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プロローグ【2】

 どうにか早々に朝食を切り上げ、ラゼルは逃げるようにダイニングをあとにした。家族に怪訝に思われようと、いまはとにかく、妹から授けられた知識をまとめなければならない。

 適当に屋敷内を歩き回り、実家の小汚さを懐かしく思いながら思考を巡らせた。

 ラゼルは、ただ母から受け継いだだけの黒髪のせいで「呪いの子」と称されるようになり、陰口を叩かれ、敬遠される。ラゼルの中に残っている微かな記憶によると、母の死因は不明らしい。それにより、ラゼルの心は絶望で満たされ、ジークハイドとアラベルとの関係はどんどん悪くなっていく。その結果、ラゼルは闇の魔法に手を出すことになるのだ。父と義母の惨殺のきっかけはヒロインからの告白、と妹が熱く語っていた。つまり、家族と良好な関係を築くことができれば、その結末には至らないはずだ。というのも、ヒロインのことをちっとも覚えていないから言えることだ。実際にヒロインと出会ったとき、自分がどうなるかラゼルにはわからない。残念ながら、妹がヒロインについて語っているところは記憶にない。覚えていることと言えば、光の魔法を持つ平民の女の子、というありがちな設定だけだ。なにせ、ゲームは一人称視点。ヒロインの顔が画面に映っていた記憶がない。

 とにかく闇の魔法に手を出さない。それが、ラゼルにとって現時点で考え得る最善策に思えた。ラゼルは氷属性の魔法を持っている。冷徹な悪役令息にぴったりだよね、と妹が興奮していた。

(オタクの妹よ……ごめんなんだけど、話の内容、ほとんど覚えてないわ。あのときは適当に流してたからな……。それを後悔する日が来るなんてね)

 寝室で見たカレンダーと妹が悔しそうに語っていた夏季休暇の日数を照らし合わせると、そろそろ休暇が終わり王立魔道学院での寮生活が再開される頃だ。ラゼルは二年生で、ヒロインはひとつ下の一年生。もう会っていてもおかしくない時期だが、まったく記憶にない。ラゼルには興味がなかったのかもしれない。ヒロインに出会うことで彼女に惹かれつつ妬むようになる、とかなんとか、妹が言っていた気がする。とは言え、ラゼル・キールストラは隠し攻略対象。この世界のヒロインが初見だとしたら、ラゼルルートに入ることはないはず。もしかしたら、本当に出会っていないのかもしれない。

(……いや、悪役令息なんだから、入学当初から出会ってないとおかしいな? まあいいや。覚えてないんだからしょうがないね)

 妹がここにいたら、きっと一緒に破滅を阻止してくれようとしたのだろう。妹はラゼルとヒロインが結ばれることを心から望んでいた。転生した兄であるいまのラゼルをヒロインと引き合わせようとするかどうかはわからないが、ラゼルが破滅することは許さなかっただろう。

 それにしても、と周囲を見回す。屋敷はどこを見ても清潔で、質素ながらも、実家の小汚さと狭さに比べたら豪華絢爛だ。冷房が必要ないほど風が爽やかで、これだけ歩き回っているのに汗ひとつかかない。夏季とは言っても、彼の記憶にある猛暑とはまったくかけ離れた季節のようだ。

 そこでふと、ラゼルは思い付いた。異母兄のジークハイドが生徒会副会長だ。もちろん王立魔道学院の生徒のことを把握しているはず。光の魔法を持つ平民の女の子という特殊な生徒のことは、当然に頭に入っているはずだ。個人情報という概念がこの世界にあるかはわからないが、訊くだけなら無駄にならないだろう。

 ラゼルの僅かな記憶を頼りに、二階の端にあるジークハイドの私室に向かう。彼の冷えきった視線を思い出したのは、ドアをノックしたあとだった。よくよく考えなくても、ジークハイドがラゼルにまともに取り合ってくれるかは怪しい。それでも、どうぞ、と言われたからにはドアを開けるしかない。

 ラゼルがドアの隙間から顔を出すと、思った通り、ジークハイドは眉間に深いしわを寄せた。

「なんの用だ」

 その声は鋭く尖っている。前世の自分だったらビビり散らかして退散していたところだ、とラゼルは考える。ラゼルという器のおかげで怯むことはなかった。

「光の魔法を持つ平民の女の子のことを教えてください」

「は?」

 ジークハイドの表情が怪訝になる。それはそうだ、とラゼルは心の中で呟く。ジークハイドからすれば、憎らしい義弟がいきなり訪ねて来てそんな質問をするなど考えたこともなかっただろう。ラゼルが追加の説明をしようと口を開く前に、ジークハイドが低い声で言った。

