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マイ・フェイバリット・ワールド  作者: 狗尾草
1章 7年前の物語
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1話 デントの国

 デントの国はとてもとても小さな国です。国ではなくて町と呼んでも良いくらいです。一番長い中央通りでさえ、歩いて15分くらいの長さです。

 そんな小さな国ですが、お城にはきちんと国王がいます。ただ王様と言っても名ばかりの王様です。仕事と言えば、半年に一度来るか来ないかの他国からの使者をおもてなしすることくらいです。


 小さな国ですがお城は立派です。規則正しく並んだレンガ造りの城壁は、近くで見上げるとまるで天まで続いているように見えます。お城の周りは小川に囲まれていて、町とは一本の橋で結ばれています。

 お城の真ん中からは大きな塔が突き出ています。大きな時計が付いていて、障害物さえなければ、町のどこからでもはっきりと見ることができます。「デント城の時計台」と呼ばれ、他国でも有名です。これを目当てにやって来る旅人もいるくらいです。

 世界最大の時計台だと言う人もいますが、それが本当かは分かりません。なんたって、世界は広大で知らないことの方が多いですからね。


 お城は街の北に位置していて、お城の門から南門に向かって大きな道が真っ直ぐに伸びています。その道が中央通りです。中央通りには華やかな建物が連なっています。その活気は大きな国にも引けを取りません。

 中央通りには、東西に何本もの道が交差しています。ある通りを覗けば商店街、ある通りを覗けば住宅街、中央通りとは違った生活の活気を見ることができます。


 デントの町から北に進むと、一年中雪で白く染まった高い山脈に突き当たります。西には広大な砂漠が広がり、南には遥かな海が開けています。他の国々との行き来のためには東に広がる森を越えなければなりません。

 デントに住む人々が森を超えることは滅多にありません。町では、米や麦などの穀物、野菜や果物が栽培されています。牧畜も盛んですし、山脈から海へと流れ出る川からは沢山の魚が取れます。町だけで生活が成り立ってしまうので他所に行く必要がないのです。


 デントの人々が森に行かない理由はそれだけではありません。人々は幼い頃から「森に入ってはいけない」と教えられているのです。ある人は「化け物がいるから」と言いました。また、ある人は「妖精が悪戯するから」と言いました。しかし、本当の理由は分かりません。

 そんな森には、隣の国へと至る道が一本だけあります。誰が、いつ、どのように見つけたかは誰も知りません。ただ、その道を真っ直ぐ進む限りは迷うことはありません。一歩道を外れてしまったらどうなっているのかは謎のままです。なぜなら道を外れたものは二度と帰ってこないからです。


 そんな恐ろしい森ですから、好き好んで森に入ろうとする者は滅多にいません。森を越えるのは、デントでは珍しい品を持ち寄って儲けを狙う行商や、物好きな旅の者くらいなのです。「デント城の時計台」は有名ですが、実際にデントを訪れる人はそうそういないのでした。


 今日は珍しいことに3台の馬車が連なって森の中を走っています。何処かのキャラバンでしょうか。普段よりも馬車の装飾が高級で、馬も逞しいような気もします。


「あら、見て。さっきまで桜が咲いていたのに、今は雪が降っているわ」

 真ん中の馬車には若い男女が座っています。二人とも上品な洋服を召しています。

「おや、本当だね。今、森の中は冬なのかい?」

 女性の言葉を受けて、男性は手綱を持つ男に尋ねました。

「カナン王、今は夏でございます」

 手綱を握る男は恭しく答えます。どうやら男性はデントの王であるカナン様のようです。隣の女性はきっと王妃のエリス様でしょう。前後の馬車は護衛でしょうか。


「夏なのに桜が咲いて、雪が降るのかしら?」

「どうして夏に桜が咲かないのでしょうか。夏に雪が降らないのでしょうか」

「桜は春に咲くもので、雪は冬に降るものではなくて?」

「エリス王妃、そもそも春とは何でしょうか?」

 エリス王妃の質問に手綱を引く男はにこにこしながら答えます。

「春……。ううん、分からないわ。春とは何なのかしら?」

「私にもよく分かりません。……。ただ、強いて言えば春とは言葉です」

「言葉?」

「はい、言葉です。それ以上でも以下でもありません」

 エリス王妃も、隣に座るカナン王も首をかしげて考え込んでしまいました。

「おや、明日は春になりそうだ……」

 手綱を引く男は小さく漏らしました。馬車はゆっくりと進んでいきます。

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