002
「通常、自殺をする者は、自分の中で自殺をするに相応しい――いや、本当は生きたいのに生きられない理由を遺書に残すものだろう? それが、相手への復讐や現実からの逃避であってもだ」
「しかし、遺書が残されていない上に自殺をする理由すら無かった、か」
「似ているとは、思わないか?」
「今回の連続自殺事件にか? 確かに、奇怪な連続自殺だと言う点では似ていると思うが――」
葵はそこで口を噤む。
「同じではない、か?」
続く言葉を葵よりも先に紅子が言う。
「さあな。だが、今回の連続自殺は決まって飛び降りと言う方法で自殺をしている紅子の言うように、誰かの自殺の模倣をしていわけじゃないんだろ? ただ、気掛かりは、その連続自殺と同じように今回の自殺にも規則性があると言うことだ」
「その通り。その連続自殺には、必ず水曜日若しくわ木曜日に自殺が行われると言う規則性のもと自殺が行われている。そして、今回の連続自殺も月曜日から木曜日までの四日間と言う規則性のもと、自殺が行われている。つまり、毎週四人の被害者がいると言うことだ」
紅子は椅子の背もたれに取り掛かり、天井をぼんやりと見遣る。
「他に何か、分からなかったのか?」
「今のところは、さっぱり」
紅子はお手上げと言わんばかりに、両の腕を上げる。
「単に、紅子がその規則性に気付いていないだけじゃないのか?」
「言ってくれるねえ。だったら、ページを後ろの方まで捲って見ると良い」
葵は言われた通りにページを捲る。すると、そこには今回起きた連続自殺事件の概要が書かれていた。
「廃ビルでの連続自殺の始まりは、2010年10月04日の月曜日に起こった飛び降り自殺だろう」
「一週目の月曜日か」
「ああ、恐らくな」
紅子の言葉と照らし合わせながら、事件概要に目を通していく。すると、そのある内容に自身の目を疑った。
「なあ?」
「どうした?」
紅子は、葵の方へと視線を遣らずに聞く。
「自殺者同士には、面識があったのか?」
「それについては、とっくに調べた。いやあ、驚いたよ」
紅子は、勿体振る様な素振りを見せる。
「早く言え」
葵は睨みを利かせ、荒々しい物言いで問い掛ける。
「そう急かすな。まあ、結果から言えば、交友関係、親族との血縁関係に至るまで、ありとあらゆる繋がりに至るまで、まるで関係が見当たらなかった」
「見当たらない? じゃあ、毎週毎週、同じ場所で死にたがりの人間が、自殺をしたって言うのか? そんなこと、在り得るはずが無いだろ。馬鹿馬鹿しい」
突き放す様に、葵は言う。
「だが、その偶然がその実、一番在り得ないのだよ」
紅子は椅子の背もたれから起き上がり、二本目の煙草の火を消す。
「どう言うことだ?」
「その自殺現場の屋上には、出入りが自由に出来ないように自殺防止対策が施されていたのだよ」
「自殺防止対策? つまり、今回の連続自殺以前にも、誰か自殺をした奴がいるってことか?」
「どうやら、そうらしい。しかし、その自殺防止対策は壊された様子は無いと言う。だとするならば、ここから先は我々の領分だと言うことだ」
紅子は、葵の口から言葉を求める様に問い掛ける。
「なるほど、そう言うことかよ」
葵は、小さく溜め息を付く。
「虚無か……」
存在ないし概念を無と表現する場合、無から有は生じることなど有り得ない。その為、万物の根元としての無と表現する。しかし、その不在証明をすることが出来ない無の証明を紅子達は〝虚無〟――と、そう呼んでいた。
「そう、その通り」
紅子は、既に湯気も経たず冷めきっている残りのコーヒーを一気に飲み干す。そして、椅子から起き上がり、熱いコーヒーをカップへと注ぎ、口を付けずに机の上に置いておく。
「まあ、こっちからすれば虚無の仕業である方が、全ての現象に対する原因と結果が早計に結び付けられて、何倍も楽なんだがな」
「何が楽だ。誰が虚無の相手をすると思ってんだよ」
「まあ、そう言うな。闘うと言う点では、どちらかと言うと魔術師である場合の方が面倒に違いないだろ? 虚無は始末してしまえばそれで全て終わるが、魔術師は殺すのも、殺した後も面倒だ。それに、殺さないにしても、魔術師が犯人だと立証するのは、現代社会では極めて難しい」
「そんな理由で殺人でもすれば、真っ先に精神鑑定にでも回されそうだな」
小馬鹿にするように、葵は言う。
「それに、我々としてもあまり魔術師の存在を表沙汰にするのは好ましくない」
「それは、魔術に頼る人間が増えるからか?」
「いや、そんな簡単な話ではない。葵、魔女狩りって知っているか?」
葵は紅子の質問の意図を読めずにいたが、取り敢えず聞かれた事への返答をする。
「昔、ヨーロッパで魔女だと疑われた人間が次々処刑されたってやつだろ?」
「正確には、ヨーロッパで15世紀から18世紀に起こった――まあ、ある種の社会現象だな」
「それが、どうした?」
紅子は、唐突に神妙な面持ちになる。
「その魔女狩りが現代でも行われているのを知っているか?」
「魔女狩りが、か?」
「ああ。未だ、魔法や魔術信仰が多く残っている地域は多くてね。年間平均でも、少なくとも500人は殺害されている」
「どうして、未だにそんなことを信じる奴が居るんだ?」
葵は怪訝そうな表情を浮かべる。
「辺鄙な村には、貧困や、飢饉、天災の原因は全て魔女の仕業であるとする迷信が根強く残っているのだよ。それに、葵だって他人事では無いぞ?」
「別に、私は魔女じゃない。狙われるなら、紅子の方だろ」
「魔女と疑われる者は、高齢の女性か――朱い瞳を持つ者なのだよ」
紅子の鋭い瞳が、葵を見据える。
葵の朱に染まるその瞳を。
「いや、この瞳は――」
「分かっているさ。だが、アルビノと言うのは、古来より神聖な力を持つ者とされ、御呪いや御守り、万病に効く薬として――高額な取り引きがされているらしい。えっと、何の話だったかな?」
「高齢の女性が狙われているから、紅子も気を付けろって話だろ」
葵は、皮肉めいてそう言う。
「魔術師の存在を表沙汰にしたくないって話だったはずだが」
決して苛立ちを表情には出さず優しく微笑んでいる紅子から、葵は視線を逸らす。
「まあ、話は逸れたが、迷信と言うのは信じる者にとって絶対であり、遵守されるものなのだよ。だから、我々としても魔女であると言う素性が知れるのは、喜ばしいことではないと言うことだ」
煎れられてから時間の経ったコーヒーからは、疾うに湯気が消えていた。そんなコーヒーを紅子は、美味しそうに啜り飲んでいた。