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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第三章「世界革命の呼び声/筋違いのハッピーエンド」
14/46

第13話『二者択一の選択』

[あらすじ]

 アレクシアから異空間の入口を目撃したとの情報が入った。早速彼女が異空間を見たという地下鉄駅にカーク達は赴くが、入口を発見できない。桜散はアレクシアを疑うも、帰宅後の譲葉からの連絡によって異空間の話が真実であることを知り後悔する。

 翌日、桜散によって異空間出現のトリックが解明され、カーク達5人は異空間へ突入する。

 5人が異空間の先で見たものとは……。


第13話『二者択一の選択』


45日目

――――――――――――朝。

「うーん」

土曜日の朝。この日、カークは自力で起床した。起床した彼はまず時計を確認する。

(4時半か。こんな早くに起きるとは珍しいな)

彼は普段よりも、1時間早く起きていた。彼は目覚ましを止め、自室のドアを開けた。

 桜散の部屋を見ると、ドアが閉まっており、周囲は静まり返っていた。

(もしやあいつ、まだ寝てるのか? ってことは俺が先に起きたのか?)

 カークが心の中でガッツポーズをし、階段を降りようとしたそのときであった。


「おはよう……早いな? カーク」

「Oh……」

階段下から聞こえた桜散の声で、カークはがくりと肩を落とした。


 朝7時。カークと桜散はリビングで朝食を取っていたのだが……。

「何だ? そう肩を落とすなよ? お前が早起きしたことは悪いことじゃないんだからな?」

 気落ちしながら朝食を食べるカークを見た桜散は、彼を慰める。

「けどよぉ……。せっかく、お前より先んじることができたと思ったってのに、ぶつぶつ……」

しかし、カークの表情は晴れない。

「ねえ李緒さん。カークはどうしたんでしょうか?」

その様子を見た桜散は、李緒に尋ねる。

「うーん、これは男の子の意地ってやつだと思うわ。

 まあ、放っておきなさい。そのうちケロッとしてるから」

「分かりました」

桜散は頷き、自身も朝食を食べ始めた。


 ppp……ppp……。朝食を食べ終え、カークが2階に戻ろうとしたところ、彼の携帯の音が鳴った。

「む、誰だ?」

カークは差出人を見る。李緒の言う通り、先ほどまでの沈んだ感じは、何処へやら。

「む、アレクシアからだ」

彼は電話を取った。


「もしもし、カークだけど。アレクシア?」

「ええ、カーク。おはよう」

電話の主はアレクシアだった。

「おはよう、アレクシア。それで、こんな朝早くから一体何があった?」

カークはアレクシアに、用件を尋ねる。

「そうね。……地下鉄駅の、ホームに、異空間が、現れた。皆を集めて、行きましょう?」

「地下鉄のホーム? ……分かった。皆に連絡するよ」

「ありがとう。集合場所と時間を、後でメール、お願い」

「あい」

カークは電話を切った。


「アレクシアからか。彼女は何と?」

カークの横に陣取っていた桜散は、早速聞いてきた。

「地下鉄駅のホームで異空間を見たってさ。それで、皆を集めて行こうかと」

「そうか。行くなら私も連れて行けよ?」

「無論、当たり前だろ?」

カークは桜散の頼みに即答した。


 カークはその後、日が昇って来たのを見計らい、譲葉と総一郎に連絡した。

「ごめん、カーク君! 今日はちょっと、家族と一緒に外出することになってて……」

電話越しでの謝罪。譲葉は忙しいようだ。

「分かった。すまん、ゆーずぅ」

カークは気まずい気持ちになり、彼女に謝った。

「ううん、気にしないで。……頑張ってね。あと、無理はしちゃ駄目だよ?」

「分かった。それじゃ」

カークは、電話を切った。


「もしもし、カーク君ですか?」

「ああ、そうだ。総一郎」

今度は総一郎に電話。カークは事情を話す。

「なるほど。そうですね、今週末は特に用事も無いので、一緒に行きます。場所と時間帯はどうします?」

総一郎は都合がつくようだ。

「そうだな……今からって大丈夫か? 場所は、井尾釜駅はどうかな? 一応言っておくが地下鉄の方な」

「大丈夫ですよ。今から行くとなると、10時集合って感じでしょうか?」

「そうだな。それで頼む」

「分かりました。それでは、また後で」

「ああ」

カークは、電話を切った。


「どうだった?」

桜散は、2人に電話を掛け終えたカークに尋ねた。

「総一郎は行けるが、ゆーずぅは用事で来られないって」

「そうか」

「総一郎とは井尾釜駅で、10時に集合するって約束を取り付けた」

「10時か。それなら今から行けば余裕で間に合うな」

桜散は壁にかかった時計を見る。時計の針は9時を指していた。

「それで、アレクシアの方は? 彼女には、待ち合わせの場所と時間を伝えるんだろう?」

桜散は、カークにアレクシアに連絡するよう促す。

「ああ。今メールする」

 カークは携帯を操作し、アレクシアに待ち合わせの時間をメールした。


『件名:井尾釜駅への待ち合わせ 本文:午前10時に、井尾釜駅に行くから。よろしく頼む』


 その後カークと桜散は、荷物を準備して家を飛び出し、最寄りの地下鉄駅である弘妙寺駅(ぐみょうじえき)へ向かった。

「む?」

駅の入口に立つ見慣れた少女の姿に、桜散は思わず声を零す。

「おはよう、カーク」

「おはよう、アレクシア……って、何でお前がここに? さっきメールしたんだが?」

アレクシアの姿に驚いたのはカークもだった。


「メール、見た。でも、私は、ここに居た。それだけ、よ?」

アレクシアは不思議そうな顔で、カークの問いに答える。

「そ、そうか。それじゃ、一緒に行こうか」

「ええ」

こうして3人は電車に乗り、総一郎が待つ井尾釜駅を目指した。


 地下鉄内。カークと桜散は吊り革を持って立ち、アレクシアは座席に座っていた。休日ということもあり、車内は空いていたのであるが……。

「やれやれ、座る席が無いとは」

吊り革を掴むカークは、一人ごちる。車内は空いているが、ロングシートはすべて埋まっていた。

「仕方ないだろう。立つスペースがあるだけマシだ」

カークの隣で吊り革を掴む桜散は、彼を諭した。


 所変わって井尾釜駅。カーク達は総一郎と合流し、ホームの隅に集まっていた。

「えーと、今日来たのは……」

総一郎は周囲を見回す。

「俺とさっちゃと、お前とアレクシアの4人だ。ゆーずぅは家族の用事で来れないってさ」

そんな彼に、カークは説明した。

「そうですか。分かりました」


「で、アレクシア。異空間は、何処に?」

桜散はアレクシアに、異空間の所在について尋ねる。

「異空間を見たのは、高嶋(たかしま)(ちょう)駅よ。あそこのホームの隅で、異空間の入口が現れるのを見たの」

 アレクシアは、一同に異空間を見た場所を説明した。

「高嶋町っていうと、ここから1つ隣の駅だな。今から行ってみるか」

カークは3人に、高嶋町駅に向かうことを提案した。

「そうですね。百聞は一見に如かず、ですし」

総一郎は、カークの提案に賛成した。

「だな。駅のホームとなると、誤って迷い込む人も出そうだ。新たな行方不明者が出ない内に、さっさと片付けるぞ」

桜散も同意し、4人は地下鉄に乗って、高嶋町駅へと移動した。


 十数分後、彼らは高嶋町駅のホームに移動していた。

「で、アレクシア。何処に異空間を見たんだ?」

 そこで桜散はアレクシアに再度、異空間の所在を尋ねる。

「こっち」

アレクシアはこう答え、ホームの端へと移動し始めた。ついて行く3人。


 ここで高嶋町駅について説明しておきたい。この駅は井尾釜駅のすぐ隣にある駅で、更に隣には櫻木町駅(以前桜散とアレクシアが揉め、その帰りにカークが総一郎と遭遇した駅)がある。

 ホームは地下4階で、2本の線路の間に位置し、上り電車(井尾釜駅方面)が2番線、下り電車(櫻木町駅方面)が1番線となっている。

 1番線ホームと2番線ホームは長い壁で隔てられ、各ホーム両端にある通路で繋がっている。

 櫻木町駅側のホーム端には地下1階の改札口へ続くエスカレーターがあり、反対の井尾釜駅側には災害時用の非常階段があった。


 カーク達は、アレクシアと共に井尾釜駅側のホーム端に移動した。しかし、そこでアレクシアが立ち止まる。

「どうした? ここか?」

桜散はアレクシアに声を掛ける。よく見ると、アレクシアは何やら考え込んでいる。

「ここで見た……けど、おかしい。見当たらない」

 そう呟くと、アレクシアは連絡通路の一角、普段人通りがほとんど無い場所を指差す。しかし、そこに異空間らしきものは見当たらない。

「本当か? 私には、何も見えないが?」

「俺にも見えないぞ?」

「本当ですか?」

口々に疑問を零す3人。

「本当に、ここ。私は、見た。嘘は、ついていない」

「本当に本当か? お前の、見間違いなんじゃないか?」

 桜散は語気を強め、アレクシアに詰め寄る。そんな桜散に対し、アレクシアはじっと睨みつけた。

 睨み合いが始まり、2人の間に不穏な空気が漂い始めたその時だった。


「まあまあ、待てよ」

カークが、2人の間に割って入った。

 桜散はカークに対し何か言おうとしたが、彼はそれを無視して話を続ける。

「前の信号機の奴を思い出してみろ。あいつは異空間の入口を町中色んな所に出現させてたんだぞ? 今回のもそういうのなのかもしれない。

 もちろん、アレクシアの見間違いの可能性も否定できないとは思うが、安易に結論を出すのは早計なんじゃねぇか?」

「むぅ。確かにそうだな」

桜散はカークの言葉に対し、不満げな様子。


「ねえ、アレクシアさん。異空間を見たというのは、いつ頃でしたか?」

カークが桜散と話している間に、総一郎はアレクシアに尋ねた。

「私が見たのは、昨日の、朝よ」

「なるほど、朝ですか。もっと、詳しい時刻を教えていただけませんか?」

カークが桜散をなだめる間に、総一郎が情報を引き出していく。


「つまり、アレクシアさんがこの駅で異空間を見たのは、昨日、金曜日の朝7時半と」

「ええ。それで、合ってる」

「そうですか」

総一郎は、アレクシアから話を聞き終えた。

「なあ総一郎、今日は、この後どうしようか? 異空間は結局あるのかないのか分からなんだが……」

カークは総一郎に、今後の予定について相談した。

「そうですねぇ。ここは一旦、お開きにするというのはどうでしょうか。ねえ、桜散さん」

総一郎は桜散に声を掛けた。

「……そうだな。ここにこのまま居ても、多分埒が明かないだろう」

桜散は不満そうに、そう答えた。

「分かりました。それでは、今日はここで解散としましょう。アレクシアさんも、それでいいですね?」

「ええ、構わない、わ。でも、私の言ったことは、本当。嘘じゃ、ない」

 答えるアレクシアの顔は、どこか不満げ。桜散に否定されたことを、相当根に持っているようだった。


「では」

 結局、今日は一旦解散することにした。カーク、桜散、アレクシアは家に戻り、総一郎は私用で東都(とうと)へ向かった。


――――――――――――午後。

「ただいま!」

「ただいま」

カークと桜散は家に帰る。しかし、李緒は外出しているようであった。

「誰も居ない、か」

「そのようだな」

2人はリビングへと足を運んだ。


「なあ、アレクシアの言ってること、どう、思ってる?」

カークは桜散に、先ほどの件を恐る恐る尋ねた。

「お前は、どう思ってるんだ?」

すると桜散はカークに、逆に聞き返してきた。

「俺は、あいつが嘘をついているようには思えん。

 そもそも、仮面の怪物の情報絡みに関して言えば、あいつは1度も嘘をついて居なかったからな」

「……」

桜散はカークの意見を黙って聞いていた。

「それで、お前はどうなんださっちゃ。俺は、答えたぞ? 今度はお前の意見を聞きたい」

カークは桜散を睨み付ける。その目つきは静かに、彼女を非難しているかのようであった。

「私は……私は……」

 桜散は言い淀む。彼女が言葉を絞り出すのを、カークは黙って見守っていた。

 そして、彼女は言葉を発する。


「私も、彼女は嘘をついていなかった、と考えている」

理性が導き出した、率直な回答であった。

「そうか。お前もそう思うんだな」

桜散の答えを聞き、カークは呟く。

「じゃあ、今度アレクシアに会った時、お前は言わなきゃならんことがあると思うが、分かるよな? さっちゃ」

カークの言葉に、桜散は黙って頷いた。

「はぁ」

桜散の静かな反省に、カークは思わずため息をついた。

(ほんとアレクシア絡みになると感情的になるなぁ、さっちゃは。はぁ……)

 目の前の気難しい少女と今後どう付き合うか。カークは先が思いやられるなと感じた。


 pppp……pppp……。

 しかし、そんな彼の心配は、突然のメールによって吹き飛んだ。

「ん? メール?」

「ん?」

2人は首を傾げる。カークは自分の携帯を操作し、メールを確認した。


「えっ」

刹那、カークの顔に驚きの表情が浮かんだ。

「どうした、カーク?」

桜散は驚くカークから、携帯を引っ手繰った。

「あっ、おいさっちゃ」

カークの非難をよそ目に、桜散はメールの内容を確認する。

「何!?」

内容を見た桜散も、カーク同様驚愕した。


 メールの送り主は、譲葉であった。

『題:異空間発見 本文:さっき地下鉄の新井尾釜駅ホームで、異空間の入口が現れたよ。すぐ、消えちゃったけどね。

 私以外の人、お父さんやお母さん、他のお客さんには見えてなかったっぽい。一応、私が人を近づけないようにしてたから、誰も飲み込まれなかったよ。えっへん。

 明日このことについて話したいんだけど、どうかな?


