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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第二章「魔術師の集いし場」
13/42

第12話『魔術師の集いし場』

[あらすじ]

 再び奇妙な夢を見たカーク。夢の中の声によると、今後カークは大きな選択をする場面に遭遇するらしい。だがそんなことを気にも留めないカークは、桜散の件でお礼を言うために総一郎邸を訪問する。

 するとそこで、彼は思わぬハプニングに遭遇することに……。


第12話『魔術師の集いし場』

――――――――――――???。

『ねぇ』

『……ん?』

カークは、夢を見ていた。思えばこんな夢、以前見たような……。

『頑張ってるね? これで、役者も揃ったって訳だ』

謎の声に、話しかけられる夢だ。カークは周囲を見回したが、誰も、何も居ない。

 暗黒の中、カークは1人立っていた。


『ここまで、君は順調に進んでいるみたいだけど……。果たして、今後はどうかな?』

煽る様な喋り方に、カークは思わず眉をひそめた。

『何だ? お前は。俺に何が言いたい?』

カークは、虚空からの声に尋ねる。

『ふふふ、そうだね。一言でいうと、これから君には大きな選択をする場面に遭遇することになる。

 ……君の今後の未来を左右する、大きな選択だ。よく考えて、選ぶんだね』

虚空からの声は、彼にそう忠告した。


『選択? 選択って、一体?』

カークは更に尋ねる。

『それが何なのかは、いずれ分かるさ、いずれな。それが何なのか自力で気づくということも、大事だよ?』

謎の声は、カークの問いに答えようとはしない。


『選択、か。前も言ってたな。でも、俺の考えは変わらんよ。人生なるように、なるだけだ』

カークは、達観したように言い放った。

『……ふむ。まだ、そう考えるんだね?』

謎の声は、何やら考え込んだようだった。

『何だ、何が言いたい?』

 カークは三度尋ねる。彼はこの声の主が誰なのか、そして何を自分に伝えたいのかが、よく分からなかった。

『……。まあ、いい。今は、まだいい。……また、会えるさ。また、な』

 その声と共に、カークの視界はぼやけていった――――――――。



39日目

――――――――――――朝。

「何だ!?」

カークが叫んだとき、そこは彼の寝室であった。

「何だ、夢か……」

夢だと気付いた途端、さっきまでの出来事が急速に彼の記憶からぼやけていく。


(今、何時だ?)

カークがふと、時計を見ると、針は9時を差していた。

(そういや、さっちゃは……)

彼は桜散のことを思い出した。

(いつもならあいつが起こしに来るんだがなぁ)

 彼女に起こされるのが先か、自力で起きるのが先か。そんなギリギリのやり取りを、2人は当たり前のように交わしていた。

 そのためカークにとって、今日の朝は心なしか寂しく感じられた。


 その後カークは自室を出ると、すぐ隣の桜散の部屋へと向かう。……部屋の鍵は開いていた。当然だが、誰も居ない。

 その様子を見たカークは、ため息をついたのだった。


 その後、カークは1階へと降りた。どうやら李緒は外出しているらしく、姿が見えなかった。

(腹減ったなぁ)

 思えば、昨日の夜は何も食べていなかった。カークは冷凍庫を開ける。そして中から冷凍食品のグラタンを取り出し、電子レンジに入れ加熱した。

 チン! レンジのタイマーが加熱終了を告げる。すかさずカークはグラタンを取り出し、テーブルの上に置いた。


「はふっ、はふっ!」

アツアツのエビペンネグラタンを口に運びながら、カークはリモコンを操作した。

『――――××内閣の支持率は、先月の世論調査に比べ6.2%低下し、53%になりました』

 政治の話題だ。カークはエビを噛み潰し、テレビのスイッチを切った。

 そして時計を見る。今日は日曜だが、見たいアニメは特に無い。結局、彼はそのままグラタンを黙々と食べ進めた。


 グラタンを食べ終えたカークは、やはりインターネットが一番だなと思った。そして彼が自室へ向かおうとした、そのときだった。

 ガチャ! 玄関のドアが開く音が、カークの耳に届く。彼はすかさず、玄関へと向かった。


「あら。ただいま、カーク」

「あ、母さん、ただいま。あと……」

カークはそこまで言ったところで、李緒の隣を見る。そして、一言。

「おかえり、さっちゃ。身体は、もう大丈夫なのか?」

「ああ、もう、大丈夫だ。……ただいま、カーク」

2人の間に、いつもの調子が帰ってきた瞬間であった。


――――――――――――昼。

 昼食を食べたカークはふと、総一郎のことを思い出した。

(昨日はあいつの世話になったなぁ。それに、あいつにもいろいろ聞きたいことがあるんだよなぁ。……ちょっくら行ってくるか)

 そう考えれば、善は急げ。彼は荷物をまとめ、家を出ようとする。すると。

「待て。何処へ行くつもりだ?」

玄関先でカークを呼び止めたのは、桜散であった。

「ん? いや、ちょっと総一郎のとこへ行こうかなと思ってさ」

「そうか。……彼が、私を助けてくれたんだってな? 私が感謝していたと、伝えておいてくれないか?」

桜散はカークに、総一郎にお礼を言うよう頼んだ。

「分かった。お前の代わりに伝えておくよ」

カークは桜散の頼みを快諾した。


「あ、それと、あと」

「ん? 何だ、さっちゃ?」

桜散は少し考え込んだ後、続けて言った。

「帰ったら、私にいろいろ聞かせてくれないか? 総一郎から聞いた話を」

「おう! 分かった」

彼女の2つ目の頼みも、彼は快諾した。

「それじゃあ、行ってくる」

「ああ、行ってらっしゃい」


 カークは外へ出ようとした。しかしすぐ、何かを思い出したかのように戻ってきた。

「ん? どうした? 忘れ物か?」

桜散が尋ねると、カークは右手を彼女の前に差し出した。

「ん?」

「ほら、握手」

カークがそう言うと、桜散は左手を差出し、握手をした。

「何でまた?」

「いや? 何となく、したいと思った」

 そう言うと、カークは左手で、桜散の頭を撫でた。同時に彼は、彼女に対し満面の笑みを浮かべた。

「それじゃあ改めて。行ってきます!」

カークは再び、家を飛び出した。

 その後には、顔を赤くした少女が一人、残された。


――――――――――――午後。

「ごめんくださーい!」

カークは、総一郎邸の門に立ち、チャイムを押した。

「こんにちは。何かご用でしょうか?」

すると、チャイムから女性の声が聞こえてきた。

「えーと……。俺は、総一郎君の友人で、カーク・高下って言います。総一郎君はいらっしゃいますか?」

カークはどう返事してよいか迷いつつ、何とか用件を伝えた。

「カーク様ですね? かしこまりました。ただいまお迎えにあがります」

「分かりました。よろしくお願いします」

会話のやり取りが終わった。と同時に、カークは大きくため息をついた。

(はぁ、何とか伝えられた。確か前は、ゆーずぅが応答したんだよな。……チャイムで人を呼ぶなんて久しぶりだからなぁ。正直、どう答りゃいいのか迷ったぜ)

