第35話 虚無の塔
創造の階が沈黙したあと、
空の向こうから一本の光の柱が立ち上った。
それは天と地を貫き、果てを知らぬ高さで輝いていた。
――“虚無の塔”。
神々の終焉の場所であり、
あらゆる世界の魂が最後に辿り着く場所。
アインたちは風に乗って、その塔の麓へと降り立った。
足元は黒い大理石。
塔の表面は鏡のように光を反射し、彼ら自身の姿を無数に映し出している。
「ここが……最終の階層、か」
アインは息を呑んだ。
ただの建造物ではない。
見上げても見上げても終わらない――まるで宇宙そのものが塔の形を取っているようだった。
「進むしかないね」
ルゥが一歩踏み出すと、足元の床が淡く光った。
すると塔の内部に続く“門”が静かに開く。
そこから吹き出した風は、冷たくも優しく、まるで過去の記憶をなぞるようだった。
「……行こう」
アインが頷き、三人は光の中へと足を踏み入れた。
塔の内部は“静寂”そのものだった。
音が吸い込まれるような空間。
壁も床も天井も、黒曜石のように滑らかで、どこまでも同じ。
だが、進むごとにわずかに揺らぎ、まるで彼らの心を映して変化していくようだった。
ルゥの瞳が揺れる。
「ねえ……ここ、なんだか懐かしい感じがする」
セリウムが頷いた。
「それもそのはず。この塔は“魂の記憶”を形にした場所。
つまり――自分の中の最も古い記憶に引き寄せられるのよ」
その瞬間、空間がひび割れた。
ルゥの目の前に、かつての故郷――ベラ族の森が広がった。
陽光の差す木々、鳥の声、仲間の笑顔。
しかし次の瞬間、それらはすべて炎に包まれる。
ルゥが叫ぶ。
「やめて……これは、私の……!」
彼女が手を伸ばすが、幻は霧のように消えた。
「――これは塔の試練。過去と向き合えということだ」
セリウムが呟いたとき、今度は彼女の背に白銀の羽根が現れた。
神々の軍勢の幻影が浮かび、彼女を囲む。
『裏切り者、セリウム!』
幻の声が響く。
「私はもう、過去に縛られない!」
セリウムが槍を構え、光の幻を貫いた。
その瞬間、空間が震え、彼女の背の羽根が真っ白な光に変わった。
「……赦されたわけじゃない。でも、受け入れられた」
セリウムの表情には、静かな決意が宿っていた。
アインは二人を見て、深く息を吸った。
「なら、俺も――」
塔の最上階へ向かう階段の先、
そこには“もう一人のアイン”が立っていた。
同じ顔、同じ声、同じ瞳。
だが、その瞳の奥には深い闇が渦巻いていた。
「……お前は誰だ?」
アインが問う。
「俺はお前だよ」
影のアインが笑った。
「進化を望むお前の“裏”の心。
恐怖、怒り、憎しみ――お前が捨てようとした感情そのものだ」
アインは剣を握る。
「そんなもの、俺はいらない」
「そうやって切り捨ててきたから、今のお前は半分しか存在できないんだよ」
影が一歩踏み出す。
その足音が、まるで心臓の鼓動のように響いた。
「世界を創りたい? 誰かを救いたい? 笑わせるな。
お前はただ、無力だった自分が許せないだけだ」
アインの心に刺さる言葉。
けれど、逃げなかった。
「……そうかもしれない。
俺は弱くて、何度も負けて、何度も誰かを失った。
だけど、それでも――」
アインが剣を構え、叫ぶ。
「俺は、進む! この弱さごと抱えて、未来を掴むんだ!」
光と闇がぶつかり合う。
塔が震え、空間がひび割れる。
二人のアインの姿が交錯し、やがて一つに重なった。
――静寂。
アインが目を開けると、闇は消えていた。
その手の中には、新たな剣があった。
黒と白、二つの光が絡み合う刃。
「これが……俺の答えだ」
最上階。
そこには、創造神リオスが待っていた。
『来たか、アイン』
その声は穏やかで、どこか哀しげだった。
「終わらせに来た。
この“進化を縛る世界”を」
リオスはゆっくりと立ち上がる。
『お前は理解したか? なぜ私は世界を閉じたのか』
「恐れただけだろ。終わりを」
『……そうだ。私は変化を恐れた。
だが、それは人間だけでなく、神である私自身の弱さだ』
リオスが目を閉じる。
空間が震え、塔が崩れ始める。
『ならば――見せてみろ。
神を超える、“人の進化”を』
アインが剣を掲げる。
セリウムが槍を構え、ルゥが光の矢を放つ。
三つの光が交わり、巨大な翼を形づくる。
その光がリオスを包み、塔の天井を突き抜けていく。
空が割れ、無数の星が降り注ぐ。
それは滅びではなく、再生の光だった。
静かな風が吹く。
気づけば、アインたちは草原に立っていた。
青い空、温かい陽光、遠くに見える街の影。
「……終わった、のかな」
ルゥがつぶやく。
セリウムが微笑んだ。
「終わりじゃないわ。これは始まり。
神のいない、新しい世界の――」
アインは空を見上げる。
風の中で、リオスの声がかすかに聞こえた気がした。
《進め、アイン。創造の子よ》
彼は剣を背に収め、仲間たちを見た。
「行こう。
俺たちの世界を、これから創るために」
風が優しく吹き抜け、
彼らの背中を押すように、光が未来へと続いていった。




