと、正八面体型のバリアが展開された。


「我が名はジューク・京道! 孤高たる世界の傍観者!

 新たな世代の魔術師達よ! お手並み拝見と行こうじゃないか!」

 無法者の魔術師との、戦いの火蓋が切って落とされた。


――――――――――――大学構内(北門周辺、魔術障壁内部)。

「さぁ、来るが良い! 誰が相手だ?」

京道はカーク達を挑発する。

「こんのー!」

 最初に行動したのは、カーク! 近くに落ちていたゲバ棒を手に取り、京道目がけ打ち下ろす。

 バキッ! 棒は京道に当たる前に、正八面体のバリアで防がれ、真っ二つ!

「何!? ならば! ふん!」

カークは折れた棒を捨て、右手で勢いよく、殴る!

 ゴッ! カークの一撃は、バリアで防がれる。

「ぐぁ! 痛ってぇ!」

右手を押さえ悶絶するカーク!

「魔術障壁。物理攻撃は、無効だ。……魔術でかかってきなよぉ!」

右手の2本指をクイクイ動かしと、カークを挑発する京道。

「ならば。Ah――――!」

カーク、京道と距離を取り、炎弾を発射。

 スッ! 先ほどと違い、炎弾はバリアをすり抜ける!

「よしっ! これなら」

カークが命中を確信した直後だった。

 ボォン! ジュッ……。

 京道、右手の炎を、カークが放った炎弾にぶつける! 炎弾は、弱々しい音と共に消滅!

「何だぁ? この弱々しい炎は。炎ってのはなぁこうやって使うんだよぉ! おらっ!」

 ゴォォォ! シュボン! 京道、右手の炎をカークに向け、放つ!

「ちっ!」

 ゴォォォ! カーク、放たれた炎に対し火炎放射! 

 ゴォン! バン! 京道が放った火炎放射が、カークの炎を押し戻し、カークの手前で爆裂!

「グワァ!」

「カーク君!」

総一郎が吹き飛ばされたカークに駆け寄り、治癒魔術を掛ける。


「ほらほらどうしたぁ? 次は誰だぁ?」

余裕げな表情で、挑発する京道。

「皆、気を付けろ! 奴は今までの敵とは違う! ……はぁぁ!」

警戒を促す桜散。そして同時に、京道に対し、ジェット水流を浴びせる!

「おっとあぶねっ!」

京道、桜散の水流を回避すると、彼女目がけ、左手の石柱を飛ばす!

 ゴォン! 

「危ない! さっちゃ!」

「っ!」

桜散、咄嗟の跳躍で石柱を回避! 石柱は、彼女の真横を掠めていく!


「今度は僕達が行きますよ! アレクシアさん!」

「……ええ、総一郎」

今度は総一郎とアレクシアが、京道に対峙!

「イヤーッ!」

「てーい!」

2人は同時に魔術行使! 総一郎が放った石片を、アレクシアの突風が包み込み、一体となって京道に迫る!

「ふんっ!」

京道、2人に対し右手をかざすと、空気弾を2発発射! 空気弾は即座に破裂し、無数の小竜巻が発生! 2人が放った魔術とぶつかる! 

 ゴゴゴゴゴゴ! 2人の魔術と、京道の放った小竜巻が衝突し、2人と京道の間で爆発した!

「ぬわっ!」

「ぐっ!」

石片の一部が、総一郎とアレクシアに降り注ぎ、そして。

 ゴォッ! 京道が放った小竜巻の一部が、爆発で消えずに2人に襲い掛かる!

 バァン! 

「ぐわっ!」

竜巻がぶつかり、のけぞる総一郎。

 シュッ…… 

「……」

 一方、アレクシアの身体にぶつかった竜巻は、緑色の光と共に掻き消えてしまった。


「……んん~? 今の様子、もしや」

その様子を見て、京道は訝しむ。

「ふんっ!」

そして直後、彼は何かを確信したのか、アレクシアに対し空気弾を1発発射!

「危ない、アレクシアさん!」

「……大丈夫」

 しかし、それを避けないアレクシア。

シュッ…… 空気弾はアレクシアに衝突! しかし先ほどの小竜巻同様、緑色の光を放ち、消滅した。

「What?」

「これは、一体?」

その様子を見ていたカークと総一郎は、思わず疑問を口にした。

「やっぱりな。……そこの金髪の嬢ちゃん! お前、風属性攻撃を吸収してるな? ならば」

京道は、自分の予想が正しかったことを確信すると、アレクシアに対して左手をかざした。

「危ない、アレクシア!」

ドン! カークは咄嗟に、アレクシアを突き飛ばす!

「っ!」

 タタタタタタ! 直後、アレクシアが居た場所に無数の石片が着弾! 間一髪! 危ないところであった。


「避けたか。なら」

京道が次の一撃を、アレクシアに向けようとした時であった。

「ちょっと! 私のこと忘れないでくれる?」

「おい、挑発はやめるんだ、譲葉ちゃん」

譲葉は桜散とともに、京道の背後に立ち。

「はぁー!」

「むむむー!」

桜散が水弾を発射し、それに譲葉が吹雪をぶつける! すると。

 カチン! 水弾は、空中で凍結し……。

 ゴッ! そのまま京道に命中!

