第32話 神の間
霧が晴れ、三人の前に巨大な扉が現れた。
扉の表面は光と影で複雑に編まれ、見る角度によって形が変わる。
まるで意志を持っているかのように、開くのを拒んでいるようだった。
「ここが……神の間?」
ルゥの声は震えている。
扉の向こうから、冷たくも荘厳な気配が漂っていた。
「そうだ。ここを通れば、神界の最初の門に到達する」
セリウムの声は低く、慎重だった。
「準備はいいか? ここからは、力だけでなく心も試される」
アインは深く息を吸い、拳を握った。
「大丈夫。俺たちなら、絶対に進める」
扉に手をかざすと、光が彼の手を包み込む。
黒と白の紋様が胸で脈打ち、渦のように回転する。
裏のアインが囁く。
《ここで力を出せば、あっという間だ。神ごと蹴散らせるぞ》
だがアインは首を振った。
「違う……力だけじゃ守れないものがある」
ルゥがそっとアインの手を握る。
「信じて。私たちがいるよ」
光が扉に吸い込まれ、渦を巻く。
轟音とともに、扉がゆっくりと開いた。
扉の向こうは無限の空間だった。
床も壁も天井もなく、ただ無数の光の柱が宙に浮かんでいる。
中央には高くそびえる玉座があり、神々の影がそこに佇んでいた。
「――ついに、神の間に来たか」
アインの声は緊張と興奮で震える。
影の中から、三つの存在がゆっくりと姿を現す。
一つ目は巨大な鎧を纏った戦神。
二つ目は優雅な羽を持つ裁定者。
三つ目は、白銀の髪に黄金の瞳を持つ女神。
その気配に、ルゥは思わず後ずさる。
「……すごすぎる……」
戦神が低く声を発した。
「人間の血を引く者よ。ここまで来るとは驚きだ」
アインは胸の紋様を見つめ、決意を固めた。
「俺は進化を選ぶために来た。
力だけじゃなく、心を信じて――」
その瞬間、空間が揺れ、光の柱が三人に向かって落ちてきた。
試練の始まりだ。
セリウムが構え、魔法の槍を展開する。
「気を抜くな!」
アインは紋様の力を解放し、黒と白の光を渦巻かせる。
光が柱を押し返すと、裏のアインがささやく。
《いいぞ、そのまま行け。だが覚えておけ――
ここで失敗すれば、力は手に入るが心は壊れる》
アインは拳を握り、心の中で叫ぶ。
「……俺は俺だ! 裏の俺じゃない!」
光と影がぶつかり合う中、神々の目が彼を試す。
視線だけで胸を押しつぶすような圧力。
精神と感情の全てが晒される。
ルゥが勇気を振り絞って叫ぶ。
「アイン、私たちがいる! 信じて!」
その声に応えるように、アインの光はさらに強く輝き、
黒と白の渦が空間を満たした。
戦神が唸りを上げ、光の刃を振るう。
だがアインは迷わず盾となり、ルゥとセリウムを守る。
女神の声が空間に響く。
「真の力とは、誰かを守る意志にこそ宿る」
アインは叫び、光の力を解放する。
光が渦巻き、神々の間を震わせる。
影の中で、裏のアインが苦しげに声を上げる。
《……くっ……俺の力が――》
その瞬間、三人の絆が力に変わり、光の渦は頂点に達した。
神々が一瞬だけ目を見開き、静寂が訪れる。
戦神がゆっくりと頷く。
「認める。汝らの力、そして心。
これ以上は、試す必要はない」
女神も微笑む。
「進化とは、力だけでなく、信念と絆で決まる」
セリウムが息を吐き、少しだけ笑った。
「……ようやく、一歩前に進めたな」
アインは胸を押さえ、静かに頷く。
「次は――さらに上の階だ。
ここからが、本当の試練」
三人は光の階段を進む。
背後で、神々の影が静かに消え、次の門への道を示す。




