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The Memoirs 9th(回顧録 第9部)「これが、世界の選択か」  作者: 語り人@Teller@++
第一章「非日常との邂逅」
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第1話『非日常との邂逅』

[あらすじ] 

 カーク・高下(たかした)は、大学を1年留年したうだつの上がらない大学生。そんな彼は同じ家に暮らす桜散(さちる)に連れられ気が乗らないまま大学へと向かう。大学では新たな出会い、そして帰り道で懐かしの出会いを経験したカークは、その夜奇妙な夢を見る。

 その次の日の夕方、カークは桜散と共に家に帰る途中、突如現れた謎の穴に飲み込まれてしまう……。


『これは、まだ空が青かった頃の話――――――。 『回顧録』 序文より引用』






―――――――世界は無限を内包する――――――





語り人@Teller@++ Presents

The Memoirs 9th(回顧録 第9部)

副題:「これが、世界の選択か」



第1話『非日常との邂逅』 (旧題:『魔術師の覚醒』)

1日目

―――――――――――西暦2012年4月某日。ヒノモト国、井尾釜(いおがま)市、某所にて……。

「おい、起きろ。カーク、朝だぞ」

「ほぁっつ? むにゃむにゃ……」

1人の少女が、ベッドで寝ている少年を起こそうとしている。しかし、少年は起きない。少女は黒髪で、髪型はセミロングヘアだ。一方少年は、黒いぼさぼさ頭。

「さっさと起きろ! 大学に行くぞ!」

パシン! 頬を叩く音が部屋に響き、少年、カークは目を覚ました。

「痛ってぇ、本気で叩くなよ。もう……」

「お前が目を覚まさないのが悪いんだ。ほら、早く下に降りろ。朝ご飯が出来てるぞ?」

そういうと少女、桜散(さちる)は部屋を出て階段を下りて行った。カークもすかさず追いかける。2人は下に降りた後、あらかじめ用意されていた朝食を食べ、服を着替えて家を出た。



 家を出た2人は、近くの駅から地下鉄に乗り込んだ。カークの身長は178cmと比較的大柄。それに対し、桜散の身長は10cm低い168cm。2人は肩を並べて立ち、カークは右腕で吊り革を、桜散は左腕で吊り革を持った。

「今日は……。講義開始日だったな」

カークは思い出したように、自分の左横にいる桜散へ呟いた。

「そうだ、今日から大学の講義が始まる」

「そうだな、そうだよなぁ」

カークは桜散の話を聞いてガックリと肩を落とした。

「カーク、気落ちする理由もわかるが、李緒さんのためにも頑張って単位を取って進級しないといけないぞ?」

浮かない顔をしているカークに対し、桜散はそう言った。

「分かってるよ。だがな、それでも1年遅れってのは、どうしても気が引ける」

桜散の正論に対し、カークは愚痴る。

「まぁ、確かにそうだよな、分かる。……お前も、気の毒なことになったよな。これもそもそも」

「言うな。思い出したくない」

桜散が何か言いかけたところで、カークは彼女を制止する。

「……」

カークに止められ、桜散は黙ってしまう。気まずい沈黙が流れる中、電車は目的に到着した。


 カークと桜散が通っている大学は、最寄りの地下鉄駅から徒歩で15分程度行った丘の上にある。途中には歩道橋や地下道があり、結構長い道のりだ。

「謹慎になってから1度も大学行ってなかったからなぁ。それに見慣れないやつらと講義受けるってのも萎えるってもんだ」

道を歩きながらカークが呟く。

「うーん。でも、お前が留年になったことを新1年生は誰も知らないし、案外仲良くやれるかもしれんぞ?」

「それでもだ。というかそもそも去年、お前以外とはまともに大学内で話をした記憶が無い」

「あー、そういえばそうだったな。お前、友達作るの下手だもんな」

桜散はカークに対し、したり顔をした。

「言わないでくれよ。傷つく」

ぼっちであることを桜散に指摘されてカークはさらに落ち込んだ。


「はぁ。お前にも何か新しい出会いがあるといいんだがなぁ」

桜散はカークの様子を見て、ため息をついた。

「そんなんホイホイあるわけないだろ? ラノベやアニメじゃあるまいし。そりゃボーイ・ミーツ・ガール(注釈:少年と少女の出会いを起点に始まる物語の総称)は嫌いじゃ無いけどさ……」

「だが、かわいい居候の女の子は目の前に居るぞ? ほら、私だ」

桜散は自分の胸を左手でポンと叩いた。彼女の胸はCカップ程度、そこそこあるサイズだ。

「俺が好きなのは、おしとやかな大和撫子なんだよ。お前みたいな、人のことコソコソ探るようなのは御免だ」

カークは桜散に対し、分かってないなと言わんばかりの態度で自分の好みを主張した。

「文句言うなよ~。そんなんだから、友達出来ないんだぞぉ?」

カークの肩に右手を乗せ、横から顔を近づける桜散。今にも『このこの』とでも言いそうな態度だ。

「くぅーん」

桜散に言われ、思わず弱った犬の鳴きまねをしてしまうカーク。


そうこうして居る内に2人は大学に辿り着いた。

「んじゃ、私とはここでお別れだな」

「そうだな。俺、とりあえず何とかやってみるよ」

「そうそう、その心意気が大切だぞ? んじゃ、また放課後」

「おう」

カークは桜散と別れ、講義棟へと入っていった。


――――――――――――昼休み。

「はぁ。新しい出会いかぁ」

カークは構内をぶらぶら歩いていた。

(さっちゃはああ言ってたけど。俺なんかじゃとてもなぁ……)

