8 滅び行く世界
夏の盛り、日本に転生して来ていた最後の魔法使いさんが合流しました。
実は、その方の奥様が具合が悪くて動けなかったようです。
でも、私やチェリちゃんのように直後からでは無いものの転生者では無い奥様にも魔法使いの力が発現しはじめてみるみる健康を取戻したのだとか。
ただ、同時に若返り始めてそのままそこには居られないと思ったそうです。
ちゃんと年齢偽装の出来ていた転生者のご主人は奥様の療養のためと周囲に取り繕って引っ越していらっしゃいました。
実は年齢偽証の出来ない程不器用な前世持ちの魔法使いさんは宗市さんだけだったようで、若返り始めた魔法使いさん達は宗市さん以外全員、上手く周囲を誤魔化していらしたようです。
新しい魔法使いさんは菱沼雄太郎さん80歳。
なんと、有名企業の会長さんです。
その座もさっさと降りて息子にほとんどすべての権力財産を渡して夫婦二人きりで出て来たとか。
会社も戦後出来て雄太郎さんが一人で大きくした物だから、大昔からの財閥系の様に面倒くさくは無かったらしいです。
意味はよく判らないんですけど、権力争いとか骨肉の争いってやつが無かったのかな?
奥様も糟糠の妻で戦後の貧しい頃から共に働き会社を大きくしてきたようで雄太郎さんとすべてを捨てて出て行く事に何の躊躇いも無かったと仰いました。
この夏は越えられないとお医者様に言われていたのだそうですが今の奥様はとっても元気。
元は農家の娘だったと言うだけあって割り当てられたお家の庭をあっと言う間に見事な庭に作り替えました。
どうやら、緑の魔法使いの資質が開花したようです。
雄太郎さんは此処に居る人達の中で一番年齢が上です。
今までは由紀ちゃんが一番年上だったんだけどね。
記憶が戻りかけたのが20年前位で、夢だと思っていたそうです。
他の人達が切れ切れに戻り始めたのに雄太郎さんの場合はいきなりドカンとすべての記憶が戻って来て、そのせいで倒れ高熱を出し、周囲から命を危ぶまれたほどだったとか。
「死ぬ時の衝撃が大きくてね、まあ人に殺された訳では無かったのが不幸中の幸いだったかも」
雄太郎さんは仕えていた国に巨大魔獣が迫って来たのを迎撃するために出撃。
魔獣を命と引き替えに倒して亡くなったのだそうです。
「あれからは巨大な魔石が取れたでしょうから王国も当分は魔素の維持が出来たでしょう」と、雄太郎さん。
「コスモリアの英雄様でしたか」宗市さんがつぶやきました。
英雄と呼びながら、何故か宗市さんは浮かない顔。
見れば、話を聞いている他の魔法使いさん達も暗い顔をしています。
「ああ、やはり私は嵌められてましたか。セラドリス・コスモリアに」
雄太郎さんはそんな皆の顔に苦笑しながら言いました。
「お気遣いなく。予想はしていましたよ。
あの時期ガズドラドの変異体が南下してくるはずが無いんですよ。
コスモリアの首都が危なくなければいくらなんでも私も出撃はしません。
部下を無駄死にさせるだけですから。
王は私が邪魔でしたからね。
次の国王選定に私に出られては勝機が無いと思ったのでしょう。
だったら次も選ばれるよう努力すれば良かったのに。
きちんとした政をしていれば私だって国王選定の対抗馬なんかになりませんよ。
王なんて面倒くさい」
コスモリアと言う国は王様を選挙で選ぶようです。
選挙制なんだ~、と感心していたら、出馬できるのは特別な血筋の人だけで、さらに投票できるのはこれまた特別の血筋の人達なんだそうです。
つまり、王族の中から貴族が次の王様を選ぶのね。
「王都のインフラを20年楽々支える事が出来る魔石を王が独占したのでクーデターが起きたのよ。
王のセラドリス・コスモリアが英雄を罠にかけて死地に追いやった事もばれちゃって、2年に及ぶ騒乱の果てに王は殺されて貴族たちもバラバラ。
クーデターを指揮した平民兵の男性が政を行おうとしたけど、なかなか国が収まらなくってね、そうしている内に魔法使いを襲うと言う騒乱が世界中で勃発して・・・、さて今はどうなったのかしらね」
小夜さんがネタばらしをした。
「由紀ちゃんが殺された頃はまだマシだったのよね。
あちこちの政はまだまだ機能していたから。
由紀ちゃんを殺した男は裁判の上、石打にされて八つ裂きの刑だったかしら。
由紀ちゃんの薬に助けられた人達が怒り狂って国に言われるでもなく率先して石を投げていたらしいわ。
あいつは由紀ちゃんの薬のレシピを盗むつもりだったようだけど魔女がそんな物書き残すはず無いじゃない。
全部頭の中に入っているわよ。
弟子の為なら少しは書き残しただろうけれど由紀ちゃん弟子は居なかったし、弟子がいても大抵は口伝だわよね。
余程難しいレシピじゃない限り」