5 小夜さん
「ここは凄い田舎の上にバブル期に業者が勝手な開発を仕掛けて失敗して放置された土地だったの。
森は死にかけていたし地盤も緩んでボロボロで、小夜ちゃんがここを買う事にしたのでビックリしたわ。
小夜ちゃんが出来る限りの手を尽くして保全したけど間に谷を挟んでいてもいつ裏山が崩れるが心配だったの。
でも、魔素がやって来て、その日の内に小夜ちゃんがここの地盤も森も何の心配も要らない土地に変えちゃったわ。
小夜ちゃんはねぇ、『緑の魔女』とか『森の主』とか呼ばれていたのよ。
広大な、そうねオーストラリア大陸くらいある大森林と呼ばれる魔素の濃い森が支配地で、そのど真ん中に塔を建てて暮らしていたわ。
小さな木造の家に住んでた私と違って女王様みたいなものね。
でも、あそこは難攻不落の森と呼ばれていたんじゃ無かったかしら?
人はけして近づけなくて、小夜ちゃんに繋ぎを付けるには別の魔女か小夜ちゃんが親愛を与えていたカトラカリスの王に願わねば話をする事さえ出来なかったのよね」
由紀ちゃんとお祖母ちゃんが住んでいる家の敷地が森の中の様なこの辺り一帯どころかちょっとした谷を挟んだ北側の山を幾つか含む程広大だと知ってビックリした私に由紀ちゃんが教えてくれた。
「森はもう難攻不落じゃ無くなっていたのよ。
魔獣が魔素不足で弱体化してたものね。
それにカトラカリスとは500年ほど前に絶縁していたわ。
今の王家が私の息子の子孫じゃ無くなったから。
私の息子の子孫が廃されて別系統の王家になった時キッチリと絶縁宣言をしたけれど、大々的に発表した訳じゃ無いからその後も素知らぬ顔で私の庇護下にある王国だと嘘をついていた様だったけど。
まあ、前王家が廃されたとは言え皆殺しにされた訳でも幽閉された訳でも無いし、国民の間にも僅かに息子の血が流れていたから放っておいたわ。
廃された王家は捨扶持を貰って辺境に追いやられていたけど、じきに外国に去ったみたいね。
魔獣が弱くなって、森に入って魔獣の魔石を狙う者が出て来たのはこの100年ほどだったわ。
カトラカリスの王家が率先して魔石狩りを奨励していたのよ。
だから、森を吹っ飛ばす時にカトラカリスを巻き込んでも全然気にならなかったわね。
塔に居る生きた人間は私だけだったから。
もう長い間弟子は取って無かったし、一番若い弟子と言っても300歳は越えていたけど、その子が『お師匠様、先に逝く不幸をお許しください』って念話を最後の力で送って来た時、人間は完全に見限ったわ」
穏やかに微笑んだままの小夜さんの重すぎる話に私達は何も言えなかった。
由紀ちゃんもその事に話を振ってしまった事が気まずかったのか何とも言えない顔をしていた。
「でも、記憶が戻った事で転生があるんだと知ったわ。
散って行った弟子たちもこちらに来ているかも知れないじゃない?」
小夜さんは重苦しい空気を払う様にニッコリと笑った。
「私ねえ、再び魔法を取り戻した時、世界中に私の存在を発信したのよ。
魔法使いにだけ分かる念話を基にした情報伝達で。
だから魔法使いは間違いなくここを目指して来るでしょう。
情報伝達には個人情報は含めて無いから誰かは判らないだろうけど、弟子たちならばきっと分かるわ。
宗市さんもそれを目印に来たのでしょう?」
「確かに。この辺りだと由紀さんには聞いていたのですが、はっきりした場所は判らなくて。
でも、駅に着いたら方向はすぐに判りましたよ。
人目が無くなったらすぐに身体強化して走って来ました」
「これからどんどんと人が増えるわね。お家を沢山建てなくちゃね」
さっきまで重い話をしていたのが嘘のように小夜さんは嬉しそうに笑った。
「今さら塔を建てる気は無いけれど、麻代ちゃん以外にも魔法を教えなきゃならない子も出て来そうだしね。
そうそう、宗市さんも外見変化の魔法位は覚えていただきますわよ。
魔素により人が若返るって事が周知されるまではこの若い外観では私達身元不明の不審者なんですから」
うえええっと宗市さんがげっそりした顔で呻き、皆を爆笑させた。