ジェイルの鳥 後編
パラト歴215年 4月の末某日 五ノ刻
カルナトス村 ペレネーの泉
「けほっけほっ・・・監視塔で使わなくてよかった」
顔のあちこちが擦り剝けて痛いわ、埃で呼吸がつらいわと、自らも散々な有り様になりながらも、オレは勝ちを確信し、立ち上がる。
あの爆弾は、アトネスの花火職人から買い取った火薬で作った物だ。
元々は、下水処理施設の竣工式典で打ち上げる予定だったが、姫さんの服毒未遂事件で中止となり、在庫過多となっていた一部を譲り受けたのだ。
冒険者ギルド長のグリアムが、初めて会った時に呟いた言葉から、この世界に火薬が存在する事は察していた。
なので、EFOで爆砕系トラップを愛用していたオレは、その頃から設計図を作成し、件の事件の後、原始的な手投げ爆弾を試作したのである。
花火玉から取り出した火薬を、油を染ませたボロ布切れを芯に固め、手のひらサイズで球状の鉢植えに詰め込んだだけの簡単な物だが、街中で実験するわけにもいかず、かといって爆弾を使うほどのモンスターの討伐依頼も無かった為、ポーチの肥しになってしまっていた。
「・・・ようやく使えたと思ったら、成功率3分の1か。まだまだ、だなぁ」
踏み潰されて不発、羽ばたきで導火線の火が消える、とても使えたモノではない。
やはりゲームと違って、現実は厳しい。
オレはため息を一つ、気を取り直して瓦礫の山へと近づいて行く。
「さてと、今ので死ぬようなザコだったら、アテナは贈り物になんか寄越さないよな?」
黄金の手綱を手に、そろりそろりと、慎重に・・・。
すると、瓦礫の一角がゴトリと崩れ、下から鷲の頭が弱々しく出てきた。
『キュリュゥゥ・・・』
「ちょっとやりすぎたか・・・?あー、グリフォン、で良いよな?お前」
オレが問いかけると、怪物は忌々しげに俺を睨むが、コクリと肯いた。
やはり、人語を理解する知能を持っているようだ。
「お前、ここに居たのはアテナが関係しているか?オレはジェイル、あの女神様から<グルゥクス>を任じられている者だ」
『キュリッ!?』
猛禽類らしい鋭い眼が大きく開かれる。
・・・が、すぐに不服だというように、その首は左右に振られた。
「・・・もしかして、アーテナーか?」
『リュリュリ!』
その通り、とでもいうように、今度は大きく縦に振られた。
こいつもパラスと同類か。
オレは呆れて頭を抱えるが、同時に安心した。
コレが彼女からの贈り物、『翼』であることは間違いない。
黄金の手綱を、グリフォンへ見せるように掲げ、尋ねる。
「じゃあ、グリフォン。これからどうなるかは判っているよな?」
『キュル、キュルキュッキュ、キュルル』
なにやら言葉を紡いだように鳴いたが、オレには理解できない。
ただ、手綱に忌避を示さないところから、オレに降る事に異議はないようだ。
オレは瓦礫を登り、グリフォンのすぐそばまで寄る。
「・・・えっと、首にかければいいのか?」
『キュル!』
肯いたので、馬に付けるように、手綱をグリフォンの首に巻き付ける。すると・・・
『キュリュル「と契約するか?」』
「え?」
「汝、我と契約するか?と、問うたのだ」
グリフォンの鳴き声が、手綱を巻いた途端に、人間の声へと変わった。
「・・・ええっと、契約の内容は?一応法学部の出身だから、中身を確認しないでハンコ押すわけには・・・」
CMでも『事前によくご確認を』とか流れているからなあ。
「はぁ、空気の読めぬ輩め。そこは深く考えずに『そうだ』とか『応、よろしくな』とか、『我に従え』とかと返すのが王道だろうが・・・、まあいい。『我は汝の翼となり、汝の望む場所へ、可能な限り導こう。汝は我の主となり、我の望む対価を、行使せる分と相当に与えよ』」
ふむふむ、つまりは課金制のライドモンスターになるという訳か。
対価は使った分だけ発生するようだし、悪くない内容だ。
「その対価って?特別なアイテムとか、オレの生命エネルギーとか?」
「我は魔物なれど、生物でもある。飲み食いせねば死んでしまう」
「ああ、食事が必要なのか。・・・エンゲル係数どれだけ増えるだろう」
ちょっと不安要素はあるものの、許容できる範囲内でよかった。
「さてどうする?我と契約するのか、しないのか」
「・・・契約しよう、グリフォン。どうすれば成立する?」
オレが問いかけると突然、瓦礫から生えていたグリフォンの頭部が輝きだし、そのまま光の粒子へと変わる。
さらには瓦礫の下からも同様の粒子が噴出し、グリフォンが埋まっていた一角が崩落する。
「おわっ、と」
慌てて飛び降りると、それを追うように粒子は流動し、オレの足元で大型犬ほどの塊となる。
そして、それに肉づけされる形で、先ほどより小さなグリフォンが形成された。
「我が主となる者よ、左手を差し出せ」
「手?」
超常現象に思考がマヒしたまま、言われるがままに差し出す。
ザクッ!
