表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第二章「魔術師の集いし場」
10/42

第10話『パーティーの余興は、異空間にて』

[あらすじ]

 譲葉の誘いを断り、特にやることも無くゴールデンウィークを過ごすカーク。更に連休最終日の雨の朝、窓辺に張り付く桜散を発見したカークは、彼女の奇行に動揺してしまう。

 そしてその日の夜、カークは譲葉からホームパーティーの誘いを受ける。誘いを断ったことを後悔していたカークは桜散と共に参加するが……。


第10話『パーティーの余興は、異空間にて』

――――――――――――。

 世間一般では、この週をゴールデンウィークと呼び、どこかへ遊びに行ったり、映画を見に行ったりするものであるが、カークにとっては無縁の出来事。彼は家に籠り、ネットサーフィンばかりして過ごしていた。

 そもそも先月まで、彼にはろくな友人一人居なかったのである。誘ってくれるような相手も居なければ、誘うような相手も居なかったのだ。

 加えて、カークにとって、遊びに行くことにも映画を見に行くことにも興味が無かった。外に出るときもせいぜい、気晴らしの散歩位だ。アレクシアからの連絡も無かった。

 何も起こらないが平穏な、そんな日々が少し続いた。


 一方、桜散はカークとは対照的に、この数日間頻繁に外出していた。朝方家を出ていき、昼または夕方ごろ帰ってくる。

 カークがどこへ行っていたかを聞いても、彼女は教えてはくれなかった。しかし、カークにも分かることがあった。

 家に帰ってきた後の、彼女の表情が、妙に清々しかったのである。

(あいつもあいつなりに、ゴールデンウィークを満喫してるのかなぁ? それに比べて俺ときたら、うーん。やっぱ、ゆーずぅの誘いに乗っておくべきだったかもなぁ)

 桜散の様子を見て、カークは譲葉の誘いを断ったことを、正直後悔しつつあった。とはいえ、今更譲葉にメールを送るのは気が引ける。

 カークのゴールデンウィークは、消化不良で終わりつつあった。


31日目

――――――――――――朝。

 カークが目を覚ました時、外からザーザーと、音が聞こえていた。雨音だ。それも結構強い。

(雨降ってるのか。しっかし、ゴールデンウィーク最後の土日が雨だとはなぁ……)

彼はそう考えながら体を起こし、カーテンを開けた。すると。

「Whoa!?」

カークは仰天し、思わず窓から目を背けた。


 窓の外、窓ガラスに、人が張り付いている! 髪が、土砂降りの雨でガラスに張り付いている。さながらホラー映画のワンシーンだ。

 カークは信じられないような光景を目にし、すぐに動転した。恐怖のあまり、布団に全速力で潜りこみ、身体を丸めた。

(何なんだ何なんだ何なんだ何なんだ……)

そのままブルブルと体を震わせていたが、しばらくすると。


 トントン! 窓ガラスを叩く音が聞こえる。

 トントン! 小刻みに、小さく叩いている。


 2回叩く音を聞いたところで、カークは恐る恐る布団の中から窓辺をよく見てみる。そして、彼は気付いた。

(……さっちゃ?)

 窓辺に張り付いていたのは、桜散であった。寝間着姿で、カークの部屋の窓に顔をつけていた。外は土砂降りの雨。

 彼女が着ている寝間着はずぶ濡れで、彼女の身体に張り付いており、少々扇情的だ。

 カークが顔を見つめると、桜散の目はぎょろりと動いた。そして、彼女はカークを見つめるとにっこりと笑顔を作り、そのままの表情を維持し続けた。

「わわ!」

 張り付いた笑顔とはまさに、このことか。彼女の不気味な笑顔に、カークはたじろいだ。


(そういや昨日、寝るとき部屋に鍵を掛けたっけ。ひょっとして……。これはまずい)

 桜散が怒っていると考えたカークは、慌てて布団から飛び出し、窓の鍵を開ける。

 ガラス窓を横に開けると、彼女はだらりとカークの方へと倒れ込んできた。

「うわ!」

カークは驚きつつも、倒れ込んでくる彼女を両手で支え、部屋の床へとゆっくり下ろした。 

 すると、桜散はカークの部屋の床にぺたりと座り込んだ。相変わらずカークをニコニコ顔で見つめている。


「……」

「……」

 2人の間に沈黙が流れる。カーク自身、彼女に何て言えばいいのか分からなかった。

(何だよこれ? 俺は、夢でも見てるのか? ……正直、夢だと思いたい)

彼女の意味不明な行動を前に、カークは現実逃避したくなった。


 その時ふと、カークは桜散がどうやって自分の部屋の窓辺に上がり込んだのかが気になった。そこで、窓辺を見てみる。

 すると、カークの部屋から伸びる下屋の縁に梯子がかかっていた。

(あれは確か、アレクシアが前来た時に使ってたやつだな。あのまま置きっぱなしだったのかよ)

カークの疑問は解けた。そして。

(さて、どうしたもんか)

再び桜散と相対する。彼女は相変わらず、ニコニコしながらこちらを見つめてくる。

(何を企んでいるんだ?)

カークは訝しんだ。


「あ、その。さっちゃ、おはよう」

 声を掛けてみる。……桜散の返事は、無い。相変わらず、笑顔でカークを見つめたままだ。よく見てみると、まつ毛が時折ぴくぴくと動いている。同じ表情を維持するために相当、無理をしているようだ。

「あ、あのさ。服、着替えてこいよ。そのままだと、風邪ひくぞ? 」

 更に声を掛ける。……返事が無い。


(これでも反応が無いのかよ……。うーん)

 カークは笑顔の桜散を前に思い悩む。しかし、すぐにあることに気付く。

(待てよ? なら、このことを言ってみるのはどうだろうか?)

そう考えたカークは軽く咳払いをし、真顔で彼女に指摘した。

「あと、その。……透けてるぞ? さっちゃ。……可愛い、下着だな?」

 すると桜散は顔を落とし、自分の寝間着を見つめる。寝間着越しに、ピンク色の下着が透けて見える。このことに気付いた彼女の顔は徐々に赤くなり、そして。

「~!」

 突如言葉にならない声を上げて立ち上がると、カークの部屋から一目散に出て行ってしまった。


 彼女が去った後には、床が濡れた部屋が残った。

(ふっ。何を考えていたのかは知らんが、上手いこと切り抜けられたな。……これはラッキーだ)

 膠着状態を何とか切り抜けられたカークであったが。

(あ、床……。どうしよこれ)

