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ナスティ・ジェイル~ネトゲの策士が異世界革命!?~  作者: ミズノ・トトリ
プロローグ
4/44

知恵の女神

???


 突然、光の爆発に巻き込まれた庵は、気が付くと自分の部屋とは全く違う、見知らぬ場所にいた。

 そこは一言で言い表すならば、どこかの会社のエントランス。足元には細長い赤い絨毯が、道標のように敷かれ、その両脇を観葉植物のプランターが、まるで絨毯からそらさないように、ぎっしりと並べられている。

 そして、10メートルほど続く赤い通路の先には、腰ほどの高さの受付カウンターが設けられている。


「・・・夢でも見てるのか?」


 瞬間移動という非現実的な現象を体験した庵は、周りの様子を観察するも、まったくそれが頭に入らない。

 すると、受付の方から一人の女性がやってきて、庵に声をかけてくる。


「いらっしゃいませ。佐村庵様でございますか?」


 胸元に『アラキ』という名札を付けた受付嬢は、迷うことなくそう尋ねた。

 自分以外にも人がいると判り、なぜか不安が和らいだ庵は、ほうっとため息をつくと、受付嬢に向き直る。


「そうですが・・・なんで解ったんです?」

「今日このビルへ来る予定があるのは、佐村様お1人だけですから。“主”は地下でお待ちです。ご案内します」


 そういうとアラキ女史は、交代の受付係を呼ぶことなく、庵を先導してエレベーターへ向かう。


 庵は、戸惑いながらも追いかけて尋ねる。


「受付、ほったらかしでいいんですか?」

「ご心配なさらず。普通ならここには、誰も“来られません”から」

「『来ない』じゃなくて・・・『来られない』?(・・・イヤーな予感がしてきたな)」


 庵の本能が、ここは危険だと警鐘を鳴らしてくる。 

 が、そんな庵に構うことなく、ハコは到着し、荒木はそそくさと中に入る。


「・・・?どうぞ、お乗りください」

「あ、すいません(・・・ええい、成るように成れだ)」


 彼女の声ではっと我に返った庵は、乗り口付近に雑に置かれた鉢植えに気を付けつつ、エレベーターに乗り込む。

 下降するハコの中で庵は、


「(あの鉢植え。やたらとたくさん置かれていたな)」


 と、ロビーの様子を思いだしながらも、一番の疑問を女性に問いかけた。


「あの・・・あらきさん?」

「はい、アラキです。何かご質問が?」

「ここは、『ミネルバ・カンパニー』なんですか?その・・・気が付いたらここに居て」


 庵が言葉に迷いながら告げると、荒木は背中を向けたまま、クスリと笑って返してくる。


「ええ、御推察の通り、ここは『EFO』の運営元、『ミネルバ』の日本支部でございます。そして、あなた様をお招きしたのは、先ほどメールでご提案させていただいた通りです。佐村様のご活躍に、我らが(あるじ)は大変満足されておいででして。ぜひ()()()()()迎え入れたいと、急で申し訳ありませんが、こうしてお呼びしたのです」

「(また、『(あるじ)』と・・・なんなんだ、この場所は?)」 


 庵の疑念は深まるが、丁度その時、エレベーターは目的の階へ到着した。



地下1階 ???


 エレベーターから降り、大理石張りの通路を進んでいくと、中央が平坦で周りがすり鉢状の、プラネタリウムの様な空間に着いた。

 しかし中央部には、おなじみのダンベルのような投影機はなく、代わりに一枚の大きな鏡が置かれている。

 そしてその傍らに、1人の女性が佇んでいた。

 

「お待ちしておりました、策士ジェイル。いえ、佐村庵」


 右が灰色、左が緑色というオッドアイの瞳を持つ彼女は、庵に向かってそう告げた。

 すると次の瞬間、


 ファァァン!