「ぐはっ! ……とでもいうと思ったか! 痛くもかゆくもないわ!」

京道は氷弾が当たった背中をぽりぽり掻くと、桜散と譲葉の方に振り向いた。

「なっ!」

「そんなっ!」

驚く2人。

「これでも食らえ!」

ビュォォォォォ! 京道は2人に対し、左手で突風攻撃!

「きゃぁ!」

「ぐわっ!」

ガン! 桜散と譲葉は吹き飛ばされ、ガードレールに叩きつけられた。


「このぉ!」

「ふん!」

その隙を突くように、カークと総一郎が火炎放射と石片を京道にぶつけようとする。しかし。

「甘いわ!」

京道は空いた右手をカーク達に向け、石柱を召喚! 2人目がけ射出! 

 ゴォン! ドン! 石柱は火炎放射と石片を弾き飛ばすと、2人が居る場所に着弾!

「ぐわー!」

「ぐぅ!」

吹き飛ばされる、カークと総一郎。


「イヤーッ!」

4人を相手にしている京道に対し、アレクシアが空気弾発射! 破裂! 小竜巻飛来!

「ぐっ!」

京道の身体に、小竜巻が複数命中! トレンチコートに傷が入るが、有効打には至らず!

「ほう、上級魔術が使えるのか。さっきの吸収といい、ちったぁ歯ごたえ有りそうだ、なっ!」

アレクシアの攻撃を食らった京道は、先程まで桜散達に向けていた左手を地面に向け、力を込める。

 ドン! アレクシアの直下に、地割れ発生!

「キャッ!」

アレクシア、らしからぬ悲鳴と共に、転倒!


「アレクシアさん! このっ!」

総一郎、京道に石片攻撃!

 バッ! チュン! 京道は右手から石柱召喚! 飛来する石片を薙ぎ払うも、一部が命中!

「ふんっ、そっちは地属性魔術が使えるみたいだが、その程度かぁ?」

 ウォウォウォン! 京道が右手をかざすと、地面に無数の黄色いサークル(魔術陣)が出現! サークルは一直線上に次々と現れ、総一郎の真下にも展開!

「ほーら面白いもん見せてやる! ほらよっ!」

 パチン! ジャキンジャキンジャキン! 京道が右手を慣らすと、黄色いサークルから、巨大な尖った岩塊が次々と出現! 黄色いサークルの真上を貫いていく!

「っ!」

総一郎は跳躍! 

 ジャキン! 直後、彼が居た場所を岩塊が貫く!

「……避けたか。だが、甘い!」

 パチン! ジャキンジャキンジャキンジャキン! 

 パチン! ジャキンジャキンジャキンジャキン! 

 京道が右手を鳴らす度に、総一郎のいる場所を追尾するように黄サークルが展開され、岩の剣が出現していく!

 パチン! ジャキンジャキンジャキ!

「グワァ!」

総一郎、4回目の岩塊を回避し切れず、右肩に命中! その場に倒れ込んだ。

「大丈夫か? 総一郎」

倒れた総一郎を起こすカーク。

「ええ、大丈夫です……」

自分に治癒魔術を掛ける、総一郎。


一方その頃。

「てーい!」

 ゴォン! ヒュッ! 譲葉、京道の頭上に氷柱召喚! 落下!

「むっ!」

 ゴォォォ! ジュッ! 京道、左手から火炎放射を放ち、氷柱を溶かす! しかしそこに!

 ジャバァァァァ!

「ぐはっ!」

そこに桜散のジェット水流が炸裂! 京道の側部に命中!

「ほう、なかなか、やるじゃなぁい!」

桜散と譲葉の連携攻撃を称賛する京道。

「だが! 効きが悪ければ、意味が無いなぁ!」

 ヒュン! 京道、桜散に右手から空気弾を、

 ボォン! 譲葉に左手から巨大な炎弾を、それぞれ発射!

 バァン! 

「ぐぅ!」

空気弾は桜散の目前で破裂し、風の刃が桜散の服を切り裂く!

 チュボン!

「きゃぁぁ!」

炎弾は譲葉の目前で爆散し、爆炎が彼女の服を焼け焦がした!

「ひゃーっはっはっはっはっはっ!」

大声で笑う京道。


「Damn! 一体どうなってんだ! こっちは補助魔術も掛けてんのに、全然効いてる気配がねぇぞ!?」

余裕たっぷりな京道の様子に、カークは困惑する。

「あの青いオーラが原因だろう。私達も、あれで防御力を上げているんだからな」

「物理攻撃無効化で、防御力アップとか、セコくない?」

桜散の分析を聞いた譲葉は、京道の戦術に対し不満げな様子。

「ということは、青いオーラを何とかできれば……。譲葉さん。相手の防御力を下げるって、出来ませんか?」

総一郎は譲葉に対し、防御力低下の補助魔術が使えないかを尋ねた。

「うーん、防御力を上げるのは練習したんだけど……。できないか、試してみる!」

「分かった。頼んだぞ!」


「作戦会議は終わったかぁ? そろそろ背中とお腹がくっついちまいそうだよぉ!」

カーク達の後ろの方で、宙に浮きながら腹を掻く京道。

「そろそろ、再開と行こうじゃねぇか! フン!」

 ウォン! 京道が右手をかざすと、カーク達のいる場所に、赤いサークルが展開される!

