第15話『世界革命の呼び声(前編)』
[あらすじ]
ある日カーク達が大学に行くと、経済学部で授業ストライキ騒ぎが起こっていた。レポートの提出が完了していない譲葉の頼みで、カーク達はバリケードで覆われた経済学部の区画内へと侵入する。
そこで明かされるカークの留年の真相、そしてこの大学に潜む闇とは?
第15話『世界革命の呼び声(前編)』
49日目
――――――――――――朝。
朝。いつものように大学へ向かったカークと桜散であったが……。
「Hh!? 何じゃこりゃ?」
「これは一体……」
メインストリートに、何やら多数の人だかりができている。そしてカーク達の耳には、ガヤや罵声のような音が飛び込んできた。
「Hh……。何だかめんどくさそうだな。迂回して教室に行こうぜ、さっちゃ」
「そうだな」
2人が脇道へ逸れようとした、その時であった。
「あっ! カーク君! 桜散ちゃん!」
メインストリートの人だかりから抜け出るように、譲葉が出てきた。
「ゆーずぅじゃないか! おはよう」
「おはよう、譲葉ちゃん。どうしたの? そんな慌てた様子で」
桜散は譲葉に問いかける。彼女は何やら慌てている様子だった。
「それが……ちょっとこっちに来て!」
譲葉はカークの手を取り、走り出す。
「あっ、おい!」
カークは譲葉に引きずられるように、メインストリートの人だかりへと入っていく。桜散も、すかさず後を追った。
「何だ、こりゃぁ?」
「授業、ストライキだと……?」
カーク、桜散の目の前に飛び込んできたのは、板や鉄の柵のようなもので封鎖された、経済学部・経営学部の講義棟の姿であった。
両学部の講義棟に挟まれた、本来通行できるはずの通路が即席のバリケードで封鎖されており、そこには『5.24 井尾釜国大ストライキ ストライキ 決行中』と書かれた大きな看板が鎮座している。
「そうなの! 見てよあれ。今日レポートの締め切りで出そうと思ってたのに、これじゃ間に合わないよ!」
譲葉は憎らしそうにバリケードを見つめる。
「っ! あいつらの仕業か! 全く、ふざけやがって……」
カークはバリケード前に張り込んでいる、経済学部の自治会員と思しき学生を見つけるや否や、憤慨する。
バリケードの正面には人だかりができ、授業に出ようとしていた経済学部・経営学部の学生と自治会員との間で、何やら軽い衝突が起こっているようだ。
「そう言えば、24日に国会前で反政権デモやるって言っていたな。これも、それと何か関係があるのか?」
桜散は人だかりを見据え、呟く。
「うーん、分かんないよ。でも、どーしよ……。講義もあるのに」
譲葉は肩を落とす。
「こんな有様じゃ、講義も延期になんじゃね? レポートだって、先生に言えば延期してもらえるんじゃ……?」
カークは譲葉に、提出日を変えてもらうよう先生に交渉したらどうかと提案した。
「それが……。実は私、レポート1回出し忘れてて、それで怒られちゃっててさ」
譲葉は恥ずかしそうな顔で頭をこつんと叩く。
「あらら、そりゃおま、自業自得じゃねーか」
カークは譲葉の悪びれない様子に呆れ、そして。
(ゆーずぅもレポート出し忘れることあるんだな)
と思った。
「まあともかく、今日出さないとダメなんだな? 締め切りは何時まで?」
桜散は譲葉に、レポートの締め切り時刻を尋ねた。
「えーと、今日の正午までだよ」
「正午か。今の時刻は、午前9時だな」
桜散は時計を見る。ストライキはとても3時間で収まりそうな様子では無い。
「あと3時間で、これが終わるかぁ? どうするよさっちゃ」
「ふーむ……」
カークと桜散が、考え込もうとしたその時であった。
「あの! これはいったい何なのですか?」
突如バリケードの方から、聞き覚えのある声がした。カーク達3人が振り返ると、そこには総一郎の姿が。
「我々井尾釜国大経済学部自治会はぁ~! 本日夜決行される反政府デモに呼応しぃ! 全国の大学自治会とぉ、共同で授業ストライキを同時決行したぁ~!」
自治会員と思しきメンバーが、メガホンを手に大声でまくし立てる。
「ストライキ? それは経済学部の学生皆さんの総意で行っているのですか?」
「無論! これは我々の総意であるぅ~!」
「「そうだ! そうだ!」」
語尾を伸ばした口調でアジテートするメガホン学生に呼応するように、周囲の自治会員が叫ぶ。
「なら、何でここに人だかりができているんでしょうかね? 授業に出られなくて、困っている学生がいるみたいですが?」
「そうだ! そうだ!」
「そもそも、俺達はストライキ決行のアンケートに反対したぞ! これは授業妨害だ!」
「そうだそうだ! ストライキ反対!」
総一郎の発言に同調するように、彼の背後にいた経済学部、経営学部に所属する学生達が抗議の声を上げる。
「だそうですよ? 自治会の皆さん。こんなふざけた真似、さっさとやめたらどうです?」
総一郎はそう言うと、バリケードの方へ歩き出そうとする。すると。
ドン! 殴打音が響く。
「ぐうっ!」
総一郎がのけぞる。周囲の自治会員に、棒で叩かれたのだ。
「あっ!」
それを見て叫ぶ譲葉。そして。
「あん畜生!」
「待てカーク。先走るな!」
カークの怒りが頂点に達する。桜散は、慌ててカークを諌めた。
「でもよぉ!」
「ここで騒ぎを起こせば、今度こそ」
「っ……」
彼女の一言で、カークは動きを止めた。
「痛ててて、何をするんですか! 暴力反対ですよ!」
突然の暴力に抗議する総一郎。
「黙れ! さてはお前、大学当局の手先だなぁ~! 我々はぁ~! 権力に屈しないぃ~!」
メガホン学生の声が罵声に変わる。
「先輩! こいつ、相良の御曹司の子供ですぜ!」
隣の自治会員が、総一郎の正体に気付いたようだ。
「何! そうか! やはりこいつは権力の手先! ブルジョワの犬め! 我々の邪魔をするな!」
「そうだ! そうだ!」
ガシッ! ガシッ! 囲んで棒で叩かれる総一郎!
パンッ! パンッ! バリケード越しからエアガンで銃撃される総一郎!
「おい! ふざけんな!」
「リンチじゃねぇか! やめろ!」
「暴力反対! 何が権力の手先だ! ザッケンナコラー!」
その様子を見て、後ろの学生達が総一郎を庇うと、自治会員と揉めはじめる。
「誰か! 警察に通報を!」
紛争の先頭に立つ学生が叫ぶ! それを聞いた数人の学生が、警察に連絡し始めた。
「おのれ! 公安当局を呼ぶとは卑怯な! だが、我々はストライキを止めない~!」
「そうだ! そうだ!」
「決行! 決行!」
バリケードの脇から、複数の自治会員がエンカウント! 衝突は数人vs数人から、十数人vs十数人へ拡大!