 追伸:今日は来れなくてごめん。でも、これは良い情報なんじゃないかな?』


「新井尾釜駅……」

カークは桜散から携帯を返してもらい、ズボンのポケットに仕舞う。

「譲葉ちゃんも異空間を見たということは……」

「ああ、間違いねぇな。やっぱり、アレクシアの言ってたことは本当だったんだ」

 複数人の目撃情報が出た以上、入口がアレクシアの見間違いでないことは明白だ。

 更に譲葉のメールより、今回の異空間には入口が現れたり消えたりする性質があるということが推測できる。今日来た時に無かったのは当然だろう。おそらく、この性質はアレクシアも知っていたはず。

 彼女の話をもっと聞いていれば……。桜散は、アレクシアに詰め寄ったことを後悔した。


――――――――――――夜。

 夕食後、更に事態は進展する。

『題:異空間を確認しました 本文:カーク君。さっきセンター北駅のホームで、異空間の入口が現れるのを見ました。入口は、出現して1分弱で消えてしまいました。出現した時刻は、20時3分の電車が発車した時だったはずです。

 あと、譲葉さんからも連絡がありました。おそらく、アレクシアさんが目撃したのもこれと同じ性質なのではないかと思うのですが、どうでしょうか?

 明日、また集まって話しませんか?』

 総一郎からも、異空間を発見したというメールが届いたのだ。


「なあ、さっちゃ。どう思う?」

譲葉と総一郎からの報告を受けた2人は、カークの自室で話をしていた。

「そうだな。まず、はっきりしていることを整理しよう。

 異空間は実在する。そして、入口はあるタイミングで現れるが、極めて短時間で消えてしまう」

「アレクシアが見たのは高嶋町駅、ゆーずぅが見たのは新井尾釜駅、そんで総一郎が見たのはセンター北駅……。場所はバラバラだな」

カークは、異空間が現れた場所を口にする。それを聞いた桜散は、話を続けた。

「そうだな。場所については、井尾釜市営地下鉄『青羽(あおばね)』の何処かの駅で出現する、ということ以上の法則性は、今の所見い出せない」

「それじゃあ? 一体どういう理屈で現れてるんだ?」

カークは、桜散に尋ねた。

「それが、分からないんだ。時間に法則性があるんじゃないかと思ったんだが、アレクシアが見たのは朝、譲葉ちゃんは昼、そして総一郎は夜。これまたバラバラだ」

 桜散は机に座ると、右肘を机上に付け、右手を顎に当てた。


「場所、時間を問わないってか。ずいぶんとまあレアな異空間だな」

「そうだな。ただ、これは早急に対処しないと不味いことになる、と私は考えている」

「というと?」

「人通りの多い駅で現れたら、非常に危険だ。例えばゆーずぅの居た新井尾釜駅は、新幹線との連絡駅で利用者も多い。

 更に言えば、もっと利用者が多い井尾釜駅で通勤ラッシュ時に現れでもしたら……」

「なるほど、大惨事だな」

「だろう? だから今回の件、一刻も早く対処しなければいけないんだ」

桜散は握る拳に力を込めた。


「でもどうすんだ? 俺にはどうしたらいいか、てんで分からん」

カークはベッドに横たわった。

「法則性について、私はもう少し調べてみるつもりだ」

桜散は机から立ち上がった。

「そうか。頑張れ、さっちゃ。俺はもう、寝る……」

カークは横になりながら桜散に背を向け、左手を振った。

「分かった。おやすみ」

「おう、お疲れ様」

桜散は、カークの部屋から出て行った。


――――――――――――深夜。

 ppp……ppp…… 深夜。カークの携帯の音が鳴る。

「何だよ、こんな遅くに……」

その音で目を覚ましたカークは、不機嫌そうに電話に出た。

「もしもし、こちらはカーク・高下だけど」

「あ、カーク君! こんばんは。総一郎だ」

電話の主は総一郎だった。

「総一郎か。何だ? こんな夜遅くに」

「あっ! ごめん。起こしちゃった?」

「いいよ。で、用件は?」

カークは半ば諦め気味な態度で、総一郎に用件を尋ねた。


「あっ、それなんですが、今度休日に、要を労わってあげようかなと思っていまして、どういうことをしたら、いいのかなと」

「はぁ?」

カークは呆気にとられた。

「あっ、いや。ごめん、カーク君に聞いても仕方が無い質問だったね」

電話越しの声に、総一郎は謝罪した。

「いや、悪いのは俺の方だ。流石に、今の態度は無いわ。

 そうだなぁ。そもそも俺は要さんのこと、良く知らないからな? 

 どういうことをされると喜ぶのか、本人に聞いてみたら? それとなく、気づかれないような感じで」

「ふむふむ……。分かりました。頑張ってみます」

「おう! 頑張れ、それじゃあ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい。カーク君」

通話は終わり、そしてカークは再び眠りに就く。

(はぁ。そんなことで掛けてくるなよなぁ、もう~)

総一郎に内心愚痴りつつ、彼の意識は途絶えた。


――――――――――――。

 同じ頃桜散は、自室で何やら紙を広げ、考え込んでいた。

(アレクシアが異空間を見たのは、7時半。譲葉が見たのは、15時8分……)

桜散は譲葉からの連絡後、彼女から異空間を見た時刻を電話で聞き出していた。

(そして、総一郎が見たのは20時3分)

時刻を1枚の紙に書き留めていく。

(うーん。これだけだと、何も法則性が無い。時も分も。偶数でもないし、奇数でもない、はたまた素数でもないとは……)

桜散は悩みながら、インターネットで井尾釜市交通局のホームページを開いた。

(時刻、時刻……)

彼女は高嶋町駅の時刻表を開いた。

(7時半……7時半……)

次に、彼女は新井釜駅の時刻表を閲覧した。

(15時8分……15時8分……)

上り線と下り線の時刻表を左右に並べた、その時だった。


(ん?)

桜散は、一見何の関連性が無いこの2つの時刻に、ある共通点があることに気付く。

(これは、もしや!)

桜散はすかさず、センター北駅の時刻表を閲覧。そして、確信した。

(……あった! あったぞ、法則性が! なるほど、そういうことか。まだ、完全には証明できたわけではないが。

となると、明日は……)

彼女は時刻表を紙に印刷し、何やら書き込み始める。

 彼女が作業をしている最中、初夏の夜が更けていく……。



46日目

――――――――――――朝。

 pppp……pppp……。

日曜の朝。カークの部屋に、携帯の着信音が鳴り響く。

「うーん……」

枕元の音で目を覚ましたカークは、携帯を取る。

「アレクシア、からだと? 何だよ、こんな早朝に」

カークは昨晩、総一郎の電話で起こされたことを思い出し、少々不愉快な気分になった。

 とはいえ、居留守は気が引ける。カークは電話を取った。


「もしもし、カークだけど。アレクシアか?」

「あ、カーク、おはよう」

「おはよう」

2人は電話越しで挨拶を交わす。

「何だ、こんな早朝に。何かあったのか?」

 カークは用件を尋ねる。その口調は、電話越しでも寝起きであることが分かるほどおぼつかない物であった。

「あら、寝起き、だった? ……ごめんなさい」

アレクシアは申し訳なさそうに謝った。

「いい、いいよ……で、何があったん?」

カークとしては、早く話を終えて目を閉じたかったため、彼女の狼藉を許した。


「そう、ね。異空間の、話」

「うん」

「昨日、あの後、家に帰った」

「うん」

彼女の話に、カークは耳を傾ける。

「帰る途中、だった。……途中の駅で、見た」

「そうか」

カークは、彼女の話を肯定した。

「信じて、くれるの?」

アレクシアは、カークに尋ねた。

「そりゃ信じるさ。というかお前、ゆーずぅや総一郎から、連絡来てないのか?」

「連絡?」

どうやら譲葉達の目撃情報は、アレクシアに伝わっていなかったようだ。


「そう。あの後さ、ゆーずぅや総一郎も異空間、見たらしくてよ。さっちゃはお前に申し訳なさそうにしてたぜ?」

「そう。そう、なのね」

アレクシアは静かに、そう答えた。

「それで、何処で見たんだ?」

「井尾釜駅、よ」

「やっぱりあそこにも出るのか。まずいな……。何時頃見たんだ?」

カークは、アレクシアに入口を見た時刻を尋ねた。


「15時の、25分、くらい? 快速電車に乗って、帰ろうと、したとき、片隅に、現れた。周りの人は、気づかなかった? みたい。電車が、ホームから出て、しばらくしたら、消えた、わ」

