第23話 神殿の秘密と封印の扉
神殿の奥へと続く通路は、まるで世界の根を辿るように深く静かだった。
壁面を覆う古代文字はゆるやかに淡光を放ち、三人の影を揺らす。
その光はまるで、彼らの歩みを導くかのようだった。
アインは先頭を歩きながら、胸の奥でくすぶる微かな不安を感じていた。
闇の紋様が時折、脈動のようにうずく。
森で戦った時よりも強く――まるで、この神殿の奥にある何かが自分を呼んでいるようだった。
「アイン、大丈夫?」
ルゥがそっと声をかける。
彼女の声は森の風のように優しく、心のざわめきをなだめるようだった。
「……ああ。ちょっと、胸がざわつくだけだ。
ここに何か……嫌な気配がある」
ルゥは黙って頷き、指先で壁に刻まれた文様をなぞる。
すると、古代文字が微かに光を帯び、空気が震えた。
古い言葉が囁くように響く。
――「ここに封ず、神々の記憶を。進化なき者は、扉を開くこと能わず」
その一文に、セリウムが反応した。
彼の瞳が一瞬だけ、淡い紫から銀へと変わる。
そして小さく呟く。
「……“進化なき者”か。つまり、この扉は、世界の理そのものに触れる場所……」
彼の声には、微かな震えがあった。
いつもの無表情な口調ではなく、まるで過去を思い出しているような。
アインが振り向き、セリウムの顔を覗き込む。
「セリウム、どうした?」
セリウムは少しの間、沈黙したまま壁を見つめていたが、やがて口を開いた。
「……この場所を、私は知っている気がする。
いや、“私の中の誰か”が、だ」
ルゥが眉を寄せる。
「中の誰かって……どういう意味?」
セリウムは胸の中央に手を当てた。
その掌の下で、わずかに光が漏れる。
「私の体は神々に造られた“監視者”の試作体。
でも、その設計の奥には――“神の記憶の断片”が埋め込まれている。
この神殿にあるのは、その記憶を封じた“扉”だ」
空気が張りつめる。
アインは無意識に剣の柄を握りしめた。
胸の紋様が熱を帯び、黒い光が微かに漏れる。
「……じゃあ、この扉を開けると……?」
「世界の真実が露わになる。
だが同時に、“神々が恐れた進化”も目を覚ます」
セリウムの声は低く、硬い。
彼の目には葛藤が宿っていた。
造られた存在でありながら、いまは人として仲間と歩む――
その二つの間で、心が裂かれるような痛みが走っていた。
ルゥは一歩近づき、彼の手に自分の手を重ねた。
「セリウム……あなたがどんな存在でも、今は私たちの仲間だよ。
扉を開けるのが恐いなら、一緒に考えよう。
誰かに“造られた”としても、今のあなたは“選んで”生きてるんでしょ?」
その言葉に、セリウムの瞳が静かに揺れた。
彼は初めて、ほんのわずかに微笑んだ。
「……不思議だ。
この言葉を、ずっと聞きたかった気がする」
アインはその様子を見つめながら、胸の奥のざわめきが少しずつ静まるのを感じていた。
紋様の黒光も、今は穏やかに脈動している。
まるで、仲間たちの心が呼応して、力を鎮めているかのように。
だが、その静けさを破るように、神殿の奥から低い音が響いた。
壁の文様が一斉に輝き、床に古代文字の光が走る。
中心に現れたのは――巨大な石扉。
封印の扉は、誰も触れていないのに、ゆっくりと動き出した。
石が擦れる重い音が、神殿全体を震わせる。
「……開いてる?」
ルゥが息をのむ。
セリウムは一歩前に出て、手をかざす。
扉の前に立つと、彼の掌と同じ紋様が石に浮かび上がった。
扉は、彼を“認識している”――まるで主を迎えるかのように。
「待て、セリウム!」
アインが声を上げたが、彼は振り向かない。
「私の中の記憶が……この扉を求めている。
この先に、“神々の意志”がある」
彼の声は冷たく、どこか遠い。
その瞬間、アインは確信した。
セリウムの中で、もう一つの意識が目を覚まそうとしている。
光が扉の隙間からあふれ出す。
その光は暖かくもあり、同時に鋭い痛みを伴う。
ルゥが思わず目を細める中、セリウムは一歩、扉の向こうへと足を踏み入れた。
アインは彼の名を呼ぼうとした――だが、その声は光に飲み込まれた。
眩い白の中、世界が一瞬止まる。
そして、どこか遠くから囁きが聞こえた。
――「選ばれしものよ。進化とは、犠牲を伴う。」
その声は、セリウムの中にいる“神”のものだった。