「皆、離れろ!」

桜散の言葉で、一斉にその場から飛び退くカーク達!

 パチン! ボォン! 京道が指を鳴らすと、サークルから爆炎が勢いよく上がる! 間一髪で回避したカーク達!

「ふんっ!」

京道は右手をかざし、譲葉の直下にサークルを展開! 

 パチン! ボォン! 爆炎発生! 避ける譲葉!

「くっ! 皆、あいつの動きを止めて!」

叫ぶ譲葉。

「分かったゆーずぅ! Ah――――!」

「はぁー!」

カーク、京道に炎弾を数発発射!

桜散、京道に水弾を数発発射! 

「ふっ!」

京道、それらを火炎放射で相殺!

 ジュゥゥゥゥ! 水弾蒸発! 周囲に湯気が発生する!

「ちっ!」

京道、突風を発生させ、湯気を薙ぎ払おうとするが。

「むむむむむむー!」

その隙に譲葉、京道に対し右手をかざす!

(力が抜けるイメージ、力が抜けるイメージ……)

 譲葉は、カーク達に対し補助魔術を掛けたときのイメージと、逆のイメージを頭の中に浮かべ、力を込めた。すると。


 シュゥゥン…… 京道を覆っていた青いオーラが、見る見るうちに薄くなっていき、消えた。

「んん? これは……」

自分にかけていた補助魔術が打ち消される様子を見て、京道は譲葉の方を一瞥する。

「むむむむむー!」

譲葉、さらに力を込める! すると、京道の身体に再度、青いオーラが。

(むむっ、これは、弱体化魔術! あの娘、やってくれるな)

身体に対する力のかかり具合から、譲葉が防御弱体化魔術を掛けたことを悟る京道。

「こんのー!」

「イヤーッ!」

 そこに、総一郎とアレクシアが石片と突風を、京道に対し同時に放つ! すると、石片が突風に巻き込まれ、岩交じりの竜巻と化す!

 ザザザザザザ! 岩入り竜巻が、京堂に命中する!

「ぐうっ!!」

 2人の攻撃を受け、仰け反る京道!

「良いぞ! さっきと違って効いてる! 成功だ、譲葉ちゃん!」

「うん! よーし、これでも食らえー!」

譲葉は京堂の頭上に氷柱召喚! 

 ゴッ! 京道の頭に氷柱がクリーンヒット!

「ぐわっ!」

これは効果抜群! 京道は体勢を崩す!

「どうだ! 参ったかー!」

譲葉はにやりと笑う。


「ふ、ふふふっ、中々、やるじゃあないか……。

 ならば、俺もちったぁ本気、出そうかね。ふんっ!」

京道は体勢を立て直すと、身体をかがめ力を込める! すると、彼の周りに赤いオーラが出現!

「Oh! あれは攻撃力アップ! やっべ!」

すかさず退避するカーク達。

「逃がすかよ! そうらっ!」

 その直後、京道は右手に炎を、左手に風を纏い、両方を合わせて放つ! 

 炎と風は混ざり合い、1つの炎の竜巻と化してカーク達に襲い掛かる!

 ゴォォォォォォ! ボォン! 炎を纏った旋風が、カーク達に当たり、弾ける!

「ぐわー!」

「きゃぁ!」

「むうっ!」

「ぐうっ!」

「っ!」

吹き飛ばされるカーク達。


「どうだぁ? 火と風、複合属性魔術の味はぁ! 

 魔術にはなぁこういうのもあんだぜぇ? ……お次はこれだぁ!」

 ブン! 京道、今度は左手から、丸い透明な魔力の塊を投擲! 魔力の塊は、縁が薄黒く揺らめいている。

 ドォン!  態勢を立て直そうとするカーク達の近くに、不気味な魔弾が着弾! そしてその瞬間!

 チュボォォン! 魔弾は膨張し、破裂! 周囲に衝撃波が発生する!

「ぐわぁぁ!」

「きゃぁ!」

「「ぐうっ!」」

「ううっ!」

再度吹き飛ばされ、地面に倒れるカーク達。

「ハハハハハハッ! どうだすげぇもんだろぉ? 今のはな、無属性の魔術だ!」

自分の魔術を得意げに見せ高笑いする京道。


「そらっ! そらっ! これでも食らえ!」

パチン! ウォン! 京堂が右手指を鳴らすと、 彼の前方に緑色のサークルが出現!

 ゴォン! ゴォン! ゴォン! 緑のサークルから、強力なつむじ風が次々と発生! つむじ風はカーク達を追尾しながら迫る!