アレクシアは状況を説明した。詳しい時刻は、彼女も覚えていないようだった。

「15時25分くらいで、快速電車に乗ろうとしたとき見たのか。分かった。情報提供、ありがとう」

カークは彼女からの情報を復唱し、お礼を言った。

「どういたし、まして。……今日は、また集まる?」

「いや、今のところは分からない。集まるようなら、後で連絡するわ」

「そう、分かった。それじゃ、朝早くに、ごめんね?」

「いやいや。いいってことよ。面白い話も聞けたからな。それじゃ」

こうして、2人の会話は終わった。


 その後、カークは目を閉じて二度寝に入ったが……。その直後。

「おい、起きろカーク。朝だぞ?」

「ううー」

またしても、眠りを妨げられたのであった。


 カチャ、カチャ……。

 カチャ、カチャ……。

箸が皿に当たる音が、リビングに響く。

「で、どうだったさっちゃ? あの後何か、分かったか?」

カークはスクランブルエッグにトマトケチャップをかけながら、桜散に尋ねた。

「ああ、あったぞ? 法則性が」

桜散はそう言うと、箸でサラダを頬張った。

「何!? 本当か?」

「ああ。今日、皆で集まろう」

「そうか……。あっ」

ここでカークは、今朝アレクシアから聞いた情報を思い出す。


「あのさ、今朝アレクシアから電話があったんだけど」

「うん」

桜散は、カークの話を聞きつつ、味噌汁を飲んだ。

「あいつ、また異空間を見たって」

「いつ、どこで?」

「井尾釜駅。時間は15時半くらい。詳しい時刻は覚えてないらしいけど」

「15時半くらい、か」

 桜散は何やら考え込むと、カークにこう尋ね返す。


「もしかして、15時26分、じゃないか? 快速電車が出る」

「26分? ああ。あいつは確か、快速電車に乗ろうとしたときに見たって言ってたから、多分それで間違いないと思うぜ」

カークは慎重に、アレクシアからの情報を思い出し、桜散に伝えた。

「やっぱりそうか!」

 ドン! テーブルを叩く音。

「うおっ、何だよ急に……」

カツン! 突然大声を出した桜散のせいで、カークは思わず箸を取り落した。

「あっ、すまん。そうか、26分か」

「時刻が関係しているのか? 入口と」

カークは床に落ちた箸を拾いながら、桜散に尋ねる。

「ああ。詳しくは、後で話す。とりあえず、これ食べたら、皆に連絡頼む」

「分かった」

カークは、彼女の頼みを引き受けた。


――――――――――――早朝。

「で、今回皆に集まって貰ったのは他でもない。異空間の出現する法則についてだ」

カーク、桜散、譲葉、総一郎、アレクシアの5人は、朝の井尾釜駅、地下鉄ホームに集まっていた。


「法則、ですか。何か、見つかったんですか?」

総一郎は、桜散に尋ねる。

「ああ。それを説明する前に、まず……アレクシア」

「ん?」

桜散はアレクシアの方を向く。それを見た譲葉と総一郎は、ひそひそ声で。

「桜散ちゃん、どうするのかな?」

「うーん、どうなんでしょうかねぇ……」

2人の様子を心配そうに見守る。


 しかし、桜散はアレクシアに対し、頭を下げた。

「すまん! お前の言うことは正しかった。なのに私は……」

頭を下げる桜散に対し、アレクシアは思わずきょとんとした顔をする。しかし、彼女はすぐに平静を取り戻した。

「いい。桜散。私も、カークから、連絡、来るまで、見間違い? と思った、から」

 桜散の謝罪に対し、アレクシアはいつも通り、冷静沈着な態度。しかし、彼女の桜散への目つきに敵意は感じられなかった。

「ちゃんと言えたな、さっちゃ」

頭を下げる様子を見て、カークは安心そうに言った。


「それで、話を戻すんだけど、法則って何なの?」

2人が和解したところを見計らって、今度は譲葉が切り出す。

「あ、ああ。それなんだが……」

桜散は、ホームの時計を見た。時計の針は、8時58分を指していた。

「実際に見た方が早いだろう。とはいえ、今はまだその時じゃない」

「その時じゃない?」

桜散の言葉に、譲葉は首を傾げた。


「時刻に何か、法則性が?」

桜散の物言いに、総一郎は何か気付いたようだった。

「その通りだ、総一郎。今回の異空間は、出現に時刻が関係しているんだ」

総一郎の質問に桜散が答えた直後、ホームの時計が9時を回った。


「そう言えば譲葉ちゃん。武器は持ってきたか?」

桜散は譲葉に、武器について尋ねた。

「うん、メールで言われた通り、持ってきたよ」

譲葉は背負っているリュックを桜散に見せる。彼女自身の得物である長傘は、そのまま持って来ていた。

「オーケー。っと、そろそろだ。皆、注意してくれ」

桜散はそう言うと、ホームの時計を凝視した。

「注意って?」

カークは尋ねるが、桜散は時計を凝視し、黙ったままだ。

 時計の針が、9時1分を指す。桜散は、じっと時計を見たままだ。

 直後、ホームに上り電車が入ってくる。電車は停止し、乗客が降り始めた。

 そして、それと同時に下り電車がホームに停車。乗客を降ろし始める。

 そして時計の針が、9時3分を指す。互いの電車がドアを閉め、同時刻に発車し始めた、その時であった。


「っ! 来るぞ!」

桜散が叫ぶ。直後、5人はホームの片隅に異様な空気を感じ取り、その方向を見た。

 ホーム上り方向の最端、上り電車側に、黒い渦のようなものが現れたのだ。


「皆! 見えるか?」

桜散は4人に、異空間が見えるかどうか問う。

「ええ」

「ああ、ばっちり見えるぜ?」

「間違いありません。昨日見たのと一緒です」

「そうだね。どうする? 早くしないと、多分消えちゃうよ?」

譲葉は桜散に、どうするか尋ねた。

「そうだな……。出現条件とか詳しい話は中に入ってからにしよう。

 皆、とりあえず中へ! 急いで!」

桜散は言い終わる前に、異空間の入口へ駆け出す。4人は、その後を追った。

 まず桜散が異空間に飛び込み、譲葉、カーク、総一郎が後に続いた。この間数十秒。

 最後の1人、アレクシアが中へ飛び込んだ直後、異空間の入口は急速に収縮していき、消えた。


――――――――――――異空間(地下鉄)、井尾釜駅地下3階ホーム。

「「なっ!?」」

「えぇー!」

「これは!」

「……」

 地下鉄駅を模した異空間へ飛び込んだ5人の目には、信じられない光景。

「いきなり本体のお出ましかよ!」


 カーク達の前に現れたのは、真っ黒な人の形をした何かであった。人型のそれは彼らと10mほどの距離を開け、ぽつりと座り込んでいる。大きさは、普通の人間と同じくらい。

 よく見ると、頭部にあたる部分には長い髪のようなものが生えている。体格から推測すると、少女のような風貌だ。

 そして顔に当たる部分には、ひし形の板。

 そう、カーク達は異空間に入って早々、仮面の怪物に遭遇したのだ。


「譲葉ちゃん! 武器を!」

「あ、えっと、うん。皆、各々取って!」

 桜散からの指示で、譲葉は大急ぎでリュックを下ろし、中に入った物を次々放り出した。そして各々、自分が使う武器をを拾っていく。

「つか、待てよ! 一旦距離を取ろう! 何してくるか分からんぞ?」

「……カークの、言う通り。武器を拾ったら、一度、離れて」

アレクシアの言葉に従い、4人は怪物から距離を置き、柱の陰に隠れた。


「どうする? 今の所、怪物に動きは無いようだが」

桜散は柱の陰から怪物を覗き込む。怪物は、その場に体育座りのまま、何もしてこない。

「こっちが攻撃してくるのを待ってるのかな?」

「だろうな」

柱の裏で傘を構える譲葉の意見に、カークは頷いた。

「で。誰から出ますか? 僕は、止めておきます。今回、丸腰なので」

総一郎は両手を軽く揺すった。

「待った。思うんだけどさ、もうこんなに人数居るんだから、5人総出で魔術ぶっぱした方が早くね?」

カークは総一郎に、全員の魔術を用いた総攻撃を提案した。

「カークの言うとおりだ。相手は怪物1体で、しかもあちら側からの動きは無し。

 この前みたいな事態を防ぐためにも、一気に畳みかけて、攻める暇を与えず倒してしまった方が良いと思うぞ」

カークの意見に、桜散は賛成した。

「確かに、攻撃は最大の防御と言いますしね。分かりました、カーク君、そして桜散さん。

 譲葉さんやアレクシアさんも、それでいいでしょうか?」

 総一郎は、譲葉とアレクシアに同意を求めた。

「おっけー」

軽快に返事をする譲葉。

「了解。攻撃のタイミングは、任せる、わよ?」

 アレクシアは左手で風を発生させると、その力で六角レンチを浮遊させ、クルクルと回した。


「皆、準備はいいか?」

 カークが尋ねる。その問いに、4人は黙って頷く。

 カークの左には桜散、右には総一郎。譲葉とアレクシアは少し離れたところから魔術を構えた。仮面の怪物は、未だ動かない。

「行くぞ!」

カークからの合図とともに、攻撃が開始された。


「ハァー!」

カークは、右手から火炎放射! 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 桜散は、左手からジェット水流! カークの火炎放射とぶつからないよう、射線をずらしている!

「ふんっ!」

 総一郎は、地面に手をつき念じる。

「ムムムー!」

「イヤー!」

 譲葉は吹雪、アレクシアは空気弾発射! 空気弾は破裂し、小型竜巻が飛んで行く!

 5人はほぼ同タイミングに魔術を行使した。


 ズドン! 轟音とともに、怪物直下の床が陥没! 総一郎の地属性魔術だ! そして、怪物が割れ目に嵌って動けないところに、4人の魔術が炸裂する。

 ゴォォォォォ! ジャバァァァ! ヒュゥゥゥゥ! ザザザザザザ! 火・水・氷・風が、扇形に怪物へと衝突した! すると。

「シクシク……シクシク……」

それまで一向に動きを見せていなかった怪物が、何やら小さな声を発し始め……。


 ボォン! 轟音と共に、怪物から黒い霧が発生!

「「うわっ!」」

「きゃっ!」

「ぐわっ!」

「っ!」


思わず目を覆うカーク達! 黒い霧は、ホーム全体を覆いつくす。

「けほっ、けほっ」

黒い霧を吸い込んでしまい、むせる桜散。4人の攻撃の手が止まる。

 直後、霧は急速に晴れていく。


「けほっ。むぅ……」

霧が無くなり、視野を取り戻した桜散は、怪物の居た方を向く。そこには、何も残っていなかった。

「やった、のか?」

カークは、思わず呟く。

「それ、やれてないフラグだよ? カーク君」

彼の不用意な発言を、譲葉は諌めた。

「そ、そうだな。でも、どうなんだ?」

 カークは周囲を見回す。彼らが戦っていた場所は、先ほどまで居た地下鉄井尾釜駅のホームそのものである。

 しかし周囲の風景は、壁から床から案内表示に至るまで全面モノクロカラーに染まっており、ここが現実世界ではないことを暗に示していた。


「変ですね。怪物を倒したのであれば、僕達は現実世界に戻っているはず。ということは……」

総一郎は、怪訝な顔をしながら周囲を眺めた。

「倒せてないな、これは。逃げられたか?」

桜散は状況を分析する。おそらくカーク達の攻撃を受け、怪物は何処かへ逃げ出したのだろう。

「まじかよ……」

カークは落胆した。

「ふふ、譲葉の、言う通り、フラグ、だったわね? カーク」

その様子を見たアレクシアは、真顔でカークを茶化した。


「で、どうするんだ? これから」

カークは桜散に、意見を求めた。

「そうだな……。怪物本体がこの異空間から居なくなった、というのはあり得ないだろう。もしそうなら、さっき総一郎が言ったように現実世界に戻れているはず。

 つまり、これから私達がすべきことは、この異空間の何処かに潜んでいる怪物を見つけ出し倒す、ということになるな」

桜散曰く、仮面の怪物を探す必要があるようだ。


「なるほど、じゃあ、ダンジョン探索といこっか、皆!」

譲葉はリュックサックを背負うと、すたすたと歩き出した。

「探索って、どうするの?」

アレクシアは、譲葉に尋ねる。

「ここって井尾釜駅のホームじゃん? もしかしたら、外に出られるかもよ?」


――――――――――――異空間(地下鉄)、井尾釜駅地下2階改札。

「何だ……こりゃ?」

 地上へ出るべくホーム中央の階段を上り、改札口へと向かった一行の前に、透明な青白い壁が立ち塞がった。

「壁?」

譲葉は壁の表面を叩く。すると、叩いた箇所から波紋のような模様が浮き出て、消えた。

 壁は地下2階の両脇にあり、地下1階への通り道を塞いでいる。更に、駅ビル地下への通り道もシャッターが下りて通れなくなっていた。

「外へは、出られそうにありませんね。ふんっ!」

総一郎は右手をかざし、青白い壁目がけ石片を発射!

 カン! 甲高い音と共に、石は砕け、床へと散らばった。

「魔術も駄目か。ふんっ!」

カークが鉄パイプで殴るも、壁はびくともしない。表面に模様が現れるだけだ。

「別の、道を、探すしか、ない、わね?」

2人の実を結ばぬ努力を見て、アレクシアはそう結論付けた。

「でも、別の道つったって、どこへ……?」

カークがアレクシアに問いかけた、その時だった。


 ウゥーン! ガタンゴトンガタンゴトン! 突如地下3階のホームから、電車の音が聞こえ出す!

「電車!? 皆、急いでホームへ!」

音を聞いた桜散は、急いでホームへ向かう。4人も、後に続いた。


――――――――――――異空間(地下鉄)、井尾釜駅地下3階ホーム。

「これは……」

 地下3階のホームへ戻った5人の左右に、それぞれ電車が停止していた。ホームドアの隙間から、車体側面の青と水色の帯らしきものが見える。これは、地下鉄『青羽』の車両だ。

「地下鉄の、車両だよな……?」

カークは車両を見る。左右の車両とホームドアが開いており、中に乗れそうだ。

「乗ってくれ、と言わんばかりだな。これは」

桜散は車両を見て、そう呟いた。

「このままここに居ても埒が明かないでしょうし、乗ってみませんか?」

総一郎は、一同に電車に乗ることを提案した。

「賛成! これに乗れば、どこか別の駅へ行けるかもよ?」

譲葉はウキウキしているようだ。

「だな。乗らない理由が無い。で、どうするよ? どっちに乗る? 俺は、下り電車に乗ろうと思うんだが」

カークは下り電車に乗りたいようだ。反対意見は、出なかった。


 一同が電車に乗り込むと、効果音と共に車両の扉が閉まった。

「特に変なところは無いな。おそらく、運転手は居ないだろうが」

 桜散は周囲を見回す。何のことは無い、彼女がいつも通学で使っている青羽の車内そのものだった。

 扉とホームドアが閉まると、上り電車と下り電車はそれぞれ発車した。


――――――――――――異空間(地下鉄)、地下鉄車内(下り、(しょう)南台(なんだい)方面)。

「そういえばさっちゃ。異空間の法則は、結局何だったんだ?」

車中でカークは、桜散に異空間出現の法則が何なのか尋ねた。

「ああ、すまんな。いろいろあったんで説明できてなかった」

桜散は、説明が遅れたことを謝罪する。

「いいよいいよ。いきなり怪物が出てきたんだもん。後回しになっても仕方ないよ。で、何なの? 私もずっと気になってたんだ」

譲葉は桜散の方を見た。


「こほん。異空間の出現は『地下鉄の上下線が同時刻に着く時』と連動しているんだ」

 桜散曰く、駅のホームに上り電車と下り電車が同時刻に着き、それが発車するまでの約1分間の間だけ、異空間への入口が出現するらしい。

「上りと下りが同じ時刻に着く? そんなん普通に有りそうなもんだが……」

 カークは桜散に尋ねる。すると彼女は、ポケットから何枚もの紙を取り出し、自分が座っている椅子に広げた。4人は、それを見る。

「普通、列車のダイヤを組むときは、上下線がなるべく同時刻に着かないようにするんだ。でないと、両方の乗客がホームにごった返して危険だからな」

「へぇ」

 桜散が広げて見せたのは、井尾釜駅、高嶋町駅、新井尾釜駅、センター北駅それぞれの上下線の時刻表だった。彼女はこれらを指で指しながら説明していく。

「井尾釜駅の場合、乗客数が多くなる平日朝7時から9時までの時刻表を見てみると……」

「あっ、ホントだ、重なってない。1~2分ズラしてあるね」

 譲葉は時刻表を見つめながら呟く。彼女の目は、まるですごい物を見つけたかのようにキラキラ輝いていた。

「そうだ。だが、ダイヤの組み方にも限界がある。どうしても、重なってしまう時刻が出る」

桜散はそう言うと、時刻表にある6時57分の箇所を指差した。そこは、色ペンでピンクに色分けされていた。

「あっ、この時刻は上りと下りの両方に書いてあるね。このタイミングで出るってこと?」

「そうだ。君が見た新井尾釜駅での15時8分、アレクシアが見た高嶋町駅での7時30分、総一郎が見たセンター北駅での20時3分。これらは全て、同時着時刻だ」

 桜散は各駅の時刻表を指差していく。これらはそれぞれ、同時着時刻が色分けしてあった。


「すごいですね、桜散さん。どうやって、これを?」

総一郎は、桜散に、法則に気付いた理由を尋ねた。

「目撃場所がばらばらとなれば、時刻に法則性が無いかと考えたんだ。それで、時刻表を見たときに気づいたんだ。お前や譲葉ちゃんの目撃情報のおかげだ。ありがとう」

「ほほう、そうでしたか。お役にたてて光栄です」

総一郎は、桜散に一礼した。


「そういやさ、まだ次の駅に着かないのか?」

カークはふと、電車の行く前方を見やる。乗客は一人もおらず、カーク達だけだ。

 彼らはすでに10分ほど電車に乗っているが、一行に他の駅に着く気配が無い。

「普通ならとっくに隣駅についているはずなんだがな。やはりここは異空間、ということか」

桜散は、常識が通用しない世界に思いを馳せる。

「そうだね、って。うん?」

譲葉が桜散の言葉に同意しようとしたとき、電車の速度が落ち始めた。

「これは……」

「駅に着いた、みたいね?」

 カーク達を乗せた電車は、駅のホームに入り、停車した。


――――――――――――異空間(地下鉄)、櫻木町(さくらぎちょう)駅地下4階ホーム。

 カーク達が着いたのは、井尾釜駅の2つ隣、櫻木町駅だった。

「ここは普段よく行くから、構造は分かる。さて、調べるとするか」

カーク達は、ホームの階段を上り、改札口へ向かった。


――――――――――――異空間(地下鉄)、櫻木町駅地下3階改札。

 カーク達は、機能していない自動改札機を抜け、櫻木町駅の地下3階に辿り着いた。

「さて、ここは何処まで行けるのか?」

桜散は左右を見やる。地下3階のフロアは、細長い通路になっている。

「この駅、結構広いよね? 確か」

譲葉は普段、地下鉄をあまり使わないため、ここら辺の駅の構造にはあまり詳しくなかった。

「そうですね。この辺は真上のビルの地下部分やHRの櫻木町駅とも繋がっているので、結構広いですよ?