 情けない有様である。彼の、日頃の交友の無さが祟ったと言えよう。


 しばらくすると、門が開き、中からメイド服姿の女性が現れた。

「こんにちは、カーク様」

「あ、こんにちは。えーと、あなたは確か……」

カークは、必死に目の前の女性の名前を思い出そうとした。

「要でございます。総一郎様の所へご案内いたしますね」

そんな彼の様子を見て察したのか、要は名前を名乗り、彼を案内した。

「あ、ありがとうございます。要さん。すみませんね」

「いえいえ。さて、行きましょうか」

「はい!」

 カークは要の後に続き、屋敷の中に入って行った。


 その頃総一郎は、自室でギャルゲーをプレイしていた。

「ふぅ。ふむふむ……。これは当たりだな、幼馴染の子も可愛いし」

 話の流れ、絵の出来、BGM。3点綺麗に揃っている。

 何より、主人公がいわゆるクズではない。複数いるヒロインの中で流されることなく行動できている。これらの点は、総一郎を引きつけた。

(やっぱ面白いゲームは面白いんだよなぁ)

総一郎はそう考え、部屋の片隅に無造作に積み上げられたソフトの山を一瞥する。

(あれどうしよっかなぁ。ゴミに出しちゃおっかなぁ)

 積み上げられたそれは、総一郎の目にかなわなかったソフト達である。いわゆる「地雷」、「クソゲー」と呼ばれるハズレソフトや、彼自身が面白くないと感じたソフトだった。

 彼は月に7~8本はギャルゲーを購入し、プレイしている。インターネットのレビューサイトにもレビューを多数投稿しているほどの筋金入りだ。

 

 地雷とはいえ、1本5~6千円もするソフトだ。ゴミに出すのは通常躊躇われる。しかし彼自身、気に入らないソフトを中古市場に流す行為に気が乗らなかった。

(うーむ。まあ、後で考えるか。とりあえず、続き続き……)

 彼はソフトの処遇を棚上げし、ゲームの続きをプレイし始めた。


 トントン! 部屋のドアを何者かが叩く。しかし、ゲームに没頭する総一郎はヘッドホンを装着しており、気づかない。

「総一郎様。カーク様がお見えです」

要の声だ。しかし総一郎は気づかない。よほど熱中しているようだ。彼のプレイするゲームは、主人公がヒロインに告白する手前、ちょうど佳境に差し掛かっていた。


「どうしたんですか?」

部屋の外で、カークは要に尋ねた。

「返事がありません。中にいらっしゃるのは間違いないのですが……。きっと、またゲームを致しているのでしょう」

要はそう言うと、ドアを開けようとする。しかし、ドアノブが回らない。鍵が掛かっているようだ。

「鍵が掛かってますね。開けますね」

要はカークの方を向いてそう言うと、鍵を開け始めた。

「あ、おい。開けちゃっていいのか?」

その様子を見て、カークは思わず彼女を止めようとした。

「何故、止めるのですか?」

「あ、いや、その。こういう時は、ちゃんとノックした方が良いかと」


 カークにはこういうシチュエーションに覚えがあった。こういう風に鍵をかける場合というのは、家族に見られたくないことをしているときだ。……例えば、ネットゲームをやっているときとか、エロ画像を見ているときとか。

 彼にもそう言う趣味があるのではないか。カークはそう考え、少し待つべきだと思ったのだ。


 しかし、カークの総一郎に対するささやかな気遣いも、要の前には無意味であった。彼女はたちまち鍵を開け、ドアノブに手を掛ける。

「あ、ちょっと! 話聞いてますか?」

自分の話を聞いてなお、ためらいなく鍵を開けた要に、カークは詰め寄った。

「聞いてますよ? いいじゃありませんか、別に開けても」

「いや良くないって。男の城に勝手に入るなんて……」

「どうせ、ギャルゲーですよ。いつものことです」

要はさらっと言い放った。

「なら尚更だ。女性であるあなたが入るのは、彼にとって最悪の事態に他ならない!」

 自室でエロ画像を見ている最中に桜散に踏み込まれた経験があるカークは、必死に食い下がった。


 しかしそんな彼を、要はキッと睨み付ける。思わずたじろぐカーク。

「知りませんよそんな。……それに私だって、何度も部屋に入ってますから、気にしませんよ?」

要はしつこいカークに対し、不機嫌そうにそう言うと、ドアを勢いよく開けた。

「総一郎様! カーク様がおいでです! 返事をしたら、どうですか?」


 総一郎の部屋に入ったカークと要の目前には、ヘッドホンを装備しながら一心不乱にパソコンの画面を見つめる総一郎の姿があった。画面には服がはだけた少女の画像が映っている。

 物音で振り返った総一郎。

 彼の心は、ゲームに熱を入れた状態から瞬間凍結した。


 ……実際のところ、彼はゲームがHシーンに入ったため、スキップで飛ばそうとしていた。しかし部屋に入った2人からは、エロ画像を見ている瞬間のようにしか見えなかった。

「あ、要……。それに、カーク君……こ、これは」

彼は慌ててゲームのウィンドウを閉じる。しかし、手遅れだ。

「総一郎様ぁ!」

 要は顔を赤くしながら、総一郎へと詰め寄った。……これは明らかに怒っている!

 その光景を見たカークは、思わず顔を手に当て後ろを向き、耳を塞いだのだった。そして。

(生きろ、総一郎)

