第36話 神なき創世
夜明けが訪れた。
長い戦いの果てに、空はようやく“青”を取り戻した。
アインは丘の上に立ち、風に揺れる草の匂いを吸い込む。
胸の奥まで染み渡るような、静かな温もり。
神々が消えた世界は、想像していたよりもずっと――穏やかだった。
「……静かだな」
ルゥが隣で呟いた。
彼女の金色の髪が風に踊る。
「うん。でも、なんだか落ち着かないよね。
この世界、まだ“形”が定まってない感じ」
たしかに、空気の奥に不思議な揺らぎがあった。
地平線の先が、ぼんやりと霞んでいる。
“創造の階”の記憶がまだ世界の底に残っているのだろう。
「世界そのものが再構築されてるのね」
セリウムが空を見上げた。
彼女の背からは、かつての白銀の翼が消えている。
けれどその代わりに、柔らかな光が肩を包んでいた。
「神の力はもうない。でも……私は今のほうが好き」
そう言って微笑むその姿は、まるで“ひとりの人間”だった。
それから数日。
三人は、新しい大地を歩き続けた。
崩壊した文明の跡、滅びた街の影、そして芽吹く新しい命。
風の中には、確かに“再生”の気配があった。
ある日、アインたちは小さな集落を見つけた。
そこでは、人間、獣人、エルフ、ドワーフ――
かつて敵として戦っていた種族たちが、一緒に暮らしていた。
まだ小さな共同体だったが、彼らの目には強い光があった。
「あなたたちが……“塔の戦い”を終わらせた者たちですね?」
集落の代表と思われる老エルフが、深く頭を下げた。
「リオスが消えたあと、世界が混乱しました。
けれど、あの光が……私たちに希望をくれたのです」
アインは微笑む。
「俺たちは、ただ“終わらせた”だけだよ。
本当に“創る”のは――これからだ」
夜。焚き火を囲みながら、アインたちは語り合った。
ルゥが木の枝で火をつつきながら言う。
「ねえアイン。あの塔で見た光、覚えてる?
世界が壊れていくのに、なぜか綺麗だった」
「ああ。壊れることは、必ずしも悪じゃないんだと思う。
新しい何かを生むためには、終わりも必要なんだ」
セリウムが微笑む。
「あなた、随分と神様みたいなこと言うわね」
「やめてくれ。もう神なんて呼ばれたくない」
アインが笑うと、三人の間に小さな笑い声が生まれた。
その音が、夜空に吸い込まれていく。
空には、見たことのない星々が瞬いていた。
かつてリオスが封じていた“進化の光”――それが今、自由に輝いている。
翌朝。
アインは丘の上に登り、朝日を見つめた。
ルゥが眠そうな顔でやってくる。
「おはよ。今日も早いね」
「世界を見てた。……まだ壊れたままの場所も多い」
「でも、みんな頑張ってるよ。
昨日の子どもたち、畑を作ってた。
“神様がいないなら、自分たちが作ればいい”って」
アインの胸が熱くなった。
「そうだな。きっと、それでいい」
セリウムもやってきて、二人の隣に立った。
朝の風が三人の髪を揺らす。
「アイン、これからどうするの?」
「……この世界を旅して、見て、知りたい。
“進化を選べない世界”を終わらせたんだ。
次は、“進化できる世界”を育てたい」
セリウムが静かに頷いた。
「それが、あなたの“創造”なのね」
アインは笑う。
「俺一人のじゃないさ。みんなで創るんだ。
神が創った世界じゃなく、人が歩いていく世界を」
その時、空に淡い光が走った。
まるで祝福のように、雲の隙間から光の粒が降る。
セリウムがその一つを手に取り、瞳を細めた。
「……リオスの残滓ね。まだ私たちを見ているのかしら」
アインは空を見上げて言う。
「見ていればいい。
いつか、神にだって“教えてやる”さ――人の進化を」
ルゥが笑いながら跳ねた。
「かっこいいこと言ってるけど、また転ぶんでしょ?」
「うるさいな」
アインが肩をすくめると、三人の笑い声が空へと響いた。
その声が消えたあとも、丘には柔らかな光が残っていた。
数年後。
人間と異種族が共に暮らす大都市が誕生した。
街の中心には一本の大樹が立ち、枝の先に無数の光が咲いている。
それは、進化の象徴――“生命の灯”と呼ばれた。
アインはその下で、少年たちに剣を教えていた。
ルゥは薬草園を管理し、セリウムは知識の塔を建て、
かつての戦士たちはそれぞれの道で“創造”を続けていた。
戦いは終わり、世界は静かに動き出す。
神なき世界で、人々はようやく――“生きること”を選び始めたのだ。
夕暮れ。
アインは丘に登り、暮れゆく空を見上げた。
星々がまた、新しい形で瞬いている。
「……リオス」
静かに呟いた。
「お前が恐れた“進化”は、もうここにある。
俺たちはもう、誰かの設計図に生きない」
風が吹き、草の音が小さく鳴る。
アインは目を閉じ、微笑んだ。
――創造は終わらない。
誰かが歩き、誰かが夢を見る限り、この世界は進化し続ける。
これにて物語は終わります。
読んでくださりありがとうございました。