 カーク達は京道と一度距離を取り、つむじ風から逃げ回った。


「ぐぅ……なんて奴だ」

 ゴォン! 立ち上がり、京道の魔術攻撃を走って避けるカーク。

「複合属性に、無属性か……。奴の力は、底が知れないな」

 ゴォン! 桜散、木陰を利用し攻撃を回避していく。

「どうする? 一応防御力は落とせたけど、あんなの何回も食らったら持たないよ!」

 ヒュン! ゴォン! ヒュン! ゴォン! 譲葉、氷柱を盾につむじ風を消していく。

「魔力の高さ、使う魔術の種類、いずれも私の、予想、以上。

 彼の力。口だけ、という訳では、無いみたい、ね」

アレクシア、風を用いて自分の身体を浮かせ、攻撃を回避していく。


 京道のつむじ風を避ける内に、カーク達はいつの間にか、桜散・総一郎と、カーク・譲葉・アレクシアの2手に分かれていた。

「あの桜散さん、思ったんですが」

「ん? 何だ? 総一郎」

桜散は自分の真横を走る総一郎に尋ねた。

 ブゥン! つむじ風が木に被弾、木の皮を抉り取る!

「京道が使う、複合属性魔術……僕達も使えませんかね? 

 ……いや、複合属性魔術かどうかは分かりませんが、僕達も2人の魔術を合わせれば、似たようなことができるのでは?」

「2人の魔術を、合わせる?」

総一郎に尋ねる桜散。

「ええ。さっき京道が放った魔術。あれはカーク君の火炎放射と、アレクシアさんの突風攻撃を合わせれば、おそらく似たようなのができるはずです。

 その要領で、僕達の攻撃を2人ずつ合わせて行って、あいつにぶつければ」


 総一郎の提案した作戦はこうだ。まず、2人1組を2つ作る。そして、2組がそれぞれ別方向から京道に対し、各々の魔術を合わせて放つ。当然京道は、それらをガードしようとするが、1人1人の攻撃を防ぐ場合に比べて、対応が難しくなるはずだ。

「2人ペアを2つ。……残り1人は?」

「余る1人を、僕か譲葉さんが担当します。基本は皆の回復役に徹して、隙があれば攻撃にも参加する感じで」

「そういうことか。お前の作戦は分かった。だが、2人の魔術を合わせて放つというのは、さっきお前とカークがやって、防がれてなかったか?」

 桜散は、カークと総一郎が炎弾と石片を放った際に、それを京道がまとめて防いでいたことを思い出す。

「あれは僕とカーク君が、それぞれ別々に魔術を放ったからですよ。『2人の魔術を合成する』というのがミソなんです。『合体魔術』とでも言うべきでしょうか。

 1人1人バラバラに魔術を放っても、桜散さんが言う通り、まとめて防がれるだけだと思います。

 あと、合わせる魔術の組み合わせも重要だと思いますね。例えば、カーク君の火炎放射と譲葉さんの吹雪を組み合わせても、互いを打ち消し合ってしまうでしょうし」

 総一郎の提案した、2人の魔術を合わせる『合体魔術』。これを使えば、京道の魔術に対抗できそうだ。


「魔術の組み合わせか……。お前には、何かいい考えがあるのか?」

桜散は総一郎に対し、合成魔術を行う上で必要な魔術の組み合わせ案を尋ねた。

「そうですね。さっき京道が使ってきた『火炎放射と突風』の他に、僕とアレクシアさんの『石片と突風』、譲葉さんと桜散さんの『水弾と吹雪』あたりが組み合わせとして良さそうです。最後のは同じ水属性同士の組み合わせなので、複合属性ではありませんが……。

 この辺はいろいろ試行錯誤しながらやってくしかないかと。京道が使ってくる複合属性魔術も参考になるかもしれませんね」

「分かった。とりあえず、カーク達と合流しよう。作戦会議その2だ!」

「ええ!」

 桜散と総一郎はつむじ風をいなしきると、倉庫の裏に隠れていたカーク達と合流した。


「……という訳だ。皆、協力してくれるか?」

桜散は手短に、総一郎と相談した作戦について話した。

「OK。2ペア作るんだな。まず回復役を決めよう。どっちがやる?」

カークは総一郎と譲葉に尋ねる。

「僕がやります。譲葉さん、どうでしょうか?」

「おっけー。私はそれでいいよ」

回復役の2人は、手早く合意形成した。

「よし、決まったな。それじゃあ残り4人の組み方だな。どうする?」

カークは桜散に、組み合わせについて尋ねた。

「まず私と譲葉、カークとアレクシアでペアを作ろう。私と譲葉は『水弾と吹雪』、そっちは『火炎放射と突風』を、京道に合わせてぶつけてくれ」

「了解」

「……了解」

「はーい」

こうして、カークとアレクシア、桜散と譲葉のペアが出来た。

「それじゃあ、俺達が先にあいつの前に出るから、さっちゃ達はその後から出てくれ」

「分かった。気を付けろよ、カーク、アレクシア」

「……分かってる。そっちも、しくじらないでよ? 桜散、譲葉」

「無論だ」

「分かってるって。頑張ってね!」


「それじゃあ先行く! 皆、頼んだぞ!」

カークとアレクシアは、京道の元へ走る。その様子を見て、譲葉と桜散は別方向へ回り込むように移動し、総一郎はその場に残った。

(皆さん、どうか気を付けて……)

総一郎が見守る中、カーク達と京道の対決、第3ラウンドが幕を開けた。


「やい、京道! こっちだ!」

「こっち!」

カークとアレクシアは、京道の前に飛び出ると、彼を挑発した。

 それと同時に、桜散と譲葉が息を殺しながら、京道の後方へ隠れる。

「おっ? さっきからコソコソ隠れてるなとは思ってたが……。また新しい作戦考えたのかぁ? 

