第14話『土砂降りの平穏』
[あらすじ]
土砂降りの雨の日。講義が休みになったカークは、桜散と共に自宅に居た。行方不明者は全員助けたものの、異空間で後味の悪い物を見てしまったカークと桜散の心は今だ晴れずにいた。
そんな中、2人は気晴らしにボードゲームに興じながら、自らの過去に思いを馳せる。
第14話『土砂降りの平穏』
47日目
――――――――――――朝。
月曜日。カークは桜散に起こされ、いつものように大学へ行こうとしたが……。
「休講!?」
カークは桜散からの言葉に驚く。
「ああ。外を見てみろ」
カークが窓の外を見ると、景色が見えないほどの大粒の雨が。更に、雷もゴロゴロ鳴っている。
「こんな感じだからな。さっき大学から、安全のため、今日の授業を全て休講にするというメールが届いたぞ。列車もいくつか遅れたりしているようだ」
桜散は携帯端末で路線情報を見せ、地上を走る列車の遅延を示す。
「そうか。じゃあ今日は休みか」
カークはこの知らせを聞いて安堵した。どの道、この天気の最中大学まで行くのは骨が折れると考えたからだ。
「母さんは?」
「もう出掛けた」
「そうか。じゃあ朝飯は自分達でどうにかしないとな」
カークはベッドから出ると、1階へと向かった。
カチャ、カチャ……。食器の音が鳴る。
カークと桜散は、リビングで朝食のベーコンエッグを食べていた。
「なあ、さっちゃ」
「ん?」
桜散の問いに、カークは切り出す。
「テレビを見ないか?」
「分かった。……とりあえず、ニュースを見よう」
桜散はテレビをつける。
『昨日午後5時頃、井尾釜市青葉区で行方不明になっていた××さんが、保護されたとの情報が――――――――』
ピッ! カークはリモコンでチャンネルを変える。
『○○ちゃんは病院に運ばれましたが、命に別状はないそうです――――――――』
テレビでは、最後の行方不明者が保護されたことが報道されていた。
「なあ、さっちゃ」
カークはテレビを見る桜散に、何か言いたそうな様子で声を掛ける。
「……仮面の怪物の正体が、元人間だった」
「っ!」
桜散の言葉に、カークは動揺した。
「本当に倒して良かったのか。……そう、思っているんだろう? カーク」
「あ、あぁ」
カークは、恐る恐る頷く。すると桜散は、みそ汁を啜り、彼に言葉を返した。
「奴らは私達を襲い、無辜の市民を誘拐していたんだ。やらなければ、私達がやられていたぞ?」
「で、でも!」
「一度怪物になってしまった人間を戻す方法が、あったんじゃないかとでも?
そもそも元人間であることすら、私達は知らなかったんだ。あの時私達にできることは、あれしかなかったぞ?」
「……」
桜散の指摘に、返す言葉が見つからないカーク。
「だから、気に病むな。私達は、やるべきことを、最大限やっただけだ。お前が言った通りにな」
桜散はカークに、優しく語りかけた。
「そう、そうだなさっちゃ。それは確かにそうだ。俺達は、やることをやっただけだ。
ただ、俺としてはもう1つ、気になっていることがある」
「気になっていること?」
カークの懸念事項は、2つあった。
「あの異空間でのイメージに出てきた少女、ミチルは魔力が暴走して、そんでおそらく、あの化け物になっちまった。だとするなら、仮面の怪物の正体は魔術が使える人間って訳だ。
俺達も、もしかするとあんな風になってしまう可能性があるんじゃねぇか? そう考えると、不安で仕方ねぇんだけど」
カークは、自分が仮面の怪物になってしまわないか心配しているようだ。
「それについても心配は無用だ。彼女は魔術を使うのに、特殊なアイテムである指輪を使用していた。おそらく暴走の原因は、それを使い続けたことによるもの。
だが、私達は特別なアイテム無しで魔術を行使しているぞ?」
桜散は左手の箸で白米を取り、口に運んだ。
「アイテム無しでも暴走しない保証があるとでも? この力、このまま持ち続けて本当に大丈夫なものなのかよ?」
身の丈合わぬ力を手に入れて自滅する……。カークは譲葉の言葉を思い出していた。
