第18話 新たなる旅立ち
聖環の光が、穏やかに二人と一体の影を包んでいた。
光柱の中心で、セリウムは静かに立ち、銀の羽をたたんでいる。
仮面はもはや不要だった。そこには人間の顔があった。
「……戻ったのか?」
アインが問いかける。
その声に、セリウムは小さく頷く。
「ええ。記憶も、感情も……すべて取り戻した」
その瞳には、冷徹さの代わりに、穏やかさと決意が宿っていた。
だが同時に、過去の自分を思い出す苦痛も残っている。
ルゥは小さく息をつき、笑顔を見せた。
「よかった……本当に戻ってくれて」
その笑顔に、アインも胸の奥が温かくなるのを感じる。
だが、聖環の外の世界は、以前と同じではない。
光柱の周囲には、崩れた大地と歪んだ景色が残る。
破壊の痕跡は、まだ新しく、生き物たちは遠くに避難していた。
「これからどうする?」ルゥが尋ねる。
アインは黒い紋様に手を触れ、答える。
「旅を続ける。セリウムも、僕たちと一緒に」
セリウムは静かに頷く。
「……君たちとなら、私も戦える」
声に迷いはなく、覚悟が刻まれていた。
そのとき、聖環の光柱の一部が微かに揺れた。
残滓――かつての神々の秩序の力がまだ完全には消えていない証拠だった。
「残滓がある……まだ安心はできない」
アインが言うと、ルゥも剣を握り直す。
「でも、三人なら大丈夫だよね」
「うん、俺たちなら」アインが応える。
二人の間に、短い沈黙が流れた後、セリウムが口を開く。
「アイン、ルゥ。私は……人間として、自由になった。
だが、世界にはまだ不確定な力が残っている。
その秩序を守るために、私も力を貸そう」
その言葉に、アインは微かに笑った。
「ありがとう、セリウム。君がいれば、俺たちはもっと強くなる」
ルゥも頷く。
三人は聖環を後にし、草原を歩き始めた。
遠くに見える森や山脈が、新たな旅路を示している。
草の香り、風の音、鳥のさえずり――小さな自然の中に、再生の兆しがあった。
道中、三人は互いの力量を確かめ合う。
アインは剣の振り方を微調整し、黒い紋様の力を暴走させずに制御する方法を探る。
ルゥは自然の力を集めて、周囲の環境を読み取り、敵や罠を予測する。
セリウムは戦闘スタイルを修正し、人間としての直感と、かつての神としての力を融合させていく。
夜になると、三人は小さな丘の上で火を囲んだ。
火の暖かさが、静かな安心感を生む。
ルゥが食料を分け、セリウムは微笑みながら静かに火を見つめる。
「ねえ、アイン……これからどこに向かうの?」
ルゥの問いに、アインは夜空を見上げた。
「まだわからない。でも、聖環が示す場所、
進化の真実を知る場所……そこに向かう」
セリウムは火の光に顔を照らし、低く言った。
「……私も、君たちと共に行く。
ただ、覚悟しておけ。道は険しい」
アインは頷き、剣を肩にかける。
ルゥは軽く跳ねて立ち上がり、火の光を背に、笑みを浮かべる。
セリウムも静かに立ち、二人を見据える。
三人の影が、丘の草に長く伸びる。
風が吹き抜け、草を揺らす。
聖環の光は遠くでまだ蒼く輝いていたが、今は恐怖ではなく、希望の光として彼らを照らしている。
「よし、行こう」
アインが一歩踏み出す。
ルゥとセリウムも続く。
新たな旅が、ここから始まる。
山を越え、森を抜け、未知の地へ――
世界の秩序と、人間たちの選択を胸に刻みながら。
――まだ見ぬ仲間たち、まだ知らぬ試練。
しかし、三人は迷わない。
希望と覚悟を背負い、光の中へと歩みを進めるのだった。