 良いだろう! 来いよ!」

直後、京堂の右手から黄色い魔術陣が、左手からは緑色の魔術陣が、それぞれ出現する。

「ほうらよ!」

京道はシャウトと共に両手を合わせ、魔術を放つ!

 ドォン! ドォン! ドォン! 右手のサークルから放たれた3発の丸い石弾が、左手のサークルから放たれた突風と共に、カーク達に飛来! 石弾の直径は1m程度とかなり大きい!

「来たぞ! Ah――――――――!」

「ええ! イヤーッ!」

それに対し、カークとアレクシアは、示し合せた通りに魔術行使! 

 ゴォォォォォ! カークの火炎放射と、アレクシアの突風が混ざり合い、一つの火炎旋風となって、京道が放った石弾とぶつかる!


「今だ! はぁー!」

「むむむぅぅぅぅ!」

カーク達が魔術を放つのと同時に、桜散と譲葉も魔力を行使!

 ボン! ヒュゥゥゥ! カチカチカチン! 桜散が放った水弾が、譲葉の吹雪で凍結! そのまま京道の元へ飛んで行く。 

 バァーン! 京道が放った石弾&旋風は、カーク達の火炎放射&突風とぶつかり、破裂! そして同時に。

 ゴォッ!

「グホァッ!」

京道の背中に、桜散と譲葉の合作たる直径1mの氷弾が直撃! 体勢を崩す京道!

「よっしゃ! このまま追撃するぞ、アレクシア! Ah――――――――!」

「ええ! イヤーッ!」

 桜散達の攻撃が成功するのを見たカーク達は、間髪入れずに再度魔術行使! 京道に再度、火炎旋風が迫る!

「ぐぬぬ! そうら!」

京道、カーク達の攻撃に対し、先ほど同様に両腕で複合魔術を放とうとする! しかし。

「ふんっ!」

「ってぇ!」

タタタタタタ! 京道の両腕に、石片が着弾! 血が噴き出る! 総一郎の横槍だ!

 ボォォォォォン! 

「グワーッ!」

 カーク達の火炎旋風が両手を押さえる京道に直撃! 彼の着ていたトレンチコートに火の粉が舞い散る。

ゴォッ! 

「ゴハッ!」

そこに氷弾が再度京道に直撃!


「ぐ……貴様ら! むぅぅぅぅ!」

 ブゥンブゥン! 京道、カーク達と総一郎に対しそれぞれ手を構え、無属性の魔弾発射!

「ちっ! あぶねっ!」

「っ!」

「くっ!」

カーク、アレクシアと総一郎、フワフワと飛来する魔弾を回避!

 チュドォォォン! 直後、魔弾は着弾し、周囲を巻き込むように爆発!

「ふんっ!」

魔弾を放った京道は、その次に桜散達の方を向き、地面に両手を構える!

 ドドドドドド! 直後、京道の右手から赤いサークルが、左手から黄色いサークルが出現! 彼の直下から、桜散達に対し地割れが発生する! 

 ドーンドーンドーンドーン! そして、地割れからマグマが噴出! 伸びる地割れと共に桜散達に迫る!

「ちっ! ふんっ!」

「きゃぁ! くうっ!」

 桜散は左に飛びながら、すかさずジェット水流を噴出するマグマに発射! 

 譲葉は黄色い声を上げながら右に飛びつつも、桜散が魔術を行使するのを見て即座に吹雪をマグマにぶつけた!

 ジュゥゥゥゥ! 熱々の溶岩に、水流と吹雪が相殺! 大量の水蒸気発生!

「ちょこざいな!」

 ゴォォォォ! 京道はすかさず突風を左手から放ち、蒸気を吹き飛ばしていく。

「何処だ、何処にいる?」

突風を放ちながら移動し、蒸気に紛れたカーク達を探していく京道。

「むむむー!」

「イヤーッ!」

 そんな彼に対し、後方から譲葉とアレクシアが魔術を行使! 譲葉は吹雪を、アレクシアは突風をそれぞれ放つ! すると。

グォォォォォォ! アレクシアの突風と譲葉の吹雪が合わさって、巨大な雲の渦が発生! 

 バチバチバチッ! 雲の表面に、微小な氷がぶつかり合うことで生じた電撃が走る!

「そこかぁー!」

京道、右手から緑色のサークルを召喚し、つむじ風を次々と繰り出す!

 ドドドドドド! 多数のつむじ風が、アレクシア達が放つ渦と衝突し、その勢いを削ぐ! 

 しかし、渦の勢いは落ちず、更に電撃を纏いながら京道に接近する!

「ちいっ! 厄介なものを」

 京道、つむじ風による相殺を諦め、右手から突風を発生させ、雷雲の渦を回避しようとする。しかし。


「うぉりゃー!」

「はぁぁぁぁぁ!」

逃げる京堂の前方に、桜散とカークが走る!