「しないだろう。そもそも私達の魔術、日常生活でホイホイ、乱用できるものか?」
「あー……。確かに言われてみるとそうだな。火を出す魔術なんて、どこで役に立つってんだか」
カークも右手の箸で白米を取り、口に運ぶ。
「だろう? 少なくとも私達の力は、身の回りで気軽に使えるようなものじゃない。他の人にバレる危険も高い。
それに、もう行方不明者は全員助けたんだ。今後、再び仮面の怪物が出ない限り、この力の出番は無い。危険だと思うなら、使わなければいいだけの話だ」
桜散はベーコンエッグを箸で切り分け、口に運んだ。
「ふむ……」
カークの心にはモヤモヤが残ったが、桜散の意見に反論する気は起きなかった。
実際、最早自分達の出る幕は無い。
再び何も変わらない、日常生活に戻るだけ……。この時の彼はそう思っていた。
「「ごちそうさま」」
朝食を食べ終えた2人は、しばらくの間リビングでくつろいでいたが、やがて桜散がこう切り出した。
「なあカーク、暇つぶしに何かやらないか?」
「んん? 暇つぶしねぇ……。いいよ」
こんなひどい雨の日だ。普段のカークなら自室に籠り、ネットサーフィンに講じているだろう。
しかし、今日の彼は桜散の提案に乗り、彼女と共にリビングの隣にある和室へと向かった。
「よいしょっと」
桜散が押入れから取り出したのは、木の板でできた碁盤であった。この碁盤は前々から家に有ったもので、押し入れの中にしまわれていた。
「囲碁、か?」
「そうだ。ちょっとやってみないか?」
「分かった、さっちゃ」
2人は向かい合って碁盤に座り、そして碁を打ち始めた。
パチッ! パチッ! 畳6畳の和室に、碁石を打つ音が響く。
カークは、囲碁のルールを知っている。
今から数年前、カークの家に転がり込んできたばかりの桜散がある日、この家に有った碁盤に目をつけた。
当時の桜散は、いつも家の隅でじっとしているような少女だったので、それを見た李緒は嬉しそうな顔をしながら彼女に囲碁のルールを教え、カークを対戦相手に宛がったのである。その関係で、カークもルールを覚えた。
もっとも、最近は2人でこうして打つことも、めっきり無くなっていたのであるが……。
パチッ!
「しっかし、懐かしいな」
「ん?」
桜散が白石を打ったところで、カークは桜散に語りかけた。
「こうしてお前と一緒に碁を指すのは、さ。数年ぶり?」
パチッ! カークが黒石を打つ。実力は桜散と互角だ。
「そうだな。最近は、ご無沙汰だったな」
パチッ! 桜散が白石を打つ。
「まあ、高校生活とかいろいろあったしな。でも良かったんじゃないか?」
パチッ! 黒石が、19路盤の辺に打たれる。
「良かったって?」
桜散の手が止まる。
「あんときのさっちゃ、本当に今じゃ考えられないほどか弱そうな感じだったからさ」
「そうか。昔の私は、そう言う風に見えていたんだな」
桜散は目を閉じる。雨の音が、静かに響いた。
その後2人は碁を再開し、しばらくすると終局になった。
「えーと、地の数は、30……60……。68目だな」
カークは石を並べ替え、黒の陣地の数を数えた。
「私の方も、68目だな。ということは……」
互先でコミ6目半。この場合、白の半目勝ちだ。
「ありゃ、負けちゃったか。
……惜しいなぁ。あと1目あれば、このエリアの黒が生きてれば勝ってたのになぁ」
カークは碁版の右隅を見る。隅の黒石は、白石に封殺されていた。
「ふふ、勝った」
桜散は口元を吊り上げ、にやりと笑う。彼女のこういうにやけた顔は、意外とかわいいもんだ。と、カークはふと思う。
「Hh、次は負けないぞ。どうする? もう1局やる? それとも別のゲームで勝負するか?」
カークは、桜散に問う。
「そうだな。ボードゲームは他にもあるし、2戦目は将棋で勝負しないか?」
「分かった」
カークは石を片付けると、押し入れから碁盤・碁石と入れ替える形で将棋盤と駒を取り出した。
「それじゃ、2戦目を開始する。先攻は、またお前でいいぞ。ハンデはどうする? あげようか?」
桜散はカークに先攻を譲る。将棋については、桜散の方が若干強い。
