3 魔素
「魔素が濃いとね、魔獣が発生するのよ」
「そう、魔獣はね魔素が凝って生まれるの。
自然発生的に生まれるのならまだ良いわ。
自然発生の魔獣はそれほど強くも無いし癖が悪くも無いから。
怖いのは生き物の思いが強く影響した場合よ。
下等な生き物は思いと言うほどの物は持たないけれどある程度の高等な生き物が死んだりしてそこに強い思い、未練だの恨みだのが残れば、それを核として恐ろしい魔獣が生まれる事があるの。
いきなりこれほど濃い魔素を浴びせられた世界がどうなるのか私達にも判らないわ。
私達の前世の世界よりも濃い魔素に満たされているのよ今の地球は」
曾祖母ちゃんと小夜さんは口々に教えてくれる。
ううん、曾祖母ちゃんって言うのはもうおかしいかも。
だって曾祖母ちゃんも今は物凄く若いのだから。
小夜さんが若返って何故曾祖母ちゃんは若くないのと訊ねたら、あっさり目の前で20歳位の美人さんに変身しちゃった。
「ここに住んでいるのは老人だから対外的には老人で居るのよ。
魔素が降って来た時すぐに若返ったんだけど小夜ちゃんと相談して交互に老人の姿をとることにしたの。
まあ、暫くの間だけどね。
麻代ちゃんだって、見知らぬ若い女が曾祖母だって名乗っても信用しないでしょ?」
「外見は老人でも中身は若いから他人に見られている時は気を付けなきゃダメなのよね~。
節々の痛みや老眼が無くなって凄く溌剌としてるのに今さら老人の真似事は嫌なんだけどね~」と、小夜さん。
『嘉門さん』じゃなく『小夜さん』って呼んで欲しいと言われちゃった。
『嘉門さん』だと縁を切ったバカ息子と一緒だから嫌なんですって。
だから、曾祖母ちゃんも『由紀ちゃん』って呼んであげようと密かに思っている。
若返った曾祖母ちゃんは私と姉妹と言われてもおかしくない程私と似てるんだ。
なのに平凡な私に比べて何でこんなに美人さんなんだろう?
解せぬ。
曾祖母ちゃんの由紀ちゃんと小夜さんは前世で知り合いだったそうだ。
と言っても直接顔を合わせていた訳では無く他の人を介しての噂でお互いを知っていただけなのだそうだけど。
「前世の世界は今の此処と違ってとても魔素が薄くなっていたの。
だから、転移魔法みたいな大きな魔法は陣で作ったゲートがほんの少し動いているだけで単身での転移なんて魔素の枯渇で命が危ぶまれる程の大技だったのよ。
大昔は何だって魔法で出来る世界だったみたいだけど」
「そうね、文明が興る以前から世界は魔素に満たされていて、魔物に脅かされるから人は魔法を発達させて対抗し、魔法文明が花開いたわ。
この地球とは真逆の世界。
だから、魔素の枯渇は文明の終焉。
魔物も居なくなるでしょうけれど魔法在りきで発達した世界は滅びる以外に無いでしょうね。
石器時代からやり直す事が出来るのかしら。
目先の魔素を貪るために手段を択ばない人たちが・・・」
由紀ちゃんは遠くを見る目をして言った。
何故か由紀ちゃんが泣いているような気がした。
「多分、宇宙に魔素の塊のような場所があるのよ。
前世ではけして思い当らなかったでしょうけど、この科学文明の中で暮らしていたからこそ分かるわ。
ビッグバン以来、外側へと向かって宇宙を旅して来た地球がやっとその魔素の存在する場所に到達したの。
私達の前世の世界はそこから出てしまったのね。
その魔素の塊の極端っこを掠めているのか、ど真ん中に突入しているのか判らないけれど、掠めただけで数年で終われば魔獣の発生もあまり無いと思うけど、日に日に濃くなって来ている魔素の具合から見ればど真ん中に突入したと見る方が良いと思うわね。
前世の世界は数万年の歴史が記録されている人類の発生の一番最初から魔素の中だったのだから」
「宇宙全てが魔素に満たされていて、気泡のように魔素の無い部分があると言う考え方もある」
突然知らない男の人の声がして、私は飛び上がるほど驚いた。
でも、由紀ちゃんと小夜さんは全然驚いた様子も無く木々に囲まれた唯一の道を通って来た男の人を見た。
「アルバランティスさん事、篠原宗市さんかしら?」
「そうです。もう隠し通せない程若返ってしまって家を出て来ました。
大家族も面倒ですよ。
ついこの間まで腰の骨を痛めて寝たきりに成りかけていたんですがねぇ。
一応魔法使いの端くれではあったですが、攻撃魔法特化で偽装魔法も守りの魔法も疎かにして来た付けが回りました。
こうなる前に由紀さんと繋ぎが付けられていて良かったです」