 目の前に広がる水浸しの床を前に、頭を抱えるのであった。


「何やってんの!? アンタたち!」

朝早々、李緒の怒号が飛ぶ。

 桜散の行為は、洗面所から沢山の雑巾を運ぶカークを李緒が目撃したことで発覚した。それで朝食後、2人は彼女に呼び出され、こうしてリビングの床に並んで正座している。


「まずカーク! 梯子は片づけておきなさいって言ったわよね?」

「はい……。誰かが登って落ちたりでもしたら大変だからって」

「そう! なら何で、片付けなかったの? ゴールデンウィーク、ずっと家に居たくせに」

「それは……。すいませんでした!」

「はぁ……」

カークは頭を床に付けた。その様子を見て、李緒はため息をつく。


「じゃあ次。桜散ちゃん!」

「……」

土下座するカークを横目に、李緒は次に桜散に向かって話しかけた。桜散は黙っている。

「何時から窓辺に張り付いていたの?」

「……深夜の3時ごろからです」

李緒の問いに、桜散は素直に答えた。

「その時外は?」

「土砂降りの雨でした」

「そう! それよ! 土砂降りの中、何でそんな危ないことしたの? 雨で屋根は滑ってるし、滑って落ちてたかもしれないわよ?」

李緒は桜散の行いを戒め、話を続ける。

「それに、濡れた格好で長時間居たら体を壊すわよ?」

「同じこと、カークに言われました」

「そう。その上で聞くわ。何であんなことをしたの?」


 李緒が桜散を問い詰めると、桜散は目を閉じ、覚悟を決めた顔をした。

「……興味本位です。カークがどんな反応をするのか楽しみで、やりました」

桜散はカークの方を見ないようにしながら、ぼそぼそと呟く。

「はぁ」

桜散の言葉を聞いた李緒は、呆れたようにため息をつく。

「桜散ちゃん。あなたは賢い子だから、これ以上は言わないでおきます。でも、今後こういうことは2度としないこと! 分かった?」

「はい」

桜散は淡々と答える。

「分かればよろしい。それじゃあ2人共、立ってよし! カーク、今すぐ梯子を片付けなさい」

 桜散の答えを聞いた李緒は台所へ向かう。説教の時間が、終わった。

「分かったよ。母さん」

 カークはそう言うと、梯子を片付けるために、玄関へと向かったのだった。


――――――――――――昼。

「なあさっちゃ」

「ん? どうした? カーク」

 この日は、昼になっても雨が止む気配が無かったため、カークと桜散は2人共家に居た。2人はリビングのテーブルに座っている。

「どうした? じゃねぇよ。何で今朝、あんな真似した?」

 カークは朝のことについて、桜散に尋ねる。今の彼女はあの時とは打って変わって、いつも通りの態度だ。

「どうも何も、さっき言った通りだ。お前の反応を見たくて、やってみた」

桜散はあっけらかんとした態度で、カークの問いに答えた。

「そうか……。普段有り得ないような表情してたからな。すごいビックリしたぞ?」

 カークは内心納得できなかったが、これ以上彼女の機嫌を損ねるのは得策ではないと考え、それ以上は突っ込まなかった。

「有り得ないとは失礼な。私だって笑顔はできる」

そう言うと、桜散は顔を動かし笑顔を作った。

 しかし、どうにもぎこちない。普段笑い慣れていないということがバレバレだ。


 カークは、桜散の不器用な笑顔について突っ込まなかった。しかし、彼は別のことを指摘した。

「ところで……。下着が透けて見えてたのは、お前にとって想定外だったのか?」

 カークはからかうようにして、桜散に尋ねた。すると、彼女の笑顔が消え、不機嫌そうな顔になった。

「……そうだな。あの状況が私にとって想定外だったと聞かれれば、想定外だったと言える」

桜散は淡々と答えた。

「だから部屋を出て行ったのか」

 カークは納得した。反応を見ることに集中した結果、寝間着が透けることについて意識が回っていなかったか。

「正直あれは、お前に一本取られた気がして、悔しかったな」

そう言うと、桜散はため息をつき、がっくりと肩を落とす。

「ふっ」

その様子を見て、カークは勝ち誇った笑みをした。と同時に、次のように後悔もしていた。

(それにしても、今思うにあのときのさっちゃは小ぢんまりとしていて可愛かったな……。何というか、思わず抱きしめたくなるというか。うーん、写真でも撮っておけばよかったなぁ)


 実はこう思わせることが桜散の真の目的であったことに、彼は気付かぬままだった。


――――――――――――夕方。

 夕方になると、雨も上がり、きれいな夕焼け空が見えていた。

「はぁ。結局今日は一日中家に居たなぁ」

カークは1人、自室でごちる。

 このまま、1日が終わると思われた、その時だった。


 pppp……pppp…… 携帯電話から、メールの着信音。

(これは、ゆーずぅ?)

カークは即座にメーラーを開き、彼女からのメールを閲覧した。

『題:ホームパーティーの誘い 本文:こんにちは、カーク君。早速で悪いんだけど、今晩うちでホームパーティーやるから、桜散ちゃんと一緒に来てくれないかな? 総一郎君とアレクシアちゃんも来るよ。桜散ちゃんにも伝えといてね』


 メールを見たカークは、考えた。

(ホームパーティー、か)

 カークはどうしようかと考えたが、無為に過ごしたゴールデンウィークのことを思い出した。

(うーん、あのときの誘いを断ったのは失敗だったなぁ。行くか)

 カークはこう考え、桜散の部屋へと向かった。


――――――――――――夜。

 夜。カークと桜散は、譲葉の家へと遊びに来ていた。

 譲葉の屋敷は、総一郎の家とは違い、使用人の数も多く、活気あふれていた。庭の広さこそ、総一郎邸と同じくらいだが、やはり人がいると雰囲気が違う。

「よう! ゆーずぅ。来たぞ」

「こんばんは、譲葉ちゃん」

「あ、カーク君、桜散ちゃん。こんばんは。もうみんな集まってるよ」

 屋敷の入口でカークと桜散を出迎えたのは、譲葉だった。

「分かった。あと、ゴールデンウィーク、来れなくてごめん」

カークは、ゴールデンウィーク前に譲葉の誘いを断ったことを、彼女に謝った。

「ううん。いいよ、カーク君。忙しかったんなら、しょうがないよ」

譲葉の言葉を聞き、カークは彼女に嘘を吐いたことを恥じた。


「お。来ましたか」

「こんばんは、カーク。私も、誘われた」

 大広間の扉を開けると、そこには総一郎とアレクシアも居た。彼らが居る部屋には、既に料理が用意されていた。テーブルに並べられた料理には皿が付属しており、各々好きなものを取れるバイキング形式になっていた。いわゆるケータリングというやつだ。