 彼女の体は光に包まれ、それが収まると、ギリシア風の鎧をつけた女神へと変貌していた。

 

 突然の事態に、庵はポカンとした顔で、一瞬固まる。


「・・・え?なんだこれ?何かのドッキリ企画?」


 思考が混乱する中、どうにか紡いだその言葉を聞いた女性は、嘆くようにため息をついた。


「あなたも、最近の日本人の例に漏れず、人知を超えた存在を迷信とする愚か者なのですか?」


 体をふわりと浮かせ、そのままこちらに近づいてくる女性。


 愚か者。その一言で、庵の脳内でスイッチが入った。思考が再起動し、これまで見聞きした情報を整理していく。


「(ミネルヴァ・カンパニー、梟のマーク、女神ミネルヴァ?・・・いや!)」


 エレベーターホールにあった鉢植え。米粒ほどの実をつけたアレの品種は・・・


「・・・オリーブ、梟、ミネルヴァ、そしてグレーと緑のオッドアイ・・・女神・アテナ?」


 

アテナ

:古代ギリシアの神話に登場する、知恵と芸術、戦略を司る女神。

 灰色と緑の瞳を持つとされ、象徴として(フクロウ)とオリーブが用いられる。特にオリーブは、アテナイの地を海神ポセイドンから勝ち取る決め手となったアイテムとして有名。

 ローマ帝国では、同じく梟を象徴とする女神ミネルヴァと同一視されていた。


「正解です、佐村庵。策士としての頭脳は、仮想世界だけの物ではなかったのですね。出来れば、第一声をそちらにしてほしかったのですが」

 

 そう言いつつ、満足げに微笑む女神に、冷静さを取り戻した庵は問いかける。


「何でオリンポス12神の1柱が、日本にいるんですか?それも、オンラインゲームの運営会社なんかに」

「いつも居るわけではありませんよ。今日は特別です。佐村庵、あなたを我が『ミネルバ・カンパニー』へ迎え入れるべく、参上したのです」


 女神は知的な笑みを浮かべるが、庵はさらに、そこに契約を誘う悪魔の気配を感じ取った。


「・・・どう考えても、普通の会社じゃないですよね?業務内容は?まさか神話の英雄みたいに、化け物退治をしろとでも?」

「場合によっては、それもあり得ますね。あなたには、EFOでのプレイと同じ事をやってもらいたいのです。・・・()()()で」


 女神は真剣な表情でそう告げると、背後に置かれた大鏡を振り向き、手をかざす。

 すると鏡面が水のように波打ち、どこかの風景を映し出す。


「あなたも知っての通り、私は知恵を司る者。故に私は、常にあらゆる事象を探究し続けてきました。そして最近のテーマは、『天地創造』」

「・・・ウラノスとガイア、あなたの曾祖母がやったアレ、ですか?」


 ギリシア神話において、世界は天空の神ウラノスと大地の神ガイアの交わりにより生まれたとされ、2柱の子がクロノス、さらにその子がオリンポスの長ゼウスとされている。

 詳細は省くが、アテナはゼウスの頭蓋をかち割って生まれた為、ガイアとウラノスのひ孫に相当する。

 

 アテナが頷くと、大鏡には庵が見たことのない大地が映し出され、所々には都市や村、EFOでよくみるモンスターの群れが確認できた。


「ある時、ふと思ったのです。天地創造という偉業を、あらゆる知恵を司る私が再現できないのか?と。そして私は、長い探求の末、見事に一つの世界『パルターナン』を創りました。・・・ですが」

「その口ぶりだと、失敗した?」


 庵の言葉に反応したように、鏡の中が劫火に包まれ、朽ちた都市の残骸の映像に切り替わった。


「彼の世界の人間たちが、勝手気ままに振る舞わぬよう、私を信仰の対象とした宗教を、『パルターナン』へ流布しました。しかし結局、人間たちは私利私欲のまま暴走し、私が直に警告を与えても、聞く耳を持たぬまま自滅。私は原因を考え続け、答えを得ました」


『独りでやったから駄目だったのだ』と。

 

 心底悔しそうに、アテナは語る。


「知恵の女神でありながら、英知の根本原理を見落としていたのです。知識とは、より数多くより多面的であるほど、至高に近づくのだと」

「・・・それで貴方は、EFOをつくった?オレ達プレイヤーの行動を、次の異世界創造のヒントとする為に?」


 感情を高ぶらせたアテナの言葉から、庵はその可能性に思い至った。

 仮想空間で、現実に起こるであろう事象を実験する。ロールプレイングとは、本来はそういう使い方をするものだと、訊いたことがある。


 アテナは肯く。


「そうです!滅んだ『パルターナン』を再現したゲームを公開し、“天地創造の成功例”である人間にその中で行動させる。そうして私は、それまで気づかなかったあなた方の心理を学習し、再び『パルターナン』に人類を生み出しました。するとどうでしょう♪かの世界の人間達は1500年も、その営みを続けて見せたのです!」