カークはさっちゃこと、桜散の顔を思い浮かべた。顔立ちは悪くない。……常にジト目気味な点を除けば。

(あいつは口調や性格こそアレだが、ルックスは悪くないんだよなぁ。もったいないなぁ。……むしろそんな奴と一つ屋根の下で暮らしている俺は、もしかしてスペシャルなのかな?)

色々思考を巡らせながら歩くカーク。そのときだった。


「あのー、すみません」

「Ah……?」

声をかけられ思わず間が抜けた声を出してしまうカーク。

「あの、理工学部B講義棟ってのは何処にありますか?」

カークに声をかけたのは、白いYシャツにジーンズ姿の1人の少年だった。髪は金色で、赤い帽子をかぶっている。身長はカークより一回り小さい。165cm程度か。目の色は青色。  日本 (ヒノモト)人ではない。留学生のようだ。

「あー、えーとね。理工学のB講義棟は、この階段を上った先の所にあるよ。建物の入口にB講義棟って書いてあるはず」

「あ、ありがとうございます」

お礼をする少年。


「君、新入生?」

「あ、はい。そうです。僕、アレックスって言います。よろしくです」

そういってお辞儀をするアレックス。

「アレックスっていうのか。俺はカーク。俺も1年生……といっても留年してるから2年目なんだけどな。よろしく」

カークも挨拶を返す。

「2年目、やけに大学の敷地に詳しいと思ったらそういうことだったんですね」

目をキラキラさせながらカークに話しかけるアレックスに対し、カークは聞いた。

「俺を変な目で見ないのか? 留年してるんだぞ? 普通に考えれば碌なことしてなかった奴だと思う気がするが」

「いえ。あなたはそういった人達には見えませんから」

アレックスは自信ありげにそう答えた。

「どういう根拠で?」

「勘、ですかね?」

「……そうか」

カークはそれ以上聞くのをやめた。


「君も理工学部?」

「あ、はい! そうです。理工学部の化学・生物科です」

「お! 学科も同じじゃんか?午前中って何の講義受けてた?」

「線形代数学、Ⅰです。ヒロサキ先生の」

「おお! ってことは同じ教室にいたんだな。気づかんかった。ということは午後に物理学Ⅰを受けるの?」

「良く分かりましたね。そうです!」

同じ学科で同じ講義を受けているという共通点を見出し、仲良く話を始める2人。

「あ、カークさん。せっかくですから、僕に大学の敷地を案内してもらえませんか?僕、ここに来たばかりなんであまり詳しくなくて」

「ああ、いいよ。ちょうど暇だったし。次の講義までまだ時間があるしな。ところで」

カークはずっと気になっていたことを聞いた。

「ここに来たばかり、の割にヒノモト語上手いね?ヒノモトでの暮らしは長いのか?」

「そういうあなたも、カークって名前の割にヒノモト語上手じゃないですか」

「俺は母親がヒノモト人で、7年以上ヒノモトで暮らしてるからな。君もそんな感じ?」

「うーん」

カークの問いに、アレックスは一瞬言いよどんだ。

「ん?」

カークは思わず疑問に思う。しかし、その疑問は次の言葉で氷解した。

「僕の両親はヒノモト人じゃないですが、ヒノモト暮らしが長いですからね」

「1人暮らし?」

「そうそう。1人暮らしです」

「すごいな。異国の地で1人暮らしってのも大変だろう」

「慣れれば大したこと有りませんよ。見ての通りヒノモト語喋れますし」

敷地内を歩き回りながら互いのルーツについて語る2人。


「ここは第2食堂で、あっちはコンビニ。理工学部の学生だと此処で食べる人が多いな」

「ふむふむ」

「あとは途中にある屋台で買ったり、講義棟内に出てる弁当屋を買って食べるのもいる。その日その日に応じて好きなのを買って食べればいいんじゃないかな」

「ほうほう」

カークの解説に感心するアレックス。

「お、そろそろ講義の時間が近いな。教室に向かおうか」

「そうですね。行きましょうか」

2人は講義棟へと入っていった。


――――――――――――夕方。

「今日はいろいろありがとうございました」

「いやいや、俺もこうやって人と話が出来て良かったよ」

「そうだ、連絡先交換しませんか?またこうやって会いましょうよ?」

「いいのか?」

「ええ!大学はじめてのお友達ですから」

「初めて、か。良い響きだな。それ、アドレス情報送ったぞ」

「受信しました!」

アドレス交換を済ませた2人。すっかり打ち解けたようだ。

「また何か困ったことあったら連絡くれよ。力になる」

「ありがとうございます。では、僕はこれで」

「おう! またな!」

二手に分かれて帰るカークとアレックス。そこには確かな友情が生まれていた。


(さて、桜散は、っと。お、連絡来た)

『題:今日は先に帰る 本文:なし』

メールは件名にそれだけ書かれており、本文は無かった。

(おいおい、短いなぁ。まああいつらしいか。返信しとこ)

『題:わかった 本文:なし』

題名だけのやりとりを返したカークは、駅に向かって歩き出した。


――――――――――――夕方、大学最寄りの駅にて。

 駅でカークは地下鉄を待っていた。

(はぁ。あれが運命の出会い、なのかな? 男だったが。いやいや、友達も大事だろう常識的に考えて。なぜ可愛い女の子が話しかけてくるのを期待してたんだ、俺。)

アレックスとの出会いを回想するカーク。

(まあ、ああいう付き合いも、悪くなかったなぁ……ん?)