「っっ、なにを!?」
前触れの無い激痛に、伸ばした手を引っ込める。
手首を抑えながら見ると、左掌の中央が、抉るように食い千切られていた。
しかし不思議と、傷口はすぐに塞がっていき、鷲のエンブレムのような跡が残った。
「これで契約は完了した。我が約定を破った場合、この身は腐りおち、汝が破った場合、残りの血肉を戴く」
「く~~、ほんっと洋ゲーってそういうの好きだよなぁ!!SEROさんに怒られろっ!」
痛みだけがしつこく残る左手を庇いながら、オレは返す。
なんでワザワザ、グロテスクな表現にするかね?ポッと光ってハイ終わり、でもいいじゃん!
そんなんだから子供に悪影響とか偏見持たれて、規制されるんだよ!!
我ながら場違いな事を喚いているうちに、痛みは引いていった。
まぁ、冷静に考えれば、神話とか昔話の類って、原点は普通に過激な表現が使われているしなぁ。
そうすることで、現実とは別物って境界線を引いていたのかもしれない。
「・・・すまぬ、少しやりすぎたか」
気が付けば、グリフォンが心配そうにすり寄って来ていた。
なんだ、意外と可愛いところがあるんだな。
「・・・心配ない。久々で驚いただけさ。子供の頃は、この程度の怪我なんかほとんど毎週だったよ」
遊具に上って、サッカーや野球をして、子供らしく動き回っていれば、怪我の10や20は当たり前だ。
元の世界の庵の手足にも、線状だったり皮膚が盛り上がっていたりと、いくつもの傷跡が残っている。
だがそれらは全て、現在の危険から身を守るための教訓として、役に立っている。
逆に、子供の頃から怪我をしないように大人しくしていた連中ほど、最近になって大きな事故や怪我に見舞われていたように思える。
ま、今のオレみたいに久しぶり過ぎて油断する場合もあるが・・・。
「それに、この程度で立ち止まっていたら、世界なんか変えられない。・・・これからよろしくな、グリフォン」
「う、うむ」
グリフォンの反応が妙だったが、疲労が限界だったオレは、ダッキやキャメロンたちと合流すべく、街の中心部へと戻ることにした。
*****
暫く後
カルナトス村 某所
「あ、ジェイルぅ!」
ミニサイズになったグリフォンをお供に、街を歩いていると、探していた相手の方から声を掛けてきた。
ダッキの声がした方を向くと、彼女は他の冒険者たちと一緒に、オープンカフェらしき場所に居た。
よく見ると、そこはこの街の冒険者ギルドの集会所だった。
「待たせたね、ダッキ。アトネスのギルドには、女神パラスが連絡してくれたよ」
「おいおい、神様をメッセンジャーにしたのか?<グルゥクス>ってのは恐れを知らねェんだな」
キャメロンがコーヒーを片手に、苦笑いを浮かべる。
その隣にいたヴィンスも、同じような表情を浮かべ、これまでの流れを説明した。
「<アマゾーン>達はもう一日療養したあと、アトネスに戻れるそうだ。僕たちもそれに同行しようってことになって、君が来るのを待ってから、ギルドに紹介された宿へ向かう予定だった。・・・おや、その連れているのは?」
ヴィンスはふと、オレの足元に控えるグリフォンに気付いた。
つられて気付いたダッキが席を離れ、その傍にしゃがみ込む。
「グリフォンだね。もっと東の方に居るはずの獣なのに。それに・・・ジェイル、この子と契約したの!?」
種族は違えど同じ魔物であるダッキには、オレ達の関係が解ったようだ。
「ああ。アテナからの贈り物、オレ達の新しい仲間だ」
「キュルル、汝・・・いや、貴女は、もしや」
グリフォンもダッキの正体に気付いた様子だが、ダッキは慌ててその嘴を塞いだ。
「ゴメン、細かい事は詮索しないで。私はダッキ、幻惑魔法が得意な新米冒険者。そういう事にしといて」
「・・・心得ました、ダッキ嬢」
「なんだ?えらく畏まって」