いつも静かな大学のメインストリートにはこの日、異様な熱気が漂っていた。
「けほっ、けほっ……」
人々の波に揉まれながら、ボロボロの体で総一郎が這い出してきた。
「おい、総一郎! 大丈夫か!?」
「総一郎君!」
すかさず駆け寄り、声を掛けるカーク。
「あ、カーク君、桜散さん……譲葉さん。は、はは、ごほっ!」
「それ以上喋るな。とりあえず、人の居ないところに運ぶぞ」
「っ、分かった!」
カークは譲葉と共に総一郎を支えると、中央広場へ向かった。
「はぁ!」
人気の無い場所で、総一郎に治癒魔術を掛ける譲葉。彼の傷は癒えた。
「助かりました。ありがとう、譲葉さん」
「どういたしまして」
「にしても、何だあれは。暴力に訴えるとは、真っ当なストでは無いな」
桜散は難しそうな表情をする。
「俺も同感だ! マジで頭に来た!」
カークの怒りは収まらない。
「どうする? あれは話して通してくれる様子じゃなかったよ?」
譲葉は、カーク達に問いを投げかけた。
「ん? 譲葉さん。もしかして中に何か用でも?」
彼女の言葉に、総一郎が反応した。
「んーとね、それがさ……」
譲葉は総一郎に、レポートのことを話した。
「なるほど、正午までにレポートを提出しないといけないんですか。分かりました」
事情を把握する総一郎。
「ゆーずぅ、さっきの問いへの回答だが、どっかから忍び込むしかねぇんじゃね? 流石に強行突破は無理だろありゃ……」
カーク達が今いる場所は、先ほどのバリケードから相当離れているが、罵声や叫び声のような声が聞こえてくる。
「カークの言う通りだ。他に侵入できるルートが無いか探そう」
「おっけー」
「分かりました。僕も一緒に行きます」
総一郎は同行を願い出た。
「よし。あと、今回はレポートを出したらすぐに退却する。……騒ぎの収束は警察に任せよう」
「了解」
桜散の提案にカークが同意したところで、経済学部への侵入作戦が開始された。
「で、まずはどっから探る?」
カークは桜散に尋ねた。
「とりあえず、バリケードが張られている周囲を回ってみて、忍び込める場所が無いか探そう」
「了解」
カーク達は中央広場から、経済学部講義棟の横へと向かった。
――――――――――――大学構内(中央広場東部)。
「……建物の横へ抜ける通路にも、バリケードが張られてやがる。経済学部と経営学部の敷地全体をカバーしてるって訳か」
カークは周囲を見やる。講義棟だけでなく、本館や研究棟といった関連施設への入口もバリケードが張られていた。これではまるで、要塞だ。
「こんなもの、昨日はありませんでしたよ。昨夜の内に仕込んだんでしょうかね?」
「だねぇ。板やら柵やら、一体どこから持ってきたんだろ?」
見慣れた学び舎の変わり果てた様子を見て、譲葉と総一郎は呟く。
「さて、何処から入った物やら……ん? 皆、あれを見ろ」
桜散は何かに気付くと、カーク達を手招きで誘い、一か所を指差した。
「あの建物、入口にバリケードが張られていないぞ」
桜散が指差した先にあったのは、法学研究棟と呼ばれる大学院の施設であった。
「あれは法学研究棟ですね。確かあそこは通路で経済学部の建物、新研究棟に繋がっているはずです。あそこから入れば、中を通ってバリケードをすり抜けられますね」
どこからかキャンパスの地図を取り出し、解説する総一郎。
「まじかよ、早速抜け道見つかったよ! 案外ガバガバだな、このバリケード」
抜け道があっさり見つかったことに対し、にやりと笑うカーク。
「なるほど、それじゃあ、あそこから入ろう」
「了解、さっちゃ」
「おっけー」
4人は、法学研究棟の中へ入って行った。
――――――――――――大学構内(法学研究棟)。
カーク達は法学研究棟の階段を上り、隣の建物(経済学部新研究棟)に入れる通路を探した。
「ところでゆーずぅ、レポートの提出場所はどこ?」
カークは譲葉に、レポートの提出場所について尋ねた。
「えーと、レポートはね」
譲葉は3人に提出場所を示した。彼らが今いる『法学研究棟』の2つ隣、バリケード内にある『経済学部1号館』の1階に提出場所があるらしい。
「ここからだと2回建物を移動するわけか、難儀だな」
「ですね。しかも1階となると、一度上ってから下りる必要がありますからね。ここの構造的に」
レポート提出場所の遠さに、先が思いやられるなと感じた桜散と総一郎であった。
――――――――――――大学構内(経済学部新研究棟)。
コツコツコツコツ……。4人の靴の音が、誰も居ない建物内に響く。
「それにしても、今時紙のレポートとは珍しいですね。メールで出せる内容じゃなかったんですか?」
総一郎は先頭を歩きながら、譲葉に尋ねた。
「それ! それだよそれ!」
「んん!?」
突如叫んだ前方の譲葉に動揺するカーク。
「あっごめん、カーク君!
それがさ、私もそう思ったんだけど、紙で出せって言われたんだよねぇ。はぁ、面倒だなぁ」
譲葉は肩を落とした。
――――――――――――大学構内(経済学部1号館)。
カーク達一行は、法学研究棟から新研究棟を経由してバリケードをすり抜け、そしてついに1号館のレポート提出場所に辿り着いた。
「ほいっ!」
レポートを投函する譲葉。これで彼女の用事は終わった。
「これで終わりか。……案外あっさり行ったな」
カークは拍子抜けしていた。
「そうだな。途中で誰にも会わなかったしな。上手く行きすぎて、逆に怖いくらいだ」
桜散は周囲を見回した。何故か人の気配は無かった。
「で、どうします? これから」
総一郎は3人に、これからどうするか尋ねた。
「とりあえず、来た道を戻って外に出ようぜ? 自治会の奴らと鉢合わせになったら面倒だ」
カークはそわそわしている。早々とここから去りたいようだ。
「私も同意見だ。さっき言ったように、さっさと帰ろう」
「賛成! 講義は延期だろうし、今日はこの後どっか行かない?」
譲葉は既に次のことを考えていた。
「分かりました。それでは戻りましょう」
4人は来た道を引き返し、法学研究棟から外に出ようとした。しかし。
――――――――――――大学構内(法学研究棟)。
「おいおいおい、まじかよまじかよ……」
カーク達が入ってきた入口に、新たにバリケードが形成されていた。
バリケードは鉄線で連結された学校机で形成されており、カークが引っ張ろうと力を加えても、うんともすんともしない。
「こんなものまで用意するとは……むむむ、参りましたね」
総一郎は目の前の障壁を前に思案する。
「こういう事態を防ぐために、大学の机は固定式になってる場合が多いんだがな。これも正面のバリケード同様、外部から持ち込んだ材料で作ったんだろう」
桜散は冷静に状況を分析する。
「でもどうする? これじゃあ外に出られないよ?」
譲葉は3人に問う。
「うーん……。こうなったら、さっきの1号館から外に出て、バリケードを破るしかねぇな。どの道、ここに居ても埒が明かない」
カークの提案はこうだ。まず、法学研究棟、新研究棟を経由して1号館に戻り、そこから建物の外、バリケードで囲まれている内側の敷地に出る。
そしてそこから、今学生達が揉めているメインストリートに通じるバリケードを破壊し、外へ脱出するという訳だ。
カーク達の目の前にあるバリケードとは異なり、メインストリートに面するバリケードは人が出入りしやすいよう薄く作られている。これなら、内側からでも破ることができると、カークは考えたのである。
「賛成! まあ、当然そうなるよね」
カークの提案に真っ先に乗ったのは、譲葉だった。
「そうですね。別の出口を探しましょう」
総一郎も、同様に同意した。
「確かに、あのバリケードなら私達でも破ることが出来るだろうな」
「だろう! 我ながら良い作戦だと思うんだけど」
カークは桜散に、自分の作戦立案能力を力説する。
「だが、そうすれば間違いなく自治会の連中と鉢合わせになるぞ? カーク、お前……良いのか?」
しかし、そんなカークに対して桜散は、1つの問いを投げかけた。
「「……?」」
譲葉と総一郎には、彼女の問いの意味が分からなかった。
「確かにそうだけど……。でもよさっちゃ、しょうがないよ。
一応、見つからないようにはするけど、見つかったらそん時はそん時だよ」
桜散の問いに対するカークの答えはあっさりしていた。
「……そうか、分かった。悪かったな」
「いや、いいよ。そうだよな、あいつ等と顔を合わせるのは、確かにな」
カークと桜散のやり取りを、神妙な面持ちで聞く2人。
「そうだ、ゆーずぅ、総一郎、頼みがある」
その時突如、カークは譲葉と総一郎に話しかけた。
「何?」
「何でしょうか?」
「これから正面バリケードの突破作戦を敢行するけど、自治会の連中には、なるべく見つからないようにしたいんで協力してほしい。
ほら、俺さ、一度暴力沙汰で謹慎なってるからさ、今度また何かあったら完全に退学確定なんだよね。だから、一悶着起こしたくないんだよ。……すまん、頼む」
カークは2人に頭をぺこりと下げた。
「良いですよ。分かりました」
あっさり快諾する総一郎に対し、譲葉は。
「私も別に良いけど……。一体何があったの? カーク君。
さっきの桜散ちゃんとのやり取りといい、カーク君の謹慎処分って、もしかして経済学部の自治会が絡んでいるの?」
彼女はカークに尋ねた。
「すまん、詳しいことは後で話す。とりあえず、あいつ等とはなるべく関わりたくないからさ……」
カークはこのとき、譲葉の問いに答えなかった。
――――――――――――大学構内(経済学部新研究棟)。
スタスタスタ……。カーク達が通路を歩いていると。
「むっ、まずい! 隠れろ!」
カークは後ろの3人に呼びかけ、全員で物陰に隠れる。誰かがやって来たようだ。
カーク達が物陰から覗き込むと、そこには学生らしき青年1人と、全身白ずくめの服を着た人物が2人、合わせて3人が現れた。白ずくめ2人の腕には、何やら赤い腕章が付けられている。
白ずくめの2人は、青年に何やら話しかけているようだったが、カーク達の位置では何を話しているか聞き取れない。
(何だ? あの白い奴らは)
(……)
桜散はひそひそ声で疑問を口にする。カークは彼らを黙って見つめる。
(左の方は、ここの学生でしょうか? あの白い2人は、どう見ても学生じゃありませんよね)
白い服の一団は、経済学部に所属する総一郎にも分からないようだ。
(自治会、じゃないよね。そもそもあいつら、私服で活動してるし。……あっ、見て!)
3人は何やら慌てた様子で、カーク達のいる方とは逆の、1号館の方へ走っていく。
(追いかけますか?)