カークはふと、ホームの奥の方を見た。


「……」

1人の少女が、俯きながらホームの端に立っていた。少女の髪型は茶色のツーサイドアップで、服装は上下共に黒い。カークは少女のことがふと気になり、ホームの奥へを歩き出した。すると

ガシッ! 少女は突然ホームの端、ホームドアにつかまり、乗り越えようとしだした!

(What’s? おいおい何やってんだあいつは!)

カークは驚き、ホームの奥へと走った。それを見た周囲の人々も少女の異変に気づきざわめきだした。


 ピーンポーンパーン! 

『まもなく、列車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側に、お下がりください』

 列車の到着アナウンスだ。このままでは少女は電車に轢かれ、無残な肉塊と化すだろう。カークは動揺した。

 この地下鉄には全駅ホームドアが設置されており、飛び込み自殺など起こらないはず、だった。しかし少女は、ホームドアを乗り越え線路に飛び降りようとしていたのである。

 さらに言えばこの電車は第三軌条方式。すなわち線路の横に置かれている給電レールから電気を受け取り走行するタイプだ。仮に少女が電車に轢かれなかったとしても、線路の横にある給電レールに触れてしまえばどうなることか……。

(頼む! 間に合ってくれ!)

カークは走った。全速力で走った。頭に浮かぶ最悪の光景を振り払うためにも、少女を止めるためにも、全速力で走った。

「……っ」

少女はホームドアを超えようとしているが、なかなか越えられない。そうこうして居る内にホームに電車が入ってきた。少女はホームドアから身を乗り出している。危ない!

バッ!

「!?」

少女が電車に接触しそうになった寸前でカークが飛びつき、少女をホームドアから引き離した。バランスを崩し倒れる2人。電車は急停止した。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

少女はせわしく息を吐いていた

息を飲むカーク。周囲のざわめきは、彼の決死の行動の結果静まり返っていた。しかし、その沈黙は、自殺未遂の少女を救ったことによるものではなかった。

「あ……」

カークは気づいた。柵を乗り越えようとしていた少女に飛びつき、そのまま倒れたことで、カークが少女の上に覆いかぶさっていたことに。それを見て聴衆は静まり返ったことに。そう、この沈黙は気まずさによるものだったのだ。

「あ、あはは、いや、その。これはですね……」

身体を起こし、周囲に言葉にならない釈明をするカーク。恥ずかしさで言葉がボロボロである。そんなカークに追い打ちをかける出来事が更に起こった。

「すみません、ちょっと一緒に来ていただけますか?」

「え、あ?」

カークと少女は、黒い服を着た男数人に囲まれていたのである。

「え、いや、これはその、誤解でして」

ガシッ!カークは男2人につかまれ連行されていく。少女も同様だ。

「えちょ!? 何する! 離せ!」

カークの必死の叫びもむなしく、カークと少女は黒服の男達に、黒い車へ連行されてしまった。


(……どうしてこうなってしまったんだろう。何を間違ってしまったんだろうか)

カークは走行する車の後部座席で自分の行いを悔やんでいた。彼の横には先ほど助けた少女が乗っている。

(俺はこの子を助けようとしただけだ。なのに何でこんなことになっちまったんだ!?ああ、さっちゃ。すまん、俺、俺、もうどうすれば……)

