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原作破壊の三人の思惑

作者: 夢希
掲載日:2026/05/15

設定だけ思いついて書きたくなったプロローグのような短編です。

『愛の代償』

 それはとても賛否の分かれる小説だった。


 内容としては運命の番という概念のある獣人と恋人だったその概念がない人間の主人公がヒロインと出会い様々な葛藤を経てヒロインと結ばれるという、現代社会ではあまり受け入れられない内容で。

 しかし主人公の葛藤、寝取る側となったヒロインの葛藤、そして寝取られる側である獣人の葛藤、それぞれをそれはもう丁寧に描写をしそのキャラクターの人間臭さに多くの共感を得た作品でもあった。


 それでも批判は当然のようにあるのも事実。

 どんな作品にもアンチはいるものだが、この作品には『反転アンチ』という者も沢山いた。

 それは当て馬でありながらその一途さと献身さに人気を博していた獣人、アネット・ベローズが物語の途中で死亡してしまうからであった。


 アネットは猫の獣人で、猫ならではの自由奔放さやわがままさ、それでいて嫉妬深く甘えん坊な一面も持ち合わせているキャラであったが、それでも主人公に一途であり深い愛情を持つキャラであった。

 そんな彼女は物語の途中で退場をしてしまう。

 ──愛する主人公を庇って。


 ヒロインに心が揺れ動く主人公に傷つき、ヒロインに嫉妬しながらも主人公だけを愛し常に主人公を想い続けていた彼女は、主人公の危機に猫の獣人ならではの身体能力で誰よりも早く主人公を庇いそのまま亡くなってしまう。

 そしてその時ヒロインに「アンタがこの人を幸せにしてあげて」と言い残しながら。


 そのストーリーにアネット派と呼ばれた読者は激怒し反転アンチとなってしまったのだ。



**********



 そんな『原作』を思い出したアネット・ベローズはため息を吐いた。

 ピコンとたった少し色の着いた猫耳にふわりと柔らかな白い髪の毛。尻尾の毛も長く、長毛種であることが見て取れる。アネットの持つ知識からするとペルシャ猫がモチーフだろうか。

 そんな他人事のように自身を評価するアネットは『前世の知識』というものを持っていた。


 いきなり思い出したのではない。小さい頃からなんとなく知っていた(・・・・・)

 しかしそれは夢で見るような、他人のホームビデオを観ているような、そんな感覚で知っているだけであり「もしかしたらこれは前世の記憶というものかもしれない」なんて思っていただけであった。