「なぁ、ゆーずぅ。これ、全部食べていいのか? お前が用意したのか?」

沢山並んだ料理を見て。カークは思わず、譲葉に尋ねた。

「うん! 皆、今日は私のおごりだから、好きなだけ食べて行ってね!」

カークの問いに対し、譲葉は皆にこう叫んだ。

「Wow……」

 カークはお金持ちのスケールの違いをまざまざと見せつけられ、目を回す。

「おいおい、大丈夫か? カーク。確かに彼女はすごい太っ腹だが、パーティーはまだ始まったばかりだぞ?」

 目を回すカークに対し、桜散が呆れたように声を掛けたのだった。


 その後、ディナーパーティーは滞りなく進んだ。カークは自分の好物であるハンバーグやカレーライスに舌鼓を打ち、桜散はサラダやフルーツを食べていた。

 途中、桜散とアレクシアの間で料理の取り合いになり揉めかけたが、譲葉が追加の料理を頼んだことで鎮静化した。


「いやぁ、食った食った」

 パーティーが佳境を迎えつつある中、カークは部屋の隅に置かれていた椅子に一人佇んでいた。

 彼がふと遠くを見ると、総一郎とアレクシアが何やら話をしていた。また、桜散は1人で椅子に座り、オレンジジュースを飲んでいる。


「満足できた?」

譲葉がやってきて、カークに話しかけた。

「ああ、満足した。ありがとう、ゆーずぅ」

「いやいや。……もしかしたら、暇してるんじゃないかなって思ったの」

「……ばれてた?」

カークは、譲葉が気を利かせて自分を誘ってくれたのだと察した。

「その反応を見ると、図星だったんだね。面倒だと思ったから断ったけど、後々後悔したんでしょ?」

そう言うと、譲葉はにやりと笑った。

「ははは……」

そんな譲葉の顔を見て、カークは苦笑いをした。

 ゴールデンウィークは、こうして大団円となる、はずであった。しかし。


「っ!」

突然、アレクシアが周囲をきょろきょろし始めた。

「おや、どうしましたか?」

アレクシアと話をしていた総一郎が、尋ねる。しかし、彼女は彼を無視し、カークの方へと歩いてきた。

「あっ、待ってください!」

後を追う総一郎。異変に気付いた桜散も、カークのもとへ向かった。


「ん? アレクシア、どうした?」

突然やってきたアレクシアに対し、カークはきょとんとした顔をする。

「異空間、このあたりの近くに」

「何!?」

 彼女の話を聞いたカークは、驚いた。

「本当なの?」

譲葉も、アレクシアに尋ねた。

「間違い、無い。しかも、……かなり気配が大きい。もしかしたら」

「怪物の本体がいるかもということか?」

アレクシアの台詞を補足するように、桜散が言った。その言葉に、アレクシアは黙って頷く。


「えーと。異空間? 怪物? 何の話ですか?」

 1人、事情を知らない総一郎が、皆に問いかけた。その様子を見たカークは、桜散に耳打ちする。

「なぁ。総一郎に、魔術の件を話していいか?」

「……彼は部外者だぞ? 魔術についてはなるべく秘密にするべきだと言っただろう?」

桜散はカークに、総一郎に秘密を話した際に生じるリスクについて忠告する。

「でも、あいつは結構口が堅い方だぞ? 俺が話してみた限りでは」

これは、カークの実体験に基づいた意見だった。


 実は、総一郎と桜散の初邂逅の後、カークは総一郎に、桜散と理正の関係を打ち明け、秘密にするよう頼んでいた。そして、総一郎はその後桜散に会った際に一度も、理正について言及することは無かった。

 ここからカークは、総一郎は口が堅く、信頼できると考えたのである。

「そう言う点で見るなら、確かに彼は信頼できるだろう。だが、部外者を事件に巻き込むつもりか?」

 秘密にするべきだという意見がカークに通用しなかったためか、桜散はアプローチを変えてきた。


 しかし、カークはこの意見にも反論した。

「でも、放っておいてもいつかばれるぞ、多分。というか、あいつに隠し事するのは、正直気が引けるんだよね」

 カーク自身、総一郎に秘密を守るよう頼んでいる立場なのだ。真面目に約束を守ってくれている彼に延々嘘をつき続けるのは後ろめたかったし、何よりつき続けられる自信が、彼には無かった。

 いつかボロが出て、そのことで総一郎との友情に亀裂が入りでもしたら……。カークは、このリスクの方が大きいと判断した。

 カークの真剣な眼差しに、ついに桜散も折れる。

「……仕方ないな。分かったよ。だが、彼をあまり巻き込むなよ? 彼自身、巻き込まれたがるかもしれないが、な」

「分かってるって」

そこまで言うと、2人はひそひそ話を止め、カークは総一郎の元へと向かう。

「総一郎、お前に話さないといけないことがある」

「ん? カーク君?」

カークはそう言うと、自分達の今までの経緯について、総一郎に伝えた。


「なるほど……。でも、にわかに信じがたい話ですね。証拠はありますか?」

魔術や仮面の怪物を聞いた総一郎は、カークに尋ねた。

「そうだなぁ、これは実際に見た方が早いか。なあ、アレクシア。異空間の場所、分かるか?」

彼の問いに対し、カークはアレクシアに異空間の場所を案内するよう頼んだ。

「分かる。……ついてきて」

 そう言うと、アレクシアは1人歩き出した。彼女を追い、カーク、桜散、譲葉、総一郎の4人も屋敷の外へと向かった。


「ここ」

 アレクシアが向かったのは、譲葉邸の近くにある交差点だった。この交差点は、夜間は車の通りがほとんど無い場所だった。

 そんな交差点の中心部に、黒い球体が浮かんでいた・

「あれか……。総一郎、見えるか?」

カークは総一郎の方を見て、言った。

「ええ、見えますよ。なるほど、あれが証拠ですか。分かりました。カーク君の話を信じましょうかね」

総一郎は納得したようだった。

「それじゃ、行くか」

桜散がカークに呼びかける。しかし、彼女の言葉を聞いて、カークはふと思った。


「なあ、今まで俺達さ、丸腰で異空間に飛び込んでたじゃん? 思うにかなり危ないことしてたと思うんけど」

 なぜ、今までこのことを考え付かなかったのか。今まで異空間を見つけた際は、すぐに飛び込んでいた。しかし、今回の怪物はおそらく相当な強敵。丸腰で挑むのは、危険だろう。

「言われてみれば、確かにそうだな。何か、武器になるものを用意した方がいいかもしれん」

桜散はカークの意見に賛成した。

「武器があれば、魔力切れになっても戦えるもんね。アレクシアちゃん、この入口って、あとどのくらい、ここに有りそう?」

譲葉はアレクシアに、武器を用意できる時間的猶予があるかを尋ねた。

「……多分、あと数時間は、このまま、と思う。この入口は、私達が入るのを、待っている、から」

「そう。なら、一度私の家に戻りましょ? 物置に、何か武器になるものがあるかもしれないから」

 アレクシアの答えを聞いた譲葉は、一度戻ることを提案した。


 その後5人は屋敷に戻り、譲葉に案内されながら物置へと辿り着いた。物置の前に着くと、譲葉は扉を開けて中に入り、何やら取り出した。

「これなんてどうかな?」

まず彼女が取り出したのは、長さ1mほどの鉄パイプであった。

「お、鉄パイプか。俺何回か使ったことあるんだよねぇ。……これ使っていい?」

カークは譲葉に尋ねた。

「うん、いいよ。じゃあ、カーク君はこれね」

 そう言うと、譲葉はカークに鉄パイプを手渡した。彼女から鉄パイプを受け取ったカークは、その重量を感じ取る。

「そうそう、この重量感。馴染むな」

「はいはい。それじゃあ、次は……」

 そう言うと、譲葉は再度物置に入った。


「次は、これとか?」

 次に譲葉が取り出したのは、直径25cmほどの鋼鉄製フライパンであった。

「これは私が使おう」

「あ、桜散ちゃん。分かった。はい」

桜散は譲葉から、フライパンを受け取った。

「次は、私。ね」

その様子を見て、アレクシアは言った。

「あ、ちょっと待っててね……」

 譲葉は再度、物置に入った。


 次に譲葉が物置から出てきたとき、彼女の両手にはいろいろなものがあった。

「じゃあ、アレクシアちゃんは……えーと」

譲葉は何を渡そうか迷っているようだった。

「これを、使う」

そう言うと、アレクシアは譲葉の手から1本のL字型レンチを取り出した。

「えっ? でも」

「これが、いい」

「……分かった」

 譲葉はそう言うと、L字型レンチをアレクシアに渡した。レンチの大きさは20cmほどと小柄だ。


 こうして4人の武器が揃ったところで、総一郎が口を開く。

「あの、僕も一緒に行きたいんだけど、いいかな? 異空間は分かったけど、仮面の怪物や魔術についてはまだ見てないからね」

彼は4人と一緒に異空間へ同行したいようだ。その言葉を聞いて、カークは考える。

(巻き込むな、だよな。どうするか……)

カークがそう考えた時だった。

「良いぞ。ただし、後ろに居て、足は引っ張るなよ?」

総一郎の頼みを、桜散が快諾した。耳を疑うカーク、すかさず桜散のところへ向かい、尋ねた。

「おいおい、巻き込まないよう言ったのはお前なのに、どういう風の吹き回しだ?」

「彼には一通り見せておいた方が良いだろう。……隠し事は、気が引けるんだろう?」

「分かった」

カークは、桜散の言葉に頷いた。


「えーと……」

その頃総一郎は、譲葉に代わって物置に入り、武器になるものを物色していた。

ちなみに譲葉は、ちゃっかり武器になるものとして、自分の雨傘を用意していた。

「うーん、これでいいか」

そう言うと、総一郎は1つのパイプ椅子を取り出し、物置を出た。


「決まりました。僕はこれを使います」

そう言うと、総一郎は4人に畳んだパイプ椅子を見せた。

「まあ、盾にはなるだろうな。良い選択だと思うぞ、うん」

彼の『得物』を見て、桜散は思わず苦笑いした。その様子を見て、カークは彼女に苦言を呈する。

「おいおい、総一郎に失礼だろ。……なぁゆーずぅ。思ったんだが、もっと攻撃力のある武器とか、無かったのか? ほら、刃物とか」

「いやいや! そんなの無いって。それに、刃物とか持ち歩いてるのを警察に見られたら、最悪捕まっちゃうよ?」

「そう言えばそうか」

カークは、譲葉の指摘に対しもっともだと思った。


 こうして武器を取り揃えた4人。カークは鉄パイプ。桜散はフライパン、譲葉は雨傘、アレクシアはL字レンチ、そして総一郎はパイプ椅子。各々奇怪な得物を持ち、異空間へと突入するのだった。