「先攻は貰う。ハンデはそうだな……。確か前指したときは何枚取ってたっけか。覚えてねぇわ」
カークは以前桜散と将棋を指したときのことを思い出そうとする。将棋についても、ここ最近はご無沙汰だ。
「そうか。それじゃあ、お前は1敗していることもあるし、飛車角落ちで相手をしてやる」
「分かった。それでいいわ。始めよう、さっちゃ」
カークが先攻で、桜散の陣に飛車と角行が無い状態で、対局は始まった。
「王手! ふっ、これで積みだろ」
カークは馬王を動かし、桜散の王将に4度目の王手をかける。王将には、既に逃げ場がない。
「……お前の言う通りだな。私の負けだ」
桜散は負けを認めた。
「よっしゃ! これで1対1だな」
カークは得意げな態度を取る。やはり勝ちはうれしいのだ。
「ハンデ込み、だがな。まあ、勝負的にちょうどいい感じになったんじゃないか?」
桜散は平静な態度を装っているものの、語気が強い。やはり、負けは悔しいようだ。
「だなぁ。3戦目はどうする? 今度はハンデ無しでいいよ」
カークはそんな様子の桜散を見て、ハンデ無しでの戦いを提案した。
「分かった。それじゃあ、3戦目はチェスにしよう」
「チェス、ねぇ。将棋と似たようなもんだが……まあいっか。
先攻はどうする? じゃんけんで決めるか?」
「そうだな、そうしよう」
桜散は将棋盤と駒を押し入れに片付け、代わりにチェス盤と駒を取り出した。
「それじゃあ」
「「最初はグー!」」
「「じゃんけん、ぽん!」」
2人はチェス盤に向かい合い、荘厳な態度でじゃんけんを繰り出す。
結果は、桜散の勝ちであった。
「それじゃあ私が先攻で。ハンデは、無しだからな?」
「構わん、さっちゃ。それじゃあ、3戦目、開始!」
2人は決戦となるチェスの対局を始めた。
「そういや、さっちゃ。ふと気になったんだが」
対局の最中、カークは桜散を見て、あることを気にする。
「ん? どうしたカーク」
「お前さ、いつもその髪飾り付けてるよな」
カークは、桜散の顔の右上を指差す。そこには黄色い髪飾りが付けられていた。
髪飾りの根元には、小さな黄色いひし形の板がついており、そこにはオレンジ色の小さな丸い石がはめこまれている。
「おいおい! 酷いなカーク。忘れてしまったのか!? お前が買ったやつだろ? 私に。……酷いな」
桜散はカークの言葉を聞いた途端、目を大きく見開き、そして彼にぼそりと悪態をついた。
「ああっ! す、すまん、さっちゃ。あー、うーん、ああー! そうか、2年前だよな。確か」
カークは桜散の不機嫌な顔を見て、ようやくその髪飾りが何であったのかを思い出した。
それは2年前、桜散が17歳の誕生日を迎えたときのこと。その日カークは、桜散に何か誕生日プレゼントを用意してやれないか考えていた。
とはいえ、彼は一介の高校生。高い買い物はできない。それでも彼は、女の子が好みそうな物としてアクセサリーに目をつけ、駅前のデパートに赴いた。
そして、自分の所持金で買えるものを探していたとき、偶然彼の目に留まったのが、今現在、桜散の髪に付けられている髪飾り(ヘアピン)なのだ。
髪飾りの外見はコッテコテの金色で、相当安っぽい。材質も金ではなくおそらく真鍮だろう。どう見ても大量生産品の、誕生日プレゼントとしては手抜きとしか思えない代物である。
しかし、カークはこれを一目見た瞬間、形容しがたい不思議な感覚を覚えた。勘、もしくはティンと来た、とでもいうべきか。何故だか分からないが、その安っぽい髪飾りに、カークは魅力を感じたのである。
かくして、カークのなけなしの金は安っぽい髪飾りに費やされ、物はその日のうちに桜散の手に渡った。彼から初めてプレゼントを貰った桜散は、それを肌身離さず身に着けるようになり、今に至るという訳だ。
正直、桜散も髪飾りが安物であることをとっくに見抜いていただろう。
しかしそれでも、彼女が2年経った今もこの髪飾りを付け続けているのは、彼同様に何らかの魅力を感じたためか……。
あるいは、『気持ちが籠っていれば、どんなものでも大切なプレゼント足りうる』ということなのだろうか?
