57 衛星軌道にて
「あの子はねぇ、いつも自信の無い子で。
本来なら大魔法使いを名乗っても良い力を持っていたのよ。
だからこそ、初期の弟子だと言うのに兄、姉弟子どころか、弟、妹弟子の誰よりも長生きしたのよね。
目立たず、コツコツと積み重ねるタイプなのが不思議なほどに能力が高かった。
それなのに、いくら生涯に取った弟子の数が多かったとは言え、私に名を忘れられるほど目立たなかったのだから」
小夜さんの視線の先にはお座敷に敷いたお布団の中で昏々と眠る男の人。
救助した魔法使い達を受け入れるために街で準備しているために、衛星軌道まで上って来た結界内のお座敷で皆には一休みしてもらっています。
あれから小夜さんのお弟子さんは眠ったままですが、時折幸せそうに微笑むので大丈夫の様です。
「のうのう、これは面白いの!」
結界の端まで行って眼下の地球を眺めていたナンナヴィオル様が駆け戻って来て言った。
地球を頭上に持って来る事も可能ですが、地面は下に有る物と言う私の固定観念で下にあります。
「面白い!」トミーと名乗った少年も後ろから駆けて来て同じように言う。
トミー少年にはさっそく魔法言語を教えてあります。
どうやら超絶美少女のナンナヴィオル様がとても気に入ったようで、付いて回っている。
「こんな形が自由に変わる結界など初めてじゃ。
それに、この窓。
空間を切り裂いて、そこに家を建てるなど、思いつきもせなんだ。
ここの魔素の濃さは妾が子供の頃よりもさらに濃い。
これならば、何でも出来そうじゃ」
本当に子供の様に目をキラキラさせて言う。
「ナンナヴィオル様、老衰で亡くなったとお伺いしましたが、今はもう大丈夫なのですか?」
小夜さんが聞いた。
「200年ほど前、初めて記憶が戻ったのは15の頃であった。
王族との婚姻も決まりかけておったが、急変した妾の様子に悪魔が付いたと、16で殺されてしもうた。
記憶が無かった年月のせいか、それとも転生そのもののせいか、魂は新品の様になっておったぞ。
殺されるまでのわずかな間に魔素の無い世界で魔法が使えぬかと気を整える方法を作ったが、それが後々妾を幼くして殺される下地を作ったのじゃ。
気を整える方法はその頃の一族にとっては画期的な方法で、魔法を司る神より知恵を授けられたのだと思われた。
だからこそ、妾を神に捧げれば一族に本物の魔法が与えられると思った訳じゃ。
その頃の妾の姿絵が残っておっての、妾が生まれるとすぐに塔に閉じ込められ、姿形がその絵に似ておれば5歳を過ぎる頃に殺された。
最初の転生以降は10を超える事は無かったの。
あやつらにとっても、悪夢であったろうの。
銀の髪の子を殺しても、殺しても、数年を置かずに産まれて来る。
最初の銀髪の姫の呪いじゃとされておったの。
今の妾が此処まで生きて来れたのは、魔法研究をしていたからじゃ。
前の世界での魔法体系を記し、基礎魔法の訓練法を書いて与えてやった。
あまりに奴らの魔法への理解が乏しく、阿呆であったからの」
「あ、トミー君、ほら見て。
あそこに魔法使いの街があるのよ」
縁側に上がり込んでお茶請けのクッキーを貪る様に食べているトミー君に言いました。
いつの間にか衛星軌道の結界ハウスは地球を半周近く移動して日本の上空に差し掛かっていました。
少しずつ高度を下げていたので大切な各国の人工衛星にぶつかって軌道や姿勢を変えてしまう事もありませんでした。
ちょっと悪戯をして、とても怖い兵器を積んだ人工衛星は片っ端から故障させ、中の兵器自体は魔素に変換させておきましたが、何か?
だって、皆の体にGPSで位置確認が出来るチップなんて埋め込んであったんですよ。
それは、ナンナヴィオル様が申告してくださるまで気付きませんでした。
うっかり、転移でまっすぐ街に帰っていたら街の位置がバレちゃったかも。
まあ、衛星写真にさえ街が映らないように出来る小夜さんにそんな不備は無いと思いますが、町の外に出ればどうなったか判りません。
閉じ込められ、現代知識など何もご存じなく育ったナンナヴィオル様がGPSの事などお判りでは無かったと思いますが、痛い注射をされた場所の違和感を訴えられたので気付いた次第です。
さて、街の準備は出来たでしょうか?