――――――――――――異空間(交差点)。

「なっ!?」

異空間に飛び込んだカークは、早々驚愕した。

 異空間の中は、今まで何度も入ったことがある交差点と道路だ。だが周囲の風景は、まるで異なっている。

 緑色のグリッドはなく、空も彼方も赤黒い。以前戦った、仮面の怪物達の異空間と同じ特徴を有している。

道路以外は黒と緑で形作られていた地面も、茶色の土からなる空き地や、家の廃墟に置き換わっている。

 言うならば、今まで眷属達が居た異空間がいわば作りかけの未完成品のような感じだったのに対し、ここはまさに完成品といった感じである。


「やっぱり、力が強い。眷属のとは、比べ物に、ならない。間違いなく、本体がいる」

異空間の様子を眺めながら、アレクシアは呟いた。

「まじか。おい、総一郎! お前の望み通り、仮面の怪物に出会えそうだぞ?」

カークは総一郎にそう言った。

「そうですか。ふむ……この禍々しい雰囲気、これが異空間なんですね」

 総一郎は周囲をきょろきょろと眺め、何やら考え込んでいた。


「そうと分かれば、さっさと奥へ進まないか? 奴に逃げられでもしたら困る。……アレクシア、怪物の気配はどの方向からある?」

桜散は、アレクシアに尋ねた。すると、アレクシアはある方向を指差し、言った。

「……こっちよ、桜散」

「そうか。それじゃあ行くとするか」

「おう! 行こう行こう」

桜散の提案に、カークは活気ある声で答える。

「はい」

総一郎は、冷静に答えた。

「うん!」

譲葉は元気いっぱいだ。

「……ええ」

アレクシアは彼女の提案に、少し間を置いて答えた。

こうして、5人は異空間を進んでいった。


 カーク、桜散、譲葉、アレクシア、総一郎の5人は、異空間内に伸びるアスファルトの道路を歩いていた。すると、交差点に差し掛かる。

「おい、皆見ろ」

 カークは交差点の一点を指差す。そこには、1本の歩行者用信号機。

「早速お出ましか。皆、気を引き締めていくぞ! 総一郎、歩道の隅に下がっていてくれ!」

カークの言葉を聞き、桜散が指示を飛ばす。

「分かりました。皆さんの戦い、そして魔術が如何なるものなのか、見させていただきますね」

そう言うと、総一郎は歩道の隅へと移動した。

「おっけー。早速、武器の出番だね」

譲葉はそう言うと、傘を右手に構えた。

「……あなたが、リーダー、じゃないけど、仕方ないわ、ね」

アレクシアはそう言うと、しぶしぶL字型レンチを取り出し、構えた。

「うし! 行くぜ!」

カークは鉄パイプを両手に持ち、信号機型眷属へと突っ込んでいった……。


 戦いの結果から言うと、楽勝であった。魔術を使うだけでなく、手持ちの武器を活用して攻撃することで、魔力の消耗を抑えることが出来たのだ。それに眷属1体程度であれば、すでに戦い方も確立している。

「ふぅ。普通に倒せたな。やっぱ武器があると違うな」

 ボロボロと崩れながら消えていく歩行者用信号機を見ながら、カークはそう言った。

「そうだな。これならもっと早い段階で武器を持つようにしていればよかった」

フライパンを持つ左腕で汗をぬぐいながら、桜散は言った。

「ふふっ。それなら、私が一肌脱いだ甲斐、あったね」

譲葉はそう言いながら、治癒魔術で仲間を回復させた。

「そうね。私も、参考に、しておくと、するわ」

アレクシアは汗をハンドタオルで拭き、髪を手で拭った。

「さあ、次行くぞ次!」

今度はカークが先頭に立ち、皆を引っ張って行った。


 その後5人は道中2回、歩行者用信号機と交戦した。1戦目は先ほどと同じ1機であったが、2戦目は2機同時。こちらは総一郎が車型眷属に轢かれそうになるというアクシデントこそあったものの、アレクシアの風魔術によるフォローが功を奏し、車は総一郎の立っていた場所を逸れた。


「ふぅ……危なかった、危なかった」

戦いの後、総一郎は冷や汗をかいていた。

「すまない、総一郎。君をこんな戦いに巻き込んでしまって」

桜散は総一郎に対し、頭を下げる。

「いえいえ。元はと言えばついて行きたいと言ったのは僕ですからね。危険も承知の上ですよ。それにしても……」

総一郎はそこで一度間を置き、さらに続けた。

「僕も何らかの魔術が使えれば、皆さんのお役にたてると思うんですがねぇ」

そう言うと、彼はため息をついた。

「まあしょうがないよ。俺も最初は使えなくて、色々思うところはあったんだけどね」

カークは総一郎に対し、慰めの言葉を掛けた。

「ちょっと、カーク君! 後の一言は、余計だよ?」

「あっ!? す、すまん……」

 譲葉に注意され、慌てて総一郎に頭を下げるカーク。その滑稽な様子を見た総一郎は、思わず笑みをこぼした。

「ふふふ……面白いですね。思えば、こうして複数の人と話しながら何かするってのは、初めてですね。こんなに、楽しい物とは」

総一郎はそう言うと、どこか寂しそうな顔をしながら、赤黒い空の彼方を見つめた。

「俺達は友達、だからな。俺は、そう思ってる。皆も、そうだろう?」

 カークは総一郎の方を見た後、桜散、譲葉、アレクシアに問いかけた。3人は総一郎の方を見つめ、こくんと頷いた。その様子を見て、カークと総一郎は安堵した。

 その後、5人は再度歩き始め、とうとう異空間の最深部に辿り着いた。


――――――――――――異空間 最深部(交差点)。

 最深部に辿り着いた5人は、最後の交差点の手前、150mほどのところに集まっていた。異空間の一番奥には、これまでとは比べ物にならないほど大きなスクランブル交差点があった。そして、そこから前方、左右に伸びる道の先は黒い霧のようなもので覆われ、確認できなかった。

「ここが、一番奥か?」

カークが尋ねる。

「ええ、間違い、無い」

彼の問いに答えるのは、アレクシア。

「そうか。つまり、あれがなのか」

カークはそう言うと、異空間の奥、スクランブル交差点の角に立っている「それ」を見つめた。

 

 交差点に立っていたのは、それまで嫌というほどに見てきた歩行者用信号機。そして、それらの間には、今まで1度も見たことが無い、自動車用の信号機が立っていた。信号機は横型で、黄色信号の部分に、六角形の仮面が付いている。