「全く。……はぁ」
ボードゲームのハンデどころか、自分に贈り物をしたことすらうろ覚えなカークの有様に、桜散はため息をついた。
「本当にごめん! 悪かった、これは俺が悪かったよ! 自分でプレゼントしたのに忘れてるとか……」
カークは桜散に、頭を下げた。
「今ので確信した。お前がこれを、よく考えもせずに買った、ということをな」
「うぐっ」
反論できない。実際気に入ったとはいえ、衝動買いは褒められた行いではない。
「まあ、でも」
そこで桜散は一息つき、こう言った。
「私も、この髪飾り、嫌いじゃないぞ? 何というか、付けていると心が落ち着くんだ。
……お前から貰ったからかな?」
最後の言葉は、カークに聞こえないよう小声であった。
「そうか。それなら、プレゼントした甲斐があったな」
カークは胸をなで下ろすも、その様子を桜散は見逃さない。
「だが! 思慮が足りない点は反省すべきだな。大体お前はいつも……」
「うぐぐっ!」
桜散はカークに説教を始め、それを聞いたカークは畳に仰向けにひっくり返る。その様子は、さながら死んだ蛙のようだ。
(Ah―……。 これはやっちまったな。こりゃひでぇや……)
桜散に説教を耳元で囁かれながら、カークは悶絶し、自分の記憶の曖昧さを呪う。
(まあ、良いか。いつも通りだ、いつも通り……)
一方で、彼はこのようにも思っていた。畳六畳の部屋にこの瞬間、彼と彼女にとってかけがえの無い日常が繰り広げられていたからだ。
余談だが、チェスの試合結果は桜散の勝ちとなり、ボードゲーム3本勝負は桜散の勝利に終わった。このことも、彼女の説教に熱が籠る原因になったであろうことは、想像に難くない。
――――――――――――昼。
昼。ボードゲームを終えたカークと桜散は、リビングへと戻っていた。
「そろそろ飯時だな。どうする、さっちゃ?」
カークは桜散に尋ねる。
「私が作ろうか?」
「いや、俺も手伝うよ」
「お前は今朝ベーコンエッグを作っただろう? 今度は私が腕を振るう番だ」
カークは協力を申し出るが、それを桜散は断る。
「そうか、分かった。それじゃあ、のんびり待ってるよ」
「ああ、そうしてくれ」
桜散はキッチンへと入って行った。
「おーい! 食器並べてくれ、カーク」
数十分後、桜散がキッチンから呼びかける。それを聞いたカークは、キッチンへ向かう。
「何を出せばいい?」
「そうだな、皿を2枚ずつ、後茶碗とお椀を1つずつ頼む」
「OK。テーブルに置けばいいか?」
「ああ」
「分かった」
カークは桜散に言われた通り、食器棚から食器を取り出し、リビングのテーブルへ運ぶ。
すると、桜散はフライパンを持った状態でリビングに現れ、フライパンの中身をフライ返しで半分に切り分けると、2枚の皿に半分ずつ載せた。
「mh? これは、一体?」
カークは皿の上に載った半円形の黄色い物体を見て、桜散に尋ねる。
「オムレツだ。ジャガイモとチーズが、中に入っているぞ」
カークは切り口を見る。そこにはジャガイモとチーズが埋め込まれていた。
「ジャガイモってことは、スペイン風か? ……というか、また卵料理? 朝ベーコンエッグだったろ? 確か」
カークは朝昼で卵料理が被ったことに、つい不満を零す。
「うるさいな。別に食べなくてもいいんだぞ?」
桜散はカークの目の前から、オムレツの皿をどかそうとする。
「じょ、冗談だよ、すまん。それで、もう1枚の方は?」
カークはオムレツを死守しつつ、もう1枚の空の皿について尋ねた。
「こっちはサラダだ。ほら、冷蔵庫にカット野菜が入っているだろう?」
「あー……、そういうことか。分かった」
カークはキッチンの冷蔵庫からカット野菜の袋を2つ取り出すと、それぞれの中身を2枚の皿に開けた。ドレッシングは、既にテーブルの上だ。
