表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レッドタイズ-新東京府公安委員会-  作者: ガリアンデル
Phase:1
1/8

首吊り兎①

カクヨム様にて別名義で投稿済みのリメイクのリメイクのリメイクくらいになる自作です。良ければ読んでください。

 新東京府公安局、地下深度一二〇メートル。 



 通称〈棺桶〉と呼ばれる特務待機室の室温は、常に摂氏十八度に保たれている。



 生命維持に必要な最低限の空調音と、壁面を埋め尽くす巨大なモニター群の駆動音。



 張り詰めた冷気の中、スピーカーだけが、熱を持った「死」を垂れ流していた。



『――フィルター第3層、剥離! ダメだ、意識が滑る……ッ!』

『退くな! アンカーを維持しろ! 貴様の命よりデータのほうが重いんだよ!』



 断末魔と怒号の不協和音。



 最上梁人(もがみ やなと)は、革張りの接続椅子(コネクト・チェア)に深く身を沈め、その凄惨な光景を無感情に見上げていた。



 モニターに映っているのは、新宿副都心の高層ビル街だ。ただし、その風景は決定的に狂っていた。



 重力異常。



 アスファルトが波のように捲れ上がり、数台の車両が空中へ「落下」している。



 その中心に、それはいた。



 体長およそ五メートル。

 ボロ雑巾のような白い毛皮。長く垂れ下がった耳は、まるで古びた絞首刑の縄のようだ。

 顔面には目も鼻もなく、ただ巨大なアナログ時計が埋め込まれている。



 今回の犯人、識別名〈首吊り兎〉。



「あは。見て梁人、すごーい」

 無邪気な声が、死を予感させる静寂を裂く。



 隣の椅子に座る少女――アリスが、モニターを指差して笑った。長い白髪が、人工的な照明の下で銀色に煌めく。



「あの隊員さん、また空に落ちてく。……プチッていったね。風船みたい」



 画面の中で、重装甲の外骨格〈アイギス〉を纏った機動隊員が、見えない力によって上空へ引き上げられ、ビルの外壁に叩きつけられた。



 強化装甲がひしゃげ、中身が破裂する。



 アリスの言う通りだ。トマトか、あるいは質の悪い水風船のように。



「……黙っていろ。ノイズになる」

 最上は短く吐き捨てた。



 その視線は、人が死ぬ瞬間ではなく、画面の隅に表示された数値だけに注がれている。



 【逆流経路(ルート)解析率:88%】



 遅い。



 最上は懐から、愛銃である幾何学的概念武装『ヴォーパル・カリキュラス』を取り出した。



 ガンメタルに刻まれたフラクタル模様が、微かに青く明滅している。



 弾倉(シリンダー)を確認する。空だ。当然だ。

 弾丸となる〈正気の欠片〉は、現地調達するしかない。



『警告。C班、精神汚染濃度、危険域を突破。フィルター残存1(レッド)

 オペレーターの事務的な報告が響く。



 モニター上の隊員たちのバイタルサイン――HUDに表示された五枚の緑色の盾(シールド)が、硝子が割れるような音と共に一枚、また一枚と砕け散っていく。



 五層ある精神干渉フィルター。

 あれがゼロになれば、中の人間は死ぬか、あるいはもっと酷い「ナニカ」に成り果てる。



 彼らは〈サイコフィジター〉。



 物理的な攻撃が通じない怪物相手に、特務捜査官が突入するための道を作るためだけに消費される、使い捨ての杭だ。



「……ねえ梁人。どうして助けに行かないの?」

 アリスが、赤い瞳でこちらを覗き込んでくる。純粋な疑問。あるいは、最上の神経を逆撫でするための計算された挑発。



「梁人が早く行けば、あのお巡りさんたちは死なないのに」



「解析が終わっていない。扉が開く前に飛び込んでも、無限に近い迷路の中で遭難するだけだ」



「ふーん。りくつだね」

 アリスは退屈そうに足をぶらつかせた。「わたしは、どっちでもいいけど」



 最上は、少女の横顔を一瞥した。



 九歳の幼女の姿をした、羽海野有数のクローン。

 その顔を見るたび、胃の腑の底から鉛のような憎悪が湧き上がる。



 ――本物は、生きている。



 ドクン、と心臓が早鐘を打つ。

 その不快な鼓動こそが、摩耗した最上の自我を繋ぎ止めるアンカーだった。 



(この憎しみがある限り、俺はまだ、俺でいられる)



『……ッ、解析完了(コンプリート)! 座標固定(ロック)、逆流経路特定しました!』



『リンク形成! 特務、行けます!』



 室内の照明が、警告色の赤へと切り替わる。



 完了した。



 代償は、機動隊員三名の命と、五名の精神崩壊。



「行くぞ、アリス」

 最上は接続用のヘッドギアを手に取り、冷徹に告げた。



「お前の仕事だ。道を開けろ」



「はーい。……じゃあ、ウサギ狩りの時間だね」

 アリスが楽しげに笑い、自らのこめかみに端子を突き刺す。 



 最上もまた、ヘッドギアのバイザーを下ろした。



 視界が闇に落ちる。



 感覚が肉体を離れ、光の速度で新宿の座標へ――狂気と無意識の迷宮〈ランド・オブ・ワンダー〉へと加速していく。



 現実の身体は、安全な地下室に置き去りにされたまま。



 ────魂だけが、地獄へ堕ちる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