 ブォン! 桜散、京堂に対し一際大きな水弾を発射! そして水弾の後方に、カークが火炎放射をぶつける。すると。

 ジュゥゥゥ ボォン! 急激に熱せられた水弾は膨張、破裂! 大量の熱湯が、京道に直撃する!

「グワーーーーーー!」

 パリーン! 京道の大きな悲鳴とともに、彼の周囲に展開されていた正八面体型の魔術障壁が砕け散る! 同時に彼の直下にあった風が、消えた。

「ふんっ!」

「ぐぉあ!」

 ドォン! 浮遊が解けた京道に対し、総一郎が追撃! 地割れが京道の上半身を埋め、動きを止めた……。


――――――――――――大学構内(北門周辺、魔術障壁内部)。

「ぐうっ……」

 先程の義久同様、地面にはまって動けなくなった京道。

 そんな彼を取り囲む、カーク、桜散、譲葉、総一郎、アレクシアの5人。

「これで終わりだ。観念しろ! ジューク・京道!」

桜散は勝利宣言。

「……ふ。ふふふ、ふはははははっ!」

突如、下半身が地面に埋まった状態で笑い出す京道!

「な、何だぁ!?」

突然の彼の笑いに、動揺するカーク。

「はっ、はーっはっはっ! 見事! 実に見事! こんな相手とやり合えるとは、長生きもするもんだな。ひよっこだと思って手加減していたが……なるほど、これが君達の力か。

 いいだろう! 負けだ負け! 俺の負けだ。この勝負。君達の勝ちにしといてやるよぉ!」

 息切れが目立つカーク達に対し、地面に埋まってなお余裕の態度を見せる京道。彼はカーク達の戦いぶりを称賛した。

「は? 何? 今更負け惜しみ?」

京道の態度に苦言を呈する譲葉。

「ふっ、そうだな。こんなこと言うのもあれだな。過程はどうあれ、君達は私を下した。

 で? どうする? このまま俺を警察に突き出すか? それとも、ここで煮るなり焼くなりするかぁ?

 俺は後者を推奨するぜぇ? 何てったって、魔術師は警察の手に負えないからなぁ、はっはっはっ!

 ここで俺を逃がすなら、俺とお前達の戦いは、終わらないぞ」

京道は更に笑った。

「早く決めた方が良いぜぇ? もう魔術障壁も消え始めてる。もたもたしてると、警察共もここに来るだろうからなぁ!」

 見ると、それまで周囲を覆っていた白い障壁が、ゆらゆらと点滅し始めている。京道を倒したことで、障壁が消え始めているのだろう。


「……行こう、皆。機動隊に見つかる前に、ここから逃げ出そう」

一番に声を上げたのは、カークであった。

「……」

その言葉を黙って聞く桜散。

「私は、カークの判断に、委ねる、わ」

カークの判断を支持するアレクシア。

「えー? このままにしとくの? 

 こいつ、この様子だとまた逃げだして、同じことを起こすかもしれないよ?」

2人とは異なり、譲葉はカークの判断に対し異議を唱えた。

「……確かに、こいつの力は警察の手に負えないのかもしれない。

 でも、ここで俺達がこいつにとどめを刺しちまったら、こいつと同じ、ただの無法者だ。

 悪人は、しかるべき所で、しかるべき方法で裁かれなきゃ、な?」

カークは、未だに燃え続ける義久の燃えさしをちらっと見て、譲葉に向き合った。

「うーん、確かにそうなんだけど、さ。

 本当に、それでいいの? カーク君は、納得できるの? 

 こいつがいなきゃ、カーク君が留年する事も無かったのに!」

カークの両肩を持ち、それでいいのかと問う譲葉。

 しかしそんな彼女を、カークはそっと突き返す。

「良いよ。どうせこいつをここで葬ったところで、俺の謹慎処分が取り消されるわけじゃない。

 それに……もう遅いかもしれんが、これ以上前科が増えるのは勘弁願いたいんだよ。面倒事が増えるのもな」

「でも……」

譲葉は、まだ不満げな様子だ。

「カーク君の言う通りですよ、譲葉さん。力を安易に振りかざしては、奴と同じ穴のムジナです。

 後のことは警察に任せて、僕達はとっとと行きましょう」

カークの主張を援護する総一郎。

「……分かった。それじゃあ行こっか」

総一郎の言葉も聞き、譲葉はようやく納得したようだった。


「ほう、そうか。それがお前の選択か」

立ち去ろうとするカーク達に対し、京道が呟く。その言葉を聞いて、カーク達は振り返る。

「何だ? こんなん社会を生きる者として、当然の選択だろうが」

抗議するカークに対し、京道は。

「当然、ね。ま、順当だよな。正義の味方気取りの坊や?」

「っ! 正義の味方だと?」

「知ってんだぜ? お前達がこの街で、あのよく分かんねぇバケモン相手に、その力使って、ヴィジランテ(自警団)めいた活動してるってことはな!」

「何だと!?」

京道の言葉に驚く桜散。しかし、彼は彼女の言葉を無視し、カークに語りかける。

「李緒の息子よ。お前は何のために、魔術を使う? 