 この世界では未だあり得ない『科学』というものが発展しているその世界。


 この記録(・・)をただの夢や妄想だと思わず前世だと思う理由は、アネット自身がそれを当たり前のように受け入れたから。知っている(・・・・・)と受け入れられたから。


 そんな昔からなんとなく知っている前世を今更思い悩むのはアネットが『運命の番』と出会ってしまったからだった。


 運命の番。

 それは獣人にのみ存在する概念であり紛れもなく存在する事実。

 獣人はその運命以外と恋をすることはない。下品な話になるが女は濡れないし男は勃たない。

 それほどまでに約束された運命。


 しかしそれは獣人の話であって人間には関係ない。


 獣人同士が運命の番であれば話は早いのだが、運命の番という概念がない人間相手であれば一方的な愛情であり、受け入れられないものも当然いる。

 そうならないためにも獣人は運命に選んでもらえるよう努力する。

 本来自由奔放で束縛するのは好きでもされるのは嫌いな猫獣人であっても、だ。


 そんな中、アネットは『努力をすれば』運命の番である人間と恋仲になれることが決まっている。


 ──なにせ『原作』では恋人同士から始まっているのだから。


 しかしそれでは駄目なのだ。アネットの運命の番である人間、アラン・ガネットはいつかヒロインとなるミザリー・ランドットと結ばれる運命(・・)なのだから。



**********



 今まであまり気にしていなかった前世。それをわざわざ思い出した理由。

 それはこの世界が『愛の代償』の世界だと気づいたからだ。


 賛否の分かれたこの小説をアネットの前世は愛読していた。

 アネットというキャラクターが死んだときもちろん悲しかった。しかしアネットの前世はアラン×ミザリー推しだったのだ。

 アネットの死を乗り越え最終的に結ばれた二人を見て心から感動した。


 今までなんで記録(・・)としか思っていなかったのだろうと思うくらいには原作小説を読み終えたときの感動が思い起こされる。


 もちろん獣人として運命の番と他の女性が結ばれることに辛い思いはある。

 心の底から「嫌だ」と強く反発する心がある。

 それでも、アネットはアランを諦めようと思う。


 それはミザリーと結ばれてほしいからだけではない。


 もしアネットとアランが付き合えたとして、原作のようにミザリーにアランが心惹かれたら。

 それはもう、考えただけで心が引き裂かれるようだ。

 そうなる前に、アネットは身を引こうと思った。原作のアネットと違い事前知識があるぶん覚悟もついているつもりだ。


 だからアネットは、出会ったばかりのアランに何も告げない。

 この世界でのアネットとアランは『いい友人』になれることを祈って。



**********



 突然だがアラン・ガネットには前世の記憶というものがある。


 それは物心ついた頃からであり、そのことに気づいたときにはとてもテンションが上がった。

 この世界には魔法や獣人といった前世ではなかった存在がある。

 アランはそれに心を踊らせたのだ。


 しかしそれも長くは続かなかった。

 何故ならば自分があの(・・)アラン・ガネットであると理解したからだ。

 前世のアランは『愛の代償』を読んでいた。好きな作品だったのだ。途中までは。


 そう、途中まで。


 最後まで読んだ。良い小説だったとは思う。しかし完結してからは二度と目を通していなかった。

 何故ならば前世のアランは『アネット・ベローズ』が推しキャラだったからだ。


 アネットが死んでしまう前までは何度も読み返したほど好きな作品だった。

 反転アンチにはならなかったものの読む気が失せてしまった。

 それでも最後まで読んだのはアネットの「アンタがこの人を幸せにしてあげて」という台詞を聴いたアランとミザリーを見届けたかったから。

 作者への信頼もあった。これまで丁寧にキャラの葛藤を描き(えがき)読者を納得させてきた実績があるからこと、どんな結末を迎えるのか、それを見届けたかった。


 物語のたたみ方はそれはもう素晴らしかった。

 アネットの死を無駄にはしない、満足のいく完結を迎えた。

 しかしそれでも推しキャラが死んでしまった前世のアランはまた読もうという気が起きなかったのだ。


 アネットを裏切り死の原因となってしまったアランに転生してしまったことを悲しんだ。

 どうしてアランなのだ。どれだけ葛藤しようが恋人であったアネット(推し)を裏切るような男に転生してしまったことに嫌悪感も覚えた。

 何度思っただろうか。俺ならアネットを裏切ったりしないのに、と。


 そこまで考えてからアランは気づいた。


 ──今はそのアランが俺なのだから、俺が幸せにすればいいのでは?


 そうだ。その手があった。いや、その手しかない。

 アランはそれまでの悲しみを一転して、前向きに捉える。

 そして強く誓う。


 ──俺はこの世界で推しとのラブラブ生活を送ってみせるてやる!



**********



 ミザリー・ランドットは頭を掻きむしり、ボサボサになった髪をまったく気にせずに鏡の中の自分を睨みつける。


 ──なんでよりにもよって『ミザリー・ランドット』なのよ!


 ミザリーには前世の記憶があった。

 小さい頃は気にしていなかった。なんか変な夢見てるな、くらいの気持ちだった。

 それがはっきりと前世の記憶だと気づいたのは自身の名が『ミザリー・ランドット』であると知ったとき。


 小さい頃なんて家族から「ミザリー」もしくは「ミリー」と名前や愛称で呼ばれることばかりで、まさかファミリーネームが『ランドット』であるだなんて思ってもいなかった。


 前世のミザリーはそれはもうアンチ(・・・)と呼ばれるくらい大嫌いな作品があった。

 それが『ミザリー・ランドット』がヒロインを務める『愛の代償』という小説であった。


 最初から嫌いだったわけではない。始めのうちは本当に楽しく読んでいた。好きな作品だったと言っても良い。

 しかし途中から受け付けられなくなった。いわゆる反転アンチというものだった。


 その理由は単純明快。


『ミザリー・ランドットが嫌い』


 その一点のみだ。


 正確に言うと主人公のアラン・ガネットも好きではない。

 なにせ恋人がいるにも関わらず他の女に目移りするだなんて女の敵としか言う他ない。

 しかしそれ以上にミザリーが大嫌いだったのだ。


 始めのうちはそこまで嫌いではなかった。どちらかと言うとアランの方が嫌いで、それでも話が面白くて読んでいた。

 運命の番というたった一人のしか愛せない獣人アネットが可哀想で、いくらアランが嫌いでもアネットにはアランしかいない。だからアラン×アネットの二次創作をどれだけ読み漁ったことか。

 そんな中でミザリーは獣人の恋人がいるアランに心惹かれながらも身を引こうとする謙虚さのある少女であり、また悪い子ではないこともわかっていた。


 しかしそれは始めの内だけだった。

 愛の代償のヒーローとヒロインはアランとミザリー。この二人がどんどん惹かれ合い仲を深めるごとにアネットは辛い思いをし、それでも一途にアランを愛する姿に胸を打たれ、そしてアネットに対し「申し訳ない」なんて言いながらアランと距離を縮めるミザリーがどうしてもアラン以上に女の敵としか思えなくなったのだ。


 ──こういう女こそ性格悪いのよね。


 原作ではそんな描写はない。ミザリーは性格の良いいい子であり、そんなミザリーにアランは惹かれていく。

 しかし、どうしても現実(・・)の女社会を知っている前世のミザリーからすれば『ミザリー』のような女はか弱いふりして男をかすめ取る性悪女にしか思えなかったのだ。


 ミザリーはもう一度鏡の中の『ミザリー』を見る。


 ──ああ、忌々しいこの顔。


 それでも今の『ミザリー』はミザリー()なのだ。


 ミザリーというキャラが嫌いになったところで愛の代償を読むのはやめた。

 しかしアンチというものはどうしても嫌いなものの情報を無視できないもので。


 ──確かアネットはアランを庇って死んじゃうのよね……。


 それもまたアンチ感情を加速させる展開であった。

 アラン×アネットの二次創作を読み漁ったほどだ。アネットには幸せになってほしい。


 ──そうだ! 私がアランに近づかなければいいんだ!


 ミザリーは気づく。別に小説の中の世界とは言え小説と同じように動かなければならないわけではない。

 だってミザリーは今を生きているのだから。


 今のミザリーはアランが特別好きではない。アネットの方が好きだ。

 だからアネットが幸せになれるように動こう。アランがまかり間違ってもミザリーに惹かれないように。アランがもしミザリーに惹かれるようであればその頬でも引っ叩いてやろう。


 そんな強い覚悟を持ってミザリーは気合を入れるのだ。



**********



 そんな三人はそれぞれの思惑とすれ違いにより原作知識があてにならない未来が待ち受けているとは誰も知る由もなかったのだった。



読んでくださりありがとうございました。

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