「これで昼食は完成だ。ご飯と味噌汁は朝のが残っているから、セルフで」
「あい」
2人はご飯とみそ汁を各自よそい、テーブルに向かい合って座う。そして。
「「いただきます」」
2人は料理を食べ始めた。
「ふぃ、ごちそうさま。食べた食べた。ありがとな、さっちゃ」
「ごちそうさま。そして、どういたしましてだな」
2人は特に何もなく昼食を食べ終えた。
「午後はどうする?」
「そうだな……。カーク、外の様子はどうだ?」
桜散はカークに、雨脚がどうなっているかを尋ねた。
「えーと」
カークはカーテンを開け、外を見る。朝方に比べると、雨の勢いはかなり弱まっていた。
「結構おさまって来たみたいだぞ? で、どうす」
カークがそこまで言いかけた時であった。
ピンポーン! 玄関のチャイムが鳴る。
「ん? もしや、母さんか!?」
「カーク、今日は月曜日だぞ? 李緒さんは仕事だと言っただろうに」
午前中ずっと家に居たせいか、カークは今日が月曜日であることをすっかり忘れていた。
「あっ! そうだったな。じゃあ誰が……」
カークは謎の来訪者の存在を訝しむ。
「とにかく、早く出ろ」
「分かった」
桜散の指示に従い、カークはインターホンを起動した。
「えーと、高下ですが、どなたでしょうか?」
「ん? その声は、もしやカーク君かな? 僕だ、総一郎だよ。中に入れてくれない?」
「総一郎か、分かった。今開けるよ」
カークはインターホンを切った。
「総一郎か。何の用で来たんだろうな?」
桜散はインターホンでのやり取りを聞いていた。
「さあ? さっちゃも出迎える?」
「いや、いい。私はここで待ってる」
そう言うと、桜散はソファーに軽く座りこんだ。
「そうか。分かった」
カークは玄関へと向かった。
「いやぁ、お邪魔しますね」
総一郎はカークに連れられ、桜散の待つリビングへ向かった。
「こんにちは、桜散さん」
「こんにちは、総一郎」
互いに挨拶を交わす2人。
「で、何の用で来たんだ? 総一郎?」
カークは総一郎に、用件を尋ねた。
「そうですね。用件ですが、ちょっと2人に聞きたいことがありまして」
総一郎の言葉を聞いた2人の顔が、一気に真剣になる。
「聞きたいこと?」
「何かあったのか?」
真剣な顔をして尋ねる2人に対し、総一郎は真剣な顔をしてこう述べた。
「はい。僕が聞きたいことは、アレクシアさんについてです。もっと正確に言えば、彼女の素性について」
「アレクシアの、素性?」
カークは、総一郎に聞き返す。
「はい。普段何気なく彼女と話をしていますが、一体どういう経緯で仲良く?」
カークに問いかける総一郎の表情は心なしか固い。何かを疑っているような顔だ。
「そうだな、あいつと出会ったのは、4月の授業開始日の時だった。最初は男装してたな」
「ふむふむ」
総一郎は、相槌を打つ。カークは話を続けていく。
――――――――――――午後。
「それで、あいつはゆーずぅと結構いい感じになってさ、その件を経て、仲間に誘ったんだ」
カークは、アレクシアとの経緯を一通り話し終えた。
「そうですか。彼女の住所とか、家族とかについては知っていますか?」
「いや、知らんな」
カークは手短に答える。
「あいつは、私達に何も語ってはくれないからな。うちの大学生ってのは間違いないんだが、それ以上のことは、私にもさっぱりだ」
桜散も、アレクシアの素性は知らなかった。
「そうですか」
総一郎は何やら考え込んでいる。
「なあ総一郎、こんなこと聞いてどうしたんだ? いつものお前らしくねぇぞ?」
総一郎の稀に見る様子に、カークは心配そうに尋ねた。
