イルマ=アトネス
用語解説
ラミアン:現実の世界地図における、ウラル山脈を東端とするロシア領内とルーマニアの北側国境までを支配する大国。
パラト暦 215年3月某日(異世界滞在2日目) 夜
冒険者ギルド集会所
イリアスに納品を頼み、オレはMr.アラバマの向かいに座る。
こいつが態々《わざわざ》城から駆け付けるとは何事か、と身構えたものの、開口一番に飛び出したのは、オレへの愚痴だった。
「昨日、パラスの洗礼を受けに行くとき、『終わったら城に戻ってこい』って言ったよな。なのに丸一日帰ってこねぇもんだから、あちこち探しまわったんだぞ。町中の宿とか、あの変態女神の所とか」
・・・ああ、そう言えばそんな事言われてたな。疲労困憊になった所為で、記憶の引き出しに仕舞い込んでしまっていた。
「あぁ、ゴメンゴメン。今思い出した。乱闘とか乗馬とか、町の端から中心部までを往復したりとかで、城に行く前に潰れたんだよ。・・・で?約束破った文句を言いに、わざわざ街を2㎢も歩き回った訳じゃないだろ。用件は?」
謝りつつもさっさと本題に入ろうとするオレに、Mr.アラバマは溜め息混じりに返す。
「用があるのは俺じゃねェ。イルマ姫だよ」
「・・・姫さんが?」
「詳しくは知らん。俺は彼女に泣き付かれて、お前を呼びに来ただけだ」
一体なんだろう?と、自分なりに心当たりを探ってみる。
が、思い当る前に、カウボーイ姿の同胞は席を立った。
「とにかく、城の方へ話を通しておくから、明日の五ノ刻 に城門まで来い。そっから謁見の間まで付き添ってやるから・・・」
「どうした?ずいぶん慌てた様子だな」
珍しく急く様子のアラバマに、オレは尋ねる。
すると、1年早くこの世界に来ていた友人は、マヨネーズを山盛りにされた子供のような顔で、カウンターの方を一瞥する。
そこでは<アマゾーン>の5人が真っ二つになった蛇の頭部を提出し、キースから報酬の入った革袋を受け取っていた。
その隣では、ステラが髪を逆立てて、ギルマスにしがみついている。爬虫類は嫌いらしい。
「ウエイストを拠点にした理由は、あのギルマスやメスゴリラの集団と揉めたからなんだよ。お前への用が無けりゃ、近づきたくもねェ場所なんだ」
「・・・ははん。お前さては、ナンパして返り討ちにされたな」
悪戯心がうずいて、ちょいと突いてみる。
すると図星だったようで、Mr.アラバマは無言で立ち上がり、集会所を去っていった。
入れ替わりに、換金を済ませたイリアスが戻ってくる。
「ほい、君の報酬。銀貨2枚」
チャリンと小気味良い音を立てて、2枚のコインがテーブルに置かれた。
槍の装飾が施された初仕事の報酬は、見た目以上にどっしりと重く感じられた。
「ありがとう、イリアス。本当にワケマエはいいのか?」
「いいの。騎士団は副業禁止だから。バレたら稼いだ分、給料引かれちゃうの」
「そっか。じゃあ遠慮なく」
銀貨を革財布に納めながら、オレは席を立つ。
一緒に歩きながら、彼女が尋ねてくる。
「特使殿の用件って、なんだったの?」
「よく解らない。オレを必要としているのは、イルマ姫らしいんだ」
「姫様が?・・・きっと、昨日の褒賞の事じゃない?特使殿が乱入して、うやむやのままだったし」
「なるほど、そうかもな」
そんな雑談を交わしながら、オレたちは夜の大通りへと出て行った。
*****
翌日(異世界滞在3日目)
ギルドを出た後、オレは再びイリアスの実家に泊まらせてもらった。オレは「宿で良い」と断ったのだが、部屋を取るには昼間の内から予約が必要だったらしい。
まぁ、元の世界のホテルでも、ネットでの事前予約が当たり前だったしなぁ。
そんなこんなで、アイクさんやマーレ母さんに再び歓迎してもらったオレは、今度は途中でリタイアすることなく、普通に一日を終えた。
(就寝時、イリアスとソファーの取り合いになり、結局二人でベッドに添い寝したのは、ここだけの秘密)
そして一夜明け、一家4名に2度目の御礼を告げてから、オレとイリアスは城へと向かった。
*****
五ノ刻(午前10時)
アトネス中心部 パルディオナ城 謁見の間
「ジェイル様!お待ちしておりましたわぁ♪」
入城早々、玉座の方から走ってきた姫さんが、オレに抱き着いてきた。
「おぅっ!・・・姫さん?ちょっと苦しい」
「私の、昨日一日の心苦しさに比べれば些細なものです。あなた様がパラス様の御許へ旅立たれてから、どれほどこの胸の内が荒れ狂ったか・・・」
いやいやいや、オレが死んだ、みたいな言い方はやめてくだされ。
「(昨日の間に、何があったんだ?)」
姫さんの頭越しに、数段せり上がった玉座が見える。
そこには頭を抱える国王様と、苦笑いを浮かべる王妃様が鎮座していらっしゃる。
そして段差の一番下には、近衛騎士団長も佇んでおり、獅子を思わせる鋭い眼光を、こちらに放っている。
・・・本当に、どういう状況なんだ?
