第16話 聖環の試練
聖環の光は、昼の光をも飲み込み、周囲の大地を青白く染めていた。
草原を抜けた二人の足元には、苔むした岩が点在し、風が岩肌を撫でる。
その風に乗って、不意に低く響く声が聞こえた。
「よくぞここまで辿り着いたか、進化の担い手よ」
声の主は、先ほど戦った使徒たちだった。
黒衣の影が岩陰から次々と姿を現す。
ただし今回は戦闘の構えではなく、どこか儀式めいた動きだった。
「聖環に近づく者には、試練が必要だ」
一体が告げる。言葉には威圧も、苛烈もない。
しかし、空間の温度が一気に変わる。
蒼白の光が二人を取り囲み、肌を刺すように冷たい。
「試練……?」アインが問いかける。
ルゥは目を見開き、体を硬くする。
そのとき、空気が揺れ、光の柱から細い光の糸が二人に向かって伸びてきた。
一瞬の感覚――体の奥が震え、心臓が強く打つ。
光の糸が、二人の意識に直接触れる。
そして、周囲の景色が崩れ、まるで別の世界に閉じ込められたように見えた。
――視界には、幼い日のアインが映る。
父と遊んだ記憶。
楽しかった日々、傷ついた日々、仲間との笑顔。
しかし、次の瞬間、その記憶は歪む。
父の顔が怒りに歪み、仲間が悲鳴を上げ、ルゥの姿が消えた。
胸を締めつける痛み。
恐怖、孤独、後悔――さまざまな感情が一気に押し寄せる。
アインは息を詰め、目を閉じる。
しかし、逃げることはできない。
試練は、心を見透かし、内面の弱さを問いただす。
――その時、ルゥが叫んだ。
「アイン! 思い出して! 父さんの言葉を!」
アインは振り返る。
ルゥの手が、光の糸を掴むように伸びている。
その瞬間、黒い紋様が光を帯び、体の奥で拒絶体の力が反応する。
力が暴走する前に、アインは深く呼吸を整える。
そして、自分自身に言い聞かせる。
「恐れるな……選択のための力だ」
すると、周囲の光が揺れ、景色が戻り始めた。
試練の幻覚は、少しずつ崩れていく。
アインは握りしめた剣を振り、光の糸を切り裂く。
「これが……俺の力だ!」
声に力が戻る。
黒い紋様が胸で燃え上がり、刹那の閃光が二人を包む。
光が消えると、二人の前には聖環そのものが立ちはだかる。
巨大な蒼白の柱。触れることすら畏れ多い。
しかし、使徒たちは満足したように一歩引き、口を閉ざした。
その時、遠くの山頂で、銀の羽が再び舞った。
セリウムの姿が薄く見える。
彼の瞳は、冷たさを帯びながらも、どこか人間らしい感情が宿っていた。
ルゥが小声で言った。
「……見て、アイン。セリウム、私たちを見てる」
「うん……でも、どう動くかは分からない」
胸の奥で、アインは強く決意する。
父が残した言葉が、確かに導いている。
「聖環の中には、世界の真実がある」
アインは一歩を踏み出す。
光の柱が彼らを包み込む。
体が宙に浮く感覚、世界が崩れる感覚、しかし恐怖はない。
柱の中で、彼の意識に声が届く。
『アイン・レーヴァン。よく来たな』
父の声、そして微かにセリウムの声が重なる。
「ここで選ぶんだ……世界の未来を」
アインは剣を握りしめ、胸の紋様を見つめる。
暴走の恐怖と戦いながらも、確かな意思が芽生える。
ルゥは静かに手を握る。
「アイン、私、信じてる。あなたならできる」
「ありがとう、ルゥ……」
二人の手が光に包まれる。
聖環の試練は、まだ終わらない。
しかし、アインの内にある力は確かに目覚め始めていた。
柱の頂上に、蒼白の光が集まる。
その中心で、世界の命運を握る存在――セリウムが、静かに待っている。
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