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第17話 セリウムの選択



 聖環の中心。

 柱の光は、周囲の空間を完全に支配し、世界の輪郭を曖昧にしていた。

 アインとルゥは、足元の感覚がほとんど消えたまま、光の中に立っている。

 風も音も、すべてが光に吸い込まれていくようだった。


「ここが……聖環の最深部か」

 アインは剣を握りしめ、胸の黒い紋様を確かめる。

 拒絶体の力は暴走の手前で微かに揺れ、体内で脈打っていた。


 柱の中心に、静かに立つ影。

 銀の羽を広げ、全身を漆黒の光が包む――セリウムだった。

 仮面の奥の瞳が蒼く光り、まるで空間そのものを透視しているかのようだ。


「……セリウム」

 アインの声は震えていない。

 だが胸の奥には、緊張と不安、そして期待が入り混じる。


 セリウムはゆっくりと歩を進めた。

 足元に光の裂け目が生まれ、聖環の光が彼の周囲でうねる。

「……人間、レーヴァン。

 君がここまで辿り着くとは、予想外だった」


 アインは剣を構えたまま、言葉を返す。

「俺は……進化の力を止めるつもりはない。

 でも、世界を壊すつもりもない。

 父さんが信じた選択のために、俺は進む」


 セリウムは微かに仰ぎ、仮面の奥で瞳が揺れた。

 その瞬間、黒い羽がひとつ、宙を裂いて落ちる。


「父の記録……読んだか?」

 アインは頷く。

「読んだ。だから、あなたを止めるつもりはない。でも、選択は迫られる」

 ルゥもアインの横で、手を握りしめた。


 セリウムは視線を柱に移す。

 光の中心には、無数の浮遊する光の球体――人間や監視者の記録が封じられている。

「この聖環の中で、全ての進化の記録を見れば、人間は神に逆らったことを理解する。

 だが、私は……その選択を拒むべきか、許すべきか――」


 銀の羽が空間を切り、光の波紋が広がる。

 セリウムの胸の奥で、かつての記憶が揺れ動く。

 父、仲間、そしてアイン。

 人間だった頃の感情が、わずかに意識の表層に浮かんでくる。


「……選択か」

 静かに呟く声は、冷徹さを失い、かすかに温かみを帯びていた。

 アインは一歩前に出る。

「答えは、あなた自身の中にある。父さんも、神々も、誰も決められない」


 その言葉に、セリウムは仮面の奥で瞳を閉じた。

 心の奥の光――人間としての感情、迷い、痛み――が波のように広がる。

 そして、仮面の一部が微かに光を帯び、冷たい蒼光が流れる。


 ルゥは小さく息を呑む。

「アイン……これ、本当に大丈夫?」

「大丈夫……父さんが信じた力だ」

 二人は互いに手を握り、沈黙の中で覚悟を固める。


 セリウムが動いた。

 銀の羽を大きく広げ、光の球体に向かって手を伸ばす。

 その瞬間、柱の光が炸裂し、聖環全体が振動する。

 空間に渦巻く光が、二人を包み込む。


「私は……人間だった時の自分を思い出す」

 声は低く、しかし決然としていた。

「そして、私を信じる者を守るために……進化の鎖を断つ」


 光の中で、アインは黒い紋様の力を制御し、剣を掲げる。

 光と闇が交錯し、空間の時間が一瞬止まったかのように感じられる。


 次の瞬間、光が静まる。

 聖環の柱は変わらず蒼白く輝いているが、圧迫感は消えた。

 セリウムは静かに膝をつき、仮面を外す。


 そこには、人間の顔があった。

 冷徹さはなく、迷いも恐怖も、ただ決意の光だけが宿っていた。


「……アイン。君の選択が、私の選択を変えた」

 その声に、アインはわずかに笑った。

「あなたが人間として戻れるなら……それでいい」


 ルゥも微笑む。

「これで、世界が少し変わるのね」

 アインは剣を下ろし、胸の紋様がゆっくりと光を収めるのを感じた。


 セリウムは立ち上がり、銀の羽を静かに畳む。

 そして、聖環の中心に向かって手を差し伸べた。

 光の球体が一つずつ静かに沈み、空間に安らぎが戻る。


「……世界は、まだ壊れていない」

 アインは胸の奥で父の声を思い出す。

『選択のための力を恐れるな』


 聖環の光は、今度は破壊ではなく、希望の光として二人を包み込んでいた。

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