87 拡張陣考察
『これは保存庫です。物を冷やしたり凍らせたい時は冷凍冷蔵庫をお使いください。
冷やし終わった物や凍らせ終わった物の保存にどうぞ』
大きな箪笥に説明書。
開くと結構重厚な扉は密閉度も高そう。
そして。かなり薄い戸棚だったのですが、30センチほどの箪笥の奥行きが1メートル以上!
奥行きだけ拡張魔法を使ってますね。
「凄いでしょ?」
店員のお姉さんがニッコニコで話しかけて来ます。
「箪笥の引き出しの深さだけ、見かけの3倍って言うのもありますよ。
お嬢さんの婚礼家具にはぜひ我が社の家具をお使いくださいね」
うん、見た目学生の私がこんな高級家具を買うとは思って無かったのね。
一辺だけの拡張って良い考えですね~。
さっそく魔法陣を効果的に利用するなんてさすがプロです。
家具を拡張するのもやたらと大きくしては使い辛いですしね。
箪笥の場合は奥行きだけ4倍ですか。
箪笥は3倍ね。
「あまり奥行きが広すぎても使いにくいですからね~。
この箪笥も奥行き3倍と2倍の物があってちょっとお安いです」
私のバッグは縦横幅10倍にしていますが、中に入れた物が判らなくなっちゃって全部取り出した事が何度かあります。
このバッグの魔法陣は3枚。
一辺に1枚の魔法陣を使っています。
一枚にも出来ますが、特許登録をする時に2倍から10倍までそれぞれの方向で広げられるようにばらしておきました。
「後で、拡張陣の取り換えや増設も出来ますので、最初は2倍くらいから始めた方が良いかもしれませんね。
拡張陣自体はそんなに高い物じゃありませんし」と、とても親切に教えてくださいます。
収納庫や保存庫の拡張陣は意外な事にそれほど魔素を必要としません。
だから、密閉空間に置いていても魔素を全て吸い上げたりはしませんから、魔素切れを起こして中身が溢れだしてしまうという事は殆ど無いと思われます。
つまり、密閉空間にゆるゆると浸みこんでくる魔素で十分だという事です。
けれど、ここの箪笥類は用心の為に魔石も使用されているようで万全を期してますね。
拡張陣の張り方は、拡張したい方向に貼る、です。
ここの保存庫は奥行きを出すために奥に貼ってあります。
拡張陣、保存陣は同一空間を全て管理下に置きますので、どこに貼っても構いません。
ただし、中の棚が扉の際まで来ている場合は一部分しか効力を発揮しない事があるので注意が必要です。
発表するまでにちゃんと実験と研究を重ねましたよ~。
いちいち箪笥を作っていられないので大変でした。
こういった物は本職に任せたいですね。
この箪笥は空間拡張をされたスペースに棚板を後から設置すると言う方法ですね。
勉強になります。
そうそう、スナミさんの洗濯機の新型は下に拡張陣で大きくした箱が取り付けられました。
いちいち上から入れた物を下から取って次の洗濯物を入れると言う手間が省けましたね。
一方方向に拡張する魔法陣は安いですからそんなに高くなっていません。
ここは、高級家具屋さんなので扱ってはいないようですけど、庭に置く倉庫なども拡張陣が大活躍です。
外に置くので魔石の必要はありません。
小さな物置サイズでも拡張すれば大倉庫も可能ですから。
虫や湿気の入らない密閉タイプの倉庫だと、内側に張る必要のある拡張陣は魔石が必要となりますけどね。
そうそう、私はここに家具見学に来た訳じゃ無かったんだ。
「嘉門小夜の代理の者ですが、お願いしていました箪笥が出来たと連絡いただきましたので、受け取りに来ました」
そう、小夜さんに頼まれた箪笥を引き取りに来たんでした。
店員のお姉さんは物凄く驚いた様子で慌てて連絡を入れます。
すぐに奥から恰幅の良い男性が小走りに駆けて来ました。
「ご自分でお持ちになるんですか?」
この家具店の社長さんはビックリしたように言います。
「トラックか何かですか?配達させていただくつもりでしたが」
「大丈夫ですよ~、ちゃんと入れ物を持って来ましたし」と、私。
木の香り漂う工房に案内された私は沢山の引き出しの付いた高さ1.5メートル奥行き30センチ、幅90センチの箪笥の前に案内されました。
「かなり重いですよ。
積み込みはこちらでやりますが、降ろす時が大変じゃありませんか?」と、心配そうです。
「大丈夫ですよ~」
私は言うとポシェットから折りたたんだバッグを取り出します。
それは口の部分がスポッと箪笥の上部が入る深さ30センチほどの物です。
それを被せて引き下ろせば、すうっと箪笥は中に入って行き、完全に消えてしまいました。
「えっ、えええっ、えーーーーっ!」
布バッグの中はそれぞれ10倍拡張ですから、中に何かが入っているとは思えない外見です。
物は亜空間に収納されちゃうので、このまま横幅ばかり広い不恰好なバッグは畳めたりしちゃいます。
収納した物は入った時の逆の手順で出て来ますし、複数入れても中でぶつかったりもしないんです。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいーーーーっ!」
帰ろうとすると社長さんが慌てて引き留めます。
あ、やっぱり?