「あ、いえ。そうですね……。アレクシアさん、結構魔術について詳しいみたいじゃないですか。昨日だって魔術を使えるようになる道具の話とかしていましたしね。
それに、おそらくは彼女、知っていると思いますから」
「何を?」
総一郎に尋ねたのは、桜散だった。
「仮面の怪物の正体ですよ。アレクシアさんはそのことを恐らく知っていた。……カーク君とのやり取りを見るに、どういった経緯でああなったのかも知っているかもしれません。
そして、全て知ってた上で、僕達と行動を共にしていたんです。素性が分からないことといい、どうも怪しいとは思いませんか?」
総一郎は、アレクシアのことを怪しんでいるようだ。
「なるほどな。それで私達に聞いたわけか」
桜散は事情を把握した。
「言われてみれば、確かにそうだな。で、総一郎的にはどう思ってるんだ? 俺とさっちゃの見解では、あいつは敵ではなさそうってことになってるんだけど……」
カークは、総一郎に意見を求める。
「そうですね……。僕的にも、アレクシアさんは敵ではない、と思います」
「根拠は何だ?」
桜散が尋ねると、総一郎は立ち上がり、リビングを歩き回りながら話を始めた。
「それは、カーク君の話に出てきた譲葉さんの言葉の通りです。彼女が敵なら、とっくに僕達はやられてますよ。それこそ、僕達が怪物との戦いで消耗している隙を突けばいい」
床を歩き回りながら意見を述べる総一郎の様子は、さながら推理小説の探偵のようだ。
「実際チャンスは何度もありましたよ? 僕が危うかった信号機の時といい、桜散さんが大怪我した時といい、昨日の怪物の時といい。
でも、彼女は襲ってはこなかった。終始僕達と一緒に戦い、そして一緒に消耗していた」
「「……」」
総一郎の見解は、譲葉のものと同様だった。彼の意見を黙って聞く2人。
「それに、彼女が僕達を利用していたとするなら、一体何のために? 僕には全くもって、思いつきませんね」
無言で頷く2人。
カーク達がアレクシアとやって来たことと言えば、一緒に仮面の怪物を倒し、行方不明者を救出したことくらい。これらの行動に、何か意味があるとは考えにくかった。
「更に加えて言えば、アレクシアさんは何故か、カーク君に強いこだわりを持っているようですからね」
その言葉を聞いて、テーブルの桜散は軽く俯いた。直後、総一郎はソファに座った。
「そういや、何であいつはやたら俺のことを気にすんだろうな? あいつとは過去に出会った覚えなんてないんだよなぁ……」
桜散の向かいに座っていたカークは、2人に対し長らく考えていた疑問を口にした。
「その辺も、一度腹を割って聞いた方が良いでしょうね。
どうですか? 今度皆でアレクシアさんの家に遊びに行くというのは? 譲葉さんも誘って、4人で」
総一郎は、全員でアレクシアの家に行くことを提案した。
「なるほど、それは確かに名案だな。彼女とて、1日くらい空いている日はあるだろう。
それに、ここで誘えるか否かで素性も推測できる」
提案に乗る桜散。彼女としては、ベールに包まれたアレクシアの鼻を明かしてやりたいという気持ちもあったのであろう。後、純粋な好奇心も。
「さっちゃのいう通りだな。……正直、どこかこのままでもいいかなって思ってた。
でも、やっぱり仲間としては、はっきりさせておきたいもんな」
カークは頭を掻いた。
「それでは決まりですね。今度全員で集まった時に提案しましょう。
譲葉さんには、今日ここで話したことについて、僕から連絡を入れておきますね」
「了解」
「あい。頼んだぞ総一郎。いつもすまねぇな」
カークは、総一郎に感謝の言葉を述べた。
「いえいえ。カーク君は僕の恩人ですからね。お安いご用ですよ。
さて、そろそろ時間も時間ですし、僕はこれで失礼します」