絶望感に浸るカーク。

「うーん、うーん」

「あ、あの」

うなるカーク。それを見て少女が喋り出した。

「ん?」

「あなたの、名前は?」

「名前? あぁ……カーク……カーク・高下、だよ」

名前を聞かれてぼそぼそとつぶやくカーク。最早取り返しのつかないことになってしまったと思っていた彼は、投げやりに名前を名乗った。

「……えっ?」

少女はそれを聞いて何やら驚く。そして、

「もしかして、あのカーク君?」

「ん? 俺のことを知っているのか?」

「……譲葉」

少女はボソッと、自分の名前をこぼす。

「あ?」


九恩院(くおんいん)譲葉(ゆずりは)だよ。カーク君、覚えてる? ほら、昔一緒に遊んだ」

少女、譲葉がそこまで名乗ったことで、カークは忘れかけていた過去を思い出した。

「譲葉……あっ! まさかお前、ゆーずぅなのか?」

カークは譲葉に問いかけた。

「そうだよ、カーク君、私だよ!ゆずだよ!」

「おお! ゆーずぅ! 久しぶりだな。まさかこんなところで会えるとは、あ」

久しぶりの旧友との再会で盛り上がったところでカーク、自分の今置かれている状況を思い出し、一気に沈黙した。

「そうだゆーずぅ、お前は何であんな真似したんだ、それにこいつらは一体」

「ごめんねカーク君。全部私のせいなの」

「あー……」

カークは譲葉に問いを投げかけたのを後悔した。……自殺しそうになっていた人に投げかけるような言葉じゃなかったと。

「もうじき、着くよ。そうすれば、全部わかる」

カークの問いに対して、譲葉は静かに、答えた。そして車は、大きな屋敷の中に入っていった……。


――――――――――――屋敷にて。

「「娘の命を救っていただいて、本当にありがとうございます!」」

「Ah?」

譲葉の両親に感謝され、カークは拍子抜けしてしまった。黒服たちは譲葉のボディガード達で、車で運ばれた先は譲葉の家だったのである。

「カークさん、お久しぶりです。ずいぶんと大きくなられたんですね。何度も言いますが、娘を、譲葉を助けてくれてありがとう」

譲葉の父親、和仁(かずひと)が言った。

「あ、いや。これは当然の行いでして、その」

カークはどぎまぎした。こういった対応には全く慣れていないのだ。

「いいえ、あなたの勇気ある行動が娘の命を救ったのですから。それに比べて私は」

譲葉の母親、(ゆき)は自分を責めていた。

「言うな雪。僕にも責任がある」

「でも!」

「今はただ、娘を見守ってあげるのが僕らの役目だ」

「はい。あなた」

「あの、すみませんが、ゆーずぅのお父様、お母様」

和仁と雪がやりとりしているところに、カークが割り込む。

「「はい?」」

「彼女は何故あんなふうに思い詰めていたんですか?」

カークは2人に、譲葉の様子がおかしかった原因を知らないか質問した。


 カークが知っている数年前の譲葉は、天真爛漫なお嬢様だった。しかし今の譲葉は、表情がどこかアンニュイで、憂いを帯びていた。

「それが、僕達にも話してくれなくて」

事情を説明する和仁。彼ら自身にも原因が分かっていないらしい。

「原因が分かりさえすればいいのですが……。あ、そうだ!カークさん、譲葉の悩みを聞いてあげてくれませんか?」

カークに譲葉のことを頼む雪。

「いいですが、いいんですか? 俺なんかにそんな役割」

カークは2人に聞き返す。

「いいんですよ!僕らに譲葉は心を開いてくれないから。それに、あの子ももう大人だしね」

「あの子はあなたを見て喜んでいました。きっとあなたになら、あの子は本心を打ち明けてくれるはず」

譲葉の両親に期待をかけられてしまったカーク。思わぬことが起こったものだ。

「今日はもう遅いですし、家まで送りましょう」

「またいらしてくださいね」

「ええ、ああ、分かりました。ゆーずぅのご両親。また、よろしくお願いします」

カークは和仁と雪に挨拶をした後、車に乗せられ屋敷を後にした。


――――――――――――夜。

「ただいま」

「おかえり、遅かったじゃない?どうしたの?」

カークが家に帰ると、彼の母親である李緒(りお)が質問をしてきた。それと同時に、

「おい! 一体どこをほっつき歩いていたんだ?」

桜散が突然食って掛かってきた。すかさずカークは弁解する。

「すまん! いろいろあってな。また明日話すよ。あ、そうだお母さん、晩御飯はもう食べたんでいいよ」

「はいはい、分かったわ。それじゃあ冷蔵庫に入れとくから明日の朝食べてね」

「はーい!」

「あ、ちょっと待て! カーク!」

桜散に呼び止められるもカークは寝室へ向かった。彼はとても疲れていたので、ベッドに倒れてそのまま眠り込んでしまった。


――――――――――――???

『ねぇ』

『……ん?』

カークは変な夢を見ていた。良く分からないものに声をかけられる夢だ。

『人生において選択することに、意味ってあると思う?』

『選択、ね。人生無限の可能性、とよく言われるけれど、選択肢なんて常に限られてる。しかも年を取れば取るほど、取れる選択肢も少なくなっていく。だから、強いて言うなら』


「人生、なるようになるしか、ないんじゃないか?」



2日目

――――――――――――朝。

「おい、カーク。朝だぞ」

「……分かってるよ……むにゃむにゃ」

カークは桜散に起こされた。


「さて、早速だが昨日のいきさつを話してもらおうか」

「えぇ……あぁ……そうだな。一応明日話すって言ったもんな。かくかくしかじか」

カークと桜散は、朝食を食べながら、昨日のことについて話していた。

「かくかくしかじかじゃ分からんぞ? 言い逃れは無駄だ。しっかり話せ」

「ちぇっ。分かったよ」

 カークは幼馴染に会ったこと、その子が自殺しそうになったのを止めて両親に感謝されたことを桜散に伝えた。


「ほう、そんなことがあったのか。というかお前、幼馴染がいたんだな」

自分の知らなかったカークの情報に、桜散は興味を抱いた。

「幼馴染って言っても、小学校6年生までだな。それ以降俺はヒノモトに移住したんで、面識は無かった」

「確かお前は小学校までは米国にいたんだよな? その、譲葉という子とはそこで出会ったと」

「そそ」

「ふむ。お前がヒノモト出身じゃないことは前々から聞いていたが、幼馴染がいるなんて話は初耳だぞ? 何故話さなかった」

「聞かれなかったからだよ。というか幼馴染って言っても7年前だぜ? よく覚えてないんだ」

カークはそう言うと、右手で頭を掻いた。

「確かに、小学生頃ともなればそんなもんか。っと! そろそろ時間じゃないか? また今度、その、譲葉ちゃんを私に紹介してくれないか? もっと詳しい話は彼女に聞いた方がよさそうだし」