総一郎はカークに尋ねた。
(いや、止めとく。見つかんないようにしないと)
(分かりました)
3人の姿が見えなくなったところで、カーク達は歩みを再開した。
その後カーク達は、道中で自治会員や、白ずくめの服を着た連中を何度もやり過ごし、ついに1号館までたどり着いた。
道中には連中が築いたと思しきバリケードで塞がれている通路もあったため、カーク達は階を上り下りするなど大幅な遠回りを強いられた。
――――――――――――大学構内(経済学部1号館、5階)。
「いよいよここまで来たな」
カークが呟く。
「後は階段を下りて1階まで行って、外に出るだけだな」
桜散は階段越しに下を眺める。自治会員は居ないようだった。
「自治会員に見つからないように進むのが、結構大変だったよねぇ。それに所々塞がってて進めないとこもあったし」
譲葉は道中の苦労を偲んだ。
「ですね。さて、『家に帰るまでが遠足』と言いますし、最後まで気を抜かずに行きましょう」
総一郎は両肩を回し、気合を入れる。
「おう、分かってる」
4人が階段を降りようとした、その時だった。
「おい、お前達、そこで何をしている?」
「「「「っ!」」」」
4人が振り返ると、そこには学生らしき男が1人立っていた。
「あっ、いえ。俺達は自治会員で……」
咄嗟に嘘をつくカーク。すると、男は。
「見慣れない顔だが……新入りか? まあ、我々の活動範囲は広いからな。バリケードも張ったし、ここに居るということは自治会員なんだろう、うん」
男はカーク達のことを知らなかったようで、どうにか誤魔化せた。彼は続ける。
「そうだ、そろそろ『集会』が始まるぞ? 場所は『経営学部1号館、205の大会議室』だ。あと15分で始まるから、忘れるなよ」
「はーい」
譲葉が軽快に返事を返す。
「じゃあ俺は、他の奴らに伝えに行くんで、これで」
「はい。お仕事お疲れ様です」
「お疲れ様です」
総一郎と桜散が挨拶をすると、男は新研究棟の方へと走って行った。
「ふう、何とかなったな」
男が居なくなった途端、その場にへたり込むカーク。
「カーク君、きょどりすぎ」
「譲葉ちゃんの言う通りだ。ああいうのは自然に返すのが一番。まあ、上手く誤魔化せたところは評価しておいてやる」
「むぅ……」
カークは更にへたり込んだ。
「まあ、なんとかやり過ごせてよかったじゃありませんか。
ところで彼が言っていた『集会』というのは、一体何なのでしょうか? 気になりますね」
「どうする? 見に行く? 私は気になる~、気になるなぁ」
「うーん」
譲葉の問いに、カークは考える。譲葉は見に行ってみたいようだ。
正直なところ、さっさと帰りたいというのが、カークの本音であった。しかし、気になるというのもまた本音であった。
「さっさと無視して帰りたいっちゃ帰りたいが、気にはなるな」
「私は見に行っても行かなくてもいいと思ってる。お前の意思で決めろ、カーク」
桜散にそう言われ、カークは更に迷った。
「うーん……」
カークが出した答えは。
「とりあえず、行ってみるか」
「おおっ! 行ってみるんだね!」
彼の答えに、譲葉はにやりと笑う。面白そう、という顔だ。
「ただ! 中には入らないからな! 外から聞くだけだ。中で動きがあったらダッシュで外へ!」
「おっけー」
「了解」
「分かりました。では、急いで行きましょう。早くしないと始まっちゃいますから」
「おう」
4人は階段で2階まで下りた後、連絡通路を経由して、向かいの経営学部1号館へ向かった。
――――――――――――大学構内(経営学部1号館、2階)。
「さて、大会議室についた訳だが」
カークは廊下の角から入口を眺める。
経営学部1号館2階の廊下は口の字型をしており、大会議室は口の字の右辺の位置、経済学部1号館からの連絡通路は左下の位置にある。
そのため本来、口の字の下側にあたる廊下を経由すれば大会議室はすぐなのだが、カーク達は自治会員との遭遇を警戒し、左下から上方向に迂回する形で大会議室に辿り着いた。
大会議室の入口は、口の字の右上と右下の2か所にあり、右上の入口の近くには外へ続く非常階段が、右下の入口の近くには1階の正面入り口に通じる階段がそれぞれあった。
「どれどれ……」
カークは右上に位置する角から、大会議室に面した右辺の通路を覗く。
……周りに自治会員は居ない。どうやら大会議室に集まっているようで、中からはがやがやとした声が聞こえてくる。
「ここは周囲から丸見えだな。見つかったら、急いで逃げられるようにしないと」
カーク達が今居る、口の字型廊下の中央には1階まで続くガラス張りの吹き抜けがあり、死角が無い。
スタスタスタ……。
「非常階段を確保しておきました。あそこから外へ逃げられますよ」
周囲を調べていた総一郎が戻ってくる。脱出ルートを確保したようだ。
「おっ! でかしたぞ、総一郎君! わしゃわしゃわしゃ……」
「あっ、いやぁ……。やめてくださいよ、譲葉さん」
総一郎を褒めながら、彼の頭をいじる譲葉。照れる総一郎。
その時。カーク達のいる方の反対側、口の字型通路の右下に位置する扉から、誰かが入って行くのを桜散が目撃した。
「どうやら始まるみたいだぞ。静かに……」
4人は右上側の扉に張り付くと、息を殺しながら集会の始まりを待った。
――――――――――――大学構内(経営学部1号館、大会議室)。
「コホン! これよりぃ~!、我ら井尾釜国大経済学部自治会並びにぃ~! 全国大学自治会連合の~! 総決起集会を行うぅ~!」
「「「オオー!」」」
リーダー格と思しき男の声に、中の自治会員達が熱気で応じる。
「この地はこれよりぃ~! 我ら、大学自治会連合のぉ~! 革命の~! 拠点となるぅ! そして~! 今宵起こされるぅ! 連合の反政権デモに乗じぃ~! 今の政権に鉄槌を下すのだ~!」
「「「オオー!」」」
「反原発! 反軍拡! 反貧困! 米軍基地移設反対!」
「自治会連合万歳!」
「見よぉ! 我々の決起に呼応しぃ~! 連合加盟の大学も次々と! 授業ストライキを同時開催している!」
白ずくめに赤い腕章を付けたリーダー格は、プロジェクターを用いたIP電話回線を開く。するとそこには、
『●×大 ストライキ実施中!』
『旧都大 ストライキ中』
『△×大ストライキ!』
『ストライキ決行中! 5/24反政権デモにGO!』
と、ヒノモト各地の大学で引き起こされている授業ストライキの光景が映し出された。
「今回! 我々による決起を行えたのは! ここに居られる羽尻 義久殿のご助力によるもの! 一同、拍手を!」
自治会員と白服達の拍手の中、リーダー格の男は自分の左に座る中年男性を見やる。
羽尻、義久と呼ばれた男は、ぼさぼさの髪を掻きむしりながら立ち上がり、こう言った。
「えー! この度今回の決起を企画いたしました、羽尻です! 皆さん、いよいよ正念場です! 我々には秘策があります! 必ずや、今晩の集会で、政権に鉄槌を!」
義久はメガホンでまくし立てるように叫ぶ。
同時に、大会議室には最大級の熱気が沸き起こった……。
――――――――――――大学構内(経営学部1号館、2階)。
「「「ワァー…… ワァー……」」」
中の話をドア越しで聞くカーク達。
「おいおい、何かやばいことになってんじゃねぇか、これ?」
3人に尋ねるカーク。
「他大学同時ストライキ、そして政権の、打倒? 何これ」
余りに突飛な決起集会の内容に、思わず耳を疑う譲葉。
「授業ストライキ、にしては物騒すぎるな。
まるでここだけ、大学紛争があった40年前のようだ。もっとも、私は本物を知らないが」
桜散は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ですね。彼らの言うことが正しければ、今晩のデモで、『革命』とやらが実行されるのでしょう。
全く、とんでもない話を聞いてしまいましたね」
総一郎は困惑した。
「革命、か。あの義久とかいう男が言っていた秘策とやらが気になる所だが……どうする、カーク? これはどう見ても、私達の手に終える案件じゃないぞ?」
桜散は改めて確かめるようにカークに問う。
「だな、さっちゃ。こんな話を聞いても、俺達のやることは一つだ」
カークはそう言うと、非常階段の入口に手を掛け、そして。
「Ohhhhh! 逃げるぞ!」
そのまま外へ駆け出す。3人も続けて、非常階段へ出て行った。
「逃げるが勝ち、か。ま、そだよね。あんなのと同類扱いされたら、堪ったもんじゃないもんね!
それにしても、うちの大学の自治会、あんなこと考えてたなんてねぇ~」
階段を駆け下りながら、譲葉は呆れる。
「ですね。それにしてもあの赤腕章の白服といい、どうも自治会の裏には、何か反社会組織的なものがついていそうですね」
「反社会組織?」
譲葉が尋ねる。
「はい。大学自治会と言っても、所詮は学生だけの集まり。政権打倒なんて大それたこと、出来るはずがありません。
きっと、何かでかい組織が裏についていて、ここや他の大学の自治会を裏で操っているんです。それが何かは、まだ分かりませんがね」
「なるほどなるほど~」
総一郎の説明に、譲葉は頷く。
「そうだ。総一郎の言う通り、今回のストライキ、裏がある。
私としては、悪事を黙って見逃す気分がして何とも歯がゆいが……、とにかく逃げるぞ!」
4人は階段をダッシュで駆け下り、通路へ出た。
――――――――――――大学構内(バリケード内部)。
「左のバリケードを破壊して、外へ逃げましょう!」
「おう! 分かったぜ総一郎!」
カーク達は非常階段を下りると左へ曲がり、走る! 目の前には、立て看板で形成された薄いバリケードが! 正面には数人の自治会員!