グリフォンの様子から察すると、魔物にも上下関係があり、ダッキの方が奴より上位なのだろう。
少し興味が湧いたものの、ダッキが話題を変えてしまい、それ以上は判らなかった。
「ねえジェイル、この子に名前は付けたの?」
「ん?名前って、グリフォンだろう?・・・もしかして、新しい奴が必要なのか?」
ダッキとグリフォンが、そろって頷いた。
「ジェイル、あなたが魔物とパートナーになって、相手から『人間』としか呼ばれなかったらどうする?」
「・・・なるほどね。信頼関係を築くために、名前が必要なのか。って、グリフォンって固有名詞が無いのか?」
あるのならそちらで呼んだ方がいいと思ったのだが、帰ってきた答えは、否。
「我らは魔物は、よほどの力を持たぬ限り、名を必要としない。持っていても、使う場が無いからな」
そう言えばダッキも、身体の主であるエレフシナと出会う前は、名無しの精霊だったか。
人間と違い、魔物の世界では個人という概念が希薄らしい。
「ふむふむ、新しい名前かぁ・・・。って言われても、すぐに思い浮かばないけど」
グリフォンにちなんだ名前だから、やっぱ鳥っぽい方がいいよな。
そんでもって、相棒であるオレと関わりのある名前・・・。
「鳥・・・ジェイル・・・ジェイル・バードで『ジェバ』、はひどいよな」
グリフォンは激しく肯く。
・・・ん?『ジェイル・バード』?
ふと離れた場所に座っている、キャメロンとヴィンスに目が行った。
直後、オレの脳裏に、古いアクション映画の記憶が浮かび上がる。
con-air・・・conair
「・・・ナイル、てのはどうかな?」
「ナイル?」
グリフォンが首をかしげる。提案自体に不服はないようだ。
「あー、オレの世界の映画・・・演劇のタイトルを捩ったんだ。それに出てくる、大きな鉄の鳥の名前が『ジェイル・バード』なんだ」
詳しくは囚人輸送機の便名なのだが、まあ黙っておけば問題あるまい。
狙い通り、グリフォン改めナイルも、その説明に納得してくれたようだ。
「それで我と主の間に、信頼関係が築けるのなら」
「よろしくね♪ナイル~」
「・・・キュルぅ」
ダッキは愛犬と一緒な女の子のように、ナイルにじゃれ付く。
鷲の頭をわしゃわしゃとされ、ナイルは迷惑そうな顔をするが、引き剥がそうとはしない。
やはり力関係はダッキの方が強いらしい。
「・・・もう済んだか、黒髪の、蒼髪の」
何やら悟ったような顔で、リートが問いかけてくる。
「グリフォンなんて、そのサイズでも討伐依頼に金1000が出されるような魔物を手なずけたってのは十分に理解した。
だから、普通に人間である俺達は、そろそろ体を休めさせて頂きたいのだが・・・?」
他の冒険者たちも、一様に同じような表情を浮かべている。
そう言えば、この世界はモンスターのテイミングが未発達だっけ?
微妙な空気を作ってしまったようなので、オレはソレを吹き飛ばすように、皆に告げる。
「そ、それじゃあ救出作戦も成功したことですし、リーダーとして最後の通達を出します。
皆さん、宿へ移動しましょう!」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・キュル?」
盛大にスベッてしまった。
その後、恥ずかしさで顔を覆いながら、オレは冒険者の一団の最後尾をついて歩き、本日の逗留先へと向かった。
その夜、添い寝してくれたナイルの羽毛を涙で濡らした事は、言うまでもないだろう。
新登場のマスコットポジ、ナイル(性別未定)。名前の由来はお察しの方が多いと思いますが、『con air』→conair→コナイル→ナイル、です。
次回からいよいよ、プロローグにつながる『ア=メ戦争編』。
アトネスを襲う新たな不穏、その核心には、更迭されたはずのグシャンの影が。