オレが戸惑っていると、レオネイオスが姫さんに語りかけた。
「姫様、御自重くださいませ。他の者が見ております」
「・・・解りました」
ドスが利いた獅子団長殿の言葉に、イルマ姫はしぶしぶといった様子で、オレを開放した。
だが、周りの近衛騎士たちや、背後に居る同行者2名からの視線の所為で、息苦しさは晴れなかった。
「・・・それで姫様、ご用件とは?」
謁見の間に漂い始めた変な空気を払拭すべく、オレは尋ねる。
すると、姫さんは打って変わって、神妙な面持ちで呟く。
「はい、実はジェイル様に、その・・・」
「・・・?」
言葉に詰まる彼女を見つめていると、、オレの中で嫌~な予感が沸々とこみ上げてくる。
そして・・・
「ジェイル様に、私の“夫”となって頂きたいのです!」
「・・・・」
どこからツッコんで良いのか判らず、オレの思考が停止してしまう。
代わりにイリアスが、こちらに近寄ってくる上司に尋ねた。
「団長、何がどうなっているのでしょうか?」
「うむ、実は昨日・・・」
レオネイオスは苦虫を潰したような顔で、昨日の一件を語り始めた。
*****
昨日午前
パルディオナ城
オレが疲労により爆睡していた頃、城に招かれざる客が現れたらしい。
メドゥ帝国の第二皇太子にして国務大臣、グシャン=メドゥ。
軍の指揮に関しては、人並み外れた才を持っているものの、同時に倫理面においても、人から外れた男。
簡単に言えば、『典型的なアホ軍人』だそうだ。
ただでさえ、アトネス併合を狙う帝国を警戒している時期に、そんな輩がアポなし訪問してきたとあって、城の中は臨戦態勢となった。
だが仮にも第二皇太子という肩書をぶら下げている為、無下に扱い、みすみす戦争の口実を与える危険を憂慮したアトネス王は、しぶしぶながら謁見を許し、兵たちも表立って反発することはなかったそうだ。
「突然の来訪ながら、お目通りを許可いただき、ありがとうございます」
イルマ姫が思わず身をすくめたほど、気持ちの悪い猫なで声で、グシャンはそう告げた。
「・・・隣国メドゥの皇太子ともあろう御仁に無礼があれば、お父上と我々の関係に支障をきたしましょう」
アトネス王は、若干嫌味を込めてそう返したが、グシャンはただ笑った。
「はい、我が帝国は14か国の中でも武に秀でた国。友好こそが、最も賢き選択でござましょう」
「・・・して、此度はどのような?先触れの使者も出せぬほど、急を要する案件とお見受けするが?」
あくまで表情は冷静なままに、王は尋ねた。
それに対し愚者・・もといグシャン皇太子は、さらに神経を逆撫でする答えを述べた。
「はい、我々はラミアンと同盟を結ぶべく、同国首都ケェフへ向かう道中でございまして。より安全な旅路となるよう、このアトネスを通過させていただくに当たり、この地を治める王への挨拶をせねばと考え、こうして参上した次第にございます」
「な!?」
あまりにも礼を失した理由に、その場が一瞬凍りついたという。
そのような連絡は、アトネスの首脳陣に入ってきていなかった。
つまり、『勝手に通るけど事後承諾で許してね』と言いに来たのである。
元の世界なら、ミサイルをぶっこまれても文句を言えない状況だ。
だが、前述のとおり戦争の火種を作りたくないアトネス王は、ぐっとこらえて見せた。
「・・・さようで。ならば貴殿らの旅路を、パラスとアトネーが公正に見守りますよう、祈らせていただこう」