そう言うと桜散は下へと降りようとする。

「ああ、いいけど……あっ」

カークはしまったという顔をした。

「ん? どうした?」

「ゆーずぅの連絡先聞くの忘れた」

「おい。彼女のことを頼まれたんじゃなかったのか?」

「そりゃ頼まれたけどさ。俺も正直そこまで頭が回ってなかった」

「はぁ。それじゃあ、また彼女に会った時に頼むよ」

「分かった。すまんの」

カークと桜散は大学へ向かった。


――――――――――――夕方。

「はぁ。結局講義には身が入らなかったなぁ」

「そんなに譲葉ちゃんのことが心配なのか?」

カークと桜散は2人で帰り道を歩いていた。

「そりゃ線路に飛び込もうとしたんだぞ? また何かやらかしてもおかしくは無い」

「確かに。彼女のためにも、一刻も早くコンタクトが取れるようにしないとな」

「ああ。しっかし、何であいつは自殺なんかしようとしたんだろう?」

「それは本人に聞かないと分からないことだな。内容次第では私達ではどうにもならないこともある。ただ……」

「ただ?」

「ただ……話を聞いてあげるだけでも、人間精神的に落ち着くもんだぞ? そういう意味でも、一刻も早く彼女を見つけて話を聞いた方がいいと思う」

「ふむ」

朝同様、譲葉のことについて話す2人。いつもと変わらない日常が終わろうとしていた。


「あ、そういえば話変わるんだが」

カークは突然話題を変えた。

「ん?」

「運命の出会い。あったぞ」

「おおっ! 本当か!?」

「ああ、といっても男だけど」

「あー……。まあ、そうだよな。その、なんだ、気を落とすな」

桜散はカークの肩をぽんぽんと叩いた。

「おい。いいじゃんかよ。それとも何か? 女の子だったほうが良かったってのか?」

「ばっ、別に? そんなわけじゃないぞ? ただ、お前は女の子との出会いを期待していたようだから、それが叶わなくて残念だったねというだけの話だ」

桜散は顔を赤らめながら釈明した。

「そうか。確かになぁ。でもさ、男友達ってのも案外大事だと思うよ?」

「交友関係が広がること自体悪くないってのは認める」

 2人は、アレックスのことについて話しながら歩いていた。すると。


「ん? Hh? 何だ、ありゃ?」

「どうしたカーク? ……え?」

カークの目線の先を見て、桜散は思わず目を擦った。

 前方に、直径2 mほどの黒い丸のようなものが見える。空間に穴が開いているといったほうがより正確な表現か。穴の周りは、陽炎のように景色がぼやけていた。

「黒い、穴? 異空間の入り口か何かか? マンガやアニメとかで出てくる……」

「いやいやいや! そんなわけ無いだろう! 何かの見間違いだ、そうだ。そうに決まって」

桜散がそう言いかけたところで、2人は更に驚いた。

 穴が、こちらに向かってきているのだ。ゆっくりと、2人のもとに近づいてくる。

「げげ!? おい、逃げるぞさっちゃ!」

「あ、ああ」

自分たちへと向かってくる穴を見たまま呆然としている桜散の手を取り、カークは走りだした。しかし。

ゴオ!

穴は突然加速し、

「うわ!」

「きゃ!」

2人を飲み込み、そして忽然と消えた。

後にはただ、夕暮れの静寂のみが残されていた。


――――――――――――異空間(都市の廃墟)。

 カークが目を覚ますと、周りには目を疑うような光景が広がっていた。

「What’s!? 何だ、これは……」

周りにはビルや道路の残骸が散らばっている。ビル街の廃墟だ。空は赤黒色で、瓦礫のようなものが無数に浮かんでいた。少なくともカーク達がさっきまで居た井尾釜の町並みではない。