「覚えていないのか」

「え」

「あれだけ絡まれておきながら?」

 やってしまった、とラゼルは天を仰ぐ。明らかに不自然な行動を取ってしまったようだ。まさか、もう出会っているどころか、ラゼルを憎らしく思うジークハイドに認識されるほど絡まれていたとは。ラゼル自身がそれをまったく覚えていないのだ。

「あは……記憶力が悪いみたいですね」

「興味がなかっただけだろ」

 呆れて目を細めるジークハイドに、ラゼルは曖昧に微笑んで見せた。

 実際、その通りなのだろう。興味があれば顔くらいは覚えているはずだ。だがラゼル自身もヒロインに対して興味が薄かったし、妹もプレイヤーだから攻略対象の話しかしなかった。なんて可哀想なヒロインなんだ、とラゼルは心の中で憐れんだ。

「それを知ってどうするつもりだ」

「え、いや……興味が湧いただけ、です……」

 睨み付けられてさすがに怯んだラゼルに、ジークハイドは冷たく溜め息を落とした。

「何を考えているかは知らないが、お前が関わると碌なことがない」

 つまり教えてくれないということである。これ以上、余計なことはするまい、とラゼルは大人しく退散することにした。粘ったところで話してくれないだろう。

(ジークハイドの好感度が低すぎるな……)

 ラゼルがヒロインだとしたら、きっとマイナスからのスタートだ。そもそもヒロインであれば憎らしく思われることもないのだが。現時点では、ラゼルは闇の魔法に手を出していない。しかし、ジークハイドはラゼルの本性に気付いている。大事な弟への加虐性が、ジークハイドのラゼルへの態度を冷たくさせているのだろう。ラゼルが父と義母に虐げられているということもない。現時点では、両親を殺そうという発想にはならないはずだ。

 いつまでも屋敷内をぶらぶらしていても仕方がない、とラゼルは私室に戻ることにした。いくつかまとめなければならないこともある。

 王道と言われるのが、異母兄ジークハイド・キールストラだ。王立魔道学院の三年生で、生徒会副会長を務めている。ラゼルのことで気を揉んでいるとか、そういった馴れ初めだ。

 次に異母弟のアラベル・キールストラ。王立魔道学院の一年生で、ラゼルに虐げられ、彼を恐れている。ヒロインに心の傷を癒される、というような馴れ初めだったとラゼルはぼんやりと記憶している。

 それから、この国の第一王子レイデン・スルトレート。王立魔道学院の三年生で、生徒会長だ。婚約者がいたはずだが、ラゼルは残念ながら顔も名前も思い出せない。

 レイデンには護衛騎士がいる。ジェマ・ローダンは王立魔道学院の三年生。生徒会のメンバーで、彼にも婚約者がいた気がするが、やはりラゼルはよく覚えていなかった。

 隠し攻略対象ラゼル・キールストラは、他の攻略対象をクリアしなければフラグが立たないと妹が言っていた気がする。光の魔法を持つ平民の女の子と闇の魔法に手を出そうとする平民出身の少年で、むしろお似合いという気もする。

 設定はなんとなく思い出せたが、肝心の物語をよく覚えていない。だが、ラゼルがアラベルを虐げることでジークハイドに睨まれるなら、まずはアラベルと良好な関係を築くことが第一歩のように思えた。ジークハイドの心証も良くなれば、ラゼルが絶望を溜める要因も潰せる。

(なんにしても、アラベルと仲良くすればいくつかの問題を解決できそうだな)

 とは言っても、打算的なばかりではない。男の兄弟が欲しいと思っていたから、念願の兄弟と仲良くできるなら喜ばしい。まずは程好い距離感を見つけるところから始める。そうすれば、良好な関係を築く取っ掛かりとなるだろう。

(僕が悪役令息(ラゼル・キールストラ)に転生したのは、きっと何か意味がある)

 破滅などさせない。運命を変えることが、きっと転生者に課された使命だ。彼は、自分にはそれを叶えることができると自信を持って言える。そのためならなんだってする覚悟だ。彼の新しい運命が始まったのだ。




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