「待てい!」
突然の背後からの声に、一行の足が止まる。
カーク達が振り返ると、そこには先ほどまで決起集会で集まっていた自治会員達が。
「お前達! 自治会員じゃないな? そこを動くな!」
カーク達が止まると、周囲から続々会員が出現し、カーク達を包囲していく。
「げげ、こいつはまずい!」
カーク達はバリケードへ向かおうとするも、自治会員に阻まれてしまう。
「むぅ……」
気が付くと、すっかり取り囲まれている。よく見ると彼らの中には、ヘルメットや角材で武装している者までいた。
「どうする? 囲まれちまったぞ」
カークは小声で3人に相談した。
「魔術で強行突破、というのはどうでしょうか? 桜散さんや譲葉さんあたりが使えば……」
しかし、この総一郎の提案は、即座に桜散に却下された。
「いや駄目だ、総一郎。私達は、人前で魔術を使わないようにしてるんだ」
「何故ですか?」
問う総一郎。
「公的権力に目を付けられたら、私達の暮らしや命に関わる」
桜散は総一郎に対し端的に、魔術を使うことについてのリスクを説明した。
「なるほど。得てして、超能力者は社会から迫害される、というのがフィクションの常ですからね」
「理解力が高くて助かる」
桜散は事情を察した総一郎に対し、お礼の言葉を述べた。
「でもそれじゃどうするの? いっそ素直に言って、通してもらう?」
2人のやり取りを聞いていた譲葉が、桜散に尋ねた。
「そうだな、それも一つの手だ。試してみよう」
桜散は、自治会員達の前に一人出て行った。
「私達は、ただ外へ出たいだけだ。通してもらおうか」
桜散は周囲の自治会員達に問いかける。
「お前達、さては部外者だな? あいにく、お前たちを外へは出せん! 今、我々はストライキ中だ! バリケードを開けるわけにはいかん!」
「我々はこれから、夕方の反政権デモに参加する予定だ! 悪いが、それまではおとなしくしていてもらおうか!」
自治会員達は、桜散の要求を断った。
「おいおい、夕方まで待てってか? 冗談じゃない! 後10時間近くあるじゃねぇか!」
カークは抗議した。すると。
「ん……? そこにいるのはもしかして、高下か?」
自治会員の1人が、カークの存在に気付く。
「っ!?」
その言葉を聞いて動揺するカーク。問いかけた自治会員はその様子を見て確信した。
「やはりお前か! 我々の忠告を破るとは……さてはスト破りに来たな!」
カークに食い付く自治会員の男。
「何!? こいつが、かのカーク・高下か!?」
その言葉に反応した、別の自治会員が驚く。
「そうだ。こいつは我々自治会の結束を乱した裏切り者だ! ここしばらくはおとなしくしていたようだが……またしても我々に盾突くとは! やはり貴様らを、ここから出すわけにはいかん!」
「やい! 裏切り者め! 金持ちの奴らと結託して、我々の結束を崩そうとしても、そうはいかんぞ!」
「そうだ! そうだ! 我々は負けんぞ! ストライキ、そして革命を断行するのだ!」
カークに対し裏切り者と罵り始める自治会員達。その言葉を俯きながら聞いているカーク。
「待ってください! どういうことですか!? カーク君が裏切り者だなんて……っ!」
彼らの言葉に対し、総一郎が声を上げるも、カークに制止される。
「言いたいだけ言わせとけ。あいつらからすりゃ、俺は裏切り者そのものだからな。……はぁ、やっぱこうなったか。面倒だな」
「そうなんですか!? 一体何が」
総一郎が問いかけた、その時だった。
ヒューッ! 突如周囲に突風が吹き荒れる! 風はカーク達の後ろ上方から吹き込み、彼らを包囲している自治会員達に強く吹き付けた。
「「「ぐわっ!!」」」
砂埃が舞い、思わず目を押さえる自治会員達。
「これは!?」
カークが風上を振り向くと、そこには。
「……」
カーク達の後ろにある建物の屋上に、アレクシアが立っていた。
「アレクシア!」
「アレクシアさん!?」
カークと総一郎は、彼女の姿を見て驚く。
「話は、後。とりあえず、そいつら、どかす、から」
アレクシアは自治会員達を見下ろし、そして。
「イヤー!」
左手をかざしシャウト! 左手から空気弾発射! 破裂!
「「「ウワァァァァァ!」」」
自治会員達が小竜巻で吹き飛ばされ、地面や壁に叩きつけられていく!
「待て! アレクシア!」
桜散は彼女を制止しようとするも。
「桜散! 私が、彼らの、目、眩ませる!」
アレクシアは彼女の制止を無視し、今度は右手から突風!
「うわっ! 目が! 目がー!」
立っている自治会員達が、揃って目を押さえる。
「今のうちに、バリケードを!」
アレクシアは下の4人に叫ぶ!
「ちっ! 分かった。行くぞ! 皆!」
桜散は不満げな顔をしながら、カーク、譲葉、総一郎に呼びかける。
「おう!」
「分かりました!」
「おー!」
4人は自治会員達の包囲網を突破し、バリケードに走る!
「あっ! おい待て……グワーッ!」
後を追おうとした自治会員達に対し、アレクシアが突風で足止めする。
「カークの邪魔、するなら、容赦、しないから」
アレクシアは下の自治会員達を見つめる。人に対し躊躇なく魔術を行使する彼女の目つきは、固く凍りついていた……。
一方、アレクシアの援護で包囲網を突破し、バリケードに到達したカーク達は。
「はぁー!」
「ムムムー!」
「Ahhhhhhhhhh!」
「フンッ!」
桜散、譲葉はバリケードに対しそれぞれジェット水流と吹雪をぶつけ、総一郎とカークは、バリケードに全速力で体当たり!
グラッ……! 板と机で構成されたバリケードが、揺らぐ。
「Shit! この! この!」
しつこく急ぐように体当たりをかますカーク達。
プチン! すると、バリケードを繋いでいた鉄線が千切れ飛び……。
ガラガラガラ……ガッシャーン!!! 大きな轟音と共に、バリケードが隣接する道路に倒れた!
「何だ!? 今の音は!」
「見ろ! バリケードが道路に倒れてるぞ!」
「おい、早くカメラを回せ!」
大きな音を聞きつけた学生達が、大人達が、ストライキを取材していた報道陣が、集まってくる!
「よっしゃ突破!」
カークはガッツポーズ。
「安心するのはまだ早いぞ! 早く人が居ないところに移動しないと!」
「っ! それならみんな、こっち!」
譲葉には当てがあるようだ。3人を誘導する。
カーク達は、辛くも逃走することに成功した……。
――――――――――――大学構内(総合研究棟近くの森)。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
カーク達は、西門近くにある大学構内の森へと逃げ延びた。
ここは経済学部のエリアから離れた位置にあり、昼間も人気がほとんど無い場所だった。
「ま、ここまでくれば大丈夫じゃない? バリケードも壊したし、これであいつ等の変な企みも終わるでしょ」
譲葉はそう言うと、軽く深呼吸をした。森の空気が、実に美味しい。
「だな。そろそろ警察が来る頃合いだろうし、今度こそ、終わっただろう。はぁ……疲れたな」
桜散はため息を吐いた。
無理もない。友人の宿題提出への同行のはずが、それより遥かにややこしいことになっているのだから。
「そうですね……。さて」
広葉樹に寄りかかっていた総一郎が、姿勢を正し、カークを一瞥する。
「カーク君。さっきのこと、教えていただけませんか?」
「……」
総一郎の問いに、思わず口に右手を当て、考え込むカーク。
「教えて、カーク君。私達、友達でしょ? 私、カーク君が悪いことしたなんて、信じられないよ」
譲葉も頼み込む。
「カーク。話してやれ」
桜散も、カークに過去を話すよう促した。
「……分かった。あれは、今から1年前のことだ」
カークは、3人に話し始めた。
「大学に入った年。あの年は震災があって、原発事故があって、世の中混乱してただろ?そんな最中に、俺は理工学部1期生として、この大学に入った。
そんで入って2ヶ月くらい経った時だったか。俺はあいつらに誘われたんだよ。一緒に反原発デモに参加しないかって」
「それが、経済学部の自治会?」
「そうだ、ゆーずぅ。あんときの俺はさ。正直大学に入ったはいいものの、あいも変わらず友達はできないし、一人ぼっちで暇を持て余してたんだよね。
……もちろんさっちゃは居たよ? でも学科が違うから、学内ではほとんど会わなかった」
「確かカークさんは化学・生命系学科で、桜散さんは数物・電子情報系学科でしたよね? 授業の時間も違うでしょうし、それは仕方ありませんね」
「うん。それで、そんな俺の心の隙間、暇を埋めてくれたのが学生運動だった。
友達付きあいが皆無で、特に金を費やす趣味も無かった俺には、時間も金もたっぷりあった。あいつらと一緒に立て看板作ったり、ビラ作って掲示板に張り付けたり。何かを黙々と作る作業は、何ていうか、俺に向いてた。
もちろん土日にはデモにも参加した。何ていうか、一体感を感じた。自分に仲間が出来た、そんな気がしてた」
カークは懐かしむように話を続けていく。
「でも、ある時見ちまったんだ。あいつらが自分達の意見に反対する奴らに、裏で脅しをかけているところを」
「脅しだと?」
桜散は、カークの言葉に耳を疑った。
「それだけじゃない。デモ活動はだんだんエスカレートしていった。デモの話題も最初は原発再稼働反対というシンプルな話だけだったのに、米軍基地問題や、貧困問題、国防軍の軍拡批判……。次第に一見繋がりの無いようなことがどんどん繋がり、やがて政権全体を批判する場に変わっていった。
最初は息を合わせて皆でワーワー言うだけだったのが、やがて汚い罵声が飛び交う場になった。
あの白ずくめの服を着た奴等がちょくちょく顔を出すようになってからは、もっと酷くなった。俺は、彼らの前のめりな雰囲気に、ついて行けなくなった。
まあ、下の方は飯奢ってくれたり、ホントいい奴も居たんだけどねぇ。でも、とにかく上が本当に嫌な感じになってきてさぁ。んで活動抜けようとしたら、ガチで猛反対されて」
「そうだったんだ……」
譲葉はカークの話に相槌を打ち、聞き入る。
「まあ、俺はそれであいつらのこと、シカトしようと思ったんだけど……。あの日が来た」
「あの日?」
総一郎が尋ねる。
「あれは雨が降る梅雨の夜だった。
俺はたまたま学生実験のレポートが完成しなくて、図書館で夜遅くまで調べ物をしてたんだけど、その帰り道でさ。
……自治会のメンバー数人が、学生2人組に暴行を働いているところに、出くわした」
――――――――――――。
「What!? おい! お前達、何やってんだ!」
経済学部の建物の影。カークの目の前では、男女2人組に殴る蹴るの暴行を加える学生3人の姿が。
「おっ! 高下じゃないか。
いいか、こいつらは敵対勢力に内通し、我々の結束を乱した裏切り者だ。それを制裁しているのだ!」
自治会員は悪びれも無くそう言った。
「Hh?」
カークは理解できない顔をする。
「お前も自治会員なら、我々に協力しろ」
もう1人の自治会員が、カークに詰め寄る。
「……」
その言葉で、カークの中にそれまで溜まっていた鬱憤が爆発した。
カークは突如そばに落ちていた鉄の棒を拾った。
「お、協力してくれる気になったか、高下。お前もようやく」
ブン! ブン! だが、カークは棒を、リンチを行っている自治会員達に振り回した。
「このっ! このっ!」
一心不乱に棒を振るい、彼らを追い払おうとするカーク。
「何! 貴様! 謀ったな!」
「俺達を裏切るのか!? 高下!」
「裏切り者め!」
口々にカークを罵る。しかし、カークは棒を更に振る!