彼の不運に、密かに同情したのだった。


「では、私はこれで」

 要はそう言うと、廊下の奥へと歩いて行った。そして部屋には総一郎とカークの2人。

「ありがとうございます」

カークは去り行く要にお礼の言葉をかけた後、総一郎を見て、一言。

「その、何だ。こういうこともある」

彼なりに総一郎を慰めたつもりだが、うまく言葉が出なかった。

「いや、僕は物語に没頭したいと思ってHシーンをスキップしようとしただけで」

「分かってる。分かってるさ、そう言う趣味があっても良いと、俺は思う。すこぶる健全だ」

「いや分かってないでしょう!?」

総一郎は動揺し、弁解する。その言葉に、カークは少し苛立った。

「分かってると言ってるだろう? お前はHシーンを飛ばそうとして、その瞬間に入られ誤解された。違うか?」

カークの言葉に、総一郎は頷いた。

「ならお前が言う通り、そうなんだろう。……正直、運が良かったな? 見たのが俺で。これがゆーずぅやさっちゃだったら、お前死んでたぞ?」

「それは、もっともなことで……」

総一郎はそう言うと、がくりとうなだれた。


「でも、要には誤解されたよ。きっと嫌われた……うぅー!」

 総一郎はちゃぶ台に顔を伏せると、うーうーうなり始めた。

「お、おい! 大丈夫か総一郎?」

嘆き悲しむ総一郎に対し、カークは慌てて声を掛けた。

「うー……」

相当参っているようだ。

「要さんには後から言って、俺が誤解を解いておくから、な?」

「うーん」

カークの言葉に、総一郎は顔を起こした。

「ありがとう、カーク君」

「いやいや。それはこっちが言いたい台詞だ、っと」

そこでカークは、桜散からの伝言を思い出した。

「そうだ総一郎、さっちゃがさ、お前に礼を言いたいって言ってたぞ?」

「……そうですか。僕は当然のことをしただけですよ」

「いやいや、あいつがお礼を言うとか相当だぞ? だからさ、その、元気出せ」

「はい……」

総一郎は頷いた。


「さて……。カーク君。今日は何の用があって?」

総一郎は調子を取り戻すと、カークに今日来た理由を尋ねた。

「いや、特に。ちょっと話をしたいなと思ってさ」

「そうでしたか。いやはや、恥ずかしいところを見られてしまいましたね」

「気にするな。俺だってギャルゲーもやるし、エロ画像も見るからな。そんな最中に誰かに入られたらと思うと気が気でないさ」

「なるほど」

カークの話に、総一郎は同意した。

「実の所、以前さっちゃに見られたことがあってさ。あの時のことを思い出したよ」

「そうですか。それは、お気の毒に……」

「まぁ、大変だったわ。あいつは顔真っ赤にしながら俺に噛みついて来たし。恥ずかしくて死にたくなった」

 カークは恥ずかしそうに、昔のことを総一郎に語った。


 その後2人は、魔術と仮面の怪物についての話を始めた。

「つまりお前は、4人行方不明者を見つけてたわけだな? 俺達が見つけたのと、合わせて6人か」

「ええ、今朝のニュースでも6人発見されたと言っていましたね。それにしても、てっきりマネキンか何かだと思ってたあれが、行方不明者だったとは……」

 総一郎は、異空間で見た異様な像のことを思い出していた。

「異空間では魔力を持たないものは動かなくなるからな。

 それにしても、お前の話を聞く限りだと、食べ物とかは問題なく食べられるっぽいな。考えたことも無かったけど」

「確かに、言われてみればそうですね。動かなくなると言っても、物体の時間が止まると言ったわけではないと」

「そうだな。俺達が武器を持ち込んだ時も、武器が固まったりはしてなかったし、時間停止じゃあないな」

 どうやら、異空間内で動かなくなった物体は、取ったり食べたりが可能なようだ。


「あと、カーク君の話が正しければ、僕にも魔術の素養があったということなんでしょうかね?」

総一郎はカークに、自分が魔術を使えるようになった理由について尋ねた。

「そう言うことだろうな。正直、最初に異空間にお前がついて来たときに気づいていれば、事前に注意とかできたんだが……」

「いえいえ。仮に分かってても、今回のは多分防げませんでしたよ。何分いきなり、目の前に異空間の入口が出てきましたからね」

「そうか……。あと、お前はどうやって魔術を? 俺達みたいに、突然使えるようになった?」

カークは総一郎に、魔術を使えるようになったきっかけを尋ねた。

「ええ、そうです。目玉に翼が生えたような敵に襲われてピンチになったとき、気が付いたら手から石の破片が飛び出していました」

「なるほど。その辺は、俺達と一緒なんだな」

 総一郎の回答に、カークは1人納得した。


「そういや総一郎」

「ん、何ですか? カーク君」

「お前、どういうタイプのギャルゲーが好きなんだ?」

カークはここで話題を変え、総一郎に好きなギャルゲーについて尋ねた。

「そうですねぇ……。好きなのは、『幼馴染物』ですかね?」

総一郎は自分の趣味趣向を、彼に打ち明けた。

「幼馴染物? メインヒロインが幼馴染ってことだよな? 何で?」

カークは理由を尋ねた。

「そりゃ、可愛いからに決まってるじゃないですか! 主人公と古くから顔見知りで、気が置けない関係で……。実に見ていて、微笑ましい」

カークの問いに対し、総一郎は熱く語り始める。

「それに、大体幼馴染ってのは、ヒロイン争いで、大体負けちゃうじゃないですか。判官贔屓って言うんでしょうかね? その辺でも同情しちゃうんですよね。だから、止められない」