「俺は、さっちゃを連れて逃げて……。そうだ、さっちゃ! 桜散!」

桜散の名を呼ぶカーク。すると、

「う、うう」

すぐそばからうめき声が聞こえる。

「桜散! あ」

カークは足元を見ると、桜散が倒れていた。

「さっちゃ! 大丈夫か!?」

「あ、カーク……。うぅ」

倒れている桜散を抱き起こす。見る限り怪我は無いようだ。

「カーク、ここは一体?」

「俺に聞かれても困る。確か俺達は、さっきの穴に飲み込まれて……」

「ここはその中ってことか?」

「多分」

「それじゃ出口を探さないとな」

そういうと桜散は立ち上がり、歩き出した。

「おい、さっきまでうめいてたけど大丈夫なのか?」

「今はもう大丈夫。ちょっと意識が朦朧としただけだ」

カークは桜散を気遣ったが杞憂に終わった。

「そうか。しかし、出口なんてあるのかな?」

「穴から入ってきたんだ。同じ穴を見つければ出られるはずだ」

「そうは言うが、出口らしきものは見当たらないぞ?」

カークは周りを見渡した。周りには廃墟が広がっているばかりで、先ほど見た穴のようなものは見当たらない

「ここでじっとしていても埒が明かない。とりあえずここを探索してみようじゃないか」

「分かった。正直、ここは周りが真っ赤でとにかく目に優しくない。どこか別の場所に移ろう」

2人は、廃墟の街並みを歩き始めた。


 道路の残骸にそって歩いていくと、2人の前方に川と橋のようなものが見えてきた。道路のアスファルトにひびが入っているが、渡るには問題なさそうだった。

「しかし、ここはいったい何なんだ?」

桜散はカークに疑問を投げかけた。

「さあ? 俺にも分からん。お前に分からないんだ。俺に分かるはずがないだろう?」

カークと桜散が橋を渡っていた、その時。


「ん? 待て、カーク。あれは、何なんだ?」

「Ah?」

 突如、上空から円柱状の何かが、カーク達の前方50 mほど先に下りてきた。円柱の直径は3mほどで、禍々しい模様が表面に刻まれている。

 更に、上部に1つの穴が開いた円盤がついている。円盤は、まるで仮面のようだった。

 そして両脇には、幅1m、長さ10 mほどの紙のように薄い帯が繋がっている。帯には蛇腹状の折り目がついており、円筒状の何かと一緒に見ると、まるで触手、腕のようだ。

 円筒はユラユラと浮遊し、帯はクネクネとせわしなく動いていた。

「What’s that!? こいつは一体?」

「気をつけろカーク! 動いているぞ!」

「分かってる! 何だこれは? モンスターか何かか?」

2人が叫ぶ中、円筒状の怪物上部、円盤の中央の穴に赤い光が灯った。円筒は回転し、赤い光が2人の方を向いた。

「やっべ! 気づかれたっぽいぞ!」

カークは桜散の手を取り走り出そうとした。しかしワンテンポ遅かった。


ヒュン! 蛇腹状の触手の片方が、桜散に向かって瞬時に伸びていく。そして、

ビシッ! 鞭で叩いたような音が、周囲に響く。

「きゃ!」

「さっちゃ!」

触手に突き飛ばされ、桜散は地面に叩きつけられた。掴んでいた手を引き離されたカークは、すかさず桜散の元へ向かおうとする。しかし、

「ぐほ!」

バシッ! 桜散を弾き飛ばした触手に、彼も叩かれた。その場に叩きつけられる。

「ぐぇ……。Shit!」

地面に叩きつけられ呻くカーク。思わず汚い言葉が飛び出る。

「カーク!」

脇腹を押さえ、立ち上がった桜散は、カークに叫ぶ。


そうこうして居る内に、怪物はカークの方へとゆっくり浮遊しながら向かっていった。

(何とかしなきゃ……)

桜散は周りを見渡した。すると、道の端に鉄パイプが落ちていた。

「カーク、これを!」

桜散は鉄パイプを掴み、地面に沿うように投げた。パイプはカークの目前までスライドしていき、止まった。

 ガシッ!カークは鉄パイプを掴み、それを杖代わりに立ち上がった。そして鉄パイプを構えた。パイプの重みと、錆びた鉄の臭いが、彼にこれが夢でないことを実感させた。そしてカークは、

「おりゃ!」

鉄パイプを大きく振りかぶって、目前の仮面の怪物に、鈍い一撃を喰らわせた。

 ステーキ肉を包丁の峰で叩いたときのような確かな手ごたえ。のけぞり動きが止まる怪物。カークは、桜散は、一目散に来た道を走って逃げた。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「はぁ、はぁ、はぁ」

 どのくらい走っただろう? 10分くらいだろうか? ビル街の廃墟の中で、2人は怪物から逃げ続けていた。しかし、怪物の移動速度は尋常ではなかった。路地に入ってやり過ごしても、すぐに反対側に回り込んでくる。まるで瞬間移動しているような、そんな機動力だった。

 そしてこの逃走劇は、長くは続かなかった。

シュン! シュルルル! ビシッ!

「ぐわ!」

「カーク!」

怪物の右触手に巻き取られ、カークは宙吊りにされてしまった。

(カークが! どうすれば、どうすればいい?)

桜散は精神的に追い詰められ、内心女々しくなっていた。カークを捕えながら、次は桜散に狙いを定める怪物。


(私、死ぬの、か? こんな、こんな訳の分からない場所で、訳の分からない化物に襲われて)

左の触手が桜散の元へと飛んでいく。カークの時とは異なり、触手の先端が鋭利になっている。これは明らかに殺意ある一撃だ。

(嫌だ)

(嫌だ嫌だ嫌だ! 嫌だ!)

桜散の感情が高まっていく。彼女は思わず、触手に向けて左手をかざした。

「桜散!」

触手の一撃が桜散を貫かんとしたその時だった!


バシャ!