「ふざけんな! こんなん間違ってる。お前らの本性、この目に焼き付けたぞ、Fuck you!」
ブン! ブン! ブン! さらに棒を振るうカーク。
「ちくしょう! 覚えてやがれ!」
「俺達に逆らったら、どうなるか、分かってんだろうな!」
「裏切り者め、会長に言いつけるからな!」
3人は捨て台詞を吐きながら、その場から逃げ去って行った。
「……」
後に残るは、カークと男女2人のみ。2人は気絶しているようだが、息はあった。
しかし。
「おい! そこのお前、動くな!」
偶然近くを通りかかった警備員に声を掛けられるカーク。
警備員の目には棒を持ったカークと、近くの壁に倒れている血まみれの男女2人が映っていた。
――――――――――――。
「それが運のツキだった。俺は連行され、そして大学当局から謹慎処分を食らった。
後で知ったんだが、あいつら俺に対し、腹いせで今まで行ってきた暴行の罪をおっかぶせたみたいなんだ。前々から俺は反乱分子としてマークされてて、体よく排除できる手段として、自らが起こした暴力事件を利用したんだよ。
もちろん、俺は弁明しようとしたよ? でも奴らに、家の近くで脅されたんだ。『もし真相を話せば、お前の家族がどうなっても知らないぞ』と。
名前も顔も、家の位置も全部知ってる奴らだ。逆らえば何をしてくるか分からなかった。ネット上では黒い噂も語られてたな。……反社会勢力とつながってるとか。
実際あの後、さっちゃの身に危害が及んだ」
カークは桜散の方を見る。
「本当なの、桜散ちゃん」
譲葉の問いに対し、桜散は。
「お前に謹慎処分が下ってからちょっとした後、ロッカーから物が無くなったり、変な男達に絡まれそうになったりしたことがあったな……。そうか、あれはカーク、お前が原因だったんだな」
桜散は悟ったような顔をした。
「そうだ、さっちゃ。だから俺は泣き寝入りして、1年を棒に振った。家の近くにあの白ずくめのやつが張り込んでるのを見たときは、マジで恐怖したね。今年に入って、ようやく居なくなったけどな」
カークは右手をギュッと、強く握り締めた。
「そんで、その時俺は思った。巨大な組織の力を前に、1人が如何こうしたってどうにもならない。なるようになるしかないと。
自治会に協力してた時は、俺はすごい力を手に入れた、一体感を共有できる仲間が手に入ったと思ってた。でもそれは俺の力じゃなくて、組織の力だった。そしてその力は、ハズレ者となった俺に牙を向いた。
はぁ。あいつ等には、もう金輪際関わりたくないって思ってたんだが、な」
「そういうことだったんだ」
譲葉は気まずい顔をした。
「何で……何で相談してくれなかったんだ!? カーク! そんなの相談してくれれば、私だって」
彼の話を聞いた桜散が叫ぶ。
「お前や母さんに話せば、絶対に警察を呼ぶなり、何らかのアクションを起こすだろ? そしたら、俺が告げ口をしたことがあいつらにバレて、お前らに危害が及ぶ。
だから黙ってるしかなかったんだよ。少なくとも今までの俺は、そう思ってた」
「カーク……」
桜散は俯いてしまう。
「彼らがそんな集団だったとは……。反対意見に対し暴力を振るう、カーク君を脅して、自分達の罪を被せる。そしてあのストライキ。
怪しげな白服といい、これは間違いなく黒ですね。彼らは、何らかの反社会勢力と手を組んでいるのでしょう」
カークの話を聞いた総一郎が、1人呟いたその時だった。
「……奴らを、撒いて、きた。もう、大丈夫、よ」
カーク達の前に、アレクシアが現れた。どうやら自治会員達を撒いてきたようだ。
「あっ、アレクシアちゃん」
譲葉が声を掛けようとすると、桜散がアレクシアに対し詰め寄る。
「アレクシア。お前、人前で魔術を使うなんて! 奴らが警察にでも話したら!」
桜散は、公衆の面前で魔力を行使したアレクシアを非難する。しかし。
「手から、突然風を出して、私達を吹き飛ばしました。
……そんな話、一体誰が、信じるの? ましてや、目の前で、見て居ない、者が。
『魔術を信じる者は、魔術を使える者だけ』、よ? 桜散」
アレクシアはさらに続ける。
「世の中の、大多数の人間にとって、魔術の存在は、おとぎ話。そんな中、魔術について、強弁しても、一笑に付されるか、嘘つき呼ばわり」
「むぅ、確かにそうかもしれんが……」
アレクシアの指摘に対し、上手い反論ができない桜散。
「それと、あのストライキだけど……。ただの囮よ」
「囮?」
桜散はアレクシアに問う。
「そう、囮。警察の目を、反政権デモから逸らすための、ね」
アレクシアは淡々と桜散の質問に答える。
「そう言えば、集会で反政権デモに乗じて革命を起こすとか言っていましたね。彼らの狙いは一体?」
「そのままの通りよ、総一郎。彼らの目的は、国会議事堂前の、反政権デモに乗じて、議事堂や関連施設を攻撃して、現政権を打倒すること、だもの」
「政権打倒!? マジなのか? アレクシア?」
カークは、自分達が聞いたことが本当であることを知り動揺する。
「学生達のストライキが、クーデターのための囮とは……。一体、一体誰がこんなことを仕組んでいるんですか? アレクシアさん!」
総一郎はアレクシアに尋ねる。すると。
「彼ら、大学自治会連合を裏で操っているのは羽尻 義久という男。そして、彼が所属していた『ファズマ・ロッソ』よ」
「ファズマ、ロッソだと!?」
アレクシアの言葉に最初に反応したのは、桜散だった。
「ファズマ・ロッソ……。そうか! そう言えば、『この大学』だもんな、確か。あの事件の犯人達って。
そうかそうかそうか! そういうことだったんだな」
カークの頭の中の思考が、アレクシアの言葉でまとまっていく。
「そうですね。羽尻、義久……、今ネットで調べてみましたが、この大学の卒業生の1人で、現在は国際指名手配中の身だそうです。懸賞金、500万円だそうですよ?」
携帯端末で羽尻について調べた総一郎。
「え? 何? 何なの? ファズマ・ロッソって」
そんな中、1人だけ話について行けてなかったのが譲葉であった。
「ん? ああ、そうか。ゆーずぅは米国育ちだもんな。知らなくて当然か」
カークは事情を察し、彼女にファズマ・ロッソについて説明し始めた。
「ファズマ・ロッソってのはな、昔ヒノモト国内を震撼させた、左翼系のテロ組織のことだよ。ファズマ・ロソともいう。まあ、これは警察による呼称らしいんだけど。
今でこそ、この国は治安が良いけど、数十年前は爆弾テロとかが平気で起こってた、って母さんが言ってた。
……すまん、さっちゃ、俺じゃあ、これ以上あんま詳しく説明できねぇわ。パス」
カークの説明を、桜散が引き継ぐ。
「おいおい……。まあいい、続けるぞ。
元は米国との安全保障条約に反対していた学生運動組織、『ブント』が起源で、それが先鋭化したものだ。武力による共産主義革命を起こそうとして、大企業を狙った爆弾テロを起こしていたんだ。
最後は組織内で内乱を起こして分裂、飛行機ハイジャック事件や組織内でのリンチ殺人事件、さらには山荘立てこもり事件とかを起こして、機動隊に壊滅させられた、というのが公で伝わっている話だぞ。
何てったって、もう40年近く前の話だからな。まさかそんな古い組織の名前がでてくるとはな」
桜散は頭を抱えた。想像以上にまずいことに首を突っ込んでしまったようだ。
「ファズマ・ロッソ本体は山荘立てこもり事件で壊滅しましたが、残党や途中で分裂した派生組織は今も残ってますからね。先程挙げた羽尻のように、指名手配されてる元幹部も居るようです。