 自動車用信号機を取り囲むように、歩行者用信号機が4隅にそれぞれ1台。

4体の眷属は、2台ずつ向かい合うように配置(内2台は自動車用と同じ向き)されており、交差点を通るものを取り囲む。


「手下が歩行者用信号機だから、まさかとは思ってたけど……あれが親玉かよ」

仮面の怪物の容姿に突っ込みを入れるカーク。

「そうだな、安直ではあるな」

桜散はカークの意見に同意した。そして。

「それでだ、どうする? 信号機の数がかなり多い。あれらにまとめて眷属を呼ばれたら……」

桜散は交差点の方を見ながら、顎に右手を当てた。

「少なくとも、今までのように突っ込んでいったら、多分返り討ちだよね? これ」

譲葉は真剣な面持ちだ。


「それじゃあどうするか……。魔術で遠距離攻撃してみるか?」

 カークは、交差点の端から怪物をアウトレンジ攻撃する作戦を提案した。

「いや、駄目だ。交差点が広すぎる。端からだと、射程距離が足りない」

桜散はカークの作戦に反論した。

「むぅ。なら却下だな。どうするか……他に何か意見ある人」

カークはさらに意見を求めた。すると。


「うーん……というか、まず信号機の点滅パターンを把握した方が良いんじゃないかな? 眷属の呼び方次第で、作戦はいくらでも変わると思うんだけど?」

譲葉はカークに、自分の意見を述べた。

「確かにそうだな。となると……」

カークは少し考えた後、口を開く。

「誰かが一度、交差点に入って偵察するってのはどうだ? それで1度信号機の点き方と確認した後、再度それに応じて作戦を立て直すと。……俺が先に入って、様子を見てくる」


「待てカーク! それはいくらなんでも無謀だ」

「だが、このまま黙って見ていても始まらないぞ? 時には罠だと分かっていても、飛び込まなければならないときがあると思うんだ」

「……」

桜散の反論に対し、カークは真顔で反論した。それを聞いた桜散は、沈黙する。

「それに、俺は逃げ足だけは自信がある。逃げ切れれば、ゆーずぅが回復してくれるし」

カークはそう言うと、譲葉の方を見て言った。

「ゆーずぅ、いざとなったら、頼む」

「……」

カークの頼みに、譲葉は気まずい顔をした。

「うーん、反応が悪いなぁ……」

カークも気まずくなった、その時だった。


「では、僕も行きましょう」

名乗りを上げたのは、総一郎であった。

「待て待て! 君が出ていくのは無茶だ。第一」

「魔術は使えません、ね? でも、偵察位なら役に立って見せます。僕もカーク君同様、逃げ足には自信があるので……。1人ではなく2人なら、無謀も半分ずつ、です」

桜散の忠告に割り込むように、毅然とした態度で、総一郎は言った。

「総一郎……すまん!」

カークは総一郎に謝罪する。

「いえいえ、それにカーク君の言う通り、黙っていては何も始まらない。何らかのアクションを起こさないと」

「……」

その言葉を聞き、沈黙する一同。しかし、1人が彼の言葉に心を動かされる。


「分かった。私が端から、援護する。私の風が、貴方達を、守る」

総一郎の言葉に対し、アレクシアが賛同した。それを聞いた2人も。

「……分かった。許可する。だが、万が一の場合もある。その時は、私達も出ていくからな?」

「それで構いませんよ」

桜散の言葉に、総一郎は同意した。それを聞いた桜散、後方へと下がる。

「それじゃ、私も万全な準備をして、待機しているね。……気を付けて」

譲葉はそう言うと、桜散を追い、来た道を戻るように走り出した。

 後にはカークとアレクシア、総一郎の3人が残った。

「それではカーク君、アレクシアさん。よろしくお願いします」

「おう! よろしくな」

「……よろしく」

 こうして、一同による仮面の怪物討伐作戦がスタートしたのであった。


「さて、どうするか」

 桜散、譲葉と分かれた3人は、交差点の手前、50mほどの場所にあった、店の廃墟に身を寄せていた。

 カークは店の入口から、交差点の方を覗き見る。信号機達のランプは、まだ点灯していない。

「これは、近づくと動きだすパターンでしょうかね」

総一郎も一緒に覗き込み、言った。

「間違いなく、そうね。……どうする? どっちが先に、行く?」

アレクシアは2人を交互に見ながら、尋ねた。

「うーん、総一郎、お前が行くか?」

カークは、総一郎に尋ねた。

「それでは、僕が先に」

「分かった。無理はするなよ? 俺もすぐに追いかける」

「分かりました。アレクシアさん、援護お願いします」

「ええ、分かった、わ」

 3人は作戦を立て終え、建物から道路に出た。


「あ、出てきたみたいだよ?」

譲葉は、桜散に声を掛けた。

「そうだな。……さて、カーク。お前の作戦、見せてもらうぞ?」

 カーク達の後方、200mほど離れた場所に立つ電柱の陰に、桜散と譲葉は居る。彼女達は彼らの様子を、固唾をのんで見守っていた。


 一方路上に飛び出たカーク達は……。

「それでは、お先に失礼します!」

 そう叫ぶと、総一郎は交差点目がけ走り出した。その様子を、カークとアレクシアは見守る。

 2人共いつでも駆けつけられるよう、戦闘態勢だ。


 そうこうして居る内に、片手にパイプ椅子を持った総一郎が、交差点へと辿り着く。彼は畳まれた椅子を盾にするように構えながら、交差点の中央へと向かった。

 すると、信号機達が点灯する。全て青信号だ。

「全部同じシグナル……」

 総一郎は周囲をぐるりと見回し、眷属達の襲来に備える。また、カークとアレクシアも、彼をカバーすべく交差点の入口で待機した。その時だった。


「うわっ!」

「きゃっ!」

悲鳴はカーク達の後方から聞こえた。

「さっちゃ! どうした!?」

振り返り、叫ぶカーク。すると。

 カサカサカサ……! 桜散と譲葉が、高速で移動する何かに何かにもみくちゃにされている。

 移動しているのは、ペラペラな人形! 赤色の、紙人形型の眷属だ。しかし、その形状は今までのものとは異なり、5~6人もの人形が手足の部分で繋がった構造をしていた。

 さしずめ切紙細工といったところか。そんなものが数体、桜散達を巻き込みながら歩道を高速で移動していく。


 人形達が通り過ぎた後には、ぺたんとアヒル座りになった桜散と譲葉がいた。

「おい、大丈夫か!?」

急いで駆け寄るカーク。

「こっちは大丈夫だ! そんなことより!」

 桜散はそう叫ぶと、交差点の方を見つめた。それを見てカークも振り返る!


 桜散達を巻き込んだ切紙細工達は、途中で左右2手に分かれ、アレクシアの左右を通過! そのまま左右の歩道に沿って交差点へと向かっていく。

「アレクシア! 迎撃頼む!」

カークは元居た場所に戻りながら、アレクシアに指示を出す。しかし。

「っ! 危ない、カーク!」

そう言うと、アレクシアはカーク目がけ、魔術で突風を起こした。

「What!?」

弧を描くように吹いた突風によって、カークは道路の端に飛ばされた。

「あぶね! 何すん」

 ゴォーッ! 直後、カークの真横を、大きな何かが高速で通り過ぎる。カークが目を凝らすと、それは紙でできた大型トレーラーであった。

「うわっ! あぶね!」

カークは思わず身震いした。アレクシアが助けてくれなければ、あれに撥ねられていただろう。


 更に大型トレーラーは道路を高速で疾走、道路のど真ん中に立つアレクシア目がけて突っ込んでいく。

「Hh――――――――!」

目前のトレーラー型眷属に対し、アレクシアは突風をぶつける。しかしトレーラーは止まらない!

「っ!」

 アレクシアは咄嗟の判断で左手から突風を起こし、その勢いで道路の右端へ跳躍! すんでのところでトレーラーの体当たりを回避した。

 トレーラーはそのまま高速で交差点へと突っ込んでいく……。


 一方その頃、交差点では。

「うわわ、来た!」

総一郎は左右の歩道からやってくる紙人形型眷属を見るや否や、交差点の端、歩道の角に陣取り、人形達を待ち構えた。そして。

「うりゃ! うりゃ! うりゃ!」

やってくる人形達に対し、パイプ椅子を振り回した!

