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虚無の不在証明  作者: 椎名乃奈
第一章 虚空
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001

【2010/10/25/月】


「今月で何件目だっけ?」


 朱紫あかし紅子あかこは、テレビで流れている女子高生の自殺ニュースを見ながら、煙草を吹かしていた。


「13件目」


 蒼裂あおさきあおいは、冷蔵庫からペットボトルに入れられた飲料水を取り出し、素っ気なくそう答える。


「そうか。もう、13件にもなるのか」

「自殺する奴なんかを気懸けてどうする」

「いや、多くの尊い命が失われたのだなと思ってな」

「その命が尊い命だったかどうかは、紅子が判断するところじゃないだろ」


 葵は飲料水のキャップを捻り、外す。


「まあ、確かにそうだな。命の価値を私が判断する訳にもいかないしな。もしかすると、これから尊い存在になる可能性を秘めていたのかもしれないが、それでも死んでしまえば、石ころと何ら変わらない物体と化すからな」


 紅子は煙草を吸い込み、溜め息を付く様に吐き出した。


「しかし、それでもどんな形であれ、失われた命に対して敬意は払うべきなのさ」

「どうしてだ?」


 そう問い掛けて来る葵に、紅子は意外そうな顔を浮かべ笑みを浮かべる。


「どうした?」

「いや、葵が聞き返して来るとは、思ってもいなかったものでね」

「別に、ただの気まぐれだ」

「気まぐれねえ」


 そう答えた葵は素っ気ない表情を浮かべ、表情を隠すように勢いよく飲料水を飲み込んだ。その様子を微笑ましく見ていた紅子は、少し間をおいてから口を開く。


「ただ、それを望んだのは――神さ」


 紅子の返答に、葵は思わずむせて、咳き込んでいた。そして、濡れた口元を袖で拭い、ペットボトルのキャップをきつく閉め、それを冷蔵庫の中へと放り込み、扉を勢い良く閉めた。


「神?」

「ああ、そうさ」

「神がそんなことを言ったのか? だったら、誰が神からそんなことを聞いたんだよ?」

「さあね。そんなことは、私の知るところじゃないからな。だが、神から聞いたであろう人物は、それを書物にこう記した。遺体に対して敬意を以て丁重に扱うように、とね」


 紅子は煙草を灰皿へと押し付け、火を消した。


「聖書か」

「その通り。まあ、そもそもそう言った考えは、西洋のキリスト教以前の古典古代からあった思想だからね。少なくとも、私の様に聖教会所属の魔術師にとっては、ある種の伝統的儀礼として、敬意を以て死者を弔うのだよ」

「そう言うものなのか?」

「そう言うものなのだよ」

「へえ」


 葵は納得した様子では無かったが、そう相槌を打っていた。


「かつての聖教徒には、敵に殺されるくらいなら――強姦され身体を怪我されるくらいなら――と、自殺や殉教する者が後を絶たなくてね。それから、聖教会では自殺することを神への冒涜とし、それを禁じたのだよ」

「だったら、自殺をしたあいつ等は、神への叛逆者と言うわけか?」


 葵は、テレビの方へと視線を遣る。


「今月だけで、13人もの人間が自殺と言う手法で命を絶ったことが偶然だったのなら――そうなるな」


 紅子は回り諄い言い方をし、二本目の煙草へ火を点けた。


「そんな偶然が在り得ると思って言っているのか?」


 在り得るはずも無いと心内で決め付けて、葵は紅子へ問い掛ける。


「だがしかし、それがどうやらあるらしい」


 紅子は机に無造作に積まれた本と本の間から、ノートを強引に引き抜こうとする。しかし、バランスを崩した本は、雪崩れ込むように机を飲み込んでいった。


「あちゃ。まあ、後で片付ければ良いか」


 紅子は手にしたノートを葵へと放る。ノートは、羽ばたく様にして歪な放物線を描き、葵の足元へと落ちていく。


「これは?」


 投げつけられたノートを拾い上げる。


「世界中で起きた、連続自殺事件の新聞記事や当時の報道の記録だ」

「世界中で起きた?」


 紅子のその言葉が、葵には妙に引っ掛かったが、葵はソファへと腰掛けそのノートをペラペラと捲り、目を通す。


 1903年/05/22/金。

 無名の高校生は、「人生とは、理解出来ないものである」と言う遺書を残し、自殺した。この自殺事件が新聞で大々的に取り上げられた結果、共感を示した者達が真似をするかの様に自殺をする事例が続出し、同所で自殺を図った者は185名にのぼる。


 1986年/04/08/火。

 アイドル歌手が18歳と言う若さで自殺した。すると、数十名余りの人間がアイドル歌手の後を追うように、飛び降りと言う手段で自殺した。この影響は、1年近く続き、前後の年と比較しても自殺が3割増加と異様な結果を残した。


「どうだ? なかなか、興味深いだろ」

「悪趣味だな」


 突き放すように、葵はそう言い放つ。


「いやいや、そう言うことではない。私が言っているのは、自殺する者が事例自体を模倣している点についてだ」

「模倣?」

「同じ場所で自殺をする者、同じ手法で自殺する者――それらは、その者から影響を受けたからと言って、ただその後を追っているわけではない。それらと同じ境遇を演出することで、自身を投影しているのかもしれないな」

「投影ねえ」


 葵は、ぽつりとそう呟いた。


「このように、マスメディアの自殺報道の影響によって自殺者が増える現象を、ウェルテル効果と呼ぶ」

「何でもかんでも、名前を付ければ良いってものでも無いだろう」


 そっけなく葵は答える。


「ウェルテルと言う語は、小説の主人公の名前さ」

「小説?」

「当時、ヨーロッパ中でベストセラーとなった小説でな、主人公のウェルテルが物語の終盤で、自殺するのだよ。それに影響された若者達が、彼と同じ方法で自殺したことが起源となったのさ」


 テレビのニュースが、自殺の報道からグルメ特集へと変わる。


「だが、全てにウェルテル効果が当て嵌まるわけでは無い」


 紅子のその言葉と重なるように、葵はとある記事に目を通していた。


 1992年/04/29/木。

 6月から7月にかけて、とある町で若者が連続して自殺する怪事件が起きた。その自殺には規則性があり、一週間ごとに決まって水曜日か木曜日に自殺をするというものであった。自殺した者には、遺書らしいものは見つかっておらず、また、自殺する理由も無かったと言う。この事件は、関連性はなく偶然が重なった出来事であったとして処理された。


「これは……」


 葵は漏らすように、小さな声を上げた。


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