「え?」

「Ah?」

触手の一撃は、彼女には届かなかった。

 桜散の手から、水が飛び出した。正確には、掌から数cmほど先から水が出現し、触手の先端に当たった。水が当たった触手は、鋭い先端がフニャフニャになり、動きが止まってしまった。まるで紙が水に濡れてふやけたかのように。

「何、何だ? 一体」

 桜散は動揺していた。自分の手元から突然水が吹き出し、触手の動きを止めたからだ。しかし彼女は、次に自分がやるべきことを、無意識に理解していた。

「はぁーっ!」

かざした左腕に力を込める。何故このような行動をとったのかは、桜散自身にもわからなかった。ただ、こうすれば今の状況を打開できる。そんな気がしたのだ。


 シャー! 水が勢いよく噴き出た。桜散の手元から生まれたジェット水流は、目の前でふやけている触手へ向かっていき、命中した。するとふやけていた触手の先端部分がちぎれ飛んだ。それを見た桜散は、すかさず、

「はぁ!」

カークを捕えている触手の付け根に向かって右手をかざし、力を込めた。

ヒュン! ブチ! 今度は水でできたボールがもう片方の触手の根元に命中し、触手を切断した。怪物の動きが完全に止まる。

「うわ!」

5mほどの高さから落下するカーク。

「カーク!」

桜散はそれを見て、カークの真下に向かって念じた。すると地面から水が吹き出し、カークを受け止めた。

「おっとっと」

水に支えられながらカークは地面に着地し、桜散の元へと駆け寄った。


「さっちゃ。お前、一体?」

「分からない! とにかく、話は後」

2人の会話を横目に、怪物は再び動き出した。根元から切断された右触手は再び付け根に繋がり、左触手はちぎれた先端部が再生した。

「カーク! 援護頼む!」

「えぇ……? でも俺ができることなんて」

「いいから! 私任せにするつもりか?」

「うーん、分かった」

カークはしぶしぶ了解し、両手で鉄パイプを構えた。桜散は手を構える。

背中合わせに構えた2人の様子は、さながらRPGに出てくる剣士と魔術師のコンビだ。

「はぁ! おりゃ!」

桜散が水弾を2発飛ばす。1発は右の触手に、もう1発は左の触手へと命中した。触手と怪物の動きが止まる。

「今だ、カーク! 本体を叩け!」

「分かった! うおーっ!」

カークは叫びながら化物本体へと向かっていき、そして、

「オラ! オラ! オラ!」

動きが止まった怪物本体を何発も殴りつけた。

バン! バン! バン! 何回も、何回も、必死で殴った。すると、

「―――――――!」

怪物が声にならない叫び声をあげ、身体が崩れ始めた。

「いいぞ! 効いてる!」

桜散はそう言いながら、再生した触手を間髪入れずに水弾で切断していた。その間もカークは必死に怪物本体を殴り続けた。

「キィェェェェッ!」

ついに怪物は断末魔を上げ、ボロボロと跡形もなく崩れ落ちていった。それと同時に、周りの空間が歪んでいき……。


桜散とカークは、夕映えの現実へと、帰還した。


――――――――――――夕方。

「こ、ここは」

「はぁ、はぁ、はぁ」

2人は現実世界へ帰還していた。

「戻ってきたのか? 現実世界に」

「ああ、間違いなく現実世界だろうな」

 桜散は周囲を見やり、ここが現実であることを確かめた。太陽はすでに地平線の下にある。空の色は、橙色から紺色に変わりつつあった。


「何だったんだろうな、ありゃ」

「私に聞かれても困る。それに」

桜散は自分の手元を見つめていた。

「さっき私は手をかざして水を出現させた。それも何も無い所からだ。そもそも水が出てくるなんて普通に考えて有り得ない。一体私に何が起こったんだ?」

「そのことなんだけどさ」

「ん?」

カークは桜散に質問した。

「今、この場でやってみて、できる? もしできるならすごいことになるぞ!」

「あ、ああ。試してみよう」

桜散は手を構え、軽く念じてみた。すると、手の前に水弾が出現した。

「うりゃ」

桜散が軽く声を発すると水弾は電柱に飛んでいき、当たって弾けた。水は確かに出ている!

「まじかよ! 魔術じゃんこれ!」

カークは目をキラキラさせた。

「魔術? でもここは現実世界だぞ? 漫画やアニメじゃあるまいし」

「でもこうして、手から水を出現させている。現実世界でだ。これは夢や幻なんかじゃない。魔術はあったんだ、実在したんだ!」

 今までフィクションの中にしかないと思っていた現象に現実で遭遇し、カークは狂喜乱舞する。

「ちょ、ちょっと待て! 騒ぐな! もしそうならば、このことは周りにばれないようにした方がいい」

「え?何で?」

 桜散の慌てたような様子に、カークは首をかしげた。

「冷静に考えてみろ。こんなの周囲にばれたらパニックだぞ? 最悪警察の世話になる」

桜散は盛り上がるカークを諌める。

「それに魔術を使えるなんてことがばれたら私、実験材料かなんかにされちゃうぞ?」

「あー……。確かにそうかもしれんなぁ」

 人間、自分が持っていない、理解できない力を使う存在を恐れるものだ。すごい力が使えるせいで何かに狙われる。そういう話、フィクションではごまんとある。まして現実世界でそれが起きたら……。カークは自分の浅はかさを恥じた。

