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父の遺した禁断の力に触れて、神の掟に縛られた世界で未知の冒険へと踏み出す  作者: ちぃたろう


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第26話 霧の渓谷と沈黙の声



 風が、途絶えた。

 音という音が、すべて霧の中に吸い込まれていく。


 そこは、異様な場所だった。

 “霧の渓谷”――古代より「声を失った地」と呼ばれる領域。

 白い靄が辺り一面を覆い、数歩先すら見えない。


 アインは息をひそめながら、足元を確かめるように進んだ。

 岩肌が滑りやすく、ひとつ間違えれば転落しそうな断崖だ。


「……何も、聞こえない」

 ルゥの声が、霧に吸われて消える。

 声帯の振動は確かにあるのに、空気がそれを運ばない。


 セリウムは霧の粒を指先ですくい、観察していた。

「この霧……ただの水分じゃない。

 微細な神力の残滓だ。音の波を吸収するように設定されている。

 つまり、この地は“意図的に沈黙させられた”」


 アインは周囲を見回す。

 白の世界の中に、ぼんやりと石の柱が立ち並んでいるのが見えた。

 それはまるで、墓標のようでもあり、封印の杭のようでもある。


「……誰が、こんなものを」


「神々だろうな」

 セリウムの瞳が淡く光る。

 「沈黙の監視者」を封じた跡――その可能性が高い。


 ルゥは霧の中でアインの袖を掴んでいた。

 「ねえ、ここ……嫌な感じがする。空気が生きてるみたい」


 アインは小さく頷く。

 そのとき、足元の地面が微かに振動した。


 ――コン……コン……コン……。


 何かが、下から叩くような音。

 音が封じられているはずのこの場所で、はっきりと聞こえた。


 セリウムの表情がわずかに引き締まる。

「……この音、霧の内側で響いている。

 “音を失った世界”で鳴る音は、神々が封じきれなかった“声”そのものだ」


 霧が揺れた。

 次の瞬間、白い靄の奥から何かが現れた。


 ――人のようで、人ではない。


 灰色の仮面をつけた存在。

 長い腕、身体には文字のような模様が走り、

 その体表は霧と同じ粒子で構成されている。


 ルゥが息を呑む。

「……あれが、“沈黙の監視者”……?」


 セリウムは静かに首を横に振る。

「残骸だ。けれど、自我の一部は残っている。

 神々の命令――“音を許すな”という呪いだけを抱えて、

 永遠に彷徨っているんだ」


 その“監視者の残骸”が、こちらを向いた。

 仮面の奥には空洞だけがあり、

 そこから淡い音が――

 否、「音の形をした空気の歪み」が漏れた。


 アインの胸が疼く。

 黒い紋様が光り、彼の視界が一瞬歪む。


「……うっ……!」

 頭の中に、直接、何かが響いた。


 《――我ラ、声ヲ奪ワレシ者……》


 それは言葉にならない声。

 悲鳴でも祈りでもない、純粋な“嘆き”だった。


 アインは額を押さえ、必死に意識を保つ。

 ルゥが支えようとした瞬間、セリウムが彼女を制した。


「動くな! 今、干渉している!」


 セリウムはアインの背後に回り、彼の紋様へ自らの神力を流し込む。

 だが、その光が触れた瞬間――“何か”がセリウムの記憶に侵入してきた。


 視界が反転する。

 記憶の断片。

 天上の玉座。神々の声。


 《沈黙を保て。彼らが進化すれば、我らの秩序は崩壊する》

 《監視者を遣わせよ。声を封じ、心を縛れ》


 セリウムは息を呑み、現実に戻った。

 「……これが、“沈黙の真実”か……」


 彼は呟く。

 「神々は恐れていたんだ――“言葉”を。

 種族が互いに理解し、共鳴し合うことを、進化と呼んだから」


 アインは、苦しみながらも目を開いた。

 「……だから……声を奪ったのか。

 でも、それで――誰が幸せになった?」


 黒い紋様がさらに輝く。

 霧が振動し、沈黙の監視者が怯えたように身を震わせた。


 アインは立ち上がり、手を伸ばす。

 「もう……黙らせはしない。

 お前が守ってきた沈黙を――俺たちの声で破る!」


 その瞬間、霧が爆ぜた。

 白一色の世界に、ようやく音が戻る。


 風が吹き、葉が揺れ、鳥の声が――微かに響いた。


 沈黙の監視者はゆっくりと消えていった。

 仮面の下から、一滴の光がこぼれ落ち、アインの胸に吸い込まれる。


 セリウムが静かに言う。

「……これで、ひとつの封印が解けた。

 だけど、まだ“七つ”残っている」


 ルゥが息を整え、遠くの霧を見つめる。

 「七つの封印……全部解いたら、何が起きるの?」


 セリウムは少しだけ間を置いて、答えた。

 「――神々が帰ってくる」


 その言葉に、アインは拳を握りしめた。

 霧の中に残る白い光の粒が、まるで星屑のように舞っている。


「なら、確かめよう。

 本当に帰る価値がある“神”なのか――俺たちで」


 三人は霧の渓谷を後にした。

 音を取り戻した世界に、初めて小鳥のさえずりが響く。


 それはまるで、沈黙を越えた者たちへの祝福のようだった。

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