88 外伝14 角南孝之助
私はスナミ機械工業の社長角南考之助だ。
父がとある有名企業の創設者に因んで、一部漢字を変えて名付けてくれた名前だが、若い頃にはその事をからかわれて、自分の不出来に恥ずかしい思いをしたものだ。
今、スナミ機械工業の業績は急成長。
二代目社長として、小さな家内工業に毛が生えたような町工場から会社を興した一代目の亡き親父に自慢できると思う。
その運命の日、私はチャンスの神の前髪を掴んだのだと思う。
世間の噂でしかなかった魔法。
テレビのバラエティーのネタだと思っていた魔法が突然身近な物になった。
私は説明会で製作者様に出会った。
まだ子供の様な製作者様は高校生くらいに見えたが、実際はもっと年上なのかもしれない。
高い知性と教養に裏打ちされた落ち着きはとても子供の持てる物とは思えなかったから。
私は製作者様に魔法を頂いた。
その副産物としての若返り。
その時は、加齢による様々な不具合がいきなり消え去った事を嬉しく思ったが、説明会が終わって家に帰ろうと思って、はたと気づいた。
この姿で妻に信じてもらえるかと言う事だ。
だから、一緒に説明会に参加した社員に頼んで一緒に家に来てもらう事にしたんだが・・・。
杞憂だったようだ。
妻はさすがに驚いた様だが、私をちゃんと見分けてくれた。
「私達は幼馴染なのよ。ずっとあなたを見続けて来た私が見間違えるはず無いでしょ。
でも、ずるいわ。
あなた一人若返っちゃって、私は貴方の母親だと思われちゃうわ」
最後はちょっと淋しげな妻の言葉に私は慌てて妻の手を取り製作者様にしてもらったように、体の中を流れていると今ははっきり感じている魔力を妻に流した。
「えっ!」
やっておいて、私の方が驚いた。
まだ60なので大きな皺は無かったものの、頬の弛みや目元の笑い皺、手の甲の血管の浮き上がりに縮緬皺が消えて行く。
かなり白髪が目立っていた髪も艶やかな元の黒髪に戻っていた。
「えーーーと、孝子さんや、鏡を見てもらえると有難いんだが?」
私が言うと、キョトンと私を見た妻ははっと驚いた様に顔に手を当て、慌てて玄関のクロークの扉を開いて扉の内側に取り付けられた鏡を見るなり驚きの声を上げた。
そこには二十歳の頃の若くて美しい妻の姿があった。
それからの私達は新婚時代に帰ったかのようだった。
同い年の私の新婚時代は私の童顔のせいもあって、年齢より大人びて見えた妻より必ず年下に見られたものだが妻が若返り過ぎたせいかもう私の方が年下に見られる事は無い。
つい、二人で写真館に行って写真を撮ってもらったくらいだ。
魔道洗濯機が大ヒットした後、驚いた事に製作者様に連絡を頂いた。
一番最初に魔道具を作り上げた事を誉めていただき、自分も買ったのだと言ってくださった。
とても名誉な事だが言ってくだされば最高級品をお贈りしたのに。
それから、私が若返った事で不都合な事が起きなかったかと心配してくださった。
妻が、私よりも若返った事を伝えるととても驚き、ぜひ妻に会いたいと仰る。
勿論快諾して一席設ける事にしたかったがお酒は飲まないと断られてしまった。
そして何と、製作者様が家を訪ねてくださる事になった。
日曜日、約束通り製作者様は時間きっちりに綺麗な女性を伴って訪ねて来てくださったが、いらっしゃるのは10時だと言うのに4時半には目覚めてしまって、ソワソワ、ウロウロして妻に笑われてしまった。
妻と製作者様方が出会った途端、妻は大層驚いた顔をし、製作者様とそのお連れの方も食い入るように妻を見つめた。
私は妻とお二人が顔見知りだったのかと思ったのだが・・・・。
「まあ、これは見事な魔法使いですわね」製作者のお連れの女性が仰った。
「ご主人に魔力を通されるまで、目覚める気配も無かったのに、一瞬の内に目覚めるなんて」
「あの、どこかでお会いしました?とても懐かしいような変な気分になって・・・・」妻が言う。
私は、妻が希少な魔法使いと言うものになったのだと知らされた。
そして、製作者様といらした女性があの『魔法使い協会』の代表、嘉門小夜様だと知った。
それから、妻は入りたくても入れないと言う『魔法使い協会』の正会員に登録され、魔法の勉強をして便利な魔法をたくさん覚えて来た。
それだけでは無く、魔法言語も覚えて、術式が自分で書けるようになったのだ。
これからは特許の魔法陣や術式だけでは無く独自の物が作れるかもしれない。
そう言うと、これほど完成された魔法陣なんて書けないと叱られてしまった。
そんなある日、私は妻に妊娠を告げられた。
あれ程望んでいながら若い頃には一度も無かった事だったのに。
幸せすぎて目が回りそうだ。