 もっとも、ビルへ繋がる道は、シャッターが下りて通れなくなっているみたいですが」

総一郎は、改札を出てすぐ左、上へ続くエスカレーターを見る。そこはシャッターが下りて通行できなくなっていた。

「右の方、こっちも、通れない、みたいよ? 階段の手前、井尾釜駅と同じ、壁があった」

 改札から見て右側の部分を調べていたアレクシアが戻ってくる。どうやら、ここも行ける場所に制限が掛かっているようだ。

「左奥、HR駅に繋がる方は行けそうだな。行ってみるか」

桜散は改札から出て左側、地下道の出口や地上駅に通じる通路へ向かって歩き出す。4人もそれに続いた。


 しかし、5人の道はすぐに行き詰った。

「何だ、こりゃ?」

カーク達の前に立ちはだかったのは、赤地に白い文様が浮き出た透明な壁であった。壁は4重構造になっており、彼らの行く手を阻む。

「行き止まり、にしてはやけに厳重ですね。この先に何かある、ということでしょうか?」

 総一郎は壁の奥を見る。壁そのものの目に悪い配色、そして何重にも重なった白い文様。目を凝らしてみても、壁の向こう側に何があるかを確認することはできなかった。

「こういうのって、大体何か条件を満たすと通れるようになるんだよね。ダンジョンの仕掛けを解いたりとかさ」

譲葉は、こういった仕掛けに覚えがあるようだ。

「そういやアレクシア、怪物について、何か感じないか?」

カークはアレクシアに、怪物の所在を尋ねる。

「待って……。うーん、分からない、わ。この壁、魔力を通さない、みたい、よ?」

アレクシアは意識を集中させるも、怪物の魔力を感じ取ることはできなかった。

「そうか。とはいえ、気配を探られないよう、魔力を消している可能性もある。とりあえず、ここについては一旦保留にしよう」

「そうだね。一度戻って、他の場所を調べられないか、試してみようよ」

桜散の提案により、全員でホームに戻ることにした。


――――――――――――異空間(地下鉄)、櫻木町駅地下4階ホーム。

 カーク達がホームに戻ると、左右には電車が止まっていた。

「どうやら、俺達が乗るのを待ってくれてるみたいだな。これで異空間内を移動しろってことか。ずいぶんとまあ、凝ってるな」

カークは、異空間の仕掛けを見てため息をついた。

「こんな仕掛け、今までの異空間には無かったぞ。やれやれ、面倒なことになりそうだ」

桜散は両手を上げ、やれやれのポーズを取った。

 その後5人は、下り方面の電車に再び乗り、次の駅へと向かった。


――――――――――――異空間(地下鉄)、上長谷(かみながや)駅地上3階ホーム。

 カーク達が次についた駅は、車両基地のある上長谷駅であった。

 本来櫻木町駅からこの駅までは結構距離があるはずなのだが、途中で駅を通過することは無かった。どうやら、途中にある駅を飛ばしていきなりこの駅に着いたようだ。


「お、どうやら地上に出たみたいだな。どれどれ……」

カークは一足先に電車を降り、周囲を見渡す。

 上長谷駅はホームが地上3階にあるため、外の風景を見渡すことが出来るのだ。

 また、カーク達が着いたのは上り線のホームであり、下り線のホームに行くためには階段で1度2階へ降りる必要があった。

「うーん……」

「これは……」

「何と言うか、禍々しい雰囲気ですね」

「……」

 5人はホームの端から、外の風景を見る。

 ホームから見渡せる町並みには、まるで生気が感じられない。空は他の異空間同様、赤黒く光っている。周囲の建物がモノクロカラーなのも相まって、今までの異空間の中でも群を抜いて気味が悪い光景だった。


 その後5人は、改札口のある2階へ続く階段を降りようとしたが……。

「おいおい、ここも行き止まりか?」

 階段を降りようとする彼らの前に、先ほどの青白い壁が立ちはだかる。壁は、上りホームにある2つの階段全てに張られていた。

 また、階段の間にあるエレベーターも調べたが、ボタンを押しても一向に動く気配が無い。

「これでは、下の階を調べることはできませんね。電車に戻って、次の駅へ向かいましょう」

「そうだな。階段が使えない以上、上り側のホームにも行けないし、このまま先へ進むしかない」

 総一郎の提案により、一行は電車に戻ることにした。


「さて、次はどの駅だ……?」

カークが足早に電車に向かおうとした、その時だった。

 ペラッ! 

「ん?」

何かが床に落ちる音。音に気付いたカークは、音が鳴った方向へ足を運ぶ。そして。

「これは!」

そのまま床の一点を見て、立ち止まってしまった。

「んん~? どしたの? カーク君」

立ち止まったカークを見て、譲葉が声を掛ける。

「あ、ああ。それが、これ……」

カークは床を指差す。4人も彼の視線の先を追った。

「これは、写真か?」

桜散は呟く。

「写真、ね」

桜散の呟きに、アレクシアも呼応するように呟く。


 床に落ちていたのは、1枚の写真であった。カークは、写真を拾う。

「モノクロだ、なっ!?」

「「「「っ!」」」」

カークが写真を拾った直後、5人の頭の中に、イメージが浮かび上がった。

 呆然と立ち尽くす5人。


――――――――――――。

何処かの道を、若い男女2人が、仲良く歩いている。

『ごめんね? 散歩につきあわせちゃってさ』

『気にするなよ。お前と俺の仲だろ? ちょうど気分転換したいと思ってたところなんだ』

 女性は黒のポニーテールで、すらっとした外見。緑色のシャツとクリーム色のスカートをはいている。そして、彼女の首には角ばった外見の、カメラが掛けられていた。

 一方、男性の方は姿がぼやけており、どういう外見をしているのかすら、カーク達には認識できなかった。


『あっ!』

女性は何かを発見し、カメラを構える。そして。

 パシャ! シャッター音が響く。

『野良猫さんの、写真ゲット!』

 彼女が撮影したのは、道の隅から顔を出していた猫であった。彼女はすかさず撮った写真を彼に見せた。

『まあまあ、なんじゃないか?』

『もう! いつもそれじゃん。もっとちゃんと評価してよ~』

『いいじゃん。写真の腕がすごいことくらい知ってる。散歩に出ると、いつもそれだよな』

男性は、女性が肌身離さず持ち歩くカメラを見て、そう呟いた。

『えへへ……。散歩している中で見つけたものくらい、残しておきたいじゃん?』

女性は満面の笑みを浮かべた……。


――――――――――――異空間(地下鉄)、上長谷駅地上3階ホーム。

「何だったんだ!? 今のは!」

カークは、脳内に浮かび上がったイメージに動揺した。

「若い男女、ですよね? カーク君」

「そうそう! さっちゃもゆーずぅも、アレクシアもそうだった?」

カークは3人に尋ねる。


「ああ、そうだ。男の方はどういう外見をしているか分からなかったが、女の方は黒のポニーテール姿だったな」

「そうそう! 私が見たのも、それ。あと、カメラを持ってたよね」

「彼女、撮影が、趣味、みたい? あと、散歩も」

どうやら、彼らは全く同じイメージを脳内に浮かべていたようだ。


「そういや写真は……あっ」

カークは写真を見る。そこには。

「これ、さっきの女の人……だよね?」

 写真には、男女2人が仲良く映っていた。男性の方はいかにも好青年と言った外見であり、女性の方は先程見たイメージ通りの姿だった。

「カメラを提げてないな。これは多分、彼女のカメラを使って撮ったんだろう」

桜散は写真から、状況を分析した。


「しかし、これは一体何なんでしょうかね? あのイメージを見るに、彼女が持っていたのはデジタルカメラ。

 デジタルでモノクロ写真なんて、普通考えられませんよね?」

総一郎は、不自然な写真の様子を見て訝しんだ。

「モノクロ写真、なんじゃなくて、周りと同じだからモノクロ、なんじゃないかな? 要はこの写真も、異空間にあるものと同じ扱い、とか? よく分からないけど」

「なるほどな。つまりこれはここに関連したものという訳か」

 桜散は周囲を見渡す。辺り一面、モノクロの世界。そしてその世界と一体化しているからモノクロということなのだろう。


「ってことはさ。ひょっとするとこれは、この異空間や仮面の怪物に関する、何か重要な手掛かりだったりするんじゃねぇか?」

 カークはふと、この写真が異空間や仮面の怪物に関するものではないかと考えた。

「そうだな。しかし、まさかこんな、非常に興味深いことに遭遇するとは……」

桜散は、不思議な現象に遭遇したことで、内心ワクワクしつつあった。

「カーク君の言う通りかもしれませんね。一応、持っていきましょう。他に、こう言ったものがあると、面白いかもしれませんね」

総一郎はカークから写真を受け取り、譲葉が背負うリュックへしまった。

「さて、気を取り直して、探索再開と行くか!」

「「「おー!」」」

「……」

カークの掛け声に、3人が同調する。しかし。


「ん? どうかしましたか? アレクシアさん」

掛け声に乗ることなく地面を見つめるアレクシアに、総一郎は尋ねた。

「あっ、いえ、何でも、ない……」

アレクシアはそう答えると、電車に向かって歩き出した。

「そうですか。分かりました」

 こうして5人は、電車での移動を再開した。


――――――――――――異空間(地下鉄)、相南台(しょうなんだい)駅地下2階ホーム。

 カーク達を乗せた電車は、下り方面の終点駅である相南台駅のホームへと入っていく。ホームの向かいには、上り電車が停車しているのが見えた。

「っ! 気を、付けて! ホームに、何か、居る!」

電車がホームに停車した直後、アレクシアが叫ぶ。

「何! 皆、各自戦闘準備!」

「はい!」

「うん!」

「分かった!」

桜散の号令と共に、一同は武器を構え、ホームへと降り立つ。


 直後、ホームの床から黒い影のようなものがいくつも出現! 黒い影は地面から黒煙を噴出させ、黒いシルエットを形成していく。シルエットはまるで、四足歩行の動物のようだった。

「これは、怪物の眷属か!?」

カークは目の前に現れたいくつもの影を見て、叫ぶ。

「だろうな。総一郎、何体いる? 私には、7体居るように見えるが」

桜散は目視で形を成した黒いもやの数を数える。そして、数え間違いが無いことを確かめようとした。

「桜散さんの言う通りで間違いありませんよ。

 7体。結構数が多いですね。どうします? 各々叩く感じで、良いでしょうか?」

総一郎は桜散に、作戦について尋ねた。

「それで特に問題無さそうだな。だが油断するなよ? 

 各自、各々敵を攻撃すること。ただし、総一郎か譲葉のそばから離れないように!」

「分かった。それで行く!」

「……了解」

「おっけー」

「分かりました。では、行きましょう!」

 ピカッ! カーク達が走り出したと同時に、黒いもやの中央に、赤い光が灯った。


「うりゃー!」

ボッ! カーク、鉄パイプで眷属を殴打! 殴られた黒いもやから、黒煙がカークに伸びる! 

「おっとあぶね!」

 カーク、すかさずこれを回避! そして追撃! すると、黒いもやは地面に転がりこみ、霧散して消えた。

「よっし! 1体撃破!」

カークは、次の敵へと狙いを定めた。


「ふんっ!」

 パシッ! 桜散は、自分目がけて走ってくる黒いもやに、フライパンでカウンター攻撃! 打ち返された黒いもやが、ホームの床をゴロゴロと転がり込む。

 その様子は、棒で叩かれた犬が、痛みでもだえ苦しんでいるようだ。

「はぁ!」

 バシャ! 桜散の一撃を受けて床に転がる眷属に、彼女の水弾攻撃が命中! 黒いもやは水に溶けるように消えて行った。

「さて、次だ!」

桜散は次の敵を目指す。


「それっ!」

譲葉は傘を振り回し、2体の眷属を相手にしていた。

 バシッ!!! 譲葉の一撃が1体の眷属に命中! クリティカルヒット! 黒いもやは雲散霧散! 

 しかし、もう1体が彼女目がけて飛びかかる! 怪物の頭に当たる部分に、鋭い牙をいくつも生えた口のような部位が形成される!

「きゃっ!」

「危ない!」

 ゴッ! 跳躍する眷属の真横から、総一郎の飛び膝蹴りが炸裂! 譲葉を食いちぎろうとした眷属は、横方向に吹き飛ばされた。

「フンっ!」

 タタタタ! 総一郎は、倒れる眷属にすかさず石片で追撃! 4発お見舞いされた眷属は、その場で爆発四散し、消えた。

「大丈夫ですか? 譲葉さん」

「ええ、大丈夫。それより、皆の援護を」

「はい!」

総一郎はカークと桜散の方へ。譲葉は1人戦うアレクシアの方へ向かった。


「……!」

自分目がけて飛びかかる眷属を、アレクシアは華麗に回避! そして。

 ゴッ! すれ違いざまに、左手の六角レンチで殴りぬける! 眷属はそのまま地面へ突っ伏し、消滅!