「じゃあ、このことは、俺とさっちゃの2人の秘密ってことにしよう。ただ、あの化物が何なのか、お前の力が何なのかは調べたほうがいいと思う」

「そうだな。正直私も、自分の置かれている状況が分からないというのはいい気がしない。今度、大学の図書館で文献をあさって調べてみるとしよう」

「うし、っと」

カークはそこまで言いかけて思った。


「俺もお前みたいに、何か力使えたりしないかなぁ」

「そういう可能性があるかどうかも調べたいと思っている。また、あの化物みたいのが出てこないとも限らないからな。万一お前も使えるならその方がいいに越したことが無い」

カークが魔術に目覚める可能性について、桜散は冷静に分析する。

「うーん、うーん、ダメだ。何も起こらんなぁ。はぁ」

カークは桜散のマネをして手をかざして念じてみたが、何も起こらなかった。


――――――――――――夜。

「「ただいまー!」」

「おかえりなさい。遅かったわね。あら? カークどうしたの? 服が濡れてるじゃない?」

カークと桜散を出迎えた李緒は、カークのずぶ濡れになった服装について尋ねた。

「あ、これは。その」

桜散の魔術で濡れた服についてカークが言い淀んだところで、

「カークったら、大学の池で岩渡りしようとして足を滑らせたんですよ? 私が居なかったら荷物までずぶ濡れだったはずです」

桜散が取り繕う。李緒相手に対し、彼女はぶっきらぼうな喋り方をしない。

「あら、桜散ちゃんありがとうね。ほら、カーク! さっさと服を洗濯機に入れてきなさい? 夕飯出来てるわよ」

「はーい」

カークは脱衣所へと向かっていった。

「まったくあの子は。ごめんなさいね、桜散ちゃん」

「いえいえ、居候として当然の務めですから、李緒さん」

「本当にいい子ね、桜散ちゃんは」

李緒は桜散の頭を撫でた。

「ふふ」

桜散は軽く微笑んだ。

 その後2人は何事も無かったかのように夕飯を食べ、2階のそれぞれの部屋に上がっていった。


(はぁ。今日はすごいことがあって疲れたなぁ)

カークは自分の部屋で1人ごちた。

(しっかし、さっちゃのやつ、あんなことが出来るようになるなんて。彼女は魔女の子孫か何かなのかな?)

カークは早速、今日起こった出来事を回想していた。

(うう、身体の節々が痛い。今日は疲れたし、さっさと寝よう)

カークが眠りに就こうとしたそのとき、携帯電話が鳴った。

(むむ、電話か。番号は、見たことが無いやつだな)

普通ならそこで無視してしまうところであったが、今日の彼は何故か電話をとってしまった。

「えーと、もしもし、どなたでしょうか?」

「あっ? カーク君?」

「ん?」

「私だよ。ゆず、譲葉だよ! カーク君だよね?」

「あ。ゆーずぅ! 俺だ、カークだ!」

思わぬ相手からの電話に驚くカーク。

「そうかぁ。やった!」

電話越しに譲葉の喜ぶ声が聞こえる。

「俺もゆーずぅと連絡が取りたいと思ってたんだ。ところで、何で俺の番号を? 俺はお前に教えた覚え、無いんだけど……」

 カークはふと思った。何故譲葉が知らないはずの自分の番号に電話をかけることが出来たのか。

「あ、それはね、調べたんだ」

「だからどうやって?」

「私の家の情報網を舐めない方がいいよ? 人1人の住所くらい簡単に……」

「おいおい、嫌な話聞いちゃったなぁ。プライバシーも減ったくれもないってか?」

「あはは、大丈夫だよ。今回は必要があったから調べただけで、普段は使わないから」

「そうか」

カークはそれ以上追及しなかった。あまり深く追及しても面倒なだけだ。


「んで。俺の住所を調べたのはまあ、いいとして。何の用? 俺、今日めっちゃ疲れたんで、もう寝ようと思ってたんだけどなぁ」

「あ、ごめんごめん。手短に言うよ。明日土曜日じゃん? ちょっと1回会わない? 大学の近くにイタリアンのファミレスがあったでしょ?」

「ああ、あそこなら俺も時々食べに行くよ?」

「あそこに朝10時に来て。私の今置かれている状況とか、全部話すから」

「分かった。明日の10時、だな。必ず行くよ」

「んじゃカーク君、おやすみ。寝る前に電話してごめんね」

「いやいや。実は、俺もお前と連絡取りたいと思ってたんだ。ただ、連絡先聞きそびれちゃったからさ。どうしたものかと思ってたんだ」

「そうなんだ。じゃあ、ちょうどよかったね。通話履歴から私の番号を登録しといて。アドレスは明日会ったとき教える」

「分かった。んじゃおやすみ」

「おやすみ~」


 カークは譲葉との通話を終えた。そして、ベッドに潜り、

(こいつは僥倖だな。まさかあっちから掛けて来てくれるとは)

(ゆーずぅ、元気そうだったなぁ。何で、あんなことしたんだろう?)

譲葉のことを考えながら、眠りに就いた。

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