体育祭8:櫟一子
・パン食い競走にて
胸の奥がざわついて、頭の中はぐるぐると渦を巻いている。
最近、こんな気持ちばかり。
……だって、志保ちゃんが笑ってるんだもん。
私と一緒にいる時とはまるで違う、楽しそうな笑顔。
その笑顔が夕子ちゃんに向けられるたびに私の心は
ひどく疼く。
夕子ちゃんを見て笑う志保ちゃんが私には理解できない。
私は夕子ちゃんを見てもちっとも笑えない。
面白い子だって志保ちゃんは言うけれど、どこが面白いのかもさっぱりわからない。
そして志保ちゃんのことも、だんだんわからなくなっていく。
夕子「絶対1番にパン取るんだから!!」
悶々と悩む私をよそに、夕子ちゃんはいつもの調子で
声を張り上げていた。
舞「夕子ちゃんの好きな桜あんぱんは〜……右側のあれじゃないかな〜」
夕子「あれ狙いで行くわよ!!」
お昼を食べ終えた私たちは、アリーナに並んでパン食い競走の順番を待っている、
競技はパン食い競走、飴玉取り、網潜り、縄跳びの4種目で構成されたリレーで、私たちのパン食い競走はゴール手前の重要なパート。
夕子「なんていっても中屋のアンパンだからね!!
志保様に渡すために何としても取るわよー!!」
……。
その言葉に、胸がちくりと刺された。
お弁当を食べてる時にこの話になって、〝中屋のアンパン〟を知らない志保ちゃんに夕子ちゃんが今池にある美味しい小さいパン屋さんだと力説していた。
そうしたら………。
夕子ちゃんが取ってきたそのアンパンを1口欲しいって、楽しみにしてるって……。
志保ちゃんがそんな風に言うなんて。
私の提案で志保ちゃんが楽しみだなんて言ってくれたことなんて一度もないのに。
たかがアンパンなのに。
どうしてそんなことで、志保ちゃんはあんなに嬉しそうなんだろう。
どうして夕子ちゃんにはそんな笑顔を見せるのに。
私には___
モヤモヤとした感情と戦っているとピストルの音が鳴り響き、ざわめく胸の鼓動をかき消した。
どうして私はこんな汚いことばかり考えちゃうんだろう。
夕子「いちい先輩も頑張りましょうね!」
夕子ちゃんは隣に来てにっこり笑いかけてくれるけど、上手く笑えてるかわからない。
その笑顔に応えようとしたけれど、私の唇はぎこちなく引きつるだけだった。
舞「夕子ちゃんお先〜」
夕子「あ!ちょ、もー!!走って走って!!」
舞ちゃんが軽やかに走り出し、その数秒後に夕子ちゃんも勢いよく飛び出した。
それを追いかけるように私も前の子からタスキを受け
取って地面を蹴って走り始めた。
すぐにパンの吊るされた位置にたどり着き、視界の端で夕子ちゃんがピョンピョンと跳ねているのが見えた。
少し小柄な夕子ちゃんには、桜あんぱんの位置は高すきるんじゃないかな。
そのまま届かなければいいのに……。
一瞬、醜い思いが頭の片隅をよぎる。
夕子「んー!!とれた!!」
一子「…………」
私も一番低いパンに飛びつき、口で引っ張れば1回で取れてしまう。
そのまま走り出すけれど、頭の中は志保ちゃんのことでいっぱいだ。
さっきだって私は必死で志保ちゃんの名前を必死に
呼んだのに。
目一杯、声の限り呼んだのに。
なのに志保ちゃんは夕子ちゃんの手を引いて、私を無視して行ってしまった。
まるで私の知らない場所へどんどん遠ざかっていくみたいで、追いかけたかったけど足が動かなかった。
どうしてその手は夕子ちゃんを連れているの?
夕子ちゃんがそんなに特別なの?
私と夕子ちゃん、どっちが___
一子「あっ……!」
その瞬間、私の足は地面を離れ身体が前のめりに
傾いた。
スローモーションのように目の前を走る夕子ちゃんの
体操着の裾が視界に飛び込み、咄嗟にその布を掴んでいた。
指先に感じる柔らかな布の感触。
どうしてそんなことをしたのか、自分でもわからない。
ただ手が伸びただけのか、それとも引きずり込みたかったのか。
心の奥底で渦巻く感情は、考える暇もなく霧散する。
夕子「きゃっ……!!!」
〝大嫌い〟
その言葉が地面に叩きつけられる衝撃とともに、
ふと頭をよぎった。
夕子ちゃんの驚いた声が響き、アリーナ床のざらつきが頬に触れ痛みが走る。
夕子「いだ……あ、やば……」
一子「えっ……ど、どうしよう……!!!」
夕子ちゃんの声が聞こえて慌てて立ち上がると、顔から転んだらしく鼻血と膝の擦り傷が痛々しくて見るに堪えない姿だった。
舞「ゆ、夕子ちゃん〜!!!!!」
ゴールから戻ってきた舞ちゃんの悲鳴が響き、私はなんて汚いんだろうと身体が震えた。
夕子ちゃんをこんな目に合わせて、志保ちゃんの笑顔を独り占めしたいなんて。
そんな自分勝手な思いが、私の心を黒く染めていくのを止められないでいた。