・・・公正に見守る、つまりは『あくどい行為には天罰を』という事。
アトネス王の、せめてもの意思表示だったのだろう。
だがグシャンはそれに気付かず、王の言葉を激励と受け取って、謁見の間を辞した。
これで終わっていれば、オレが姫さんに結婚を迫られることはなかっただろうに。
愚者・・・もといグシャン皇太子はこの後、その日一番の蛮行に及んだのだった。
*****
現在
「あの男はすぐには帰らず、偶然を装って廊下で私を待ち伏せし、さらにそこで『嫁に迎えたい』と言い放ったのです」
鳥肌を立てながら、姫さんは吐き捨てた。
その嫌われっぷりに、グシャンなる狼藉者を若干憐れみつつ、この先の展開を察した。
「ああ、なるほど・・・それで。オレがあなたと婚約関係にある、と一芝居を打ってほしいと?」
大阪・難波界隈で有名な喜劇でおなじみ、結婚やらお付き合いをきれいに断る方法は、すでに仲睦まじい相手がいると相手に告げる、という物だ。
未だ実績なしの状態ではあるが、オレの身分は『神の遣い』。第2皇太子と比べれば、我ながら格段の優良物件に思える。
正解だったようで、姫様は肯いた。
「はい。・・・その場でお断り申し上げたのですが、あの男はひどく食い下がりまして。『自分と結婚すれば、メドゥ軍の精鋭が警護に就く。近衛騎士団やウエイストの無能と違って、即座になりすましを見抜き、誘拐などさせず、怖い思いをしない生活を送らせてやる』等と・・・」
「ちょっとまって!一昨日の誘拐の手口を知っていた?それって、メドゥ・・・少なくともグシャン自身が、事件に関係してたって自白したようなモノでしょ!?」
あの一件の詳細を知っているのは、当時城に居たパルディオナ城の人間とウエイストの特使一行。そして誘拐の実行犯グループと、道中で鉢合わせたオレ。それ以外で知る事が出来る人間は、『血濡れのクリット』が姫さんを引き渡そうとした相手、つまり黒幕だけとなる。
一般市民には『姫様が誘拐された』としか伝わっていない。
「はい、私もそう思います。ですが、私とグシャンの2名だけがいた場での発言故、証拠には出来ません。・・・話を戻しますね。しつこいあの男を黙らせるために、私はつい嘘をついてしまいました。『私は、既に新たなグルゥクス様と、婚約の誓いを立てております』と。するとグシャンは、驚きと怒りの表情でもって、一月後、ラミアンからの帰路にて、再び挨拶に伺うと言い残し、去りました」
「で、姫はその直後に、俺の部屋へ押しかけて、お前を連れてきてくれと泣き付いてきたってわけだ。敏い半面、アドリブが苦手だからなぁ、この姫君は」
Mr.アラバマが、呆れ笑いを浮かべて言った。
この野郎・・・昨晩俺に会った時、知っていたのに黙っていやがったな。いつか泣かす。
だが、今は姫さんのトラブル解決が先だ。オレは腹を括り、改めて姫さんと向き合う。
「事情は解りました。アラバマから、メドゥとアトネスの関係も聴いています。できる限りにおいて、ではありますが協力しましょう」
ちょっと女性っぽい、素の状態に近い口調で言ってみた。
「あ、ありがとうございます!ジェイル様」
だが、不安から解放された姫さんは、それに気づいた様子もなく、安堵の笑みを浮かべている。
・・・さて、どうやって誤解を解こうか。
次回より革命開始です。