 漫画やアニメなら、目がシイタケになっていそうな表情を浮かべるアテナ。

 しかしそれを眺める庵と、傍に立つアラキは、複雑な心境にあった。


「・・・頭が良いと、時折変態になるのは、女神も一緒なのか?」

「主様。また暴走して・・・」


 ドン引きする二人に気付いたのか、アテナは咳払いをして、本題に入る。


「・・・要するに、私はEFOを手本とし、完璧に近い天地創造を成した、という事です。ただ、近頃『新パルターナン』に陰りが見え始めたのです・・・」

「陰り?」

「マンネリ化した、とでも申しましょうか。行き詰ってしまったようなのです。そこで、新たな刺激として、EFOの中で名を馳せた者を送り込んでみようと考え、今に至るというわけです」


 そう言って、女神は説明を締めくくった。


 要するに、異世界でテコ入れをしてこい、という事らしい。そう解釈した庵は、素朴な疑問をぶつけてみる。


「話は分かりました。でもなんでオレなんです?EFOには、俺より有名なプレイヤーが居るでしょう?日本だけでも、KOM(こむ)さんや大・勇者王、ガラシャ御前。海外だと、クイーン・アバディーン、老大人(ラオ・ターレン)、Mr.アラバマ・・・」

 

 庵が挙げたのは、火炎系魔法を極めたリザードマンや、RPGのお約束順守に全力を注ぐヒト族など、いずれも最古参かつ、一番最初に頭角を現したプレイヤーたちである。

 しかし・・・


「日本人の3人は、ここへお呼びしたのですが。全員、仕事や家庭を理由に辞退されました」

「・・・KOMさんは大手映画製作会社の技師、ダユウさんはサラリーマン、御前は子持ちの専業主婦だったなぁ、確か」

「EU、中国、アメリカの3人は、既に『パルターナン』へ旅立ちましたが、アラバマを除く二人は、リタイアして帰還しました。それで次に、貴方に白羽の矢が立ったというわけです」

「・・・日本人が無難すぎるのか、海外勢がガッツ有りすぎるのか」


 異世界での冒険と日常生活を天秤にかければ、日常に傾いてしまうのが、現代の日本人なのであった。


「佐村庵、貴方はどうしますか?職についておらず、結婚もしていない、子供もいない。足かせになる事象は無いはずです」


 なんか酷いこと言われたような、と小首をかしげながら、庵は返答する。


「オレもパス、していいですか?ジェイルならともかく、この体で大冒険しろとか無理でしょう」


 自分の身体を見回しながら、庵は返す。

 痩せすぎ、もしくは太りすぎ、というわけではないが、特別に鍛えているわけでもない。体脂肪率はギリギリ20%以下というあたりだ。

 やはり剣を振り回したり、鎧を付けて野山を駆けるには無理がある体である。

 

 しかしアテナは、なぜかまだ食い下がる。


「異世界へはジェイルとして転送しますので、身体能力はゲームと同等の物になります。EFOでのあなたの職業<オニワバン>は、隠密、索敵、アイテム作成、高速移動、片手武器の5つのスキルが熟練度最大でなければ獲得できないもの。昨日あなたがやったように、複数人に囲まれても生き延びることができるでしょう」

「・・・現実のオレは、異世界にテコ入れできるほど、器が出来た人間じゃないし」


 尚も嫌がる庵。さすがにここまで続ければ、アテナも諦めるだろう。

 と考えていたのだが、知恵の女神はとんでもない策を用いてきた。


「私は、十分に使命を果たせると判断した者にのみ、声をかけました。貴方は革命を成すに十分な人物だと、私は認識しています。幼少期より常人離れした洞察力を持っており、大学では法学部に在籍。そして何より()()()()・・・」

