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父の遺した禁断の力に触れて、神の掟に縛られた世界で未知の冒険へと踏み出す  作者: ちぃたろう


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第28話 竜の墓標



 風が唸りを上げて吹き抜ける。

 岩肌がむき出しの山脈の中、三人は険しい道を登っていた。


 ここはレゼル高地。

 古代の竜たちが最後に息絶えた場所であり、

 同時に“進化を拒んだ種族”の眠る墓場でもある。


 アインは額の汗をぬぐいながら、前を見上げた。

 遥か遠く、灰色の空を裂くように、巨大な骨の影が見える。

 それはまるで山の一部となった竜の亡骸。

 翼は崩れ、鱗は岩に変わり、眼窩には風が吹き抜けていた。


「……あれが、“竜王バルグレア”の墓標か」

 セリウムの声は低く、しかしどこか敬意を含んでいた。


「竜の王……どんな存在だったの?」

 ルゥが尋ねると、セリウムは少しだけ目を細めた。


「神々に最も近い存在。

 彼らは“進化”を恐れなかったが、最後に“拒んだ”んだ。

 ――“進化とは、神になることではない。己を見失うことだ”と」


 その言葉に、アインは思わず立ち止まる。

 まるで、自分に向けられた言葉のように思えた。


 彼の胸の紋様が、静かに脈打つ。

 黒い光がかすかに揺れ、骨の山の方へと導くように光を放った。


「……呼ばれてる気がする」


 ルゥが不安そうにアインを見上げる。

「アイン、気をつけて。ここ、空気が重い……」


 そのとき――。


 地面が低く唸りを上げた。

 風が一瞬止まり、空がざわつく。

 足元の岩が脈動し、竜の亡骸が、ゆっくりと“息をした”。


「っ!? 動いた!?」

 ルゥが叫ぶ。


 巨大な骸の中から、光の粒が溢れ出す。

 まるで魂がまだそこに宿っているかのように。


 セリウムが身構える。

「バルグレアの残留意識……封印がまだ生きている!」


 アインは思わず一歩前へ出た。

 その瞬間、空気が震え、低い声が空間全体に響く。


 《――なぜ、我が眠りを乱す》


 声が脳内に直接響く。

 アインは胸を押さえ、息を詰まらせた。

 「……俺は、ただ確かめたい。

  “進化”って、本当に悪いことなのか――」


 《進化は、滅びの別名だ》

 《我ら竜は、進化の果てに“心”を失いかけた。

  ゆえに、我は拒んだ。己で在るために》


 アインは拳を握った。

「でも、拒んだら……もう前に進めない」


 竜王の声が、静かに笑う。

 《……ならば、進めばいい。

  ただし、“己を見失うな”。

  進化は、選ばれることではなく、選び続けることだ》


 その言葉と共に、竜の亡骸が大きく揺れる。

 空から雷が落ち、山頂を貫いた。

 黒い光がアインの胸から迸る――。


「うああああっ!!」

 紋様が暴走する。

 黒い炎のような光が渓谷を覆い、竜王の意識が反応する。


 《その力……神の呪縛ではない。

  貴様の中に、もうひとつの魂があるな》


 アインの意識が暗転する。

 視界が二重にぶれ、頭の奥から声が聞こえた。


 ――《やっと、目を覚ましたな》


 同じ声。

 だが、少しだけ低く、冷たく、嗤うような声。


 アインは膝をつく。

「お前……誰だ……?」


 ――《お前だよ。

   “進化を望む”もう一人のアイン。

   神に選ばれなかった“私”。

   お前が封印を解くたび、私は形を取り戻す》


 セリウムが異変に気づき、アインに駆け寄ろうとする。

 だが、周囲の空気が黒い壁のように彼を拒んだ。


「アイン! 聞こえるか!?」

 ルゥの声も届かない。

 アインの身体を中心に、世界が歪み始める。


 “もう一人のアイン”の声が、内側から囁く。

 《七つの封印を解け。

  それが我らの宿命だ。

  神々を倒し、“進化の原初”へ還るのだ》


 アインは苦しみながらも叫ぶ。

「違う! 俺は……誰かを滅ぼすために進むんじゃない!」


 すると、竜王の声が再び響く。

 《……二つの魂。選べ。

  どちらが“進化”を導くかは、己次第》


 その瞬間、アインの体を包んでいた黒い光が砕け散る。

 ルゥとセリウムが駆け寄り、彼を支えた。


「アイン! 大丈夫!?」

「……ああ……まだ、俺は俺だ」


 アインは荒い息を吐きながら立ち上がった。

 目の前に、竜王の亡骸が静かに崩れていく。

 その中心に、小さな光の珠が浮かんでいた。


 セリウムが手を伸ばし、慎重にそれを掴む。

「これが――封印の核」


 ルゥが不安そうにアインを見つめる。

「これを……全部集めたらどうなるの?」


 アインは少しだけ空を見上げた。

 灰色の空の向こうで、七つの光が再び瞬く。


「……そのときは、分かるさ。

 でも、どんな答えでも――俺たちで受け止める」


 遠く、風が鳴った。

 竜たちの残した誇りと祈りが、静かに空へと消えていく。


 セリウムが低く呟く。

「――一つ目の封印、解除完了。

 次は、“精霊の湖”だ」


 ルゥが頷き、アインの手を強く握った。

「行こう。どんな闇でも、一緒に」


 三人の影が、竜の墓標を後にして山を下りていく。

 その背後で、崩れた竜の骸が、かすかに微笑んだように見えた。

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