総一郎はそこまで言ったところで、一息ついた。


「確かに、大体幼馴染キャラが居る所に別のヒロインが現れて、ってのは物語の始まりでよくあるパターンだな。それで大体、ヒロイン争いで勝つのは幼馴染じゃない方だ」

カークは総一郎の話を聞いて、物語でよくありがちなパターンを思い浮かべる。

「幼馴染ってのは、主人公に対する親愛度は高かったりするんですが、恋愛対象として見られにくいそうなんですよねぇ。恋人関係まで行かないというか」

「そうだなぁ。俺はさっちゃと何年も暮らしてるんだけど、あいつとは同じ年の兄弟みたいな感じで接してたな。まあ、そんな扱いが原因で一悶着あったんだが」

 カークは、自分と桜散がアレクシアを巡って揉めたことを思い出した。


「なるほど、だから桜散さんとアレクシアさんは……。

 つまり、桜散さんが幼馴染で、アレクシアさんは後から現れてカーク君をかっさらっていくヒロインポジって訳ですね。 

 ミステリアスなヒロインが出てきて物語が始まるというのはお約束の展開ですよねぇ」

総一郎は1人、うんうんと頷いている。

「そういや思うに、授業開始日にあいつと出会ってから、いろいろ起こり始めた気がするんだよなぁ……。

 あ! でもゆーずぅと再会したのもあの日なんだよな。お前の話で行けば、ゆーずぅもいわゆる幼馴染ヒロインから主人公をかっさらうポジションだよな?」

カークは譲葉を駅で助けたときのことを思い出した。

「ふむふむ……。カーク君、君はすごいギャルゲーみたいな出会いをしてきたんですねぇ。羨ましい限りです。それに比べて、僕ときたら」

総一郎がそこまで言いかけた時だった。


 トントン! ドアを叩く音。そして。

「総一郎様、失礼いたします。飲み物をお持ち致しました」

扉の向こうから聞こえる声は、要のものだ。

「あ、要。入って、いいよ」

総一郎は彼女の声を聞くと、一瞬表情を曇らせた。

「ん? どうしたんだ……あっ、さっきのことか!?」

総一郎の浮かない様子を見て、カークはさっきの惨劇を思い出す。

 ちょうど良い機会だ。自分が要に話さなければ。カークはそう思った。


 ガチャ! ドアが開き、要が入ってくる。

「失礼いたします。御二方、どうぞ」

要はカーク達が座るちゃぶ台の上に、ペットボトルのお茶と煎餅が入った容器を置いた。

「お、煎餅ですか? ありがとうございます」

カークはお礼を言うと、要を見つめた。


 要の身長は、桜散や譲葉よりも低い。おそらく160cmも無いだろう。外見から推測するに、年齢はおそらく20代後半ほどか。

服装は、白と黒のメイド服。それは、いわゆるオタク系ファッションで見られるようなスカート状のものではなく、エプロンや割烹着を思い起こさせる本格的なものだ。

 また、服が服なので分かりづらいが、スタイルは良さげだ。そして顔つきは、きりっとしているが、どことなくあどけなさがあった。

「あの、要さん」

「はい? 何でしょうか?」

「それが……」

 カークは総一郎の件について、要に話しかけた。


「……という訳なんです。あいつは別にスケベとかそう言うのじゃなくて」

「分かっていますよ。カーク様。総一郎様だって、男の子ですよ? それにTPOは弁えるお方ですから。

 いつも旦那様と奥様が寝静まった後に、1人でこっそり見てますからね? エロ画像とか」

要はそう言うと、総一郎の方を向いてニヤリと笑った。

「なっ!? 要、お前。見られてたのか……?」

要の言葉を聞いた総一郎は、顔を青ざめる。

「大丈夫ですよ、総一郎様。私は、全く気にしてませんから」

そんな彼に、要は笑顔のまま優しく話しかけた。

「そ、そうか……」

 要の言葉に、総一郎は安堵する。しかし、その様子を見た彼女は、総一郎に強くこう言い放った。

「ただし! ネット上に違法アップロードされている画像を見て楽しむのは感心しませんね。

 ちゃんと見たいものは、自分で購入して楽しむようにしてください。! いいですね?」

「は、はい……」

要に叱られた総一郎は、ばつが悪そうな顔をし、しょんぼりと頭を下に向けた。

 基本優しく、ときには厳しく。そんな要の様子を見て、カークは。

(良いなぁ。何というか、こういう存在は大事だよなぁ)

こう、しみじみ思ったのだった。


 要が部屋から去った後、カークは総一郎に尋ねた。

「なあ、前に言ってたお前の好きな人って、もしかして……」

 カークは、総一郎が要と話をしているとき、心なしか嬉しそうにしていることに気づいていた。

 それに何より、彼女に嫌われたかもというだけで、彼はカークの目も気にせず机に突っ伏し意気消沈したのだ。間違いあるまい。


「あ、ははは。気づいていましたか。そうです。要……彼女が、僕の好きな人ですよ」

総一郎はカークに、要に対する恋心を打ち明けた。心なしか、彼の顔は赤みを帯びていた。

「やっぱりそうか。成程なぁ。確かに良いよな、要さん。優しいけど、ときには厳しい。何というか、良い関係じゃん」

「そうですか?」

「そうだよ」

カークは総一郎の問いに、迷いなくそう頷いた。

「毎朝さっちゃに起こされて、お小遣い管理されてる俺が言うんだ、間違い無いよ」

「は、はは。そうですか、ふふ。そう考えると、僕とカーク君って、結構似てますねぇ」

総一郎はカークの方を向き、思わず微笑んだ。

「な、何だよ気持ち悪いなぁ。……まあ確かにそうだな。っと、あれ?」

 カークはそこで、ある違和感を覚えた。


「総一郎。お前確か、幼馴染物が好きなんだよな? 年上の女性も好みだったりするのか?」

カークは総一郎に、好きなタイプを尋ねる。

「そうですね……。年上も好きかと言えば、そうかもしれませんね。何というか、頼れる、強い女性ってのが好きというか」

 総一郎は彼の質問に答えると、煎餅を齧った。

「ほう。……幼馴染とかは、居なかったん?」

カークは総一郎に、幼馴染の有無を尋ねた。

「っ! ……いえ。居ませんでしたよ? 残念ながら……」

 カークの問いに対し、総一郎は一瞬、体をビクッと震わせる。そして、少し間を置いて、彼の質問に答えた。

「そうか。まあ、そうホイホイと居るもんじゃないよなぁ。幼馴染って」

 カークは、総一郎の不穏な様子には気付くことなく、幼馴染がいる自分は恵まれているのだとしみじみ思った。


「それじゃあ、また月曜日に」

「ええ、今日はありがとうございました。カーク君。また明日!」

2人は別れの挨拶を交わす。そして、カークは要に連れられ屋敷の外へと案内された。


「では、失礼いたします」

「あっ、要さん! ちょっといいかな?」

「はい?」

去ろうとする要を、カークは引き止めた。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、……総一郎について、どう思ってますか?」

カークの問いに対し、要は少し考え、こう答えた。

「うーん……。面倒を見る甲斐がある人、ですかね?」

「そ、そうですか……。それは使用人としてですか?」

更に深く尋ねるカーク。

「うーん。それはぁ、ノーコメントで」

要は彼の質問に答えながら、両手の人差し指でバツを作り、自分の口に当てた。

「分かりました。質問に答えていただき、ありがとうございました」

「いえいえ。また、総一郎様と遊んであげてくださいね? それでは、私はこれで」

 そして、要は家の中へと戻って行った。その後ろ姿を、カークはじっと見つめる。


 要の答えは結局、総一郎に対し好意があるとも、そうでないとも取れるものであった。

(これは、脈あるのか……? 要さんって、話してみると結構ふわふわしてて、つかみどころが無いなぁ。

 総一郎、すまん。俺には、要さんがお前をどう思っているかが、上手く聞き出せなかったわ)

