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第27話 七つの封印



 霧の渓谷を抜けたとき、空は眩しいほどの青だった。

 長い沈黙の中で閉ざされていた音が一気に戻り、

 鳥の声、風のざわめき、遠くの水音――すべてが生き返ったようだった。


 ルゥは腕を広げ、深く息を吸い込む。

「……空気の音がする。ああ、やっと生きてるって感じだ」


 アインは頷きながらも、まだ胸の奥の微かな痛みに手を当てていた。

 沈黙の監視者が消えたあと、彼の黒い紋様は少し形を変えていた。

 以前よりも滑らかに、しかし中心には“目”のような紋が浮かんでいる。


 セリウムがそれを見て眉をひそめる。

「その紋様……“封印を解く鍵”に変質している。

 監視者の力を吸収した結果だ」


「鍵?」

 アインが問い返す。


「そう。神々が封じた“七つの封印”を解くための媒体。

 封印は世界の各地に存在し、それぞれが“進化の系譜”を閉ざしている。

 人間、獣人、精霊、竜族、影種、古代機構、そして――神族自身」


 ルゥの耳がぴくりと動いた。

「神族も……自分たちを封印したの?」


 セリウムは静かに頷いた。

「恐怖ゆえに、だ。

 進化の果てに“神”をも超える存在が生まれることを恐れた。

 だから神々は、進化を止めた――この“リバース・テラ”の仕組みだ」


 アインは空を見上げた。

 遠く、雲の切れ間から光が差している。

 その光はどこか、彼に語りかけているようだった。


「……つまり、俺たちは“止まった時間”を動かすために生まれた」


「かもしれない」

 セリウムが少し微笑む。

 「だが、封印を解くたびに、何かが失われていく可能性もある。

 神々の秩序、そして……この世界そのものの形が」


 ルゥは少し俯き、アインの腕を掴んだ。

「ねえ、それでも……進むの?」


 アインはその手に自分の手を重ね、微笑んだ。

「進む。

 俺たちが“何者として生きるか”は、神が決めることじゃない。

 自分で決めたいんだ」


 その答えに、ルゥの瞳がわずかに潤んだ。

 「……うん。なら、私はどこまでも一緒に行くよ」


 セリウムが空を見上げ、指を伸ばした。

 空には七つの微かな光点が、一直線に並んで輝いている。

 「七つの封印の座標。

  最初の封印は――“竜の墓標”だ」


 彼がそう言った瞬間、空気が微かに震えた。

 七つの光が、ひとつずつ脈打ち、

 アインの紋様がそれに呼応するように黒い光を放つ。


 ――だが。


 その影で、誰も気づかぬまま、

 アインの影がわずかに“遅れて動いた”。


 影の中に、もうひとつの“瞳”が開く。


 それは黒く、静かで、冷たい。

 アインのものとは似ても似つかない、深淵の光。


 《――また、声が聞こえる。

  お前が封印を解くたび、私は“完全になる”》


 その声は、アインの意識の奥底で囁いた。

 まるで、眠っていたもう一人の自分が、

 目を覚ましたかのように。


 アインは一瞬だけ振り向いた。

 誰もいない。

 ただ、風が木々を揺らしているだけだった。


「……今、誰か……」

 呟きかけた彼の言葉を、セリウムが遮る。

「出発しよう。

 “竜の墓標”は東の山脈――レゼル高地の彼方だ。

 そこに、最初の封印がある」


 アインはうなずき、仲間たちと共に歩き出した。

 だが、その背後の地面に、影だけが一瞬、別の方向を向いていた。


 《――解け。封印を。

  進化は止まらぬ。

  この世界の“真の姿”を見せてやろう》


 その声は、誰にも届かず、ただ風に溶けて消えた。


 遠く、雷鳴が鳴り響く。

 次なる試練の予兆のように。

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