首吊り兎⑤
電脳回廊を抜け、二人は巨大な吹き抜け空間へと躍り出た。
そこは、まるで時計の内部のようだった。
無数の巨大な歯車が噛み合い、轟音を立てて回転している。その隙間を、足場となる螺旋階段が縫うように伸びていた。
最上は階段を駆け上がりながら、眼下に広がる光景を冷静に見下ろした。
視界のあちこちで、青白い光が瞬いている。
錆びついた歯車の上に置かれた『家族写真』。
空中に漂う『未開封の手紙』。
階段の手すりに結ばれた『合格祈願のお守り』。
それら全てが、迷宮の表層にあったものよりも遥かに強く、純度の高い輝きを放っていた。
〈論理断片〉の山だ。
「……やはり、ここか」
最上は、さも当然といった風情で呟いた。驚きはない。
道中あれだけ枯渇していた弾丸が、ここには掃いて捨てるほど転がっている。彼の経験則通りの配置だ。
「よく知ってるね、梁人」
アリスがふわりと空を滑り、光る『お守り』を拾い上げながら感心したように言う。
「外側は怪物の皮で分厚いけど、中身はまだ柔らかい人間なの。ここは、あの『犯人』が一番大事にしてた思い出の墓場だから」
「皮肉な話だ」
最上は冷たく言い捨てた。
怪物が強大であればあるほど、その中心には、悲痛なほど人間らしい未練が凝縮されている。
自分を殺すための弾丸は、怪物になろうとした人間自身の心の中にこそ、無数に落ちているのだ。
「拾え、アリス! 全部だ!」
「はいはい。欲張りだなぁ」
アリスが宙を舞う。
彼女はまるで花摘みでもするように、次々と光る遺留品に触れていく。
『写真』が弾け、『手紙』が砕け、次々とクリスタルのカートリッジが生成され、梁人の方へと放り投げられる。
梁人はそれらを走りながら空中で掴み取り、手品のような手際でシリンダーへ装填していく。
三発目、装填。
四発目。
五発目。
カチリ、と重い金属音が掌に響く。
六発目。
シリンダーは満たされた。全弾装填。
「……足りた」
最上は『ヴォーパル・カリキュラス』の銃身を撫でた。
青白い幾何学模様の光が、最大光量へと輝きを増す。
これで〈積分砲撃〉が撃てる。
怪物となった哀れな精神犯罪者を、塵一つ残さずこの世から『証明終了』させるための準備が整った。
掲示板のカウントダウンが目に焼き付く。
『残り 60』
あと一分。
最上たちは螺旋階段を登りきり、頂上にある巨大な扉の前に立った。
扉には、巨大な時計の文字盤が描かれ、針は「12時」を指して止まっている。
扉の隙間から、強烈な腐臭と、耳をつんざくような〝秒針の音〟が漏れ出していた。
中にいる。
この狂った世界の王であり、囚人である〈支流〉が。
「開けるよ、梁人」
アリスが扉に手をかける。
「準備はいい?」
「……愚問だ」
最上は銃を構え、深く息を吐き出した。
精神の摩耗を示すノイズが視界の端で踊っているが、今の彼は、冷徹な処刑人の目に戻っていた。
「開けろ」
アリスが扉を押し開く。
溢れ出したのは、光ではなく、圧倒的な闇と、絶叫のような鐘の音だった。