 笑顔を浮かべながら話す要の本心を、カークは結局理解できなかった。



――――――――――――夕方。

 夕方。日が沈むまで時間があったため、カークはいつもの公園へと向かった。

「こんにちは、理正さん、ってありゃ? ゆーずぅ?」

 カークはベンチに座る理正を発見し、声を掛けようとするも、そばに譲葉がいることに気付いた。

「こんばんは」

「こんばんは。カーク君」

カークの挨拶に、2人が返す。

「どうしてゆーずぅがここに?」

「カーク君は?」

「俺は、ちょっと帰りまで時間が余ってたんで、理正さんに会えないかなと思って」

「そっか。私はその、一昨日のことを、理正さんに相談してたの」

 どうやら、一昨日の桜散の件について、理正に話していたようだ。


「譲葉君から聞きましたよ? 桜散が大変なことになったそうじゃないですか」

理正はカークの方を向いた。

「あっ! そのっ! すみません! 理正さん。俺という身が居ながら、桜散を守れなくて……」

カークは理正に対し力いっぱい頭を下げ、謝罪した。

「別に怒っては居ませんよ? 桜散は無事でしたしね。

 それに、そもそも話を聞くに、君1人がどうにかしたところで、今回の事態は防げなかったと思いますよ?」

 カークの謝罪に対する、理正の態度は極めて冷静であった。


 理正は2人に対し、諭すように話を続ける。

「君達、魔術を攻撃と回復にしか使っていませんね?」

理正の問いに対し、2人は黙って頷いた。

「魔力切れ予防に武器を使うようになった点は評価できますが……。正直、これからの戦いは『補助魔術』無しでは厳しいと思いますよ?」

「補助魔術?」

譲葉は、理正に尋ねる。

「ええ。魔力の使い方は、敵を攻撃したり、傷を癒したりするだけではありません。

 身体能力を上げたり、下げたりする使い方もあります。他にも、火傷や凍結といった状態異常を与えることに特化した使い方がある。

 こういった使い方をする魔術が、いわゆる補助魔術です。ゲームとかでも、よくあるでしょう?」

 理正は、2人にとって分かりやすい例えを使って説明した。

「バフ(強化)・デバフ(弱体化)ってことか。……状態異常ってのは、考えたこと無かったなぁ」

カークは、思わずゲームの専用用語を口にした。


「でも、理正さん。私達、そもそも新しい魔術をどうやって覚えるのか分からないんですけど?

 魔術というのはどうやって覚えるんですか?」

譲葉の理正への問いは、至極真っ当なものであった。

 思えば各々、突然のきっかけで覚えた魔術をそのまま使い続けており、鍛えたり、新しく覚えたりという経験は今まで無かった。

「良い質問ですね。君には魔術について詳しく話すことを約束していましたし、ちょうどいい機会です。2人に魔術の鍛え方を教えましょう」

「おっ! これは面白そうだな。新しい術を覚えられれば、今後の戦いも楽になるだろうし」

 カークは理正の話を聞き、胸が高鳴った。


「それでは、説明しますね。そもそも魔術とは、魔力を使う技術の総称なのですが、基本的には自分の体内から魔力を生み出して使うものです」

理正は魔術について説明を始める。

「よく大気中に魔力があって……みたいな設定をフィクションで聞いたりしますけど、そういう訳ではないと?」

理正の説明に対し、譲葉は早速質問。

「ええ。異空間では魔力が漂っていることがありますが、あれは基本的に仮面の怪物の体内で生成されたもの。

 大気中の魔力、……よくフィクションで『マナ』とか呼称されているものは、現実世界には存在しません。魔力は基本的に、『自分で生み出して、自分で使う』ものなんです。他人に分け与えることもできないようです」

 理正は、魔力の出所と、その使い方について語った。


「あれ? 他の人に与えられないってことは、補助魔術なんてものは使えないんじゃ?」

理正の話に、譲葉は突っ込みを入れた。

「譲葉君、分け与えられないのは魔力そのものであって、魔力によって発生した現象・効果は、他の人や物に掛けられますよ? でなきゃ、攻撃すらできないはずですから。

 例えばゲームで、MPを消費して補助魔術を他人にかけますが、MP自体を与えているわけではないでしょう? そういうことですよ」


「なるほどな。ってことは、魔術を鍛えるには、体を鍛えればいいってことか?」

カークは、理正の話を大まかにそう解釈した。

「ただ鍛えればいいってものではありませんよ? 基本的に魔力は精神、特に感情に起因する力なのですから。鍛える必要があるとするならば……」

「心?」

「その通りです、譲葉君。精神の習熟、もっと簡単に言うと、イメージすることが魔術習得において大事になります」

「イメージ……」

 カークは、自分が魔術を使えるようになったときのことを思い出す。あのとき、自分の身体の中から炎が生まれるイメージが現れた。

 そして、炎の様子をイメージした結果、身体から炎が現れたのだ。


「覚えたい魔術をイメージすれば、自然と使えるようになるのか?」

カークは、理正に質問する。

「うーん……そこも難しいところなんですよね。ある魔術を覚えたい場合、その前提となる魔術を習得している必要があるんですよ。

 例えば、『防御力を上げる魔術』の習得には、あらかじめ治癒魔術を習得している必要があります」

「習得条件があるっていうのは、まるでスキルツリーだね。ゲームとかの」

このお嬢様、かなりゲームに詳しい。


「そういう仕組みなのか。それで、俺も治癒魔術使えるなら、使えるようになりたいんだが……」

カークは理正に、治癒魔術の習得方法を尋ねた。

「治癒魔術についてですが、残念ながら習得できるのは水属性か地属性の使い手だけです。カーク君の場合、魔術属性が火なので、習得できないということになりますね」

カークの問いに、理正は残念そうに答える。


「魔術の属性ってのは、変えられたりしないのか?」

「基本的には、生まれつきですね。私みたいに複数属性操れる人もいますが、そう言った人は世界中見ても両手で数えられるくらいしか居ませんよ。

 基本的には1つと考えて良いでしょう」

「ふーむ……」

理正の言葉を聞き、カークは肩を落とした。


「まあ、気を落とさないでください。逆に、火属性でないと習得できない魔術というのもありますので、それをカーク君には教えましょう」

「何! そういうのもあるのか! ぜひ教えてください!」

カークは気を持ち直した。

「分かりました。火属性が習得できる補助魔術には、『攻撃力を上げる魔術』や『火傷にする魔術』、『攻撃力を下げる魔術』といったものがあります」

「ふむふむ」

「この内、一番習得しやすくて、使い勝手が良いのは攻撃力を上げる魔術なので、まずそこからチャレンジしてみては?」

 理正はカークに、攻撃力を高める補助魔術を習得するようアドバイスした。


「攻撃力を上げる? ってのは、どうイメージすればいいんだ?」

「強くなれ~! みたいな感じで念じればいいのかな?」

2人は理正に尋ねた。すると、理正は

「ただ念じるだけでは、おそらく炎が出るだけでしょう。重要なのは、力の加減です」

「加減?」

「はい。攻撃魔術を放つときは力いっぱい念じますが、補助魔術を使うときはそっと、弱い力で念じるのです。そしてその上で、自分を強化するイメージを持ってください。

 最初は何も起こりませんが、何度か繰り返していくうちに、身体から力が湧いてくるようになるはずです。

 さらに続けていくと、念じた後に身体から赤いオーラが出てくるようになるはずです」

「赤いオーラ、でいいんだな?」

「はい。力が湧いてくる感覚と共に、赤いオーラが出るようになれば成功です。このオーラは魔術の素養を持つ者にだけ見えるもので、魔術が掛かっている証拠です。

 自分に掛けられるようになれば、相手に対しても同じ要領で掛けられるようになりますので、どうか頑張ってくださいね」

「おう! ありがとう、理正さん! 頑張って、モノにしてみせるよ!」

カークは理正に頭を下げた。


「ねえ、理正さん。私にも、補助魔術を教えてください」

今度は譲葉が、理正に頼み込んだ。

「分かりました。譲葉君は水属性の使い手ですから、すでに覚えている治癒魔術の他に、先ほど言いました『防御力を上げる魔術』、そして『相手を凍結させて動きを止める魔術』、『素早さを下げる魔術』などが習得できます」