 正義のため? 化物から市民を守るためか?」

京道の問いに対し、カークは。

「そうだ。俺達は行方不明者を助け出すために、人を助けるためにこの力を使ってるんだ!」

カークの答えに対し、京道は。

「はっ! 嘘だな。お前本当は『戦いの中で何かを手に入れたい、誰かに賞賛されたい』って考えてんじゃねぇの? 

 自警活動も今日の戦いも、俺みたいに、自分の『欲望』を満たすためにやってたんじゃねぇの?」

「……お前に何が」

カークは右の拳をぐっと握る。自分の心を勝手に決めつけられ、不快な気分にならない人間など居ない。

「ふん、分かってねぇ様だな。なら言っておいてやる。

 今お前のやってることなんてなぁ! 別にお前がやらなくても、別の誰かがやってたことだ! 

 さっき言ったよな? お前の親も魔術を使えるって。別にお前が動かなくても、あいつらや、それと繋がる警察の連中も動いて、お前の出る幕なんて無かったはずだ。

 お前のやってることなんて、誰も評価しねぇし! 誰も褒めやしねぇ! 

 いくら頑張っても得るものが無い、骨折り損な戦いをしているという事実を認めたくないから! 

 そんなことしてる自分を正当化したいから! お前はそんなこと言ってんだよ! 

 お前が俺を、社会のルールだの何だの並べ立てて見逃そうとしてるのだってそう!

 所詮、お前も俺と同じ穴のムジナなのさぁ!」

カークに対し呪詛の言葉を浴びせる京道。

「ぐっ、くぅぅぅぅ……」

京道の言葉に、言い返すことが出来ず目を強く閉じるカーク。


「ふざけるな! お前に私達の、カークの何が分かる!」

「そうよ! 自分勝手に力を振りかざすあんたに、言われる筋合いなんて、カーク君には無いよ!」

「カーク君に対するその言葉、聞き捨てなりませんね」

「……許さない」

京道の言葉に抗議する一行。

 しかしそれに対し、京道は達観したような態度で言葉を返した。

「ああ、分かんねぇよ。でもな、そんな『正義のため』だの、『皆のため』だのという理由で、人間先立つもん無しにずっと戦い続けることなんかできねぇ。

 俺のかつて居た世界でそういうこと言う奴らはな、決まって自分が良い思いしたいがために戦ってた。搾取からの解放を声高に主張しつつ、結局は自分が上に立って美味い汁を吸いたいだけ……。だからこそ上に立った途端強権的になって、下の奴等を恫喝する……」

 京道は戦車の残骸と、地面に突き刺さった『蝋燭』をじっと見つめ、軽くため息を吐いた。

「結局、みんな自分が一番かわいいのさ」

そこまで言ったところで、京道は再びおどけた態度でカーク達をからかい始める。

「お前らもよぉ! そんなくっだらねぇ意地っ張りを、何時まで続けられるかなぁ? 

 何処まで自分のために、力を使わずにいられるかなぁ? 独りよがりのヒーローさん! ひぃゃーっはっはっはっはっはっ!」

京道の高笑いが、周囲一帯に響き渡った。


「総一郎様!」

その時北門の方から、要の声が響く。

「要!」

総一郎が北門の方を見ると、魔術障壁ごしに要の姿が。そして魔術障壁が、うっすらと消えていく。

「お迎えにあがりました。早くこちらへ!」

「皆、急いでこっちへ!」

 総一郎の指示と共に、要が運転する車へ走るカーク達! 

 カーク達が乗り込むと、車は急発進! そしてその1分後、機動隊が北門へ到達! 京道と戦車を取り囲む!

 要の手引きによって、間一髪でカーク達は大学から逃げ延びた。


――――――――――――夕方。

 夕方。カーク達は総一郎邸に退避していた。

『本日発生した井尾釜国立大学における、学生らの衝突について、警察はその主犯格とされる「ジューク・京道」と名乗る男を、銃刀法違反及び器物損壊の容疑で現行犯逮捕しました。

 現場では戦車と思しき車両や、男と思われる焼死体なども発見されており、警察は男から詳しい事情を聞く方針です。

 また、ストライキを主導した十数人の学生も傷害や公務執行妨害の容疑で現行犯逮捕され……』

 ピッ! 総一郎が、大広間に置かれたテレビのリモコンを切り替える。リビングには、カーク達5人と要の姿が。


『ファズマ・ロッソを名乗る組織によるクーデター未遂事件について、警察は……』

ピッ!


『このインターネットに投稿された1枚の写真。

 そこには、戦車に乗る男の姿と、血まみれで倒れている学生と思しき人の姿が……』

ピッ!


『それにしても、××さん。ファズマ・ロッソとは一体何なのでしょうか?

 『良い質問ですね。ファズマ・ロッソというのは……』 』

ピッ!