ゴッ! ゴッ! ゴッ! 次から次へとやってくる人形達に、パイプ椅子が命中、交差点の中央へと飛ばされていく。人形達の質量は、見た目通りの軽さのようだ。

 ヒュン! ヒュン! ヒュン! 横断歩道を挟んで反対側の歩道から、紙人形達が飛来してくる。

「はっ! はっ! ていっ!」

ブンブンブンブンブン! 総一郎はパイプ椅子の端を両腕で持ち、振り回しながらその場でクルクルと回転! 

バリバリバリ! 飛んでくる人形達に、無慈悲な遠心力の打撃がクリーンヒット! 人形達は破け散り、残骸が横断歩道の中央へと散らばった。


直後、総一郎の後方から車道に沿ってトレーラーが突入! トレーラーは横断歩道と交差点の紙人形達を次々と撥ね飛ばした!

 ザザザザザザ! 紙が破ける音がした直後、トレーラーは交差点を通過! そのまま彼方へと走り去っていった。

 その後には、粉々になった紙人形達の残骸。それも、しばらくするとボロボロと崩れて消えた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

総一郎は回転姿勢を解除した。周りの視界が歪む。

「は、はは……何とか、やったみたいです、ね。案外、いけますねぇ……」

総一郎は目を回しながら、そう呟いた。しかし、すぐに態勢を立て直す。

「さて、次はどう出るか……」

総一郎は信号機達を一瞥する。すると、歩行者用信号は青色に点滅し、赤信号に変わる。そして、怪物本体の信号は黄色から赤へと変わった。

(随分と、現実の信号のように変わりますねぇ。で、次は……)


 総一郎が注意深く見守る中、怪物本体の信号は赤のままに、歩行者用信号が全て青になった。

(歩行者用だけが青、ってことは……)

総一郎は交差点から伸びる道路をぐるりと眺める。すると。

「来た!」

 総一郎から見て右手奥から、紙人形型の眷属が多数やってくる。今度は先ほどのものと違い、1体1体がバラバラの、白い紙人形だ。これは総一郎も、道中で何度か見ていた。

(これは、どうしのぐか?)

総一郎は考えた。

 これは確か、集団で取り囲んでくるはずタイプ……。そこで。

「おーい! アレクシアさん! 援護お願い!」

自分一人で相手にするのは不利と見た総一郎は、後方のアレクシアに指示を飛ばした。

「分かった。すぐ、行く!」

 アレクシアは総一郎にそう叫ぶと立ち上がり、交差点へと走った。カークも後を追いかける。


 紙人形は交差点へ到着し、総一郎を包囲する。

総一郎はパイプ椅子を持ち、構える。そして、人形達が一斉に総一郎へ飛びかかった。

「うぉぉぉぉぉ!」

総一郎はそれを見て、パイプ椅子をクルクルと振り回した。

 バシバシバシ! 飛びかかる紙人形達に、パイプ椅子が命中! 

 ゴォォォォォ! そして同時に、アレクシアの突風攻撃が到達! 総一郎が振り払った人形達を吹き飛ばしていく。

 おびただしい数の人形を吹き飛ばすと、そこには椅子を杖に膝をつく総一郎が。


「おい! 大丈夫か? 総一郎!」

カークが駆け寄ると、総一郎はカークに手を伸ばす。

「ええ……何とか、大丈夫です」

総一郎はふらふらと立ち上がった。

 しかし、すぐに椅子に体重をかけ立ち止まった。

「相当疲れたみたい、ね」

その様子を見て、アレクシアが呟く。

「そうだな。頑張った。……一度さっちゃ達のところへ戻ろう。このままだと消耗戦だ」

 カークはアレクシアと一緒に片手で総一郎を支え、3人で交差点を出ようとした。


 しかし、その時だった。

 ピラピラピラ! 道路に散乱していた人形達がピョコピョコと起き上がり、カーク達を取り囲んだ。まるで、3人が交差点を出るのを阻むかのように。

「ちっ! こんなときに!」

「待って! あれ!」

アレクシアが信号機を見て、叫んだ。

「ん?」

 カークは信号機を見た。すると、眷属の信号機が点滅し、赤に変わった。そして、怪物の信号が、赤から青へと変わる。

「Hh? 1回も攻撃していないのに、色が変わったぞ!?」

カークは信号の色の変化を見て、動揺した。


「え? これって、攻撃しないと、色が変わらないんですか?」

 カークの動揺する様子を見て、総一郎は不思議そうに尋ねた。

「そうだ。俺達が今まで戦ってきた歩行者用の方は、こちらの攻撃に反応して色を変えてたんだ」

 カークは総一郎に、歩行者用信号機型眷属の行動パターンを説明した。

「そうなんですか。てっきりこれが普通なのかと……」

総一郎がそう言いかけた直後だった。

「っ! 2人共、あれ!」

アレクシアが慌てたように、2人に道路の奥を見るよう指差した。


「なっ!」

「これは!」

アレクシアの指差した方、道路の奥からは、トレーラー型の眷属1台と、自動車型の眷属2台が、高速で走ってくるのが見える。

「まずい! 早く移動しないと!」

カーク達は急いで交差点から出ようとする。しかし。

「うわっ!」

カーク達の行く手を、紙人形達が阻む。

「Shit! 邪魔だ!」

 カークはそう言うと、腕から炎を出し、人形達を焼き払った。しかし、包囲網に開いた穴をすぐに別の人形が塞ぐ。

「そりゃ!」

「ヤァー!」

 カークは火炎放射、アレクシアは空気弾を発射。人形達を撃退するも、すぐに別の人形達に退路を塞がれてしまう。

そ うこうして居る内に、車とトレーラーは交差点へと迫る。


「Damn! キリが無い! このままだと間に合わないぞ!」

「分かってる! こいつら、私達を、このまま、巻き込むつもり、ね」

カークの叫びに、アレクシアも叫びながら返す。

 さらに悪いことに、別方向から連なった紙人形が襲来! 包囲網を強固なものにしていく。そして、白と赤でできた紙の柵は、徐々に交差点の中央へと狭まって行った。


「カーク!」

「皆!」

遠方からカーク達の危機を察知した桜散と譲葉は、ダッシュで交差点へと向かう。しかし。

「うわっ!」

「きゃっ!」

2人を阻むかのように、切紙細工型眷属が後方から襲いかかる。

「ちっ!」

 ヒュン! 桜散は切り紙細工に水弾を発射! しかし、一撃で倒せない! 起き上がった赤い紙細工は、桜散に迫る。

「はぁー!」

 そこに譲葉が吹雪を発射!

 ヒュゥゥゥゥ! カチン! 先の桜散の攻撃で眷属に付着していた水が凍結し、紙人形の動きが止まった。

「よし! ありがとう、譲葉ちゃん!」

桜散は譲葉にお礼を言う。

「ええ! それよりも」

譲葉達は、カーク達の元へと急いだ。


 その頃のカーク達。

 トレーラーの到着は目前、紙人形でできた柵に、カーク達は追い詰められていた。

(どうする? どうすればいい?)

 カークは考えたが、良いアイデアが思いつかない。このままでは3人とも轢かれてしまう。

(万事休すか……)

 カークがそう考えた、その時だった。


「こんのー!」

総一郎は突如叫ぶと、パイプ椅子を振り回し始めた。

「うわっ! 何すんだ総一郎!」

カークは驚き、すかさず身を離す。しかし、総一郎は回転を止めない。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 回る、回る、回る総一郎! その回転速度は、徐々に上がって行った。


「……はっ」

 凄まじい勢いで回転する彼の様子を見て、アレクシアは何かを思いついたようだった。すぐに、総一郎目がけて、左腕を構えた。

「ん? 何するつもりだ? アレクシア」

カークは彼女の様子を見て尋ねる。すると。

「イヤー!」

アレクシアは全身全霊の勢いで叫び、総一郎の方を向ける左腕に力を構えた。すると。


 ゴワァァァァァァ! 普段に比べ非常に強い突風が、彼女の左腕から噴き出した! そして突風は総一郎に衝突し……。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ! 彼の回転を、強めていく! すると、中心にいる総一郎に向かって猛烈な勢いで、周囲の空気が吸い込まれていく!