それで……。ここだけの話なんですが、ファズマ・ロッソの幹部達、実はこの大学のOBが多いんですよ。さっき言った羽尻や、桜散さんが言った山荘立てこもり事件の主犯格なんかが代表例ですね」
ネットで調べた知識を披露していく総一郎。
「あの白ずくめの、見たでしょ? あれが、ファズマ・ロッソの残党達、よ。昔は文字通り、赤い服着て、活動してたみたい、
だけど、今は公安の目、厳しいから、白い服、らしい。私も、良くは、知らないけど」
「まじか、あれがファズマ・ロッソかよ……。うわぁ、やっべぇ、俺、テロリストの片棒担いでたわけだ。こりゃ手を切れて正解だったのかもな」
アレクシアの言葉に、顔を青くするカーク。
「今現在、この国で赤い服は自由に着られますが、ファズマ・ロッソによる爆弾テロが多発していた時期は、赤い服を見ただけで警察に即通報! が推奨されるほどだったそうですからね。
今も赤一色の服に赤い腕章してたら、ほぼ確実に職質されるみたいですよ? 謹慎になってなかったら、カーク君多分、今頃逮捕されてたかもしれません」
総一郎は、携帯端末を見るのをやめ、スリープモードにした。
「そうだったんだ……。そんなヤバい組織が、この国にはあるんだね。
それで、そのヤバい組織が、今回大学生達を操ってクーデターを企んでると」
カーク達の話を、譲葉は理解したようだ。
「アレクシアの話が正しければ、そう言うことになるな。……一体どこでそんな情報を手に入れた? アレクシア」
桜散は、情報の出所が気になるようだ。
「……ここに来る途中、白服の奴らから、吐かせてきた。力を使えば、簡単でしょう?」
アレクシアは自分の左手をかざす。魔術の力で構成員を脅し、洗いざらい吐かせたということか。
「そうか」
桜散はアレクシアの粗っぽいやり方に不満を抱いたもの、さっき反論できなかったことを思い出し、それ以上何も言わなかった。
「それで、それ以上何か分かったことって無いのか? アレクシア」
カークはアレクシアに、更なる情報の提示を求めた。
「ある。デモの、本当の目的も、そうだし、彼らが、デモで、何をしようと、しているのかも」
「それは何なの? アレクシアちゃん」
「……デモに乗じて、議事堂に戦車を突入、国会を、砲撃。それで、暴徒化したデモ隊を、中に突入させる」
「Wow」
驚くカーク。
「戦車、だと……? それは本当なのか?」
桜散の問いに対し、アレクシアは。
「私にも、分からない。でも、そう、言ってたわよ? 嘘吐いたら、窓の外へ飛ばす、って言ったから、嘘はついてない、はず。
あと、この大学にも、あるみたいよ? 戦車」
アレクシア曰く、今一斉にストライキを起こしている全ての大学に、ファズマ・ロッソによって極秘に戦車が搬入されており、この大学内にも配備されているようだ。
「戦車、ですか。そんなものまで用意しているとは……。一体どこに?」
「白服は、午後にここから、東都へ輸送する、って、言ってた。戦車は、北門近くに隠してある、とも」
そこでアレクシアは、カークの方を見つめ、彼に問いかける。
「どうする? カーク。このまま黙って、帰る? それとも、行って奴らの計画を、阻止する? 私は、どちらでも良いけど。私達の力を合わせれば、阻止、できるかもよ?」
「俺は……」
カークは考えた。自分達には魔術がある。この力を使えば、テロリストの野望を打ち砕くことが出来るかもしれない。
だが、失敗すれば命に関わる。
「私は個人的に反対だ。いくら何でも危険すぎる。カークがさっき言ったように、相手は巨大な組織だからな」
桜散は、アレクシアの提案に反対した。
「私は別にいいよ? 何なら、うちの力、貸そうか? でかい力には、でかい力で対抗すればいいんだよ。もっと、私達を頼っていいんだよ。カーク君は。一緒に奴らに仕返ししようよ!」
一方譲葉は、アレクシアの意見に賛成し、カークの手を取る。
「僕も譲葉さんと同意見です。それに、あんな組織にうちの経済学部を言いようにされて黙っているというのは、個人的には色々癪に障りますから。
もしカーク君が動くなら、僕もも譲葉さんほどではありませんが、可能な限り助力しますよ。恩人の頼みですから」
総一郎も譲葉に同調し、カークの手を取った。
「ゆーずぅ……総一郎……」
2人を見つめ、思わず涙ぐむカーク。本当の友情は、自治会ではなくここにあったのだ。
「はぁ。2人がそう言うなら、仕方ないな。
カーク。お前が行くなら私も行くぞ。何てったって、お前は私の相棒なんだからな」
桜散、アレクシアも手を取る。5人の意見が、まとまった。
「分かった。行くぞ! 皆。俺達の力で、悪名高きテロリストの野望を、打ち砕く!」
「おう!」
「おっけー!」
「はい!」
「……そうね」
かくして、カーク一行によるクーデター阻止作戦が開始された。
――――――――――――大学構内(メインストリート西部)。
「はっ! はっ! はっ!」
カーク達は、戦車があるという北門へ走っていた。
「急ぎましょう! 奴らが戦車を運び出す前に止めないと! っと」
そこで総一郎が立ち止まる。彼の目線の先には、ストライキを取材していたと思しき記者とカメラマンが居た。
「どうした? 総一郎」
カークが尋ねる。
「いえ、……皆さん。先に北門へ行ってもらえますか? 僕も後から行きますので」
「どうしたの?」
「何か思いついたのか?」
「ええ。ちょっと試してみたいことがあるんです」
総一郎は、何かを思いついたようだった。
「……分かった。俺達は先に行く! できるだけ早く来いよ?」
「はい!」
総一郎を置いて、カーク、桜散、譲葉、アレクシアの4人は北門へ向かった。
「あの! すみません」
「はい?」
「何ですか?」
走り去るカーク達の背後で、総一郎は記者達に話しかけた……。
――――――――――――大学構内(北門周辺)。
「あれは!」
北門を目指すカーク達の目前に、北門のそばで何やら作業をしている白ずくめの集団と、それを率いる小太りの中年男性の姿が映った。
「っ! あれが、羽尻 義久。この事件の、首謀者」
アレクシアが解説する。
「確かに、顔の雰囲気は手配写真に近いな」
桜散は走りながら携帯端末の手配写真を見る。
「見て、あれ!」
譲葉が指差す先、白服達が外している布の中から出てきたのは、キャタピラが付いた緑の車体、そして上部の図太い砲塔。
間違いなく、どう見ても戦車だ。
「本当に、あったとは、ね。どうやって、運んだの、かしら?」
アレクシアは素朴な疑問を零す。この大学に、戦車が通れる道路は無かったはずだ。
「部品で運んで、大学内で組み立てた……とか? っと、それより! あれを輸送される前に止めなければ!」
「OK、さっちゃ! じゃあ早速突撃だ! Hurry up!」
カーク達は白服達の前に立ち、叫んだ。
「おい! お前ら! そこまでだ! お前達のクーデター計画は、俺達で阻止させてもらう!」
「お前達の企みは、もうばれているぞ! 大人しくお縄に着くんだな」
「そこまでよ、羽尻!」
「カークを陥れた、貴方達は許さない!」
彼らの突然の名乗り口上に対し、呆然と立つ白服達。しかし。
「何だお前らは!」
突然の乱入者に対し、叫ぶ義久。
「通りすがりの大学生だ!」
桜散が叫ぶ!
「大学生だと!?」
驚く義久に対し、カークはまくし立てる!