「解りました!受ける、その依頼受けますから!家族の話はやめて!」


 女神の言葉を遮るように、庵は叫んだ。これまでにないほどの慌てぶりに、控えていたアラキが目を見張ったほどである。

 一方のアテナはというと、二色の瞳を悪戯が成功した子供のように細めて、庵に告げる。


「ああ!ありがとう、庵。貴方なら受けてくださると確信しておりました」

「よく言うよ。こっちが一番触られたくないネタを出しやがって」


 庵は、乱暴な口調で吐き捨てると、せめてもの意趣返しにと、アテナに対して条件を突きつけた。


「依頼を受ける代わりに、3つの願いをかなえてもらうからね」

「・・・良いでしょう。おっしゃりなさい」

「まず、向こうで稼いだ資金をこっちの世界に持って帰っても良しとすること。一応レートは、1Gを1/10000(一万分の1)円ってことでいいから」


 補足すると、庵がEFO内で5年間かけて稼いだ所持金は、約750億G。提示したレートで換算すれば750万円。年収150万円ほどだ。

 働かずに暮らすには足りない程度の金額である。アテナは快諾する。


「構いませんよ。元々、表向きは『ミネルバ』の社員として籍を置いてもらい、給金を支払う手筈でした。あちらでの稼ぎはボーナスとして許可しましょう。他には?」

「大学の卒業式が3月にあるんだけど、それに出席した後で異世界に送る事」


 この条件に対しては、アテナはあきれた表情を浮かべた。


「・・・あなたも、未知との遭遇より今の生活を優先するのですか?」

「区切りはきちんとしておきたいんだよ。法学部の学士号、取るの大変だったんだから。哲学とか、哲学とか、哲学とか」

「・・・まぁ、いいでしょう。最後は?」

「最後は・・・異世界に行っている間、家族の様子とか、教えてもらえたらなぁって」


 何故かこの条件だけは、小さな声でぼそっと告げられた。

 するとアテナは、くすくすと笑いながら快諾する。


「いいでしょう。・・・アラキ」


 名前を呼ばれた受付係は肯くと、両手を受け皿にするように顔の前に構える。

 すると、彼女の口から糸のようなものが吐き出され、手の中で玉状になる。

 アテナもアラキに近づきながら、どこからともなく紙コップを取り出し、その裏底に、玉からほどいた糸の端を押し付けた。

 紙コップが一瞬光った後、糸の塊は消え、アテナはそれを庵に手渡した。


「『パルターナン』とこちらの世界を繋ぐ『糸電話』です。使うときは、アチラの住民に見られないように」

「ずいぶんと安っぽいな・・・・それよりも」


 紙コップを受け取りながら、庵は女神の後ろに控える女性に尋ねる。


「・・・もしかして、アラクネ?」

「はい。かつて主を冒とくした罪で蜘蛛へと変えられた、あのアラクネです。今は反省を認められ、従者として働いております」


 自虐的な笑みが浮かんだ女性の背後に、ぼんやりと蜘蛛の姿が重なって見えた。


「・・・そっか。がんばって」


 度重なる非常識事態で、感覚がマヒしたのか、庵はそれだけを呟くと、疲れをごまかすように両手で顔を覆った。

 するとふわりとした感覚が襲い、気が付くと、庵は自室のベッドの上に寝ていた。

 状況が呑み込めず、数回瞬きを繰り返すが、ふと利き手に何か握っている事に気づき、それを確かめる。


「夢だったら、よかったなぁ・・・」


 呆然とするその視線の先には、自分の名前と顔写真が印刷された『ミネルバ』の社員証があった。



そして2か月後 


 卒業式翌日、庵は再び、大鏡の前に立っていた。

 

「あなたがいない間は、アラクネが身代わりとして生活します。糸電話の応対も、彼女が担当します」


 アテナが告げると、その場でアラキ・・・もといアラクネが、自らが吐いた糸に包まれる。

 糸は彼女の全身を包むとすぐに溶け消え、中から庵と瓜二つの姿が現れる。


 それを興味深そうに観察した庵は、どこか安心したように微笑んだ。


「よかった。あなたが身代わりなら、問題なさそう。・・・さて、行きますか」


 こちらの世界への未練を断ち切るように庵は宣言する。直後、大鏡が光り輝き、庵の身体は宙に浮いた。


「アチラに着いたら、まずはアトネスという街を目指しなさい。そこには我が友人、パラスがいます。彼女から情報を得て、革命に生かしてください」

「・・・ちょっと!パラスってもしかしてあのっ」


 庵は何か言おうとしたが、その前に鏡の中へ吸い込まれてしまった。



 策士<ナスティ・ジェイル>による、異世界革命は、こうして始まったのである。


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