総一郎はそう言うと、リビングの出口へ向かう。
「おう! またな!」
「また会おう、総一郎」
「ええ! ではお2人共、また今度」
総一郎は家へと帰って行った。
――――――――――――夜。
「ただいま~」
リビングの扉を開け、李緒が帰ってきた。
「2人共、元気にしてた? って、あら?」
李緒はソファーを見やる。そこには眠っているカークと桜散の姿があった。彼らは手を繋いでいる。
「あらあら、ふふ。良い感じになっちゃって……。晩御飯作ってあげなきゃね」
李緒はそんな2人の様子を見てにやりと笑うと、夕食を作るためにキッチンへと入って行った。
「ほら、2人共! 晩御飯できたわよ?」
「む……」
「う、うーん」
李緒の声とカレーの匂いで目が覚めた2人。
「あ、お帰り。母さん」
「おかえりなさい、李緒さん。この匂いは、カレーですか?」
「ええ、そうよ。桜散ちゃん。今晩はカレーよ。もうご飯もルーもできてるから、自分でよそってね」
「「はーい」」
2人は皿を取るためにキッチンへ向かった。
ポリポリ……ポリポリ……。リビングに、カレーらしからぬ音が響く。
「うーん、美味いな。母さんのカレーは」
音はカークが発していた。
「おいおい、お前。いつもそうだが入れすぎだぞ?」
カークの皿を見て、苦言を呈する桜散。カークは、福神漬けを大量にカレーに入れていた。
「何言ってんだ、さっちゃ。カレーには福神漬けだろう?
それに福神漬けも母さんお手製だからな。ハンドメイドのカレーにハンドメイドの福神漬け。美味い物を両方味わいたいと思うのは自然じゃないか?」
「ハンドメイドじゃないカレー専門店でも福神漬けを沢山入れているくせに……はぁ」
福神漬け入りカレーを美味しそうに頬張るカークの様子に、桜散は呆れ顔をした。
――――――――――――深夜。
pppp……pppp……。深夜、カークの部屋にメールの着信音が鳴る。
「む、メールか」
ベッドに入り、今まさに寝ようとしていたカークは携帯を取り、メールを確認した。
『題:桜散ちゃんとの様子はどう? 本文:こんばんは、カーク君。今日は雨が降って大変だったね。
話を変えるけど、最近桜散ちゃんとの様子はどう? 上手くやってる?』
メールは譲葉からであった。カークはすぐに返信を送る。
『題:Re:桜散ちゃんとの様子はどう? 本文:こんばんは、ゆーずぅ。まあまあ、かな。今日は一緒にボードゲームやったり、昼食食べたりした。
上手くやってるって、言えるかなぁ?』
メールを送信するカーク。そしてベッドに入ったところでまた返信が来る。
『題:そっか 本文:夜遅くに返信ありがとうね。そっか、上手くやれてるみたいだね。
実はさ、カーク君とどう上手く付き合っていけばいいか、桜散ちゃんに相談されてたんだよね。
それで、「一緒にできるものを何か提案してみたら?」って言ったの。
カーク君もさ、桜散ちゃんが大事なら、何か色々一緒にやってみたらいいよ。それじゃあ、また明日ね』
(なるほど、あれはゆーずぅの入れ知恵だったか。なるほどな……)
唐突にボードゲームをやることを提案してきた桜散の意図を、カークはこのとき理解した。
(まあ、悪くなかったな。気分転換、できたからな。ゆーずぅにはお礼を言っておかないとなぁ)
そして同時に、譲葉の気遣いに心から感謝した。
『題:ありがとう 本文:ありがとう、ゆーずぅ。おかげであいつと更に仲良くなれた気がしたし、それに気分転換になったよ。
あと、さっちゃの相談に乗ってくれてありがとうな。あいつ、気軽に相談できる奴が周りにいないからさ。
まあ、今後ともよろしく。それじゃあ、おやすみ』
カークはメールを送信すると、眠りに就いた。