 アレクシアはその場で手を払い、そして。

「ふん!」

六角レンチを勢いよく投擲! 六角レンチは、アレクシアの風で加速され、ホームを高速で飛翔していく。


「あとはこいつらだけか」

「だな」

一方その頃カークと桜散は、2体の眷属を前に、構えていた。

 ヒュン! 眷属1体目が、カーク目がけて跳躍! 

「よし! 行くぜ!」

カークが鉄パイプをバットのように構えた、その時だった。


 ザシュ! カークの目の前の眷属に、先ほどアレクシアが投げた六角レンチが刺さる! 眷属は急速に勢いをなくし、カークの目の前に来る頃には体がぼやけていた。

「ふんっ!」

すかさずカークは縦振りで叩き落とす! 雲散霧消!

 カークが桜散の方を見ると、ちょうど同じタイミングで彼女が総一郎と協力し、最後の眷属を倒していた。


「これで、全部倒したな」

カークはホームを見渡す。そこには、静寂のみ。

「待って! 上の、階。これは、大きい、反応」

安堵する一同に、アレクシアは注意を促す!

「大きい、ってことは、怪物か!?」

5人は慌ててホームの階段を上り、地下1階へ急いだ。


――――――――――――異空間(地下鉄)、相南台駅地下1階通路。

 カーク達が改札を抜けたそこには。

「これは、行方不明者!」

カーク達の目線の奥に、直立姿勢で固まった複数の行方不明者達。そして、その手前には。

「出やがったな! 怪物!」

井尾釜駅で遭遇したのと同じ、女性の姿をした黒いもやが座り込んでいた。


「作戦は、さっきと同じでいいな?」

「俺は構わん。皆は?」

「いいですよ」

「大丈夫、行けるよ!」

「私も、行ける」

5人は先程遭遇したとき同様、怪物に集中攻撃を浴びせる! すると。

「シクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシク」

周囲に女のすすり泣く声が、大きく響いた。その声に、カーク達は思わず耳を塞ぐ!

「何だこれは!」

「分からん! 怪物の攻撃か?」

「うぅ!」

「これは、中々にきつい!」

「っ!」

耳を塞ぐ5人の前で、怪物は先ほど同様黒い霧を発生させ、姿を消してしまった。


「また逃げられたか。それよりも……」

桜散は行方不明者へ駆け寄る。固まっている者達の構成は、杖を持った中年男性と若年の男女一組、そしてリュックを背負った小太りの男三人組であった。

「これで行方不明者はあと一人か」

カークは桜散に尋ねる。

「そうだな。今残っている行方不明者が七人だから、それで合ってる」

「ここにいるのは六人か。一気に見つかった感じだね。残り一人もここに居るといいんだけど……」

「そうですね」

事件解決の時は近い。一同がそう思った直後だった。


「あ……。これ、皆、見て?」

アレクシアが床の奥を指差す。そこには、1枚の写真が落ちていた。

「また写真か! どれどれ……」

今度は桜散が写真を拾う。すると、5人の脳内に再度、イメージが映し出された。


――――――――――――。

 喫茶店で、女性2人が話している。1人は黒のポニーテール、もう片方は黒のロングヘアだ。ポニーテールの女性は、首からカメラを提げている。

『いいなぁ、リナは』

『突然どうしたの? ミチル』

ポニーテールの女の名前はミチル、ロングヘアの女の名前はリナというらしい。

『だって、私と違って容姿端麗、才色兼備って感じ。私、どんくさいからさ』

『何言ってるの。あなただって結構可愛いわよ? 学校の成績だって、私と大体同じくらいじゃない。才色兼備とか、言いすぎよ?』

『でもなぁ』

『でもも何もないわよ。それに、あなたは私と違って、かっこいい『王子様』も居るじゃない?』

そう言うと、リナはミチルをにやにや顔で茶化す。

『なっ! ち、違うもん! あいつ、コウイチは私の幼馴染で……』

『顔赤くしちゃって、もう~』

『む~』

よほど恥ずかしいのか、ミチルは顔を伏せてしまった。


『そう言えば気になってたんだけど、そのカメラって、何時から持ってるの?』

リナは、ミチルのカメラを指差す。

『ああ、これね。私のお母さんの形見なんだ』

彼女は話を続ける。

『お母さんね。私が小学生の時に、交通事故で亡くなっちゃって。そんなお母さんが好きだったのが、写真撮影だったんだ』

ミチルのカメラは、亡き母から引き継いだもののようだ。

『その、ミチル。ごめん! 辛いことを思い出させちゃって……』

リナはミチルに頭を下げる。

『いいって。それで、私がこのカメラを引き継いだって訳』

『なるほど。そう言えば、ミチルも写真撮影好きだよね。いつも持ち歩いてるじゃん。それ』

『うん。本当は散歩が趣味なんだけど、いつも歩いているときにいろいろ気になるものを見つけてさ。それを撮るようにしてるんだ』

『へぇ~』

『それでさ、昨日……』 

2人のビジョンが、そこでぼやけた。


――――――――――――。

 場面変わって夜の道。ミチルは1人、道端を歩いていた。彼女の心の声が、カーク達の脳内に響く。

(リナは本当にすごいなぁ。3人姉弟の一番上で、貧しい家族のためにバイトしてまで学校に通ってさ)

(しかも、私と違ってクラスでは人気者。健気な姿勢も、男子受けしているみたいだし)

(それに比べて私ときたらなぁ)

どうやら、ミチルはリナのことが羨ましいようだ。

 そんな彼女が、1人家に帰るために夜道を歩いているときであった。

 カラン! 

(ん? 何、あれ)

何かが転がる音。ミチルは、音のする方へと向かって行った……。


――――――――――――異空間(地下鉄)、相南台駅地下1階通路。

「おい待てよ! 何を拾ったんだ!? ちょうどいい所で途切れるとか、もう!」

 中途半端で途切れたビジョンに、カークは憤慨した。

「落ち着けカーク。……他にも写真があるかもしれない。それらを調べれば、続きが分かるかもしれんぞ?」

桜散はカークを諌め、写真を見る。

 写真には、さっきの2人の女性、ミチルとリナが映っていた。2人は同じ学生服を着ており、ミチルは笑顔でピース、リナは静かに微笑んでいた。

「頭に浮かぶこのイメージ、どうやら、先ほどの『ミチル』さん? の記憶のようですね」

「そうだね~。何ていうか、回想シーン? みたいな感じだよね。ゲームの」

「そう、ね。彼女の、記憶が、この異空間に?」

各々、不思議な体験に対する自分の意見を述べた。


「リナが言った、『王子様』っていうのは、さっきの男の人のことかな?」

 譲葉はリュックから、さきほど上長谷駅で拾った写真を取り出し、桜散の手にある写真と比較した。

「そうだな。名前はコウイチで、ミチルの幼馴染。このことを茶化された時の反応を見るに、ミチルは彼に気があるようだな」

桜散は、今までに見た2つのビジョンから、状況をまとめていく。

「リナはミチルの友人で、同じ学校に通っている。リナは容姿端麗で周りからの受けが良く、ミチルはそんな彼女を羨んでいる。

 ミチルのカメラは亡き母の形見で、彼女は母親と同じ写真撮影を趣味にしている。コウイチの様子を見るに、彼をしばしば散歩に連れ回しているようだったな。

 そして、ミチルはリナと喫茶店で会話した日の夜、帰り道で何かを拾ったと」

 桜散はそこまでまとめると、一息ついた。


「Thank you、さっちゃ。大体分かった。なるほどな。これはますます気になる話だ」

カークも桜散同様、ワクワクが止まらなくなっていた。

「よし! そうと決まれば、探索再開だ! 今度は上り方面を探ってみようぜ!」

 かくして一行は上り電車に乗り込み、相南台駅を後にした。


――――――――――――異空間(地下鉄)、地下鉄車内(上り、すすき()方面)。

 そこからの道のりは、ずいぶんと長かった。異空間が現実の距離、時間を反映していないとはいえ、下りの最端駅から上り方向に戻るとなると、それなりの道のりになる。

 周りがトンネルで、車内には何もないことも相まって、カーク達には数十分の電車移動が数時間に感じられた。


――――――――――――異空間(地下鉄)、新井尾釜しんいおがま駅地下2階ホーム。

 キィー! 電車が新井尾釜駅のホームに差し掛かった時、車両に急ブレーキがかかる。

「うわっ!」

思わず横に倒れそうになるカーク。慌てて手すりに掴まった。

「何だ!?」

「電車が、止まった……?」

 この急ブレーキにより、カーク達の電車旅は、突如終了した。

「ホームに、何か、いるわね。行って、みましょう?」

アレクシアの意見により、一行は武器を構えてホームへと降りる。

 この際、電車が中途半端な位置で止まったために、彼らは車両を移動する羽目になった。


「またかよ……」

カーク達がホームに降り立った途端、床からまたしても黒いもやが出現した。その数、5体。

「さっきより、数が少ないな。とりあえず、さっさと片付けるぞ」

桜散の言葉と共に、5人は各々眷属へと向かって行った。


「とりあえず、片づけたが……」

 今回は、さしたる苦労も無く眷属を倒せたカーク達。一息つこうとしたその時、電車の発車メロディが鳴る。

「これは確か……上り側のメロディ! いけね! 早く電車に戻らないと!」

カーク達は慌てて電車へ戻る。

 アレクシアが最後に乗り込んだ瞬間、車両のドアが閉まり、電車が再び動き出した。


――――――――――――異空間(地下鉄)、地下鉄車内(上り、すすき野方面)。

「ふぅ、危なかったな」

カークは座席に座って一息つく。

「おいおい、ホームの探索がまだだったぞ?」

慌てて電車に戻ったカークに、桜散が苦言を呈する。

「あっ! やべっ、忘れてた」

「まあいいじゃん。私だって、メロディを聞いて慌てて乗っちゃったしね」

カークの失策を、譲葉がフォローする。

「僕もですね。まぁ、駆け込み乗車はいけないことですが、つい、やっちゃうんですよね。何というか、焦らされるというか・

 それに、今回は停車位置から考えるにイレギュラーな事態だったようですし、あそこで乗り込んだのは正解だったのではないでしょうか? 桜散さん」

「むっ、そうか……? ふむ」

総一郎の言葉で、桜散は納得したようだった。


――――――――――――異空間(地下鉄)、新葉(にっぱ)駅地上3階ホーム。

 カーク達が次に着いたのは、もう1つの車両基地がある新葉駅であった。この駅は上長谷駅同様、3階の上り・下りホームが2階の階段で繋がっている。

「また、下に、大きな気配がある」

 アレクシアの注意を受け、一行はホームの階段から2階へと降りた。


――――――――――――異空間(地下鉄)、新葉駅地上2階。

 カーク達が階段を下りると、そこには。

「シクシクシク……シクシクシク……」

女のすすり泣く声のような音を上げながら、仮面の怪物が座り込んでいた。

「ふんっ!」

 カークはすかさず炎弾を発射! すると、怪物は黒い煙を大量に放出し、姿を消してしまう。

 ボン! 炎弾はそのまま壁にぶつかり、黒いシミを作った。


「怪物発見! ……したけど、また逃げられちゃったね」

譲葉は残念そうに呟く。

「奴は、どういう意図で私達を翻弄しているんだろうな?」

桜散はふと、怪物の動きについて疑問を零す。

「確かに。 

 怪物は魔術師を狙うんでしたっけ? だとするなら、こんな回りくどいことなどする必要ないはず。何でしょうね?」

疑問については、総一郎も同様に考えていた。

「まるで、私達を、誘導している、みたい? ……ん?」

意味不明な怪物の行動に、一同は首を傾げたその時だった。


「あれは……」

アレクシアが指差す先、先ほどまで怪物が居たところに、1枚の写真が落ちていた。

「写真、これで3枚目ですね。

 怪物が居たところに落ちていたということは、やはりあの怪物と何か関係があるのでしょうか?」

 総一郎が写真を拾うと、5人の脳内にイメージが流れる……。


――――――――――――。

(ふ、ふふふ……)

 黒のポニーテールの少女、ミチルは、自分の部屋と思しき場所でひとり、にやけていた。ミチルの口は動いていない。どうやら心の声のようだ。

(すごいなぁ、これ……)

 彼女の手には、一つの指輪。指輪は人差し指にはめられており、中央には橙色の宝石らしきものが付いていた。

(この指輪の光をかざすだけで、人を操れる……。最初はびっくりしたけど、慣れてしまえばどうってことない)

どうやら、ミチルは人の心を操る不思議な指輪を手に入れ、ご満悦の様子。

(これさえあれば、学校で人気者になったり、あいつを振り向かせることだって……)

ミチルはそこまで考えたところで、ふと思い留まる。

(あ、駄目駄目! そんなことしちゃ。これは危険な代物。安易に使っちゃダメだって、前決めたじゃない! もう!)

 寝坊や宿題忘れで先生に怒られたとき。両親に夜の散歩を咎められたとき、。教室で1人ぽつんと昼食を食べていたとき。コウイチに生徒会の仕事を手伝わせたとき。

 そして、リナと喧嘩したとき。

 ミチルが指輪の力を使った時の光景が、カーク達の脳内に流れ込んだ。

(これって、魔術なのかな? どういう原理なんだろ? 分からない、分からない、分からない。

 こんな簡単に人の心を操れちゃうとか、怖いよ……)

 ミチルは、指輪が持つ異様な力に自分が頼りつつあることに、内心恐怖していた……。


――――――――――――異空間(地下鉄)、新葉駅地上2階。

「指輪、ねぇ」

 カークは先ほどのイメージを思い返す。人の心を操る不思議な指輪。それをミチルは手に入れた。そして、その力を多用しているようだった。

「これの前に見たイメージで、彼女は何かを見つけていましたね? それがあの指輪なのでしょうか?」

「だろうな。……イメージが時系列通りと仮定するならば、だがな」

 桜散は総一郎から写真を受け取り、眺める。そこには、いくつもの写真が入ったアルバムが映っていた。その中には、色んな写真が収められている。

「これって、あの子が撮った写真なのかな? ふーん、結構いろいろ撮ってるんだね。すごーい」

譲葉は桜散の横で写真を眺めている。


「あの指輪、いったい何なんだろうな?」

カークはミチルが手に入れた、不思議な指輪のことが気になっていた。

「彼女が言っていた通り、あれも魔術、なんでしょうかね? 