「うわっ!」

カークは吹き飛ばされそうになり、アレクシアの身体に掴まった。猛烈な風の中、彼女はその場から動くことなく浮いている。……正確には、総一郎に向かって吹き込む風に対し、左腕から風を吹き出すことで吸い込まれないようにしていたのである。

 このとき総一郎は、一つの強力なつむじ風と化していた。そしてこの風が、彼らにとっての神風となる。


 ピラピラピラ! 風の強さに耐えられず、人形達の包囲網が、次々と破れ始めた。そして。

 バシバシバシ! バラバラに崩れた紙人形達は、交差点中央の竜巻に吸い込まれていく!

 ちょうどその時、トレーラーと車が交差点へ突入! これらは竜巻へと突っ込む形になった。


「うわっ! 総一郎!」

カークが叫ぶ! 

「アァァァァァァァァァァ!」

竜巻の中から、総一郎の叫びが聞こえてくる! 


 直後。

 バリバリバリ! 竜巻周囲に渦巻き状に吹く風の層に、自動車とトレーラーが衝突! 

 ザザザザザザ! 竜巻の周囲に吹く風は、今や円形の風の刃を形成していた。そこに衝突した紙の車達は、まるでシュレッダーにかけられたかのごとくあっという間に裁断! 一瞬で木端微塵となった。


眷属達を倒した後もなお、風の勢いは止まらない。

「おい、アレクシア! これ、どうすんだ! このままだと、総一郎が!」

 カークはアレクシアの身体にしがみ付きながら、叫んだ! 危機は去ったとはいえ、総一郎の回転が止まらない! このままでは彼の身体も遠心力でバラバラになってしまうだろう。

「今、風、逆向きに、打ち込んでる。でも、止められ、ない!」

アレクシアの答えに、カークは愕然とした。

「まじかよ……」

 突風は、もはやアレクシアに制御できる域を越えていたのである。さらに、カークにとって悪い事態が起こる。

「はぁ、はぁ」

 アレクシア自身が、息切れし始めたのだ。彼女の手から出る風が弱まり、カーク達は徐々に竜巻へと引きずり込まれていく。

「うわやべぇ! 頑張れ! アレクシア!」

アレクシアを激励するカーク。その声を聞いて、彼女はにこりと笑うも、苦しそうだ。


 パキン! パキン! パキン! パキン! その時、交差点の角に立っていた歩行者用信号機達の支柱が、風に耐えきれず破断! 竜巻へ吸い込まれていく! 

そのうち1台が、カークとアレクシア目がけ飛来! このままでは回避できない!

「ウワァァァァァァ!」

その様子を見て、思わずカークは右手を伸ばし、力を込めた。


 ゴォォォォォ! 右手から火炎! そして同時に、カークとアレクシアの身体が、宙を舞い、信号機の残骸をすんでのところで回避した。

「Ah――――――――!」

 カークは一心不乱に右手に力をこめ、炎をジェット噴射させた。すると、2人の身体は風に沿って飛行していく! 

 カークはアレクシアの身体を左腕で抱きかかえながら、右腕で炎を吹き出し続けた。すると、遠心力により、竜巻から徐々に体が離れて行った。


すると、竜巻から脱した2人の目の前に、建物の壁が。

「ふんっ!」

すかさずカークは壁目がけて両足を向け、そのままぶつかった。

 ゴン! カークの両足が建物の壁に衝突。2人はそのまま地面へと落下! しかし。

バシャ! 2人を受け止めたのは、硬いアスファルトではなく、柔らかい水の柱であった。

「さっちゃ!」

カークが後ろを見ると、そこには左腕を自分に向け念じる桜散の姿があった。

 カークとアレクシアはそのまま、地面へと着地した。


「カーク!」

「カーク君、アレクシアちゃん!」

 カークとアレクシアの元に、桜散と譲葉が駆け寄る。そして、駆け寄った譲葉は即座に、2人に治癒魔術を掛けた。

「うぅ……ゆーずぅ。ありがとう!」

「ありがとう、譲葉……」

傷が癒えるも、2人は横になっていた。


「さっちゃ、ゆーずぅ。総一郎が、総一郎が、あの中に」

「分かっている。カーク。……あれを、何とか止めないとな」

桜散はそう言うと、交差点中央の竜巻を見た。

 竜巻の勢いは先ほどよりも弱まっていたが、依然収まる気配が無い。回転速度が大きすぎるせいで、中で回っているであろう総一郎の様子は確認できない。

「もう一度、風を、吹き込ませる」

アレクシアは立ち上がり、交差点へと向かおうする。

「待て! 無茶だ」

桜散が止めようとする。しかし、彼女は足を止めない。

「私が、止める。責任、あるから」

「……」

その言葉に、桜散は反論できない。


「あ! 待ってアレクシアちゃん! あれ!」

 譲葉は仮面の怪物を指差した。

 竜巻により眷属を全滅させられ、自身も相当の損傷を受けたはずであろう仮面の怪物は、依然として、左右にガタガタと揺れながら交差点に立っている。

 そして、そのシグナルは黄色に。そのまま赤になるかと思いきや、仮面の中央が黄色く光り、チカチカと点滅し始めた。


「何だ、あのパターンは? 始めて見るな……」

黄色に点滅し始めた信号機を見て、カークは首を傾げた。

「注意して進め……」

「あん?」

桜散のつぶやきに、カークは言葉にならない声を発する。

「注意して進め、だ。黄色の点滅は。車に対する指示だな」

「ってことは、また来るのか!? あの車が」

 桜散の説明を聞き、カークは身構える。その直後だった。


 PP――――――! 後方から聞こえるクラクション音。カーク達が振り返ると、後方遥か彼方に、3台の大型トレーラーが。

 トレーラーは先ほどのものに比べ、非常にゆっくりとしたスピードだ。注意して進め、とはこういうことだろうか?


「うわ! やべっ! 早く移動しないと」

カークはそれを見て、道路の横にある建物へ退避しようとする。しかし。

「いや……待てよ? あれ、使えないか?」

逃げようとするカークを横目に、桜散は何かを思いついたようだった。

「使えるって、どうするの?」

譲葉は、桜散に尋ねた。

「奴らをアレクシアの突風で加速させて、竜巻に掠らせるようにぶつけるんだ! あの竜巻は時計回りに吹いているから、向かい風になる右側にぶつける。そうすれば、竜巻の勢いを相殺できる!」


