22 魔獣
「これは時間停止じゃ無いと思うわよ。
ほら、ここに保存の術式が」と由紀ちゃんが下書きの魔法陣を指さす。
「えー?そんな物入れたっけ?」
「ほら、ここ」
「えっ!これって保存の術式なの?
あーーーーっ!スペル一つ間違えてる!」
「何のつもりで書いたの?」
「衝撃防止って言うか、破損防止?」
「あー、似てるわよね。ツノを上から出すか下から出すかの違いだから」
ツノって言うのは筆記体のOの上にくるりと書く尻尾みたいなやつです。
筆記体じゃないので線がくるりとうねらず直線的なんですけどね。
実は私、こっそり向こうの魔法文字の中にこちらの数式を加えたりしてます。
それのお蔭で空間拡張陣が出来たようなものです。
ここに使っているのは1×10それで10倍の拡張が出来てます。
何度色々とやってみても初めの数字は1だけ。
掛ける数字は10以上は出来ません。
でも、もしかしたらもう一つ数字を掛ければもっと大きな拡張鞄が出来るかもと企んでいます。
それとも、二乗とか三乗とか。
私達がワイワイと拡張陣の検証をやっていると小夜さんが珍しく慌てて飛び込んで来ました。
「出たわよ!魔獣、テレビでやってるわ!」
それは、モコモコとした大層可愛らしい毛玉だった。
居間の大型テレビの大画面に素人の撮影らしい肌理の粗い画像で映し出されています。
だけど・・・・。
ヒョコヒョコと跳ねるように移動する毛玉を見つけた子供が触って意識を失い倒れたそうだ。
母親がそれを見つけて倒れた子供の身体の上にのしかかろうとしている毛玉を蹴り飛ばし助け出したため、子供は病院に担ぎ込まれたものの意識を回復したとの事。
ただ、毛玉に触れられた部分は火傷したように赤く爛れ、酸でも持っていたのではないかと警戒されている。
「ご覧になりましたか!」テラスの方から篠原宗市さんが飛び込んで来た。
元魔将軍アルバランティスだった宗市さんは他の魔法使いさん達から将軍とかアルバ様なんて呼ばれています。
前世でアイドルだったのは本当の様です。
「ごく初期の魔獣の様だけど、凶暴すぎるわ。
人を失神させて溶かそうとしたのね。
見た所目立った口は無いようだから溶かして吸うタイプの様ね」
カタカタと膝が笑っていた。
「気持ち悪い・・・」
私は吐き気を堪えて口を手で押さえた。
ゾッとするなんて物じゃ無かった。
全身が冷たくなるような恐怖。
命が脅かされると言うのはこういう事だろうか。
「麻代ちゃん、見なくて良いから。
部屋に戻って休みなさい。真っ青じゃない」
「あ、まって。由紀ちゃんちょっと麻代ちゃんを連れて行くから」
小夜さんが由紀ちゃんから私を奪い取る様に抱えて走り出した。
小夜さん細いのにどこにそんな力があるのと驚いたけど私を抱え上げたまま走って攻撃魔法練習用の結界内に飛び込んだ。
「ほら、麻代ちゃん。あれを魔獣だと思ってぶつけちゃいなさい!」
と、的の案山子を指さします。
グワッと何かが私の中から噴き出しました。
カッと辺りが真っ白に光り、凄まじい轟音が・・・・。
私は気絶したんだと思う。
目が覚めたら自動展開した結界に包まれて土の上に倒れていたんだけど・・・・、何で穴の底?
「やれやれ、麻代ちゃんが無意識に自分の結界の中に入れてくれなかったらヤバかったわ」
最大展開した結界の中に横たわった私の側には小夜さんが座っていました。
「20枚張った私の結界の残りの一枚を辛うじて残して壊しちゃったのよ。凄まじい威力だわね。
それにしても、麻代ちゃんのこの結界、特別製でしょ。
丈夫さは勿論だけど、傍に居る人を取り込んで守るなんて機能、私達のには付いて無かったわよね」
結界を開くとそこはクレーター状に抉れた穴の底でした。
小夜さんの結界の一番底まで抉ってしまったようでした。
吹き飛ばされた土が小夜さんの結界のかなり上にまで張り付き案山子は影も形も無し。
私の吐き気は止まってましたが。