 それにしては、僕達が使っているものとは、些か様子が異なっているようでしたが」

総一郎は、ミチルが手に入れた力の正体について、魔術なのではないかと考えていた。

「そうだね。私達が使う魔術って、何かを攻撃するくらいしかないけど、あれは補助魔術みたいなもんなのかな? 何というか、催眠術とか、洗脳って感じだよね」

譲葉の見解も、総一郎と同様だった。

「催眠魔術、か。いくらでも悪用可能だし、碌な力じゃないな。

 ただ、彼女の場合、良心があるおかげで何とか平和が保たれているように見えたな」

桜散はミチルの力について、別の視点から見解を述べた。


「でも、俺達の魔術は特別なアイテムとか必要ないぜ? 

 なあ、アレクシア。魔術の先輩として、質問したい。あれは、魔術?」

カークはアレクシアに尋ねる。彼女なら、何か知っているかもしれない。

「そう、ねぇ……。あれは多分、魔術、だと思う」

「思う?」

「素養の無い人でも、魔術が使える。不思議な、道具。そう言う話を、どこかで、聞いたことが、ある。彼女の指輪は、そういうもの、なのかも?」

「へぇ……。魔術の世界ってのは、奥深いな」

カークはアレクシアの話を聞いて、自分の魔術に対する見識も、まだまだだなと思い知った。

(俺も、さっさと補助魔術習得しないとなぁ。

 指輪のあれは、何属性の魔術なんだろうか? 理正さんから貰ったリストにあんなのは書いて無かったし、今度聞いてみるか……)

 カークはこう考えつつ、仲間と共に次の駅へ向かった。


――――――――――――異空間(地下鉄)、センター(きた)駅地上2階ホーム。

 カーク達が次に着いたのは、総一郎の家から最も近いセンター北駅だった。この駅とすぐ隣の駅であるセンター(みなみ)駅は、井尾釜市を走るもう1つの地下鉄、「緑羽(みどりばね)」との連絡駅だ。ホームは地上2階にあり、改札口は一つ上の3階にある。

「ここは何回も来たから知ってるぞ。とりあえず、改札に行ってみるか……」

カーク達が電車を降りようとした、その時だった。


 ガン!

「Hh!?」

突如、何かを叩く音と共に車両が大きく揺れた。音と揺れにより、カークは思わず驚く。

「外に何か居るな、急いで出るぞ!」

カーク達が外へ出ると、そこには。

「シクシクシクシクシクシク……」

仮面の怪物。そして、その背後には。

「What!? 何だ、ありゃあ?」


 背後には、大きな一本の黒い腕。腕はペラペラで、まるで黒い紙のようだ。そして、手の人差し指に当たる箇所には、一つの指輪。指輪の中央には、オレンジ色のまばゆい輝きが。

 黒い腕は、真下に居る仮面の怪物よりはるかに大きい。長さ3m、太さは0.5mほどだろうか。手にいたっては、少女サイズの怪物を丸ごと覆ってしまえるほどのビッグサイズだった。当然、指輪も巨大だ。


「さっき戦った時、あんな腕は無かったぞ!? あいつが車両を揺らしていたのか!」 

「シクシクシクシク……」

ブン! 桜散が動揺する最中、怪物はすすり泣くような声をあげ、背後の大腕をカーク達に振り回してきた。

「うお危ね!」

 カークは跳躍し、すんでのところで一撃を回避した。桜散は1人、柱の陰に隠れ、総一郎は譲葉、アレクシアと共に怪物の攻撃を避け、階段付近まで移動した。

「はぁ!」

桜散、柱の陰から水弾発射! 

バシャ! 腕に命中! すると、腕の動きが一瞬止まった。

「ふんっ!」

柱に一人隠れ損ねたカークは、鉄パイプを携え腕に正面突撃! 

しかし、殴りかかろうとしたその瞬間だった。


 ピシュン! 突如、黒い腕の指輪から、赤いレーザー光が発射される!

「ぐあ!」

 ジュゥ! カランカラン……。赤き閃光は、カークの右肩に命中! 激痛に思わずカーク、鉄パイプを取り落してしまう!

「カーク!」

「カーク君!」

叫ぶ総一郎と桜散! そうこうして居る最中、怪物の腕がカークに再度レーザーを照射しようとする。

「カーク! くっ!」

 アレクシアは持っていた六角レンチを投擲! 相南台駅でやったように風で加速させ、怪物本体に命中させる。しかし、有効打にはなっていなかった。


 ピシュン! 二発目のレーザー発射!

「ぐおっ!」

 ジュッ! 床が焦げる音。カークは発射の予兆を見て咄嗟に飛んでいたため、すんでのところで回避に成功していたのだ。しかし。

 ピシュン! ピシュン! ピシュン! 

「Whoa!」

右肩を押さえ飛び跳ねるカークに、容赦ない攻撃が加えられる。

「発射間隔早すぎだろ! っWhoa!」

 ジュッ! ジュッ! ジュッ! 叫ぶ合間にもレーザー照射は止まない!

 カークはレーザー照射を回避しながら、桜散の居る柱の陰へと向かった。

「おい、馬鹿! こっちに来るn」

ジュッ! 

「ひっ!」

桜散が言いかけたところで、柱にレーザー光が命中! 彼女の顔が青ざめる。


「この! この!」

 タタタタ! タタタタ! 惨事の最中、総一郎は怪物に石片を当て、狙いをカークから逸らすことを試みていた。しかし、先ほどまでとは異なり、怪物は石片をぶつけられても霧散する気配が無かった。

「どうなってるの? さっきまでは簡単に倒せてたのに」

怪物の様子がおかしいことに、譲葉は気付き始めていた。

「そう、ね。まるで、攻撃が、効いていない」

アレクシアは小竜巻を怪物に当てつつ、そう呟く。


 一方桜散とカークはホームを駆け回り、怪物の腕から逃れようと必死だった。

「Fuck! 何だよあの腕! っつう!」

走りながら右肩を押さえるカーク。相当辛そうだ。

「あの腕が厄介だな。カーク、私にいい考えがある」

「Ah?」

「お前はとにかく逃げて、腕の攻撃を引きつけろ。私がその間に、こいつで腕を叩く」

桜散はカークに、左手のフライパンを見せた。

「っ! 分かった。任せたぞ!」

「任せられた!」

カークと桜散は二手に分かれた。


 ピシュン! ピシュン! ピシュン! 一人離れたカーク目がけ、腕は無慈悲に光線を浴びせかける。

 カークは絶えず動き続けているため何とか避けられているものの、いつまで持つのやら……。

 その一方、カークから離れた桜散は腕の付け根目がけ走る。そして。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

激しいシャウトと共に、ジャンプ。

 パシン! そして、フライパンを大きく振りかぶり、腕の付け根、怪物本体から伸びる影の部分に強く叩きつけた。すると。

「――――――――!」

 怪物が突如、さきほどまでのすすり泣く声とは違う、異様な叫び声をあげる! この様子を、遠くの譲葉達は見逃さなかった。


「あれは! アレクシアさん!」

「ええ、分かってる」

アレクシアは怪物本体から腕に狙いを変え、そして。

「イヤー!」

シャウトと共に空気弾を発射! 空気弾は途中で破裂し、無数の小竜巻が腕に当たる。

「―――――――!」

すると、桜散の攻撃同様、怪物が言葉にならない叫びをあげ、腕の攻撃が止まる。

「……効いてるね! 腕が弱点ってことなのかな? てい!」

続いて譲葉の氷柱攻撃! 

 ザシュ! 彼女が召喚した氷柱は、黒い手の真上に出現! そしてそのまま、黒い手を押しつぶす! 

 ボボボボボボ! 黒い腕の根元の陰から次々爆発が発生! 腕は黒い霧となって消滅した。

「シクシクシクシク……シク……シク……」

 すると、怪物本体から砂嵐のような黒いノイズが発生、身体から黒い霧が噴出! これまで同様、身体が霧散し、消えた。


「やった、のか?」

カークは譲葉の元へと駆け寄る。譲葉は、カークに治癒魔術を掛けた。

「多分、また逃げたのでは?」

総一郎はホームの端を眺めながら、そう呟いた。

「そうか。はぁ……。危うく死にかけたわ」

カークは、ホームの床に手をつき、深いため息をついた。

 その後、少し休息を取った後、5人は駅の探索を再開した。


――――――――――――異空間(地下鉄)、センター北駅地上3階改札。

「おっ! これは」

改札口を抜けたカーク達の前に現れたのは、直立不動の姿勢で固まった、小さい女の子の姿であった。

「こんな小さな子まで行方不明者になるなんてね……」

譲葉は女の子を一瞥し、嘆く。

「ともあれ、これで最後の一人か。ついに、ここまで来たんだな……」

 最後の行方不明者の発見は、先の戦いで疲弊していたカーク達の心に、ちょっとした平穏をもたらす出来事であった。

「つまり、あの怪物を倒せば、事件も解決か。よし! それじゃあさっさとあいつを倒して……」

カーク達がホームへ戻ろうとした、その時だった。


 ピラ! 紙が落ちる音が、静寂した構内に響く。

「また、写真、かしら」

「かな? あっ! これかな?」

譲葉は走り、写真を拾った。

 その瞬間! 5人の脳内にイメージが流れる……。


――――――――――――。

『あ、ああ……』

木の陰で、何かを見つめるミチル。その目線の先には、仲良く歩くリナとコウイチの姿。


――――――――――――。

『リナを紹介して欲しい!?』

『頼むよ。古い付き合いのよしみで、さ?』

 ミチルに対し土下座までして頼み込むコウイチ。

『もう、しょうがないなぁ……』

 ミチルとしては、いつも散歩につきあわせているコウイチに多少の負い目はあったし、何より友達の紹介くらいならという軽い気持ちで応じたのだろう。

 しかし、この軽い選択が、よもやこのような結末を招くとは、彼女も予想すまい。


――――――――――――。

 再び場面は木陰に戻る。

『は、はは……。そっか、コウイチはリナのことが好きだったんだね……』

 仲睦まじく歩く二人をカメラに収め、ミチルはシャッターを切る。これは、条件反射的なものだ。

『こんな光景、撮ることになるなんてなぁ……』

 散歩の途中だった。歩いているとき、突然2人を見かけ、こうして隠れた。

 2人の前に出ていく勇気は、ミチルには無かった。

『あーあ……そんなぁ。私、コウイチのことが……』

嘆くミチル。

『コウイチぃ……う、ううぅ……』

 すすり泣く彼女の右手の指輪が、不穏なきらめきを放った気がした……。


――――――――――――。

 ミチルのイメージは、ここで途切れる。しかしイメージは、もう1つあった。

 彼らの脳内に次に映ったのは、異空間、櫻木町駅の地下通路の光景。そこに張られていた、赤い何重もの障壁が、消える光景であった。


――――――――――――異空間(地下鉄)、センター北駅地上3階改札。

 赤い障壁が消えるイメージが浮かんだ直後、カーク達は我に返る。

「うわ、これはきつい……。っと、そんなことより」

カークはミチルのイメージの後に現れた光景を思い出す。

「あれは確か、櫻木町駅だな。障壁が消えたのか?」

「このイメージを見ることが、あれが消える条件だったのかな? 写真は……うわぁ」

 譲葉が持つ写真には、仲良さそうに歩くコウイチとリナの姿が。写真は物陰からこっそり撮ったのか、右半分が影になっている。

「手まで繋いで、これは完全にできてますね。間違いない」

写真を脇から見た総一郎の手に、力が籠る。


「どうする? ここから先、終点のすすき()駅まで行く? それとも、櫻木町駅に戻る?」

譲葉は、今後の方針についてカークや桜散に尋ねる。

「俺は戻るでいいんじゃないかと思ってる。多分、あの壁の奥が本命だろうし。

 行方不明者も見つかったし、後は怪物を倒して、それで終わりだ」

「カークの意見に賛成だ。

 私としては写真の続きが気になるが……、さっきのような襲撃をまた受けるリスクを考えると、早く怪物を倒すことを考えた方が良いだろうからな」

「分かった。それじゃ、戻ろっか」

 5人はホームに戻り、下り方面の電車に乗り込んだ。


――――――――――――異空間(地下鉄)、地下鉄車内(下り、相南台方面)。

「しっかし、あのコウイチとかいう男。全くもって、けしからん奴ですね」

下り電車の車内。総一郎は1人、憤慨していた。

「どうして?」

譲葉が尋ねると、総一郎は語気を強め、こう言った。

「だって、幼馴染ですよ!? ミチルちゃんという可愛い幼馴染の女の子が居ながら、その友達になびくとか、有り得ないでしょう!? ミチルちゃんが可哀想じゃないですか!」