「知ってんだよ! 羽尻義久! てめぇがウチや他の大学の自治会を操って、今晩のデモに乗じてクーデター起こそうとしているってこともな! どうやってか手に入れたか知らねぇが、戦車もあんだろ? これは立派な銃刀法違反だぜ!」
「そうよそうよ! 大体あんた、指名手配犯じゃん! ここであなたを捕まえて警察に突き出せば、私達は500万円ゲットって訳!」
カークに同調する譲葉。このお嬢様、ノリノリである。
「……どうしますか、羽尻様」
白服に問われた義久は。
「ふん! 君達、ここの学生か? 私の邪魔をするとは、いい度胸じゃないか。どこで計画のことを知ったのかは知らないが、ここで我々の革命を阻止されるわけには、行かないな。
おい、お前達、奴らの力で、奴らに革命精神を注入してやれ!」
「はい!」
「羽尻様!」
「おう!」
羽尻が叫ぶと、彼の背後から8人の学生達が現れる。8人の内4人は木の棒とヘルメット、もう4人はライオットシールドとヘルメットで武装していた。
「やれ! 奴らに思い知らせてやれ! 我々はぁ~!、こんな所でぇ~! 屈するわけにはぁ~! いかんのだぁ~!!」
羽尻のアジテーションと共に、学生達がカーク達に迫る。
「来たぞ!」
カークが叫ぶ。
「……魔術を解禁する。もちろん、手加減はしろよ? 殺さない程度にな」
桜散は、魔術を使うことをようやく認めた。
「おう!」
「おっけー」
「了解」
「各員、盾を前に!」
「ラジャー!」
8人の自治会員は、盾を持つ4人が前列に、残り4人が後列に並び、走ってくる。
「ふんっ!」
ボォン! カークは盾を持つ自治会員に対し、炎弾発射! 盾に命中!
「うわっ! 何だこれは!」
思わず怯む自治会員。そこに。
「はぁー!」
「むむむー!」
バジャー! 桜散がジェット水流を使用! 譲葉も吹雪で援護!
「「「「ぐわー!」」」」
水圧と吹雪で盾を持った自治会員4人が吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。しかし。
「うおー!」
「怯むな! 突撃!」
止まらない、ゲバ棒持ちの自治会員達。
ボカッ! ボカッ! ボカッ! 自治会員1人が、木の棒でカークを殴打! 3発クリーンヒット!
「ぐおっ! ぐはっ、いって!」
よろけるカーク。そこに。
「ふんっ!」
危ない! 別の自治会員が、カークの頭目がけ、バールのようなものを打ち下ろそうとする!
「っ! あいつら!」
激情したアレクシアは、カークをボコる2人に空気弾発射!
「ぐわっ!」
「うぐー!」
空気弾命中! カークを殴打した自治会員2人が吹き飛ばされー! ノックアウト!
ブン! 桜散は自治会員の殴打を躱すと。
「ていっ!」
そのまま水弾を顔目がけ発射! 命中させる!
「ごほっ!」
バシャ! 鼻、口から水が入り、嗚咽する自治会員。
ドン! そこに桜散のキックが炸裂! 昏倒!
「もう! あっち行けー!」
ヒュー! 譲葉は吹雪で、地面を凍らせた。
「うわっ、ぐほっ!」
ツルン! ドン! 走りくる自治会員は足を滑らせ、転倒! 顔から地面に突っ込んだ!
「みんな! 一旦集合!」
譲葉の掛け声で集まる3人。
「どうした、ゆーずぅ?」
「はい! これ!」
尋ねるカークに対し、譲葉は右手をかざして力を込める。
パァーッ! すると、彼女の右手から青い光が放たれる。光はカークに注がれ、彼の身体の周囲に青いオーラが形成された。
「ゆーずぅ、これは!」
「へへっ、あの後ちょっと練習してみたんだけど、上手く行ったかな?」
譲葉は右手の人差し指を、鼻の下に当てた。
「あ、ああ。……うまく行ってると、思う。力が、みなぎってくるし」
「そっか! よかった。皆にも掛けるね、はい!」
桜散とアレクシア、そして譲葉自身にも、青いオーラ……防御力上昇効果がある補助魔術が掛かる。
「ありがとう、譲葉ちゃん」
「譲葉、ありがとう」
「えへへ」
2人に褒められ、照れる譲葉。
「じゃあ俺も、補助魔術掛けるわ」
カークは自身に赤いオーラを掛けた後、3人にも掛けた。
「ありがとう、カーク」
「ありがとう」
「ありがとね」
「おう!」
かくして、4人には赤と青のオーラが付与された。
「ええい! 次だ次! 行け!」
「「「「おー!」」」」
義久は更に指示を飛ばし、学生を追加で8人けしかける。そして同時に。
「おい! 戦車を始動しろ! 早く!」
傍の白服に指示を飛ばす。
「えっ! でも羽尻様、あれは革命での決戦用の」
「構わん! 機体の予備はある。奴らに、我らの力を思い知らせてやれ!」
「はっ!」
白服達が、後方に下がって行った。
「また来たよ!」
「おう! 今度は4人同時攻撃だ!」
「了解!」
「……ええ」
迫りくる学生達の前に、横並びに立つカーク達。そして。
「Ah――――――――!」
「ハァーッ!」
「むむむー!」
「イヤーッ!」
同時に魔術を放つ!
バーン! 火炎放射、ジェット水流、吹雪、そして突風が、学生達にぶつかり、はじけた!
「「「「グワーっ!」」」」
「「「「うわーっ!」」」」
8人の学生達は、弾き飛ばされ、義久がいる方へと弾き飛ばされた。
「なっ! 馬鹿な……!!」
けしかけた自治会員が全員倒された光景を見て、動揺する義久。
「どうした? この程度か? ざまぁねぇな!」
挑発するカーク。
「くっ! この! これでも食らえ!」
ヒュン! 義久は手元から手製の火炎瓶を取り出し、カーク目がけ投げつける。
「危ない! 火炎瓶だ!」
桜散が叫ぶ。
「くっ!」
カークが飛びのけると同時に、火炎瓶が地面に落下、周囲が炎上する。
「Ouch!」
火傷を負うカーク。
「カーク君!」
譲葉はカークに駆け寄り、彼に治癒魔術を掛けた。
「ははは! どうだ。おら! おら! おら!」
次々と火炎瓶を投げつける義久。周囲に倒れている学生のことなど、お構いなしだ。
「この野郎! 仲間がいるってのに! ゆーずぅ、さっちゃ!」
「分かってる! はぁー!」
「むむむー!」
桜散、譲葉は火炎瓶に吹雪と水流をぶつけ、そのまま義久へ押し返した。
「何! ぐわー!」
パリン! 火炎瓶炸裂! 炎上! 義久のいる方が炎に包まれる。
「おのれぇ……」
地団太を踏む義久。
「さっさとあきらめろよ、おっさん!」
「私達には、魔術があるんだから、おとなしく降参しなよ!」
叫ぶカークと譲葉。
「ええーい! 目障りな奴らめ……」
「羽尻様、準備が整いました。いつでも動かせます」
後ろから彼に指示を仰ぐ白服と学生達。
「分かった! 今すぐ動かすぞ! 奴らを蹴散らしてやれ!」
「……了解!」
白服達と共に、背後へ下がる義久。
「あの野郎! 待ちやがれ!」
カーク達が後を追おうとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ! 突如鳴り響く轟音! カーク達の足が、止まる。
「何っ!」
そして。
ドゴーン! キキッ! 何かを突き破る音と共に、鉄の城、地上の王が、カーク達の前に立ちはだかった。
「ふふふっ! ハーッハッハッハッ!」
戦車の上で高笑いする義久。
「あの野郎!」
憤慨するカークに対し、義久は。
「ふははははっ! いくら不思議な力が使えようが、所詮生身の人間! この『73(ななさん)式戦車』でぇ! 蹴散らしてくれるわぁ!
行くぞ! 砲撃開始! 我々の力を思い知らせてやれ!」
義久は、戦車上部の機銃座をカーク達に向けた。
「やべっ! 皆、逃げろ!」
タタタタタタ! カークの叫びと同時に、戦車上部の12.7mm機銃が火を噴く!
「きゃっ!」
「うわっ!」
「っ!」
慌てて避ける3人。
「ぐはっ!」
カークは逃げ切れず、右肩に被弾! 補助魔術が無ければ、腕が吹き飛んでいたに違いない。
「こんのー!」
譲葉は車上の義久の真上に氷柱召喚!
「おーっとっと」
慌てて車内に入り、ハッチを閉じる義久。
バン! 氷柱はハッチに当たるも、砕けたのは氷柱の方であった。
「ハーッハッハッハッ! これでも食らえ!」
ドン! 譲葉に対し、105mm主砲が炸裂! 生身の人間相手に、何たる非道か!
「ガァッ!」
譲葉は回避こそしたものの、衝撃で地面に激突!
「ぐ、ぐぐぅ……」
譲葉は倒れたまま、動くことが出来ない。
「はぁー!」
続いて桜散がジェット水流! しかし戦車はびくともしない!
「ふんっ! そんなもん、効かんわ!」
タタタタタタ! 義久はハッチを開け、再度機銃掃射! その内1発が撥ね、走る桜散の脚に命中する!