「この中で一番覚えやすいのは?」

「治癒魔術を既に覚えていますから、その派生となる『防御力を上げる魔術』がおすすめですよ。

 君が言っていた一昨日のシチュエーションでも、あらかじめ近くで攻撃する人の防御力を強化していれば、不測の一撃を受けても重篤なダメージにはならなかったはずです。

 更に、受けるダメージを抑えられれば回復魔術を掛けるときの負担も減るので、一石二鳥です」

「なるほど」

譲葉は理正の話を聞いて、相槌を打つ。


「それで、習得方法は? カーク君のと同じ?」

「はい、基本は同じです。防御力を上げる魔術の場合、青いオーラが出て、力が湧いてくれば成功です」

「なるほど……。ねえ、理正さん。強化する魔術で力が湧いてくるってことは、逆に力が抜けてくる感覚があったら、それが弱体化させているってことなの?」

 譲葉はふと疑問に思った。強化魔術は全て、力が湧いてくる感覚があるということは、逆に力が抜ける感覚があったら……。

「察しが良いですね、その通りです。青いオーラで、力が抜けてくる感覚があれば、それが『防御力を下げる魔術』です。この2つは対になっていて、片方を習得できれば、もう片方も使えるようになります」

「一方が掛かっている状態で、もう片方の魔術を掛けたら? やっぱり打ち消すんですか?」

「はい。その通りです。相手に掛かっている強化魔術を、弱体化魔術で打ち消すことも、その逆も可能です。

 ただ、強化魔術と弱体化魔術はオーラの色が同じなので、どちらが掛かっているかを見分けるのは難しいです。相手の動きや動作、攻撃の通り具合を見て判断しましょう」

「分かりました。ありがとうございます、理正さん」

 譲葉は、理正に対し頭を下げた。


 3人が話を終えたとき、夕日は既に地平線の下へ落ち、街灯が点き始めていた。

「それじゃ、今日はこの辺で。2人共、頑張って補助魔術をモノにしてくださいね」

「ああ! 頑張るぜ」

「今日はありがとうございました……って、あっ!」

3人が別れの挨拶を交わそうとしたところで、譲葉は何かを考えた。

「ん? どうしましたか?」

理正が尋ねる。

「あの、魔術の属性ごとに習得できる魔術について、後でメールしてもらえませんか? 私とカーク君だけじゃなくて、他の皆にもこのことを教えたいんです。ダメですか?」

譲葉は、総一郎や桜散、アレクシアにも補助魔術を習得させたいようだ。

「なるほど、確かに。分かりました。属性ごとの魔術系統について、後で図にしたものを送っておきますね。

 カーク君、君にも送っておくから、今後の魔術鍛錬の目安にしてみてはいかがですか?」

「ありがとうございます、理正さん」

「ありがとうございます」

譲葉とカークは、理正にお礼を言った。

「どういたしまして」


「それじゃあ、改めて。また今度会いましょう。さようなら」

「さよなら!」

「ばいばい!」

こうして3人は、各々家へと戻って行った。


――――――――――――夜。

「ただいま!」

「おかえりなさい」

 カークがリビングに行くと、李緒がキッチンで料理をしていた。

「お帰り、カーク。結構遅かったな」

ソファーの方を見ると、桜散が腰かけていた。

「まあ、いろいろあってな」

「そうか。まあいい。詳しい話、後で、みっちり、聞かせてもらうからな?」

「はいはい」


 夕食後、カークは今日の出来事について、(理正に会ったことを除いて)桜散に話した。

「つまり総一郎は、使用人の要さんという人が好きなのか」

「ああ。どうもそうらしいんだ」

「なるほどな。だから、譲葉ちゃんとの縁談に難色を示していたわけか。合点がいく」

カークの話を、桜散は相槌を打ちながら聞いていた。


「それで、さっちゃはどう思う? あいつ、上手く行くかな?」

「上手く? 総一郎の想いが、要さんに伝わるかということか?」

「そうそう。帰り際にさ、要さんに総一郎のことをどう思っているか聞いたんだけどさ、俺じゃ上手く聞き出せなくて……」

 カークは桜散に、要に総一郎について聞きだそうとして、上手く行かなかったことを話した。

「あのなぁ……。そういうことは、人にぺらぺらと話せるわけじゃないだろう? ましてやお前は今の彼女からしたら、ただの客人だ。

 もう少し、お前が何度も総一郎の家に遊びに来るようになって、それで彼女に顔を知られるくらいになってから、聞くべきだったな」

「なるほど。そうか、ちょっと思慮が足らんかったな」

 桜散に指摘されたカークは、要に悪いことをしたなと思った。


――――――――――――深夜。

 深夜。カークは寝る前に、理正からのメールを確認していた。そこには、属性ごとに習得できる魔術の一覧、そしてその習得までの道筋が事細かに記された添付ファイルが付いていた。

(ありがとう、理正さん。さて、これを上手いことさっちゃや総一郎、アレクシアにアドバイスしないとな)

 とりあえずカークは、まず桜散にアドバイスしようと考えた。

(あいつはゆーずぅと同じ水属性だから……やっぱり治癒魔術かなぁ。回復役は大いに越したことないし。

 あと習得ルートを見るに、防御力強化・弱体化魔術だけでなく凍結魔術の習得にも、治癒魔術は避けては通れないみたいだな。

 ……今度あいつに提案してみるか)