「そりゃそうだけど、まあ幼馴染だからねぇ……」

「……」

 半ば諦め気味に呟く譲葉。幼馴染が負けフラグであることは、彼女にとっても当然の認識であった。

 すると、総一郎のギャルゲーマーとしての嗅覚が、譲葉から漂うゲーマー臭を感知したのか。そんな譲葉に対し、彼は幼馴染物の良さを熱く語り始めた。

 そんな総一郎の話をすぐ隣で聞かされたアレクシアには、正直同情せざるを得ない。

 実際彼女は総一郎の隣で苦い顔をし、両手を伸ばしだらんとしていた。普段の彼女では考えられないような状態だ。


「な、なあカーク。総一郎って、こんな熱く話す奴だったか?」

桜散はカークに小声で耳打ちする。

「い、いや。あいつはな、幼馴染物が好きなんだよ。ギャルゲーとかで」

「は、はぁ」

 幼馴染の話になると態度が急変する。そんな総一郎の様子を見て動揺していた桜散に、カークは小声で補足した。


 ガタンゴトン……ガタンゴトン……。車輪が線路を走る音のみが、車内に響く。

「しっかし、進めど進めど暗闇の中。まだ櫻木町駅に着かないのかねぇ。

もう何分くらい乗ったっけ? さっちゃ」

カークは桜散に尋ねる。

「そうだな。もう30分くらいは乗ってるんじゃないか?」

「ほーむ」

カーク達が電車のシートに座ってくつろいでいた、その時。


 ガン! 突如車両前方から、大きな音がした。

「What!?」

驚いたカーク達は先頭車両へ向かう。すると、そこには。

「なっ、こいつは!」


 先頭車両の一番前、運転席に続く扉がある壁一面に、巨大な黒い影が現れていた。そして、そこには、先ほど現れた黒い手が。

「こいつは、さっきの腕! こんなところにまで!」

カークは先程やられた右肩に左手を当てる。

 よく見ると、腕には指輪がついておらず、大きさも一回り小さい感じであったが、このことをカーク達は気にも留めなかった。


 ブン! 腕はカーク達を感知したのか、手で握り拳を作り、突き出してくる。

「きゃっ!」

「Oa!」

 バン! カーク達は咄嗟に左右に回避、腕は後部ドアに命中し、そして、再び前の方へと戻った。

 衝突の衝撃で、車両が揺れる。


「きゃー!」

黄色い声を上げる譲葉。

「まずいな、こんな所で戦うことになるとは」

桜散は周囲を見回す。辺りに隠れる場所こそあるものの、ここは高速走行中の列車の中だ。

「こんなところで俺の魔術は使えん! 火だるまになっちまう」

 カークは腕の攻撃を、何とか鉄パイプで叩き落とした。


「ふんっ!」

 タタタタ! 総一郎は座席の陰から石片発射! 腕に命中させる。

 ブン! しかし腕は再度握り拳を作り、カーク達を叩こうとする。

「はぁ!」

譲葉は伸びる腕目がけ吹雪発射! 握り拳に命中。表面が凍結する! しかし。

 ドン! 握り拳は、そのまま譲葉に命中!

「ぐはっ!」

 バン! 譲葉、突き飛ばされ、車両後部に激突。衝撃で車両が揺れる。

「ゆーずぅ!」

カークは急いで譲葉を抱えようとするも、譲葉自身に制止される。

「待って、カーク君。私は、大丈夫。それより早くあの化物を何とかして!」

「っ、分かった! うおー!」

カークは鉄パイプを構えつつ、車両前方へ走る。

 ヒュン! 腕がカーク目がけ伸びる!

 ガン! カークはロングシート座席の陰に隠れ、攻撃を回避! 腕は座席から網棚にかけて伸びるパイプに命中! パイプが曲がる!


「Damn!」

カークは物陰に隠れながら、思考を巡らせる。

(とにかくあいつの前まで行きたい! だが、奴の攻撃をどうにかしないと先へ進めん!)

 カークは先程鉄パイプで攻撃を一度凌いだが、敵の攻撃は重く、いかんせん彼の腕力では攻撃を受けないようにするのがやっと。

(俺にもっと力があれば……あいつを跳ね返せるほどの腕力が……)

カークは、脳内で自分が鉄パイプで伸びる腕を跳ね返す様子をイメージした。

(跳ね返す、跳ね返す……)

 ブン! ブン! ブン! 彼の脳内で、握り拳を跳ね飛ばすイメージが何度も浮かぶ。


 その時! 彼の中で、何かが繋がったような感覚が走る。

(そうだ! このイメージがあれば……)

 彼は咄嗟に精神を集中させ、先ほどまで浮かべていたイメージと、体に力が湧くイメージを強く重ねあわせた。すると……。


 ピカッ! 突如カークの身体から強い光が周囲に放たれる!

「「カーク!?」」

「「カーク君!」」

カークの様子を見て叫ぶ4人。

 カークの身体から出た赤い光は、そのまま彼の周りに収束していき、赤いオーラが形成される。

「これは……」

 自分の両手を見つめるカーク。体を覆うように、赤いオーラが形成されていた! そして同時に、力が湧いてくる感覚があった。

「なぁ、さっちゃ! 今の俺、赤く光ってるか?」

カークは桜散に尋ねた。

「あ、ああ。光ってる。今のお前、輝いているぞ?」

桜散は、彼の問いの意図が分からず困惑しつつも、率直に答えた。それを聞いたカークは。

「そうか。よし!」

腹を据え、中央の通路に飛び出す。すかさず、黒い腕は握り拳を作り、高速で突き出してくる。

「うおー!」

カークは鉄パイプを目の前で縦向きに構え、そして。

「ふん!」

飛んでくる腕が目の前に来た刹那、鉄パイプを振り下ろしながら前方に駆け出した! 


 ブチブチブチブチブチ! すると、先ほどまで譲葉や総一郎の攻撃を受けてもびくともしていなかった腕が、鉄パイプの当たった箇所から竹の如く裂けていくではないか!

「なっ!」

その様子を見て目を大きく見開く桜散。

「いいぞ! カーク君!」

カークを応援する総一郎。


「うおー!」

ブチブチブチブチ…… トン! カークは腕を裂きつつそのまま前進! 運転席手前まで到達! 鉄パイプが運転席へのドアに当たり、音が鳴る。

 カークの渾身の一撃により、黒い腕はその中央からカニカマみたく綺麗に切り裂かれ、断面からは黒い霧が噴出! そのままだらりと力なく床に垂れ落ち、消滅した。

 ガコン! 腕型の眷属が消滅した直後、電車が少し揺れる。


「はぁ、はぁ、はぁ」

カークは床に座り込む。先ほどまであった赤いオーラも、この頃には既に消えていた。

「カーク!」

駆け寄る四人。ともあれ、彼らは危機を脱したのだった。


――――――――――――異空間(地下鉄)、板東橋(ばんどうばし)駅地下2階ホーム。

 カーク達を乗せた電車は、その後櫻木町駅の3つ隣にある板東橋駅のホームに停車した。

 どうやら彼らが眷属と戦っている最中に、櫻木町駅を通過してしまっていたようだ。

「おっ! 見ろよ。向かいに上り列車が止まってるぞ!」

 カーク達がホームに降りると、ホームの向かい側に上り列車が止まっていた。

「ちょうどいい。こいつに乗って、改めて戻るとしよう」

 カーク達は上り電車に乗り換え、改めて櫻木町駅を目指した。


――――――――――――異空間(地下鉄)、地下鉄車内(上り、すすき野方面)。

「ふぅ。まさか電車の中で襲われるとは……」

カークは座席に深く腰掛け、ため息をついた。

「全くだ。はぁ」

同じく桜散もため息をつく。彼女は想定外の事態に、ひどく動揺していた。

「それよりカーク君、先程のは一体?」

譲葉に治癒魔術を掛けつつ、総一郎はカークに尋ねた。

「ああ、あれは……。えーと……」

「補助魔術だよ。攻撃力を上げる、ね」

補助魔術について、皆にどう説明しようかカークが迷っていたとき、譲葉が口を開いた。


「補助魔術? あれが?」

その話題に、先ほどまで座席でへばっていた桜散が食い付いた。

「うん」

譲葉は疑う余地も無いかのように即答した。

その様子を見て、カークは。

(いよいよ来たか、このときが……)

と身構えた。


「そうか。あれが、補助魔術なのか……。なぁ、カーク。お前、あれ、どうやって使えるようになった?」

「Ah!? Nh? あ、ああ……あれな。

 何というか、あの腕を、鉄パイプで叩き落とせたらいいなぁ……みたいな感じのをイメージして、そして力を軽く込めていたら、何かできるようになってた」

 カークはこのとき、桜散がもっと深く突っ込んだ質問(補助魔術を、なぜ、どこで知ったかなど)をしてくると警戒し、身構えていた。

 しかし、彼女はカークの予想に反し、答えやすい質問をしてきたため、少し動揺してしまった。とはいえ、習得方法は彼が一番分かっている。そのまま答えた。


「そうか、分かった。ありがとう、参考になった」

「ど、どういたしまして」

「ん? どうしたカーク。調子でも悪いのか? お前も総一郎に治癒魔術、掛けてもらった方が良いんじゃないか?」

様子のおかしいカークを、訝しむ桜散。

「い、いや! 何でもない。ほら、俺はこの通りぴんぴんだ!」

「そうか」

何とか取り繕ったカーク。


 そんな彼の真横に譲葉がやって来て、耳打ちする。

「カーク君。補助魔術習得おめでとう! と、それはともかく……。何やってんの?」

「あ、ああ?」

「ああ? じゃないよ? 桜散ちゃんにあんな不審な態度取って、どうしたの?」

「い、いや。あいつに補助魔術のこと聞かれたら、どうやって答えようかなと迷ってさ。

 ほ、ほら、理正さんに教わったなんてそのまま言えないじゃん?」

「そんなんさっき言ったみたいに、『イメージしてやってみたら、何かできました』、でいいんだよ。

 大体、私達が魔術に目覚めたときがまさにそんな感じだったんだし、桜散ちゃんも普通にそれで納得したと思うよ?」

カークの情けない様子に、譲葉は彼を叱咤した。

「そ、そうか……」

「逆にあんな不審な態度取ったら、桜散ちゃん逆に怪しんじゃうよ? こういうのは、深く考えたら負けだから、分かった?」

「は、はい」

カークは桜散とのやり取りについて、深く考えすぎていた自分を情けなく思った。


――――――――――――異空間(地下鉄)、櫻木町駅地下4階ホーム。

「さて。ようやく櫻木町駅まで戻って来た訳で。さっさと行きますか」

カークは背伸びをし、息を整える。

「そうだね。これでボス戦って訳だね。ワクワクしてきた」

5人がホームに降り、階段を目指そうとしていると……。


「ん?」

アレクシアが最後にホームに降り立ったその時、彼女の目線の先に1枚の写真が。

「ねえ、皆。これ……」

「ん? 写真か!」

写真を目にした4人は、一斉にアレクシアの元へと駆け寄った。写真は裏面を上にして、床に落ちていた。

「ここに来たときはありませんでしたよね?」

「そうだな。……見てみるか」

「私が、拾う、わね」

アレクシアは写真を裏返す。すると……。


「きゃっ!」

「うおっ!」

「うわっ!」

「なっ!」

「っ!」

驚愕する5人。

 写真に写っていたのは、2人の女性と、その間に立って笑う1人の男性。

 2人の内、片方、黒いロングヘアの女性の顔が、真っ赤な何かで塗りつぶされている!

「そんな、これって……」

譲葉は言葉を失う。

 呆然と立つ4人に囲まれながら、アレクシアは慎重に写真を拾い上げた。

 5人の脳内に、最後のイメージが流れ始めた……。


――――――――――――。

『ふ、ふふ、ふ……』

 自室で不穏な笑みを浮かべるミチル。

 そのそばには、虚ろな目をしたコウイチの姿が。彼の目には、生気が感じられない。まるで人形のようだ。


『最初から、最初からこうすればよかったのよ……』

 ミチルは部屋の窓から、遠くの交差点を見つめる。

 彼女の目線の先、そこには交差点の入口で停車したトラックと、その目の前で血まみれになって倒れるリナの姿があった。

『これで、コウイチも、私の……?』

そこまで言いかけたところで、彼女は正気に戻ったかのように嗚咽し始める。

『うっ、うう……。ごめん、ごめんね、リナ……』

ミチルの目から、涙がとめどなく流れ出した。


 ミチルは、指輪の力を使ってコウイチを操り、自室へと呼び寄せた。

 そして、彼と待ち合わせの約束をしていたリナの前に現れ、彼女を洗脳。そのままトラックに突っ込むよう仕向け、そのまま家まで逃げ帰ったのである。

 リナの周囲には大きな血だまりが出来ている。おそらく、即死だろう。

『私、私……こんな、こんなこと……』

 後悔先に立たず。そして、覆水盆に返らずとはまさにこのことか。彼女は親友に幼馴染を取られたくないあまり、指輪の力で取り返しのつかない事態を招いてしまったのである。

『う、うう! うう』

目の前で虚ろに立つコウイチの姿が、涙で見えない。

 ミチルは無意識に、家から飛び出す。そして、リナの倒れる交差点へ。


 交差点は規制線が張られ、人が立ち入ることが出来ない状況にあった。そんな中、ミチルは見てしまう。

 青い布に全身を覆われ、運ばれていくリナの姿を。

『う、うう……』

地面に手をつくミチル。


 カサッ! その時、彼女の手に何かが触れた。

『これ……?』

それは、1枚の写真。ミチルが裏返すと、そこには。

『あ、ああ! これは……』

 それは、ミチルとリナとコウイチが、3人一緒に撮った写真だった。使ったカメラはもちろん、ミチルのだ。

『これ、リナにあげたやつだ……』

リナがこの写真を持っていたということなのだろうか? ミチルには、そうとしか思えなかった。そして改めて彼女は、自分の過ちを嘆く。

『ごめん、ごめんね、リナ……。本当に、ごめん……!?』

その時だった。


『う! グッ! ……なっ? 何、これ? 指輪が!?』

 ピガガガガガガ! 彼女が付けていた指輪が、次々と赤い光を放出! 光に当たった人や動物は、まるで人形になったかのように動きを止めていく。

『指輪の、力がっ! 制御、できないっ! ぐっ、ぐう!』

暴走する指輪からは、禍々しい黒い霧が流れだし、そして……。

『グアァァァァァァァァァァァァ!』

 ザァァァァァ――――――――! ミチルの苦しげな叫びと共に、交差点一帯は黒い霧に覆われ、イメージは途絶えた……。


――――――――――――異空間(地下鉄)、櫻木町駅地下4階ホーム。

「何だよ……これ……」

イメージを見終えた5人は、呆然と、ホームに立ち尽くしていた。

「やはり、碌でもない力だったな。最後は、暴走、したのか? あれは」

桜散は疑問を口にする。

「じゃ、ないかなぁ? ほら、よくあるじゃん? 身の丈合わない力手に入れて自滅するって話。でも、これは……」

「酷い、酷い結末ですね……」

「……」

沈黙する5人。


「と、とにかくだ! 先行こう! 先!」

沈黙の中、最初に口を開いたのはカークだった。彼は話を続ける。

「あのイメージが何を意味してるなのかはまだ分からない。でも、俺達には俺達のやることがあるんじゃないか?」

 カークは、重い気持ちを何とか鼓舞しようと必死だ。正直、彼だってこんな気持ちで怪物との戦いに臨みたくはない。

 しかし、最早相手はいつ仕掛けてくるか分からないのだ。一刻の猶予が無かった。

「……そうだな。行こう、カークの言うとおりだ。私達は、私達のやることを終わらせよう。

 考えるのは、その後だ」

桜散の言葉に従うように、5人はホームの階段をゆっくり上って行った。


――――――――――――異空間(地下鉄)、櫻木町駅地下3階通路。

 カーク達はその後改札を抜け、左側の通路を進む。すると案の定、前来た時の赤い壁は無くなっており、先へ進むことが出来た。

 赤い壁の先へ進むと、開けた空間に出る。ここには近くのビルやHR-East(東ヒノモト旅客鉄道)の駅へ続く地下道がある。地下道へは、左右に伸びる階段とエスカレーターで上がることが可能だ。