 桜散は、トレーラーを利用して竜巻を止めようと言い出した。それを聞いたカークは仰天し、彼女の提案に反対した。

「おいおい! 無茶苦茶だ! んなんうまく行くわけないだろ? 第一、総一郎を撥ねでもしたら……」

「さっきのトレーラーは、総一郎にぶつかる前に粉々になったぞ? 多分大丈夫だろう。それよりも、竜巻を早く止める方が先決だ」

「むぅ……そうだな」

 桜散の意見に、カークはしぶしぶ頷いた。


「それなら、あなた達も、一緒に、やってみる、のは、どう?」

桜散の提案に対し、アレクシアが意見を出す。

「それってつまり、私達も魔術をぶつけて、あれを加速させるってこと?」

アレクシアの意見を、譲葉はこう解釈する。それを聞いたアレクシアは、こくんと頷いた。

「なるほど、なら、私達も協力しよう」

桜散は、アレクシアの意見に乗った。

「じゃあ俺も……」

「カーク君の魔術は炎だから、そんなことしたら、トレーラーが燃えちゃうよ? カーク君は、うーんどうしよっか」

譲葉は考えるも、そうこうして居る内に、トレーラーはカーク達に迫る。


「あー! もう時間が無い! カーク君! 何かできないか、考えて動いて!」

譲葉は投げやりに、カークに指示した。

「えぇ……。仕方ないなぁ」

カークは困ったように、その指示に応じる。

「それじゃ、行くぞ! 作戦開始だ!」

「……作戦開始」

こうして、4人は配置についた。


 ゴォーッ! カーク達の真横をトレーラーが通過! すかさず、桜散と譲葉、アレクシアが構え、そして。

「はぁー!」

「ムムムー!」

「イヤー!」

3人はトレーラーが通り過ぎるとすぐに後ろに陣取り、それぞれジェット水流、吹雪、突風を、それぞれの手から噴出させた。

ゴン! これらの攻撃がトレーラーに命中! その軌道を僅かに右寄りにずらしつつ、加速させる。

「よし! うまく行った。後はこのままぶつかれば……」

 そう考えた3人は、トレーラーを見つめる。しかし、彼女らの目に飛び込んできたものは、信じられないものであった。


「なっ!」

「えっ!?」

「……何、やってる、の?」

 3人の目に飛び込んできたのは、暴走するトレーラーの後ろにしがみ付く、カークの姿であった。彼がしがみついていたのは、彼女達から見て一番右を走るトレーラーだ。

「あのバカ! 何やってんだ!」

桜散は憤る。

「何かできないかって言ったけど、まさかあんなことするなんて……」

譲葉は額に手を当て、彼に投げやりな指示を出したことを後悔した。

「……カーク」

アレクシアは、カークの身を心配していた。


 3人が見守る中、カークはトレーラーに必死に食らいつく。3人が魔術を掛けた際、咄嗟にトレーラーのコンテナに付いていた手すりに飛びついたのだ。

「ぐぅ!」

右手で手すりを掴み、必死に落ちそうになるのをこらえながら、カークは必死に左腕を後方に向けた。そして。

「Ah――――――――!」

 ゴォォォォォォ! 後方に向け火炎噴射! 並走する3台のトレーラーの内、右のトレーラーが急加速! 他の2台を追い抜く!

 すると、その隣を走っていたトレーラーが吸い込まれるように右側へと移動! そして、それに応じるように一番左のトレーラーも動く。かくして、前方に1台、後方に2台のトレーラーが、交差点へと突入した! その直後。


 ガリガリガリ! カークが掴まったトレーラーが、竜巻の右側を通過! その勢いを削いでいく。竜巻を掠った部分は、風の刃で粉々になる! そしてトレーラーはそのまま竜巻に沿って左へ曲がり……。 

ドン! 信号機の仮面の支柱に横転しながら衝突! 支柱が凹む。直後、カークが掴まっていたトレーラー型眷属は、ボロボロと崩れながら消滅した。

「うわっ!」

衝突の衝撃で、宙に投げ出されるカーク! しかし、彼は咄嗟に地面目がけ炎を噴射、頭から落ちるのを防いだ後、横の歩道に着地した!

「おっとっと!」

彼の着地と同時に2台目、3台目のトレーラーが、交差点を通過!


 ガガガガガガガガガ! 竜巻の勢いが更に削がれ、ついに中央で回転する総一郎の姿が見えるようになった!

「総一郎!」

カークが駆け寄ろうとするも。

 ガン! 猛烈な音とともにトレーラーが横転!

「うわっ!」

カークは慌てて飛び退く!

2台のトレーラーは、1台目と同じ軌道を取りながら信号機の支柱へ次々激突! 支柱が更に歪み、45度に曲がった。

 キーン! 高い金属音が周囲に響き渡る。そして。

 ガン! 信号機の支柱はついに塑性変形を起こし、そのままぐにゃりと真横に倒れ込んだ。

 その様子を見た桜散、譲葉、アレクシアも、交差点へと駆け寄る。


「総一郎!」

カークはようやく、竜巻の中央へ駆け寄ることが出来た。

 彼が駆け寄ると、アレクシアが竜巻に風をぶつけていた。しばらくすると竜巻は消え、クルクル回る総一郎の姿が。

 カークは注意深く近寄り、回るパイプ椅子を掴む。すると、回転が止まり、総一郎はその場にどさっと倒れ込んだ。

彼に近づいてみると、息はある。見る限り、外傷のようなものも無かった。

「総一郎君!」

譲葉は倒れている総一郎に駆け寄り、治癒魔術を掛けた。


 ピシッ! 総一郎を解放する一同の背後では、仮面が割れる音が響き、周囲の景色がぼやけていった……。


――――――――――――深夜。

「総一郎! しっかりしろ! 総一郎!」

「う、うーん……」

 目を覚ました彼の目に飛び込んできたのは、自分のことを心配そうに見つめる仲間達の姿であった。

「皆……」

「大丈夫か? 総一郎」

桜散が、総一郎に声を掛ける。

「あ、うーん……」

総一郎は体の様子を確かめる。痛みは、無い。少し、気分が悪い。

「うーん、少し眩暈がします。気分も、悪いです……」

「大丈夫?」

譲葉は総一郎に近寄ると、再度治癒魔術を掛けた。

「おおっ、気持ち悪いのも治りました。……ありがとう、譲葉さん」

「あっ! どういたしまして。えへへ」

譲葉は照れ臭そうにお礼を言った。


「あっ!? そう言えば、怪物は? 仮面の怪物、どうなりましたか?」

 総一郎は思い出したかのように、周囲を見つめる。そこは現実世界であった。

「怪物なら、倒したよ」

カークは総一郎に説明した。

「そうですか。そうでしたか。……やったんですね?」

総一郎は尋ねる。

「ああ、やったよ! 俺達、やったんだ」

カークは、呟いた。

「ああ、そうだな。やったんだ」

カークの言葉に、桜散はそう呟く。


 その後、5人はしばらく余韻に浸っていたが、夜遅いということもあって、そのままお流れとなった。

「じゃあ、俺達はこれで」

「うん。またね、カーク君、桜散ちゃん」

「ああ!」

カークと桜散は、2人で帰っていった。


「さて、私達も帰らないとね。総一郎君は、私が送っておくけど、アレクシアちゃんも一緒に送ってもらう?」

譲葉は、アレクシアに尋ねた。

「いや、いい。私は1人で、帰る。それよりも」

 アレクシアは総一郎の方を向き、頭を下げた。

「ごめんなさい。私のせいで、あなたは」

「いえ、いいんですよ。……ひょっとすると、貴方はああするんじゃないかと、考えていましたから」

「えっ?」

アレクシアは驚いた。

「あの状況を打開するにはどうしたらいいか、そう考えたら、自然に体が動いていたというか」

「……」

彼の話を黙って聞くアレクシア。

「その、何というか、身体を回転させて、その勢いで竜巻を作れればなぁ、と。あはは」

 そう言うと、総一郎は恥ずかしそうに頭を掻いたのだった。


 カークと桜散は、譲葉達と別れた後、地下鉄を使って家に戻った。

「ただいま!」

「おかえりなさい」

 2人を李緒が出迎えた。

「李緒さん。晩御飯は譲葉ちゃんのところで食べてきたので、良いですよ」

桜散は李緒にそう言うと、洗面所で手洗いをした後、階段を上って行った。

「あら? それはまた今度、譲葉ちゃんにお礼を言っておかないとね」

「母さん。俺もいいよ」

「はいはい」

 李緒の返事を聞くことなく、カークは桜散同様洗面所で出洗いをし、2階の自室へと向かった。

 そして、そのままベッドに倒れ込み、眠りに就いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