「ぐぁっ!」
飛ぶ血しぶき! 倒れ込む桜散。
「このまま轢きつぶしてくれる!」
ゴゴゴゴ! 義久は指示を出し、戦車を操作! 巨体が勢い良く、桜散に接近! しかし。
ゴォッ! 桜散が戦車に轢かれる寸前、突如突風が吹いたかと思うと、彼女の姿が消えた。
「何っ!!」
義久が横を見ると、脇に桜散を抱えるアレクシアの姿が。
「ア、アレクシア……」
アレクシアに支えられる桜散。
「そこで、休んで、なさい」
アレクシアは桜散を地面に置くと、戦車に対峙する。
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
突風! 突風! 突風! アレクシアは両手から魔術を次々放ち、戦車を吹き飛ばそうとする。
ガタガタガタ……! 突風で、戦車が前後に揺れ、砂埃が舞う!
「うおっ!」
ホコリが目に入り、思わず目を押さえる義久。
「今よ! カーク!」
「おう!」
アレクシアの脇から、右肩を押さえたカークが現れる。
「こんのー!」
「イヤーッ!」
ゴォー! カークの右手から放たれた炎と、アレクシアの左手から放たれた風が混ざり合い、車上の義久に迫る!
「何ーっ!」
動揺する義久は、慌ててハッチを閉めようとする。しかし間に合わない!
「うわーっ!」
義久が叫んだ、その瞬間。
キキーッ! ドン!
「ぐはっ!」
「ぐうっ!」
突如、戦車が急発進し、2人を撥ねる!
ああ無情! 炎の風は、義久に届く前に掻き消された。
気が付くと、周囲には満身創痍で倒れるカーク達の姿が。
「ハーハッハ! どうだ! 思い知ったか! さっきまでの威勢はどうしたぁ?」
車外に顔をだし、高笑いする義久。
「うっ、ぐぅ……」
桜散はうめき声を上げるも、足へのダメージが大きく、その場から動けない。
「うっ、う……」
ドサッ! 譲葉は立ち上がるも、力なく倒れてしまう。カークとアレクシアは、倒れたまま動かない。
「ちく、しょう……」
カークの意識が薄らいでいく。
(ここで、終わりなの、か? ……やらかし、たな。どうにも、なんねぇのか……)
無力感に打ちひしがれるカーク。
「ふんっ! このまま、4人まとめてひき肉にしてやる!」
義久は戦車を後退させ、4人が戦車の進路上に入るよう方向転換する。
そしてそのまま勢いよくカークとアレクシアを轢こうとした、その時だった。
ドゴン! 大きな音と共に、戦車の周囲の地面が陥没! 戦車は地割れにはまり、動きが止まる。
「何!?」
突然の事態に動揺する義久。
見ると、左前方には、こちらに走り寄る総一郎の姿が。
「ええい! まだ仲間が居たのか! 主砲、発射用意!」
義久が総一郎を見るや否や、主砲塔を彼に向け旋回!
「っ! このっ!」
タタタタタタ! 総一郎、とっさの判断で、砲口目がけて石片発射! 石片は、次々と砲身に飛び込んでいく!
バーン! 直後に、主砲発射! しかし、石片で砲身が詰まり暴発! 爆轟と共に、砲身が根元から爆散し、火炎が吹き上がった。
「しまった! 主砲が! ……ならば」
義久は、総一郎に対し銃座を向ける。しかし。
「させませんよ!」
彼がグリップを握るより、総一郎の方が早い! 彼は右手から機銃座目がけ、石片発射!
タタタタタタ! 石片は多数命中! 銃座は見る見るうちにボロボロに!
「グワーっ!」
チュン! 流れ弾が右肩に当たり、義久はのけぞった。
「カーク君! みんな!」
総一郎は4人に駆け寄り、次々と治癒魔術を掛けて行く。
「うぅ、総一郎……」
「遅いぞ……」
「うう、ありがと」
「……総一郎」
地に伏せながら、総一郎に声を掛けるカーク達。
「すみません、皆さん。ちょっと遅れました!」
謝る総一郎。
「ええい! しつこい奴らめ! おい! 戦車を動かせ!」
バン! バン! 諦めが悪い義久は、車体を両手で叩くと、下の白服に指示を飛ばし、戦車を動かそうとする。
まずい! カーク達は、まだ地面に倒れたままだ!
「させませんよ!」
総一郎、地面に手を当て力を込める。
ドンッ! 再度地割れ発生! 戦車はさらに飲み込まれ、履帯が動かなくなった。
「ぐぬぬぅ!!! 貴様、よくも!」
「羽尻 義久! お前の計画もこれまでだ!」
「何っ! ふんっ! だが甘いわ! ここの戦車はいわば囮! 今晩のデモで使う戦車は、すでに東都内に搬入済みだ。私がここで倒れようとも、全国の大学で今ストライキを起こしている同志達が、必ずや今晩、議事堂前で革命を実行し、ブルジョワの眷属となり果てた与党議員共に鉄槌を下す!
この羽尻義久死すとも、ファズマ・ロッソは死せず! 無駄なあがきだったな! ハーッハッハッハッ!」
総一郎に対し、まくし立てるように叫ぶ義久。
「なるほど。そうですか。……ですってよ! マスコミの皆さん!」
総一郎は、背後目がけ、力いっぱい叫んだ。するとそこには。
「見ろ! 戦車! 戦車だ! 大学の敷地内に戦車があるぞ!」
「おい! 人が倒れてるぞ! カメラ! カメラ! 早くカメラを回せ!」
「今、ファズマ・ロッソって聞こえなかったか?」
「おい、上に乗ってる奴の顔を写せ! 良いから大至急! こりゃぁ大スクープだ!」
「あんまり近づくなよ! 巻き込まれないよう、遠くから写すんだ!」
総一郎の後方100mには、戦車に乗った義久と地に倒れるカーク達を遠巻きに写す、数人の記者とカメラマンの姿があった。
「なっ! これは!」
「ペンは剣よりも強し。貴方達はペンで、カーク君を陥れた。なら僕も、ペンで対抗するまで!」
総一郎は手元の端末を操作し、義久に見せつける。
画面には、SNSに投稿された1つの動画が。総一郎が再生ボタンを押すと。
『ぐぬぬぅ!!! 貴様、よくも!』
『羽尻 義久! お前の計画もこれまでだ!』
『何っ! ふんっ! だが甘いわ! ここの戦車はいわば囮! 今晩のデモで使う戦車は、すでに東都内に搬入済みだ。私がここで倒れようとも、全国の大学で今ストライキを起こしている同志達が、必ずや今晩議事堂前で革命を実行し、ブルジョワの眷属となり果てた与党議員共に鉄槌を下す!
この羽尻義久死すとも、ファズマ・ロッソは死せず! 無駄なあがきだったな! ハーッハッハッハッ!』
『なるほど。そうですか。……ですってよ! マスコミの皆さん!』
「おのれキサマァー!」
地団太を踏む義久。
ppp……。ppp……。その時、総一郎の携帯が鳴った。電話に出る総一郎。
「もしもし、要か。俺だけど」
「総一郎様。先ほどの音声記録及び映像記録データの報道各社へのリーク、開始いたしました」
「さんきゅー、要。終わり次第北門に、迎え頼む」
「かしこまりました。終わり次第、そちらに向かいます」
総一郎は携帯をしまった。
「総一郎……うぅ」
立ち上がるカーク達。
「これが、お前の秘策か」
「すごい! よく考え付いたね」
「はは、ちょっと自分の身分を使っただけですよ」
総一郎は4人に照れ、直後に義久に向き合う。
「警察、機動隊が、じきにこちらに来ます。さっさと降参したらどうですか」
「ぐぬぬ……はっ! 貴様! よく見ると相良の御曹司の子供ではないか! 日帝と米帝の犬め! 公的権力に頼り、我々を潰そうとするとは卑怯なり!
そもそも、我々労働者から資本を搾取しのうのうと暮らす貴様ら財閥こそ、社会の、民衆の敵ではないか! 我々は正義だ! 弱者を解放するのだ!」
再会するカーク達の後方で、総一郎を罵倒する義久。
「Hh? Shut up! じゃあ何だ? 今俺達の目の前におっ立ってる、その暴力は一体何なんだ?」
カークは戦車を指差す。
「……何が正義だ。自分達の意見に反する者を暴力で脅す。こんなの、ただの自分勝手だ!」
「そうよそうよ。何が弱者よ! 卑怯者はあんたの方じゃない!」
「自治会員達、利用して、貴方、一体、何様? 貴方も、搾取、してるじゃない、の」
桜散、譲葉、アレクシアの3人も義久に抗議、総一郎を援護する。
「ええーい! 黙れ黙れ黙れ! おい! まだ動かせんのか?! 出力全開!」
ゴゴゴゴゴ! 戦車が、轟音を上げ、地割れを乗り越え始める。
「うわっ! 動き出したぞ!」
「退避! 退避!」
慌てて背後に下がっていくマスコミ達。
「カーク君! 奴にとどめを」
「ああ! 分かってる!」
カーク達は戦車に向け、各々利き手を構える。そして。
「Ah――――――!」
「はぁー!」
「むー!」
「イヤーッ!」
「フン!」
全員で一斉攻撃! 巨大な魔術の奔流が、走り来る戦車へとぶつかる!
ドゴーン! バキバキバキ! 戦車に衝突した魔術は、爆散! 周囲に猛烈な爆風と閃光が走る。
「キャー!」
「ウワー!」
「グワー!」
凄まじい閃光と衝撃波が、後方のマスコミ達を吹き飛ばす!
爆発音とともに、カーク達の視界は真っ白になった……。