 カーク達は、HR駅へ続く右側の階段を上って行く。すると、途中でアレクシアが立ち止まり、4人に注意を促した。

「待って。この先、とても大きな魔力を感じる。本体が、居るわ」

「分かった。皆、覚悟はいいな?」

桜散が問いかける頃には、一行の気持ちは落ち着きつつあった。


――――――――――――異空間(地下鉄)、最深部。

 カーク達が階段で地下道に上がると、彼らの目の前に無数の小さな黒い影が出現した。

「早速お出ましだな! 行くぞ! 皆!」

「ああ!」

「ええ!」

「うん!」

「そうね」

カークを筆頭に、5人は大声を上げる。すると、先程までの暗い気持ちが少し和らいだ。


「それじゃあ、まず行くぜ! はぁぁぁ!」

カークは先程と同じように力を込める! すると、彼の周りには赤オーラが出現!

「よし! 再現できた!」

 彼は次に桜散の方へと向くと、彼女に手をかざして力を込めた。すると、桜散の身体にも、カークと同じ赤いオーラが現れた。

「おっ! すごいな! 力がみなぎってくる! なるほど、これはすごいな。ありがとう、カーク!」

桜散はカークにお礼を言った。

「カーク君、僕達にもお願いします!」

「ああ! 分かってるぜ!」


 カークが残り3人に補助術を掛けている間に、桜散は眷属達と対峙する。眷属の形は四足動物型、数は15体いた。

「数が多いな。だが……はぁぁぁぁ!」

 ジャー! 桜散はためらうことなく水流発射! 補助魔術の影響か、水流の勢いは普段に比べずっと強くなっていた。

 バシャー! 桜散の水流が、眷属3体をまとめて薙ぎ払い、地下道の壁に叩きつける! 叩きつけられた眷属達は、黒い霧となり消滅する。


「うりゃー!」

続いて補助魔術を掛けられた譲葉が、眷属3体に吹雪を照射する。

 ヒュゥゥゥゥ! カチカチカチ! 眷属3体はあっという間に凍結! そして。

 パリパリパリ! ガラスが割れるような鋭い音を立て粉砕! 霧散した。


「ふんっ!」

赤オーラを纏った総一郎は地面目がけ拳を突き立てる! すると!

 ドン! 床が陥没! 地割れに眷属3体を巻き込む! そしてそのまま。

「ハァー!」

タタタタ! タタタタ! 追撃の石片攻撃! 命中した眷属達は次々爆発四散!


「イヤー!」

アレクシアは眷属3体に対し突風攻撃を敢行!

 補助魔術によって強められた一撃は、眷属をまとめて吹き飛ばし、霧散させた。


「Ah――――――――!」

最後にカークの火炎放射が、残りの眷属を跡形も無く焼き払う。

 彼らの戦いが、新たなステージを迎えた瞬間であった。


「はぁ、はぁ。やったな。補助魔術様様だぜ」

15体も居た眷属を一網打尽にしたカーク達。しかし、彼らの戦いは終わらない。

「……来るわ! 本体が!」

アレクシアが叫ぶと同時に、地下道にうっすら漂っていた黒い霧が集まりだし、一つの形を作り始める!

「いよいよお出ましか。ここで終わらせるぞ!」

 黒い霧は、やがて仮面を付けた体育座りの少女と、大きな1本の黒い腕を形作る。黒い腕には、大きな灰色の指輪。

 指輪をはめた手は、侵入者たるカーク達を眺めるように、手の甲を向けゆらゆらと揺れ動いていた。


「俺は補助魔術で援護する! 皆はその間に攻撃を! 

あと、オーラが消えたらすぐ後退してくれ。掛け直すから」

「分かった! 総一郎、譲葉ちゃんは適宜回復を頼む」

「了解しました。カーク君も気を付けて」

「おっけー! 頑張っちゃうよ!」

「アレクシアは私と一緒に腕に集中攻撃! さっきみたいに行くぞ」

「……分かった。行きましょう?」

怪物を前に、瞬時に作戦を構築する5人。


「イヤー!」

「ハァァァァ!」

アレクシアと桜散は横に並び、共に怪物の影から伸びる大きな腕目がけ、魔術を放つ!


バシャ!  ジェット水流が命中! 腕の動きを止める! 

 ザザザザ! そして、水流の周囲を回るように小型竜巻が飛来! 怪物の大腕を切り裂いていく!

「――――――――!」

言葉にならない叫びをあげる怪物。

「やっぱり、効いてるね。これなら、さっきと同じ作戦で行けそうだね。ていっ!」

譲葉は氷柱を生成し、腕に叩きつける! 先ほどはこれで退かせたが……。

 ブンッ! バリン! 怪物の大きな腕は即座に握りこぶしを作り、落下する氷柱を叩き上げて粉砕した。

「流石に、今回は一筋縄ではいかないようですねっ! ふんっ!」

総一郎は地面に手をつき、力を込める。怪物の直下に地割れが発生!

 ヒュン! するとその瞬間、大腕は地面に手をつき本体ごと跳躍! 地割れを回避した。

「甘い!」

タタタタタタ! ドン! 宙を舞う怪物に対し、総一郎は右手で石片を乱射! 大腕に命中! 撃墜!


「シクシクシク……シク……」

動きが止まる怪物。だいぶ弱っているようだ。

「さて、最後は俺がトドメと行くか! うおー!」

カークは自身に補助魔術を掛け、怪物目がけ突撃する! すると。

 ビュン! ビュン! ビュン! 怪物の影から、小さな腕が無数に現れ、カーク目がけて飛んで行く。

「危ない!」

「まだこんな力を残していたなんて!」

後方で桜散と総一郎が叫ぶ中、カークは鉄パイプを振るい、同時に力を込めて振り回した。

「Ah――――――――!」

ボォン! 鉄パイプの通った軌跡に、炎が出現! そして。


 ドン! ドン! ドン! カークは鉄パイプで小腕を薙ぎ払う! その威力は絶大! 小腕は次々と焼き払われていく! 

「Ahhhhhhhhhhhh!!!」

 そしてそのまま、怪物の目の前でジャンプ! すかさず大腕はカークに手の甲を向け、無慈悲なレーザー攻撃を浴びせんとする! しかし。

 パリン! カークの一撃の方が早かった! 一撃は怪物の指輪に直撃! 粉砕!

「シク……シク……シ……ク……」

直後、怪物のすすり泣く声が弱まっていき……。

「……」

完全に、止まる。その瞬間! 

「グアァァァァァァァァァァァァ!」

強いボイス加工がかかったような断末魔と共に、怪物から黒い霧が勢いよく発生!

「うわ!」

黒い霧に吹き飛ばされるカーク! しかし、4人がキャッチ!

「やったな! カーク」

「だね! 今度こそ倒したでしょ」

「です、ね」

「そう、ね。魔力が、消えていく……」

黒い霧を吹き出した怪物が、そのまま塵となって消えて行ったその時。


 カラン! 何かが床に落ちる音。カーク達は急いで怪物が居た場所へ向かうと、そこには。

「これは、カメラ……?」

そこには、壊れた1台のデジタルカメラと、1枚のカラー写真。

 写真の中には、幼い男の子と女の子の姿が。

「この、カメラと写真は、もしかして……」

カークがそれらを拾った瞬間、周囲の景色がぼやけていった。


――――――――――――夕方。

 カーク達が井尾釜駅ホームへ帰還したとき、時刻は17時を回っていた。

「長い戦いが、……終わったな」

人が行き交うホームで桜散は、ぽつりと呟く。

 これで、行方不明者は全て救出した。行方不明事件も、終息するだろう。だが。


「あれ? 写真が無い!」

譲葉はリュックを開き、先ほど拾ったモノクロ写真を探すも、見つからない。

 どうやら、異空間由来の物体は、異空間が消えるとそのまま消えてしまうようだ。

 一方、カークが持ち帰ったカメラと写真は、現実世界に帰還してもなおその形を保ったままであった。


「なあ、さっちゃ。この写真に写ってるのって、それに、このカメラって」

レンズが壊れたカメラと写真を手に、カークは桜散に声を掛ける。

「言うな、カーク。私の推論も、お前が考えている通りだ。

 この写真に写っているのは、小さい頃のコウイチとミチルだろう。

 そして、このカメラは、この、カメラは……おそらく、ミチルのものだろう。彼女の亡き母親の、形見の」

桜散は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、カメラと写真についてこう結論付けた。


「ねえ、あの怪物を倒したら、このカメラが出てきたんだよね? それに、異空間で見た最後のイメージを考えると」

譲葉は恐る恐る、皆に話しかける。

「考えたくありませんが、おそらく、そういうことなのでしょう。

……そうとしか考えられないというか、そう考えた方がむしろ、自然ですよね」

総一郎はそこまで言うと、深いため息をついた。

「……」

そんな4人を見て、沈黙するアレクシア。


 怪物を倒し、事件も解決。本来なら喜ぶべき状況であるはずなのに、5人の心は晴れない。

 むしろ、自分達が得体の知れない何かに首を突っ込んでしまったのではないかという薄気味悪さ、そして凄まじい後味の悪さが残った。


「なあ、アレクシア。俺達が倒していた、仮面の怪物って」

「……」

カークの問いに、アレクシアは答えない。彼女は、下を向いている。

「おい! 何か知らないのか?」

「……」

 不思議な力を持つアイテムを使って魔術を使えるようになった。しかし、魔術の力に溺れ、破滅した者の末路は……。

 このような事例について、アレクシアは何か知っているのではないか。カークはそう考え、彼女を問い詰める。しかし。


「止めましょう。カーク君」

その時、アレクシアに問い詰めるカークを、総一郎が止めた。

「総一郎。だけどよ……」

「今日は、もうお開きにしましょう。僕達には、休息が必要です。肉体的な意味でも、精神的な意味でも。

 皆さんも、それでよろしいですか?」

総一郎は冷静に振る舞っていたが、その手は震えていた。

「総一郎の言う通りだ。カーク。今日私達が異空間で見聞きした経験は、いささか刺激が強すぎるものだった。

 一度頭を冷やした方が良いだろう。……誤った結論に辿り着かないためにも」

総一郎の言葉に、桜散は同意する。

「だね。はぁ、そう言えば朝から何も食べてないなぁ。帰ったら、晩御飯食べなきゃ」

譲葉は既に、気持ちを切り替えつつあった。

「……OK、さっちゃ。それじゃあ皆、今日はこれで、解散!」

 こうして、5人はそれぞれの家へと戻って行った。


――――――――――――夜。

「はぁ」

カークは風呂に入りながら、今日の出来事を思い出していた。


 仮面の怪物の正体は、魔術を使う元人間なのではないか。

 そう言えば、そんな話を去年アニメで見た事があったっけと、カークは思い出す。ただ、あれは魔術を使えるのは少女のみという設定で、自分は男だ。

 それに、願いに魂を売り渡した覚えもない。何の前触れも無く突然、魔術が使えるようになったのだ。

 あの不思議な力を使える指輪は気がかりだが、そもそもあんな物を自分達は使っていない。

 無関係、無関係のはず、と彼は考えていたのであるが……。やはり同じ魔術を使う者として、どうしても気になって仕方が無かった。


 正体に関する事実だけでもカークの心は動揺していたが、彼にとってそれ以上にショッキングだったのはあのイメージ。

 ミチルとリナとコウイチの物語。幼馴染の男女と、その破滅の物語。

 カークにとって、あの物語は他人事ではないのではないか、そう思えてならなかったのである。

(なぁ、さっちゃ。お前はあの力を、碌でもない力と言ったよな?

 じゃあ仮に、俺の気持ちがアレクシアの方に向いていたら、それでお前が、あの力を持っていたら)


「お前は本当に、使わずにいられるのか?」

二者択一の選択。カークは片方を、このとき選んだ。


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