 桜散にどう説明するか。そのことについて頭に浮かべながら、彼は眠りに就いた。


40日目

――――――――――――朝。

「おい! 朝だぞカーク」

「うーん……」

朝。カークは桜散に起こされた。

「あー、そうか。今日は月曜日か……」

「そうだ。ほら、下降りろ。朝ご飯が出来てるぞ?」

桜散は、カークの手を取った。

「お、すまんな。朝ご飯は?」

「ベーコンエッグだ」

「そうか」

何気ないやり取りが続く。

 そしてカークは朝食を食べるべく、桜散と共に階段を下りていった。


――――――――――――放課後。

 放課後。カーク、桜散、譲葉、アレクシア、総一郎の5人は、大学の一角に集まっていた。

「しっかし、改めて見ると随分人が多くなったな……」

カークは4人を見回した。

 仲間と一緒に集まってワイワイ話す。このような光景は、数か月前までのカークには到底想像できないことであった。

「それは私も同意見だな」

「そう? 桜散ちゃん、結構友達とかいるのかなって思ってたんだけどなぁ」

譲葉は桜散に話しかける。

「こいつは色々面倒だからな。俺の知る限り、高校時代は友達居なかったぞ?」

「おいカーク! その話をここでして……」

桜散は不満げな顔をする。すると。


「ははは! そうですか。実は僕も、高校時代はさっぱりでして……」

桜散の過去話に、総一郎が食いついた。

「えっ? 総一郎君もそうなの? 結構人当たり良さそうに見えるのに、友達、居なかったんだ?」

譲葉は総一郎に問いかける。

「おいおいゆーずぅ。待て待て、その物言いは失礼なんじゃ」

「いいですよ、カーク君。……はい。その通りです、譲葉さん。まあ、僕もいろいろありましてね……」

総一郎はそう言いながら、アレクシアの方を向いた。

「そう言えば、アレクシアさんは、高校時代はどんな感じで?」

「えっ!? ……特に、何も」

「友達とかは居なかったの?」

「居なかった。居なかった、わね」

アレクシアは総一郎の問いに、少し間を置いて答えた。


「そういえば、友達について、私達にやけに聞いてくる譲葉ちゃんは、高校時代、どうだったんだ?」

「えっ!? あっ、あははは……」

 桜散はにやにやしながら、譲葉に対し質問を返した。それに対し、譲葉の答えはぎこちない。彼女は顔を赤くし、頭を掻いた。

「なあんだ、つまりあれか。俺達は揃いに揃ってぼっちだったのか」

カークは、譲葉の反応を見て察し、ため息をついた。

「どうやら、そのようですね。これはまた、奇遇なものです」

総一郎は感慨深そうに呟いた。


「さて、皆さん。今回集まっていただいた理由は、魔術、ひいては仮面の怪物について情報交換をしたいと考えたからです」

 互いの境遇についての話が済んだところで、総一郎が切り出した。

「なるほどな。確かに、5人になったんだ、こうやって集まって情報交換するのは悪くないな」

「はい、その通りです桜散さん。互いに魔術が使える者同士、仲良くしようじゃありませんか」

 総一郎の口調は軽快だが、目は真剣。

「そうだな。まあ、俺は嫌じゃないぜ? こういうの」

「私は、少し苦手だが……。でも、たまには悪くないな」

「えーっ、私は楽しいよ? 皆とお喋りできて」

「……私は、桜散、あなたと同じ」

 総一郎の目を見た一同は、彼の意見がもっともなことだと思った。とはいえ、各々この奇妙な集まりに対する意識は異なっていたのであるが。


「しっかし、何なんだろうな。あの怪物は」

カークはふと、仮面の怪物が何なのかが気になった。

「そうだねぇ。何だろね、あれ」

カークの呟きに、譲葉は同調した。

「あれって、生物……何でしょうかね? 桜散さん、見解をどうぞ」

総一郎はまず、桜散に話を振った。

「一応言っておくが、バイオは私の専攻じゃないぞ? ……うーん、多分、生物なんじゃないか? 岩やら信号機とかも居たから何とも言えんが」

「ほほう。それでは、アレクシアさんは?」

総一郎は次に、アレクシアに話を振った。

「生物、だと思う。殴った感触が、生もの、よ? 肉を、殴っているような、と言えば、分かる、かしら? 無機質な奴も、その点は、同じ。だから、生物」

アレクシアは、仮面の怪物が何らかの生物であるときっぱりと断言した。


「生物、ねぇ。でも、あんな生物、図鑑とかで見た事ねぇぞ? というか、図鑑に載ってたら大騒ぎだろ、あんなん」

カークは、仮面の怪物が生命体であるという2人の意見に、疑問を呈していた。

「つまり、新種の生物と?」

総一郎はカークに問う。

「いやいや、ますます有り得ねぇよ! 信号機とか、どう見ても人間の作ったものだろう。だからあれは、つまり、うーん……何だろな?」

説明しようとしたところで、カークは思わず言い淀む。

 正直彼自身も、あれらを人造物と考えるのは、無理があるような気がしたのだ。


「ふーむ、結局は正体不明、という訳ですか。何回も戦っているカーク君達にも分からないとなると、これはお手上げでしょうね。正体を掴めるような証拠もありませんし」

総一郎は、疲れたような顔をし、軽くため息をついた。

「そうだね~。はぁ、もやもやするな~」

譲葉は退屈そうにそう言うと、テーブルへ突っ伏す。

 5人の話題は、停滞しつつあった。


「深く考えていても仕方が無い、か。とりあえず、怪物の正体については置いといて、行方不明者について話さないか?」

 桜散は、これ以上詮索しても埒が明かないと考えたのか、話題を切り替える。

「そうだな、さっちゃ」

カークは、彼女の意見に乗った。

「そうだね。桜散ちゃんの言う通りだ。正体とかは、全員助けた後で考えても遅くは無いよ」

体を起こしながら、譲葉は桜散の方を向いた。


「そうですね。では、行方不明者について話をしましょうか。桜散さん、今現在、行方不明者は後何人でしょうか?」

総一郎は、桜散に行方不明者の人数を尋ねた。

「新たな行方不明者が出ていない限り、あと7人だ」

桜散は、総一郎の問いに答える。

「最初は20人くらい居たんだよね」

「そうそう、それで、俺達が怪物を倒していくたびに減ってったと」

譲葉とカークが、桜散の説明を補足した。

「なるほどなるほど……」

 3人の説明を聞いて、うんうんと頷く総一郎。その様子を、アレクシアは不思議そうに見つめている。


「そう言えば、ニュースとかはどうなんだっけか」

カークはふと、行方不明事件に対する世論の動きが気になった。

「お前、時事問題ぐらいは関心持っておけと言っただろう? はぁ。……そうだな、行方不明事件自体の報道は、沈静化しつつある」

桜散はカークの無関心さに呆れつつも、情勢について答えた。

「え? まだ1ヶ月も経ってないでしょ? 何でまた」

桜散の答えに驚いたのは、譲葉だった。


「原因不明、しかも、戻ってきた者に、記憶が、無い。こんなの、どう、報道するのかしら、ね。おまけに、新たな、行方不明者の発生も無い。

 それに、無事に戻ってきていることも、沈静化の、原因では?」

驚く譲葉に、アレクシアは冷めたように言い放った。

「アレクシアの言う通りだ、譲葉ちゃん。要は、報道してもうま味が無いから報道されなくなり、沈静化し始めているんだ」

桜散は話を続ける。

「一つの街で多くの人間が行方不明になった。これだけ見れば、世間は大騒ぎだろう。

 だが、行方不明者が無事に戻ってきたという話は騒ぎになりにくい。人間、センセーショナルな話題の方が盛り上がりやすいからな。

 おまけに行方不明者に記憶が無いから、行方不明時の状況は分からず仕舞い。目新しい情報が入らない限り、今の傾向が続くだろう」

桜散はそこで一息ついた。


「知らせが無い方が良いって言うしな。それじゃあ、ネット上の方はどうなんだ?」

カークは、インターネット上の動向が気になった。

「ネットの反応も同じだ。そもそも、ネットは情報の流れが速い世界。過去の話題はどんどん忘れ去られていく。

 行方不明者が続出していた先月は連日のように騒ぎになっていたけれど、今はだいぶ落ち着きつつある感じだな。一部の人間は今回の事件を神隠しだと言っているが、殆どの連中はオカルトマニアの戯言と考えている。