「案の定、今晩のニュースはどこもうちのデモ騒ぎについてですね」

ニュース番組をザッピングしながら、総一郎は呟く。

「そうだな」

カークは総一郎と同じソファに座りながら、テレビを見ていた。

 その後、カークは譲葉と桜散のいる方を見る。2人はテーブルに座り、何やら話をしている。よく見ると、桜散が譲葉に何かを頼み込んでいるように見えたが、カークには何を言っているのか聞き取れなかった。

 次にアレクシアのいる方を向く。彼女は部屋の隅の方で1人、ぽつんと座りながら、携帯端末を使って何かを調べていた。


「なあ、総一郎」

「ん? 何ですか? カーク君」

「俺達、何のために戦ってたんだろうな?」

カークは隣に座る総一郎に対し、ふと問いかける。

「俺達は今日の戦いで、自治会を裏で操っていたテロリストを倒し、彼らの野望を未然に阻止した。でもよ……」

「自分の無実を証明して、周りから賞賛されたかった?」

カークが言いかけた言葉を、総一郎が補完する。

「そんなこと言うのもアレかもしれないけどさ。まあ、そうだよ。俺はさ、この戦いに内心そういうのを求めてたのかもしれないんだ。

 ほら、フィクションとかでよくあるだろ? 悪役に無実の罪で汚名を着せられた主人公が、仲間と共に汚名を削いで悪役を倒し、一転英雄扱いされるって話。

 そういう展開を、俺は内心どっかで望んでたんだよ」

「……」

カークの話を、黙って聞いている総一郎。

「でも現実は甘くなかった。自治会の連中やテロリストを倒しても、俺の汚名は削がれなかった。それどころか、魔術を使った俺達は、こうしてコソコソ逃げ出す羽目になった」

「……そうですね」

「それにさ、俺は正義感であいつらをぶっ倒した訳じゃなくて、『むかつく』、『気に食わない』って思ったからぶっ倒したんだよな。自分が1年を棒に振らされたことに対する腹いせ、ただの憂さ晴らしだ。

 結局京道と同じで、自分の欲を満たすために戦ってたんだよ。だから、あいつの言ってることに反論できなかった……」

「……カーク君は、頑張りましたよ。必死に必死に頑張ったんです。

 僕は君を、誇りに思います」

 総一郎のねぎらいの言葉を聞いたカークは、更に大きくため息をつく。

 その様子に、総一郎は掛ける言葉が見つからなかった。


 悪を倒して平和を取り戻したものの、その結末はカークにとって満足のいくものではなかった。ゲームに例えるならば、まさしく歯切れの悪い、ビターエンドといったところか。


「……」

「おい、カーク。そろそろ帰るぞ」

「……はっ! あ、ああ。そうだな。もう遅いし、帰るか」

桜散に声を掛けられるまで、カークは呆然としていた。時計を見ると、既に夜の7時。

 大学であんなことがあったのだ。あまり遅いと李緒が心配するに違いない。

「今日はこちらで車を手配するので、皆さんはそれで帰ってください。

 要、皆の送迎をお願いしていいかな?」

要に、カーク達の送迎を頼む総一郎。

「もちろんです、総一郎様。それでは皆様、こちらへどうぞ」

カーク達4人を先程と異なる車に案内する要。

 こうして、カーク達は家路についた。


――――――――――――夜。

「2人とも、おかえりなさい。って、あら?」

「「……」」

夜。家に帰ったカークと桜散を、李緒が出迎える。

「どうしたの?」

血や汚れでボロボロになった2人の服を見て、李緒は一瞬驚いたが、すぐに彼女は表情を和らげた。

「その、母さん。あの」

 カークは李緒に弁解しようとするも、言葉が出ない。

 桜散に至っては、困惑した表情のまま固まってしまっている。

(Damn! 何から話せばいい。何を言えばいいんだ? ああ、もう! 言いたいこと、聞きたいことが山ほどあるはずなのに、上手く言葉が浮かんでこない!)

 カークは迷っていた。ここで今日のことを李緒に話してよいのか。このまま、黙って何事も無かったふりをするのが一番ではないかと。


 しかし、そんな2人を、李緒は優しく抱きしめた。

「なっ! 母さん」

「李緒、さん」

彼女の胸の中で驚く2人。

「いい、いいのよ。何も、言わなくていいわ。

 2人とも、今日はお疲れさま。……疲れたでしょう? 温かいご飯もあるし、お風呂も沸かしてあるから。今日はもう、ゆっくりおやすみ。ね?」

そんな2人に、李緒は優しく語りかける。この時の彼女は、稀に見る優しげな口調であった。

「母さん……」

「李緒さん……」

李緒の慈愛に満ちた態度に、思わず目頭が熱くなる2人。


 その後2人は、李緒が作った夕食を食べ、暖かい風呂に入り、疲れを癒した。

(はぁ……。言いだせないなぁ。

 母さんの様子を見るに。きっと今日のことはバレてんだろうなぁ。ニュースにもなっちまったし。これから俺達、どうなっちまうんだろうなぁ)

 食事を食べながら、カークは将来のことを心配した。


(それにしても、李緒さんと母さんが知り合いだったとはな。

 私が知り合いの子供だって知りながら、5年もこの家に置いてくれていたのか? 李緒さんには本当に、頭が上がら、ないな……)

 風呂に入りながら、桜散は李緒の気遣いに感謝した。


 その後寝室にて。

(今日は、いや、考えるまでも無いか。

 これで、全部、全部終わったんだ……。俺の戦いは、何もかも……)

とっとと早く寝てしまおう。そう考えながら、カークは眠りに就いた。


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