 結局は対岸の火事。新しい燃料が投下され無ければ、盛り上がらないという訳だ」

桜散はカークの問いに答え終えると、ペットボトルのお茶を飲んだ。


「何か寂しいね。行方不明になった人の家族は、今も彼らの帰りを待っているはずなのに」

桜散の話を聞いて、譲葉は呟く。

「そうですね。でも、これは却って、僕達にとっては都合がいいかもしれませんよ?」

「都合がいい?」

総一郎の言葉に、カークは問う。

「事件が目立たなくなればなるほど、魔術について、誰かに詮索される可能性が低くなる、ということですからね。

 これが連日、カメラを持った報道陣を街のあちこちで見かけるような状態だったら、異空間探しなんてできないでしょう?」

総一郎は、事件の関心が低くなりつつある今こそ、怪物探しのチャンスだと考えていた。

「なるほどな、確かに」

カークは総一郎の意見に同意した。


「そう言えば、行方不明者を全員助けたら、その後はどうするの?」

譲葉はふと、カークに尋ねた。

「うーん……どうするかねぇ」

カークは、行方不明者を全員助けた後のことについて、考えてはいなかった。

 しかし、彼にはもう1つ、直面している課題があった。

「ただ……」

「ただ?」

譲葉は更に尋ねる。残り3人も、カークの答えを聞くべく沈黙した。

「ただ、その後は……」

「……」

沈黙が流れる。


 そして、ついにカークは口を開いた。

「……とりあえず、期末テストかなぁ? 単位、全部没収されちまったし」

彼の答えに、一同はひっくり返った。


――――――――――――夜。

「むー……」

 夜。カークは自室にて、補助魔術のトレーニングに励んでいた。彼が左手に持っているのは、昨日理正から送られてきた、魔術についての説明が書かれた文章を印刷したものだ。

「うーん」

右手に力を込める。

心なしか、身体に力が湧いてくる気配を、カークは感じていた。しかし。

(出ねぇな、オーラ。出ないと成功じゃないと、理正さん言ってたんだよなぁ)

力を込めるも、赤いオーラらしきものは一切確認できなかった。

(イメージが足りないのかな。もっと集中集中……)


 彼がここまで真面目に魔術習得に勤しむ理由は、理正とのやり取りを上手く隠しつつ、補助魔術を桜散に教えるためだ。

(こんな理論とか、あいつにいきなり話したら絶対怪しまれるだろ……)

 この前、理正に教えられた異空間についての情報を桜散に説明した際は、彼女自身不機嫌だったこともあり、相当疑念の目を向けられた。

 あのときは、カーク自身の推論だったということで彼女を納得させたのであるが、流石に今回の魔術体系について、彼自身の手で導き出したと釈明するのは無理がありすぎる。

(だから、俺が先に習得して、それをさっちゃに見せればいい。そうすれば、俺が偶然編み出したってことにできる。理正さんのことも、言わずに済む)

 そう考えたカークは、桜散に先んじて補助魔術を習得すべく内緒で特訓していたのだ。

(うーん……出ないなぁ。力の込め方が足りないのかな?)

 理正には、あまり力を込めすぎないよう言われていたが、このときの彼はイメージを強くするあまり、つい手に力がこもってしまっていた。


 ボッ!

「うお!」

カークは誤って、手から炎を出してしまう。幸い、炎はすぐに掻き消えた。

(あぶねあぶね……危うく部屋燃やしちまうところだった……)

彼が右手で額の冷や汗を拭った、そのときだった。


 バタン! カークの部屋のドアが勢いよく開き、そして。

「どうした!?」

隣の部屋から、桜散が飛び込んできた。

「うわっ! 何だよさっちゃ」

カークは慌てて、机の引き出しに魔術体系一覧をしまった。

「何だよ、はこっちの台詞だ、カーク。いきなり大声を出して、どうした?」

「何もない」

「そうか。……そういえば、何か、焦げ臭くないか?」

桜散は突然、部屋の匂いを嗅ぎ、そう呟いた。焦るカーク。

「そうかな? 特に何も匂ってこないが……?」

素面で桜散に返すカーク。内心冷や汗ものというか、既に冷や汗をかいている。

「……」

彼の回答に、黙る桜散。何やら考え込んでいるようだ。

(やばいなぁ。う、うーん……)

桜散の様子に、思わず苦い顔をしてしまうカーク。しかし、彼女の口から出たのは意外な言葉であった。


「なあ、カーク。思うんだが……」

「うん?」

「私達の魔術、何らかの方法で強化できないだろうか?」

「えっ?」

桜散の口から出た言葉、それは魔術の強化方法を問うものであった。

「魔術の強化? うーん」

カークは彼女の口から出た意外な言葉を前に、困惑した。

「あ、すまんな。お前も分からないだろうし、詮無きことだったな」

彼の表情を見て、桜散は申し訳無さそうにこぼした。

「あ、いや、さっちゃ、そうだなぁ……。あっ、そう言えば」

「ん?」


「前、魔術について本を借りたよな? あれはどうだったんだ?」

カークはふと、以前桜散と共に借りた魔術に関する本のことを思い出した。

「あー、あれか」

桜散も思い出したようだった。

「あれに何か、書いてなかったか? 魔術の強化方法とか」

カークは咄嗟に言葉を紡いだ。

「それなんだがな。どうも私達が使っている魔術と、あの本に書かれている魔術は違う物のようなんだ」

「と言うと?」

このことは、カークも本心で気になった。

「あの本に書かれている魔術は、どれも発動に下準備が必要なものなんだ。魔術陣とか、アイテムとか」

「ファンタジーとかでもよくあるな。術式とか、マジックアイテムとか、呪物とか」

カークは桜散の話に、耳を注意深く傾ける。

「だが、私達が使っている魔術は、そんなものは必要としない。ただ、念じるだけで使える」

「だから別物だと?」

カークの問いに、桜散は黙って頷いた。


「なるほどな。それじゃあ、強化方法とかも分からないって訳か」

「私としては、一昨日のような事態はもう勘弁願いたい。そのためにも、今使える魔術を更に発展させたいと考えているんだ。ただ……」

「強化方法が分からないと?」

「そうだ。私達は今まで、ただ念じるがままに魔術を行使してきた。鍛えるという発想が無かったんだ。

だからどうしたらいいか、分からん。むぅ……」

 そう言うと、桜散は難しい顔をしながら自室へと戻って行った。


(うーん、もどかしい。教えてやりたいのに、教えられん! すまん! さっちゃ……)

 無力感がこもった桜散の言葉を、カークはただ黙って聞いていることしかできなかった。

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